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異世界料理道  作者: EDA
第六十八章 躍る日常
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六氏族の会合③~晩餐~

2022.3/2 更新分 1/1

 ユーミの一件が片付いた後も、6氏族の会合は滞りなく進められていった。

 俺にとっては、家長会議と同じぐらい有意義な時間である。家長会議ほど大がかりな議題でなくとも、それはより生活に密着した議題ばかりで、きわめて興味深かったのだった。


「家長会議についても、俺は思うところがある。前回の家長会議で痛切に思い知らされたのだが……商売の切り盛りを女衆に任せている以上、もはや家長会議も男衆のみでは手に余るようになってしまったのではないだろうか?」


「ああ、俺もそのように考えていた。あの日もアスタとツヴァイ=ルティムなくして、商売の話は進められなかったからな。いっそのこと、すべての氏族が女衆を供として連れていけば、俺たちが思いつかないような議題が発せられることもあるやもしれん」


「うむ。商売というものが我々の生活の基盤に関わってきた以上、それを二の次にすることは許されまいな」


 ついにはそんな話まで持ち上がり、のちのち族長らに提言することが決定されたぐらいであった。

 それほどに、バードゥ=フォウたちは森辺の行く末について真剣に思案しているということだ。それを体感できたただけでも、この日の会合は俺にとってかけがえのないひと時であった。


 そうしてあっという間に時間が過ぎて、気づけば広間もずいぶん薄暗くなってきている。

 そこで母屋にやってきたのは、晩餐の支度をしてくれていたユン=スドラであった。


「アスタ。日没の半刻前となりました。そちらはいかがでしょうか?」


「あ、どうもありがとう。……申し訳ありませんが、俺はここで退席させていただいてもよろしいでしょうか?」


「おう! 俺たちのために、とっておきの料理を準備してくれるそうだな! 話を聞いてから、ずっと心待ちにしていたのだぞ!」


「はい。ちょっと思うところがありまして、家長のみなさんに是非ご感想をうかがってみたかったのです」


 俺はアイ=ファとの約束通り、ひと品だけでも自分の料理を出せるようにと頭を悩ませまくったのだ。

 ただ、その詳細をお伝えするのは、料理を食べてもらってからとなる。俺はアイ=ファを筆頭とする6名の家長たちに一礼し、かまど小屋を目指すことになった。


「アスタ、お疲れ様です。こちらの準備も、ぬかりなく進められていますので」


 そのように告げてくれたのは、アイ=ファの幼馴染であるサリス・ラン=フォウであった。

 その愛息たるアイム=フォウは、かまどから遠い場所に設えられた木箱にちょこんと腰かけている。バードゥ=フォウはアイ=ファと親交の深いサリス・ラン=フォウに本日の仕事を任命し、アイム=フォウには家で他の家人と過ごすかファの家のかまど小屋で大人しく過ごすかと選択肢を与えたのだという話であった。


「アイム=フォウも、お疲れ様。何も困ったことはなかったかな?」


 アイム=フォウははにかみながら、「うん」とうなずく。コタ=ルウよりも小柄であるが、可愛らしさではまったく負けていないアイム=フォウだ。出会った頃には赤ん坊そのものであった彼も、3歳の幼子に成長していたのだった。


 この場には、会合に参加した氏族の女衆が1名ずつ招集されている。フォウの家からはサリス・ラン=フォウ、ランの家からは本家の末妹、スドラの家からはユン=スドラ、ディンの家からはトゥール=ディン、リッドの家からは屋台の商売を手伝っているお馴染みの女衆という顔ぶれであった。


「アスタは何か、特別な料理を作りあげるそうですね。何かお手伝いは必要でしょうか?」


「いえ、大丈夫です。けっこう自信作ですので、みなさんも楽しみにしていてくださいね」


「はい。昨日から楽しみにしていました」と、ラッド=リッドと同じような言葉をとても穏やかな面持ちで告げてくれるサリス・ラン=フォウであった。


 俺は自分の作業に取り組みつつ、会合の内容を差しさわりのない範囲で伝えてみせる。すると、収穫祭が間遠になって祝宴の機会が減ってしまったというくだりで、ランの年若き末妹が「そうですよね!」と元気に声をあげた。


「わたしもずっと、収穫祭を心待ちにしていたのです! 半年が過ぎても、飛蝗の騒ぎに見舞われても、まだまだ森の恵みが尽きる様子はないと聞かされて……内心では、とても残念に思っていました」


「そうですよね。森の恵みが尽きないということは、それだけ狩人たちが力を尽くせるようになったという証左なのですから、きわめて喜ばしい話なのですが……収穫祭が間遠になってしまうことだけは、誰もが残念に思っていることでしょう」


 ユン=スドラがそのように応じると、他の面々も控えめに同意を示した。やはり本来的にはおめでたい話であるので、そこに不服を申し立てるのは遠慮が生じてしまうのだ。


「だから、空いた期間に何か祝宴を開けたらいいねっていう話に落ち着いたよ。きっと明日には家長たちから話を伝えられるだろうから、何か祝宴の材料でも思いついたらみんなも申告しておくれよ」


「はい! わたしも頭をひねってみます!」


 と、ランの末妹がまた力のある声をあげる。普段はこれほど賑やかな印象ではなかったのだが、初めてファの晩餐に参席するということで昂揚しているのかもしれなかった。


(案外、《西風亭》に家人を預ける話が実現したら、この娘さんが選ばれたりするのかもな)


 そんな想念を抱きつつ、俺は手早く作業を進めていく。たとえひと品でも13名分ともなれば、それほど時間に猶予はなかったのだった。


 ユン=スドラたちのほうは、至極順調な様子である。ギバ料理の香りと菓子の香りが入り混じり、俺の食欲中枢を刺激してくれる。アイ=ファには申し訳ないが、祝宴ならぬ通常の晩餐で余人の手料理を味わえるというのは、俺にとってひそかな楽しみであった。


 そうして半刻の時間が過ぎて、晩餐は完成する。

 俺たちがそれらを携えて母屋に戻ると、そちらでは最前までと同じく熱っぽい議論が交わされていた。


「晩餐の支度が整いました。まだお話のさなかであったでしょうか?」


「いや。今は先日の祝宴について語らっていたところだ。あの夜の宴料理を思い出して、いっそう腹が減ってしまったな」


 バードゥ=フォウが鷹揚に応じてくれたので、サリス・ラン=フォウも和やかな笑顔を返した。彼女はランの家から、バードゥ=フォウの子たる末弟に嫁いだ身であるのだ。

 そしてバードゥ=フォウの孫たるアイム=フォウは、母親の足もとでもじもじしている。その愛くるしい姿に、バードゥ=フォウが「どうしたのだ?」と笑いかけた。


「うん。きょうはだいじなひだから、じいのじゃまをしちゃいけないって……」


「ああ。大事な仕事は、無事に片付いた。アイムも立派に仕事を果たしたようだな」


 バードゥ=フォウが笑顔で手招きをすると、アイム=フォウはぱあっと顔を輝かせて、とてとてと突撃した。それを抱きとめたバードゥ=フォウは、他の家長たちに申し訳なさそうな笑顔を向ける。


「フォウだけ家人が多くなってしまって、申し訳なく思っているぞ。しかしアイムはまだ5歳に満たない幼子であるため、容赦を願いたい」


「何も文句などありはせんぞ! その幼子の母親は、アイ=ファにとってもっとも絆の深い人間だという話であるのだからな! さあさあ、お前さんはアイ=ファの隣に座るがいい!」


 ラッド=リッドのはからいで、サリス・ラン=フォウはアイ=ファの隣に座ることができた。アイ=ファは凛然とした面持ちを保ちつつやわらかい眼差しでその内心を表明し、サリス・ラン=フォウは幸福そうな微笑みでそれに応じた。

 他の家長らも車座の輪を大きくして、女衆らの座るスペースを空けていく。やはりこういう際には、同じ家の家人と並んで座るものであるのだ。結果、俺はアイ=ファとユン=スドラにはさまれることとなった。


「では、晩餐を始めようと思う」


 アイ=ファが食前の文言を詠唱し、残る12名がそれを復唱する。ヴァルカスたちを招いた合同勉強会以来の、賑やかな晩餐であった。


 ユン=スドラたちが準備してくれたのは、俺目線で言うと和風に寄ったラインナップである。主菜はギバ肉と野菜のミソ煮込み、主食は炊き込みシャスカ、汁物料理はタウ油仕立てのモツ鍋、副菜はシィマとギーゴの生鮮サラダに、ペレのピリ辛和えという内容だ。


「おお! この料理には、チャッチやプラやネェノンが使われているのだな! 昨日の晩餐でも口にはしているが、まだまだ食べ飽きてはいないのでありがたい限りだ!」


「うむ。俺はこのギーゴを生のままで食するのが好みであるので、また買いつけられるようになったことを喜ばしく思っている」


 陽気なラッド=リッドを筆頭として、誰もが満足そうに食事を進める。

 そんな中、ライエルファム=スドラが「そういえば」と発言した。


「アスタの準備した特別な料理とは、どれなのであろうか? 見た目では区別がつかないようだ」


「俺の料理は、こちらです」


 俺は13名分の料理がのせられた大皿を指し示してみせる。こちらは和風の要素も薄いので、俺としては浮いているように感じられるのだが、もちろん森辺で生まれ育った面々にはあずかり知らぬことである。


 俺が準備したのは、中華風の味付けを基盤にした創作料理であった。

 薄くスライスして調味液に漬け込んだギバ肉で、細長く切り分けたキュウリのごときペレとギャマの乾酪を巻き、それを串焼きに仕上げている。その最初の調味液が豆板醤のごときマロマロのチット漬けとショウガのごときケルの根とゴマ油のごときホボイ油を主体にしているため、それなり以上に強めの味わいであろう。そこにさらなる濃厚さと風味を加えるのが乾酪であり、しつこくなりすぎないように清涼感をもたらすのがペレであった。


「おお、これは強烈な味わいだな! しかし俺は、好みの味だぞ!」


「うむ。味は強いが、忌避するほどではない。香草の料理のように、やたらと辛いこともないようだしな」


「とても美味ですね。それほど辛くないので、これならアイムでも食べられるでしょう?」


「うん。すごくおいしい」


 老若男女のわけへだてなく、俺の料理は受け入れてもらえたようである。

 アイ=ファも嬉しそうに目を細めつつ、俺の料理を食べてくれている。そんな中、ユン=スドラがふっと考え深げな面持ちとなった。


「確かに、美味だと思います。でも、何か……アスタの普段の料理とは、いささか趣が異なっているように感じられます」


「うん。これは特別仕立ての料理だからね。何が特別なのか、ユン=スドラにわかるかな?」


「いえ……ただ、アスタにしてはずいぶん異なる味わいを重ねているような……そしてそれが、何かを覆い隠そうとした結果であるような……そんな心地にとらわれてしまうのです」


 そうしてユン=スドラに視線を向けられると、トゥール=ディンも「はい」とうなずいた。


「わたしも、同じような心地でした。こちらの料理では、赤のママリア酒も使われていますよね? 最近のアスタであれば、ニャッタの蒸留酒を使いそうなところですし……マロマロのチット漬けと合わせるのでしたら、ケルの根の分量はもっと控えるのではないかと思います。そして、それらの強い風味の裏に、どこか懐かしい風味が隠されているような……」


 そこまで言って、トゥール=ディンはハッと目を見開いた。


「ア、アスタ。もしかして、この料理は……血抜きをしていないギバ肉を使用しているのでしょうか?」


「なにっ!?」と目を剥いたのは、ラッド=リッドである。

 そして、アイ=ファとアイム=フォウを除く面々も、驚愕の面持ちとなっている。アイ=ファには血抜きを施していないギバ肉の確保のため、事前に詳細を打ち明けることになったのだ。


「こ、これが血抜きをしていないギバ肉で作られているというのか? まさか、そんなことはあるまい! 俺も長らく血抜きをしていないギバ肉などは口にしておらんが、しかしあの強烈な臭いを忘れたりはせんぞ!」


「ですが、トゥール=ディンの正解です。こちらの料理は血抜きをしていないギバ肉の臭みを隠すために、ちょっと強めの味に仕立てているのですよね」


「そうなのか……いや、俺にはさっぱりわからなかった。話を聞いた上でこの料理を食しても……うむ、やはりまったく臭みなどは感じられん」


 バードゥ=フォウも感心しきった面持ちで首を振っている。

 するとディンの家長が、鋭い眼差しを俺に向けてきた。


「では、何故にそのような料理を作りあげたのだ? まさか、俺たちを驚かせたかっただけではあるまい?」


「はい。昼間の会合でも、最近はギバの収獲量があがって、血抜きに成功したギバ肉でも森に返すことがあるというお話があがっていましたね。でも、生鮮肉や腸詰肉の販売を受け持つ期間だけは、別でしょう? 特に生鮮肉などはけっこうな量が必要となるため、おおよそは余所の氏族から肉を買いつける必要が生じるのだというお話をうかがいました」


「うむ。しかし町では倍以上の値段で肉を売り渡すため、それでも十分な富を得られていた。……そうか。血抜きに失敗したギバ肉で美味なる料理を作ることがかなうのであれば、自分たちはそれを食し、その分まで町で売るほうに回せるということか」


「はい。森辺の内でも、ギバ肉の値段は1頭で赤銅貨120枚ですからね。決しておろそかにはできない富であるはずです。また、血抜きをしていないギバ肉は臭みが強いだけで滋養に変わりはないのですから、それを食して悪いことはないでしょう?」


 俺は一昨日の夜から昨日の朝までかけてひねりだしたアイディアを、余すところなく語ってみせた。


「ただ、血抜きに失敗したギバ肉の調理法については、俺も一番最初にお伝えしたかと思います。もう2年ばかりも昔の話ですが、みなさん覚えておられるでしょうか?」


「無論、忘れるわけがない。塩を溶かした水で、ギバ肉を洗うというのであろう? ……ただし、当時のスドラの家はきわめて貧しかったので、塩を無駄に使う気にはなれず、けっきょく一度として手掛けることはなかった」


「うむ! リッドの家も、当時はファの家に肉を売る役割を担っていなかったからな! 血抜きに成功した肉だけで腹を満たすことがかなったので、そんな七面倒な真似はせずに済んでいた!」


「フォウの家はファの家に肉を売り渡していたが……それは自分たちの食する分を確保した上でのことであったので、やはり同様だ。肉を洗うために塩を使い捨てるというのは、どうにも惜しいように思えたしな」


「うむ。それに、ギバ肉を塩水で洗っても完全に臭みが取れるわけではないと聞いていたので、俺もけっきょく試そうという気になれなかった。……だが、こちらの料理にはいっさい臭みなど感じぬぞ」


 ディンの家長にうながされて、俺は解説を再開させた。


「それはあの当時より、調味料の種類が増えたためです。何せあの頃には、果実酒とミャームーとチットの実ぐらいしか臭み取りに使えそうな食材も見当たりませんでしたからね。血抜きをしていないギバ肉の臭みというのは本当に強烈なので、それだけでは用事が足りなかったのです」


「それが現在では、ここまで臭みを消すことが可能になったということか」


「はい。今回は完全に臭みを覆い隠すためにひときわ強い味付けにしましたが、もっと控えめな味付けでも臭みを気にならないていどに抑えることは可能だと思います。今回はまったく使用していませんが、シムの香草なんていうのは臭みを隠すのにきわめて有効でしょうしね」


 すると、ユン=スドラがちょっともじもじしながら発言した。


「これは、素晴らしい手腕だと思います。……でも、昨日の勉強会ではそんな試みも為されなかったですよね? アスタは勉強会を終えたあと、おひとりでこちらの料理を考案されたということですか?」


「うん。だって、まずはアイ=ファに血抜きをしていないギバ肉を準備してもらわないといけなかったからさ。ルウでの勉強会を終えたあと、ファの家で晩餐を作りながら色々と試してみたんだよ」


「ああ、なるほど……このように有意な試みに関われなかったことを、残念に思っています」


 と、ユン=スドラは珍しくもいくぶんすねたような眼差しで俺を見つめてくる。俺はかなう限りの誠意を込めて、「ごめんごめん」と謝ってみせた。


「せっかくだから、ユン=スドラたちにも家長たちと同じ驚きを分かち合ってほしいなって思ったんだよ。それに、この試みはまだまだ始まったばかりだからね。明日からは、みんなの力をお借りしたいと思っているよ」


「うむ。他の女衆とて助力はしていないのだから、ユンがすねる理由はあるまい」


「べ、別にすねてはおりませんけれど」と、ユン=スドラは顔を赤くしてうつむいてしまう。そちらに笑いかけてから、俺は話を締めくくることにした。


「森辺の内で肉を売買する分には、豊かさを分かち合っているようなものなので、そうまで早急に問題視する必要はないかと思います。でも、担当の氏族だけで商売用の生鮮肉を準備できるならそれに越したことはないかと思い、このような話を考案することになりました。みなさんにも有意と思っていただけるようでしたら、明日からの勉強会でさらなる研究に取り組もうかと思います」


「いや。これはきわめて有意な試みであろう。ゆえに、明日の朝にはすぐさますべての氏族に通達するべきであるように思うぞ」


 と、ライエルファム=スドラが意想外なほど強い口調でそのように言いたてた。

 俺はいくぶんびっくりしながら、そちらを振り返る。


「明日の朝ですか? でも、研究はこれからが本番ですので、そうまで急ぐ必要はないかと思ったのですが……」


「しかし現段階でも、血抜きをしていないギバ肉でこれだけ美味なる料理を作りあげることがかなうのだ。生鮮肉の商売というのは現在もなお継続のさなかであるのだから、その当番たる氏族にはすぐさま通達せねばなるまい」


 俺ばかりでなく、ラッド=リッドやランの家長もきょとんとした面持ちになっている。そんな中、バードゥ=フォウが穏やかな面持ちで発言した。


「ライエルファム=スドラは何故にそのように思うのか、説明してもらおう。まあ、俺には何となく見当がついたがな」


「うむ。先日の家長会議によって、俺たちは家人の人数に即した生鮮肉を準備することに相成った。それならば、同じだけの苦労で同じだけの富を得られるのだから、より公平であろうというアスタとツヴァイ=ルティムの提案からもたらされた話だ。……ただし、生鮮肉の商売には莫大な量のギバ肉が必要となるため、足りない分は余所の氏族から買いつけることが前提とされている。そうであったな、アスタよ?」


「はい。そのために、眷族はなるべく別々の組になるように取り計らったわけですね」


「うむ。フォウが当番の際にギバ肉が足りなければ、ランやスドラに助力を頼めるという次第だな。その際にはフォウからランやスドラに相応の銅貨が支払われるため、確かにこれならば血族同士で富を分かち合っている形になろう。また、眷族のないスンであっても、けっきょくは森辺のいずれかの氏族から肉を買いつけることになるので、森辺の民の得られる富というものに変わりは生じない」


 だからこそ、俺は早急に問題視する必要もないかと考えたのだが――ライエルファム=スドラは、異なる考えを持っているようであった。


「これは、実に公平なやり方であるように思える。ただ一点――家人の人数で準備する肉の量を定めるため、狩人の力量によって得られる富に差が生じるのだ。たとえば、ザザやドムなどの勇猛な氏族であれば、他の血族に頼ることなく必要な肉を準備することができるやもしれんが、ダイの家ではレェンの助力だけでは足りず、血族ならぬ氏族を頼ることになるやもしれん。また、スンなどは最初から眷族がないため、どうしたって血族ならぬ相手を頼ることになるわけだな。すると、力のあるなしで血族の得られる富に差異が生じるというわけだ」


「ふむ。しかし、力のある氏族がより大きな富を得るのは、当然のことではなかろうかな?」


 ラッド=リッドがそのように口をはさむと、ライエルファム=スドラは「そうなのだ」と大きくうなずいた。


「俺は、そこまで含めてこのやり方は公平であると感じていた。ザザとスドラで同じだけの肉を準備せよという話であれば、人数の多いザザにスドラがかなう道理はない。しかし、人数に即した肉を準備せよという話であるのだから、あとは力量の問題だ。より豊かな生を得るために、より強き力を求めようというのは、我々の気風に見合った話であるに違いない。……だからこそ、我々は同じ条件でその仕事に取り組まなくてはならんのだ」


「同じ条件とは、つまり……」


「この夜にアスタが提示した、血抜きをしていないギバ肉の扱いに関してだな。この場に集まったファを除く5氏族は、明日からでも血抜きをしていないギバ肉で美味なる料理を作りあげることができるかもしれん。さすれば、血抜きに成功した肉をすべて商売で使うことがかなうのだ。あまたある氏族の中で5氏族だけがそのような手段を得るのは、あまりに不公平であろう?」


「ああ、だからすぐさますべての氏族に話を通達するべきと言いたてておったのか! ずいぶんとまた、持って回った説明をしたものだな!」


「しかしそれだけ念入りに説明されたからこそ、俺もことの大きさを理解できた。確かにこの話を我々の間だけで留め置くことなど、決して許されまいな」


 ディンの家長は、きわめて厳しい面持ちでそのように言いたてた。


「我々は10日ごとに生鮮肉を売る商売を受け持つようになったので、次に当番が切り替わるのは3日後となる。もうこのたびの当番の氏族は商売用の肉をそろえた後であろうから、次の当番となる氏族……たしか、ラッツとミーム、ベイムとダイの4氏族か。その4氏族にはすぐにでも手ほどきをするべきであろうと思うが、アスタの側に問題はなかろうか?」


「は、はい。明日はファの家で勉強会ですので、そのときに来ていただければ……でも、これまでダイの方々をファに招いたことはないのですよね。ダイは家の近いルウの眷族から調理の手ほどきをされているのです」


「ダイの家に話を通した上で、あちらがファの家に参ずる必要はないと判じたならば、それはそやつらの決断だ」


「うむ! しかしそのように判ずることはありえまい! リッドとディンとて、その当番を受け持つ際には他の血族を頼る見込みであるのだからな! レェンしか眷族を持たぬダイの家に、血族だけで肉を準備することはできまいよ!」


「うむ。数十名分の家人の晩餐で使う肉を商売に回せれば、それは小さからぬ富になろう。それをみすみす逃すことはなかろうな」


 そんな風に語りながら、ディンの家長はまた鋭い眼差しを俺に向けてきた。


「しかし……アスタは何故にこのような話を思いついたのだ? ファの家でも血抜きをしていないギバ肉を食し、余所から買いつける肉の量を減じようという考えであるのか?」


「え? いえ、今のところその予定はありません。このように強い味付けの料理を毎日食べていたら飽きてしまうでしょうし、塩分や油分が過剰になってしまう恐れもありますからね。でも、生鮮肉の当番を受け持つのは2ヶ月置きに10日間ですから、それなら問題はないかと判じた次第です」


「ではやはり、アスタは自らの損得などとは関係なく、このような話を考案したのだな。……ダイとレェンは森辺において何かと後れを取ることの多い氏族であったが、またアスタのおかげで新たな力をつけることがかなおう」


 ディンの家長がそのように締めくくると、その場にはしばし沈黙がたちこめた。

 アイ=ファとライエルファム=スドラはどこか満足げな表情、バードゥ=フォウとランの家長と5名の女衆は感服の表情、そしてラッド=リッドは満面の笑みだ。その中から発言したのは、やはりディンの家長であった。


「先日の試食会というものにおいて、森辺のかまど番がどれだけ力量を上げたかは証明されたように思う。何せスドラやマトゥアの女衆は、アスタの料理を同じ完成度で作りあげてみせたというのだからな。しかし……やはりアスタというのは、森辺においても唯一無二の存在なのであろう。今日という日は、つくづくそれを思い知らされることになった」


「うむ。逆に言えば、アスタがそれだけ得難い存在であるからこそ、他の女衆らもこうまで力をつけることがかなったのであろう。かまど仕事の技量ばかりでなく、森辺の同胞に幸いをもたらそうという思いや、外界の人間とも絆を深めようという姿勢など……そういったものも確かに受け継がれているのだろうと、俺はそのように考えている」


 ライエルファム=スドラがそのように語らうと、まだいくぶん気恥ずかしそうにしていたユン=スドラが誇らしそうに微笑んだ。

 ディンの家長は「そうだな」と言って、かたわらのトゥール=ディンを振り返る。トゥール=ディンはもじもじとしながらも、ユン=スドラに負けない笑顔でそれに応えた。


「今日、アスタと語らえたことを、喜ばしく思っている。これからも、森辺のかまど番を正しき道に導いてもらいたい」


「はい。自分も力を惜しみません。……でもやっぱり、俺ひとりの力なんて微々たるものなのですよ。今だって、ライエルファム=スドラが言葉を添えてくれなかったら、すぐさま他の氏族に通達しようなんて考えつきもしませんでしたからね」


 そう言って、俺はその場にいるすべての人々に心よりの笑顔を届けてみせた。


「俺のほうこそ、みなさんと語らえてよかったです。そして、森辺の同胞になれたことを改めて嬉しく思っています。こちらこそ、これからもどうぞよろしくお願いいたします」


 その後は、比較的穏やかな話題で晩餐のひとときを過ごすことになった。

 サリス・ラン=フォウが同席しているためにアイ=ファもやわらかい表情をこぼすことが多く、アイム=フォウの愛くるしさがいっそう場を和ませることにもなったのだろう。最後にはトゥール=ディン特製の菓子が供されて、この楽しい晩餐を締めくくってくれた。


 食後に四半刻ほど歓談を楽しんだのちは、ついに帰宅の時間である。

 11名の客人たちは2台の荷車に分かれて、それぞれの家に帰っていく。それを見届けたアイ=ファは戸板にかんぬきを掛けて、土間で眠る家人たちの寝顔を愛でたのち、深々と吐息をついた。


「大過なく、今日の会合を終えることがかなったな。これもお前が我々の想像を上回るほどに尽力したゆえであろう」


「いやいや、俺としても本当に有意義な時間だったよ。よければ、次の機会にもまたお招きしていただきたいな」


「すべての家長が、それを望むことであろう。血抜きをしていないギバ肉の料理ばかりでなく、お前はさまざまな場面において有意な意見を語らっていたからな」


 そうしてアイ=ファは、凛然たる面持ちで俺を手招きしてきた。


「ファの家長として、お前の存在を誇らしく思っている。アスタよ、頭をこちらに」


「は。ありがたき幸せに存じます」


 俺は頭をくしゃくしゃにかき回されるべく、アイ=ファのほうに歩み寄った。

 するとアイ=ファのほうも気配を感じさせない足取りで足を踏み出し、俺の身をふわりと抱きすくめてきたのだった。


「油断をしたな、うつけものめ」


「ゆ、油断? これは俺がうつけもの扱いされる場面なんだろうか?」


「我々はむやみに触れ合ってはならない間柄であるので、その気配を察したならばお前は身を遠ざけるべきであるのだ」


「あんな居合の達人みたいな身のこなしで間合いに入ってきたくせに、よく言うよ」


「いあいとは何だ? 聞き覚えのない言葉だな」


 アイ=ファは咽喉で笑いながら、俺の胴体をきゅっと抱擁してきた。

 俺は苦笑を浮かべつつ、ひそかに心をかき乱されながら、アイ=ファの頭と肩に手をやった。


「どうしたんだよ? アイ=ファが感極まるような話でもあったかな?」


「お前はそれがわからぬほどに、成長を果たしているのであろうな。お前の何気ない言葉のひとつひとつが、我々に正しき道を指し示しているのだ。私はそれが誇らしくてならないし……お前がそれほどまでに同胞の存在を思いやっていることを、心から嬉しく思っている」


「そっか。俺が森辺の民の素晴らしさを知ることができたのは、みんなアイ=ファのおかげだけどな」


 そんな言葉を返しつつ、俺はアイ=ファの温もりと甘い香りからもたらされる多幸感で、どうにかなってしまいそうであった。

 しかしまた、それを上回るほどの充足感が、俺の胸を満たしてくれている。それは何だか、アイ=ファの抱いている感情が密着した肌を通して心の中にまでしみこんでくるような――そんな得も言われぬ感覚であった。


 そうしてその日は、会合を終えた後もなお大きな喜びの中で過ぎ去っていったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「ギーゴを生のまま食するのが好み」 と言ってるのはきっとバードゥ=フォウですね 最初のティマロとの晩餐会、あれから流れた時間を想像させられました
[良い点] ぐはっ、当てられてどうきが!(すき)
[一言] もしアスタが居合を説明できたら、更に飛躍した戦闘力が身に付くかと思いましたが森辺の狩人達に有用な技術ではない、と考え直しました。あれは対人に特化してるように思えますので。
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