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異世界料理道  作者: EDA
第五章 宿場町のギバ肉料理店
117/1675

⑨十日目~営業終了後~

2014.10/27 更新分 1/1 2015.7/7 誤字を修正

 10日間の戦いが、終わった。

 しかし、脱力しているひまはない。


 屋台の撤収作業と、明後日のための食材補充、そして《南の大樹亭》との打ち合わせまでを済ませて、森辺に無事に帰りつくまでが、仕事である。


「今日は170食もの料理を売りさばいたんだって? いやはや大したもんだねえ。それも、森辺の民が、ギバ肉の料理で! ……これはもう、歴史に残る偉業と評しても言いすぎではないだろう」


 後片付けに追われる俺たちを眺める格好で、カミュアは珍しくその場に居残っていた。

 だったらこちらも用事を済ませてしまおうかな、と、俺は木陰のアイ=ファを呼び寄せる。


 アイ=ファは無言で俺の横に立ち、カミュアは「やあやあ」とにんまり微笑んだ。


「今日も町に下りていたのだね、アイ=ファ! レイトに聞いてからずっと会いに来たいとは思っていたのだけれども、とにかく最近はたてこんでいて身動きが取れなかったんだ」


「……私の側には、べつだん用事もないのだが」


 冷たく言い放つアイ=ファの姿を上から下まで眺め回しつつ、カミュアは「元気そうで何よりだ」と言った。


 相変わらずアイ=ファはマントで左腕の負傷を隠していたが、まあ、この男の目を誤魔化したりすることは不可能なのだろうな、と思う。


「アイ=ファ、銅貨を」


「うむ」


 それでもアイ=ファはマントをはだけすぎないように気をつけながら、懐からずっしりと重そうな布袋を取り出した。


 昨日分までの、我が店の売り上げである。

 それをアイ=ファから受け取りつつ、俺は計算を巡らせる。


「えーと、今日の軽食は完売で、干し肉は4食売れたから……12枚と、9枚かな」


 白の銅貨を、12枚。

 赤の銅貨を、9枚。


 そいつを別の袋に移して、俺はカミュアの胸もとに差し出してみせた。

「……うん?」と、カミュアは細長い顔をななめに倒す。


「カミュア=ヨシュへのお礼金です。この10日間での純利益は、白の銅貨が129枚分ほどになりましたので、その1割で、白が12枚に赤が9枚になりますね」


「ちょ、ちょっと待ってよ。お礼金って、何のことだい? 俺はきみたちからこのような銅貨をいただくいわれはないよ?」


 これには、俺のほうが呆れてしまった。


「何を言ってるんですか。売り上げから諸経費を差っ引いた純利益の1割、それがあなたへの謝礼金でしょう? まさか忘れたとは言わせませんよ?」


「忘れたよ。というか、本当にそんなことを言った覚えはないもの!」


 いくぶん慌て気味のカミュアを見上げながら、レイト少年がくすくす笑う。


「僕もはっきり覚えていますよ。その額を決めたのは、確かにカミュアです。まあ、ご本人は冗談か何かのつもりだったんでしょうけども」


「ええ? 本当に? まいったなあ、全然記憶に残っていないよ……とにかく、それが本当だったとしても、レイトの言う通り冗談か何かだったんだ。そいつは元通り袋の中に戻しておくれよ、アスタ」


「そういうわけにはいきませんよ。あなたからの進言がなければ、俺たちがこれほどの銅貨を得ることなどありえなかったんですから、これは正当な報酬です。どうぞ、おおさめくださいませ」


「いや、だけどねえ……」


「受け取ってもらえないと、困ります。あなたとは、貸し借りなしの関係でいたいんですよ」


 そう言って、俺はさらに布袋を突き出してみせた。


「あなたが尊敬すべき友人になりうるとしても、許されざる裏切り者になるとしても、どちらにせよ、俺たちは貸しも借りも作りたくはありません。どうか俺たちの気持ちを汲み取ってやってください」


 カミュアは深々と溜息をつき、俺とアイ=ファの姿を見比べてから、いかにも渋々といった様子で細長い腕を伸ばしてきた。


「わかったよ。対等な友人としての資格を得る通過儀礼と思い、この銅貨は受け取らせていただく。……もったいないなあ。俺なんかに銅貨を与えても、どうせ全部くだらないものに消えてしまうのに」


「そう思っているなら、自重してくださいね」とは、もちろんレイト少年である。


「だけど! こんなことはもうこれっきりにしてくれよ、アスタにアイ=ファ? 俺へのお礼金なんて今回限りでけっこうだから! 今後の売り上げはすべてファの家の財産として大事に扱ってくれたまえ!」


「わかりました。ありがとうございます」


 俺は素直に頭を下げ、アイ=ファも目だけで礼をした。


「まったくもって、やれやれだなあ。……それじゃあ俺は、宿に戻らせてもらうよ。明日が休みなら、次に会えるのは明後日以降だね」


「そうですね。またのご来店をお待ちしております」


「うん、こちらこそ、またアスタの料理を食べられるのを心待ちにしているよ。……あ、そうだ、最後にひとつだけ聞いておきたいんだけれども」


「はい?」


「……今のところ、何か俺でお役に立てそうな厄介事などは勃発していないかな?」


 俺は無言で、カミュアの長身を見上げやった。

 たぶん、アイ=ファもそうしていることだろう。


 カミュアは、目を細めて笑っている。

 赤子のような老人のような、不思議な色合いをした紫色の目を細めて。


(……まだ、駄目だ)と、俺は胸中に吹き荒れる感情をねじ伏せる。


 この段階で、カミュア=ヨシュを頼ることはできない。

 ジェノスの領主とも通じているこの男を、何もかもが不確定なまま巻き込んでしまったら――それこそ、森辺とジェノスの関係性が、致命的なまでに崩壊してしまうかもしれない。


 だから俺は、カミュアにも負けないぐらいすっとぼけた表情で首を横に振ってみせた。


「……今のところ、そういう事態には見舞われていないようです」


 すると、カミュアは楽しそうに、またにんまりと笑った。


「それなら、良かった。それじゃあ、また明後日に! ルウ家の美しき女衆たちも、お疲れ様でした!」


 カミュアとレイト少年の姿が人混みの向こうに消えていき、俺はふうっと息をつく。


 すると、背後のララ=ルウが「おーい」と呼びかけてきた。


「話は終わった? 後片付けはとっくに終わってるんだけど」


「ああ、ごめんごめん! ……ララ=ルウ、ヴィナ=ルウ、シーラ=ルウ、今日は本当にお疲れ様でした。それに、今日だけじゃなく、みんなのおかげでこの10日間を乗り切ることができました」


 そんな風に俺が言うと、3人はそれぞれ屈託のない微笑を浮かべてくれた。


「何をかしこまってんのさ? 明日は休みだけど、これで仕事が終わったわけじゃないんでしょ?」


「……明後日からも、アスタと一緒に働きたいわぁ……」


「本当ですね。わたしも心から、そう思います」


 俺が未熟なばっかりに、何やかんやとドタバタしてしまった10日間ではあるが、みんな本当に楽しそうな顔で笑ってくれていた。


 この10日間で、1000食以上もの料理を売ることができたのだ。

 総売上は、赤銅貨2000枚以上。

 すべての諸経費とカミュアへの報酬を差っ引いての純利益は、赤銅貨およそ1169枚。

 ギバの角と牙に換算すれば、およそ97頭分だ。


 西の民のお客さんも、それなりの数を獲得することができた。

 屋台ばかりでなく、宿屋で料理を売ることも可能になる。


 あとは、スン家さえ何とかすれば――着実に、目的に近づくことができるだろう。


「……どうしたのだ、アスタ?」と、アイ=ファが少し怒った顔つきで身を寄せてくる。


「何かを思い悩んでいるのなら、包み隠さず、私に話せ」


「もちろん、話すよ。……でも、簡単な話じゃないからさ。夜にでも、ゆっくり聞いてくれないか?」


 アイ=ファはしばらく無言で俺の顔を見つめていたが、やがて「わかった」とつぶやいて身を引いた。


「それでは、帰りましょう!」


 2台の屋台を押しながら、石の街道へと足を踏み出す。

 街道の混雑ぷりは、今こそがピークである。


 見知った顔の人たちが、「おつかれさん」と声をかけてくれる。

 いまだに恐怖や嫌悪の目を向けてくる人たちもいる。

 ぎょっとしたように立ちすくむのは、本日ジェノスに到着した旅人たちであろうか。


 そんな光景を楽しみながら、俺たちはゆっくりと帰路をたどる。


「やあ、もう終わりかい? 今日はひさびさの早仕舞いだね?」


 と、通りがかりに、ドーラの親父さんが笑いかけてきた。

 ターラもその隣りでにこにこと笑っている。

 朝とまるきり同じ情景だ。


 思えば――このおふたりこそが、我が店のお客さん第1号なのである。


 そうして、《銀の壺》のメンバーがお客となり、おやっさんやアルダス氏と出会い、シュミラルと出会い、ユーミと出会い、ナウディス氏と出会い、今日という日を迎えることができた。


 そんな思いを胸に秘めつつ、俺はふたりに笑い返す。


「はい、今日は何だか大盛況でした。明後日のための野菜を、また後で買わせていただきますね」


「おう、待ってるよ」


 まだわずか10日間しか経ってはいないが、これが今の、俺の日常なのだ。

 誰にも壊されたくない、と思う。


 そうして、さらに屋台を押していくと、やがてララ=ルウが「あ、そうだ」と声をあげた。


「アスタは野菜の他にも買うものがあるんでしょ? 屋台はあたしたちが返しておくから、今のうちに済ませてきちゃえば?」


「え?」


 振り返ると、ララ=ルウはものすごく小生意気な顔つきで笑っていた。

 こんちくしょうめと思いつつ、俺は「そうだね」と応じておく。


「その後は《南の大樹亭》って店にも寄らなきゃならないし、それじゃあ個人的な買い物だけ先に済ませてしまおうかな」


「うん。それじゃあ、アイ=ファ、アスタをよろしくね?」


 俺とアイ=ファは立ち止まり、2台の屋台はそのまま突き進んでいく。


「……調理刀と、鉄板か」


「うん。鉄板は重いから後回しにして、調理刀を買いに行こう」


 下調べは昨日のうちに済ませている。

《銀の壺》の店は、露店区域のちょうど中間地点、ミシル婆さんの野菜屋のすぐそばにあった。


 2店舗分のスペースに漆黒の大きな布が敷かれて、そこに雑多な商品が並べられている。

 その広大なスペースをすべてカバーできる皮張りの屋根が張られており、そのせいで少し薄暗い。

 店には、3人のシムの民がいた。


「お邪魔します。……あれ? シュミラルはご不在ですか?」


 売り子のメンバーは全員フードを背中に垂らしていたが、そこに白銀の長い髪を見出すことはできなかった。


 ひときわ背の高いシム人が、奇妙な形に指先を組み合わせながら、俺とアイ=ファに頭を下げてくる。


「シュミラル、所用です。すぐ、戻ります」


「そうですか。商品を取り置きしていただいているはずなんですが、わかりますか?」


「商品、シュミラル、持っています。……お待ちください」


 待てと言うならば待つしかあるまい。

 俺はアイ=ファとともに膝を折り、布の上に並べられた商品で目を楽しませることにした。


「何だか……おかしなものばかりを売っている店だな?」


 アイ=ファがこっそり耳打ちしてくる。

 まあ、そう言われてもしかたのないラインナップではある。

 おかしいというか何というか、とにかく、並べ方が無秩序に過ぎるのだ。


 シュミラルに見せてもらったのとは異なる刀剣の類いも数多く見受けられる。が、それ以外にも、さまざまな形をした壺だとか、精緻な細工のほどこされた木箱だとか、装飾過多な弓と矢筒だとか、銀色に光る飾り物だとか、やたらと豪奢な布の束だとか――ひとつひとつは実に手の込んだ上等な品物であるようなのだが、そういったものどもが何の整合性もなく、ずらりと並べられているのである。


 だけどまあ、整然と並べられるよりは味わいもあるのかもしれない。雰囲気としては、蚤の市の骨董店みたいな感じだった。


「あ、これって女衆の宴衣装じゃないか?」


 玉虫色の布の束が、薄暗がりでひそやかに輝いている。


「こっちの金属の細工物なんかも、ルウ家の女衆が身につけてるやつとよく似てるな。ああいうのは、みんなシムの商品だったのかなあ」


「……どれも私には無用の長物だな」


 と、素っ気ない口調で言ってから、アイ=ファは「わ」と目を丸くした。


「アスタ、これは何だ?」


「へえ、こいつは――酒杯、かな?」


 形状からして、器であることに間違いはない。

 ただしそれは、透明の硝子でできていた。


「この世界にも、硝子なんてものが存在したんだな。確かにこいつは、びっくりだ」


「がらすというのか。これは、綺麗だな」


 おや、アイ=ファの目がとても楽しそうに光っている。


「……硝子、酒杯、白5枚です」と、さきほどの若者が控えめな声で告げてきた。


「やっぱり硝子なんですね。……アイ=ファ、白が5枚だそうだぞ?」


「うむ? 確かに綺麗だが、果実酒を飲むのに酒杯など必要ない」


 それでもアイ=ファは同じ目つきのまま、右手の指先で酒杯の表面をつついたりしていた。


 購買意欲をそそられるまでには至らないが、それでもそういったものを愛でる感受性は有しているのだなと、俺はちょっと嬉しい気持ちになる。


 と、そこにシュミラルが帰ってきた。


「アスタ。……すみません、待ちましたか?」


「いえいえ。ついさっき来たばかりです」


 俺は立ち上がってシュミラルを迎えたが、アイ=ファはまだ子どものように酒杯をつついていた。


 俺はさりげなく、数歩だけアイ=ファから遠ざかる。


「店が終わったので、約束の商品を買わせていただこうと思います」


「はい。嬉しいです」


 うなずきながら、シュミラルがマントの内側に手を差し入れる。

 その黒い目が、ふっと俺を見た。


「刀、白、18枚です」


「はい、ありがとうございます」


「石、白、10枚です。……石、どうしますか?」


「……はい。そちらも買わせていただこうと思います」


 シュミラルは嬉しそうに目を細めて、それらの商品をマントの内側から差し出してきた。


「あわせて、白、28枚です」


 そして、まだしゃがみこんでいるアイ=ファの姿を、ちらりと見る。


「美しい女性です。アスタ、嫁ですか?」


「いえ。……ですが、俺にとって一番大切な人です」


「そうですか」と、うなずくシュミラルから商品を受け取って、俺は28枚の白銅貨を差し出した。


「明後日からは、この調理刀で料理を作らせていただきますよ」


 黒い革鞘に収められた、野菜用の調理刀。

 店頭におけるティノの千切りにおいても、こいつは大活躍してくれるはずだ。


「光栄です。……アスタとの出会い、シム、セルヴァ、感謝します」


「こちらこそです。青の月ももう6日目になってしまいましたが、引き続きよろしくお願いいたします」


 俺は心からの笑顔を送り、シュミラルも嬉しそうに目を細めてくれていた。


「……では、他にも買い物が残っているので、今日は失礼します」


「はい。明後日、楽しみです」


 シュミラルは店の奥へと足を向け、俺はアイ=ファの肩をつつく。


「お待たせ。買い物は終了したぞ?」


「うむ? ああ、そうか」


 立ちあがったアイ=ファとともに、《銀の壺》の店から離れる。

 アイ=ファは物珍しそうな目つきで、俺の手もとを覗きこんできた。


「それが、白銅貨18枚もするという調理刀か。さぞかし素晴らしい切れ味なのだろうな」


「ああ。野菜に関しては親父の三徳包丁にも負けないぐらいだぜ?」


 するとアイ=ファは、何とも言えない柔らかな表情で笑いかけてきた。


「……ならばそれは、本当に素晴らしい刀なのだな」


 俺は「ああ」とうなずきながら、屋台と屋台の間の空きスペースに足を進めた。

 そこで立ち止まり、アイ=ファを見つめやる。


「それでな……昼間にも言った通り、料理と関係ないものも買わせていただいたんだけど」


「ほう? 何を買ったのだ?」


 アイ=ファはまだ穏やかな表情を浮かべたままである。

 この顔が、数秒後にはどのような表情になってしまうのか――それなりの覚悟を固めつつ、俺は手の中に隠していたその品をアイ=ファの前に差し出してみせた。


「……何だ、これは?」


 いぶかしそうに、アイ=ファが眉を寄せる。


 俺の右手に握られていた、それは――青い石のペンダントだった。

 親指の爪ぐらいの小さな石が、銀色の盤に埋め込まれており、複雑な形に編みこまれた革紐で、首から下げられる作りになっている。


「ご覧の通り、まあ、首飾りなわけだけども」


「首飾り……飾り物か」


 アイ=ファの瞳に、ふつふつと穏やかならざる光が浮かび始める。


「……お前には、女衆のように身を飾りたてたいという気持ちがあったというわけか、アスタ?」


「いや。……こいつはお前のために買ったんだよ、アイ=ファ」


「ほう」と、アイ=ファは目を細めた。


「つまり、お前は……私の言ったことなど何ひとつ聞いてはいなかったということだな、アスタ?」


「そんなことはない。きちんと聞いていたよ。大事な銅貨で飾り物などを買ったりしたら叩きのめすぞと言っていたな、お前は」


「うむ。その通りだ」


 アイ=ファが、静かににじり寄ってくる。

 こっそり生唾を飲みくだしつつ、俺は言いついだ。


「でも、叩きのめす前にひとつだけ聞いてくれ。これは、厄災除けの、お守りなんだ」


「……厄災除け?」


「ああ。あらゆる厄災から身を守るという、シムのお守りなんだそうだ。もちろんこうして西の町でも売られてるんだから、どこの神様を崇めているかとかは一切関係がない。シムでは男女問わず、こういうお守りを身につけて、厄災から身を守っているらしいんだよ」


 アイ=ファの目つきに、変化はない。

 まあ、1発や2発は殴られるぐらいの覚悟は固めている俺である。


「こんなお守りにどれだけの効力があるかはわからないけどさ、ただの飾り物じゃあお前を怒らせるだけだし、日用品に不足はないって言うし、それでもお前にも何か買ってほしかったから、俺の独断と偏見で選ばせていただいた。……お守りだけど、なかなか綺麗な石だろう?」


 小さいが、とても深い青色をした、石。

 昨日、シュミラルにこの石を見せてもらったとき、俺はほとんど一目惚れに近い感覚で気にいってしまったのだ――まるで、アイ=ファの瞳みたいな色合いをした石だな、と。


「……そのお守りとやらを、お前はどれだけの銅貨を払って買ったのだ?」


「白銅貨、10枚」


「……白銅貨、10枚……」


 鋭く細めたまぶたの間で、アイ=ファの瞳にさまざまな感情がゆらめいていく。


「こんなお守りに頼るのはお前の主義じゃないかもしれないけどさ。でも、実際にそんな怪我までするような危険な生活をしてるわけだし。森辺の男衆が、家族のすこやかな生を願って3本の角や牙を贈るように、俺もお前に何かを贈りたかったんだ」


 言いながら、俺はその首飾りの革紐をつまんで輪を作ってみせた。


「気に食わないなら、後で叩きのめしてもらってかまわない。だけど、こいつは受け取ってくれないか? ……お前のすこやかなる生を願う家人からの贈り物として」


 アイ=ファはいったん目を閉じて、それから深々と息をついた。

 そうしてまた、真正面から俺をにらみつけてくる。


「……森辺の男衆は、己の力でギバを狩り、その牙と角で家族の生を祝福する」


「ああ」


「ならば、宿場町で仕事をしたお前がその銅貨を使って家族の生を祝福するのは、あながち間違った行為ではない……と、私は思うべきなのだろうか」


「そ、そう思っていただければ、俺にとっては幸いだけれども」


「……ふん」と、アイ=ファは唇をとがらせた。


「何だかギバを捕らえるための罠にでも足をからめ取られた気分だ。私は家人にたばかられているのではないだろうか?」


「そんなことはないよ。少なくとも、お前の身から厄災を遠ざけたいっていう気持ちだけは、正真正銘の本当の気持ちだ」


 アイ=ファはもう1度「ふん」と言ってから、1歩だけ俺に近づいてきた。


 そして、心持ち頭を下げてくる。


「……何をしている?」


「え?」


「贈り物ならば、その手で捧げるのが森辺のならわしであろうが?」


「そのならわしは、まだ習ってないよ」


 言いながら、俺はアイ=ファの首に青い石のペンダントをかけてやった。

 角や牙の首飾りより少しだけ上の位置で、青い石がちかりと輝く。


 アイ=ファは右手の平でそれをすくいとり、しばらくじっと見つめやってから、ふいに何かを思い出したかのように面をあげた。


「ああ。私もお前に渡すものがあったのだ」


「え? 俺にか?」


「うむ」と、アイ=ファが背中の側に手を回す。


 毛皮のマントの内ポケットから、右腕1本でちょっと苦労しながら引っ張りだされた、それは……10本の角と牙を連ねた首飾りだった。


「ああ――お前に預けた首飾りか」


「うむ。もはやこれらの牙と角を使わねばならなくなるような事態にはならぬだろう。お前はこの首飾りを身につけるのに十分な仕事を果たしている」


 そう言って、アイ=ファは俺の足を蹴ってきた。


「頭を下げろ」


「あのな……言葉と足の順番が逆だろ?」


 文句を言いながら、俺はアイ=ファの言に従ってみせる。

 アイ=ファは、右腕1本で器用に首飾りをかけてくれた。


 ルウ家の人々から得た、10本の祝福。

 宿場町の商売で失敗したら、これでその穴を埋めよう、という約束であったのだ。


「森辺に豊かさをもたらすには、まだまだ時間がかかるのであろうが。お前なら、きっとその仕事を果たすことがかなうだろう」


「俺だけじゃなく、俺とお前の仕事だけどな」


「うむ。……そして、ルウやルティムの仕事でもあるわけだな」


 アイ=ファが、ふっと目を伏せる。

 もうその面に苦悩の陰が浮かぶこともなくなったが――ちょっと幼げな、不安そうな気持ちは見え隠れしてしまっている。


「それで、最終的には、すべての森辺の民の仕事になるわけだよ」


 そんなアイ=ファに、俺は笑いかけてやる。


「今日からは、ルウ家の肉を買うことになった。そのうちルウ家では足りなくなって、ルティムからも買うことになるかもしれない。……で、料理じゃなく肉そのものを売れるようになったら、氏族なんて関係なく、みんなで競ってギバを狩ることになるんだろう。そう考えたら、俺たちはみんなより一足先に仕事を始めたってだけのことなのさ、きっと」


 そして、そういった未来を切り開くためにも――森辺の民は、一丸となって立ち向かわなくてはならないのだろう思う。

 一族を率いるべき族長筋の人間たちこそが、森辺の誇りを汚しているのだという、この許されざるべき現状に。


「……そうだな」と、目を伏せたまま、アイ=ファはまたその首の青い石をすくいとった。


「どうした? やっぱり俺を叩きのめしたくなってきたか?」


「いや。……しかし、護符といえども飾り物は飾り物だ。このようなものを身におびるのは、やはり気分が落ち着かぬ」


「そうか。……だけど、綺麗な石だろ?」


 アイ=ファは、ゆっくりと面をあげる。

 そして。

 小さな子どもみたいに、にこりと微笑んだ。


「うむ。きらきらしていて、とても綺麗だ」


 俺は、思わず息を詰まらせてしまう。

 それぐらい、それは無邪気な笑顔だった。


 俺たちの仕事はまだ始まったばかりだし、まだまだ問題も山積みではあったのだが――それでも俺は、これ以上ないぐらいの充足感と安らぎを、アイ=ファの笑顔から得ることができた。


 宿場町における俺たちの戦いは、こうしてようやくその第1幕目を終えることになったのだった。

アスタの収支計算表


*試食分は除外。


・第十日目



①食材費


『ギバ・バーガー』80人前


○パテ

・ギバ肉(14.4kg)……ルウ家から購入。別途換算。

・香味用アリア(20個)……4a


○焼きポイタン

・ポイタン(80個)……20a

・ギーゴ(80cm)……0.8a


○付け合せの野菜

・ティノ(4個)……2a

・アリア(4個)……0.8a


○タラパソース

・タラパ(6個)……6a

・香味用アリア(12個)……2a

・果実酒(2本)……2a

・ミャームー(1/4本)……0.25a


合計……37.85



『ミャームー焼き』90人前


○具

・ギバ肉(16.2kg)……ルウ家から購入。別途換算。

・アリア(45個)……9a

・ティノ(4.5個)……2.25a


○焼きポイタン

・ポイタン(90個)……22.5a

・ギーゴ(90cm)……0.9a


○漬け汁

・果実酒(3本)……3a

・ミャームー(3本)……3a

・香味用アリア(4.5個)……0.9a


合計41.55a


2品の合計=37.85+41.55=79.4a




②その他の諸経費


○人件費……21a


○場所代・屋台の貸出料(日割り)……4a


○ギバ肉……12a(ルウ家から購入)




諸経費=①+②=116.4a


170食分の売り上げ=340a


純利益=340-116.4=223.6a



純利益の合計額=1011.07+223.6=1234.67a

(ギバの角と牙およそ92頭分)


*干し肉は、1600グラム、24aの売り上げ。10日目にまとめて集計。42


-----------------------------------------------------


最終決済


○干し肉

・販売量…… 6000グラム

・売り上げ……90a

・材料費=岩塩300グラム(0.6個)=1.8a

・純利益……90-1.8=88.2a


○10日間の岩塩の使用量=5150グラム(10.3個)=30.9a


○場所代と屋台の貸出代の返却代(4日分)=8a



○軽食の純利益+干し肉の純利益+返却代-岩塩の代金=1234.67+88.2-30.9

=1299.97a


○カミュア=ヨシュへの報酬=1299.97×0.1=129.997a



10日間の純利益=1299.97-129.997=1169.973a

(ギバの角と牙およそ97頭分)

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[気になる点] 石の話がかなり省略されてる? 遡ってみたけど見つからなかった。。。
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