六氏族の会合②~有意な語らい~
2022.3/1 更新分 1/1
そうして、2日後――6氏族の会合が行われる、白の月の18日である。
いつも通りに屋台の商売を終えて、帰り支度を整えていると、ユン=スドラが笑顔で呼びかけてきた。
「わたしはいったん家に戻って、下りの四の刻の半ごろにお邪魔いたします。どうぞよろしくお願いいたしますね、アスタ」
「うん。こちらこそ、よろしく」
当然というか何というか、ユン=スドラは本日の晩餐を準備するかまど番に任命されたのだ。
そうして俺たちが語らっていると、レイ=マトゥアが子犬のようにちょろちょろと駆け寄ってきた。
「こういうとき、ファとマトゥアの家があまり近くないことを残念に感じてしまいます! わたしもまたいつか、ファの家の晩餐にご一緒させてくださいね?」
「うん、もちろん。サウティとレイの逗留期間が終わったら、何か考えてみようね」
ユン=スドラは心から嬉しそうにしており、レイ=マトゥアは心から羨ましそうにしている。ただファの家で晩餐をともにするというだけで、彼女たちはこのように一喜一憂してくれるのだ。俺はなんだか、胸の中身をくすぐられているような心地であった。
(ユン=スドラとレイ=マトゥアなんて、毎日のように顔をあわせてるのにな。アイ=ファともどもそんなに慕ってもらえるなんて、光栄な限りだ)
そんな温かい気持ちを抱えながら、俺は帰路を辿ることになった。
ファの家に帰りついたのは、約束の刻限である下りの三の刻の、四半刻ほど前のことだ。母屋の前では半休で仕事を切り上げたブレイブたちが追いかけっこに興じており、俺に気づくと総出で出迎えてくれた。
「ブレイブとドゥルムアは、お疲れ様。ジルベとラムは、いい子にしてたか?」
俺は順番に、4頭の頭を撫でていく。ジルベとラムは少しずつ宿場町に下りる頻度が減っていき、最近では5日に1度ていどのペースになっていた。
それにしても、犬たちだけで遊んでいるというのは、なかなか珍しい光景である。俺が小首を傾げつつ母屋の戸板を開けると、そちらでは6名の家長たちが盤上遊戯に取り組んでいた。
「アスタも戻ったか。では、勝負もここまでだな」
「いや、待ってくれ! せめてこの勝負が終わるまで!」
アイ=ファと向かい合っているのはリッドの家長たるラッド=リッドで、その額にはデイ=ラヴィッツもかくやという深い皺が刻まれていた。ひさびさにアイ=ファと対戦して、ずいぶん熱くなってしまっているようだ。
が、俺がサンダルの帯を解いて広間にあがる頃には雌雄が決せられたらしく、ラッド=リッドは「ぬおおっ!」と雄叫びをほとばしらせることになった。
「やはりこのたびも勝てなかったか! 最後のこの一手で、逆転の目もあるかと思ったのだがな!」
「うむ。ラッド=リッドもずいぶん腕を上げたように思うぞ。ただ、アイ=ファがそれ以上の力量というだけのことだ」
そんな言葉でラッド=リッドをなだめつつ、バードゥ=フォウが俺に微笑みかけてきた。
「今日は世話になるぞ、アスタよ。家長会議のようにかしこまった会合ではないので、普段通りの気安さで語らってもらいたく思う」
「はい。どうぞよろしくお願いいたします」
盤上遊戯の道具が片付けられて、俺たちは改めて着席する。アイ=ファと俺が上座に陣取り、それを繋ぐ格好で車座が形成された。
本日の参席者は、バードゥ=フォウ、ランの家長、ライエルファム=スドラ、ディンの家長、ラッド=リッドという顔ぶれである。さまざまな出来事やイベントを経て、すっかりお馴染みとなった人々だ。
「では、始めるか。日没まで三刻もあれば、語り尽くせぬことはあるまい。ひとつひとつの議題をじっくり語らせてもらいたく思う」
そのように切り出したのは、やはりバードゥ=フォウであった。彼はランとスドラを子とする親筋の家長であるし、普段は城下町の会合にも同席する立場であったため、齢を重ねるごとに貫禄を増しているように感じられた。
ランの家長は実直なタイプで、やや柔軟性に欠けるきらいはあるものの、決して自分の都合を優先したりはしないので、その結果として苦労性に見えるお人柄であった。
ライエルファム=スドラは、今さら言うまでもないだろう。家人にとって、血族にとって、森辺の民にとって、人間にとって、何が一番重要で、何が一番正しい道であるのか。常々そんなことを思案しているのではないかと思えるぐらい思慮深くて、なおかつ大きな変化も恐れない、俺にとってはガズラン=ルティムと同じぐらい信頼できる人物であった。
いっぽうラッド=リッドは、ダン=ルティムに通ずる豪放さを持った御仁だ。外見も、ダン=ルティムに髪を生やして少しだけスリムにしたような風貌をしている。直情的で、まったく裏表のない気性をしているため、そういう意味では接しやすいお相手であった。
ディンの家長は、この中でもっともつきあいの薄いお相手であろうか。しかしそれでも、彼が気難しげな顔の裏に人間らしい温かみを有していることを、俺は十分に理解しているつもりである。彼が気難しげに見えるのは、それだけ家長という立場の責任を重くとらえているゆえなのであろうと思われた。
「ではまず、狩り場の状況について再確認をさせてもらいたい。かまど番たるアスタには関わりのない話であろうが、これは収穫祭に直結する議題であるのでな」
「はい。俺もファの家人として、近在の狩り場の状況を正しく把握したいと願っています。……みなさんの狩り場でも、まだ森の恵みが尽きる気配はないのでしょうか?」
「フォウの狩り場は、まだひと月以上ももちそうに感じられるな」
「ランの狩り場は、半月以上ひと月未満といったところであろうか」
「スドラの狩り場は、やはりひと月以上ももつように思う。ただし、5日に1度はスンの狩り場に出向いた上でのこととなる」
「リッドの狩り場は、半月ていどであろうかな! しかし最近は猟犬も増えたので、ひと月近くに及んでも不思議はないように思うぞ!」
「ディンの狩り場も、ひと月前後であろう。ただやはり、猟犬のおかげでそれよりも長引く可能性はあるかと考えている」
「ファの狩り場も、ひと月以上はもつように思う」
全員の報告が為されると、バードゥ=フォウは「ふむ」と思案顔になった。
「狩り場の状況に大きな差がないことは喜ばしく思うのだが……俺たちが収穫祭を行ったのは銀の月の半ばであり、休息の期間を終えてからはすでに7ヶ月以上も過ぎている。それでまだひと月ばかりも猶予があるとなると……今回は、8ヶ月以上も期間が空くことになってしまうようだな」
「うむ! 本来はおおよそ4ヶ月ごとに収穫祭を行っていたはずなのだから、倍以上も間が開くことになろう!」
「しかもこの6氏族の狩り場は、飛蝗の騒ぎで多少なりとも森の恵みが損なわれたはずだ。俺はあれで、収穫祭が早まるものと考えていたのだが……まったく影響はないようだな」
「うむ。おそらくはサウティ付近の狩り場が大きく損なわれたため、ギバそのものの数は増えている。また、猟犬が増えたおかげもあって、ディンの家はかつてないほどの収獲をあげているのだ」
「フォウとランとスドラも、それは同じことだ。ファとリッドはどうであろうか?」
「うむ。少なからず、収獲量は増えている」
「リッドも、格段に増えておるぞ! 血抜きに成功したギバ肉でも、ずいぶんな量を森に返すことになってしまっているしな!」
そんな風に言ってから、ラッド=リッドはぐりんとアイ=ファに向きなおった。
「ところで! アイ=ファはもともと1日に1頭や2頭のギバを狩っていたのであろう? それからさらに収穫量が上がったというのか?」
「うむ。1頭で収まる日はほとんどなく、日によっては3頭を収獲できることもある。ただファの家では商売のための肉が必要であるため、血抜きに成功した肉を森に返す事態には至っていない」
「1日に、3頭! たったひとりでそれだけの収獲をあげるとは、本当に大したものだ! やはり盤上遊戯の手腕というのは、狩人としての力量に大きく関わっているのであろうな!」
そんな風に言いたてて、ラッド=リッドはガハハと笑い声を響かせた。
それが収まるのを待って、バードゥ=フォウが言葉を重ねる。
「確かに我々は、以前に比べて倍以上の収獲をあげているように思う。であれば、森の恵みの尽きる時間が倍以上のびてもおかしくはない、ということなのであろうかな」
「うむ。前回の収穫祭などは、たしか半年ていどの期間であったはずだな。ルウもザザもそのていどの期間であったのだと聞き及んでいる」
「4ヶ月が半年に、半年が8ヶ月にのびたわけか! 俺たちはそれだけの仕事を果たしたということなのだから、これは誇るべき話であろう!」
ラッド=リッドが、今度は俺に向きなおってくる。
「それはひとえに、アスタと猟犬のおかげであろうな! 猟犬の力は言うに及ばず、アスタのもたらした美味なる食事と豊かな生活のおかげで、俺たちはそれだけの力をつけられたということだ!」
「いえいえ、実際に仕事を果たしておられるのは、狩人のみなさんであるのですから――」
「しかし、そうなのだ」と、ライエルファム=スドラが俺の言葉をゆったりとさえぎった。
「俺たちのように貧しかった氏族ほど、アスタの功績を強く実感できている。何せ、アリアやポイタンを買うことすらままならなかった俺たちが、今ではルウと変わらぬほどさまざまな食材を買いつけて、美味なる料理を食することがかなっているのだからな。アスタと出会う前と後では、倍ではきかないほど強い力で仕事を果たすことができているのだ」
「でしたらそれは、スドラの方々が本来の力を発揮できるようになったということですね」
「うむ。そしてそれを可能にしてくれたのが、アスタであるのだ」
ライエルファム=スドラの真っ直ぐな視線に、俺はずいぶんと心をかき乱されてしまった。
アイ=ファのほうをちらりとうかがうと、そちらは厳粛なる表情を保ちつつ、青い瞳を誇らしそうに輝かせている。
「アスタの成し遂げた功績は、あまりに大きい。実は先日の家長会議でも、俺はそういった話を取り沙汰したかったのだが、なかなか機会を得られなかった。それもあって、今日の会合にはアスタにも参席してもらいたかったのだ」
と、バードゥ=フォウまでもがそのように言いだした。
「収獲に関しては猟犬の力も大きいが、そもそも町でギバ肉を売るという手段を得られたからこそ、俺たちは猟犬を買えるだけの豊かさを得られたのだ。そして、猟犬を森辺にもたらしたシュミラル=リリンも、アスタの屋台を通じて知遇を得た相手であるのだから……もとを質せば、すべてアスタの功績ということだな」
「俺なんかは、ただのきっかけです。俺みたいな部外者を同胞に迎え入れて、正しい道を判じようとみなさんで頭を悩ませたからこそ、今の森辺があるのですよ」
「うむ。アスタに対する感謝は尽きないが、それだけで今日という日を終えるわけにもいかんからな。そろそろ話を進めることにしよう」
骨ばった細長い顔に優しげな表情をたたえつつ、バードゥ=フォウはそう言った。
「ランとリッドは半月ていどで森の恵みが尽きる可能性もあるという話であったが、それは今から調整することも可能であろう。残りの4氏族がランとリッドに力を添えて、こちらの狩り場となるべく近い時期まで森の恵みを守るのだ」
「うむ。前回も、そのように取り計らっていたからな。それで最後まで森の恵みが尽きなかったのは……やはり、ファの家であったろうか?」
「うむ。そちらと血の縁を持たぬ私は、けっきょく最後まで余所の狩り場に出向くこともなかったからな」
そこでアイ=ファは、「ところで」とつけ加えた。
「以前にも話した通り、ファの家においてはもうじきサウティやレイの人間を数日ばかり逗留させる予定であるのだ。そうすると、私の他に4名もの狩人がファの狩り場で仕事を果たすことになるため……さきほどの見込みよりも、森の恵みが尽きるのも遅くなりそうなところだな」
「そう、俺もそのように思っていたのだ。族長ダリ=サウティやレイの家長などは大層な狩人であるのだから、確実に影響が出ることだろう」
「では、アイ=ファも含めてその全員に、ランやリッドで仕事を果たしてもらえばいいのではないだろうか?」
「いや。サウティの血族は、ギバ寄せの実とギバ除けの実を同時に扱う新たな作法を確立させるためにやってくるのだ。であれば、私も仔細をわきまえているファの狩り場で仕事を果たしたく思う」
「しかし、ファの家だけ森の恵みが守られてしまうと、ともに収穫祭を行うことも難しくなってしまおう」
「それはいかん! 今さらファの家だけ収穫祭から外れることなど、俺は決して容認できんぞ!」
アイ=ファは苦笑をこらえているような面持ちで、いきりたつラッド=リッドに向きなおった。
「私とて、ともに収穫祭を行う喜びを手放したくはない。サウティやレイの者たちを逗留させるのは5日ていどの期日であろうから、その後に私が余所の狩り場に出向けばいいのではないだろうか?」
「おお! アイ=ファとともに仕事を果たせるならば、なんの文句もありはしないぞ! ひとりで3頭ものギバを狩るという手腕を、是非この目で見届けたく思う!」
「うむ。私もダリ=サウティらのおかげで、ようやく余人とともに仕事を果たすことに慣れてきたように思う。みなに血抜きの手ほどきをしていた頃よりは、確かな力を見せることもかなおう」
「いや、アイ=ファはあの頃から大した力量であったがな。しかしあの頃は猟犬もいなかったので、今はそちらの手腕も気になるところだ」
俺はきっと、さきほどのアイ=ファと同じような眼差しになっていることだろう。俺もアイ=ファも自らが賞賛されるよりも、大事な相手が賞賛されることに深い喜びを感じる人間であったのだった。
「それにしても、ギバというのは際限なくわいて出るものだな。正直なところ、俺はこれだけ収穫量があがると、ギバを狩り尽くしてしまうのではないかという懸念を抱いていたのだ」
「ああ、俺もそのように思っていたが、ギバの数は減る気配もないな。狩り場の外にはどれだけのギバが隠れ潜んでいるのかと、想像したら恐ろしくなるほどだ」
「それだけモルガの森が、広大であるということであろう。俺たちが狩り場にしている場所など、母なる森の手の平ていどの大きさであるのかもしれんな」
そう言って、ライエルファム=スドラは透き通った眼差しを俺とアイ=ファに向けてきた。
「そして今ごろは、もういっぽうの手の平で聖域の民たちがギバ狩りの仕事を果たしているのやもしれんのだな。……あやつらが健やかに過ごしていることを願おう」
「うむ」と静かな面持ちで応じつつ、アイ=ファは広間の壁際に設えられた棚へと目をやった。そこにはリコからプレゼントされたティアの木彫りの人形が、俺たちの姿を見守ってくれているのだ。
「では、狩り場と収穫祭については、ここまでか。また5日後あたりにおたがいの狩り場の状況を確認し、その具合によってランとリッドに力を添えることとしよう」
「そうだな。しかし、《銀の壺》の送別会というのは、いつ開かれるのであろうな。それによって、サウティとレイの者たちがやってくる日取りも決められるのであろう?」
「はい。本当なら、昨日あたりが出立の予定日だったのですけれど、どうにも商売が難航しているようです」
「城下町の、贅沢を禁ずる風潮というやつか。それもようやく見直されてきたという話であったな?」
「はい。ディンの家にも、お茶会の依頼があったのですよね? ルウの家も、サトゥラス伯爵家から晩餐会の依頼があったそうです。それも《銀の壺》の送別会を終えた後という話に落ち着いたようですが」
「ルウの血族は、祝宴続きだな! まったく羨ましいことだ!」
そんな風に言ってから、ラッド=リッドはぎょろりと大きい目で俺たちを見回してきた。
「より強き力でギバ狩りの仕事を果たせるというのは、何より得難きことであろう! しかしただ一点、収穫祭が間遠になってしまうことだけが心残りであるのだ! 4ヶ月にいっぺんの祝宴が8ヶ月にいっぺんに減じてしまっては、あまりに物寂しかろう!」
「ラッド=リッドとて、建築屋の送別会に招かれていたではないか」
「うむ! あれは実に、愉快な祝宴であった! 南の民というのは、みんな愉快な人間であるしな! ……しかし、すべての氏族が集められる祝宴と6氏族で行う祝宴では、まったく意味合いが異なってこよう! 俺はもっともっと、この6氏族で絆を深めたいのだ!」
「そうだな」と賛同したのは、意外というべきか当然というべきか、ライエルファム=スドラであった。
「ああいった祝宴には、立場のある者や若い人間が優先して招かれる。そうすると、幼子やその面倒を見る女衆などは、どうしても後回しにされてしまおう。それに、本家の家長と長兄のどちらかは、どうしても家を守ることになってしまうしな」
「そう! ああいった祝宴の得難さは、俺とてしっかりわきまえている! しかし、すべての家族が参じられる収穫祭などとは、どうしたって趣が異なるのだ! 俺はどちらの祝宴も、同じぐらい大事だと思っているぞ!」
「確かにな。しかし、理由もなく祝宴を開くことはできまいし……アスタに何か妙案はないだろうか?」
いきなりバードゥ=フォウに水を向けられて、俺は「え?」と目を丸くすることになった。
「いや、さまざまな祝宴に関わってきたアスタであれば、俺たちよりも深い見識を持ち合わせているだろうと思ってな。こういう際に意見を聞くために、アスタに同席を願ったのだ」
「そうですか。まあ、祝宴を開く理由といえば……やっぱり、親睦の祝宴でしょうね。ルウ家では、たびたび町の人たちと親睦を深めるための祝宴を開いておりますし」
「ふむ。しかし俺たちが、どういった客人を招くべきであろうか?」
「それはやっぱり、宿場町の方々ではないでしょうか? ジョウ=ランとユーミを軸にすると、考えやすいように思います」
「ジョウ=ランとユーミを?」と、ランの家長が眉を下げてしまう。
そちらを笑顔でなだめつつ、俺は言葉を重ねてみせた。
「以前もユーミと理解を深めるために、婚儀の祝宴や収穫祭に招待していたでしょう? それで、収穫祭は7ヶ月も開かれていないため、ユーミもそれ以降はフォウの集落で行われる祝宴に参じていないことになるのですよね。それならいっそのこと、ユーミと親睦を深めるための祝宴を開いてみてはいかがでしょうか?」
「いや、しかし……まだユーミの嫁入りが決定したわけではないし……」
「そこでおたがいの気持ちを見定めさせるために、祝宴が有用なのであろうが? 血族ならぬ我々もランの友として、その祝宴に参じさせてもらいたく思うぞ!」
ラッド=リッドがうきうきとした調子で言いたてると、ランの家長はいっそう眉を下げてしまう。それにつれて、俺もめいっぱいの笑みを振りまくことになった。
「さすがにユーミと親睦を深める祝宴と銘打っては、本人も腰が引けてしまうでしょう。ですから、ユーミの友人を含めた宿場町の人々と親睦を深めるための祝宴にしてみてはどうかと思います。ルウだって特別な理由がなくとも親睦の祝宴を開いていたのですから、何も不自然なことはないでしょう」
「確かに、ジョウ=ランの一件があるだけで、こちらのほうがより自然であるやもしれんな」
バードゥ=フォウは薄く笑いながら、ランの家長の肩を叩いた。
「我々とて、これが正しき婚儀となるのか、誰よりも厳しい目で見定めなければならんのだ。そのためには、ユーミ自身と絆を深める必要があろう。ジョウ=ランの親たちも、きっとそのように望んでいるはずだ」
「うむ……まずは分家の家長らと語らいたく思う」
そんな感じで、祝宴についてはいったん保留という形に落ち着いた。何にせよ、現在は収穫祭の時期が迫りつつあるのだから、その間を埋める祝宴というのは数ヶ月後の話となるのだ。もしかしたら、その頃にはすでにユーミとジョウ=ランも婚儀をあげているかもしれないし――と、俺はそのように考えていたが、ランの家長が気の毒であったので、発言は差し控えておいた。
「そういえば、婚儀の祝宴で思い出したが……フォウとスドラにはもう一件、嫁入りの話があったのではなかったか? スドラからジョウ=ランへの嫁入り話が潰れた際に、もう一件は滞りなく進めば幸いと念じた覚えがあったのだが」
ディンの家長がそのように言いたてると、バードゥ=フォウは落ち着いた面持ちで「うむ」と応じた。
「そちらの婚儀に関しても、取りやめられることになったのだ。ジョウ=ランのようにおかしな顛末ではなく、おたがいの心情がうまく合わさらなかったのでな」
「やはり、そうであったか。血族ならぬ我々にはゆかりのない話だが、よければどのような顛末であったのかを聞かせてもらいたく思う」
「うむ。あの頃は血族ならぬ相手との婚儀という話も持ち上がっていなかったため、我々はとにかく年頃の相手をすべて見合せようという考えであったのだ。スドラの若い男女はすべてフォウおよびランの家人と婚儀をあげさせて、かなう限りの絆を深めたいという思惑もあった。……しかし、血族ならぬ相手との婚儀が許されるのなら、無理に婚儀をあげる必要もあるまい? 婚儀の約定を取りつけていたフォウの男衆とスドラの女衆もそうまで乗り気ではなかったため、おたがいの心情を確認した上で、その約定は取り消されることに相成ったのだ」
「では、フォウとランの女衆がそれぞれスドラに嫁入りを果たしただけで、スドラの女衆はふたりとも婚儀をあげずに終わったわけか」
「うむ。スドラとの絆は、それで十分に深まったと考えている。スドラの女衆らも、まだまだ婚儀を急ぐ齢でもないのでな」
ライエルファム=スドラも、無言でうなずいている。ユン=スドラともう1名の若い女衆は、こういった家長たちの裁量によって健やかな生を歩んでいるのだった。
「血族ならぬ相手との婚儀か。ドムとルティムに続いて、フォウとヴェラ、ベイムとナハムにそういった話が持ち上がっているわけだな」
「それでも森辺の同胞が相手であれば、さしたる苦労はあるまいよ」
と、ランの家長が嘆息をこぼす。その姿に、ラッド=リッドがまた陽気な笑い声を響かせた。
「お前さんは、いつまで経っても覚悟が決まらんようだな! 族長のドンダ=ルウなどは、外界の民であった人間に長姉の嫁入りを許したのだぞ! 今さら二の足を踏む理由はあるまいよ!」
「いっそ自分の子であったほうが、覚悟も決まるのかもしれんな。それに俺は親筋の人間でもないため、そちらに対しても申し訳なさが生じてしまうのだ」
なんだかまるで、中間管理職の悲哀めいた様相であった。
それを励ましたのは、当のバードゥ=フォウである。
「お前に罪のある話ではないと、俺はなんべんも言い置いているであろうが? それに、外来の民であったアスタやシュミラル=リリン、それにジーダ家の者たちというのも、森辺に新たな活力をもたらした存在であろう。俺たちもユーミを家人に迎えれば、いずれアイ=ファやドンダ=ルウと同じ誇らしさを抱けるやもしれんぞ」
「ううむ。しかしアスタたちは、最初からひとかどの人間であったわけだしな……」
「そんなことはありません」と、俺はすかさず口をはさんでみせた。
「シュミラル=リリンやジーダたちはともかく、俺なんてこの大陸の道理さえわきまえていなかった人間なのですよ? それを同胞に迎え入れて、正しく導いてくれたのは、アイ=ファを筆頭とする森辺のみなさんです。ユーミが心から森辺への嫁入りを願い、ジョウ=ランがそれを迎え入れようと決断できたなら、きっと間違った結果にはならないはずです」
ランの家長は、いささかならず驚いた様子で俺を見返してきた。
そして、アイ=ファとライエルファム=スドラを除く3名も、同じような表情になっている。
「アスタよ、俺は……アスタを怒らせてしまったのだろうか?」
「え? いえ、べつに怒ったつもりではないのですが……ユーミは俺にとっても大事な友ですので、彼女が立派な人間であることを知ってほしいと願っただけです」
「そうか。今のアスタの言葉には、狩人と見まごう力が込められていた。アスタには、そのような一面もあったのだな」
「ランの家長は、アスタのこういった気迫を目にするのも初めてであったのか? アスタはこれまでにも、何度となくこういった姿を見せていたように思うぞ」
ライエルファム=スドラがそのように言いたてると、ランの家長は「そうか」と微笑んだ。
「俺はまだまだ、アスタとの交流が足りていないということだな。……アスタよ、俺はジョウ=ランの行状に頭を悩ませるあまり、お前の友たるユーミに礼を失した言葉を吐いてしまったやもしれん。俺も決してユーミの存在を軽んじているわけではないので、どうか許してもらいたい」
「いえいえ、とんでもありません。俺のほうこそ、失礼な態度であったのならお詫びいたします。ただ……ランの家長にはもっともっとユーミと絆を深めて、彼女の魅力を知っていただきたく思います」
「そうだな。それこそフォウやヴェラのように、ユーミをランの家に逗留させたいほどだ。だが、あちらには宿屋の仕事もあるため、なかなか難しいようだな」
ランの家長のそんな言葉に、ラッド=リッドが「ふむ?」と太い首を傾げた。
「ランの家長よ。たしかジョウ=ランは、いずれ宿屋の仕事を手伝えるようにと、何度かあちらで手ほどきを受けていたのではなかったかな?」
「うむ。それはその通りだが……よもや、ユーミを預かる代わりにジョウ=ランをあちらに預けるなどという話ではあるまいな?」
「いやいや! ジョウ=ランほどの狩人を、そう何日もギバ狩りの仕事から外すことはできまい! その代わりに、ジョウ=ランとゆかりの深い女衆でもあちらに預けてみてはどうかと思ってな!」
それはずいぶんと、意想外な申し出であった。
しかしランの家長は、思案顔で「ふむ」と下顎を撫でさする。
「ジョウ=ランの家に、そうまで自由のきく女衆は残されていないのだが……ともあれ、ランの家人であればその役目を果たせそうなところだな」
「ランの家人を、宿場町の宿屋に預けようというのか? それはずいぶん……思い切ったことを考えるものだな」
ディンの家長がうろんげに発言すると、ランの家長は考え深げに「うむ」とうなずいた。
「まあ、考えついたのはリッドの家長だが……それぐらいしなければ、理解を深め合うことは難しいように思うのだ。《西風亭》の人間はもっと森辺について知るべきであろうし、ランの人間は宿場町について知るべきであろう。ルウ家のジーダたちなどは、1年以上も森辺の集落に住まった上で、ようよう森辺の家人となる覚悟を固められたのであろうしな」
「うむ。まずはランの家人を数日ばかり《西風亭》に預けて、ユーミの代わりが務まるものかどうか、確認するべきではないだろうか? しかるのちに、ユーミを数日でもランの家で預かることがかなえば、ずいぶん絆を深めることがかなおう」
バードゥ=フォウまでもがそのように言い出したため、ランの家長はいよいよ覚悟を固められた様子であった。
俺にとっては、まったくもって意想外の成り行きであるのだが――反対する理由は、微塵もない。むしろ、そんな話が実現されることを心から祈りたい心境であった。
(まあ、ユーミが聞いたらひっくり返っちゃいそうだけどな)
そんな感じに、小さき氏族の会合は粛々と進行されていったのだった。