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異世界料理道  作者: EDA
第六十七章 白の月の四つの催事
1162/1681

送別の祝宴④~かまど巡り~

2022.2/16 更新分 1/2

「それじゃあそろそろ、俺たちも広場をぶらつくか」


 アルダスがそのように言い出したのは、ギバ骨ラーメンを食してから四半刻ばかりが経過したのちのことであった。

 その間に何名かの人々が挨拶に出向いてくれていたが、何せ森辺の民だけで180名を数えようかという祝宴であるのだ。アルダスたちも、かなう限りの相手と交流を深めたいと願っているはずであった。


「あんまり大人数だと動きづらいだろうから、僕とラービスは別々に広場を回るね! 案内役とかも、必要ないから!」


 ディアルはそのように言い残して、ラービスとともに賑わいの渦中に突撃していていった。首の後ろで結んだ髪がぴょこぴょこと揺れて、本当に子犬のようである。


 そんなわけで、俺とアイ=ファは建築屋の3名と広場を巡ることになった。

 おそらく敷物に腰を落ち着けている間にひと通りの料理を口にしたかと思うのだが、胃袋のほうはまだまだ五分目だ。アイ=ファやおやっさんたちなどは、きっと三分目ぐらいであろう。よってこの際はいつも通り、簡易かまどを巡って宴料理を楽しみながら人々との交流を求めることに相成った。


 それで最初に行き着いたかまどで待ち受けていたのは、汁物料理を配るレイナ=ルウである。


「ああ、バランにアルダスにメイトン。ようやくご挨拶をできましたね。アスタとアイ=ファも、お疲れ様です」


 レイナ=ルウもまた、輝くような宴衣装の姿である。アルダスとメイトンは大層だ大層だと騒いでから、鉄鍋の中身を覗き込んだ。


「ああ、この汁物料理も美味かったな。木皿に半分だけもらえるかい?」


「承知しました。気に入っていただけたのなら、幸いです」


 それはレイナ=ルウが研究中である料理のひとつであった。屋台で出しているギバ肉と海鮮の汁物料理を、さらにグレードアップしようと画策しているのだ。土台はカロン乳であり、最近はそこに乾酪の風味も溶かし込まれていた。


「うーん。乾酪を使った汁物料理ってのはしつこく感じて苦手だったんだが、レイナ=ルウの作るこいつは美味いよなぁ」


「ああ。それにけっこう、香草もきいてるのにな。なんの不満もない味わいだよ」


 楽しげに語らいながら汁物料理をかきこむアルダスとメイトンの姿を、レイナ=ルウは嬉しそうに見守っている。レイナ=ルウは向上心の塊であるが、やっぱり根っこにあるのは自分の料理を食べる人々に喜んでもらいたいという思いであるのだ。


(だからレイナ=ルウは、自分で料理を配る役目を引き受けてるのかな)


 汁物料理であれば誰でも仕事を果たすことができるし、それにおおよそのかまどでは建築屋と親交の薄い人間が仕事を肩代わりしているはずであるのだ。それでもレイナ=ルウは研究中であるこの料理がどのような評判であるかを見届けるために、あえてこの場に留まっているように思えてしまった。


(でもまあそれが、レイナ=ルウなりのコミュニケーションなんだろうな)


 レイナ=ルウは社交的な人柄であるが、もっと社交的な人々――リミ=ルウやララ=ルウあたりに比べると、外界の人々に対して口数が少ない印象である。とりわけ料理人ならぬ相手に対しては、そういう印象が強まるのだ。

 ただその反面、レイナ=ルウは多くの人々に美味なる料理で喜びを与えたいという気持ちが強いように思える。それで去りし日に青空食堂の設置を考案したのも、レイナ=ルウであるのだ。それはまた、町の人間にも家族に対するのと同じような気持ちで料理をふるまえば、いっそうの喜びを得て、結果的に料理の腕も上達するのではないか――という、俺の助言が発端であったのだった。


 だからレイナ=ルウには、リミ=ルウやララ=ルウほど建築屋の面々と語らいたいという気持ちはないのかもしれない。

 その代わりに、レイナ=ルウは森辺の民の友たる人々に美味なる料理で喜びを与えたいという気持ちが、誰よりも強いのではないかと思われた。


「俺の伴侶は香草嫌いだったのに、レイナ=ルウの作る香味焼きってやつを口にして以来、すっかり宗旨替えしちまってさ。いまだに家でもああでもないこうでもないって香草を混ぜ合わせてるよ」


 メイトンがそんな風に言いたてると、レイナ=ルウは「そうですか」と破顔した。


「でも、ジャガルではもともと香草の種類が少ないのでしょう? シムの香草などはひとつも流通していないという話ではありませんでしたか?」


「そうそう。だからミャームーやケルの根なんかを軸にして、香草と名のつくものを片っ端から試してる感じだね。そんなやり方でレイナ=ルウの味に近づけるはずがないって何度も言ってるんだが、とにかくあいつは執念深くてさ」


「でもそれは、かまど番として大事な資質であるように思います。そちらの料理はどのような出来栄えであったのでしょう?」


「ん? そりゃまあ食えないほどじゃないけど、レイナ=ルウの料理に比べられるようなもんじゃないよ。香草の種類が足りなくて、ゾゾやらチャッチの皮まで持ち出す始末なんだからさ」


「チャッチの皮は、アスタもしちみチットで使っていました。食材の種類が限られるからこそ、独自の発想が練られるという面もあるのではないでしょうか? 茶の原料であるゾゾやチャッチの皮をどのように活用しているのか、とても興味深く思います」


 瞳を輝かせながら、レイナ=ルウはそのように言葉を重ねる。


「メイトンの伴侶とお会いできたら、是非くわしいお話を聞かせていただきたく思います。復活祭ではまたジェノスにいらっしゃるのでしょうか?」


「そいつはまだ話し合いの最中なんだけど……レイナ=ルウは、本当に研究熱心なんだね! まさか、こんな話にまで食いつくとは思ってもいなかったよ!」


「わたしだって、アスタに出会うまでは美味なる料理のもたらす喜びを知らない人間であったのです。何も他者を侮れるような立場ではありません」


 そんな風に言ってから、レイナ=ルウははにかむように微笑んだ。


「それに……わたしの料理で香草の美味しさを知ったなどと言っていただけることは、心から誇らしく思います。どうか伴侶にもよろしくお伝えください」


「レイナ=ルウにそんな風に言ってもらえたら、うちの伴侶こそ跳び上がって喜ぶよ。どうもありがとうな」


 そうしてレイナ=ルウの料理を食べ終えて、次なるかまどを目指す道行きでも、メイトンはしみじみと笑っていた。


「レイナ=ルウってのは、本当によくできた娘さんだなぁ。あんな娘さんがジャガルにいたら、息子の嫁になってくれと拝み倒すところだよ」


「ふん。そんな立派な娘には、もっと立派な人間が相応しかろうさ」


 珍しくも、バランのおやっさんが苦笑まじりにそう言った。メイトンは「違えねえや」と屈託なく笑う。


 そうして次なるかまどの手前では、けっこうな人数の人々が立ち話に興じていた。その中からもっとも背丈のある人物が俺たちの接近に気づいて頬肉を震わせる。


「アスタにアイ=ファ……やっと会えたんだよ……?」


「やあ、ミダ=ルウ。みなさんも、おそろいで」


 その場には、ルウとナハムの人々が混在していた。俺がよく見知った相手となるのは、シン=ルウとララ=ルウ、ジーダとマイム、そしてマルフィラ=ナハムとナハムの末妹である、


「アスタ、お疲れ様です! それに、建築屋の方々は初めまして! わたしはこちらのマルフィラの妹となります!」


 年の頃は13ていどで、とても元気なナハムの末妹である。「初めまして」とにこやかに応じてから、アルダスは小首を傾げた。


「ええと、本当に初めてだったかな? どこかで見たような覚えもあるんだが……」


「わたしも復活祭ではみなさんのお姿をたびたびお見かけしていましたし、礼賛の祝宴では料理を配る仕事を受け持っていました! でも、きちんとご挨拶をするのは初めてかと思います!」


「そうかそうか。きっとこの場には、そういったお人らが山ほどいるんだろうな」


 なおかつ、アルダスたちはたびたびルウ家の晩餐に招かれていたため、今さらミダ=ルウの巨体に驚いたりはしない。それよりも、マルフィラ=ナハムの宴衣装に感嘆の声をあげていた。


「あの礼賛の祝宴でも大層な姿だったけど、やっぱり森辺の娘さんには森辺の宴衣装が似合ってるね!」


「ああ、別人みたいに大層な姿だ! 去年の祝宴では、マルフィラ=ナハムは宴衣装じゃなかったような気がするしなぁ」


「きょ、きょ、恐縮です」と、マルフィラ=ナハムは目を泳がせながら一礼した。もっと堂々としていれば、もっと立派な姿に見えるのであろうが――ただ、そういった性格もひっくるめて、魅力的なマルフィラ=ナハムであるのだ。ナハムの末妹もどこか誇らしげな面持ちで、そんな姉の様子を見守っていた。


「こちらはラヴィッツの血族が担当した、かれーです! もう口にされているかもしれませんが、よろしかったらどうぞ!」


「ああ、かれーもシャスカも食べおさめだもんな。心残りのないように、腹いっぱいいただこう」


 アルダスたちは嬉々として、簡易かまどのほうに回り込んだ。

 俺もその後ろに並ぼうとすると、ナハムの末妹がこっそり囁きかけてくる。


「アスタ、ひとつおうかがいしたいのですが……やっぱりマルフィラ姉は、ミダ=ルウに懸想しているのでしょうか?」


「え? いやあ、どうだろう。けっこう絆は深まってるように思うけど……」


「そうですよね。なんとなく、ミダ=ルウと語らっているときのマルフィラ姉は、とても幸せそうに見えるんです」


 ナハムの末妹は、邪気のない顔でそう言った。


「それで、モラ兄はベイムの末妹と婚儀をあげるかもしれないという話ですし……わたしはとても、行く末を楽しみに思っているのです」


「そっか。君にそう言ってもらえたら、きっとモラ=ナハムも心強いだろうね」


 マルフィラ=ナハムはともかくとして、モラ=ナハムのほうはすでに家長会議で取り沙汰されるほど話が進行されているのだ。今頃は、別の場所でフェイ=ベイムと絆を深めているのかもしれなかった。


 そうして和風出汁のカレー・シャスカを受け取ったのちは、その場の一団に加わって立ち話に興じる。ララ=ルウやマイムやナハムの末妹がアクティブな気性であるため、マルフィラ=ナハムが口をきく機会はあまりなかったが――しかし、ミダ=ルウのかたわらでふにゃふにゃと微笑むその姿は、大きなゾウに寄り添うフラミンゴのような風情であった。べつだん色恋に発展するような甘い空気は感じられないのだが、コンビ感というかペア感というか、ふたりで並んでたたずむ姿がとても自然に感じられるのだ。


(ふたりとも、まだ16歳かそこらなんだもんな。こうやって絆を深めていけば、いずれ落ち着くべき関係に落ち着くんだろう)


 何にせよ、ルウとナハムの人々がこのように輪を作っているだけで、十分に画期的であろう。ナハムの親筋の家長たるデイ=ラヴィッツがどのような心情を抱いているのかも、いささかならず気になるところであった。


「それにしても、去年は俺たちと同じ日に西の王都の監査官なんてのが到着して、その騒ぎが収まったと思ったら、《アムスホルンの寝返り》だったんだよな。で、今年は南の王族なんていうどえらいお人たちが居合わせた上に、邪神教団の騒ぎときたもんだ。最初の年だって、森辺のお人らはジェノスの貴族と一戦かまえようかって時期だったし……つくづく俺たちは、大変な場に居合わせてるような気分だよ」


「そういえば、復活祭の時期には聖域の民の娘っ子なんてのがアスタたちの家に転がり込んでたな。あれも十分に、普通じゃない話の範疇だろうさ」


 アルダスやメイトンがそのように言い合うと、おやっさんが「ふん」と鼻息で一蹴した。


「邪神教団の騒ぎはこれが初めてではないという話であったし、俺たちがいない場でも脱獄した盗賊団やら東の貴人やらいうものがジェノスを騒がせていたのだと聞く。要するに、ジェノスや森辺の民は一年中騒乱に見舞われているため、俺たちも必ずいずれかの騒乱に出くわすというだけの話なのだろうさ」


「そうだとしたら、森辺のお人らは大変だなあ。まったく気を休めるいとまもないじゃないか」


 すると、ララ=ルウが「あはは」と楽しそうに笑った。


「確かにあたしらは、しょっちゅう騒がしい目に見舞われてるけどさ。この祝宴だって、そのひとつだよ。つらいことより楽しいことのほうがうんと多いんだから、何も困ることはないさ」


 アルダスやメイトンがきょとんとすると、ララ=ルウは不思議そうに小首を傾げた。


「どうしたの? あたし、何か変なこと言ったかな?」


「いや……なんだかララ=ルウが、すごく頼もしく思えてさ。初めて出会った頃なんかは、まだまだ子供だって印象だったんだがなあ」


「姉さんのヴィナ=ルウがあんな感じだったから、余計にな。……ああ、今はヴィナ・ルウ=リリンだっけ。ララ=ルウも、きっと立派な女房になれるぞ」


「う、うるさいなっ! おかしなこと言うと、客人でもただじゃおかないよ!」


「ははは。そういうところは、出会った頃から変わらないな」


 ララ=ルウは屋台の初期メンバーであったため、最初の年から建築屋の面々と交流を結んでいたのだ。その時代には2台の屋台しか出しておらず、参加メンバーも6名ていどであったのだから、きわめて希少な存在であるはずであった。


(しかもその内のヴィナ・ルウ=リリンとシーラ=ルウとリィ=スドラは、ご懐妊で屋台を引退しちゃったんだもんな。現役なのは俺とララ=ルウと、ヴィナ・ルウ=リリンの代理で働いたことのあるレイナ=ルウだけなんだ)


 そして現在ではその3名が、屋台の取り仕切り役を果たしている。俺は2年間という歳月の重みをまた噛みしめることになった。

 そういえば――最初の年におやっさんたちとお別れすることになった青の月の30日に、俺は初めてジーダと出会ったのである。その頃のジーダは森辺の民に恨みの念を向けており、ただいま仲良さげに語らっているシン=ルウを投げ飛ばし、顔面を蹴りつけていたのだった。


 その頃のミダ=ルウはスンの大罪が暴かれて、おやっさんたちの逗留中にルウの家人になることになった。そしてマルフィラ=ナハムたちナハムの人々は――家長会議でファの行状を知り、その行いに反対の意を示していた。対して俺は、ナハムやラヴィッツという氏族の名前すら知らなかったのだ。

 そんな人々が同じ場に寄り集まって、同じ喜びを分かち合っている。それがどれほど得難いことか、俺は痛切に思い知らされた心地であった。


「まあとにかく、あたしもバランやメイトンの家族たちとはまた会いたいから、復活祭で来てくれるなら歓迎するよ」


 最後はそんな穏便な言葉で締めくくられて、俺たちはララ=ルウたちに別れを告げることになった。

 アルダスたちは終始楽しげな様子であるが、時おりふっと遠い眼差しを浮かべている。それはもしかしたら、俺と同じような感慨を噛みしめているのかもしれなかった。


「よう! おやっさんたちも、ようやく動き始めたのか! こっちは逆に、ようやく腰を落ち着けたところだよ!」


 と、次なるかまどの付近に広げられた敷物から、別なる建築屋の面々が呼びかけてきた。そちらも3人組であり、同席している森辺の民は――ルティム本家の家人を中心とするメンバーだ。


「おお、アスタにアイ=ファ! できればお前さんがたとも語らいたいところだが、ちょうど席が埋まってしまったところなのだ!」


 巨大な深皿を掲げたダン=ルティムが豪快に笑いながら、そのように言いたてる。その深皿を満たしているのは、料理ではなく赤の果実酒であった。


「またのちのち、じっくり語らせてもらいたく思うぞ! そちらのバランたちともな!」


「そうそう! 今は俺たちの順番だからな!」


 そのように言葉を重ねる人物は、ネルウィアに帰るメンバーではなく西の王国を巡回するメンバーであった。しかし彼らも予定以上に逗留期間が長引いてしまったため、明日には別の地に旅立ってしまうのだった。


 ダン=ルティムのかたわらではガズラン=ルティムがゆったりと微笑んでおり、ツヴァイ=ルティムは母親のオウラ=ルティムにひっついて何かの料理をかき込んでいる。そして、建築屋をはさんだ向かいには、ディック=ドムとモルン・ルティム=ドムの姿もあった。


「我々もなるべく多くの相手と語らうべく、さきほどまでは広場を巡っていたのです。そこでディック=ドムらがこちらの方々と語らっているところに出くわして、ともに腰を落ち着けることになった次第です」


 ガズラン=ルティムがそのように解説すると、メイトンが「なるほどね」と笑顔で応じた。


「今日は森辺のお人らにとっても、見慣れない相手がどっさりって話だったもんなぁ。でもやっぱりたった一夜の祝宴じゃあ、200人全員と挨拶することも難しそうだ」


「はい。できうれば、このような祝宴を定期的に開きたいものです。ですが――」


「家長会議ではあるまいし、祝宴などというのはそのように格式ばるものではあるまい! 次の約定などないからこそ、この場を楽しもうという気持ちが高まるのであろうよ!」


 ダン=ルティムがガハハと笑いながら、愛息の背中をばしばし叩く。

 そのさまに目を細めたのは、バランのおやっさんであった。


「俺には、ガズラン=ルティムの気持ちもダン=ルティムの気持ちもわかるように思う。……きっとそのような人間をあわせもっていることが、森辺の民の強みなのだろうと思うぞ」


「うむ! ガズランのように賢い人間は大事だが、民の全員がこのようにかしこまっていてはつまらんからな!」


 ダン=ルティムは感情まかせに語らっているように思えるが、それでいておやっさんとの会話はうまく成立しているし、物事の本質を突いているようにも感じられた。


 とりあえず、俺たちもその場で配られていた香草入りのギバ・カツを賞味しつつ、それを食べ終えるまでは敷物の面々と語らせていただいた。

 ルティムの家でもルウの家と同じ頻度で建築屋の面々を招待していたために、ぞんぶんに交流は深まっている様子だ。それに復活祭ではダン=ルティムもあちこちで猛威をふるっていたため、その頃からの蓄積も効いているようだった。


「本当に、森辺には色んなお人がいるよなぁ。それでいて、根っこの部分は深く繋がってるように感じられるから……どの集まりに顔を出しても、違和感を覚えたりはしないしさ」


 ルティムの面々と離れたのち、メイトンがそのように言い出した。


「まったく悪い意味じゃなく、森辺の民は森辺の民なんだよ。俺から見たら、アスタやシュミラル=リリンや、さっきのジーダやマイムなんかも、おんなじことだ。だからきっと、どこで生まれたとかは関係なくって……故郷や同胞を大事に思うって気持ちが肝要なんだろうな」


「……そのように言ってもらえることを、得難く思う」


 アイ=ファが静かな声音で応じると、メイトンは笑顔でそちらを振り返った。


「すいぶんひさびさにアイ=ファの声を聞いた気がするな! いい加減に、俺たちの相手をするのは疲れちまったんじゃないのか?」


「そのようなことはない。……もう半刻ほどしたならば、しばし休みをもらおうかと考えていたが」


 それはおそらく、俺へのメッセージであるのだろう。俺は脳裏に「あと半刻」と深く刻みつけることになった。

 そして、向かう先にこれまで以上の人だかりを発見する。そちらに設置されているのは簡易かまどではなく丸太の台で、色とりどりの菓子が並べられているさなかであった。


「あ、アスタにアイ=ファ。菓子を出す刻限になりましたので、よろしければどうぞ」


 宴衣装のトゥール=ディンが、おずおずと微笑みかけてくる。それを手伝っているのはスフィラ=ザザとリッドの女衆であり、その後方にはさきほど別れたばかりのゲオル=ザザや、ゼイ=ディンやラッド=リッドなども居揃っていた。


「おお、菓子か! まだまだ腹は五分目だが、今の内に菓子をはさむのも悪くないな!」


 メイトンたちは目を輝かせながら、台の上の菓子を物色した。こちらでお披露目されていたのは、各種のロールケーキである。ロールケーキは作り置きや長時間の運搬に向いていないため、屋台ではほとんど扱われていなかったのだった。


 そして、チョコクリームおよびラマンパクリームにサツモイモのごときノ・ギーゴをあわせて餡にするという最新のアイディアも、ロールケーキに転用されている。こちらは包み焼きの餡よりもふわふわとしたクリームの食感を保てるように調整されており、それもまた夢のような美味しさであったのだった。


 その場に集まった面々は、出自の別を問わずに誰もが幸福そうな面持ちでトゥール=ディンの菓子を食している。それを見守るトゥール=ディンも、トゥール=ディンを見守るゼイ=ディンらも、それぞれ幸福そうな表情であり――そしてきっと、それを見守る俺も同じような表情なのであろう。これぞ幸福の連鎖反応である。


 そこに、新たな一団がぞろぞろと近づいてくる。

 それは甘党たるベイムの家長と、その息女であるフェイ=ベイム――それに、モラ=ナハム、デイ=ラヴィッツ、リリ=ラヴィッツという顔ぶれであった。


「……ふん。ついに出くわしてしまったな。また狩人らしからぬ格好をさらしおって」


 俺とアイ=ファの姿を発見するなり、デイ=ラヴィッツは額に深い皺を刻み込む。アイ=ファは凛然とした面持ちでそれを見返した。


「私とて、好きこのんで宴衣装を纏っているわけではない。しかし、昨年の同じ祝宴でもそのような悪態をつかれた覚えがあるので、何やら懐かしく思えるな」


「そんな古い話を覚えているものか。まったく、いちいち可愛げのないやつだ」


 すると、アルダスが「ああ」と顔をほころばせた。


「俺も思い出したよ。アイ=ファとそちらのお人は、確かに去年もそうやって言い合いをしていたよな。森辺の民には珍しい姿だったから、俺もけっこう驚かされたもんだよ」


「うんうん。そちらの大きなお人も、覚えてるよ。復活祭でも、何度か見かけた覚えがあるな」


 メイトンが言葉を重ねると、モラ=ナハムは石像のような無表情で目礼をした。モラ=ナハムぐらいの背丈は森辺でも珍しくはないが、彼は金褐色の巻き毛にモアイ像じみた四角い顔という独特の風貌をしているため、わりあい印象に残りやすいのだろう。髪も眉毛もなく、ひょっとこのように皺を寄せる癖のあるデイ=ラヴィッツもまた然りであった。


「アイ=ファとこのお人らは、絆を深めてる最中とか言ってたよな。うまい具合に仲良くなれたのかい?」


「うむ。仲良くなれたという言葉が相応であるかどうかはわからぬが、デイ=ラヴィッツらの人柄はいっそう深く理解できたように思う。そもそも私の側は、デイ=ラヴィッツを嫌っていたわけでもないのでな」


「ふん。お前なんぞに見透かされるほど、薄っぺらい人間ではないわ」


 デイ=ラヴィッツはいっそう額の皺を深めながら、人垣の隙間からふたつのロールケーキを奪取した。そしてその片方を伴侶に手渡しつつ、自分のロールケーキを半分だけかじり取る。


「……ふん。こちらはまた見知らぬ味をしているようだ」


「こちらのは、ラマンパのくりーむにノ・ギーゴが混ぜられているようですねぇ。きっと家長が口にされたのは、色合いからしてちょこのくりーむにノ・ギーゴが混ぜられているのでしょう」


 そんな言葉を交わしてから、両名は申し合わせたようにかじりかけのロールケーキを交換し合った。


「ああ、確かにこちらはまったく異なる味わいであるのに、同じ甘さが感じられる。それが、ノ・ギーゴとかいう食材であるわけか」


「ええ。家長はノ・ギーゴの料理がお気に召さないようでしたが、菓子ならお気に召すのでしょうかねぇ?」


「このように甘い味は、菓子に相応しいものであろう。料理に砂糖なるものを使うのはかまわんが、野菜そのものが甘いというのは気に食わん」


 そんな風に言いたててから、デイ=ラヴィッツはまたぎろりと俺たちのほうをねめつけてきた。


「何をそのようにじろじろと見ておるのだ。俺たちは見世物ではないぞ」


「いや。お前たちの伴侶らしいやりとりを目にするのは珍しかったので、いささか興味を引かれたまでだ」


 アイ=ファの返答は、俺の気持ちをしっかり代弁してくれていた。リリ=ラヴィッツはいかにもデイ=ラヴィッツを家長として立てている風であったが、そこには確かに夫婦らしい睦まじさが感じられたのである。


「いちいち鼻につくやつだ。伴侶が欲しいなら、さっさと刀を置くがいい。どこかのかまど番に愛想を尽かされる前にな」


「……余所の家の婚儀に口をはさむのは、森辺の習わしに反する行いであろう」


 アイ=ファはたちまち頬を赤くしてしまったが、心優しきアルダスたちは冷やかしに加担しようとはしなかった。ただ、笑いを含んだ目で俺とアイ=ファの姿を見守り、羞恥心をちょっぴり上乗せしたぐらいのものである。

 そんな中、父親のもとを離れたフェイ=ベイムが俺のほうに近づいてきた。


「アスタ。ほんの少しだけ時間をいただけるでしょうか? 100を数えるほどもかかりませんので」


 それはずいぶん唐突な申し出であったが、アイ=ファはすぐに視線で了承をくれた。それだけフェイ=ベイムが、どこか思い詰めたような眼差しであったのだ。

 デイ=ラヴィッツたちは知らぬ顔をしているし、モラ=ナハムも内心のわからない無表情だ。ただ、そのモアイめいた顔にほんのり血の気がさしたことから、彼との間にまつわる話なのだろうと察することができた。


「あの、申し訳ないのですが――」


 俺がそのように言いかけると、おやっさんは「かまわんぞ」とぶっきらぼうにさえぎってきた。


「この祝宴の責任者だからといって、俺たちにべったりへばりつく理由はあるまい。よければそのまま、別の場で祝宴を楽しむがいい」


「いえいえ。話が終わったら、すぐに戻りますので」


 俺はアイ=ファにももういっぺん視線を送ってから、フェイ=ベイムとともに広場の外れへと足を向けることになった。

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