西の果ての道楽者⑧~食後のデザート~
2022.4/18 更新分 1/2
渡来の民についての話題が終息すると、その場にはすみやかに和やかな空気が舞い戻ってきた。
しかしそれは、多くの人々が意図的に生み出した空気でもあるのだろう。城下町の人々は持ち前の社交術で、森辺の民たちは強靭な精神力で、その場におかしな空気が残らないように尽力したのだろうと思われてならなかった。
(それにしても、ヴィケッツォが渡来の民の血を引いてるなんて、驚きだな。……というか、それはつまりティカトラスが渡来の民とそういう関係になったってことなんだもんな。それが一番の驚きだ)
アイ=ファが気迫を抑制すると、ヴィケッツォもまた通常の張り詰め具合に戻って、食事を進めている。香草の料理が苦手であるというのは本当のようで、ハンバーグカレー以外の料理で食欲を満たしているようだ。
「うん! こちらの料理は打って変わって、素朴な味わいだね! 食材のほうはなるべく本来の味わいや食感を活かす方向で、調味液に工夫が凝らされているわけか!」
ひとり闊達としたティカトラスは生春巻きを食しつつ、そのようなコメントを口にした。
「ただ一点! この具材をくるんでいる皮が不思議だね! フワノやポイタンをこれだけ薄く仕上げても、こんな風に白く透けたりはしないはずだ! もしかして、これは――」
「ええ。こちらもシャスカで作られているのですわ」
「やはり、そうでしたか! シャスカの粘つきはほとんど感じられませんが、このほのかな風味でもしやと思っておりました!」
どうしてもティカトラスに対する遠慮が生じてしまうのか、こちらの卓ではデルシェア姫ばかりが声をあげているように感じられる。
まあ、アイ=ファはなるべく静かにしておこうというつもりなのであろうし、ゲオル=ザザはティカトラスの人柄を見定めるべく目を光らせている様子だ。ジェノス侯爵家の面々やフェルメスと談笑しているダリ=サウティやジザ=ルウも、それは同様なのであろうと思われた。
「うーん! 森辺で口にした料理も、実に素朴な仕上がりだったけれども……このはんばーぐかれーという豪奢な料理を口にすると、印象が一変してしまうね! これだけの腕を持つ人間が手掛けると、素朴な料理でも完成度が違ってくるということなのだろう! また、豪奢であろうと素朴であろうと美味なものは美味であるという、そんな信念も感じられるよ! 君は本当に素晴らしい料理人だね、アスタ!」
「ど、どうも、恐縮です」
「では、ひとたびだけ聞かせていただこう! わたしの従者になるつもりはないかね、アスタ?」
「……申し訳ありません。俺もモルガの森に魂を返す所存です」
俺の答えは決まっていたので、アイ=ファも気を昂らせずに見守ってくれていた。
ティカトラスは大笑いしながら、「残念無念!」と果実酒をあおる。
「ジェノスには魅力的な人間が多いので、わたしももうずいぶんな人数に誘いをかけているのだけれどね! 身持ちの固い森辺の民ばかりでなく、城下町の人々にも断られてばかりだよ!」
「それはやはり、ジェノスから王都に移り住むというのは、あまりに大ごとでありましょうからね」
ポルアースがやんわりと口をはさむと、ティカトラスは「そうだねぇ」と肩をすくめた。
「それにジェノスはこれだけ豊かだから、王都に対する憧れも薄いということなのかな! これは確かにわたしの知る限り、王都に次ぐ豊かさなのだろうと思うよ!」
「左様ですか。ティカトラス殿は、西の領土のほとんどを見て回られたというお話でしたね」
「いやいや! わたしの踏み入った領土など、まだまだ半分ていどなのだろうと思うよ! マヒュドラやゼラドの国境などはなかなか立ち寄ることも難しいし、このジェノスの近辺にだっていまだ見知らぬ領地が多いからね!」
「ジャガルの領地はいくつか回られたのですわよね。やっぱりシムは遠いので、まだ出向かれていないのかしら?」
デルシェア姫の問いかけに、ティカトラスは「そうなのです!」と嘆き悲しむ芝居をした。
「王都から真っ直ぐシムを目指しても、片道でふた月以上の旅程になってしまいましょうからな! それに意地悪な従者たちが、なかなか許しをくれないのです!」
「……シムは言葉が通じぬ上に、多くの人間が毒の武具を扱います。また、北の民と遭遇する危険も生じるのでしょうから……シムまで足をのばそうというのなら、それ相応の護衛部隊が必要となりましょう」
デギオンが陰気な声で応じると、ティカトラスはまた芝居がかった仕草で溜息をついた。
「そんな兵士をぞろぞろと引き連れていたら、旅情もへったくれもないじゃないか! シムには未知なる美しい文化があふれかえっているだろうに、まったく残念なことだよ!」
「ジェノスには、シムの行商人も数多く訪れますからな。きっとティカトラス殿のお目にかなう品とも巡りあえることでしょう」
ポルアースが控えめに発言すると、ティカトラスは「いやいや!」と手を振った。
「確かにシムの銀細工や硝子細工や織物などには心をひかれてやまないけれど、わたしはそれ以上にシムの文化に触れたいのだよ! 見渡す限りのジギの草原や、マヒュドラと見まごう雪山に築かれたゲルドの集落! ダームとはまったく異なるであろうドゥラの港町に、王都ラオリムの白き神殿! 想像しただけで、胸が躍るだろう?」
「ご、ごもっともでありますね」
「それに! 東の民も森辺の民と同じように、男性までもが美しいからね! 一介の行商人ですら、あれだけの凛々しさなのだから、きっと女性などは――あっ、そうだ! ジェノスには、シムの女性が逗留しているんじゃなかったかな? たしか、ゲルドの料理番にジギの占星師という、ふたりもの女性が!」
「は、はい。ゲルドの料理番たるプラティカ殿は、いずれご紹介する心づもりでありましたが……占星師のアリシュナ殿ともご面会をご希望でしょうか?」
「もちろんさ! セルヴァのどの地を巡っても、シムの女性と出くわすことなどはなかなかありえないからね!」
「さ、左様ですか」と、ポルアースは織布で額の汗をぬぐう。ティカトラスはまだまだ本性が知れないため、いまだ綱渡りをしているような心地であるのだろう。こうしてみると、ひたすら料理に情熱を燃やしていたダカルマス殿下のほうが、まだしも性根は知れやすいのかもしれなかった。
(このお人は、興味の矛先がどっちに暴走するか、予測がつかないもんな。美しいものっていう定義が広すぎるんだよ)
周囲の人間の苦労など知らぬげに、ティカトラスはもりもりと食事を進めている。けっこう大量に準備した晩餐も、そろそろ終わりが近づいていた。
「なんだ、ヴィケッツォはそれを残してしまうのかい?」
と、ふいにティカトラスがヴィケッツォの手もとを覗き込んだ。彼女はせっかくのハンバーグカレーを、ふた口ていどしか口にしていなかったのだ。
「はい。ご命令とあらば、すべて食してみせますが……その際は、数日ばかり口の内側が痺れてしまい、会話もままならないやもしれません」
「わたしがそんな無慈悲な命令をするわけがないだろう? まったく、この料理の美味しさがわからないなんて、気の毒なことだね!」
そんな風に言いながら、ティカトラスはハンバーグカレーの皿を自分の手もとに引き寄せた。そうしてそこにためらいもなく自分の匙を下ろしたものだから、ポルアースが「あっ」と小さな声をもらしてしまう。
「ん? どうかされたかな、ポルアース殿?」
ヴィケッツォのハンバーグカレーを食しながら、ティカトラスがけげんそうにポルアースを見る。それでポルアースが返答に窮していると、デギオンが陰気な声をあげた。
「ティカトラス様。宮殿における晩餐会で他者の皿に手をつけるのは、あまりに無作法でありましょう」
「え? あ、そうかそうか! あまりにくつろいだ気分であったので、すっかり失念していたよ! しかし、これほど美味なる料理を残してしまうのは、あまりに罪深いからね! みなさん、どうか無作法はご容赦を!」
そう言って、ティカトラスはハンバーグカレーを食し続けた。
森辺の民はいずれも平然としているが、貴き方々はそれぞれの気性に見合った方法で内心を押し隠しているのだろう。そんな中、ひさびさに発言したのはゲオル=ザザであった。
「城下町において、他者の皿に手をつけるのは無作法であるのだな。それは森辺においても同じことだが……ただし、相手が家族であれば、許される行いだ」
「ほうほう! では、わたしの行いも許されるわけだね!」
「ではやはり、そちらの両名は血を分けた家族であるのだな?」
ティカトラスは、きょとんとした顔でゲオル=ザザを見返した。
「うん。ヴィケッツォとデギオンは、まぎれもなくわたしの子供たちだよ。今さら説明が必要であったかな?」
「いや。俺たちもルウ家の狩人から伝え聞いていた。ただそれは、たまたま耳にした話であるとのことだったな」
「うんうん! 旅の間は、彼らも従者に徹しているからね! わたしもいちいち素性を説明したりはしないのだよ!」
その件については、ジェムドからフェルメスのルートで城下町の人々にも伝えられているのだろう。今さら驚いた顔をする人間はいなかった。
「しかし、そうすると……そちらは海の外の人間を、伴侶に迎えたということなのだな」
「いや! 残念ながら、ヴィケッツォの母親を側妻として迎えることはかなわなかったのだよ! 彼女は誇り高き、黒き竜神の民だからね! たとえ《アムスホルンの息吹》を恐れる気持ちを退けられたとしても、故郷を捨ててアムスホルンに移り住むことはかなわなかったのさ!」
「では、婚儀をあげぬままに子を生したのか?」
「うん! 彼女の船がダームに停泊している間、わたしが船に通って愛を育んでいたのだよ! そうして彼女が次にダームへとやってきたとき、赤子のヴィケッツォを抱いていたのさ!」
まったく無邪気さを減じないまま、ティカトラスはそのように言いつのった。
「竜神の民というものは、アムスホルンを穢れた大地だと忌避している! まあアムスホルンはその大いなる息吹でもって外界の民を退けているようなものなのだから、それも致し方のないことなのだろう! だから、穢れた大地の血を引いてしまったヴィケッツォは竜神の民として生きることが許されず、わたしが引き取ることになったというわけだね!」
「ではその者は、西の民ということか」
「もちろんさ! 西方神の洗礼も受けたし、幼き頃に《アムスホルンの息吹》で選別もされている! あの恐ろしい病魔を乗り越えて生き残ったのだから、ヴィケッツォはまぎれもなく四大神の子だよ!」
そう言って、ティカトラスは何かを懐かしむように目を細めた。
「その後、ヴィケッツォの母親は船が嵐にあって、竜神に魂を返すことになってしまったけれど……母親がいない分まで、わたしは愛情を注いだつもりだ。それがこのように立派に育って、わたしは心から誇らしく思っているよ」
「ティカトラス様」と、ヴィケッツォが責めるような声をあげる。ただその黒い頬には血の気がのぼり、アンズ形の目には羞恥の感情がにじんでいるようであった。
やっぱり彼らは、まぎれもない親子の情愛で結ばれているのだろう。
ティカトラスが他に何人もの側妻をこしらえていなければ、俺たちもずいぶんすみやかに感情移入できたのではないかと思われた。
しかしゲオル=ザザは、ひとまず満足そうに口をつぐんでいる。側妻の件はさておいて、とりあえずティカトラスとヴィケッツォの関係性を見定めておきたかったのだろう。デギオンもヴィケッツォの存在を疎んでいる様子は皆無であるし、まずは穏便な関係性が築かれているのだろうと思われた。
「そ、それではあの、そろそろ菓子をお持ちしましょうか……?」
トゥール=ディンがおずおずと声をあげると、いくぶんしんみりとしていたティカトラスがぱあっと顔を輝かせた。
「うんうん! ヴィケッツォのはんばーぐかれーも食べ終えたからね! 是非ともお願いするよ!」
「しょ、承知いたしました。準備をしますので、少々お待ちください」
「なんだ、トゥール=ディンが出向かなくてはならんのか? では、俺も同行させてもらうぞ」
トゥール=ディンとゲオル=ザザが連れ立って出ていこうとすると、ティカトラスが「あっ!」とそれを呼び止めた。
「よければ、そのまま他の森辺の民たちも連れてきてもらえるかな? 菓子を食べ終えたら、いよいよ肖像画のお披露目だからさ!」
「しょ、承知いたしました」と繰り返し、トゥール=ディンはゲオル=ザザとともに侍女の案内で広間を出ていった。
ティカトラスは細長い身体をうきうきと揺すりながら、背後に控えていた侍女に呼びかける。
「君! チャッチの茶を準備してくれたまえ! どのような菓子かはわからないけれど、甘酸っぱい果実酒ではおおよその菓子と調和しないだろうからね! いやあ、どんな菓子が出されるのか、楽しみなところだ!」
「ティカトラス様は、すでにダイア様の料理と菓子を口にされているのでしょう? そちらはどのようなご感想であったのかしら?」
またデルシェア姫が率先して場をつなぐと、ティカトラスはものすごい勢いでそちらを振り返った。
「ダイアなる料理人の料理と菓子は、素晴らしい出来栄えでありましたな! ただ目新しい味わいであるばかりでなく、見た目までもがあのように美しいのですからね! あれらの素晴らしい料理と菓子が、悲嘆に暮れていたわたしの心をどれだけ慰めてくれたものか……いやまったく、ダームに連れて帰れないのが残念でなりません!」
ダイアもすでに、スカウト済みであったのだ。しかしまあティカトラスの気性を考えれば、それも当然の話なのであろうと思われた。
「しかし! あのトゥール=ディンは菓子の試食会でダイアを打ち負かしたという話なのですからな! 森辺でいただいた菓子も素晴らしい出来栄えでありましたし、期待は高まるばかりです!」
「そうですわね。アスタ様の料理と同様に、ティカトラス様のご期待を裏切ることは決してないでしょう」
そのように語るデルシェア姫自身も、期待に瞳を輝かせている。そしてもちろん隣の卓では、オディフィアが透明の尻尾を振りたてていた。
そうして長きの時間を待たせることなく、トゥール=ディンとゲオル=ザザが戻ってくる。さらにその後から、本日のかまど番と護衛役の面々も追従してきた。レイナ=ルウ、ユン=スドラ、マルフィラ=ナハム、レイ=マトゥアに、ジョウ=ランと2名のランの狩人たちだ。
トゥール=ディンとゲオル=ザザはもとの席に着席し、レイナ=ルウたちは壁沿いに立ち並ぶ。そして侍女たちが菓子の皿を配膳してくれた。
そこにのせられていたのは――簡易的なクレープに仕上げられたチョコフレークと、小さなサイコロのように切り分けられたガトーラマンパである。
「え、ええと、試食会で勲章を授かったのは、こちらのちょこふれーくという菓子なのですが……それだけでは目新しさがないかと思い、礼賛の祝宴でお出ししたがとーらまんぱも準備しました」
「ほうほう! わたしには、どちらも目新しく思えてしまうね! 外見からは、まったく味の想像がつかないよ!」
メレスのチョコフレークは白い生クリームとともに、キミュスの卵の生地で巻かれている。この生クリームを仕上げるために、トゥール=ディンは席を外したのだろう。
いっぽうピーナッツのごときラマンパの風味を凝縮させたガトーラマンパは、ベージュ色をした立方体だ。これは確かに初見であれば、味の想像をすることも難しいはずだった。
そうして、手軽なガトーラマンパから口に放り込んだティカトラスは、感激した様子で「おおっ!」と金切声をほとばしらせた。
「これは! 森辺で口にしたラマンパの味わいが、さらに濃密に仕上げられているね! 甘さの塊のような強烈さであるのに、ラマンパの香ばしい風味がまたとない繊細さを織り成している! ごくありふれたラマンパという食材で、こうまで目新しい菓子を作れるとは……トゥール=ディン! やはり、君の技量は大したものだね!」
「あ、ありがとうございます。南の王都からもたらされたラマンパの油という食材のおかげで、こちらの菓子を完成させることがかないました」
「なるほど! ラマンパのみではなくその油をも使っているから、これほどまでに風味が豊かであるのか! しかし! ただすりつぶしたラマンパと油を混ぜ合わせるだけでは、これほどの風味を生み出せるわけがない! 砂糖やフワノやカロンの乳などといった他なる食材の配合も、完璧であるのだろう! トゥール=ディン! よかったら、わたしの従者に――」
「ティカトラス様。彼女にはすでに、ひとたびお声をかけられています」
「ああ、そうだったね! では、気が変わったらいつでも声をかけてくれたまえ!」
ティカトラスは子供のようにはしゃぎながら、チョコフレークのクレープにも口をつけた。
「これは……! この味わいは、なんたることだ! こんなまろやかな甘みも、こんな小気味のいい食感も、わたしはまったく知らないよ! いったいいかなる食材をどのように加工したら、このような味わいを生み出すことがかなうのだろう!」
「あ、そ、そちらの菓子は――」
「いや、待った! このわずかにほろ苦い風味は……そうか! ギギの葉だね! この黒っぽい色合いも、ギギの葉を連想させる! それに、ギギの茶に砂糖と乳を加えると、これに似た味わいが生まれるはずだ! しかしこちらの菓子はあまりに鮮烈な味わいであるため、気づくのに少々時間がかかってしまったよ!」
それからティカトラスは、「うーん!」と考え込んでしまった。
「しかし、その内側に封じ込められた、この食材は……? この噛みごたえはある種の木の実を連想させるけれども、木の実らしい風味は感じられないようだし……何かの木の実とフワノを練り合わせた生地なのだろうか?」
「い、いえ。フワノは使っていません。それは、メレスで作った生地なのですが……」
「メレス!? メレスとはあの、マヒュドラの食材たるメレスのことかね!? だけどメレスというものは、もっと甘くて黄色いはずだよ!」
すると、ほくほく顔で菓子を食していたデルシェア姫が興味深そうにティカトラスを振り返った。
「西の王都においても、マヒュドラの食材は流通しているのでしょうか? わたくしたちがシムの食材と無縁であったように、そちらでもマヒュドラの食材を口にする機会はないのだろうと思っていましたわ」
「いえいえ! そこは東の行商人が、間を取り持ってくれているのです! ただし、北と西の両方に足をのばす行商人は少ないため、やはりマヒュドラの食材というのはきわめて希少でありますけれども!」
その数少ない行商人の中に、《銀の壺》も含まれているのである。彼らはジェノスを出立したのち、マヒュドラに立ち寄ってから西の王都に向かうという、きわめて大がかりな旅程を組んでいるのだった。
「しかし! メレスをこのような生地に仕上げるなどという手法は、耳にした覚えもありません! ……これは君が考案した手法なのかね、トゥール=ディン?」
「い、いえ。アスタが考案した手法を、わたしが譲り受けた形となります」
ティカトラスが、ものすごい勢いで俺に目を向けてくる。
その勢いに圧倒されないように背筋をのばしつつ、俺はお行儀よく答えてみせた。
「俺の故郷にも似たような食材があったため、その扱い方をトゥール=ディンに伝授した格好になります。ですが、たとえ似ていても同じ食材ではないため、トゥール=ディンも大変な苦労をしたことでしょう。ですからこの菓子の美味しさは、すべてトゥール=ディンの功績だと思っています」
「ふむ。似たような食材か……」
ティカトラスは一瞬だけ考え深げな表情を垣間見せたが、すぐさまそれを無邪気な笑みで塗りつぶした。
「しかし何にせよ、これらの菓子は素晴らしい出来栄えだ! デギオンも、そう思うだろう?」
いきなり水を向けられたデギオンは、陰気な声で「はい」と応じた。
やたらと骨ばっていて陰影の濃いその面相にも、変わりは見られない。ただそのごつごつとした肩が、小さく震えているようであった。
「森辺でいただいた菓子も、きわめて美味でありましたが……これらの菓子は、それに勝るとも劣らない出来栄えであるかと思われます。メレスやラマンパやギギの葉がこのような菓子に仕上げられるなど、わたくしには想像の外でありました」
「うんうん! 甘党の君にはたまらないだろうね! ヴィケッツォも、異存はないだろう?」
ヴィケッツォは言葉短く、「ええ」とだけ答える。
ティカトラスは満足そうにうなずいて、トゥール=ディンに向きなおった。
「どのような菓子や料理であっても、最初に考案した人間が偉大であることに疑いはない! しかし! そこで創意工夫をしてさらなる高みを追い求めるのが、後世の人間の役割だ! アスタが考案したという菓子をこれだけの味わいに高めたのは、まぎれもなく君の功績であるのだろう! だから、トゥール=ディン! やっぱり君こそが、ジェノスで一番の菓子職人であるのだ! もういっぺん、心からの敬服を捧げさせていただくよ!」
「あ、ありがとうございます」と、トゥール=ディンはぎこちなく礼をした。
ゲオル=ザザは満足げな面持ちであるし、ポルアースはほっとした様子で息をついている。ひどく浮ついているという印象は否めないものの、それでもやっぱりティカトラスはダカルマス殿下やアルヴァッハに負けないぐらいの熱情で、美味なる料理や菓子というものを愛しているようであった。