送別の祝宴①~下準備~
2022.2/13 更新分 1/1
・2022.8/26 文章を一部修正。
レビとテリア=マスの婚儀の祝宴から、4日後――白の月の14日である。
ジャガルの建築屋の送別会は、その日に執り行われることになった。
もともとバランのおやっさんたちは青の月いっぱいで帰国する予定であったが、ダレイムとトゥランの仕事まで受け持つことになって、半月ばかりも逗留が長引くことになったのだ。それに、《キミュスの尻尾亭》の新たな夫婦のために部屋を増築するという仕事も引き受けて、さらに1日が加算されたのだった。
その期間、俺たちはたびたび建築屋のメンバーを森辺の晩餐に招待していたし、バランのおやっさんとアルダスに関しては試食会と礼賛の祝宴までご一緒させていただいている。これが4度目の来訪となる建築屋の方々と、俺はこれまで以上にしっかりと交流を深めさせていただいたはずであるのだが――それでも寂寥感や物足りなさと無縁でいられはしなかった。交流を深めれば深めるほどに離れ難い気持ちが生じてしまうのだから、これはもうどうしようもないことなのであろう。
しかしそれでも、おやっさんたちは故郷に家族を待たせている身である。
寂しい気持ちは送別会を準備するためのエネルギーに転化して、俺はめいっぱいの思いでおやっさんたちの出立を見送る所存であった。
それで、祝宴の準備と屋台の商売についてであるが――これは協議の末、さまざまなことが取り決められた。
まず祝宴の会場についてであるが、これはルウの集落で開催されることが決定された。前回は小さき氏族の取り仕切りで、会場もフォウの集落に定められたのだが、森辺でもっとも大きな広場を有するのはルウ家であったため、その利便性を重視することになったのだ。
ただしこれはルウ家のみならず、小さき氏族との合同企画であると定められた。なおかつ、小さき氏族の代表に選ばれたのは、ファの家だ。つまりこれは、ひさかたぶりにルウとファの家が正式に取り仕切り役としての責任を分かち合う祝宴と相成ったのだった。
「森辺でもっとも大きな氏族と小さき氏族が、同じだけの責任を分かち合うということだな。まったく難儀な話だが……すべての責任は私が負うので、お前はこれまで通りに力を尽くすがいい」
その一件が本決まりとなったとき、アイ=ファはとても力強く、そして優しい眼差しでそのように語っていたものであった。
それに付随して持ち上がった屋台の商売についてであるが、こちらは祝宴の日取りが決められた時点で、その日まで休みなく営業を続けることが決定された。祝宴の当日まで商売を敢行し、その翌日を骨休みの日にしようという算段である。
「最後の休業日は家長会議の翌日ですから、白の月の1日でしたよね。祝宴の日までは半月足らずですから、何も問題はないかと思われます」
「アスタやユン=スドラは祝宴の準備を受け持つべきでしょうから、その日の屋台はラッツの家が責任を負いましょう。1日ぐらいであれば、どうということもありません」
「《銀の壺》も、あと数日でシムに帰ってしまうのですものね。それまではなるべく屋台を開いて森辺の料理を味わっていただきたく思います」
そんな心強い数々の意見を土台にしての、決定である。
唯一屋台を休業としたのは、ディンの家のみであった。そろそろリッドの女衆も1日ぐらいであれば責任者を受け持てるように育っていたが、けっきょく菓子の準備にはトゥール=ディンの力が必要であったため、そちらの負担を慮ってのことであった。
ということで、ファの屋台はラッツの女衆、ルウの屋台はララ=ルウが責任者となり、宴料理の取り仕切り役は俺とレイナ=ルウとトゥール=ディンだ。また、この祝宴の参席者は屋台のメンバーが最優先とされていたため、当日の商売を受け持ったかまど番たちも営業後はのきなみ合流する手はずになっていた。
そもそも去年の段階では、建築屋の面々と交流を結んでいたのは屋台で働くメンバーに限られていたのだ。それゆえに、去年の送別会は小さき氏族の取り仕切りで開催されることになったのだった。
しかし現在では復活祭を経て、あらゆる氏族のさまざまな人々が建築屋の面々とご縁を結んでいる。さらに、ファの家の母屋や祭祀堂を再建したという一件も相まって、森辺に建築屋の存在を知らぬ氏族はない、という段階にまで至っていたのだった。
よって今回の送別会は、すべての氏族から参席者をつのっている。
建築屋とあまり交流の深くない氏族――ザザやサウティやダイの血族などはおおよそ男女ペアをひと組のみという割り振りであったものの、それでも37の氏族すべてから参席者が選出されるのである。これもまた、家長会議を除けば森辺において初の試みであるはずであった。
その総数は、建築屋の面々も含めて、なんと200名である。
これは、ルウの集落の広場の収容人数ぎりぎりを狙っての人数であった。去年の大地震で倒壊した家屋を建てなおすために周囲の樹木を伐採し、広場が拡張されていなかったら、この人数は不可能であったろうとのことだ。
「もしかしたらドンダ父さんは、祝宴を開くことに二の足を踏んでいる氏族のために、手本を示そうとしているのかもしれません。森辺の民は祝宴を禁じられているわけではありませんが……それでもやっぱり、祝宴を控えているような気配が感じられますので」
そのように語っていたのは、レイナ=ルウである。
確かに森辺の民は、祝宴を禁じられたりはしていない。が、ダレイムの野菜はいまだに買いつけることができていないのだ。それならば、あえてこの時期に祝宴を開くことはあるまい、と――婚儀などの祝宴を先延ばしにしているようであったのだった。
「それに、城下町の方々が祝宴を控えていると聞いて、遠慮の気持ちが出てしまうのかもしれません。ダレイムも復興のさなかでありますし、自分たちだけが祝宴を楽しむのは気がひけるという思いなのかもしれませんね」
「なるほど。それで手本を示そうというのは、晩餐会を開いたデルシェア姫と同じような心理なのかな」
「はい。わたしはそのように感じています。……ただ、ドンダ父さんは何も語ってくれないのですけれど」
と、最後はくすくすと笑うレイナ=ルウであった。
何にせよ、俺たちの為すべきことに変わりはない。限られた食材で、森辺における最大の祝宴をやり遂げるのだ。それはジェノスで最大規模であったという礼賛の祝宴にも匹敵する、やりがいのある仕事であった。
◇
そんなこんなで、祝宴の準備である。
俺もレイナ=ルウも、午前の早い時間にはそれぞれ屋台の料理の下準備を取り仕切ることになった。たとえ商売そのものは余人に任せることができても、こればかりは自分で取り仕切る他ないのだ。唯一、ユン=スドラであればこの仕事さえをも任せることがかなうのであるが、彼女もまた宴料理を準備するメンバーであるのだから、そんな苦労を押しつけるわけにもいかなかった。
そうしてそちらの下準備が完了したならば、宿場町に出立する面々を見送る。ラッツの女衆を取り仕切り役とするそちらの部隊に編制されたのは、レイ=マトゥア、フェイ=ベイム、クルア=スン、ガズ、アロウ、ミーム、ダゴラのかまど番であった。こういう際には血族で固めたほうが面倒が少ないため、ラッツ、ガズ、ベイムの血族を中心に編成し、最後の一枠をクルア=スンに担ってもらったわけである。
よって、祝宴の準備のスターティングメンバーは、フォウとラヴィッツの血族に、ディンとリッドのかまど番、屋台の商売に関わりのないザザ、サウティ、ダイの血族、そしてルウの血族となる。血族だけで屋台の商売と祝宴の準備を受け持てるルウの底力は、さすがと評するしかなかった。
ただし、ルウの血族ばかり参席者が増えてしまうと不公平であるため、そのあたりの割り振りは入念に吟味されていた。会場がルウの集落であるためルウの家人は全員参加となるのが必定であるが、それ以外の眷族は小さき氏族と同程度の割合になるように調整されたのだ。建築屋の面々と最初に交流を深めたのはあくまで屋台のメンバーであったため、そこのところは厳正に取り決められていたのだった。
「ルウの家にようこそ。本日は、どうぞよろしくお願いいたします」
ルウの集落に到着すると、レイナ=ルウが意欲に満ちみちた面持ちで出迎えてくれた。ついさきほどまで屋台の下準備に取り組んでいたはずであるが、意気は上々であるようだ。
「先日の打ち合わせ通り、そちらで5つのかまど小屋をお使いください。ルウの血族は、本家と左右の家のかまど小屋を使わせていただきます」
「うん、了解。おたがい頑張ろうね」
「はい。それでは、失礼いたします」
レイナ=ルウは、力強い足取りで本家のかまど小屋に消えていく。
それを尻目に、俺たちも作業に取りかかることにした。
「それじゃあこちらも打ち合わせ通り、5つの組に分かれましょう。俺もできるだけ小まめに巡回しますので、何かあったら声をかけてください」
礼賛の祝宴と同じように、俺はそれぞれの作業場に班長を選任し、自らは総監督の役目を負いつつ実務にも励む所存であった。
ちなみにトゥール=ディンが率いるザザの血族は独立した部隊となるため、俺が取り仕切るのは4組の班となる。ユン=スドラの班はフォウの血族、マルフィラ=ナハムの班はラヴィッツの血族で固め、残る2班は混成部隊だ。そのうちの片方は屋台の商売に出向いているメンバーがそのまま班員で、帰宅後にはレイ=マトゥアに班長を担ってもらう予定になっている。そして俺が拠点とするのは、もっともこういう作業に手馴れていないサウティとダイの班とさせていただいた。
屋台を任せた7氏族からは他なる女衆も招待されるので、そちらに宴料理の準備をお願いしてもよかったのだが――それらの人々は余所の血族との共同作業にも慣れていなかったし、どうせならばサウティとダイの人々にも祝宴の準備に関わってほしかったため、こういった布陣に決定したわけである。また、サウティの血族の何名かは礼賛の祝宴でも手伝いをお願いしていたので、戦力的に問題がないことは確信できていた。
「でも、あくまで班長は君だからね。もちろん俺もほったらかしにしたりはしないけど、他のかまど小屋を見回るときなんかはよろしくお願いするよ」
「はい! わたしのような未熟者にそのような役目を与えてくださったことを、光栄に思っています!」
そのように応じたのは、レビたちの婚儀にも参じていたサウティ分家の女衆だ。この班にはミル・フェイ=サウティも組み込まれていたが、「家における立場よりも、かまど番としての力量を重んずるべきかと思います」という本人の言葉に従い、年若い彼女を班長とさせていただいたのだった。
サウティは族長筋であるためその2名が招かれていたが、残りの眷族とダイの血族からは1名ずつだ。ただし、ダダとドーンとヴェラから参じてくれたのは、サウティ分家の少女と同じく、かつてファの家に逗留していた顔ぶれであった。まだ13歳になったばかりであるドーンの末妹と、姉御肌であるダダの長姉――そして、フォウの男衆に嫁入りを願い、今もなおそちらの集落に逗留しているヴェラの家長の妹である。
「君はフォウの血族の組にしようかって話もあったんだけど、人数的な関係でこっちに来てもらったんだよね」
俺がそのように呼びかけると、ヴェラの女衆はわずかに頬を赤くしながらもじもじとした。
「お気遣いありがとうございます。でも、血族の人間と仕事をともにするのは、ずいぶんひさびさですので……わたしは、嬉しく思っています」
「それに今日は、例の男衆も参ずるんだもんね! 彼と祝宴をともにするのは、ドムでの婚儀以来でしょ? それならさぞかし嬉しいだろうね!」
と、ダダの長姉が全力で冷やかすと、ヴェラの女衆はいっそう赤くなってしまった。フォウは昨年の送別会を取り仕切った関係から、他の氏族よりも数多く家人を参席させることが許されたのだ。それで彼女の想い人も、めでたく参加メンバーに組み込まれることに相成ったのだった。
「それじゃあ、俺たちも作業を開始しましょう。俺たちがお借りするかまど小屋は、あちらです」
勝手を知っているということで、俺は本日もシン=ルウ家のかまど小屋を借り受けていた。
そうしてそちらに出向いてみると、シン=ルウ家およびダルム=ルウ家の家人がずらりと待ちかまえている。中天にはまだまだ時間があったため、狩人らも在宅中であったのだ。
「家長として挨拶をしようと思ったら、他の面々も出てきてこのような人数になってしまったのだ。騒がしくしてしまって、申し訳ない」
そのように語るシン=ルウの左右に並ぶのは、父親のリャダ=ルウと家人のミダ=ルウ、そしてふたりの弟たちである。タリ=ルウの姿が見えないのは、おそらくすでにレイナ=ルウのもとでかまど仕事を始めているためであろう。そしてそこに、隣の家に住むダルム=ルウとシーラ=ルウが加わっている格好であった。
「ご丁寧に、どうもありがとう。みなさん、こちらがかまど小屋をお借りする家の家長で、シン=ルウです」
サウティの血族は大らかで物怖じしない人間が多いものの、この際はミダ=ルウの巨体に驚いている人々も少なくなかった。ダイやレェンの女衆などは、言わずもがなである。そんな中、ミダ=ルウはぷるぷると頬を震わせながら挨拶をしてくれた。
「アスタ、ひさしぶりなんだよ……? 今日は一緒に祝宴で、すごく嬉しいんだよ……?」
「うん。森辺では、祝宴そのものがひさしぶりだもんね。ひさびさの宴料理を楽しみにしていておくれよ」
そうして俺は、シーラ=ルウのほうに向きなおった。ヴィナ・ルウ=リリンと同じ日にご懐妊を明かしたシーラ=ルウも、すっかりおなかが大きくなっていたのだ。
「シーラ=ルウも、ちょっとおひさしぶりです。どうぞ無理はなさらないでくださいね」
「まったく無理はしていません。むしろ身体を動かさないと、わたしも赤子も弱ってしまいますので」
そのように語りながら微笑むシーラ=ルウは、ますます柔和な面持ちになっていた。これだけおなかが大きくなればさまざまな苦労が生じるだろうに、そんなことはつゆほども感じさせない穏やかさだ。
そしてダルム=ルウは、そのかたわらで仏頂面をさらしている。身重のシーラ=ルウをひとりで外に出す気にはなれず、やむなく同行することになったのであろう。しかし、ダルム=ルウがそれだけシーラ=ルウを思いやっているというだけで、俺は十分に幸福な心持ちであった。
「ダルム=ルウも、おひさしぶりです。今日はずいぶん早起きだったのですね」
「……お前が俺の何を知っているというのだ?」
「え? あ、いや、以前は中天近くまでお休みになられているという印象でしたので……」
すると、シン=ルウが落ち着いた調子で説明してくれた。
「最近は、ルウ家においても中天まで眠りこける人間は少なくなったのだ。おそらくは、猟犬のおかげで心身の疲弊が軽減されたのだろうと思う。……以前は中天まで休んでも、手足が軋むような日があったぐらいだったからな」
「あ、そうだったんだね。アイ=ファはもともと早起きだったから、そんな変化もなかったんだよ」
「うむ。狩人と女衆の仕事をともに果たしていたアイ=ファは、俺たちよりもさらに疲弊をつのらせていたはずだが……きっとアイ=ファはそんな過酷な生を乗り越えることで、あれほどの力を身につけることになったのであろうな」
そう言って、シン=ルウはゆったりと微笑んだ。
「だがきっと、アイ=ファも猟犬のおかげで苦労は減じたはずだ。アスタもファの家人として、そういったことを理解してもらいたく思うぞ」
「うん、ありがとう。今回はいい変化だったからまだいいけど、逆に疲弊が溜まったときでもアイ=ファはなかなか顔に出さないだろうからさ。十分に注意しようと思うよ」
「うむ。アスタであれば、心配はあるまいな」
そうして俺たちは挨拶を終えて、かまど小屋にお邪魔することになった。
そこで真っ先に声をあげてきたのは、サウティ分家の女衆だ。
「あの! ルウから新たな氏族に分かたれるのは、あのシン=ルウという御方の家なのですよね? 族長ダリ=サウティからも、たびたびお名前を聞かされていました!」
「うん。他にもふたつの分家がそっちに組み込まれて、シン=ルウが本家の家長をつとめるって話だね」
「やっぱりそのような大役を授かるお人というのは、あれほどに立派なたたずまいなのですね! まだお若いのに、とても堂々としていて、とてもお優しそうで……わたしは心から感服させられてしまいました!」
「あはは。でも、新しい氏族の本家の家長なんかに懸想したら、また面倒な話になっちゃうよ?」
そのように茶々を入れたのは、もちろん俺ではなくダダの長姉であった。
サウティ分家の女衆は、真っ赤になってそちらを振り返る。
「べ、べつにわたしは、そんなつもりで賞賛の言葉を口にしたわけではありません! なんでもかんでも色恋の話に結びつけるのは、よくないと思います!」
「本当に? あれだけ立派なお人だったら、ひと目で懸想してもおかしいことはないと思うけど」
サウティ分家の女衆は口をぱくぱくとさせてから、赤いお顔を伏せてしまった。
「そ、それはまあ、素敵なお人だとは思いますけど……でもわたしだって、そんな考えなしに懸想したりはしません。それは、本当の気持ちです」
「うん。でも、恋情ってのは理屈で収まらないことも多いからさ。懸想したらまずい相手には、なるべく最初から心を寄せないほうがいいと思うよ」
ダダの長姉はただ軽妙で社交的なだけでなく、なかなか鋭い洞察力や見識の深さも持ち合わせているのだ。でなければ、俺も姉御肌などという印象は抱かなかったことであろう。
サウティ分家の女衆はしばらくもじもじしてから、やおら「はい!」と大きな声をあげた。
「確かにこれは、恋情に近い気持ちであったかもしれません! でも、族長をこれ以上困らせたくはありませんので、身をつつしもうと思います!」
「そうそう。まずはフォウとの問題を片付けなくっちゃね」
すると、ヴェラの女衆も頬を赤らめることになった。
「あの、ふたりがかりでそのように言いたてられると、わたしも身の置きどころがなくなってしまうのですが……」
「え? ……あーっ、べつにあなたを責めていたわけではありません! あなたはきちんと相応の覚悟をもって、フォウの男衆に懸想したのでしょうから!」
「ですから、そういうお言葉が気恥ずかしいのですけれど」
ひさびさに集結した三人娘の、微笑ましいやりとりである。他の血族たる女衆はにこやかな面持ちでそのさまを見守っていたが、ただひとり厳しい眼差しをしている人物もいた。
「あなたがた、それも決して軽んじられない話なのでしょうが、今はかまど仕事に力を尽くすべき時間です。今少し、気持ちを引き締めるべきではないでしょうか?」
それはもちろん、サウティの女衆の束ね役たるミル・フェイ=サウティであった。サウティ分家の女衆はいっそう赤くなりながら、深々と頭を垂れる。
「も、申し訳ありません! わたしなどは、ミル・フェイ=サウティが受け持つべき重要な役目を授かった身でありましたのに……」
「謝罪するべきは、わたしではなくアスタにでしょう。班長という役目を授かったあなたの上に立つのは、アスタであるのですから」
「いえいえ、謝罪には及びません。楽しいおしゃべりも大歓迎です。でもそれも、きちんと手を動かしながらにしようね」
「はい! 申し訳ありません!」
そんなちょっとした騒ぎを経て、俺たちはようやく作業を開始することになった。
まあきっと、誰もがこの大がかりな祝宴に昂揚しているのだろう。ミル・フェイ=サウティが厳しく自制できるのは、族長の伴侶という立場から生じる責任感と年の功なのであろうと思われた。
「でも本当に、シン=ルウという御方は家人までもが立派であるように思いました。何度も勇者になられたというミダ=ルウはもちろん、年若い弟たちもずいぶん聡明そうでしたし……あの年長の家人は、どういったお立場なのでしょう?」
と、さらに言葉を重ねてきたのは、やはりダダの長姉だ。しかしきちんと手は動かしていたので、ミル・フェイ=サウティも叱りつけたりはしなかった。
「あの御方はリャダ=ルウといって、シン=ルウの父君だよ。足の負傷で狩人の仕事を果たせなくなったから、若いシン=ルウに家長の座を譲ることになったんだ」
「えっ! それではすでに、狩人の仕事から身を引いておられるのですね。そうとは思えぬほどの風格と力強さでした」
「うん。リャダ=ルウは町での護衛役を担ってくださったり、幼い子供たちに狩人としての手ほどきをしていたり……族長のドンダ=ルウが負傷をしたときなんかは、修練の手伝いをしたりもしていたからね。足が不自由でも、身体がなまらないように鍛え続けているんじゃないのかな」
「そうなのですか……それは立派なお人ですね。だからきっとシン=ルウというお人も、あのように立派に育ったのでしょう」
シン=ルウの一家が賞賛されることは、俺にとって大いなる喜びである。それで俺も、さらに言葉を重ねることになった。
「ちなみにさっきのシーラ=ルウという御方はシン=ルウの姉君で、以前はレイナ=ルウとともに屋台や祝宴の取り仕切り役を担っていたんだ。それで母君のタリ=ルウもルウ家では指折りのかまど番で、以前は宿場町で調理の手ほどきをする仕事を担っていたよ」
「えーっ! それはますますすごいです! シン=ルウのご一家というのは、本当に新たな氏族の本家に相応しい方々なのですね!」
「シーラ=ルウはドンダ=ルウの子であるダルム=ルウの伴侶になったから、新しい氏族には組み込まれなかったけどね。でも、俺にとってはルウ本家と同じぐらい大切で、お世話になった方々だよ」
すると、黙って話を聞いていたヴェラの女衆が作業の手は止めないまま小さく息をついた。
「ギバ狩りの仕事で深手を負って年若き子に家長の座を譲るというのは、わたしの家と同じ様相です。わたしの父もリャダ=ルウという御方と同じぐらい元気になればいいのですけれど……」
「ヴェラの先代家長は去年の家長会議以来お会いしてないんだけど、まだ歩くのも不自由なのかな?」
「はい。杖さえつけば歩けるようにはなれましたが、腰の骨なども痛めてしまったため、とうてい身体を鍛えることなどはできないように思います」
そんな風に言ってから、ヴェラの女衆を自分を力づけるように微笑んだ。
「ただ……わたしはフォウの集落でお世話になっているため、あちらの血族であるジョウ=ランともたびたび言葉を交わす機会を得られました。あの御方は男衆でありながら、宿屋の仕事の修練を積んでおられるそうですね。それに、《キミュスの尻尾亭》で屋台の仕事をされているラーズという御方も、あの齢でかまど番として生き直すことになったのだとうかがいました」
彼女もファの家に逗留した際は一緒に宿場町まで下りていたので、ラーズたちとも挨拶を交わした間柄であるのだ。
「たとえ狩人としての力を失っても、果たせる仕事は存在するのではないかと……ジョウ=ランやラーズのおかげで、わたしはそんな風に考えることができるようになったのです。そうしたら、父の心も多少は安らぐのではないかと……」
「うん、そうだね」と応じたのは、ダダの長姉であった。
「そんな話を聞けたんなら、いっそうフォウの集落でお世話になった甲斐があったね。自分たちの家に閉じこもっていたら、そんな話もなかなか聞けないだろうからさ」
「はい。ですから、すべての氏族が招かれるという今日の祝宴に参ずることが許されて、わたしはとても嬉しく思っています」
すると、黙々と下準備に励んでいたミル・フェイ=サウティもきりりと引き締まった顔を上げて発言した。
「それは立派な志ですが、今日の本分はジャガルの建築屋の方々と交流を深めることにあります。それを二の次にすることは許されませんよ」
そんな風に言ってから、ミル・フェイ=サウティはふっと表情をやわらげた。
「ただし……20名の客人に対して森辺の民が180名では、建築屋の方々とばかり語らうことも難しいでしょう。また、異なる王国の生まれであり、異なる仕事に携わっている建築屋の方々であれば、いっそう異なる見識を備えているかと思われます。さまざまな人々と絆を深めて見識を深めることがかなえば幸いですね」
ヴェラの女衆ばかりでなく、血族の人間すべてが「はい」と応じていた。
そして、血族ならぬダイやレェンの女衆は、感心しきった面持ちでこれらのやりとりを聞いている。俺もまた、そのひとりであった。
(やっぱりミル・フェイ=サウティは立派だな。俺も色んな人たちと楽しく語らいながら、見識を深めさせてもらいたいもんだ)
そうして俺は本格的に仕事を始める前から、満ち足りた思いを抱くことがかなったのだった。