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異世界料理道  作者: EDA
第六十八章 躍る日常
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レイとサウティの逗留④~二日目~

2022.3/24 更新分 1/1

 翌朝――8名の客人たちを迎えての、最初の朝である。

 俺を含めた男衆の5名は、広間に寝具を広げての雑魚寝だ。なおかつ、土間は3頭のトトスでいっぱいになってしまったため、4頭の犬たちも広間に敷物を広げて休ませている。そんな中、真っ先に目を覚ましたのは、やはり俺であった。


 もとより森辺の狩人というものは、それほど早起きをする習慣を持っていないのだ。ルウ家においては猟犬のおかげで疲労の度合いが軽くなり、中天まで眠りこける男衆も少なくなってきたという話であったが、それでも夜明けと同時に目覚めることは稀であろう。

 しかし、俺があくびをこらえながら半身を起こすと、遠からぬ場所で横たわっていたダリ=サウティがすぐさま目を覚ましてしまったようであった。


「うむ、もう朝か……暁光の中で目覚めるこの感覚も、ひさびさだな」


「おはようございます。よければ、ダリ=サウティたちは休んでいてください」


「いやいや。アイ=ファも朝の仕事を果たすというのなら、俺たちも眠りこけているわけにはいかん。眠りが足りていなければ、朝の仕事の後に身を休めればいいだけのことだ」


 ダリ=サウティは、寝起きとも思えぬ快活さで白い歯を見せた。


「まあ、レイの家長がそれを許してくれるかは難しいところだが……ともあれ、俺自身は何の不都合もないようだ。美味なる晩餐と心地好い眠りによって、すっかり力を取り戻せた心地だぞ」


「そんな風に言っていただけるのは、ありがたい限りです。……あっ、ラウ=レイは俺が起こしますので、なるべく近づかないようにお気をつけくださいね」


「うむ?」と不思議そうな顔をするダリ=サウティを横目に、俺は枕もとに置いておいたグリギの棒を取り上げた。

 そうして膝立ちでラウ=レイの足もとに回り込み、グリギの棒で足の裏を撫で回してさしあげると、ラウ=レイは「うふふ」と笑いながら胎児のように丸くなる。それから背中を揺さぶってあげるのが、もっとも安全なラウ=レイの起こし方であったのだった。


 そうして男衆がひと通り目を覚ましたところで、寝所の戸板が開かれる。そこから現れたのは、アイ=ファを筆頭とする5名の女衆だ。

 眠そうにしているのはヤミル=レイひとりで、他のみんなはしゃっきりとしている。そして、それらを出迎えたドーンの長兄は「おお」と感心したような声をあげた。


「なんだか、広間の空気が一気に甘やかになったような心地だな。修練の足りていない若衆であれば、これだけで心を乱してしまいそうだ」


「まあ。あまりおかしなことを言うと、集落のみんなに言いつけますよ」


 サウティの末妹が、わずかに頬を赤らめながらそのように応じる。

 しかし確かに、俺もドーンの長兄と同じ意見であった。やはり5名もの女衆が6畳ていどの広さしかない寝所にこもってしまうと、フェロモンやら何やらが濃密にたちこめてしまうのだろう。俺は情緒を乱されぬうちに、仕事の準備に取りかかることにした。


「それじゃあまずは、水場で洗い物ですね。お手数ですが、よろしくお願いいたします」


 そうしてその朝は、賑々しくスタートを切ることになった。

 5名もの狩人がそろっていれば、食器の運搬も楽なものである。そして、10名がかりで水場で向かい、その後を4頭の犬たちがひょこひょこついてくるというのは、なんだかちょっとしたハイキングのような有り様であった。


「おやおやまあまあ、これは大変な騒ぎですねぇ」


 水場には、すでにフォウやランの女衆らが寄り集まっていた。その中から、ランの家長の伴侶がダリ=サウティに深々と頭を垂れる。


「どうもご挨拶が遅くなりました。以前にも何度かお声をかけさせていただきましたが、わたしはラン本家の家長の伴侶と相成ります」


「うむ。どうかかまわず、仕事を続けてもらいたい。俺たちも、邪魔にならないように取り計らうのでな」


 ダリ=サウティが穏やかな微笑を返すと、洗い物に勤しんでいた若い女衆らがわずかにさんざめいた。そういえば以前にダリ=サウティがかまどの間の見物を願ったときも、同じような賑わいが生じていたのだ。いかにも頼りがいのある風貌と体格で、なおかつ大樹のごとき落ち着きを備えたダリ=サウティは、一部の女衆にとって理想的な男衆であるようなのだった。


 いっぽう、その対極であるのがラウ=レイである。彼は同じ年頃の女性のように繊細な顔立ちをしていながら、いつでも勇猛そうな雰囲気を発散させており、なおかつ挙動も子供のように騒々しかった。


「そういえば、ランの家はユーミを客人として迎え入れるという話ではなかったか? その話は、無事に進められることになったのか?」


 ラウ=レイが性急に問い質すと、ランの家長の伴侶はつつましい表情を保持しながら「はい」と応じた。


「これまで《西風亭》に預けていた末妹に話を聞いたところ、大きな問題はないようでしたので、さっそく今日から家人を預け合うことになりました。朝の仕事を片付けたのちに、ユーミを迎えに行くことになるかと思います」


「そうかそうか! ユーミは、俺にとっても友だからな! できれば早々に挨拶をさせてもらいたく思うぞ!」


「はい。きっとランの家に連れ帰る道行きで、ファの家に立ち寄ることになるでしょう」


 ついに、ユーミがラン家の客人として迎えられるのだ。

 しかも今回はただの客人ではなく、ラン家の人々と交流を深めながら、森辺の仕事に従事するという、言ってみれば花嫁修業のようなものなのである。いったいどのような顛末になるのかと、俺も胸が高鳴るばかりであった。


 そうして10名がかりで食器の洗い物を終えた後は、いったん家に戻ってから森の端に出立だ。これまでの滞在期間と同じように、衣類の洗い物はそちらの行水で片付ける手はずになっていた。


「ふむ! こうしてみると、アスタを除く俺たち4名は朝から晩まで顔を突き合わせることになるのだな! 今さらながら、奇妙な心地だぞ!」


 生まれたままの姿で川面に飛び込み、それまで着ていた衣類をばしゃばしゃと荒っぽく洗いながら、ラウ=レイがそのように言いたてた。

 こちらは真面目な面持ちで丁寧に装束をゆすぎつつ、ヴェラの若き家長が「うむ」と応じる。


「こちらとて、血族なれどもこれほどまでに同じ時間を過ごすことはない。寝食と仕事をともにするのは、同じ家に住む家族のみであろうからな」


「うむ! 前回はファとレイの人間のみであったので、このような心地にはならなかったのだ! アスタとは仕事をともにするわけではないし、アイ=ファとは寝る場所も行水も別々であったからな!」


 愉快そうに笑いながら、ラウ=レイはそのように言葉を重ねた。


「これでお前たちが気に食わない相手であったなら、さぞかしつまらぬ滞在になっていたことであろう! そうでなかったことを、得難く思っているぞ!」


「うむ。まあ、最後まで滞りなく、絆を深めさせていただきたいところだな」


 ヴェラの家長は、慇懃な物言いでそのように返した。

 そういえば、彼とラウ=レイは族長筋の眷族の家長という、まったく同じ身分であったのだ。それに若年であることも似通っているのに、気性のほうは正反対であった。


 しかしそれでも、客人たちが順調に交流を深められているようであれば、幸いなことである。ヴェラの家長はともかくとして、ダリ=サウティは包容力の権化であるし、ドーンの長兄も大らかな気性であったため、過剰に元気なラウ=レイを持て余すこともないようであった。


(それに、ヤミル=レイもな)


 俺の見る限り、ヤミル=レイもサウティの血族と上手くやれている印象であった。同じ部屋で一夜を明かすことによって親睦が深まったのか、ダダの長姉もドーンの末妹も分け隔てなくヤミル=レイに接してくれているようであるのだ。それにヤミル=レイは朝に弱いため、この時間はずっとけだるげにしている。そういう無防備な態度というのも、見る者を安心させる効果があるのかもしれなかった。


 そんな感じで行水と薪拾いと香草の採取を終えた俺たちは、また10名で連なってファの家に帰還する。

 するとそこに待ち受けていたのは、ルド=ルウとシン=ルウとジーダの3名であった。


「よー、待ってたぜー。今日からは、俺たちもよろしくなー」


「うむ。ルウの若き狩人らも、今日から力比べに参ずるという話であったな。……それにしても、錚々たる顔ぶれではないか」


 ダリ=サウティが感心したような声をあげると、ルド=ルウは「ふふん」と鼻を鳴らした。


「ダリ=サウティみたいな狩人はルウの血族にもあんまりいねーから、手合わせするのを楽しみにしてたんだよ。なんか、ガズラン=ルティムとギラン=リリンをまぜあわせたような雰囲気を感じるんだよなー」


「うむ! ダリ=サウティは、手ごわいぞ! 俺は5回も勝負を挑んで、けっきょく1回しか勝てなかったのだ!」


 と、ラウ=レイはむしろ嬉しそうな面持ちでそのように言いたてた。

 それから、水色の瞳でルド=ルウたちを見回していく。


「しかし、ディグド=ルウは参じなかったのだな! あいつにもなるべく顔を出すようにと声をかけておいたのだが!」


「ああ。ディグド=ルウは、仕事のある日に修練を積む気はねーんだってよ。ラウ=レイたちが帰るまでにルウで休息の日があったら、顔を出すかもなー」


「そうかそうか! まあ、これだけの狩人が居揃っていれば、不満はない! こちらのヴェラの家長やドーンの長兄も、なかなかの力量だぞ!」


 すると、アイ=ファが「ラウ=レイよ」と声をあげた。


「昨日は私も力比べに巻き込まれてしまったが、もしもお前が私からの手ほどきを願っているならば、以前のように見届け役を果たすべきであるように思うぞ」


「おう、そうか! アイ=ファであれば、俺がダリ=サウティに勝てぬ理由も判じられるのであろうか?」


「どうであろうな」というのが、アイ=ファの慎重な答えであった。

 そういえば、ダリ=サウティの具体的な力量というのは、あまり聞いた覚えがない。ガズラン=ルティムとギラン=リリンをまぜあわせたようなという表現だけで、大した力量であることは明白であったが。俺はまだ、ダリ=サウティが力比べに臨む姿をきちんと目にしたことすらなかったのだった。


(でもまあ、俺には関わりのない話だしな)


 俺にとって重要であるのは、ダリ=サウティの立派な志や立ち居振る舞いであるのだ。たとえこの先ダリ=サウティが狩人の仕事から身を引くことになろうとも、その明哲さは森辺の大いなる力になるのだろうと思われてならなかった。


 そんなわけで、俺は4名の女衆とともにかまど小屋に向かうことにする。

 そちらで薪やピコの葉の処置をしていると、ドーンの末妹が瞳を輝かせながら語りかけてきた。


「本当にルウ家の狩人というのは、誰もが力にあふれていますよね。あれだけ立派な方々をひきつけるアイ=ファも、それだけ立派なお人なのだと思います」


「うん。そんな風に言ってもらえるのは、光栄だよ。……昨日は寝所で、楽しく過ごせたかな?」


「はい! アイ=ファは寡黙なお人柄ですけれど、ただその場にいるだけで周囲の人間を安らがせてくださるのです!」


「そういう部分は、ヤミル=レイも似ているかもしれませんね」


 ダダの長姉がそのように言いたてると、行水でようやく目が覚めたらしいヤミル=レイがうろんげな視線を突きつけた。


「それは言葉が過ぎるのじゃないかしら? わたしの存在などが余人を安らがせるだなんて、とうてい思えないわね」


「そうですね。安らがせるというのは、少し違うかもしれません。でもそれなら、アイ=ファも違っているように思います。ドーンの末妹ほど年若ければ、アイ=ファやあなたから安らぎを得られるのかもしれませんが……わたしはむしろ、気持ちが弾むように思います。あなたやアイ=ファはあまり口を開かずとも、ただ同じ寝所に横たわっているだけで、わたしを楽しい心地にしてくれました」


「わたしは、どちらのお気持ちもわかるように思います。何にせよ、アイ=ファやヤミル=レイというのは、ひとかたならぬお人であるのでしょう。その不思議な存在感が、時には心を安らがせてくれたり、時には心を弾ませてくれるのだろうと思います」


 サウティの末妹がそのように言いたてると、ヤミル=レイは内心のうかがえない面持ちで息をついた。


「アイ=ファはともかく、わたしなんてつまらない人間よ。特別であるのは生まれ素性だけなのだから、それを失った現在は――胴体をなくした蛇のようなものよ」


「胴体をなくした蛇? ずいぶん不思議な言い回しですね」


 俺がついつい口をはさんでしまうと、ヤミル=レイに横目でにらまれた。

 しかし、その顔が赤くなったりはしていない。ただ、クールな表情でもなく、取りすました顔でもなく――ヤミル=レイ自身が、表情の選択をしかねているように見えてしまった。


 そうして片付けが一段落する頃には、屋台の商売の下ごしらえの刻限である。

 あちこちの家から集まる女衆らは、まず母屋の前で繰り広げられる力比べのさまに驚嘆させられることになったようだ。おおよその女衆が頬を火照らせながら「すごいですね!」とかまどの間に駆け込んでくるのが、俺には何だか微笑ましかった。


「そういえば、うちの家長も修練を手伝ってほしいと声をかけられていたのですよね。族長ダリ=サウティがいれば、自分が出張る必要はなかろうなどと言っていたのですが……」


 そんな風に言っていたのは、ユン=スドラだ。そういえば前回ラウ=レイが逗留した際は、アイ=ファとライエルファム=スドラがコーチのような役目を担っていたのだった。


「ラウ=レイは、むしろダリ=サウティを打ち負かそうとしてるみたいだからね。ライエルファム=スドラに助言をもらえたら、きっと喜ぶんじゃないのかな」


「そうですか。まあ、家長たちはランの末妹とともに宿場町に向かったので、そろそろユーミを連れて戻ってくるかと思います」


 その言葉にぴくりと反応したのは、フェイ=ベイムであった。本日は、彼女が当番の日であったのだ。


「ついにユーミが、ランの家に逗留するのですね。かなうことならば、わたしも挨拶をさせていただきたく思います」


「ええ。家長たちは、ファの家に立ち寄る手はずになっています。族長ダリ=サウティがファの家に滞在しているならば、なおさらユーミにも挨拶をしてもらうべきでしょうしね」


「であれば、得難く思います」


 と、フェイ=ベイムはあくまでかしこまった面持ちであった。レビとテリア=マスの婚儀で滂沱たる涙を流していた彼女は、ユーミとジョウ=ランの一件にも大きく心を寄せているのであろう。現在は彼女自身も血族ならぬナハムの家に滞在している身であるため、そういった気持ちにもいっそう拍車がかかりそうなところであった。


 そうしてユーミが到着したのは、下ごしらえの仕事を始めてから半刻ほどが経過したのちである。

 アイ=ファがこちらまで案内をしてくれたので、挨拶を願う俺とユン=スドラとフェイ=ベイムだけが表まで出迎える。ユーミとともに立ち並んでいたのは、バードゥ=フォウ、ライエルファム=スドラ、ランの家長と、そしてジョウ=ランであった。


「やあ! 表はすごい騒ぎだったね! 収穫祭でも始まったのかと思っちゃったよ!」


 そのように述べるユーミは、声がひっくり返ってしまっていた。

 顔には笑みが浮かべられているが、それも強張ってしまっている。ユーミがこれほど緊張した姿を見せるのは、おそらく初めてのことであった。


「あらためまして、森辺にようこそ。……ユーミはずいぶん緊張しちゃってるみたいだね」


「そりゃーそーでしょ! でも、これだってあたしのありのままの姿だからさ!」


 と、ユーミは力ずくで、にっと白い歯をこぼす。


「どうせ咽喉もと過ぎれば、こんな緊張も忘れちゃうからね! はしゃぎすぎて迷惑をかけないように、気をつけようと思ってるよ!」


「ユーミなら、きっと大丈夫だよ。俺はあまり顔をあわせる機会もないと思うけど、頑張ってね」


 すると、ランの家長が「いや」と声をあげた。


「ユーミはとりあえず5日間ほどランの家で預かることになったが、機会があればファの家における仕事も手伝ってもらおうかと考えている。それとて、ランの家の大事な仕事のひとつであるからな」


「あ、そうなのですか。今日の勉強会はルウ家ですけど、明日と明後日はファの家で開く予定です」


「うむ。そのどちらかには、出向いてもらおう。やはり、古きからの友であるアスタと顔をあわせれば、ユーミも安心であろうからな」


 そう言って、ランの家長はユーミをいたわるように微笑みかけた。

 ぎこちない顔で笑っていたユーミは、両手でぴしゃんと自分の顔を叩いてから、深々と頭を下げる。


「ありがとうございます! 至らない点はいーっぱいあると思うけど、どうか最後までよろしくお願いします!」


「うむ。それでは、ランの家に向かうとするか」


 すると、フェイ=ベイムが「あの」とユーミの前に進み出た。


「わたしこそ、今日より後には顔をあわせる機会もないかと思いますが……どうぞ力をお尽くしください、ユーミ。そうすれば、きっと正しき行く末を手中にできることでしょう」


「ああ……フェイ=ベイムも、今はマルフィラ=ナハムの家に泊まり込んでるんだってね」


 ユーミは少しだけ硬さの取れた顔で笑い、フェイ=ベイムの両手をぎゅっと握りしめた。


「おたがい、頑張ろうね! そっちも上手くいくように祈ってるよ!」


「ありがとうございます」と、フェイ=ベイムは真剣きわまりない面持ちで、ユーミの手を力強く握り返した。


「それじゃあ、出発しましょうか。家では俺の親たちが、ユーミの到着を心待ちにしていますよ」


 ジョウ=ランがうきうきとした顔でそのように言いたてると、ユーミはたちまち顔を赤くした。


「わかってるけどさ! 今日はあんたの呑気たらしい態度が、いっそう腹立たしく思えるんだよね! まだまだ何がどう転ぶかもわからないんだから、あんたもちょっとは気を引き締めたら?」


「ええ? 俺はもう、ユーミと婚儀をあげる行く末しか考えられないのですが……」


 ユーミがさらにわめきたてようとすると、バードゥ=フォウがそれを手で制した。


「ジョウ=ランよ。お前の物事を深刻ぶらない気性は、美点にも欠点にもなりえよう。それを欠点と見なされれば、婚儀をあげることなどとうていかなうまいな」


「は、はい! ユーミと婚儀をあげられるように、俺も力を尽くします!」


「その率直さも、また同様だ。……ともあれ、あとはランの家で語らうべきであろう」


 そうしてユーミを取り囲んだ一行は、立ち去っていった。

 難しい面持ちでそれを見送ったフェイ=ベイムが、ふっとユン=スドラのほうを振り返る。


「わたしはあのジョウ=ランという御方のことを、あまりわきまえていないのですが……あの御方は、信頼に値するお人柄なのでしょうか?」


「それは、どういった部分に信頼をかけるかによりますけれど……でも、ただ軽妙なだけの人間でないことは確かだと思います」


「そうですか。では、あの御方の軽妙に見える部分が美点として表れることを祈ります」


 俺もまた、フェイ=ベイムと同じ心情であった。ジョウ=ランの軽妙さは前向きでへこたれない性格の表れであろうから、本来はまぎれもなく美点であるはずなのだ。あとはもう少し他者の心情を慮ることができれば、周囲の人々に呆れられたり叱られたりすることもなくなるのではないかと思われた。


 しかしまあ、とりあえずは本人たちの健闘を祈るしかない。

 俺たちはかまどの間に舞い戻り、下ごしらえの仕事を果たすことにした。


                ◇


 無事に下ごしらえを終えたならば、今日も元気に宿場町へと出発である。

 本日も、4名の客人たちはサウティの荷車で追従してくる。青空食堂を手伝いながら宿場町の様子を検分し、さまざまな身分にあるお客たちと交流を深めるというのも、彼女たちにとっては重要な任務であるのだった。


 行き道でルウ家に立ち寄った際は、昨日の収獲分であるギバの毛皮を受け渡す。けっきょくそれは合計で7枚にも及んだので、ミーア・レイ母さんはすっかり感心しきっていた。


「いくら5人がかりと言っても、1日で7頭ものギバを狩るだなんて、本当に大したもんだね! アイ=ファたちは、もう新しいギバ狩りの作法ってやつを完成させることができたのかねぇ?」


「とりあえず、今回の滞在期間でしっかり形にしようという意気込みであるようですよ。あまりはっきりとは口にしていませんけれど、それなりに手応えはあるみたいです」


「そうかい。それでいっそう安全にギバ狩りの仕事を果たせるようになったら、ありがたいことだねぇ」


 ミーア・レイ母さんはにこやかに笑いながら、7枚の毛皮を受け取った。


「で、これはレイの人間に渡しておけばいいんだね? まあこれだけの数だと、けっきょく血族で手分けをしてなめすことになるだろうけどさ」


「はい。ラウ=レイは5日分の牙や角をいっぺんに見せつけて家人を驚かせたいから、なるべく何頭のギバを仕留めたかは伝わらないように配慮してほしい、なんて言っておりました」


「ラウ=レイは、相変わらず子供じみてるね! まあ、できる範囲でそうさせていただくよ」


 そうしてアイ=ファからの言いつけを果たした俺は、ルウ家のメンバーとも合流して宿場町を目指すことになった。

 宿場町に到着して屋台を借り受けたならば、露店区域への行き道で《西風亭》の屋台に立ち寄ってみる。本日は、ユン=スドラもそれに同行していた。

 ランの末妹とビアなる娘さんは、滞りなく仕事を果たしているようだ。今はビアが調理を担当し、ランの末妹がお客から銅貨を受け取っていた。


「お疲れ様です。今日も賑わっているようですね」


 ユン=スドラが横合いから声をかけると、ランの末妹は丁寧に数えたおつりをお客に受け渡してから、「はい!」と笑顔で向きなおってきた。


「今日から5日間、決して不始末のないように仕事を果たしたく思います! ユン=スドラたちも、頑張ってくださいね!」


「ええ。おたがい、頑張りましょう。……ビア、どうか彼女をよろしくお願いいたします」


「あ、は、はい」と応じながら、ビアはこちらを見ようとしない。これはなかなか、筋金入りのつつましさであるようだ。ふたりの邪魔になってしまわないように、俺たちは早々に立ち去ることにした。


「でもあのビアという御方は、森辺の女衆とふたりきりで働くことも忌避せずに、ああして引き受けてくださったのですよね。まだちょっと内心まではうかがい知れないように思えるのですが……シルの血族であれば、きっと正しき心を持っているのでしょう」


「うん。気心が知れれば、きっと俺たちも仲良くなれるさ」


 ユーミはランの家に招かれ、ランの末妹はビアとふたりきりで働くことになり――そしてルイアもまた、今日から城下町のダレイム伯爵邸に迎えられているはずだ。

 ファの家が8名もの客人をお招きしているさなか、同時進行でさまざまなイベントが進行している。それらがすべて丸く収まりますようにと祈りながら、俺はユン=スドラとふたりで街道を踏み越えることになった。

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