表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界料理道  作者: EDA
第六十七章 白の月の四つの催事
1163/1682

送別の祝宴⑤~今日という日の幸福~

2022.2/16 更新分 2/2

・本日は2話同時更新です。読み飛ばしのないようにご注意ください。

・今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。

・本日より新作を公開いたしました。ご興味をもたれた御方はよろしくお願いいたします。

(https://ncode.syosetu.com/n3393hk/)

「祝宴をお楽しみのさなか、本当に申し訳ありません。ましてやアスタは取り仕切り役のひとりであり、建築屋の方々を歓待していたさなかであったのに」


 広場の賑わいから遠ざかり、無人であろう分家の母屋の前で歩を止めるなり、フェイ=ベイムはそのように語り出した。


「ただ、明日からはこちらも慌ただしくなり、なかなか話をお伝えする機会も得られないかと思い……このように、多忙なアスタを呼びつけることになってしまいました。決して長くはお引き止めしませんので、どうかご容赦ください」


「いえいえ、まったくかまいませんよ。それで、いったいどのようなお話なのでしょうか?」


 俺がそのように水を向けると、フェイ=ベイムは四角いお顔を真っ赤にしてしまった。


「実は、わたしは……明日からナハムの家に逗留することになったのです」


「あ、なるほど。それはつまり、モルン・ルティム=ドムがドムの集落に逗留していたのを見習ってということですね?」


 蚊の鳴くような声で「はい」と応じてから、フェイ=ベイムは意を決した様子で面を上げた。


「ですが、屋台の商売はこれまで通りにお手伝いしたく思っています。荷車の扱いに変更が為されるため、他の方々には小さからぬご迷惑をおかけすることになってしまうやもしれませんが……それはこちらで取り計らいますので、どうかお許しをいただけますでしょうか?」


「もちろんです。マルフィラ=ナハムが毎日出勤する関係で、ナハムには荷車が常備されていますからね。何も面倒なことはないように思いますよ」


 温かい気持ちを胸の中に抱えながら、俺はそのように答えてみせた。

 実のところ、フェイ=ベイムがあまりに緊迫した様子であったので、俺はすぐにでもモラ=ナハムと婚儀をあげるというような話を聞かされるのではないかと思っていたぐらいであったのだが――フェイ=ベイムにとってはナハムの家に逗留するというだけで、十分に大ごとであるのだろう。そしてそれを一刻も早く俺に伝えようというフェイ=ベイムの義理堅さが、俺にはとても好ましく感じられた。


「ヴェラやフォウなんかだと、男衆も女衆もおたがいの家に逗留していますよね。モラ=ナハムがベイムの家に逗留したりはしないのですか?」


「はい。モラ=ナハムには、かつての伴侶が遺した幼子がいますので、それを残して家を離れるべきではないという話に落ち着きました。ただし、数日に1度は幼子を連れてベイムの家に逗留するべきではないかと……家長らは、そのように言っています」


「あ、なるほど。モラ=ナハムは伴侶に先立たれていたのですよね。……もしもフェイ=ベイムとモラ=ナハムが無事に婚儀をあげる運びとなったら、俺も心からお祝いをさせていただきます」


 俺がそのような言葉を告げるとフェイ=ベイムはますます真っ赤になってしまったが、まるで何かの勝負であるかのように目をそらそうとはしなかった。

 それで俺は、心の片隅に残されていたささやかなる疑問をぶつけさせていただくことにした。


「おふたりの話は家長会議でも取り沙汰されていましたので、俺もずっと気にかけていました。それがこの時期になって話を進められたというのは……やはり、レビとテリア=マスの婚儀の影響なのでしょうか?」


「……アスタには、すっかり見透かされてしまっているようですね。そうです、わたしはあの方々の婚儀でひどく胸を揺さぶられてしまったのです」


 フェイ=ベイムはぎゅっと握った拳を自分の胸もとに押し当てながら、そう言った。


「わたしはひそかに、フォウの集落に逗留しているヴェラの女衆とも言葉を交わしていたのですが……そちらでは、そうまで心を揺さぶられることもありませんでした。あちらの方々はごく純然に情愛を育んでおり、婚儀に向けて力を尽くすことにも何ら迷いを抱いていないご様子でしたので……自分の境遇と重ね合わせることが難しかったのかもしれません」


「なるほど。レビたちの境遇には、何か通ずるものがあったのでしょうか?」


「実際には、何も通じていないのでしょう。ただ一点、婚儀に大きな迷いを抱えているということを除けば。……ですが、あの方々はそういった迷いや不安を振り切って、想いを成就させることがかないました。その姿に、わたしはひどく心を揺さぶられてしまったのです」


 フェイ=ベイムはどこか泣くのをこらえるような表情になりながら、そう言った。


「ファの家でモラ=ナハムに心情を打ち明けられて以来、わたしはずっと迷っていました。その後、あの御方やナハムの家の行状を深く知るにつれ、わたしの迷いはさらに深まってしまったのです。わたしはこのように立派な男衆の伴侶に相応しい人間であるのか……先の伴侶と比べられて、ひどく失望されてしまうのではないのか……母を失った幼子が、わたしを新たな母と認めてくれるのか……考えれば考えるほどに、わたしの迷いは深まっていきました。ですが、それでも心情を打ち捨てられないぐらい……わたしもいつしか、モラ=ナハムに心をひかれてしまっていたのです」


「そうだったんですね。でも、ついにナハムの家に逗留される覚悟を固められたのなら、ご立派だと思います。おふたりの気持ちが成就されるように、俺も陰ながら祈らせていただきます」


「……アスタは、反対なさらないのですね?」


「俺に反対する理由はありません。昔から懇意にさせていただいているフェイ=ベイムとマルフィラ=ナハムが義理の姉妹になるなんて、考えただけで楽しい心持ちですね」


 フェイ=ベイムは思い詰めたような表情を消し去り、ただ「ありがとうございます」とだけ言った。

 その目には、わずかに白いものが光っている。


「決して屋台の仕事をおろそかにしたりはしないとお約束しますので、その点だけはご安心ください。……では、あちらに戻りましょう。100を数える前にという約定を、大きく破ってしまいました」


「まったくかまいませんよ。フェイ=ベイムのお気持ちを聞かせていただけて、本当に嬉しく思っています」


 滅多に笑顔を見せないフェイ=ベイムはぎこちなく微笑みながら、身をひるがえした。

 それを追いかけて広場に戻ると、アイ=ファやおやっさんたちは菓子の卓から少し離れたところで輪を作っている。菓子を求めて押し寄せる人々に場所を譲ったのだろう。ラヴィッツやナハムやベイムの人々も、さっきと同じ顔ぶれが全員居残っていた。

 モラ=ナハムは無表情に目礼し、デイ=ラヴィッツは苦々しげに額に皺を刻んでいる。リリ=ラヴィッツはにんまりと微笑み、フェイ=ベイムの父親たるベイムの家長は――なんとも言えない面持ちで、娘の帰りを待ち受けていた。


「お待たせしてしまって、申し訳ありません。それじゃあ、かまどを巡りましょうか」


「いや。その前にひと騒ぎあるみたいだぞ」


 アルダスが親指で、広場の中央を指し示す。儀式の火の周りから人が遠ざけられて、そこに何名かの若衆が進み出たところであった。


「それじゃあ、踊りの刻限だってよー。こいつは求婚の舞とは関係ねーから、みんな好きに踊ってくれ」


 そのように語ったルド=ルウが、景気よく横笛を噴き鳴らす。そこに音色を重ねるのは、ジョウ=ランを筆頭とする各氏族の若衆であった。

 いったん中央から遠ざかった人々が、我先にと儀式の火を取り囲む。そうして陽気な音楽に合わせながら、彼らは楽しそうに踊り始めた。


「こりゃいいや。俺たちもひと汗かいてくるか」


「ああ。見てるだけじゃあ、もったいないからな」


 アルダスとメイトンは嬉々として、そちらの輪に加わっていった。

 そしてフェイ=ベイムは、決然とモラ=ナハムの長身を仰ぎ見る。


「モラ=ナハム。わたしたちも、いかがでしょうか?」


「うむ? ……しかし俺は、町の踊りなど何ひとつわきまえていないのだが……」


「それは、わたしも同様です。何も無理に手足を動かす必要はないのだと、わたしはそのように教わりました」


 フェイ=ベイムの言う通り、こういった場に特別な決まりや型などは存在しない。中にはただ楽しそうに笑いながらぐるぐると練り歩いているだけの人々もあるのだ。

 やがてモラ=ナハムは覚悟を固めたように、フェイ=ベイムとともに足を踏み出す。その大きな背中を見送りながら、デイ=ラヴィッツは深々と溜息をついた。


「ナハム本家の跡継ぎが、まったく厄介な相手を見初めてしまったものだ。……お前は本当に、娘をたしなめるつもりはないのだな?」


 ベイムの家長は「ない」と即答した。


「俺も厄介だとは思うが、それを担うのが家長の責任というものであろう。まずはフェイの覚悟を見守りたく思う」


「ふん。……これもお前たちが、森辺の習わしをさんざんかき回してくれた結果だな」


 デイ=ラヴィッツが、ぎろりと俺とアイ=ファをねめつけてくる。

 しかしアイ=ファは、静かな表情でそれを見返した。


「しかし、血族ならぬ相手との婚儀というのも、家長会議で認められた行いだ。ガズラン=ルティムの弁によれば、これもまた正しき道なのであろうしな」


「ふん。そちらのかまど番が余所の女衆に懸想でもすれば、そんな取りすました顔もしておられなかろうな」


 そんな憎まれ口を叩きながら、デイ=ラヴィッツはリリ=ラヴィッツを引き連れてどこへともなく立ち去っていった。

 アイ=ファは頬を赤くしたりもせず、ただ静謐な表情を保っている。デイ=ラヴィッツの言うようなことは、天地がひっくり返ってもありえない――と、信じてくれているのだろう。俺は、アイ=ファがそのように信じてくれていることを信じていた。


「さて、おやっさんはどうします? 踊りに加わるのでしたら、ご一緒しますよ」


 俺がそのように声をかけると、おやっさんは「何を抜かすか」と目を剥いた。


「踊りたいなら、アイ=ファと踊れ。俺はのんびり見物させてもらう」


「それじゃあ、俺たちもご一緒します。あちらの敷物が空いたようなので、腰を落ち着けましょうか」


 アイ=ファの提示したタイムリミットにはまだ猶予があるはずであるし、さすがにおやっさんひとりを残して休憩する気持ちにはなれない。そして何より、俺自身もみんなの楽しげな姿をじっくり見物していたかった。


 アイ=ファとおやっさんにはさまれながら敷物に腰を落ち着けると、本当に演劇でも鑑賞しているような気分になってくる。それぐらい、儀式の火の周囲を回りながら踊る人々の姿は、幻想的で美しかった。


 踊っているのは、やはり若い人間が多いようだ。それで未婚の女衆は宴衣装であるため、その玉虫色のヴェールやショールがもっともその場を豪奢に飾っていた。

 その中に入り混じる建築屋のメンバーは、手に手に果実酒の土瓶や酒杯を掲げており、本当に楽しそうだ。アルダスやメイトンばかりでなく、かなりの人数がそちらに加わっているようであった。


 ララ=ルウは軽くステップを踏みながら、シン=ルウと一緒に炎の周囲を回っている。マイムとジーダはのんびりと歩いているだけだが、とても微笑ましい姿だ。それに、ミダ=ルウとマルフィラ=ナハムもひょこひょこと歩いており、ナハムの末妹が子犬のようにその周囲でステップを踏んでいた。

 子犬といえば、いつしかディアルとラービスもその輪に加わっている。彼女たちは舞踏会のようなステップを踏んでおり、森辺の若い夫婦や未婚の女衆同士がペアになってそれを真似ているのが、ものすごく新鮮な光景であった。


 ルド=ルウたちは、宿場町で習い覚えた横笛の楽曲を次から次へと披露していく。時にはそこに、女衆の歌声が入り混じることもあった。ファの近在では、歌を習い覚えた女衆も少なくはないのだ。そういえば、そのきっかけとなったユーミの歌声も、ここ最近はすっかりご無沙汰であった。


 と――ずいぶん近くから笛の音が聞こえるような気がしてそちらを振り返ると、広場の外周のかがり火のそばで横笛を吹いているラウ=レイの姿があった。

 そのかたわらではヤミル=レイがしゃがみこみ、自分の膝に頬杖をついている。きっと身体を動かすことを嫌うヤミル=レイのために、ラウ=レイはその場に留まっているのであろう。かがり火の明かりの演出なのか、そんな何気ない姿もなんだかおとぎ話のワンシーンめいていた。


「本当に……森辺の民というのは、力にあふれかえった一族だな」


 おやっさんが、ふいにそんなつぶやきをもらした。


「さきほどアルダスたちも言っていた通り、俺たちがジェノスを訪れるたびに、お前さんたちは大層な騒乱に巻き込まれているように思える。そして、俺たちのいない場でも騒乱の連続だというのも、きっと本当のことだろう」


「はい。でもララ=ルウの言う通り、楽しい騒ぎのほうがうんと多いですよ。……だからと言って、気は抜けないですけどね。俺なんかは身を守る力もないので、いつも周りのみんなに心配をかけてしまいます」


「お前さんなら、心配なかろうさ。何も腕っぷしだけが、人間の強さではないのだからな。……お前さんぐらい力のある人間であれば、大丈夫だ」


 俺は大きく胸を揺さぶられながら、「いえいえ」と笑ってみせた。


「俺なんか、本当に未熟者の半人前です。最近も、友人の婚儀の問題や、森辺にお招きする客人の問題などで、自分の至らなさを痛感させられることになりましたし……」


「完璧な人間など、この世には存在しない。お前さんが何かに蹴つまずいても、それを助けてくれる人間が山ほどおるのだろうが?」


 と、おやっさんが俺のほうに視線を向けてきた。

 その緑色の瞳には、とても温かい光がくるめいているように感じられる。


「それこそが、お前さんの強さなのだろうさ。お前さんが取るに足らない人間であったなら、それほどまでに余人を引きつけられるわけがない。……だからお前さんは、大丈夫だ」


「……嫌だなぁ。そんなに俺を泣かせたいのですか?」


「こんなていどで、泣くやつがあるか。そういう部分が未熟者ということだな」


 おやっさんは淡く笑って、俺の肩を頑丈そうな拳で小突いてきた。

 その弾みで、俺の目に浮かんでいたものが敷物に落ちる。


 おやっさんとアイ=ファにはさまれながら、俺はやっぱり幸福な心地であった。

 次におやっさんと会えるのは、4ヶ月後の復活祭か、あるいは来年の緑の月か――しかし、そのようなことに思いを馳せるのは、明日になってからにするべきなのであろう。今はダン=ルティムが語らっていた通り、ただ一心にこの場の幸福を噛みしめていたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ