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異世界料理道  作者: EDA
第六十九章 西の果てより
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お披露目の祝宴③~妙なる料理~

2022.5/8 更新分 1/1

 フェルメスとの密談を終えたのち、リフレイアたちと少しばかり語らって、デルシェア姫やダレイム伯爵家やサトゥラス伯爵家の人々への挨拶を済ませた頃、ようやくアイ=ファとスフィラ=ザザが俺たちのもとに舞い戻ってきた。

 若き貴婦人の波状攻撃にぐったりとしたアイ=ファをねぎらってからフェルメスの言葉を伝えると、アイ=ファはたちまち狩人の眼光となって「ふん」と鼻を鳴らした。


「もとより我々は最大限の警戒心でもって、あやつらと相対していた。今後も気をゆるめず、これまで通りに振る舞うのみであろう」


「うん。フェルメスもそれをわかってくれていたから、これまでは何も言わなかったんだろうな」


 実際問題、フェルメスも何か具体的な助言をくれたわけではないのだ。ただようやく俺と個人的に語らう機会が訪れたために、黙っていられなくなったということなのだろう。


「では、腹を満たすことにするか。4人ていどで固まっておいたほうがより安全だと思うのだが、ゲオル=ザザらはどうであろうか?」


「それなら俺たちは、トゥール=ディンらのもとに戻ることにしよう。そちらには、おあつらえむきの相手が出向いてきたようだしな」


 ゲオル=ザザの視線を追うと、ちょうどルド=ルウとリミ=ルウが人垣をかきわけてこちらに近づいてくるところであった。


「よー。ちびリミがアイ=ファと一緒にいたいって言うから、連れてきたぜー」


 ルド=ルウの言葉に「そうか」と応じつつ、アイ=ファはリミ=ルウに優しい視線を送る。宴衣装の可愛らしいリミ=ルウは、満面の笑みでそれを見返した。


 ザザの姉弟に別れを告げて、俺たちはいざ広間の中央へと足を向ける。そちらではさまざまな身分にある人々が入り乱れて、城下町の料理に舌鼓を打っているところであった。


「今日も色んな宴料理が準備されてるみたいだねー! けっきょく誰と誰がかまどを預かったんだっけー?」


「4分の1ぐらいはダイアで、残りを6組の料理人が受け持ったっていう形らしいね。ヴァルカス、ヤン、ティマロ、プラティカ、デルシェア姫……あと、サトゥラス伯爵家の料理長だってさ」


 何せ200名規模の祝宴であるため、ダイアを除く人々は2、3品に留めているらしい。助手を持たないデルシェア姫とプラティカも、城下町から手伝いの人間を募ってそれだけの料理を準備してみせたのだ。


「そっかー! それじゃあ、試食会に出てた人たちがみんな呼ばれたわけじゃないんだねー!」


「うん。その代わりに、デルシェア姫とプラティカにお願いしたっていう形なのかな」


 試食会に出場していながら今回の祝宴で外されたのは、《四翼堂》と《ヴァイラスの兜亭》の2組だ。たしか彼らは試食会において2票ぐらいしか星を獲得できなかったため、ティカトラスのお眼鏡にかなわなかったのかもしれなかった。


(いや、それともそれぞれの料理店まで出向いて味を確かめてから、判断を下したのかな。ティカトラスだったら、それぐらいはやりそうだ)


 俺がそんな風に思案している間に、最初の卓に到着した。

 すると俺のかたわらで、アイ=ファががっくりと肩を落とす。その理由は、すぐに判明した。


「おお、アイ=ファ殿! 近くで見ると、いっそう美しいお姿だ! そのように豪奢な宴衣装を着こなせるのは、きっとこの世でアイ=ファ殿のみであろうな!」


 豪放な笑いを含んだ声が、高らかと響きわたる。それは護民兵団の大隊長たるデヴィアスであった。


「よー。あんたと顔をあわせるのも、ひさしぶりだなー。邪神教団の一件では大活躍だったって、ガズラン=ルティムやディグド=ルウから聞いてるぜー」


 ルド=ルウが気安く応じると、デヴィアスは「そうかそうか!」とまた盛大に声を響かせた。


「俺のほうこそ、そのおふたりの活躍には血がたぎったものだ! さあさあ、皆も森辺の方々に挨拶をしたかろう!」


 本日も、デヴィアスの周囲には若き貴婦人や貴公子が群れ集っている。そして誰もが、まずはアイ=ファの美しい姿に感服していた。

 それらの人々への挨拶を済ませてから、ようやく宴料理である。そちらの卓には、2種の料理がどっさりと準備されていた。


「今日はこのように、ずいぶん細かく卓が分けられているのだ! これは何だか、試食会を思わせる様相だな!」


「ああ、なるほど。料理人ごとに卓が分けられているのですね。こちらは、えーと……すみません。これは何と書かれているのでしょうか?」


「ゲルドの料理番プラティカと書かれておるよ! アスタ殿らが懇意にしているお相手であろう?」


 これはいきなり、興味深い卓に行き当たったようだ。挨拶責めでげんなりしていたアイ=ファも、たちまち瞳を輝かせた。


 卓にのせられていたのは、手づかみで食べられる料理と煮込みの料理である。もともとジェノスの祝宴では皿を使わない料理というのが定番であったが、このたびもその習わしは解禁されているようだ。その場では、プラティカの調理助手を務めたのであろう若き料理人が鉄鍋から煮込みの料理を取り分けてくれていた。


 とりあえずは、山積みにされている謎の料理からいただくことにする。

 それを手に取ったリミ=ルウは、「うわあ」とはしゃいだ声をあげていた。


「これ、フワノの生地かと思ったら、シャスカなんだね! 具材がいっぱいでおいしそー!」


 その料理は、三角形に折りたたんだ生地で具材がくるまれている。その生地が、俺の伝授したシャスカペーパーであったのだった。

 やはりシャスカを主食とするゲルドの民としては、シャスカペーパーを捨て置くことはできなかったのだろう。三角形の中央だけが具材でこんもりと盛り上がっており、外見は生八つ橋を思わせた。透けた具材の色合いは、いかにも辛そうな赤褐色だ。


 しかしその料理を食してみると、辛さのほうはほどほどであった。豆板醤に似たマロマロのチット漬けが主体にされていたものの、ミソやタウ油や砂糖といった調味料によって辛さが緩和されていたのだ。

 それらの調味液で仕上げられていた具材は、細かく切り分けられたギバ肉やユラル・パやティンファなどである。長ネギに似たユラル・パも白菜に似たティンファも粗めのみじん切りで食感が心地好く、とても力強い味わいであった。


 それに、辛みはほどほどであるが、後から香草の風味が鼻に抜けていく。セージに似たミャンツやヨモギに似たブケラなど、辛みではなく風味の強い香草が使われているようだ。それがまた、この力強い味わいに清涼感と深みを与えていた。


「ふーん。こいつは森辺のかまど番が作ったって言われても納得しちまいそうな出来栄えだなー」


「うん。基本の味付けなんかは、そんな感じだよね。でも、香草の使い方にはプラティカらしさが残されてるし……こんな風に具材を生地で包み込むのは、城下町の宴料理の影響かもしれないね」


 なおかつプラティカは、ゲルドの食材と異国の食材を分け隔てなく使用している。これこそ、ジェノスで調理を学んだ成果であろう。アイ=ファもまた、優しい眼差しでうなずいていた。


「これは掛け値なしに、美味なる料理だな。あやつも料理を作りあげた後は、祝宴の客人として招かれているのであろう? 早々に言葉を届けてやりたいものだ」


 すると、遠からぬ場所から「あら」という声があげられた。ずっとアイ=ファに熱っぽい視線を送っていた、若き貴婦人である。


「その眼差し……あちらの肖像画そのままのお姿ですわ。ティカトラス様は本当に、アイ=ファ様の美しさを正確に描き抜いておられたのですわね」


 アイ=ファは頭をかきむしろうとしたが、俺の贈った髪飾りがそれを邪魔立てした。

 そしてその間に、デヴィアスも「まさしくな!」と声を張り上げる。


「慈母のごとき眼差しも、鋭く射るような眼差しも、野獣のごとき眼光も、すべてアイ=ファ殿の大きな魅力であるからな! しかし今のは、プラティカ殿への慈愛の念だったのであろうか? アスタ殿でなくとも、アイ=ファ殿にそのような眼差しを浮かべさせることは可能であるのだな!」


「…………」


「おお、これぞ征矢のごとき眼光だ! 俺はその鋭き眼差しもこよなく好ましく思っているぞ!」


 デヴィアスの調教をあきらめたアイ=ファは、宴衣装の裾をひらめかせて煮込みの料理を配っている人物のほうに歩を進めた。

 俺とルウ家の仲良し兄妹もそれに追従して、卓に置かれた皿を取り上げる。そちらにも、ギバ肉がたっぷりと使われていた。


「ゲルドのギャマに一番肉質が近いのはギバだから、プラティカはギバ料理を手掛けることが多いんだよ。俺たちにとっては、ありがたい話だよな」


「うむ。しかし以前は、キミュスの肉も使っていたようだな」


「そっちはランドルの兎に近いんだってさ。ランドルの兎っていうのは、きっとクセのない肉質なんだろうな」


 そんな言葉を交わしつつ、俺たちは2種目の料理をいただいた。

 こちらはギバ料理でありながら、海の幸の風味が豊かである。ゲルドの食材たる魚醤に、西の王都の食材であるヌニョンパと貝類の出汁が合わされているのだ。そして味の中核を担っているのはジャガルのミソであり、具材にはキュウリのごときペレやパプリカのごときマ・プラ、ズッキーニのごときチャンなどが使われていた。


 こちらの料理も、申し分のない味わいだ。

 獣肉と海産物の融合というのは、レイナ=ルウの影響なのか。はたまた城下町の料理の影響なのか。何にせよ、プラティカがこの数ヶ月で体得した技量がぞんぶんに示されていた。


「……こちらの料理も、辛みは抑えられているようだな」


「うん。ココリの風味もきいてるけど、ゲルド料理としては辛みも控えめのほうだろうな」


 そんな風に答えてから、俺はアイ=ファの耳もとに口を寄せた。


「案外、アイ=ファのために辛みを抑えてたりしてな」


「……200名もの人間が参ずる祝宴で、私ひとりを気づかう理由はあるまい」


「でも、アイ=ファは今日の主役だし……そうでなくても、プラティカはアイ=ファに喜んでほしいって思ってるだろうしな」


 アイ=ファはどこかくすぐったそうな面持ちで、俺の腕を肘でつついてきた。

 そんなさなか、ルド=ルウはほくほく顔でプラティカの料理を味わっている。


「んー、こいつも美味いなー。全部が全部こんな料理だったらこっちもありがてーんだけど、そういうわけにはいかねーんだろうなー」


「まあ確かに、森辺の民の好みに一番あうのは、プラティカの料理なのかもね。それじゃあ次の卓を目指そうか」


 そうして俺がお別れの挨拶をするべくデヴィアスのほうを振り返ると、そちらには無邪気な笑顔が待ちかまえていた。


「では、俺たちもご一緒に! すべての料理を味わい尽くすには、ずいぶんあちこちを巡ることになりそうだな!」


 アイ=ファは最初からあきらめていたのか、凛々しい無表情のまますでに足を踏み出していた。

 デヴィアスと数名の貴族たちも、俺たちの後をぞろぞろとついてくる。今日は普段以上に、アイ=ファの吸引力が増強されているのかもしれなかった。


 人々のざわめきと楽団の演奏で、広間にはいっそうの熱気がわきかえっている。特に身分の高い貴族たちもいよいよ広間を巡り始めたようで、ますます混沌とした様相だ。また、卓から卓への移動の際にも、俺とアイ=ファはあちこちから挨拶の声を投げかけられることになってしまった。


 アイ=ファはこの場にいるすべての人間に存在を認知されてしまったし、俺は礼賛の祝宴で名前を売ってしまった立場である。それでも城下町を根城にする行商人などにはほとんど知り合いもいないのだが、そういった人々もどこかで噂を聞き及んだらしく、しきりに俺へと呼びかけてくるのだった。


「そういえば、先日にはまたガーデルのやつめがアスタ殿の屋台を訪れたそうだな」


 と、俺が挨拶の応対をする合間に、デヴィアスがそんな言葉を投げかけてきた。


「あやつが勝手に城下町を抜け出すのは、これで2度目のことだ! あやつはずいぶん、アスタ殿の去就を気にかけているようだな」


「そうですね。今回もずいぶん無理をなさったようなので、心配です」


「うむ! 相手がアイ=ファ殿であれば、あやつの執心も理解できるように思うのだがな!」


 そうしてデヴィアスが高笑いを響かせたところで、俺たちはようやく次の卓に到着した。

 そちらには、見知った人々が大勢寄り集まっている。マルフィラ=ナハムにモラ=ナハム、レイ=マトゥアにガズの長兄、ナウディスにその伴侶、《ランドルの長耳亭》のご主人に調理助手の若者という顔ぶれだ。


「みなさん、おそろいで。こちらはどなたの料理でしょう?」


「こちらはジェノス城の料理長、ダイア殿の料理であるようですぞ」


 ナウディスがにこにこと笑いながら、そのように答えてくれる。そしてその伴侶はそれよりもにこやかな表情を浮かべていた。


「主人から聞いておりましたけれど、こちらは本当に見目の麗しい料理ですねぇ。なんだか食べるのがもったいないぐらいです」


 そちらの卓には、色とりどりの花を模した料理と、立方体をした謎の料理のピラミッドと、そして星空の絵画を思わせる料理が並べられていた。

 ダイアの料理を初めて目の当たりにしたナウディスの伴侶は、うっとりと目を細めている。それを見守るナウディスも実に幸福そうな面持ちであり、俺はやたらと胸が温かくなってしまった。


 それで、料理のほうだが――俺にとって目新しいのは、謎のピラミッドであった。5センチ四方の立方体が積み上げられて、四角錐の山を築いているのである。そしてこちらも花を模した料理に負けないぐらい色とりどりであったため、本当に何かの芸術作品みたいな様相であったのだった。


 周囲の人々は手づかみでその料理を食していたので、俺たちもそれにならうことにする。すると、そのかたわらに控えている小姓がすぐさまトングのような器具で新たな料理を積み上げ、ピラミッドの形状を保つのだ。料理が尽きるまでは、延々とその作業が続けられるようであった。


「ふーん! 何かと思ったら、これはフワノの生地なんだね!」


 手の平にのせた立方体を小さな指でつつきながら、リミ=ルウがそのように言いたてた。

 確かに手触りからして、これはフワノの生地のようである。焼きあげたフワノを、わざわざこのような形に切り分けているのだ。その総数を考えると、気の遠くなるような作業であった。

 なおかつ、型崩れ防止のために、すいぶんしっかりとした手触りと重みをしている。ピラミッドのブロックとして扱うには、これぐらいの頑丈さが必要になるのだろう。


「これは1個でも腹に溜まりそうだな。色の違いで味に違いがあるのか確かめたいから、半分ずつ食べてみないか?」


「うむ。かまわんぞ」と、その立方体をふたつに割ったアイ=ファは、わずかに目を見開いた。その内側には、とろりとした餡が封入されていたのだ。


「あ、なるほど。これは底の面を丸くくりぬいて、餡を入れてから蓋をしてるんだよ。ほら、ここにうっすらと丸い跡があるだろう? 餡の粘つきで蓋の生地が固定されてるんだな」


「……私は料理のことなどまるでわきまえておらんが、それはずいぶんな手間であるように感じられるな」


「うん。見た目の美しさにこだわるダイアならではの料理だな」


 俺は餡をこぼさないように気をつけて料理を割ってから、アイ=ファと半分ずつ交換した。

 アイ=ファが選んだのは赤で、俺が選んだのは緑だ。生地も餡も菓子のような見た目であるが、甘い香りはしない。なおかつ、赤いほうの餡からは実に懐かしい芳香が漂っていたのだった。


「なるほど。これは、タラパの赤であったのか」


「うん。それに、マロールだな。生地のほうも、魚介の風味がたっぷりだ」


 トマトに似たタラパはかなり品薄であるため、これはおそらく余所から買いつけたタラパであるのだろう。わずかな味の違いと鮮度にこだわらなければ、余所の領地からタラパを買いつけることは可能であるのだ。

 そのタラパがアマエビに似たマロールのすり身とともに、餡に仕上げられていた。そしてそこにはミソやチットの実などの味わいも封入されている。生地には魚介の出汁が使われているらしく、文句のない美味しさである。


 そして緑のほうは生地がヨモギに似たブケラの風味で、餡はホウレンソウに似たナナールとキミュスのすり身、そしてタウ油と各種の香草であった。

 ヴァルカスほどの複雑さはないものの、俺にはなかなかひねり出せないような、不可思議なる味わいだ。見た目が奇抜なだけでなく、とても繊細な手際で味が組み立てられている。実にダイアらしい料理であった。


「こちらの料理も、素晴らしいですよ! 外見からは、想像のつかない味わいです!」


 うきうきと弾んだ声で、レイ=マトゥアがそのように呼びかけてくる。彼女が食していたのは、星空を思わせる料理であった。

 これに似た菓子ならば、俺も食したことがある。表面が青紫色にきらきらと照り輝いており、そこに点々と白い輝きがまぶされているのだ。そちらは大きな盆のような皿に盛りつけられており、端のほうからレードルですくって小皿に移す方式である。いまだ手つかずの分は星空が丸く切り取られたような姿であり、一見料理と思えないのは他の料理と同様であった。


 青紫色の外皮の下には、具材を練り込まれたフワノの生地が隠されている。外皮が照り輝いているのは、ゼラチンのような食材で仕上げられているためであるのだ。そこから漂うのは、ブルーベリーのごときアマンサとミントのごときユラルの香りであった。


(でもこの卓に置かれてるってことは、菓子じゃないんだろうな)


 そちらの料理を食してみると、まずはアマンサの甘酸っぱさとユラルの清涼なる風味が口内に広がった。

 そして後から追いかけてくるのは、意外にしっかりとした肉の味わいである。こちらの生地には、薄く切り分けられたカロンの肉が練り込まれていたのだった。

 カロンの肉は数ミリていどの薄さであるのに、奇妙なぷちぷちとした食感だ。これは蜜漬けにされた肉の食感であった。それに、生地にもパナムの蜜が使われているのだろう。肉がなければ、菓子としても通用しそうな甘さである。

 ただ、カロンの肉にはタウ油やケルの根を基調にした味を付けられているし、それ以外にも細かく刻まれたマ・プラやネェノンなどが練り込まれている。料理と菓子が融合したような、さきほどよりは複雑な味わいであった。


「……レイ=マトゥアは、こちらを美味と感じたのだな? アスタは、どうであろうか?」


「うん。すごく不思議な味だけど、美味しいと思うよ。俺には絶対思いつかない味わいだな」


「それなら、幸いだ」と語るアイ=ファは、ほんの少しだけ眉を下げていた。


「なるほど。アイ=ファの口には合わなかったんだな」


「うむ。甘さはさほど気にならないのだが……この、口の中が涼しくなるような風味が、気になってならん」


「ああ、きっとユラルのことだな。ユラル・パとそっくりな形状をした、シムの香草だよ。俺はほとんど使わないから、アイ=ファには馴染みがなかったんだろう」


「それもまた幸いなことだ」と、アイ=ファは息をつく。

 これだけ執拗に言いたてるということは、ユラルの風味がよっぽどお気に召さなかったのだろう。俺はその事実を心のメモ帳に太字で記しておくことにした。


「リミもこれは、ちょっと苦手かなー! お菓子だったら美味しいと思うかもしれないけど!」


「俺は、どうでもいい感じだなー。この料理を一生食えなくなっても、困ることはねーや」


 やはり複雑さの度合いが高まると、森辺の民との相性が下がるものであるらしい。ヴァルカスの料理などは圧倒的な迫力でもって森辺の民をも黙らせることが多いのだが、ダイアの繊細な料理は相手を選ぶのかもしれなかった。


(そういえば、オディフィアもダイアの菓子には心を動かされないみたいだもんな)


 しかしまた、ダイアの料理や菓子には圧倒的なまでの美観というものが備わっている。ナウディスの伴侶などは、その外見だけでうっとりしているようなのだ。そういった面でも、森辺の民とはあまり相性がよくないのかもしれなかった。

 とはいえ、レイ=マトゥアなどはこの料理を気に入ったようなのだから、最終的には個人の好みに帰結するのだろう。俺としては、非常に物珍しく思いつつ、自分の料理の参考にはならないかなという感想であった。


「わたしらは城下町の下ごしらえの作法ってやつを学びましたが、一生をかけてもこのような料理を作りあげることはできないでしょうな」


 そのように語らっていたのは、《ランドルの長耳亭》のご主人だ。ただその顔にも、とりたてて残念そうな表情は浮かべられていなかった。


「ただ、アマンサをこんな風に使いこなすなんてのは、想像の外でした。その一点は、なんとか自分の料理に活かしたいところですな」


「ああ、ご主人は故郷でアマンサも扱っていたのでしたっけ?」


「ええ。アマンサも、マヒュドラの食材ですからな」


 彼の故郷はセルヴァの最北端であるアブーフという領地で、そちらではゲルドやマヒュドラの食材を扱うこともあったという話であったのだ。


「何にせよ、どの料理も愉快です。こんな祝宴に招いていただけて、ありがたい限りですよ」


「そうですね。俺もそれは、同感です」


 そんな風に答えてから、俺は慌ててアイ=ファのほうを振り返った。

 花を模した料理で口直しをしていたアイ=ファは、けげんそうに俺を見返してくる。


「どうした? 私の機嫌をうかがっているような顔つきだが」


「いや、アイ=ファにとっては気の進まない祝宴だったろうからさ」


 アイ=ファはひとつ息をついてから、俺の耳もとに口を寄せてきた。

 甘い香りがふわりと漂い、俺の心臓を騒がせる。


「それとこれとは話が別であろう。かまど番たるお前にとっては、得ることの多い祝宴なのであろうからな。それでお前が喜ぶことを責めるほど、私は狭量でないつもりだぞ」


「うん、ごめん。ちょっと気を回しすぎちゃったな」


「……どうしてそのように目を泳がせているのだ? 私の言葉を疑っているのか?」


「いや、そうじゃなくって……アイ=ファは今までより、ギバ寄せの実を使う機会が増えただろう? その甘い香りを嗅がされると、俺もちょっと心を乱されちゃうんだよな」


 アイ=ファはわずかに頬を赤らめつつ、至近距離から俺をにらみつけてきた。


「それは私ばかりでなく、ギバ狩りの新たな作法を習い覚えた狩人の全員に言えることであろう。お前はダリ=サウティやジョウ=ランの香りにも、心を乱されるということか?」


「いや、男衆には何も感じないんだよな。だからきっと、アイ=ファの体臭とギバ寄せの実の香りがあわさることで……あいててて!」


 脇腹の肉をひねられた俺は、祝宴の場で悲鳴をあげることに相成った。

 無口なモラ=ナハムを相手に何やら語らっていたルド=ルウが、いぶかしそうにこちらを振り返る。


「なに騒いでんだよ? ここの料理は食い終わったから、次の料理を食いに行こうぜー」


「う、うん、了解。ルド=ルウは、モラ=ナハムと何をおしゃべりしていたのかな?」


「モラ=ナハムはさっきまでティカトラスと同じ卓にいたっていうから、どんな様子だったかを聞いただけだよ。あいつは居合わせた人間全員に声をかけながら、料理を楽しんでるってよー」


「ああ、なるほど。あのお人だったら、200名の参席者全員に声をかけることができるのかもしれないね」


 ざっと周囲を見回してみたが、ティカトラスの一行は見当たらない。お供のデギオンは190センチぐらいの長身であるのだから、注意していれば見逃すこともないだろう。やはりティカトラスはアイ=ファに執着することなく、気ままに祝宴を楽しんでいるようであった。

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[一言] 口の中が涼しくなる感じ・・・ミントかなw
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