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異世界料理道  作者: EDA
第六十七章 白の月の四つの催事
1161/1680

送別の祝宴③~贅沢な時間~

2022.2/15 更新分 1/1

・明日は2話同時更新となりますので、読み飛ばしのないようにご注意ください。

「今回も、俺とアイ=ファがおやっさんたちの案内役を受け持つことになりました。さっそくかまどを巡りましょうか?」


 俺がそのように伝えると、おやっさんは「いや」と首を横に振った。


「森辺の祝宴における客人というのは、しばらく敷物に留まって責任のある者たちとともに過ごすものであるのだと聞いた。20名の全員が居座るのはさすがに狭苦しかろうから、俺とアルダスとメイトンだけでもその習わしに従おうかと思う」


「あ、そうなのですか? もともとそれは外来の客人まで想定した習わしではありませんので、そうまで厳格に取り決められているわけではないのですが……」


「いいんだよ。俺たちのほうが、森辺の習わしを味わってみたいって考えたんだからさ」


 アルダスがそのように言いたてると、メイトンも「そうそう」と笑顔で追従した。


「それに、腰を据えたほうがじっくり語らえるって面もあるだろう? 馬鹿騒ぎするのは、後回しでもかまわねえさ」


「だから、俺たちに案内役は不要だ。お前さんたちも、好きに祝宴を楽しむがいい」


 おやっさんがそんな言葉を届けてきたので、今度は俺が「いえ」と返す番であった。


「そういうことなら、俺たちもお供いたします。俺とアイ=ファも責任者の筆頭ですし、おやっさんたちとじっくり語らえるなら、それが一番のことですので」


「ふん。酔狂なことだ」と仏頂面で言いながら、おやっさんの目が嬉しそうに細められていることを俺は見逃さなかった。

 建築屋の他なる17名は、それぞれ数名ずつに分かれて広場のほうに案内されている。森辺の民の熱気と活力に度肝を抜かれていた彼らも、その頃には笑顔を取り戻していた。


 そうして俺たちがドンダ=ルウらの座した敷物を目指そうとしたとき、「おーい」と呼びかけてくる者があった。誰かと思えばルド=ルウで、その後ろには遅れてきた客人たちが引き連れられていた。


「ディアルとラービスがやっと到着したぜー。もうちょい早けりゃあ、挨拶に間に合ったのになー」


「遅れちゃって、ごめんなさい! どうしても商談を切り上げられなくって! 城門を閉められちゃうぎりぎりに、なんとか抜け出すことができたんだよー!」


 申し訳なさそうに頭を下げつつ、ディアルは子供のように頬を火照らせていた。きっとこの場に到着するなり、祝宴の熱気にあてられたのであろう。いっぽうラービスは懸命に表情を引き締めて、内心の感嘆を押し殺している風であった。


 ディアルたちは前回の送別会にも参加していたため、今回も参席者に組み込まれていた。が、どうしても外せない商談があったため、到着が遅れるかもしれないという話であったのだ。


「それに、町と森辺をつなぐ道も、すっかり暗くなっちゃってたからさー! 森辺の人らは、よくあんな暗がりでもすいすい車を動かせるもんだね! ラービスがいつトトスを森の中に突っ込ませちゃうかって、僕はひやひやしっぱなしだったよー!」


「いいから、親父のほうにも挨拶しといてくれよ。今日の祝宴は、ルウとファの取り仕切りなんだからよ」


 ということで、ディアルとラービスを加えた一団で敷物を目指すことにする。

 果実酒の土瓶を傾けていたドンダ=ルウは、底光りする目でディアルたちをねめつけた。


「ようやく到着したか。貴様たちのことはすべての氏族に通達しておいたので、そのまま祝宴を楽しむがいい」


「えー? 僕たちには挨拶させてくれないの?」


「……この騒ぎを収めるすべがあるのなら、好きにしてみるがいい」


 ディアルはドンダ=ルウの迫力に気圧された様子もなく、「うん!」と元気いっぱいにうなずいた。


「それじゃあちょっと試してみるね! ……えーと、何か壇になるようなものでもないかなぁ?」


「今日はやぐらも組んでねーからなー。ラービスに肩車でもしてもらえばいいんじゃねーの?」


 ルド=ルウの提案に「えー?」と不満そうな声をあげつつ、ディアルは白い頬をいっそう赤く染めた。


「うん、でもまあ、しかたないか。……ラービス、お願いできる?」


 ラービスは無言のまま、ディアルの前で膝を折った。

 ディアルはちょっともじもじとしてから、意を決した様子でラービスの頑丈そうな肩にまたがる。背丈はほどほどだが南の民らしい骨格をしたラービスは、何の苦もなさそうに身を起こした。

 そうして誰よりも高い場所に到達したディアルは、さきほどのおやっさんに似た仕草で胸いっぱいに空気を吸い込み、びっくりするほどの大声をほとばしらせたのだった。


「お楽しみのところ、ごめんなさい! ゼランドの鉄具屋の、ディアルとラービスです! 仕事で手間取って、到着が遅れてしまいました!」


 まるで波紋が広がっていくように、広場に静寂が広がっていく。

 それを追いかけるようにして、ディアルはさらに声を張り上げた。


「すでに聞いてると思うけど、僕とラービスも同じ南の民のよしみで、今日の祝宴に参席することを許されました! こんなに立派な祝宴に招待されて、とても嬉しく思っています! 手土産に果実酒を持参したので、みんな遠慮なく飲んでくださいね!」


 一部の男衆がはやしたてるような歓声をあげると、広場には熱気と活力が舞い戻った。

 ディアルはひとつ息をついてから、ラービスの頭をぺちぺちと叩く。


「も、もういいよ! 早く降ろしてったら!」


 そうして地面に着地したディアルは、赤い顔をしながら頭をかき回した。


「なんとか挨拶は届けられたみたい。……あ、僕が持参したのはバナームの白い果実酒だから、赤の果実酒に飽きたらそっちを楽しんでね」


 ディアルがあらためて笑顔を送ると、ドンダ=ルウは「ふん」と鼻を鳴らした。重々しい表情に変化はないが、ディアルの元気さがそれなりにお気に召した様子だ。


「客人からの厚意を、ありがたく頂戴する。……では、そちらも好きに振る舞うがいい。案内役は必要か?」


「案内役? バランたちは、どうするの?」


「俺たちは、しばらくこちらの敷物で世話になろうと思っている」


「それじゃあ、僕たちもご一緒させてもらいたいな!」


 ということで、俺たちはみんなでその場に膝を折ることになった。

 もともとそちらに座していたのは、ドンダ=ルウとダリ=サウティとゲオル=ザザ、ジバ婆さんとミーア・レイ母さんという顔ぶれだ。そこに5名の客人たちと、俺とアイ=ファが加わる格好であった。


「俺はべつだん、そちらと深い絆を結んでいたわけでもないからな。族長代理として挨拶をさせてもらったのちは、早々に別の人間に席を譲ることにしよう」


 そう言って、ゲオル=ザザはおやっさんたちに不敵な笑顔を届けた。それに大らかな笑顔を返したのは、アルダスだ。


「ええと、たしかゲオル=ザザだったよな。去年の祝宴でも復活祭でも挨拶をさせてもらった覚えがあるし、礼賛の祝宴でもご一緒したじゃないか。何も遠慮する必要はないさ」


「そうそう。ご縁が浅いなら、それを深めるための祝宴だろう? 心ゆくまで語らいながら、楽しく飲もうじゃないか」


 メイトンも、にこにこと笑っている。そしてその目は、すみやかにジバ婆さんへと移動された。


「このふた月半で、ルウ家にもちょいちょいお邪魔させてもらったけどさ。また最長老さんと祝宴をご一緒できるなんて、嬉しい限りだよ」


「ああ……復活祭も、楽しかったねぇ……次の復活祭でも、また家族を連れてやってくるのかい……?」


「俺は是非ともそうしたいんだがね。またおやっさんを焚きつけてみるよ」


 そのおやっさんは、俺の隣で果実酒をあおっている。こういう場では、なかなか出しゃばろうとはしないお人柄であるのだ。

 ジバ婆さんの隣に控えていたミーア・レイ母さんは、笑顔で敷物の上に並べられた木皿を指し示した。


「さ、挨拶が終わったなら食べておくれよ。この後も、続々と料理が届けられるはずだからさ」


 俺たちが立ち話をしている間に、すでにこちらにはいくつかの料理が届けられていたのだ。そちらに目をやったメイトンやディアルは、嬉しそうに目を輝かせた。


「こいつは、あれだ! アスタが勲章を授かった料理だよな! 他の連中のために、わざわざ準備してくれたのかい?」


「はい。たくさんの方々から要望がありましたので」


「えーっ! 僕はこの料理、見たこともないんだけど! 試食会に呼ばれてたのはバランとアルダスだけって話じゃなかった? メイトンもこれを食べたことがあるの?」


「ああ。ファの家の晩餐にお招きされた日にな。それで俺もアルダスたちと一緒に、他の連中から羨まれることになったってわけさ」


 そのように語られている料理というのは、生春巻きに他ならなかった。おやっさんとアルダスは他のメンバーからずっとずるいずるいと言いたてられていたため、帰国の前にその鬱憤を解消させねばと思案した次第であった。


「ちなみにこちらのジョラの揚げ焼き団子とギバの竜田揚げも、試食会や礼賛の祝宴でお出しした料理になります。せっかくなので、屋台では出していない料理を取りそろえたのですよ」


「わー、この団子はギバ肉を使ってないんだ? だから、屋台では出してないんだね!」


「うん。こっちの生春巻きも、半分はギバ肉じゃなくマロールを使ってるよ。森辺の民はギバ肉をこよなく好んでいるけど、間に別の料理をはさむといっそうギバ料理を美味しくいただけるし、それにジョラやマロールにはギバ肉と異なる滋養が備わってると思うからね」


 おやっさんを除く客人たちは、ほくほく顔で宴料理を食べてくれている。そして表情を崩さないおやっさんもとても満足そうな眼差しであったので、俺としても嬉しい限りであった。


「そういえば、ディアルは試食会にも礼賛の祝宴にも参じていなかったのだな。ああいう場では必ず同席している印象であったので、何やら不思議に思えるほどだ」


 ダリ=サウティがゆったりとした表情でそのように告げると、ディアルは「そうでしょー?」と気安く応じた。


「ほんと、この2年ぐらいで2ヶ月ちょっとジェノスを離れてただけなのに、そんな楽しそうな催しに参加しそびれちゃうんだもん! 礼賛の祝宴なんて、ジェノスではここ最近なかったぐらいの大きな祝宴だったんでしょ? すっごく損した気分だよ!」


 そんな風に言ってから、ディアルは天使のように可愛らしく笑った。


「でもその代わりに、今日は森辺で一番大きな祝宴に招待されることができたからね! 損した気分も帳消しさ!」


「ふむ。城下町の祝宴よりも森辺の祝宴に招かれるほうが、ディアルにとっては喜ばしい話なのであろうか?」


「僕、堅苦しい場が苦手だからさ! アスタや森辺のお人らが料理を準備するんじゃなかったら、城下町の祝宴なんて大して魅力も感じないよ!」


「ああ。俺もどっちを選ぶかと言われたら、断然森辺の祝宴だな」


 アルダスも笑顔で言葉を重ねると、ダリ=サウティは「そうか」と微笑んだ。


「きっとあなたがたがそういう気性であるからこそ、我々もすみやかに絆を深めることがかなったのであろう。最初に縁を結ぶことになった南の民があなたがたであったことを、得難く思う」


「あはは。南の民の大半は、僕たちみたいに考えるんじゃないのかな! ま、僕の父さんみたいな堅物は別にしてだけど!」


 そんな風に言ってから、ディアルはちょっぴり恐縮したように微笑んだ。


「なんかさっきから、僕ばっかり喋ってるみたい! 今日の主役はアルダスたちなんだから、ぞんぶんに語らってよ!」


「主役も何も関係ないさ。みんなで楽しく騒げば、それで十分だろ?」


「でも、アルダスたちは明日ジェノスを出立しちゃうんだから! 思い残すことがないように、めいっぱい喋っておかないと!」


 そうして自分の主張を表明するように、ディアルは食べることに専念し始めた。

 アルダスは苦笑を浮かべつつ、ジバ婆さんのほうに向きなおる。


「それじゃあせっかくなんで、最長老さんと語らせてもらおうかな。……ルウ家の晩餐にお招きされた他の連中も、最長老さんのたたずまいには感心してたよ。さすがは森辺の最長老ともなると、威厳が違うってね」


「そんな大層なもんを、あたしが備えているとは思えないけどねぇ……あたしなんて、ただ長く生きてるだけの老いぼれさ……」


「そんなことはないよ」とすかさず反応したのは、メイトンであった。


「長く生きたお人ってのは、それだけの経験を積んでるわけだからさ。最長老さんなんて、俺たちの倍ぐらいも生きてるんだろう? だったら俺たちの倍ぐらい立派なお人であるはずさ」


「ただ諾々と生きてたって、なんの知恵もつきはしないからねぇ……あたしが肩肘を張っていたのは、せいぜい自分の子に家長の座を受け継がせるまでのことさ……」


 するとメイトンは、いっそう興味深そうに身を乗り出した。


「森辺では、女衆が家長になることはそうそうないって聞いてるよ。それに最長老さんは、アイ=ファみたいに狩人としての仕事を果たしていたわけでもないんだろう?」


「ああ……あたしは父親と兄と伴侶を、いっぺんに亡くしちまってねぇ……分家にも手ごろな人間がいなかったから、自分の子が育つまではあたしが家長の座を守るしかなかったんだよ……どうしても、氏を捨てる気にはなれなかったからさ……」


「そんないっぺんに、家族を亡くすことになったのかい。……そいつも全部、故郷の黒き森を燃やされて、危険なモルガの森で暮らす羽目になっちまったせいだよな」


 と、メイトンは唇を噛みしめる。その蛮行に手を染めたのは、彼の祖父を含むジャガルの兵士たちであったそうなのだ。

 ジバ婆さんはそんなメイトンをなだめるように、透徹した眼差しで微笑んだ。


「それはあたしらが外界の人間を拒絶していたせいでもあるんだから、一方的に文句を言うことはできないさ……それに、あんた自身が火をつけたわけでもないんだから、そんなことを気に病む必要はないはずだよ……」


「そうだよ。そんな苦しい目にあっても、森辺の民はこうして立派に復活したんだからさ」


 と、アルダスがメイトンの背中をどやしつけてから、首をねじって広場の賑わいを見回した。


「その中でも、やっぱりルウ家はすごいよな。こんな立派な集落をつくって、血族の数も100人以上だってんだろ? 最長老さんが踏ん張ったから、ルウ家もここまで立派に育ったってわけだな」


 すると、聞き役に回っていたゲオル=ザザも発言した。


「そういえば、ルウともっとも深い血の縁を持つルティムとレイも、モルガの森に移り住んでからの眷族という話だったな。では、それまでの眷族はすべて滅んでしまったというわけか?」


「ああ、そうだよ……最初の数年で多くの狩人が魂を返して、どうにも立ち行かなくなっちまったから……みんな氏を捨てて、親筋であるルウの家人となったのさ……」


「なるほど。ザザやドムも同じ有り様であったために新たな血の縁を結んで、そののちにスンの眷族になったのだと聞いている。いずれの氏族も、似たような状況であったのであろうな」


「いや。サウティにおけるヴェラやドーンやダダなどは、黒き森の時代から続く眷族なのだと聞いている。……ただし、いずれの家も家人の数はごくわずかで、フェイやタムルを眷族に迎えることで、ようよう滅びずに済んだのだそうだ」


 ダリ=サウティも落ち着いた面持ちで会話に加わった。


「それで結束を固めるために、サウティの血族は南の端に集落を築いたのではないかと……長老のモガは、そんな風に言っていたな。だから我々はスンやルウのように新たな眷族を求めようとする気持ちが薄く、結果的に力を弱めることになったのやもしれん」


「力を弱めたと言っても、森辺で3番目に大きな氏族ではないか。それでは他の氏族らの立つ瀬があるまいよ」


「しかし2年ほど前までは、ラッツの血族のほうがより強き力を持っていたように思うぞ。アスタが1年ほど早く森辺に現れていたならば、サウティではなくラッツが族長筋になっていたやもしれんな」


「いやいや、ラッツの家長に族長は務まるまい。というか、あやつは家長の座を受け継ぐのが早すぎたのだ。……俺とて、もう数年ばかりは修練の時間をもらいたいと願っている身であるしな」


「ほう、ゲオル=ザザにしては、殊勝な物言いだ。出会った当初は、すぐにでも族長の座を継いでやろうという意気込みに見えたものだが」


「この2年ほどで、親父がさんざん苦労をする姿を見せつけられてきたからな。お前のような若年で族長の座を担えているほうが、どうかしているのだ」


 ダリ=サウティは何か言い返そうとしたようだが、それを取りやめて口もとをほころばせた。


「今度は俺たちが余計な口を叩いてしまったな。客人たちに礼を失してしまって、申し訳なく思う」


「いやいや、興味深く聞かせてもらったよ。やっぱり俺たちなんて、まだまだ森辺の民のことを何にも知っちゃいないんだなあ」


 アルダスがそのように言いたてると、メイトンも熱っぽい面持ちでうなずいた。


「俺もアルダスと同じ気持ちだよ。もちろんそんな内情を知らなくったって、仲良くなることはできるけどさ。でも……俺はもっともっと森辺のお人らと仲良くなりたいから、色んなことを知りたいと願っているよ」


「俺たちも、あなたがたのことを知りたいと願っている。本来であれば、晩餐に招きたかったところなのだが……サウティの家はあまりに遠いので、それもままならなかったのだ」


 ダリ=サウティがそんな風に答えたところで、「お待たせー!」という元気いっぱいの声が響きわたった。リミ=ルウの率いるルウの血族の女衆が、新たな料理を届けてくれたのだ。


「遅くなっちゃってごめんねー! ギバこつらーめんをもってきたよー!」


「おう、リミ=ルウも大層な姿じゃないか。きっとリミ=ルウも姉さんがたみたいに、美人になるぞ」


 アルダスは相好を崩しつつ、ギバ骨ラーメンの木皿を受け取った。やはり祝宴にこの献立は欠かせないということで、ルウの血族が作りあげてくれたのだ。


「ジバ婆もアイ=ファもいっぱい食べてるー? 次はどんな料理を持ってこようか?」


「ありがとうねぇ……でも、こういうときには客人や族長らに気を使うべきだと思うよ……」


 リミ=ルウは「てへへ」と自分の頭を小突いた。宴衣装を纏っても、無邪気で愛くるしいリミ=ルウである。


「俺たちに気を使う必要なんざないさ。どの料理だって申し分ない出来栄えだから、どんな順番でもかまわねえよ。……ああ、このらーめんも絶品だなぁ」


「こいつを口にするのは、復活祭以来だっけ? 屋台のらーめんに食べなれると、こいつの美味さがまた際立つな!」


 アルダスやメイトンははしゃぎながら、ギバ骨ラーメンをすすっている。

 俺も同じようにルウ家の心づくしを味わっていると、アルダスが笑いを含んだ眼差しを向けてきた。


「それにしても、アスタとアイ=ファは静かだな。アイ=ファはいつものことかもしれないが、アスタがそんなに静かなのは珍しいじゃないか」


「あ、すみません。話をうかがっているだけで、楽しい心地でしたので」


「そいつはその表情でわかるけどさ。アスタとアイ=ファにももっと語らってもらいたいもんだ」


「それに、ドンダ=ルウとおやっさんもな! この席についてから、いっぺんも口をきいてないんじゃねえか?」


「ふん。場を騒がすのは、お前さんがたの役割だろうが」


 おやっさんはすました顔で、ラーメンをすすりこむ。ドンダ=ルウもまた右に同じといった風情で、口を開こうともしなかった。


「こっちの代表はおやっさんで、森辺の代表はドンダ=ルウとアイ=ファとアスタなのにな! その全員が黙りこくってるってのも、なんだかおかしな話だぜ」


「ああ、まったくだ。……ただ、その場にいるだけでみんなを落ち着かせてくれるって意味では、似たところがあるのかもな」


 アルダスとメイトンがやいやい騒ぎたてると、ディアルもこらえかねたように声をあげた。


「アイ=ファやバランやそっちの族長さんなんかは、そういうお人柄かもね! でも、アスタはもっとおしゃべりだったでしょ? バランたちとは今日でお別れなのに、何か話しておきたいことはないの?」


「いやあ、話したい気持ちはあるんだけど、こうやって一緒にいられるだけで、けっこう満ち足りた気分なんだよね」


 ディアルは「んー」と不明瞭な声をあげたが、すぐににぱっと笑顔を見せた。


「確かにアイ=ファとバランにはさまれたアスタは、すっごく幸せそうだね! なんか、父親と伴侶にはさまれた花婿みたい!」


「そ、その表現はどうだろう? いや、俺としては光栄な話だけど……」


 アイ=ファは余人に見えない角度で、俺の脇腹を肘で小突いてきた。

 ただ、俺が幸福な気分であったのは確かなことである。寡黙なアイ=ファとおやっさんにはさまれて、みんなの楽しげな会話を聞いているだけで、俺はやたらと満ち足りた心地になってしまうのだ。


 200名もの人間が集まった祝宴で、そんなひそやかな幸福感を噛みしめるというのは、ある意味でとても贅沢な話なのではないだろうか。

 そんな思いとともに、俺はギバ骨ラーメンのチャーシューを噛みしめることになった。

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