レイとサウティの逗留⑦~四日目から最終日~
2022.3/27 更新分 1/1
明けて翌日――客人たちの滞在4日目である。
その朝方には、昨日よりもさらに数多くの狩人たちがファの家に集結することになった。ルウ家においてはルド=ルウとシン=ルウがドーラ家のお泊まり会に参加していたため、ジーダと分家の若衆が数名やってきたばかりであったのだが、ファの近在から歴戦の狩人たちが寄り集まってしまったのである。
「族長ダリ=サウティやレイの家長と手合わせできる機会など、そうそうなかろうからな! どうか俺たちとも力を比べてもらいたく思うぞ!」
そのように言いたてていたのは、リッドの家長たるラッド=リッドだ。
さらにはディンの長兄やゼイ=ディンに、ライエルファム=スドラやチム=スドラ、フォウやランの人間まで加わり、2ケタに及ぶ人数である。もともとファの家に逗留していた客人をあわせると、20名に及ぼうかという人数に成り果ててしまっていた。
しかしまあ、ファの家にとってはこれも大事な交流の場であろう。アイ=ファは溜息を噛み殺していたが、俺としては愛する家長の人望があらわになったような心地で誇らしい限りであった。
「あ、そういえば、ランの家長は朝方に《西風亭》まで出向くというお話でしたよね?」
俺がそのように呼びかけると、ライエルファム=スドラが「うむ」と説明してくれた。
「俺も同行を願われたので、さきほど戻ってきたところであったのだ。とりあえずシルたちは、ランの末妹にあらぬ疑いをかけてしまったことを詫びていたが……俺たちにとっては、問題が起きたことを知る前に解決してしまった話だからな。なかなか、返事に困るところであったぞ」
「そうですか。何も大ごとにならなかったのなら、幸いです。ビアに関しては、どうなりましたか?」
「うむ。シルたちはその娘を仕事から外す算段であったのだが、ランの末妹の申し出によって、ひとまずは思いとどまったようだ。その娘は自分の罪を大きく悔いていたそうであるし……よもや、同じ罪を繰り返すことはあるまいからな」
「なるほど。病魔に見舞われたという男性も無事だったのですか?」
「うむ。盗んだ銅貨で買い求めた薬によって、生命の危険はなくなったようだ。その後はユーミの友たちが面倒を見ているという話であったな」
ユーミはビアの罪を暴くだけではなく、きちんと恋人のケアもしていたのだ。俺はそれこそがユーミの強靭さや善良さであるのだと信じていた。
ランの家長もそのように考えたのか、勝手に仕事を抜けだしたことに関しては不問にしたそうだ。むしろサムスのほうが怒り心頭で、「そんなざまで余所の家に嫁げるか!」と怒鳴り散らしていたとのことであった。
「ユーミは、正しき心を持っている。ただ、いくぶん短慮であることは否めまい。このたびのことに関しても、ランの家長にひと言でも言伝を残しておけば、ずいぶん印象が違ったはずだ。ユーミもまた、元来の正しさを曲げることなく、より正しく振る舞えるように学ぶべきであろうな」
聡明なるライエルファム=スドラは、そのように語らっていた。
そうして宿場町に下りた後、《西風亭》の屋台に立ち寄ってみると――そこには、もともとの明朗さを取り戻したランの末妹と、目もとを赤く泣きはらしたビアが待ちかまえていたのだった。
「き、昨日はおふたりをも欺くことになってしまい、本当に申し訳ありませんでした! に、二度とあのような真似はしないと誓いますので……ど、どうかお許しください!」
ビアは気の毒なぐらい切羽詰まった面持ちで、俺とユン=スドラに頭を下げてきた。そして、ランの末妹もそれに追従して頭を下げてくる。
「わたしからも、お願いいたします! ビアは病魔に見舞われた想い人のために、やむにやまれず罪を犯してしまったのです! その銅貨はきちんと働いて《西風亭》にお返しするそうですので、アスタとユン=スドラもどうか怒りをお収めください!」
「いえ、わたしたちが怒るいわれはありませんけれど……」
そんな風に応じながら、ユン=スドラは真摯な眼差しでビアのほうをうかがった。
ビアは決死の表情で、ユン=スドラの目を見つめ返している。ずっと気弱げに目を伏せていた彼女が、初めてはっきりと俺たちを見返してきたのだ。その姿に、ユン=スドラはふっと口もとをほころばせた。
「あなたが信頼を取り戻せるかどうかは、今後の行いにかかっているのでしょう。わたしもサムスたちと同じように、その姿を見守らせていただきます」
「は、はい! ありがとうございます!」
ビアは腰が折れてしまいそうな勢いで、再び頭を下げてくる。
そうしてビアが面を上げると、ランの末妹が屈託なく笑いかけた。
「では、これからもどうぞよろしくお願いいたしますね。私の滞在はひとまず明後日までとなりますが、その後もまたビアと働けるように願っています」
そんな言葉を聞かされたビアは、赤い目からぽろぽろと涙をこぼしてしまった。
「本当に……本当に申し訳ありませんでした……あなたを欺いてしまった罪は、一生かけてでも償ってみせますので……」
「ユーミのおかげですべてが正しき道に戻されたのですから、何も気になさる必要はありません。ほら、ポイタンの生地が焦げてしまいますよ」
そんな両名の姿を見届けて、俺たちはその場から離れることにした。
そうして街道を歩きながら、ユン=スドラは屈託のない笑顔を俺に向けてくる。
「確かにあのビアという娘は、決して悪人ではないのでしょう。わたしも今日、ようやくそのように信ずることができました」
「うん。ランの末妹の人を見る目は、確かだったみたいだね」
昨日ユーミも語らっていた通り、心正しき人間でも過ちを犯すことはありえるのだ。あとは本人が、どのようにしてその罪を贖うかであった。
そうして自分たちの屋台をオープンさせると、朝一番のラッシュを終えたところで、ベンやカーゴたちがやってくる。そちらからは、昨日の騒ぎの詳細を聞き届けることになった。
「いきなりユーミに招集をかけられて、いったい何事かと思っちまったよ。しかも、見も知らぬ娘さんの身辺を探れだなんて、素っ頓狂な話だしよ」
「でもまあ、大した苦労ではなかったな。その娘さんの友人がたにちょいと探りを入れてみたら、すぐに男の居場所もわかったしよ。俺たち以上の貧乏人みてえだけど、ま、それほどタチの悪い人間ではないようだから、そんな心配はいらねえんじゃねえかな」
「ああ。まともに動けるようになったら、ユーミの親父さんが仕事の世話をしてやるんだってよ。おっかねえ顔して、面倒見のいいお人だよな」
そんな風に言ってから、ベンが屋台の内側に身を乗り出してきた。
「ところで、ユーミのほうは大丈夫だったのかよ? あいつ、森辺の家でお世話になってたのに、勝手に飛び出してきちまったってんだろ?」
「はい。とりあえず叱られたりはしなかったみたいですよ。ユーミもランの女衆にかけられた疑いを晴らすために動いてくれたわけですからね」
「そっかそっか。だったら、いいけどよ。とにかくあいつは、はねっ返りだからなぁ。あんなんで、森辺の人らに受け入れてもらえるのかねぇ」
「きっと大丈夫だと思いますよ。あまり軽はずみなことは言えませんけど、俺はそう信じてます」
「アスタにそう言ってもらえたら、安心だな! ……あいつまで婚儀をあげちまったら、俺たちはますます肩身がせまいけどよ」
「本当になぁ。どいつもこいつも、若いうちから身を固めちまって……ま、レビの場合はあんな可愛い娘さんと同じ場所で暮らしてたら、辛抱がきかなくなるのも当然だけどよ」
「……手前ら、熱湯をぶっかけられてえのか?」と、レビが赤い顔ですごむと、悪友たちはけらけらと笑いながら青空食堂のほうに引っ込んでいった。
「ったく、隙あらば人様を茶化しやがって。……でも、ユーミは本当に大丈夫なのかよ、アスタ?」
「え? 何がだい?」
「今回騒ぎを起こしたのは、ユーミのお袋さんの縁者なんだろ? それで森辺から預かってた娘さんに疑いをかけるだなんて、けっこうな大失態じゃねえか」
「疑いをかけても、決して責めたりはしていなかったみたいだからね。それに、たとえ血族でも罪の所在は本人にあるっていうのが、森辺の一般的な考え方だからさ。ビアの犯した罪でシルたちの立場が悪くなることはないはずだよ」
「そっか。それなら、いいけどよ。こんなことでユーミの嫁入り話がご破算になっちまったら、あまりに気の毒だからな」
やはりレビたちも、ユーミの嫁入り話に関しては大きく気にかけているのだ。それは当然の話であったが、俺としてはやっぱり胸の温かくなるところであった。
そうしてその後は何事もなく、屋台の商売に励むことになったが――中天のラッシュを終えたところで、俺は新たなサプライズに見舞われることになった。ダレイム伯爵家の侍女たるシェイラとともに、ルイアが俺たちの屋台を訪れてきたのである。
「やあ、ルイア。今日はおつかいに同行かな?」
ルイアは存分に頬を火照らせながら、「はいっ!」と大きな声をほとばしらせた。シェイラと同じように旅人用の外套を羽織っているが、その隙間から覗くのは――伯爵家の侍女のお仕着せである。
「アリシュナ様にお届けする料理を引き取りに参りました。これもわたくしたちの、大事なおつとめですので」
シェイラがにこりと微笑みながら、そのように告げてくる。俺はいまだに数日に1度の約束で、アリシュナに屋台のカレーを届けてもらっていたのだった。
「料理は、こちらの包みです。お代は、赤銅貨3枚ですね」
「はいっ! こちらは、次の分の容器となります!」
ルイアは大事そうに抱えていた容器と銅貨を、俺に差し出してくる。それを見守っていたシェイラが、やんわりと指導の声をあげた。
「ルイア、また声が大きくなっていますよ。無用の大声はアスタ様にもご迷惑ですし、わたくしたちは伯爵家の侍女としてつつましく振る舞わなくてはならないのです」
「は、はいっ! ……大変、失礼いたしました」
ルイアは俺とシェイラにそれぞれ頭を下げてから、こちらの準備した包みを受け取った。
さすがに勤務3日目では、ルイアの立ち居振る舞いにも大きな変化は見られなかったが――しかし、露出の多いシム風の装束から侍女のお仕着せにあらためて、褐色の髪を綺麗にくしけずられたルイアは、生粋の侍女たるシェイラにも見劣りしていなかった。ルイアも顔立ちは端整なほうであったが、ユーミのように色っぽいタイプではなかったため、意外にそういう格好が似合っているようであるのだ。
「昔からの友人であるルイアがダレイム伯爵家で働いているなんて、本当に不思議な心地です。どうか今後もよろしくお願いいたしますね、シェイラ」
「はい。リッティア様もメリム様も、ルイアの語らう宿場町の様子をとても楽しげに聞いておられます。それに昨日は、彼女もひと品だけ晩餐で料理をお出しすることになったのですよ」
「へえ、やっぱりお好み焼きですか?」
「はい。こちらのお屋敷におきましても、多少はダレイムの野菜を扱えるようになってまいりましたので」
そういえば、宿場町の宿屋には優先的にダレイムの野菜が回されていたため、《西風亭》の屋台ではこれまで通りのお好み焼きを販売していたのだ。ルイアは外来の食材で応用をきかせられるほどの技量は備えていないはずであるので、城下町でもダレイムの野菜が扱えるようになったのであれば幸いであった。
「あ、でも、雨季の間はタラパやティノが使えないため、チヂミ風のお好み焼きという料理を屋台で出していたはずですね。あれだったら、ルイアも作れるんじゃないのかな?」
「あ、は、はい。さ、昨晩は、現在屋台で出している料理を作ってほしい……あ、いえ、作っていただきたい……という話でしたので……」
「それでは貴き方々がルイアにへりくだっている物言いになってしまいますね。こういう際は、現在屋台で出している料理をご所望であられたので、といった言い方が相応であるかと思われます」
「も、申し訳ありません!」と、ルイアはめいっぱい頭を垂れる。
しかし、へこたれている様子はない。何としてでも城下町で働く資格を得るのだと、そんな意欲があふれかえっている様子であった。
「そういえば、プラティカはずっとそちらに滞在されているのでしょうか?」
「はい。森辺の方々は現在、特別な修練を積んでおられるのでしょう? そのお邪魔にならないようにと、プラティカ様は長らくこちらのお屋敷で過ごされています」
「そうですか。白の月いっぱいでいちおうひと区切りの予定ですので、そうしたらまた森辺においでくださいとお伝え願えますか?」
「承知いたしました。プラティカ様ばかりでなく、ニコラも喜ぶことでしょう。……それに、デルシェア姫もそろそろ我慢が切れる頃合いであるかもしれません」
と、シェイラが声をひそめてそんな風に告げてきた。そういえば、デルシェア姫ももうずいぶん長いこと、城下町に閉じこもったままであったのだ。
「今度はこちらから城下町にお邪魔したいという気持ちもありますので、そうしたら気兼ねなくデルシェア姫もお招きできますね。もし機会がありましたら、そのようにお伝えください」
「承知いたしました。それでは、失礼いたします」
「し、失礼いたします」
シェイラとルイアは連れ立って、街道を北にのぼっていく。
その背中を見送りながら、隣の屋台で働いていたレイ=マトゥアが俺に呼びかけてきた。
「そういえば、アスタたちが城下町に招かれてから、もうずいぶんな日が過ぎていたのですね。それでも、ひと月は過ぎていないはずなのですが……なんだか、ちょっと懐かしい感じすらしてしまいます」
「うん。それ以降も、けっこう忙しくしてたもんね」
デルシェア姫の晩餐会を終えてから、俺たちは《銀星堂》の面々を森辺に招いたり、レビとテリア=マスの婚儀に参席したりしていた。そしてその後は建築屋と《銀の壺》の送別会が立て続き――そして、血抜きをしていないギバ肉の取り扱いを手ほどきしつつ、レイとサウティの客人を迎えることになったのだ。それらのすべてに大きく関わっていた俺は、レイ=マトゥア以上にデルシェア姫の晩餐会を懐かしく思えるようであった。
(ちょっとここ最近は、森辺にどっしり腰を据えてた感じなのかな)
勉強会も送別会も、すべて森辺の内の出来事である。唯一、森辺の外が舞台となったのは、レビたちの婚儀ぐらいのものであろう。城下町は無用の贅沢をつつしむ気風にあったため、俺が呼び出される機会も生まれず、そして客人を迎える都合から、ドーラ家のお泊まり会を辞退することになり――いつになく、俺は森辺に腰を据えているような印象であった。
(まあそれも、たまたまの巡りあわせだしな。メリハリがあって、けっこうなことじゃないか)
俺たちは城下町で勉強会を行う計画を立てているし、レイナ=ルウはサトゥラス伯爵家の晩餐会、トゥール=ディンはお茶会の厨を任される予定になっている。それに、ドーラ家にも日をあらためてお邪魔するつもりであるし――しばらく森辺にこもっていた分、今度は外に出向く用事が重なりそうな気配が濃厚であった。
だから今は、心置きなく客人たちを歓待しながら、勉強会の手ほどきに励むべきであるのだろう。
森辺の内の交流も、森辺の外の交流も、俺にとってはどちらもかけがえのないものであるのだ。こんなに賑やかで起伏にとんだ日常を味わえる幸福を、俺は大事に噛みしめたかった。
◇
そうして白の月の28日は無事に終了して、その翌日は29日――客人たちの滞在期間の最終日である。
レイとサウティの客人たちは、明日の朝一番で帰還する。よって、今日いっぱいが交流の最後のひとときであった。
「ギバ狩りの新たな作法に関しても、おおよそは目処が立ったようだ。むろん、まだまだ思案するべき部分は多かろうが……そもそも、狩り場が変われば作法も変わる。あとは我々の考案した作法をすべての氏族に伝えて、それぞれの狩り場に適した作法を練り上げてもらう他あるまいな」
アイ=ファは、そのように語らっていた。
「ちょうど私は休息の期間を合わせるために、近在の氏族の狩り場で仕事を果たす予定になっていた。ファの近在たる5氏族に関しては、私に任せてもらいたく思う」
「そうか。では俺たちも自らの狩り場で作法を整えたのち、他なる氏族に伝えていくことにしよう。ルウの血族に関しては、レイの家長に任せられるであろうかな?」
「いや! 俺はいまひとつ理解が及んでおらん! 申し訳ないが、ルウの血族もダリ=サウティらに手ほどきを願いたい!」
そんな感じで、ギバ狩りの新たな作法に関しても、このたびの滞在でついに完成の目を見たようであった。
それに、血抜きをしていないギバ肉の扱いに関しても、今日の手ほどきで完了と見ていいだろう。5日間もの時間があれば、肉の洗い方も調理法も過不足なく伝えられたはずであった。
「今回と前回の手ほどきで、サウティ、フォウ、ガズ、ラッツ、ベイム、ダイを親筋とする18氏族がこの技術を習得できたわけですからね。もうアスタやルウの方々の手を煩わせずとも、他の氏族に手ほどきできるはずです」
そのように語らっていたのは、サウティの末妹であった。
「いっそのこと、それらの18氏族が他の氏族と家人を預け合って、この技術を手ほどきするべきではないでしょうか? そうしたら、手ほどきをしながら血族ならぬ相手とも交流を深めることがかないます」
「うん、それはいい考えだね。次の当番の人たちはちょっと慌ただしいだろうから、まずはラッツとベイムとダイの人たちにお願いしてみようか」
もとより、ディンとリッドを除くザザの血族は家が遠いため、ファやルウの家にお招きすることも難しかったのだ。そちらとはいずれかの氏族と家人を預け合うことで習得を目指していただければ、八方まるく収まるように思われた。
そうして滞在期間の最終日も、粛々と進んでいくかと思われたが――そこで、意想外の提案が持ちかけられた。言いだしっぺは、また朝方にファの家を訪れたラッド=リッドである。
「ダリ=サウティらは、明日の朝にもう帰ってしまうのだな? であれば、俺たちも晩餐をともにして見送りたく思うぞ!」
「ええ? でも、家にお招きできる人数には限りがあるのですが……」
「ファの家には、これほど立派な広場があるではないか! 俺たちは、収穫祭で使う敷物をたんまり持ち合わせているしな!」
祝宴ではなく、あくまで晩餐を屋外で食すればよい、という提案である。俺が思い出したのは、サイクレウスやシルエルと決着をつけた会談の日の前夜――ルウの集落で行われた決起集会めいた晩餐会であった。
「えーと、でも俺は、今日も商売の後にルウ家で手ほどきをする予定なのですが……」
「アスタたちとて、日没の一刻前にはファの家に戻ってくるのであろう? 宴料理ではないのだから、何も気張る必要はない! もちろん俺の家からも、手伝いの女衆を出すからな!」
「それは愉快な提案だな! 最後の夜らしく、華々しく過ごそうではないか!」
と、ラウ=レイまでもが加わってくると、もう俺にはブレーキの踏みようがなかった。
それにまあ、俺としても頑強に反対する理由はない。あとは家長たるアイ=ファと族長ダリ=サウティに判じてもらうべきであろうと思われた。
「まったくもって、唐突な話だな。悪いが、私にそのような話を取り仕切る力はないぞ」
アイ=ファが仏頂面で応じると、ライエルファム=スドラが発言を求めた。
「これはもう、細かなことまで取り決められるような話ではあるまい。アイ=ファに許しをもらえるならば、俺が適当な道筋を立ててみせよう」
「うむ。であれば、ライエルファム=スドラにお任せしたい」
「了承した。……では、その晩餐に参ずる男衆は、たった今この場に集まっている人間のみとしよう。そして、その男衆がひとりずつの女衆を選び、かまど仕事を申しつけるのだ」
本日は、昨日よりもさらに多数の狩人が集結している。その人数は、ほとんど30名を突破しようかという勢いであった。
そのおおよそは、ファの近在とルウの家人であったが――ただふたり、やや遠方からの氏族もまじっている。ラヴィッツの長兄と、モラ=ナハムである。
「……その女衆は、血族ならぬ相手でも許されるのであろうか?」
モラ=ナハムが石像のごとき面持ちで問いかけると、ライエルファム=スドラは「うむ」と応じた。
「べつだん、血族にこだわる必要はあるまい。どうせジョウ=ランは、ユーミを招く心づもりであろうからな」
「もちろんです! ユーミも心より喜ぶことでしょう!」
本日は、たまたまジョウ=ランも顔を出していたのである。
それにルウ家からは、初日のメンバーであるルド=ルウ、シン=ルウ、ジーダの他に、ミダ=ルウとディグド=ルウまで顔をそろえている。本日は、ルウ家も休息の日取りであったのだ。
「ヤミル=レイがいるから、ミダはツヴァイ=ルティムとオウラ=ルティムを呼びたいんだよ……? でも、片方しか呼べないと……もう片方が、悲しい気持ちになっちゃうんだよ……?」
ミダ=ルウが悲しげに頬肉を震わせると、ディグド=ルウが勇猛に笑いながらその分厚い胸もとを小突いた。
「だったら、俺がもう片方を呼んでやろう。俺のほうこそ、たったひとりの家人など選びようがないからな」
「ありがとうだよ……ミダは、ものすごく嬉しいんだよ……?」
すると、遠からぬ場所にいたラヴィッツの長兄がにんまりと笑いながら「ふふん」と鼻を鳴らした。
「であれば俺も家族ではなく、ナハムの三姉を選ぶことにするか。どうせならば、腕の立つかまど番をそろえるべきであろうからな」
そんな感じで、晩餐会の内容は着々と決定されていった。
あとはもう、俺も流れに身をまかせるばかりである。とにもかくにも、俺は屋台の商売の下ごしらえに取りかからなくてはならない刻限を迎えていた。
「こんなことなら、わたしも誰か男衆を呼んでおくべきでした! あまり大人数になっては迷惑だろうと、みんな遠慮してしまっていたのです!」
と、かまどの間においてそんな悲嘆の声をあげたのは、レイ=マトゥアであった。
そしてその目が子犬のように、俺を見つめてくる。
「でも、今さらそのように嘆いても詮無きことです。……本当にいつか、わたしもファの家の晩餐にお招きしてくださいね?」
「うん。灰の月になったら、俺も少しは手空きになるはずだからね」
レイ=マトゥアのみならず、かまどの間には悲喜こもごもといった空気が満ちていた。ライエルファム=スドラも、なかなか罪な提案をしたものだが――しかしまあ、どのみち参席できる人数には限りがあるのだ。参席のかなう人間はひたすら運がよかったのだと、そのように納得してもらう他なかった。