六氏族の会合④~後日談と次なるイベント~
2022.3/3 更新分 1/1
6氏族の会合の翌日――白の月の19日である。
晩餐の場でも語られた通り、その日の朝にはすぐさますべての氏族に通達が回されることになった。
血抜きをしていないギバ肉でも美味なる料理を作りあげることは可能であるため、その手ほどきを願う氏族はファの家に参ずるべし、という内容である。
ただし、すべての氏族からかまど番が集まっては大混乱になってしまうため、生鮮肉の商売を担当する期日が近い氏族を優先するべしという言葉も添えられた。
もともとは、会合の晩餐でもアイ=ファに俺の料理を食べていただこうという動機で発案した事柄であるというのに、なんだかすっかり大ごとになってしまったようだ。
しかしまあ、動機はどうあれ、俺は本気で家長たちに納得していただけるようにと頭を悩ませたのだから、それが有意義な発案であると認めてもらえたのは何よりの話であった。
ちなみに宿場町への行きがけでルウ家に立ち寄った際は、レイナ=ルウに昨晩のユン=スドラと同じような眼差しを向けられることに相成った。そのように有意な取り組みには自分もぜひ助力をさせてもらいたかったという、ちょっぴりすねたような眼差しである。
よって俺は昨晩と同じように心を込めて、昨晩と同じような言葉でレイナ=ルウをなだめることになった。血抜きをしていないギバ肉で多彩な料理を作りあげるには、みんなの協力と長きの時間が必要なのである。レイナ=ルウたちがすねるまでもなく、力を尽くすのはこれからが本番であるのだった。
そしてバードゥ=フォウたちは、すべての氏族にその一件を通達するのと同時に、三族長たちからランの一件について了承をもらっていた。のちのちユーミをランの客人として迎えるために、まずはランの家人を《西風亭》に預けてみたいという一件である。
幸いなことに、三族長たちは誰もが了承してくれた。森辺の家人を宿場町に預けるというのは前代未聞の椿事であるが、宿場町の民と婚儀をあげるにはそれぐらい念入りな処置が必要であると、そのように判じてくれたのであろう。
「使者として出向いた家長らが戻るまで、ジョウ=ランは気が気でなかったようですね。そして家長らが戻った際には、跳び上がって喜んでいたそうです」
宿場町への行き道でそんな話を伝えてくれたのは、ユン=スドラであった。
昨晩もちらりと話にあがっていたが、もともとジョウ=ランに嫁入りする予定であったのは、このユン=スドラであったのだ。しかしアイ=ファに想いを寄せていた当時のジョウ=ランは、俺などに想いを寄せていたユン=スドラに、おたがいの恋情を成就させるべく協力してみてはどうかという素っ頓狂な提案をして――それで、ユン=スドラに引っぱたかれることに相成ったのだった。
そうして家長たちから大目玉をくらったジョウ=ランは、アイ=ファへの想いを何とか断ち切ってみせたものの、しばらくはその傷心を引きずっており――そんな中、ユーミと出会うことになったのだ。
「ジョウ=ランはどうして大変な相手にばかり心をひかれてしまうんだろうと、当時はそんな風に思わないこともなかったのですが……今は、おふたりが正しい形で結ばれるようにと祈っています」
「うん。俺も同じような気持ちだよ。もうおたがいの気持ちに問題はないんだろうから、あとは周囲を納得させられるかどうかだよね」
というわけで、ランの家長は《西風亭》に預ける候補の女衆を引き連れて、俺たちと一緒に宿場町に下りることになったわけであるが――予想に違わず、ユーミは全身全霊でもって驚愕の念をあらわにしていた。
「あ、あ、あたしとその娘さんを、交換し合う? あたしが、ランの家に泊まり込むってこと? ど、どうしていきなり、そんな素っ頓狂な話になっちゃうのさ!」
「モルン・ルティム=ドムが長らくドムの集落に逗留していたことは、そちらも聞き及んでいたのであろう? その他にも、フォウとサウティ、ナハムとベイムでも、婚儀を望む男女はおたがいの家に逗留し、理解を深め合えるように努めているのだ」
「だ、だからって、話があまりに急すぎるよ!」
「だからこうして、事前に話をうかがおうと出向いてきたのだが」
と、ランの家長はいぶかしげに首を傾げた。
場所は、宿屋の屋台村である。俺もずいぶんと気がかりであったため、屋台の準備はユン=スドラたちに一任し、行きがけに同行させてもらったわけであった。
「ユーミは、気が進まないのであろうか? であれば残念だが、別なる方法で絆を深め合う手段を考える他あるまい」
「だ、だから、結論を急がないでってば! もー! 森辺のお人らがどれだけ真っ直ぐか、またまた思い知らされた心地だよー!」
ユーミは赤くなったり青くなったりで大忙しである。
すると、ユーミの屋台を手伝っていたルイアがにこにこと笑いながら言葉を添えた。
「ユーミはもともと森辺で暮らしたいっていう気持ちが先に立ってたんだから、こんなにありがたい話はないじゃん。何をそんなに困った顔をしてるの?」
「あんた、他人事だと思ってねー! あたしの立場になってごらんよ! そんな涼しい顔はしていられないからね!」
「そうかなあ。あたしはあたしなりに考えてるつもりだけど」
そんな風に答えるルイアは、どこか真剣な眼差しであるように思えた。
ユーミはうろんげに眉をひそめたが、それどころではないと思い直した様子で、ランの両名に向きなおる。
「と、とにかくね! そんな話は、あたしの一存じゃ決められないから! 親父や母さんに了承をもらわないといけないし……」
「うむ。我々もこの足で、《西風亭》に向かうつもりであるのだが」
「えーっ! これからうちまで出向こうっての!? あうう……その場で話を聞きたいような聞きたくないような……」
「ユーミも同席を望むのであれば、そちらの仕事の終わる頃合いに出直すつもりであるぞ」
昨日は苦悩の面持ちをさらす場面の多かったランの家長であるが、すっかり覚悟は固められた様子だ。そして、そのかたわらにたたずむのは、昨晩のかまど仕事を担ってくれたラン本家の末妹である。俺の無根拠な想像通り、彼女がこの大役に抜擢されたのだった。
「ユーミよ。まずはこの娘にお前の代わりが務まるものかどうか、それを確かめるために数日ばかり預けようという話であるのだ。そちらで上手くいかなければ、お前をラン家で預かることも難しかろう。まだどのように転ぶかもわからぬのだから、そうまで心を乱す必要はないように思うぞ」
「はい! わたしも力を尽くしますので、どうぞよろしくお願いいたします!」
利発そうな顔をしたランの末妹は、昨日に劣らず昂揚した面持ちでそのように言いたてた。
ユーミはこれ以上もなく眉を下げながら、そちらに向きなおる。
「あんた、本当に大丈夫なの? 母さんはまだしも、親父なんかはいまだにアスタに甘い顔を見せないぐらいの頑固者なんだからね」
「はい! そういう御方とこそ、理解を深め合いたく思います! 血族たるジョウ=ランのためというのはもちろんなのですが……わたしは今日まで屋台の商売を手伝う機会も得られなかったため、この役割をとても嬉しく思っているのです!」
ユーミは観念した様子で、深々と溜息をついた。
「わかったよ……とりあえず、親父たちと話してきてもらえる? その後で、あたしが親父たちとじっくり語らってみるからさ」
「了承した。あちらでの話を終えたら、またこちらに立ち寄らせてもらうぞ」
ランの家長と末妹は一礼し、街道の雑踏へと立ち去っていった。
並んでいるお客のために新たなお好み焼きを焼きあげつつ、ユーミは再び嘆息をこぼす。
「なんか、とんでもない話になっちゃったよ……まさか、アスタが言いだしっぺじゃないだろうね?」
「言いだしっぺは、リッドの家長だね。俺もべつだん、反対まではしなかったけどさ」
「うー、想像しただけで緊張しちゃうよー! あたしなんかが泊り込んだら、森辺のみんなに愛想を尽かされちゃうんじゃない?」
「だから、事前にそれを確かめようって話なんでしょ? 婚儀をあげたら、もう後戻りはできないんだからね」
朗らかに笑いながら、ルイアがそのように言いたてた。
「それに、ジョウ=ランとの話が持ち上がって、もうけっこう経つんでしょ? あたし、ユーミより先にテリア=マスが婚儀をあげるなんて、夢にも思ってなかったもん。ユーミって、案外自分の話では思い切りが足りないんだね」
「なんだよー! 人の気持ちも知らないで! ……って、なんかあんたも、含むところがあるみたいな目つきだったよね。まさか、あんたまで森辺の誰かに懸想しちゃったとか?」
「ううん。あたしなんて、きっと森辺の生活は務まらないもん」
そんな風に言ってから、ルイアはおずおずと俺のほうを見やってきた。
「それであの、実はアスタに相談があったんですけど……今はもう、屋台に戻らないとまずいですか?」
「うん? そんなに長い話でなければ、大丈夫だけど。いったいどういう相談かな?」
「実は、あたし……城下町で働いてみたいんです。でも、あたしなんかは何の伝手も持ってないから……こんな人間でも、何か手段はあるのかなって……」
「えーっ!?」と驚きの声をあげたのは、ユーミである。
「あんた、いきなり何を言っちゃってんの? 城下町の祝宴で、目が眩んじゃった?」
「うん。試食会とか、礼賛の祝宴にお招きされて……それ以来、城下町のことを忘れられなくなっちゃったの。もちろんあたしなんて、本当だったら祝宴に招かれるような身分じゃないけど……侍女でも召使でも何でもいいから、ああいう空気をずっと身近で感じていたいっていうか……」
それは、あまりに意想外な申し出であった。
ただ確かに、ルイアが城下町の催しでとても心を弾ませていた姿は印象に残されている。それに彼女は、ティマロなど城下町の料理人が作りあげた料理の味わいにずいぶんうっとりしていたのだった。
「うーん。正直なところ、俺も城下町のそういった話については、まるきりわかっていないんだよね。やっぱりそういう話は、城下町で暮らしてる人たちに聞くべきじゃないかな?」
「でも、あたしは城下町に知り合いなんていないから……」
「ヤンだったら、試食会とかで挨拶をしたんじゃないかな? あのお人も最近はこっちに出てくることが少なくなったみたいだけど、侍女のシェイラやニコラだったら数日置きに顔を出してるんだよ。まずは彼女たちに話を通してみたらどうだろう?」
ルイアは、とても真剣な眼差しをしている。そのひたむきさに応えるべく、俺は言葉を重ねてみせた。
「ルイアにその気があるんなら、次にシェイラやニコラが顔を出したときに話を通しておいてあげるよ。城下町の雇用形態とか、まずはそういう話を聞いてみればいいんじゃないのかな」
「ありがとうございます! アスタのご親切は、決して忘れませんので!」
「俺にできるのは、それぐらいだよ。あとはルイア次第だから、頑張ってね」
すると、ユーミがいつもの頼もしい笑みを取り戻して、ルイアの頭をぽんと叩いた。
「あんたはあんたで、でっかい苦労を背負おうとしてるね。……あーあ、おかげで覚悟が据わったよ。うちに戻ったら、親父と戦争だな」
「あはは。サムスだったら、きっと大丈夫だよ。なんだかんだ言って、ユーミのことが可愛くて仕方ないんだから」
「うるさいっての! ……アスタも、どうもありがとうね。こっちはもう大丈夫だから、自分の仕事に取りかかってよ」
「うん。ユーミも頑張ってね」
そうして俺は珍しくも単身で街道を歩き、ユン=スドラたちの待つ屋台へと向かうことになったのだった。
その後、ユーミは宣言していた通りに父親のサムスとひと悶着あった様子であるが――これもルイアが言っていた通り、最終的には丸く収まることになった。サムスは頑固者の部類であろうが、ユーミを大事に思う気持ちは伴侶のシルにも負けていないのだ。どれだけの苦労があろうとも、まずは娘の幸福を一番に考えてくれているはずであった。
◇
それから、さらに2日後――白の月の21日である。
その日から、ランの末妹が《西風亭》に逗留することになった。
眼目は、サムスやシルと交流を深めつつ、ユーミの仕事を肩代わりできるように努めることである。よって、朝一番で《西風亭》に向かった彼女の姿を、俺は宿屋の屋台村で見出すことに相成った。
「このコ、料理の腕は最初っからあたしら以上みたいだからね! 屋台の商売は、まあ楽勝でしょ」
「とんでもありません。わたしはそれほど計算が得意ではありませんので、万が一にも屋台の稼ぎを損なわないように、力を尽くしたく思います」
そんな謙虚な言葉を述べながら、ランの末妹は意欲にあふれかえっている様子であった。本人も語らっていた通り、宿場町の人々と交流を深めることに大きな意義を見出しているのだろう。こういう娘さんであれば、宿の仕事を覚えるのに支障はないのではないかと思われた。
(森辺の女衆は、意外に人あしらいの上手い人間が多いからな。だから、ガラの悪いお客の多い《西風亭》でも問題はないって判断されたんだろう)
それに、森辺の女衆が屋台で働く姿は、もはや宿場町において日常の光景である。ユーミとルイアにはさまれて立ち並んだランの末妹は、勤務初日とは思えないぐらいしっくり馴染んでいるように見えた。
「そういえば、昨日シェイラが顔を出してくれたんで話を通しておいたんだけど、ルイアは会えたかな?」
「はい。昨日はあちらもお急ぎでしたので、また後日お話をうかがうことになりました。それまでに、あちらでもわたしのような人間の働き口があるかどうか、確かめてくれるそうです」
そう言って、ルイアは深々と頭を下げてきた。
「これで駄目なら、それはもうあたし自身の問題でしょう。アスタ、本当にありがとうございました」
「いやいや。ルイアの希望がかなうように、俺も陰から祈らせてもらうからね」
そうして俺は満ち足りた思いを抱えつつ、また自分の仕事場を目指すことになった。
昨日も一昨日もあちこちの氏族から訪れた女衆に血抜きをしていないギバ肉の扱いを手ほどきすることになったし、それは本日も継続される予定になっている。初めてファの家で手ほどきされることになったダイやレェンの人々などは、これでまたいっそう豊かな暮らしを手にすることができますと、涙をにじませながら喜びの気持ちをあらわにしてくれていた。
あとは昨日、フェイ=ベイムがナハムに逗留してから初めての出勤日であったので、その元気な姿に胸を撫でおろすことになった。自分自身に大きなイベントが存在せずとも、身近な人々が大きな変転を迎えて、そして大過なく過ごせているというこの状況が、俺にまで充足感を与えてくれるのだった。
そして俺にも、小さからぬイベントが控えている。
その日に屋台にやってきたラダジッドによって、ついにそのイベントの開催日が決定されたのだった。
「我々、ジェノス、撤退することになりました。よければ、3日後、出立しよう、思います」
「では、送別会は2日後ということですね? 承知いたしました。お別れするのは残念ですが、精一杯の心尽くしでお見送りさせていただきます」
このたびの送別会はルウの血族のみで執り行われる予定であったが、《銀の壺》と最初にご縁を結んだ張本人ということで、俺とアイ=ファだけはお招きされることがかなったのだ。
それはともかくとして――ラダジッドの言葉には、いささか引っかかるものが感じられた。
「ところで、撤退と仰いましたね。やっぱり望む通りの成果はあげられなかったということでしょうか?」
「はい。このまま時間、費やすよりも、王都ラオリム、立ち寄って、余剰の商品、売りさばくべき、判断しました。帰路、大回り、なりますが、損、少ないでしょう」
「東の王都ですか。お名前だけはかねがねうかがっていますが、まだそちらの出身の方々とはお会いしたことがないのですよね」
「ラオリムの民、いくぶん、閉鎖的です。遠出、控える気質ですので、出会う機会、少ないでしょう」
そんな風に言ってから、ラダジッドは切れ長の目に穏やかな光をたたえた。
「ただし、ゲルドの民、閉鎖的、同様です。それでも、アスタ、ゲルドの民、出会ったのですから、ラオリムの民、出会うこと、ありえるかもしれません」
「あはは。森辺にも閉鎖的と言われる氏族のお人らがいましたが、みんな素晴らしい方々ばかりでした。実際にお顔をあわせてみなければ、実情なんてわからないものですよね」
「はい。我々、それを知るため、旅の生活、愛しているのでしょう」
そんな言葉を残して、ラダジッドは立ち去っていった。
《銀の壺》とも、いよいよお別れの時だ。建築屋の人々との再会および送別が立て続きになるのも、もはや定例行事である。《銀の壺》は半年の区切りで行商のスケジュールを立てているため、毎年決まった時期にジェノスを訪れる建築屋といったん日取りがかぶると、それがしばらく継続されるようだった。
(だから、再会の喜びを立て続けに味わえる代わりに、お別れの寂しさも立て続けになっちゃうわけだな)
ならば、喜びの気持ちを増幅させて、寂しい気持ちを粉砕するしかなかった。
建築屋の方々は復活祭にも来訪する可能性が残されているが、《銀の壺》との再会は確実に10ヶ月後となってしまうのだ。俺は思い残すことのないように、ありったけの気持ちでラダジッドたちを見送る所存であった。
ラダジッドは主催者たるルウの面々に出立の日取りを告げたので、屋台の裏には喜びの賑わいがわきたっていた。それに参席できない小さき氏族の面々は、ちょっぴり羨ましそうなお顔になっている。その中からこっそり俺に呼びかけてきたのは、イベント大好き少女であるレイ=マトゥアであった。
「《銀の壺》の方々も建築屋の方々と同じように交流を深めていたのに、その片方しか祝宴でお見送りできないのは寂しいところですね。もちろん彼らはルウの血族たるシュミラル=リリンの同胞なのですから、しかたのないことなのでしょうが……」
「うん。今回も、ルウの血族をのきなみ集めるらしいからね。それにルウ家は、客人を呼ぶべき祝宴と呼ぶべきでない祝宴をきっちり分けていこうっていう方針だからさ」
そんな方針がより強固となったのは、やはりアイ=ファが収穫祭の力比べでジザ=ルウに深手を負わせてしまった一件であるのだろう。
ただし、アイ=ファはその日にもうルウの収穫祭には参じないと決断していたが、けっきょくは前回の収穫祭にもお招きされることに相成った。他にも多数の客人を招待するのにアイ=ファだけ忌避する理由はないと、力比べには参加しないという条件で参席が許されたのだった。
斯様にして、ルウ家は古い習わしにこだわっているわけではなく、その都度に最善の選択をしようと心がけているのだ。それで今回は血族のみで送別会を行うと決定し、例外的に俺とアイ=ファだけお招きしてくれたのだった。
(つまり、今はまだ血族だけでしっかりと《銀の壺》との絆を深めたい時期だってことなんだろうな)
シュミラル=リリンが森辺の家人となってから、およそ1年と7ヶ月。リリンの氏を与えられて、ヴィナ・ルウ=リリンと婚儀をあげてからは、およそ9ヶ月。すでにそれだけの歳月が流れていても、《銀の壺》がジェノスに逗留するのは1年半の間に2ヶ月のみであるのだ。ルウの人々は、そんな限られた時間の中でかなう限りの交流を深めようとしているのだろう。そんな大事な祝宴に招待していただけるのは、俺にとって望外の喜びであったのだった。
白の月の半ばを過ぎて、ほんの数日の間にずいぶん色々なことが起きたように思う。
しかし、日々是好日という印象に変わりはなかったし――それがどれだけ幸福なことであるかを、俺はおもいきり噛みしめたかった。