②焼きポイタン~虚ろの民~
2014.11/9 更新分 1/1
俺に同伴してくれた女衆は、8名。
ルウ本家から、ミーア・レイ=ルウ、ヴィナ=ルウ、レイナ=ルウ、ララ=ルウの4名。ルウの分家から、シーラ=ルウ、タリ=ルウの2名。ルティム本家から、アマ・ミン=ルティム、モルン=ルティムの2名、である。
それに対して、スン家の女衆は、15名。
人数的には、申し分ない。
問題は、その質だ。
「えーと、この中にスン本家の方はいらっしゃいますか?」
ポイタンと調理器具のみをかまどの間に移したのち、俺はそんな風に呼びかけてみた。
さすがに24名もの人間を収容するスペースはなかったので、場所はかまどの間の前である。
アイ=ファやドンダ=ルウたちは、少し離れた地べたに座りこみ、干し肉などをかじりながら、じっと俺たちの姿を見守ってくれている。
「……本家の人間は、おりません」
もっとも年かさの女衆が、抑揚のない声でそう答えた。
「そうなのですか? 困りましたね。今後のミダ=スンのためにも、本家の女衆には調理の技術を学んでほしかったのですが」
「…………」
「はい?」
「……本家の女衆がかまどの番を預かることはありません」
「え? それじゃあ、誰が本家のかまど番を預かっているのですか?」
「……わたしどもが預かっております」
「そうなのですか。……だけど、本家にも3名ほどの女衆がおられるのですよね?」
長姉ヤミル=スンの他に、末妹と、家長の嫁がいるはずだ、とガズラン=ルティムからは聞いている。
しかし、その女衆は、「……わたしどもが預かっております」と繰り返すばかりであった。
「そうですか。わかりました。それでは作業を開始いたしましょう。……まずは、ありったけのかまどで火を炊いてください。鉄鍋は4つしか見当たらないので、あと3つほど分家のほうからも運んできていただけますか?」
スン家の女衆は、また返事もないままにゆるゆると動きだした。
その覇気のない姿を見やりながら、ヴィナ=ルウが「なんだか先行きが不安ねぇ……」と、囁きかけてくる。
「これだったら、わたしたちだけで作業するほうが、よっぽど手っ取り早そうじゃなぁい……?」
「はい。そうできないのが、つらいところですね」
ここまで覇気のない人間たちに、調理の技術を叩きこむことなど可能なのだろうか。
これは、ルティムの祝宴よりもよほど苦難に満ちた仕事になりそうだった。
「鉄鍋には、6分目ていどの水を注いでください。かまどの火は強めで。……それで沸騰したら、ひとつの鍋に対して40個ずつのポイタンを投入してください」
かまどの間には、かまどが5つ。
そちらには10名のスン家と、ルウ本家の3姉妹、およびタリ=ルウを配置する。
屋外には、かまどが2つ。
そちらは5名のスン家と、ルティム家の2名だ。
調理の指導ばかりでなく、スン家の女衆が何かおかしな真似をしないように――まあ、自分たちも口にする料理に毒物などを混ぜたりはしないと思うのだが、とにかくこちらの意に沿わぬような真似をしないか、それを監視する意味合いも強い。
「煮詰まってきたら、ポイタンが焦げつかないように攪拌をお願いします。……さて、こちらは今後の段取りを確認しておきましょうか」
かまどの間の入口で、俺はミーア・レイ母さんとシーラ=ルウを呼び寄せる。
「予定通り、ポイタンを煮詰め終わったら、スープの調理は分家のかまどで仕上げましょう。俺の班はヴィナ=ルウとララ=ルウ、ミーア・レイ=ルウの班はアマ・ミン=ルティムとモルン=ルティム、シーラ=ルウの班はレイナ=ルウとタリ=ルウ、でいいですね?」
「そいつはかまわないけどさ。その間、煮詰めたポイタンはここに置き去りにしちまうんだろう? あたしには、それが1番心配だねえ」
「俺も心配でないことはないですけどね。でも、どの道これだけの料理を一箇所で仕上げるのは難しいですし。こまめに味見をして、おかしな悪戯がされていないか確認するしかないでしょう」
「そうだねえ。……しかし、どうしてスン家の女衆ってのはどいつもこいつも……」
と、ミーア・レイ母さんが言いかけたとき。
何やら男衆の蛮声めいたものが聞こえてきた。
見れば、ドンダ=ルウたちのもとに、見知らぬ男衆の姿が増えている。
「うわ……何ですか、あれは?」
この距離でも、その者たちの異形ははっきりと見て取ることができた。
6名ほどの男衆が、ドンダ=ルウらに向かって、何やら声を張り上げている。
そのうちの4名は頭からギバの毛皮をかぶっており、残りの2名は――なんと、ギバの頭骨を頭に乗せているようだった。
「森辺の北の端を統べる民たちだね。毛皮をかぶっているのが、ザザ家とジーン家、骨をかぶってるのが、ドム家。……あいつらは全員、スン家の眷族だよ」
「スン家の眷族ですか……」
「ああ。ある意味では、スン家より厄介な連中らしいよ? とにかく気性が荒っぽくて、頭の固さではうちの家長も顔負けだって話なんだからさ」
「ええ? ドンダ=ルウよりもですか!?」
言った後に、しまったと思った。
その頑迷なる家長の嫁たるミーア・レイ母さんは、愉快そうに笑い声をあげる。
「その岩みたいな頭の固さでもって、あの連中は今でも族長筋に絶対の忠誠を誓っているらしいんだよ。ドムやザザの集落は北の端っこでスン家とも離れてるから、族長筋がどれほど堕落しちまっているかってことにも、今ひとつ気づいていないようなんだよねえ」
「なるほど……そいつは、厄介そうですね」
「ああ、厄介さ。あの連中にとっては、族長筋に逆らうルウやファこそが森辺の安寧を脅かす存在だ、とか思えちまうのかもしれない」
厄介だ。本当に厄介である。
もしかしたら、俺は心のどこかで、もしも荒事になってもドンダ=ルウやアイ=ファなら遅れを取ることはない――などという慢心を抱いてしまっていたのかもしれない。スン本家の男衆どもが、あまりに小物な連中ばかりであったために。
しかし、今、ドンダ=ルウやダン=ルティムらに食ってかかっている連中は、見るからに勇猛そうで、そして凶悪そうだった。
毛皮をかぶっているやつも、頭骨をかぶっているやつも、みんなドンダ=ルウやダン=ルティムにも負けない巨体の持ち主である。
そんな物々しい装束に身を包んでいるために、それこそ巨大なギバが2本足で立ちはだかっているかのように見えてしまう。
人数的には3名ずつの6名しかいないのに、総勢15名のドンダ=ルウらに、まるで怯む様子も見せていない。何を激昂しているかはわからないが、今にも刀を抜いてしまいそうな剣幕である。
「うわ、だから、焦がさないようにって言ってるじゃん!」
と、そこでいきなりララ=ルウの慌てふためいた声が響きわたった。
「ただかき混ぜてればいいってもんじゃないでしょ!? ああもういいから、ちょっとどいて!」
「……はあ」と気の抜けた声がそれに応じる。
かまどの間を覗きこむと、まだずいぶんと若そうなスン家の女衆から強奪した木べらで、ララ=ルウが鉄鍋の中身と格闘し始めたところだった。
「ごめん、アスタ! けっこう焦がしちゃったかも! すぐにかまどから下ろしたほうがいいかなあ?」
「うん、焦げたやつが混ざっちゃうようだったら、少し水っぽくても下ろしたほうが――」
そこに、「うひゃあ!」という悲鳴が重なる。
そして、地面に重いものが落ちる、鈍い音色。
屋外のかまどの方角である。
ミーア・レイ母さんらとともに駆け寄った俺は、地面に尻もちをついているモルン=ルティムと、困惑の表情で立ちすくんでいるアマ・ミン=ルティムと、半分がた地面にポイタンをぶちまけてしまった鉄鍋と――そして、グリギの棒を手にぼんやりと立ちつくすスン家の女衆の姿を、そこに見出すことになった。
「アマ・ミン=ルティム、どうしたんですか!?」
「ああ、アスタ――申し訳ありません。ポイタンが煮詰まったので、鉄鍋を下ろしてもらおうと思ったのですが、このような有り様に成り果ててしまいました」
頭痛をこらえるように額を押さえる義姉の足もとで、モルン=ルティムが「あやうく大火傷するところだったじゃないか!」と、わめき声をあげる。
モルン=ルティムは、ルティム本家の末妹――つまりはガズラン=ルティムの妹であり、ダン=ルティムの娘である。
父親似の愛嬌のある容貌で、お顔も身体もふくふくと丸っこい、明るく元気な女の子だ。
その、普段は温厚で柔和でもあるモルン=ルティムが、怒りで顔を真っ赤にしてしまっている。
「いったい何なの、そのへっぴり腰は? 鉄鍋を運ぶことぐらい満足にできなくて、かまどの番なんてつとまるわけないじゃないかさ!?」
そんな風に怒ってしまうと、彼女はますます父親とそっくりになってしまっていた。
しかし、スン家の女衆たちは、やっぱり腑抜けた顔つきで「はあ」とうなずくばかりである。
「……こいつは本当に、前途多難だねえ」と、俺のかたわらに立ったミーア・レイ母さんが深々と息をつく。
「家長たちも大変そうだけど、あたしらにもそれを心配してるゆとりなんてなさそうじゃないか? 1番簡単なポイタンでこのざまじゃあ、すーぷやすてーきなんて、到底まかせられないんじゃないかい?」
「そうですね。ちょっと気持ちを改めましょうか」
まずはこの作業でスン家のお手並みを拝見、と思っていたのだが。どうやらそんな悠長なことは言っていられないらしい。
最後に、スンの眷族たちと相対するアイ=ファの姿を視界に収めてから、俺はかまどの間にUターンした。
「ララ=ルウ! 焦がしてしまった鍋をこっちに持ってきてくれ! 水瓶用の柄杓と一緒にね! ……シーラ=ルウ、ララ=ルウの代わりに、レイナ=ルウたちを補助してあげてください」
「はい」
ララ=ルウとスン家の女衆が運んできた鉄鍋を、ルティム班の鉄鍋と並べさせる。
「焦げついてない分のポイタンは、こっちの鍋に柄杓で移してくれ。で、あなたたちは新しい鉄鍋をひとつ――いや、ふたつほど持ってきてください。そのうちのひとつで、こぼしてしまった分と焦がしてしまった分のポイタンを追加で煮詰めます」
こうなってくると、8名分のキャンセルが出たのも結果的にはラッキーだったかもしれない。
もちろん調理の失敗に備えて食材は多めに運んできてはいたが、ここまでの大失敗は想定しきれていなかった。
(わざと失敗して足を引っ張ろうとしている――っていうわけではないんだろうな)
俺たちになすりつけられるような失敗ならまだしも、これで料理の数が足りなくなっても、叱責を受けるのは本人たちだろう。
単に、やる気がないだけなのだ、きっと。
「よし。残っているポイタンは全部使ってしまいましょう。ララ=ルウ、今度は手本を見せるかたちで、きみが全部仕上げてくれるかな?」
「うん。これ以上ポイタンを無駄にされたら、たまんないもんね。……あんたたちさあ、ぼけーっと腑抜けた顔してっけど、大事な食糧を何だと思ってるの? これは男衆が生命をかけて狩ってきたギバの牙と角で得たポイタンなんだよ?」
こちらも怒り心頭のララ=ルウに、感情のない声で「申し訳ありません」と述べるスン家の女衆たち。
そんな彼女たちとともにかまどの間に戻ると、ララ=ルウが担当していたかまど以外は、何とか滞りなく作業を終えた様子である。
ただし、ヴィナ=ルウやレイナ=ルウたちも少なからずげんなりとしてしまっている。
「そちらのポイタンはすべて煮詰まりましたね? それじゃあ鉄鍋は外の日当たりのいい場所に移動してください! こぼさないように、気をつけて!」
数秒間のラグの後、スン家の女衆がグリギの棒をつかみ取る。
そうしてすべての鉄鍋を屋外まで搬出させ、ララ=ルウが追加分の作業を終えた後、俺はもう1度全メンバーをかまどの間の前に並べさせた。
「いま煮詰めてもらったポイタンは、こうして天日にさらして、完全に水気がなくなるのを待ちます。その間に今度はギバとアリアの煮汁を作るわけですが、その前に、今日の仕事について色々と再確認させていただこうと思います。……スン家の皆さんは、全員かまどの間に入ってください」
無言で移動する女衆を横目に、俺は戸板のわきに積んであった袋のひとつを抱えあげた。
肉の詰まった袋である。
「それじゃあ、ヴィナ=ルウも一緒に来てもらえますか? 他の皆さんは、入口から見守っていてください」
15名のスン家の女衆と、俺と、ヴィナ=ルウ。ルウ家に匹敵するぐらいの広さを持つかまどの間でも、それだけの人数が入ってしまったら、もうそこそこ満員だ。
入りきれなかった我が精鋭部隊のメンバーは、いったい何を始めるつもりなのだろう?という面持ちで、入口から中の様子を覗きこんでくる。
かまどに備えつけられた作業台の上に肉の袋を置き、俺はずらりと立ち並んだ女衆たちの姿を見渡した。
「これは、ルウやルティムの家から持ってきたギバの肉です。今日は、こいつを使って晩餐用の食事を作ります」
スン家の女衆たちは、死んだ魚のような目つきで、見るともなしに俺を見ている。
「この肉には、肉の臭みをとる特別な加工がほどこされています。俺はこの肉を使って宿場町で料理の店を出しているのですが、あなた、それはご存知でしたか?」
手近な女衆に尋ねてみると、「……いいえ」という声が返ってきた。
「そうですか。それじゃあ、どうしてスン家と縁のない俺たちがスン家のかまど番を預かることになったのか、そこのあたりの事情も聞かされてはいないのですかね?」
「……はい。知りません」
「そうですか。……実は、10日ほど前、その店にスン本家の末弟ミダ=スンがやってきて、俺の料理を買ってくださったのですね。それでミダ=スンは、たいそう俺の料理を気に入ってくれたそうで、それで、一夜限りでもいいからと、本家の家長ズーロ=スンから、かまどの番をまかされることになったわけなのです」
女衆たちの様子に、変化はない。
べつだん、本家の連中を怖れているわけでもないのか。
「だから俺は、ミダ=スンを満足させることのできる料理を作らなくてはならないのですが。でも、それが一夜限りで終わってしまったら、あんまり意味がないではないですか? だから、毎日スン家のかまど番を預かっているというあなたたちにも、美味しい料理を作るすべを学んでほしいのです。……それを、嫌だと思いますか?」
と、俺は別の女衆に矛先を向けてみた。
少し年をくったその女衆は、「……嫌だと思う理由はございません」と感情のない声で答えた。
「そうですか。……あなた自身は、美味しい料理を食べてみたい、とかは思いませんか?」
「……美味しい料理、という言葉の意味が、わたしにはよくわかりません」
「ふむふむ。あなたは、いかがですか?」
と、その隣りに立っていた若めの娘さんに矛先を転じる。
「……味など関係なく、すべての食事には感謝の念を捧げるべきだと思います」
森辺の民としては、模範的な回答である。
アイ=ファだって、ルウやルティムの人々だって、最初はみんなそういう気持ちであったのだ。
「ごもっともです。でも、俺はご覧の通りの異国人で、生まれ故郷においては料理人というものを生業にしていたのですよ。俺の仕事は、美味しい料理を作ることなのです。スンの家長ズーロ=スンには代価をいただく手はずになっておりますので、何としてでもその仕事は果たさなくてはならりません」
俺はまた、別の女衆と目を合わせる。
「その仕事を、手伝っていただくことはできますか?」
「……そのように、ヤミル=スンから承っています」
「ありがとうございます。……ただ、今では話が大きくなってしまって、俺はミダ=スンを始めとするスン本家の方たちばかりでなく、家長会議に集まる方々と、そして、スンの分家の方々の晩餐まで作ることになってしまいました。あなたたちと、あなたたちの家族が食べる晩餐をも、しっかり作りあげねばならないのですよ」
そこでようやく、俺は袋の中から肉の包みを取り出してみせた。
ゴムノキモドキの包みもほどき、ピコの葉にまみれた肉塊を、作業台の上に広げる。
部位は、右の後ろ足だった。
「ヴィナ=ルウ、鉄鍋を強火で温めてもらえますか?」
「うん、わかったわぁ……」
その間に、俺は三徳包丁で肉を切りわけた。
シム産の調理刀を獲得した俺であるが、肉を切るのにはまだこいつが必要だ。
「あなたたちは、美味しい料理になど興味はないのかもしれませんが、俺は、美味しい料理を食べさせることが仕事です。こうして仕事をともにすることになったのも何かのご縁でありますから、今日はよろしくおつきあいください」
「……あなたはもしかして、私たちが鍋を焦がしたり落としたりしてしまったことをお怒りになっているのでしょうか?」
と、最年長と思しき半白髪の女衆が、抑揚のない声をあげる。
「それならば、おわびを申しあげましょう。今後は失敗しないように気をつけたいと思います」
「おわびの必要はないですよ。俺はただ、どうせなら前向きな気持ちで仕事に取り組んでほしいと思っただけです」
俺は、その女衆のくたびれた顔をじっと見つめやった。
「みなさんは、どうしてそのように覇気のないお顔をされているのでしょう? かまどの仕事がお嫌いなのですか? それとも、俺のような異国人の手伝いをするのが不本意なのでしょうか?」
「……仕事に不満を持つ人間など、おりません……」
何だか、言葉の通じない老犬とでも喋っているような気分だった。
やっぱり彼女たちは、あのテイ=スンとそっくりなのである。
無気力で、無関心で、無感動な、あのテイ=スンと。
(で……あのテイ=スンも、この女衆たちも、みんな分家の人間なんだよな)
スンの本家の人間に、このような目つきをした人間はいなかった。
本家と分家の間には、何か大きな格差があるのだ。
その正体が何なのかはわからないが、このままでは、俺たちの仕事も大失敗に終わりかねないだろう。
「……アスタ、鍋が温まったわよぉ……」
「ありがとうございます」と、俺は包丁を置く。
そして、5ミリていどの厚さに切ったモモ肉を、俺はスン家の女衆たちにかざしてみせた。
「この肉を、今から焼きます。味付けはピコの葉だけですね。いい感じに脂ものっているので、このまま、ただ焼いてしまいます」
宣言通り、鉄鍋にモモ肉を投入する。
数は、きっちり15枚。
真っ白い煙とともに、純然たる肉の焼ける香りが、かまどの間に充満する。
「ヴィナ=ルウ、木皿と木匙をひとつずつお願いします」
「はぁい……」
肉は薄いので、あっという間に焼きあがってしまった。
それらのすべてを木皿に移し、俺は年かさの女衆に手渡す。
「1枚ずつ食べてみてください。これが血抜きという加工をしたギバ肉です」
女衆は、木匙を使って、それを食した。
無感動なその顔の、眉のあたりが少しだけ蠢く。
次の女衆は、無反応だった。
次の女衆は、すっとまぶたを閉ざしてしまう。
次の女衆は、わずかばかりに目を見開く。
次の女衆は、無反応。
反応は、人それぞれだ。
その中で、1番大きく表情を動かしたのは、最年少である10歳ぐらいの女の子だった。
何か不安そうに眉を曇らせて、左右の同胞たちの姿を見回す。
しかし、それに応じようとする者はいない。
「お気に召したかはわかりませんが、味が変わったことだけはわかるでしょう? ルウやルティムの人たちは、これを『美味しい』と評してくれました。……俺は森辺において、『食事に美味いも不味いもない』という言葉を何度か聞かされましたが、どうせ食べるなら美味しいにこしたことはないだろう、と考えています」
言葉で伝えられるのは、ここまでであろう。
あとは、身をもって体感していただく他ない。
「これから俺たちが作ろうとしているのは、もっともっと美味しい料理ですので。それを求めるミダ=スンのためにも、どうぞご協力をお願いいたします。……それでは、この後は3つの班に分かれて別の料理に取りかかりたいと思います」