レイとサウティの逗留⑤~名もなき女衆の述懐~
2022.3/25 更新分 1/1
宿場町の商売を無事に終えたのちは、ルウ家で勉強会である。
俺たちがルウの集落に到着すると、そこにはフェイやタムルを始めとするサウティの血族の人々が10名以上も待ちかまえていた。
「あ、みんなおかえりー! レイナ姉、明日の屋台の下ごしらえは、ちゃーんと終わらせておいたからねー!」
その一団と広場で語らっていたリミ=ルウが、めいっぱいの笑顔でそのように告げてくる。ルウ家においてもシーラ=ルウが屋台の商売から退陣して以降は、レイナ=ルウ抜きでも下ごしらえの仕事を進められるようにシステムが整えられていたのだった。
「それじゃあこの後の時間は、みんな勉強会に使えるね。リミ、お疲れ様。それに、ララは――」
「あたしもいるよー。サウティの人らと語らうのはひさしぶりだったから、あれこれ話を聞いてたの」
と、人の輪の中心からララ=ルウも進み出てくる。
そうしてその場に参じたサウティの血族の人々は、俺たちに向かっていっせいに頭を下げてきたのだった。
「ルウとファの方々には、お世話をかけます。どうぞ今日から、手ほどきをよろしくお願いいたします」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
彼女たちは、血抜きをしていないギバ肉の扱いを学ぶために、こうしてルウの集落までやってきたのだ。声をかけたのはこちらであるが、それにしても予想以上の人数であった。
「サウティの人らに生鮮肉の当番が回ってくるのも、もう5日後だからねー。サウティにある荷車に乗れるだけの人数で出向いてきたんだってさ」
そのように説明してくれたのは、ララ=ルウだ。サウティにおいても現在では3台の荷車を所有しており、1台はこちらで使用しているため、残る2台の定員である12名がこの場に参じたということであるようであった。
その過半数を占めるのは、やはりファの家の滞在に加わっていないフェイとタムルの家人たちだ。それ以外の4氏族に関しても、滞在組が帰還するのは4日後の朝となるため、他なる家人が手ほどきを願ってきたわけであった。
「ファの家の客人を合わせると、サウティの血族は全部で15人か。で、今日はユン=スドラたちもいないんだよね?」
ララ=ルウの問いかけに、俺は「うん」と応じてみせる。ルウ家においては指南役にも不自由はないので、ユン=スドラたちは別行動でフォウやガズの血族への手ほどきを進めてもらうことになったのだ。
それに、日替わりの当番であったラッツとアウロの女衆もすでにその技術を体得しているために、同じ仕事を手伝ってもらっている。俺のそばに控えているのは4名の客人たちと、あとはフェイ=ベイムのみであった。
「となると、こっちは本家とジーダの家で分かれる手はずになってるから……レイナ姉とリミ、マイムとミケルに6名ずつ受け持ってもらって、残りの3名をアスタにお願いするって形にすれば、ちょうどいいかな。レイナ姉も、それでいい?」
「うん。こういう話はララに任せておけば、安心だね」
「そんなことないよ。実際に手ほどきしてくれるのは、レイナ姉たちなんだからさ」
ララ=ルウは、ルド=ルウみたいににっと白い歯をこぼした。
「じゃ、どういう風に分けようか? やっぱりファの客人の3人は、アスタに任せたほうがいいのかな?」
「いや。俺は明日や明後日も手ほどきできるから、今日ぐらいは別の人にお願いしたいかな」
「了解。じゃ、アスタにはフェイの人たちをお願いするね。手伝いの人間は、そっちから出せるんでしょ?」
「うん。こっちには、ヤミル=レイやフェイ=ベイムもいるから――」
と、俺が視線を巡らせてみると、ヤミル=レイはマイムのかたわらにぴったりと寄り添っていた。ヤミル=レイもすっかり自分らしく振る舞えているようであるのに、まだ俺とは同じ組になりたくないようだ。そんなヤミル=レイらしからぬ子供じみた行いに、微笑ましいような物寂しいような、複雑な心境の俺である。
「それじゃあ、俺の手伝いはフェイ=ベイムにお願いいたします」
「承知しました。ですが、わたしも血抜きをしていないギバ肉の扱いに関しては、いまだ自ら手掛けた経験もないのですが」
ベイムは現在進行形で生鮮肉の当番を受け持っている氏族であるので、数日前に手ほどきは終了している。が、フェイ=ベイムはナハムの家に滞在していたため、それを習得していなかったのだ。マルフィラ=ナハムは毎日家の外を飛び回っているため、同じ家で暮らすフェイ=ベイムに手ほどきする時間も得られなかったのだった。
「俺の手伝いをしながら、フェイ=ベイムもこの技術を習得してください。いずれはナハムの家にも当番が回ってくるわけですからね」
「承知しました。アスタのご迷惑にならないよう、力を尽くしたく思います」
そんな風に言いたてるフェイ=ベイムとフェイの3名を引き連れて、俺は勝手知ったるシン=ルウ家のかまど小屋を目指すことになった。
フェイの女衆は、ひとりが年配でふたりが若年だ。俺にとって、フェイとタムルというのはサウティの血族の中でもっとも交流の薄い氏族であり――それはすなわち、森辺においてもっとも交流が薄いというのと同義であった。
「あの、さきほど耳に入ってしまったのですが……そちらの御方は、フェイ=ベイムと仰るのでしょうか?」
かまど小屋への道すがらで、年配の女衆がそのように問うてくる。
フェイ=ベイムが「ええ」と短く応じると、年配の女衆は穏やかに微笑んだ。
「フェイの名を持つ御方とお会いするのは、これが初めてのこととなります。これも何かのご縁でしょうから、どうぞよろしくお願いいたします」
森辺において、現存する氏族と同じ名前は女衆のみつけることが許されるのだ。レイの名を持つレイ=マトゥア然り、かつてラッツの眷族であったというメイの名を持つアイ=ファの母親やメイ・ジーン=ザザ然りである。
「そうか。もしフェイにベイムの名を持つ御方がいたら、ベイム=フェイというお名前になるのですね。そう考えると、なんだか不思議です」
俺がそのように口をはさむと、フェイの女衆は「そうですね」とやわらかく微笑んだ。
「これまでのわたしたちは、血族ならぬ相手と交流を深める機会もありませんでしたので、べつだん問題はなかったのでしょう。きっとこれは、わたしたちの祖が黒き森に住まっていた頃からの習わしであり……わたしたちの祖も、血族ならぬ相手とは交流を深める機会が少なかったのかもしれませんね」
「なるほど。そんな風に想像すると、ちょっと物寂しいですね」
俺がそのように答えると、フェイの女衆は「何故です?」と反問してきた。
「え? だって……色々な氏族と交流があったほうが、楽しくないですか? 俺自身、森辺の民はそうあるべきだと提唱してきた身でありますし……」
「ああ、そういうことですか。わたしは、まったく異なる光景を想像していました」
いよいよ柔和に微笑みながら、フェイの女衆はそう言った。
「アスタは、モルガの聖域まで足を踏み入れたのでしょう? わたしもまた、聖域がどのような場所であるのかを伝え聞きました。……聖域において、民たちは広大なる山の好きな場所で暮らし、氏族によっては数日も離れた場所に集落を築いているという話ではありませんでしたか?」
「ええ。確かにそういう話であったと思います」
「それぐらい遠くに住まっていては、なかなか交流を深める機会もありませんでしょう。また、すべての氏族がルウぐらいたくさんの血族を抱えていたならば、余所の氏族と深い交流を持てずとも、健やかで満ち足りた暮らしを送れるのではないかと……わたしは、そのように想像していたのです」
「ああ、なるほど……黒き森で暮らしていた頃は、すべての氏族がそれぐらいたくさんの血族を抱えていたんじゃないかと想像したわけですか」
「ええ。ですがわたしたちはモルガにおいて、ごく限られた場所にしか住まうことを許されませんでした。それに、民の数もすいぶん減ってしまったために、血族の人数が足りていない氏族のほうが多いぐらいです。それでもなお、森辺の民は血族ならぬ相手と交流を深める努力を怠っていたために、色々な歪みが生まれて……それで、スン家の悲劇を招いてしまったのではないでしょうか?」
かまど小屋に向かう道中の雑談であったのに、ずいぶんディープな内容になってしまった。
俺がそれでいくぶん戸惑ったり感心したりしていると、フェイの女衆は気恥ずかしそうに微笑んだ。
「申し訳ありません。挨拶もそこそこに大仰な話を並べたててしまって……わたしはただ、森辺に正しき道を示してくださったアスタに、感謝の念を伝えたかっただけなのです」
「いえ、とんでもありません。俺は何だか、ルウの最長老と語らっているような気分でしたよ」
「それこそ、とんでもない話です。わたしなど、フェイの分家のしがない女衆にすぎません」
「いえ」と声をあげたのは、フェイ=ベイムであった。
「人の価値に、本家も分家もありません。あなたのお言葉には、わたしも深く感銘を受けました。フェイという自分の名に、いっそうの誇らしさを抱いたほどです」
「本当に、そんな大層な話ではないのですよ。ただ、フェイやタムルの人間には、色々と思うところがありましたので……」
フェイの女衆がそのように答えたところで、シン=ルウ家に到着してしまった。
かまどの間では、タリ=ルウが勉強会の準備を進めてくれている。ただしタリ=ルウは、これからシーラ=ルウのもとに向かうのだという話であった。
「あっちもこっちも女衆がひとりしかいないんで、あれこれ仕事が立て込んでしまってね。申し訳ないけれど、あとのことはよろしくお願いいたしますよ」
「何も申し訳ないことはないですよ。シーラ=ルウにもよろしくお伝えください」
そういえば、シン=ルウ家とダルム=ルウ家は今でも晩餐をともにしているという話であったが、合計で6名の男衆に対して、女衆はタリ=ルウとシーラ=ルウのみであるのだ。男衆の中にミダ=ルウも含まれていることを考えると、晩餐の準備だけでなかなかの苦労が生じそうなところであった。
でもきっと、多忙の折にはララ=ルウや他の分家の女衆なども力を添えているのだろう。ルウ家に限らず、森辺の民はそうして血族同士で支え合って健やかな生を営んでいるのである。
そうしてタリ=ルウを送り出した後は、あらためて塩水による血抜きの手順を説明する。
それでギバ肉を塩水に漬けて、しばし手空きとなってから、俺はもういっぺんフェイの年配の女衆に語りかけることになった。
「さっき、フェイやタムルの方々には色々と思うところがあったのだと仰っていましたよね。よければ、それがどういうお話であるのかをうかがえませんか?」
「おや、そんな話をまだ覚えていてくださったのですか? アスタというのは、奇特な御方であるのですね」
フェイの女衆は、またやわらかい表情で微笑んだ。
「そんな大層な話ではないのですが……フェイにタムルというのは、サウティの血族でもひときわ南の端に集落を築いているでしょう? つまりそれは、森辺においてもっとも南の端ということです。北に向かって少し歩けば、サウティとヴェラの集落で……もう少し歩くと、ダダやドーンの集落で……そしてそれ以上は、北に進む理由もありません。家長会議に向かう家長たちを除けば、わたしたちは血族の間だけで生きることになっていたというわけですね」
「ああ、なるほど……ファの家で言えば水場なんかでフォウやランの方々と出くわすこともありますが、フェイやタムルの方々にはそういう機会もなかったというわけですね」
「ええ。北寄りのダダやドーンであれば、ダイやレェンの方々と出くわすこともあったのかもしれませんが……フェイやタムルには、それすらありませんでした。この世に生まれて母なる森に魂を返すまで、血族としか顔をあわさない人間がほとんどであったのです」
やっぱりこの年配の女衆は、普通よりも思慮深い人物であるのだろう。俺は本当に、ジバ婆さんと語らっているような気分であった。
「それが今では荷車を使って、ムファやリリンの方々に美味なる料理の手ほどきを願ったり……少し前には、ラッツやアウロの方々と数日ばかり家人を預け合うことになりました。それに……フェイやタムルには、衛兵の方々がいらっしゃることも珍しくはないのです」
「衛兵? ああ、そうか。集落のすぐそばに、シムに通ずる街道が切り開かれたためですね」
「ええ。そちらの街道との境目には、衛兵の詰め所というものも築かれましたし……あちらで族長ダリ=サウティに用事が生じた際なども、まずはフェイやタムルに言葉が届けられるのです」
「それに最近では、飛蝗の被害に苦しむダレイムの方々に料理を作る仕事も受け持ちましたね」
若い女衆が穏やかな面持ちで言葉を添えると、年配の女衆は「そうそう」と顔をほころばせた。
「荷車を手に入れるまでは、わたしたちもそちらの村落でアリアやポイタンを買いつけておりました。でも、その頃はおたがいに忌避しあっていたので、交流と呼べるようなものは生じていなかったのです。でも、飛蝗の騒ぎでひどい目にあわれた方々のために、料理を作りあげた際は……まるで、昔からの友であるかのように振る舞うことがかないました」
「それは、素晴らしいことですね」
「はい。ですからわたしは、森辺に新たな道を示してくださったアスタたちに、深く感謝しているのです。もちろん血族しか知らなかった時代も、わたしたちは幸福に過ごしていましたが……それは、他なる幸福を知らなかったがゆえの心情です。わたしたちは、どれだけ小さな世界で生きていたのかと……この2年ほどで、そんな思いを強く噛みしめることになったのです」
「わたしも、同じ気持ちです。2年前の家長会議におけるアスタたちの話を聞いた際には、何か恐ろしいことが起きるのではないかと心を痛めていたのですが……貴族との諍いが治められた後は、少しずつ世界が光を帯びていくような心地でした」
また別の若い女衆が、そのように言葉を重ねた。
俺は何だかすっかり感じ入って、ろくに返事をすることもできず――その間隙に、フェイ=ベイムが「なるほど」と声をあげた。
「ベイムはガズやラッツと家が近いために、あなたがたとはまったく異なる心持ちであったかと思いますが……それでもなお、森辺の変転していくさまにはたびたび心を乱されることになりました。きっとあなたがたは、それ以上に大きな驚きや感銘を抱かされていたのでしょうね」
「はい。それでようやくアスタやルウの方々とまみえる機会を得て、心より得難く思っています。この先も、そうそうまみえる機会はないやもしれませんが……どうか森辺の南の端にも、アスタに感謝する人間が暮らしているということを、心の隅にお留め置きください」
年配の女衆も、年若い2名の女衆も、とてもやわらかい表情で俺のことを見つめている。
サウティやヴェラ、ダダやドーンとも、また少し異なる雰囲気であったかもしれないが――でもやっぱり、そういった方々に通ずるところのある、穏やかでつつましくて、それでいてまったく弱々しいところのない、俺には好ましく思える空気感であった。
(やっぱり……実際に顔をあわせてみないとわからないことってのは、あるもんだよな)
俺はとても充足した心地で、そんな思いを噛みしめることに相成ったのだった。
◇
「そうか。フェイの家人らとも絆を深めることがかなったのなら、何よりだ」
その日の夜である。
晩餐の場において、俺がルウ家における勉強会の様子を報告すると、ダリ=サウティは嬉しそうに微笑みながらそんな風に言ってくれた。
「俺たちばかりがファの家に滞在しているものだから、フェイやタムルの家人らはいっそう思いを募らせることになったのであろうな。あちらでも血族ならぬ相手と交流を広げられるように、ラッツの血族と家人を預け合うように取り計らったのだが――」
「しかし、ファの家に思いを寄せる者たちを別なる家に出向かせても、心が満たされることはあるまい! アスタやアイ=ファほど愉快な人間など、他には存在しないのだからな!」
もりもりと晩餐を食しながら、ラウ=レイが大声で割り込んでくる。ダリ=サウティは苦笑まじりに「そうだな」と応じた。
「俺たちなどはこれで4度もファの家に滞在したものだから、他なる氏族の者たちにも存分に羨まれていることであろう。族長の身分を不当に利用しているなどと誹られないように、身をつつしまなければな」
「でも実際、サウティの血族の方々とはなかなか絆を深める機会がありませんでしたからね。俺は心から、ダリ=サウティの申し出を嬉しく思っていましたよ」
俺がそんな風に答えると、サウティの血族である6名が一様に嬉しそうな微笑をたたえてくれた。
いっぽうラウ=レイは、「むむ?」と秀麗な形の眉をひそめる。
「俺は1年ぶりの申し出であったのに、嬉しいとも何とも言われておらんぞ。この扱いは、公平であるまい」
「ああ、うん。ラウ=レイもファの家に来てくれて、とってもとっても嬉しいよー」
「まったく真情が感じられん! アイ=ファよ、アスタを小突く許しをもらいたい!」
「そんな許しは与えられん。アスタも迂闊にラウ=レイをからかうのではない」
「ごめんごめん。軽口を叩けるぐらい気安い仲ってことで、勘弁しておくれよ」
ラウ=レイは、「むう」と口をとがらせた。
「サウティの血族が同じ時期に滞在することに文句はないのだが……ただ一点、アスタとの交流が深まっていないように感じられるな。前回は眠るときも水浴びの際もふたりきりであったので、俺は何だか男の兄弟ができたような心地であったのだ」
「ああ、ラウ=レイは上にお姉さんが3人いるだけだもんね。まあ、俺なんかは最初っから一人っ子だったけどさ」
「アスタは、兄弟を持たぬ身であったのか」と、ヴェラの若き家長が目を丸くした。
「森辺においては、あまり聞かぬ話だな。まあ、狩りの仕事や病魔によって、すべての兄弟を失う人間は少なくなかろうが……アスタは最初から、ひとりの兄弟もなかったのか?」
「ええ。母親がちょっと病気がちだったので、そのあたりの影響があったのかもしれません。でも、兄弟同然に育った幼馴染がいましたので、寂しいことはありませんでしたよ」
「そう! そういう話も、前回はふたりきりで語らっていたのだ! ゆえに今回は、いささかならず物足りないのであろう!」
と、ラウ=レイがまた勢いよく割り込んでくる。
ヴェラの家長が反応に困った様子で口をつぐむと、大らかなるドーンの長兄が助け船を出してくれた。
「確かにアスタのそういった話はこれまでに聞く機会がなかったので、興味深く思えるな。しかし、レイの家長は不満なのであろうか?」
「うむ! 大勢で語らうのとふたりきりで語らうのでは、まるきり意味合いが変わってこよう!」
「ううむ。懸想する女衆が相手であれば、わからなくもないのだが。レイの家長は、存外に情が深いのだな」
「存外か? 掟よりも情を重んずるなと、俺は父から何度も説教された覚えがあるのだが」
ラウ=レイがそのように答えると、ドーンの長兄は愉快げに笑い声をあげた。
「レイの家長のそういった話も、アスタの話と同じぐらい興味深いな。アスタとふたりきりの語らいを楽しむのはまた次の機会を待ってもらうとして、このたびは俺たちとも存分に語らってもらいたく思うぞ」
「うむ! さっきも言った通り、お前たちと滞在をともにすることに不満はないのだ! お前たちと仕事や修練に励むのは、きわめて有意であるからな! ……まあ、アスタとの交流を物足りなく思う分は、また次の機会にヤミルとふたりきりで滞在を願う他あるまい!」
アイ=ファは小さく溜息をついており、ヤミル=レイはこっそり肩をすくめている。そしてそんな両名の姿に、ダダの長姉たちはくすくすと忍び笑いをもらしていた。
「でも、アスタがフェイの女衆との語らいを有意と感じてくださったのなら、とても喜ばしく思います。タムルの女衆と語らう機会は得られなかったのでしょうか?」
サウティの末妹がそのように問うてきたので、俺は「うん」とうなずいてみせた。
「ただ、今日の人たちはしばらくルウの集落に通うつもりだって言ってたからね。3日後の勉強会では、タムルの人たちと組ませてもらおうと思ってるよ」
「3日後……わたしたちがファの家に滞在する、最後の日ですね。5日間の滞在なんて、あっという間に過ぎ去ってしまいそうです」
「はい。それだけファの家で過ごす時間が楽しくてならないということなのでしょう」
ドーンの末妹も頬を火照らせながら、そのように追従した。
「でも、このたびの滞在でギバ狩りの新たな作法が完成されたら、しばらくはファの家に滞在を願い出る理由もなくなってしまうのですね。とても残念に思います」
「うむ。新たな作法が完成されたならば、今度はそれをさまざまな氏族に伝えていかなくてはならんからな。いっそうファの家にかまけているゆとりはあるまい」
そんな風に言ってから、ダリ=サウティはゆったりと微笑んだ。
「それに俺たちは、ファだけではなくすべての氏族と交流を深めるべきであるのだ。フェイの女衆も語らっていた通り、サウティというのはとりわけ血族だけで過ごしてきた氏族であるのだからな。新たな作法を伝えるために狩人を出向かせる際には、女衆にも同行してもらおうと思っているぞ」
「また以前のように、他の氏族と家人を預け合うわけですね? それもまた楽しみです」
ダダの長姉は笑顔でそのように応じていたが、ドーンの末妹はファの家への未練が捨てきれないようである。彼女がファの家の滞在に参加したのは2回目からであったので、他のメンバーよりも1回分物足りない思いがつのってしまうのかもしれなかった。
何にせよ、ファの家に滞在することをそこまで願ってもらえるというのは、ありがたい限りである。
今日は日中にフェイの人々とも語らうことができたし、俺としても大満足の1日であった。
(ユーミやルイアも、無事に過ごしてるかな。あっちのふたりは、ただ楽しいだけの話じゃないんだろうしな)
俺がそんな想念を頭の片隅に浮かべる中、2日目の夜も賑々しく平和に過ぎ去っていったのだった。