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異世界料理道  作者: EDA
第六十九章 西の果てより
1194/1681

お披露目の祝宴①~色彩の調和~

2022.5/6 更新分 1/1

 ティカトラスは勉強会の最中に宣言していた通り、その翌日に森辺の集落へと乗り込んできた。

 ただし、俺自身がそれを迎え撃ったわけではない。俺たちが屋台の商売を開始するなり、ティカトラスが眠そうにまぶたをこすりながら参上して、その旨を告げてきたのである。


「これから族長のところにお邪魔するよ。いい返事を期待しておいてくれたまえ」


 その時点で、中天までには一刻を切っている。しかしそれでもティカトラスにしてみれば、早起きの部類であったのだろう。トトスの手綱を握ったデギオンとヴィケッツォを引き連れて、ティカトラスは大あくびをしながら街道の南側へと消えていった。


 そしてティカトラスが再来したのは、中天のピークを終えた頃だ。その際には、いつも通りの陽気なたたずまいであった。


「正式な返事は明日以降という話だったが、前向きに検討すると言ってもらえたよ! もちろんアスタも招待するので、どうぞよろしくね!」


 トトスは宿場町のトトス屋に預けてきたとのことで、ティカトラスらはまた俺たちの屋台で昼食を済ませていた。

 その後、時間を置いてやってきたザッシュマがこっそり教えてくれたのだが――ティカトラスは昨日の内に、マルスタインから祝宴を開く許諾を得たらしい。場所はお馴染みの紅鳥宮で、城下町の料理人に厨を預け、ジェノス中からさまざまな立場の人間を招待する心づもりのようだ。


「まあ、あまり大がかりにしてしまうと、準備に手間取ってしまうからね! ここは200人ぐらいの見当にしておこうかな!」


 ティカトラスはそのように語らっていたそうだが、ジェノスにおいて200名規模の祝宴というのは、十分に大がかりである。それはすなわち、ジェノスが飛蝗の騒ぎに見舞われて以来の大きな祝宴が開かれるということであった。


 そして翌日には三族長の協議が行われて、森辺の民も招待に応じることになったわけであるが――そこで重い溜息をついていたのは、アイ=ファであった。

 ティカトラスはこのたびも、「肖像画のお披露目」というものを祝宴の主眼に据えていたのである。


「今度は200人もの人間の前で、さらし者にされるわけか。もしやあやつは、側妻になることを拒んだ私に深い恨みでも抱いているのであろうか?」


「いやいや。ティカトラスははた迷惑な一面もあるけど、そんな陰湿な真似はしないだろ。ただ肖像画の出来栄えを自慢したいだけなんだろうと思うよ」


 しかし何にせよ、アイ=ファにとって気が進まないという事実に変わりはない。俺としては誠心誠意、大事なアイ=ファを慰めるばかりであった。


 そしてもう1名、アイ=ファの他にも溜息をついている人物がいた。

 誰あろう、ヤミル=レイである。

 ティカトラスが提示した招待客のリストに、ヤミル=レイとラウ=レイの名が記載されていたのだった。


「あの日、屋台であの貴族と出くわしたりしていなかったら、わたしがこのような目にあうこともなかったのにね。今回ばかりは、このような運命を押しつけた神だか誰だかを呪いたい気分だわ」


 ヤミル=レイは、そんな風に言いたてていた。

 彼女はこれまで、祝宴の参席者になることをずっと避け続けていたのだ。そして、護衛役としては何度か城下町まで出向いているラウ=レイもまた、ヤミル=レイが参席しないのなら自分も参席する甲斐がないとばかりに、余人にその役目を譲っていたのだった。


 だから今回もラウ=レイとヤミル=レイの見解が一致していたならば、族長らに辞退を打診していたかもしれない。

 しかし、ヤミル=レイと同じ日にティカトラスと出くわしたラウ=レイは、青空食堂においてすっかり意気投合してしまっていたのだった。


「ヤミルは俺が伴侶にするのだと言いたてたら、あやつは素直に詫びていたからな! あやつは南の民のように正直な気性をしているようだから、きちんと話せば絆を深められるはずだぞ!」


 ラウ=レイは、そんな風に言っていたらしい。

 かくして、レイの両名は初めて城下町の祝宴に参席することが決定してしまったのだった。


 そうしてティカトラスの招待に了承の返事をしたならば、次にやってきたのは宴衣装の仕立て屋である。レイの両名のように城下町の宴衣装を所持していない人間に関しては、ティカトラスが自腹でプレゼントしてくれるのだそうだ。


 そちらの完成を待つという理由もあって、祝宴の日取りは灰の月の20日に決定された。城下町の勉強会から数えると、8日後のことである。

 せっかちなティカトラスにしてはずいぶんのんびりとしたスケジュールだなと思っていたが、それは食材の都合もあったらしい。ダレイムの食材はまだまだ不足気味であったため、祝宴で多量に使うにはあるていどの期間をかけて買いためる必要があったのだそうだ。平民の都合を無視して強引に食材を買い占めたりしないのは、マルスタインらしい良識ある判断であった。


 その期間、ティカトラスの一行は宿場町と城下町の両方でジェノスの滞在を楽しんでいた。ジェノス城を出て最初の数日間はずっと宿場町で過ごしていたが、俺たちの勉強会を見学した日を境に、城下町でも宿を取るようになっていたのだ。


 実際のところ、行商人から立派な品を買い求めたり、王都との通商を発展させたりするには、城下町に滞在している行商人を相手取るほうが、より有益であるのだろう。そうしてティカトラスが活動範囲を広げると、ついに鉄具屋のディアルも対面の機会を授かることに相成ったのだった。


「あれはかなり太い客筋だね! 僕もちょっと本腰を入れて商談させてもらおうと思うよ!」


 屋台に顔を出したディアルは、エメラルドグリーンの瞳を爛々と輝かせながらそんな風に言っていた。ディアルもジェノスに戻ってきた当初はたこ焼き器の販売で幸先のいいスタートを切ったものの、その後は城下町に渦巻く買い控えの波に呑まれてしまっていたのだ。


 そうしてティカトラスが城下町に出向いている間は、俺たちも平穏に過ごすことができていたわけであるが――その間に、俺たちは2組の相手と再開を果たすことになった。

 リコを筆頭とする傀儡使いの一行と、ククルエルが率いるシムの商団、《黒き風切り羽》である。


 リコたちは新しい演目をお披露目するために北方の領地を巡って、20日ぶりぐらいにジェノスへと戻ってきた。いっぽう《黒き風切り羽》は西の王都での商売を終えて、3ヶ月ぶりに帰還してきた。それはどちらも予定通りの日程であったため、何も驚くような話ではなかったのだが――ただ一点、驚くべき事実が判明した。リコたちもククルエルも、ティカトラスと面識を持っていたのである。


「私たちは毎回、ダームのティカトラスにシムの品を届けていたのです。今回の商談のさなか、彼がジェノスに向かうのだと聞いて、ずいぶん驚かされることになりました」


 ククルエルは、そんな風に語っていた。ティカトラスらは《黒き風切り羽》の半月ほど前に王都を出立したので、その前に本人と対面することができたのだそうだ。

 まあ、《黒き風切り羽》はシムでも有数の立派な商団であるのだから、ティカトラスと面識があってもそれほど不思議なことはないのだろう。


 だからやっぱり、驚くべきはリコたちのほうであった。

 なおかつ、俺たちより驚いていたのは、リコたち当人のほうであったのだった。


「えーっ! それじゃああのティカトラスというお人は、本当に高名な貴族であられたのですか? わたしたちが出くわしたのは辺境の領地で、あのお人はたったふたりの護衛しか引き連れていなかったので、てっきり冗談なのかと思っていました!」


 そんな風に言いながら、リコはすっかり泡をくってしまっていた。


「だからわたしは、ずいぶん気安い態度で接してしまっていたのですが……これが何かの罪に問われてしまう恐れはあるのでしょうか?」


「いやあ、あのお人は礼儀作法なんてまったく気にしていないみたいだから、大丈夫だと思うよ。それよりも、リコたちの傀儡の劇を見たがるんじゃないのかな」


「それはどうでしょう? あの頃のわたしたちは劇の修練を始めたばかりであったので、何も期待などかけられていないように思います」


 そこで「いや」と口をはさんできたのは、隣の屋台で働いていたレビであった。


「あの貴族様がうちの宿で騒いでたとき、ちょうどあんたたちの話題が出てたよ。そんなに腕のいい傀儡使いがいるなら、ジェノスに戻ってくるのが楽しみだ、ってさ。それが顔馴染みのあんたたちだってことには気づかないまま、期待をふくらませることになっちまったみたいだな」


「ああ……宿場町の方々にも、ひと月足らずでジェノスに戻ってくるつもりだとお伝えしていたのですよね……もちろんわたしも、あの御方に今の技量をお見せしたいという気持ちはあるのですけれど……」


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。リコたちの劇がこれだけ上達したと知ったら、ティカトラスも大喜びするんじゃないのかな。あのお人は、そういう芸事をこよなく愛しているみたいだからさ」


 俺がそのように励ますと、リコは意を決した様子で城下町に乗り込んでいった。彼女たちは傀儡使いとしての力量を見込まれて、日中限定の通行証を授かっているのである。

 そしてその日の夕暮れ時、リコは頬を火照らせながらファの家を訪れてきたのだった。


「城下町の広場で劇を披露していたら、ティカトラスと再会することになりました! わたしたちの劇をいたく気に入ってくださって、次の祝宴でも披露してほしいと願われました!」


「うん。きっとそうなるだろうと思ってたよ。俺もその祝宴には招待されてるんで、当日はよろしくね」


 そんな経緯で、祝宴の招待リストにはまた新たな名前がつけ加えられることに相成ったのだった。


                    ◇


 そうして賑やかに日は過ぎ去って、灰の月の20日――祝宴の当日である。

 本日の宴料理を準備するのは城下町の料理人たちであるので、俺たちはいつも通りに屋台の商売をこなして、いったん森辺の集落に戻ってから、あらためて城下町を目指すことになった。


 森辺から招待された人間は、24名である。

 その内訳は、俺とアイ=ファ、ラウ=レイとヤミル=レイ、族長筋から2名ずつ――それに、ダカルマス殿下の試食会に選出された7名と、それとペアになる同数の男衆というものであった。


 族長筋の男衆は前回の晩餐会と同じ顔ぶれで、ジザ=ルウ、ゲオル=ザザ、ダリ=サウティ。お供となる女衆は、ララ=ルウ、スフィラ=ザザ、サウティ分家の末妹という面々だ。

 さらに、レイナ=ルウのペアはシン=ルウ、リミ=ルウはルド=ルウ、マイムはジーダ、トゥール=ディンはゼイ=ディン、ユン=スドラはチム=スドラ、マルフィラ=ナハムはモラ=ナハム、レイ=マトゥアはガズの長兄という、実に錚々たる顔ぶれであった。


 そしてさらに今回は、宿場町からも16名の人々が招待されていた。

 言うまでもなく、そちらも試食会に選出された宿屋の関係者たちである。

《キミュスの尻尾亭》、《南の大樹亭》、《玄翁亭》、《西風亭》、《タントの恵み亭》、《ラムリアのとぐろ亭》、《アロウのつぼみ亭》、《ランドルの長耳亭》から、各2名ずつだ。


 そちらはおおよそ礼賛の祝宴と同じ顔ぶれであるようだが――ただ一点特筆するべきは、《西風亭》だ。かつてのパートナーであったルイアが城下町で働く身となってしまったため、ユーミはなんとジョウ=ランをパートナーにしたいと進言し、各関係者から了承を取りつけることがかなったのだった。


「あいつだってあたしの婚約者みたいなもんなんだから、いちおう《西風亭》の関係者でしょ? あいつはあのおかしな貴族とも面識があるっていうから、一番都合がいいかなって考えただけだよ」


 そんな風に弁明していた際のユーミは、ひとりで顔を真っ赤にしていたものであった。

 ともあれ、ジョウ=ランは森辺の民ではなく《西風亭》の関係者として祝宴に参席することが許されたのだった。


 4台の荷車で宿場町に下りた俺たちは、顔馴染みの面々と合流して、ともに城下町を目指す。《キミュスの尻尾亭》はもちろんレビとテリア=マスの若夫婦で、ナウディスも今回は調理助手ではなく自身の伴侶を連れていた。


「このたびは、試食会に連なる祝宴でもありませんからな。ならば、伴侶を連れるのが相応でありましょう」


 ナウディスはにこやかに微笑みながら、そんな風に言っていた。西の民だが南の民のように小柄でふくふくとした容姿の伴侶も、嬉しそうに微笑んでいる。やっぱりナウディスとしては、自分ばかりが城下町に招待されていたという申し訳なさがあったのだろう。


(でも、ここで伴侶を連れてくるってことは、ナウディスもティカトラスに警戒していないってことなんだろうな)


《南の大樹亭》に滞在した際のティカトラスは食堂に居合わせた客たちに酒や料理を振る舞って、なかなかの大騒ぎであったようだが、それでもナウディスが警戒心をかきたてられることはなかったということなのだろう。斯様にして、宿場町におけるティカトラスの評判は決して悪くなかったのだった。


 そうして城門まで行き着いた俺たちは、そちらで準備されていたトトス車によって紅鳥宮に運ばれる。このあたりの手順も、礼賛の祝宴と同様である。それらの手順がダカルマス殿下の時代に確立されていたからこそ、ティカトラスも気安く宿場町の民を招待することがかなったのであろうと思われた。


 紅鳥宮まで運ばれたのちは、森辺の面々のみが浴堂へと招かれる。宿場町の面々はそれぞれの手段で身を清めて、宴衣装を纏った上で来場しているのだ。森辺の民は宴衣装を城下町に預けていたし、家によってはギバの目覚める中天までしか身を清めることがかなわないため、どうしても浴堂のお世話にならなければならなかったのだった。


「ほんとにこいつは、礼賛の祝宴そのまんまの騒ぎだよなー。ま、今日の祝宴はアスタじゃなくって、アイ=ファが主役みたいだけどよー」


 もうもうと湯気のたつ浴堂の中で、ルド=ルウはそんな風に言いたてていた。アイ=ファの耳がなかったのは、幸いなことであろう。


「主役って言っても、肖像画がお披露目されるだけだからね。本題は、やっぱり城下町の料理人たちによる料理なんじゃないかな」


「ふーん。ま、城下町でもギバが食えるようになったのは幸いだよなー。そうじゃなかったら、文句を言いたくなる人間も多いだろうしよー」


 ルド=ルウを筆頭に、身を清める男衆らはみんなリラックスした面持ちであった。ラウ=レイを除く面々は、全員が礼賛の祝宴にも招待されていたので、むやみに気負うこともないのだろう。そして初の参席となるラウ=レイも、ひたすら楽しげな面持ちであった。


 身を清めたのちは、二手に分かれてお召し替えである。

 そちらで準備されていたのも、おおよそは礼賛の祝宴で着用したセルヴァ風の宴衣装であったが――ただし、俺とダリ=サウティだけは例外であった。ふわりとした長衣にガウンのような上衣を羽織るセルヴァ風の宴衣装ではなく、一番最初の舞踏会であつらえてもらった、袖なしの胴衣にバルーンパンツという宴衣装が準備されていたのだ。


「あれ? こちらの宴衣装はもう寸法が合わないはずだとお伝えしていたのですが……」


 俺がそのように言いたてると、仕立て屋の関係者と思しき人物が「いえ」とつつましく答えてくれた。


「アスタ様は背丈がのびられたというお話でありましたため、以前の衣装を仕立てなおした次第でございます。不備がありましたらこちらで手直しをいたしますので、まずは袖をお通しください」


 そのやりとりを聞いていたダリ=サウティが、「ふむ」と声をあげる。


「俺は礼賛の祝宴にて皆と同じ宴衣装を準備してもらったのだが、またこちらの宴衣装に逆戻りか。これはやはり、なるべく同じ宴衣装を続けて着ないという城下町の習わしに沿ってのことなのであろうか?」


「いえ。これらはおふたりの同伴されるご婦人に合わせた衣装であるのだと伝え聞いております」


 俺の相方はアイ=ファで、ダリ=サウティの相方はサウティ分家の末妹だ。そういえば、彼女も宴衣装の用意がなかったため、ラウ=レイやヤミル=レイとともに新しい装束をプレゼントされるという話であったのだった。


「まあ、それがティカトラスの意向であるというのなら、是非もない。こちらの宴衣装には、リッティアの厚意も込められていることだしな」


 リッティアというのはポルアースの母君で、この宴衣装を準備してくれた張本人である。こちらの胴衣には「森」を示す紋章が刺繍されており、俺もダリ=サウティもありがたく感じていたのだった。


「以前の何かの祝宴では、ダリ=サウティだけがこちらの宴衣装を纏っていたのですよね。ダリ=サウティとご一緒なら、俺も心強いです」


「あれはたしか、ロブロスたちを初めてジェノスに迎えた際の晩餐会であったな。雨季の直前ぐらいであったから、もう半年以上は過ぎたことになるのか」


 その半年ぐらいの間に、シフォン=チェルたち北の民は南方神に神を移すことになり――そして、ダカルマス殿下ともどもジェノスへと戻ってきたのだ。なおかつ、そのダカルマス殿下が帰国してからもうふた月以上が経過しているのだから、時の流れの速さを痛感させられるばかりであった。


 そうしてお召し替えが完了したならば、控えの間へと案内される。

 別室で着替えをした6名はすでにその場でくつろいでおり、そして俺は小さからぬ驚きにとらわれることになった。


「うわ、ラウ=レイはずいぶん立派な宴衣装を準備してもらったんだね」


「うむ! アスタとダリ=サウティも、他の皆と異なる装束であったのだな! 俺ひとりが特別扱いでなかったのは何よりだ!」


 ラウ=レイが纏っていたのは、これまで森辺の民に与えられたことのないタイプの宴衣装であった。開襟の胴衣に細身の脚衣という、ジャガル風の準礼装に通ずる宴衣装であるのだろう。胸もとにまで広がる大きな襟には準礼装よりもさらに豪奢な刺繍がされており、胴衣の留め具にはトパーズのように黄色い宝石が輝いている。七分丈の袖や裾にも金色の糸で細やかな刺繍がされており、軍服のようなスマートさと勇壮さを漂わせつつ、きわめて絢爛な様相であった。


 なおかつラウ=レイは、かつてのダルム=ルウのように髪もきちんと整えられている。アイ=ファと似た金褐色の髪が綺麗にくしけずられて、首の後ろでゆったりと束ねられているのだ。それでラウ=レイは中性的で繊細な容姿と狩人らしい力強い表情をあわせもっているために、武芸を得意にする貴公子さながらの姿になっていたのだった。


「ラウ=レイって、口さえ開かなけりゃ男前だよなー。昔のシン=ルウみたいに、貴族の娘っ子に懸想されちまうんじゃねーの?」


「うわははは! 誰に懸想されようとも、俺の伴侶はもう決まっているがな!」


「そうそう。そうやって騒いでりゃ、きっと貴族の娘っ子も近づいてこねーだろうよ」


 ルド=ルウは他人顔でそのように言いたてていたが、魅力のほどでは彼も負けていないだろう。17歳となったルド=ルウも俺と同じようなペースで背丈がのびていたが、少年らしい無邪気さと狩人らしい勇ましさがほどよいバランスであるし、顔立ちだって十分に端整であるのだ。現在はセルヴァ流のふわふわとした宴衣装だが、ラウ=レイと同タイプの装束であれば同じぐらい似合いそうなところであった。


(というか、ティカトラスも言ってる通り、森辺の民は男衆にも魅力的な容姿をした人間が多いからな)


 切れ長の目と高い鼻梁を持つシン=ルウは東の民に通ずる端整な容姿で、かつて俺はルド=ルウとラウ=レイを合わせたこの3名がルウの血族の美少年トリオと認識していたものであった。

 いっぽうダリ=サウティは武骨な容姿ながら男らしい魅力が満点であるし、ゲオル=ザザも勇ましさのあふれかえる男前の若者だ。ゼイ=ディンは口髭のよく似合う渋い容姿であるし、チム=スドラは地味めながらいかにも誠実そうな面立ちであるし、ジーダは目つきの鋭さを除けばなかなか可愛らしい面立ちであるし、ガズの長兄もすらりと背の高い精悍な若者であるし、モラ=ナハムは――モアイを思わせる四角い顔にふわふわの宴衣装というたたずまいが、神話の時代の戦士か何かを思わせる風格があった。


 それに、礼賛の祝宴でも思ったことだが、森辺の狩人というのは誰もが独特の気配を有しているのだ。

 過酷な生に身を置いている人間だけが持ちうる、鋭さと静けさとでも言おうか。森辺の集落ではそれがスタンダードであるために、同じ場で暮らす俺もほとんど意識しなくなっていたが、こういう外界で異なる装束を纏っていると、そういった独特の気配がいっそう際立つように感じられてならなかった。


(そういう意味では、俺なんかが一番つまらない人間なんだろうな)


 俺はそのように考えたが、しかし決して劣等感を刺激されたりはしなかった。

 もともと狩人であったジーダやバルシャはさておくとして、ミケルやマイムやシュミラル=リリンだって外界から森辺に移り住んだ身であるし、今後はユーミもそれに加わるかもしれない。そして俺はそういった人々にも、生粋の森辺の民とは異なる魅力を感じていたのだった。


(俺たちは俺たちなりに力を尽くして、立派な森辺の民を目指すしかない。劣等感なんて抱いてるヒマはないさ)


 俺がそのように考えたとき、控えの間の扉がノックされた。

 侍女たちの案内で、12名の女衆らが入室してくる。そうして俺の目は、ごくすみやかにアイ=ファの姿へと吸い寄せられたのだった。


「やあ……今日はあの、赤い宴衣装じゃなかったんだな」


「うむ。ティカトラスが、わざわざ新たな宴衣装を準備させたのだそうだ」


 凛々しい面持ちの中で目もとにだけ不満げな気持ちをにじませつつ、アイ=ファはそのように言いたてた。

 装束の様式は、あの真紅の宴衣装とほぼ同一である。大きく襟ぐりが開いていて、上半身はフィットしており、スカートだけが大輪のようにふわりと広がった、ジャガル風の宴衣装だ。


 ただし、今回の宴衣装は、青かった。あの真紅の宴衣装に負けないぐらいの鮮烈さで、青く輝いていたのだ。

 本当に、サファイアを溶かした糸で織りあげたかのような輝かしさである。フリルのひだの精緻さも、銀色の糸による刺繍の豪奢さも、真紅の宴衣装に負けていない。そしてまた、アイ=ファの瞳と首飾りの宝石も同じぐらい青く美しく輝いており――それがいっそう、俺を陶然とさせてやまなかった。


 それらの青と、肌の褐色と、髪の金褐色が、またとないコントラストを生み出している。どのような宴衣装でも見事に着こなせるアイ=ファであるが、このたびはその色彩の調和が際立っていた。これはまさしくアイ=ファのためだけに作られた宴衣装であるのだと、心の底から思い知らされた心地であった。


「おお、それがヤミルの宴衣装か! 森辺の宴衣装に見劣りしない美しさではないか!」


 と、ラウ=レイの元気な声が、俺を我に返らせた。

 半ば無意識にそちらを振り返った俺は、また息を詰まらせてしまう。ヤミル=レイもまた、アイ=ファに負けない豪奢さを有する宴衣装を纏っていたのだ。


 フリルや刺繍の意匠は異なっているが、やはりジャガル風の宴衣装である。その色合いは、限りなく黒に近いダークグリーンであった。

 ヤミル=レイは黒褐色の髪と青みがかった黒の瞳であるため、全体的に暗い色彩となっている。しかし、刺繍やフリルのふちどりには金色の糸が使われていたため、まったく地味なことはない。アイ=ファは太陽のごとき輝かしさであったが、ヤミル=レイは夜の森を煌々と照らす月のように美しかった。


 それにヤミル=レイは、一般的な森辺の女衆のように髪を結ったりまとめたりするのではなく、ドレッドヘアのように細かく編み込んでいる。その長い髪が、編み込みのまま頭の天辺に結いあげられていた。そうして普段は隠されているうなじから肩のラインがあらわにされて、妖艶なまでに美しいのだ。


「……お前はずいぶん、ヤミル=レイの宴衣装がお気に召したようだな」


 と、ふいにアイ=ファの囁き声が耳の中に吹き込まれてきた。

 俺が慌てて振り返ると、アイ=ファの目がさきほどとまでとは異なる不機嫌さをたたえている。俺は頭をかきながら、囁き声をお返しすることにした。


「確かにヤミル=レイの宴衣装は立派だけど、アイ=ファはそれ以上に素敵だよ。足を蹴らないでくれるなら、事細かに説明してみせようか?」


「うつけもの」と囁き声で言いながら、アイ=ファは肘で俺の脇腹を小突いてきた。この宴衣装では、足を蹴るのも難しいのだろう。


「なるほど。お前には、そのような宴衣装が準備されていたのだな」


 と、今度はダリ=サウティの声が響く。

 サウティ分家の末妹もまた、ジャガル風の宴衣装を纏っていたのだ。彼女の宴衣装は鮮やかな黄色で、つつましい胸もとはふわふわと折り重なるリボンで飾られていた。


 彼女はアイ=ファやヤミル=レイのように、際立った容姿はしていない。しかし何だか見ているだけで胸が温かくなるほど可愛らしかったし、それに――ちょっとけばけばしく感じられるほどの黄色い色彩が、またとなく似合っているように感じられた。


(この3着は、ティカトラスが仕立て屋に注文した宴衣装なんだよな。もしかして……生地の色合いだけは、ティカトラス本人が指定したのかな)


 俺は何の根拠もなく、そんな風に感じていた。ティカトラスはあれだけ絵画が達者であるのだから、色彩感覚にも秀でているのだろうと思ったのだ。


 その3名を除く女衆は、誰もがセルヴァ風のふわりとした宴衣装を纏っている。いずれも闘技会や礼賛の祝宴で準備された宴衣装だ。そちらはそちらで格別な魅力を持っているために、控えの間には大輪の咲き誇る庭園のような艶やかさがあふれかえることになった。


 美しいものをこよなく愛するというティカトラスも、これで失望することはないだろう。

 そうして俺たちは一丸となって、祝宴の会場を目指すことに相成ったのだった。

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