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異世界料理道  作者: EDA
第六十七章 白の月の四つの催事
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エイラの祝宴③~宴の前に~

2022,2/9 更新分 1/1

「それで、レビとテリア=マスが婚儀をあげることになったというのか?」


 その日の夜、晩餐の場で俺からの報告を聞いたアイ=ファは、心から驚いたようであった。


「しかし……両名は今日になって、ようやくおたがいの心情を確かめ合ったところなのであろう?」


「うん。でも、気持ちが固まったんなら先延ばしにする意味はないだろうって、ミラノ=マスがそんな風に言い出したんだよ。酒屋の縁談をお断りするなら、婚儀を早くあげたほうが体裁も悪くないみたいだね」


「そうか。それが宿場町の習わしであるというのなら、私が文句をつける筋合いもないが……それで、婚儀はいつあげるのだ?」


「できれば、3日後ぐらいにはあげたいんだってさ」


「3日後!?」と、アイ=ファがまた目を剥いてしまう。その大仰なリアクションが、俺には愛くるしくてたまらなかった。


「宿場町における婚儀っていうのは、森辺ほど大がかりな話じゃないんだってよ。あんまり生活にゆとりのない人なんかだと、聖堂で誓約を交わしてそれでおしまいなんだってさ。まあ、《キミュスの尻尾亭》はけっこう大きな宿屋だから、それなりのお祝いをあげる予定らしいけどね。……それで実は、俺も料理の準備をお願いされたんだけど……」


 俺がおねだりの視線を向けると、アイ=ファは取りすましたお顔を復活させた。


「何をそのように幼子めいた目つきをしておるのだ。何か私の機嫌をうかがわなければならないわけでもあるのか?」


「いや、聖堂の誓約は夕方で、婚儀のお祝いは夜になっちゃうんだよ。そうすると、また護衛役をお願いしないといけないし、家で晩餐をとることもできなくなっちゃうから……」


「……どこかの甘えん坊が、文句を言いたてると?」


「いえいえ! それ以上の甘えん坊が、ここに控えておりますので!」


「うつけもの」と、アイ=ファが優しく俺の頭を小突いてきた。


「お前も存分に浮かれておるようだな。……ともあれ、お前にとってはレビもテリア=マスも大事な友であろう。そこで助力を願われたのなら、思うさま力をふるってやるがよい」


 そんな風に言ってから、アイ=ファはふっと息をついた。


「しかし、レビとテリア=マスが婚儀をあげるのか……レビというのは、我々よりも若年であるはずであったな」


「うん、俺たちの2歳下だったかな? それでテリア=マスが、俺たちと同い年のはずだよ」


「そうか。こうして我々は、自らよりも若年の者たちが婚儀をあげていく姿を見守っていくのだな」


 そう言って、アイ=ファはやわらかい眼差しを俺に向けてくる。

 俺はそちらに、心からの笑顔を返してみせた。


「だからって、もう謝ったりしないでくれよ? そんな話は、とっくに納得ずくなんだからな」


「うむ。しかしその得難さを忘れることは許されまい」


 そうして俺たちは多くを語らないまま、おたがいの気持ちを確かめ合うことになった。


                  ◇


 明けて、翌日である。

 下ごしらえの仕事を終えてルウの集落に出向いてみると、そこには笑顔のレイナ=ルウが待ち受けていた。


「他の族長たちからも、祝いの料理を準備することを許していただけたそうです。今日の当番はララですので、レビたちにもよろしくお伝えください」


「うん、了解。どんな料理が相応しいのか確認してくるから、今日の勉強会はその打ち合わせだね。今日こそは、合同勉強会のおさらいをしたかったけど――」


「いいのです。レビとテリア=マスにとっては一生に一度の祝いなのですから、わたしたちの都合など些末なことです」


 そのように語るレイナ=ルウは心から晴れがましい面持ちであったので、俺はとても温かい気持ちになれた。


 そうして本日の当番たるララ=ルウやリミ=ルウたちと合流し、《キミュスの尻尾亭》に向かってみると――そこには真っ赤な顔をしたレビとテリア=マスが待ち受けていたのだった。


「よ、よう、アスタ。昨日は悪かったな。さんざん世話を焼いてもらったのに、ロクにお礼も言えねえで……」


「いいんだよ。丸く収まったんなら、何よりさ」


「な、なんだよ、その目は? おかしな目つきで見るんじゃねえよ!」


「そんなにおかしな目つきになってるかな? 俺はただ、ふたりの婚儀が嬉しいだけなんだけど」


 すると、テリア=マスも羞恥心で倒れそうになりながら、ユン=スドラにおずおずと声をかけた。


「ユ、ユン=スドラも申し訳ありません。昨日はあのように情けない姿をさらしてしまって……」


「とんでもありません。わたしも心から、おふたりの婚儀をお祝いしたく思っています」


 そうしてレビとテリア=マスは、赤い顔をしたまま視線を見交わした。

 ふたりの眼差しには、これまで懸命に押し隠してきた思いがあふれかえっている。特にレビなどは長きにわたって、決して余人に真情をさらすまいと振る舞っていたのだろう。


(レビたちが《キミュスの尻尾亭》で働くようになってから、ちょうどもうすぐ1年って話だったもんな。レビとテリア=マスがいつから恋心を抱くようになったのかは知らないけど……)


 しかし、それがどれだけ深い想いであったかは、今の姿からも一目瞭然であった。


「それじゃあ、宴料理の打ち合わせについては、またのちほど。とりあえず、屋台をお借りします」


 裏の倉庫から屋台を引っ張り出して、露店区域へと進軍する。その道中で、レビがいくぶん心配げな声を投げかけてきた。


「あのさ、アスタ。できればその、婚儀の前にラウ=レイにもお礼を言っておきたいんだけど……」


「ラウ=レイだったら、婚儀にも夜のお祝いにも参席するはずだよ。今日や明日はそのぶんまでギバ狩りの仕事に励むんだろうから、話をするのはお祝いの席でもいいんじゃないのかな?」


「そっか。それじゃあ、そうさせていただくよ。まったくアスタたちには、ぶざまな姿を見られちまったな」


「そんなことないよ。婚儀っていうのは大事な話だし、人それぞれ事情があるものだからね」


 俺が何気なくそのような言葉を返すと、レビはたちまち表情を引き締めてしまった。


「そうだ。アスタには礼を言うだけじゃなく、謝らないといけなかったな。昨日は八つ当たりでひどいことを言っちまって、本当にごめん」


「いいんだよ。それでレビはラウ=レイに引っぱたかれることになっちゃったんだからさ」


「でも、俺はラウ=レイに殴り返しちまったからな。アスタが俺を殴らねえと、釣り合いが取れないんじゃねえか?」


 俺は笑いながら、レビの頭を小突いてみせた。


「それじゃあ、これでおしまいね。婚儀も間近な花婿に怪我をさせるわけにもいかないからさ」


「ちぇっ。かっこつけやがって」と言い捨ててから、レビは小さな声で「ありがとう」とつけ加えた。

 ともに歩いている父親のラーズは、何も言わずににこにこと笑っている。


 所定のスペースに到着したならば、普段通りに屋台の準備である。

 そうして朝一番のピークを乗り越えると、建築屋の面々がやってきた。


「いらっしゃいませ。毎度ありがとうございます。実はみなさんに、ご相談があるのですが――」


「もしかしたら、明後日の婚儀についてか? それならとっくに、話を聞いているぞ」


 バランのおやっさんがそのように答えると、隣の屋台で働いていたレビがまた顔を赤くしながら口を出してきた。


「じ、実はミラノ=マスが、そのお人らに増築の相談をしてたんだよ。テリア=マスの寝所に俺が転がり込むのは、あまりに狭苦しいだろうって……」


「すでに見積もりも済んでおるぞ。おかげさんで、また逗留が1日のびてしまったわ」


 と、おやっさんは滅多に見せない笑顔を覗かせた。


「まあ、銅貨をいただけばこっちも仕事だ。明日には頑丈な部屋をこしらえてやるから、せいぜい伴侶と安らかな時間を過ごすがいい」


「そうそう。どうせそんなの、最初の数年だけだからな!」


 メイトンが茶々を入れると、周囲の人々が愉快そうに笑い声をあげ、レビはいっそう顔を赤くすることになった。まあ、メイトンの一家に不和の陰りは見られないので、これは軽口の類いであろう。よって俺も、一緒に楽しい気持ちを共有することができた。


「それじゃあ、みなさんをお誘いするまでもありませんでしたね。明後日は来ていただけるのですか?」


「うむ。婚儀に参席するほどの間柄ではないが、夜の祝いには出向こうと思っていた。お前さんも料理を手掛けるのだと聞いていたからな」


 建築屋の面々は、《キミュスの尻尾亭》の関係者とそうまで関係が深いわけではない。復活祭の時期でもテリア=マスたちは宿に引きこもっていたので、交流を深める機会も得られなかったのだ。

 ただ、レビとは屋台で毎日のように顔をあわせているし、共通の友人であるユーミやルイア、ベンやカーゴとは、復活祭で一緒に騒いだ間柄だ。それに森辺の民も少なからぬ人数でお祝いに駆けつける予定であったため、俺も是非お誘いしたいと願っていたわけであった。


 それからしばらくしてやってきたのは、《銀の壺》の面々である。

 こちらも建築屋の面々と同じ理由でお誘いをかけて、無事に了承を得ることができた。


「実は昨日相談した方々の婚儀なのですよ。ラダジッドのおかげもあって、無事に婚儀の運びとなったのです」


 レビに聞かれないように声をひそめてそう告げると、ラダジッドは嬉しそうに目を細めながら「そうですか」と言った。


「では是非、夜の祝い、出向きます。……シュミラル=リリン、来ますか?」


「はい。シュミラル=リリンもテリア=マスとは知らない間柄ではありませんので」


「では、嬉しさ、倍増です。……まあ、数日前、リリンの家、うかがったばかりなのですが」


《銀の壺》の逗留期間も、じわじわと終わりが迫っている。そして彼らもこの20日ていどで、たびたび森辺に招かれていたのだった。


 ともあれ、どちらの一団からも了承をいただけて、いっそう満足な心地の俺である。

 そしてそこにやってきたのは、2日前にも会ったばかりのロイとシリィ=ロウであった。


「よう。あのシェイラって娘さんから、言伝をいただいたぜ。レビとテリア=マスが婚儀をあげるんだって?」


「ええっ!?」と驚きの声をあげたのは、レビであった。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ、アスタ。お前、城下町のお人にまでこんな話を広めちまったのか?」


「お伝えさせてもらったのは、ロイたちだけだよ。ロイもシリィ=ロウも試食会の前から、テリア=マスと交流を深める機会がありましたもんね」


「ええ。森辺の祝宴で、何度か。……それにしても明後日に婚儀とはいきなりの話でしたので、いささかならず驚かされてしまいました」


 砂塵よけの襟巻きをずらしつつ、シリィ=ロウはそう言った。


「それで、ご提案なのですが……わたしどもにも何品か、お祝いの料理を出させていただけませんでしょうか?」


「い、祝いの料理を? でも……城下町の名のある料理人に依頼をするには、相応の代価が必要なんだろう?」


「それを無償でお引き受けするのを、祝儀の代わりとさせていただければと思います。食材費は、出していただけるのですよね?」


「はい。俺たちはそのように聞いています」


 俺がそのように答えると、レビの困惑の視線がこちらに向けられてくる。


「そ、それじゃあアスタは、最初っからそういう算段でこのお人らに声をかけたのか?」


「いや、シリィ=ロウたちがどんな風に考えるかはわからなかったから、こっちの内情をお伝えしただけだよ」


「そ、そうか。でも……あんたたちはそんな世話を焼いてくれるぐらい、テリア=マスと懇意にしてたのかい? あんたとユーミはずいぶん仲良くなったみたいだって、そんな話なら聞いたことがあるんだけど……」


「そ、それはユーミがああいう気性であるために、そのように見えるというだけのことでしょう」


 今度はシリィ=ロウがいくぶん顔を赤くしながら、そう言った。


「ただわたしたちは、あらゆる方々にご満足いただけるような料理を目指すべきだと、師匠たるヴァルカスからそのように指導されています。これは宿場町の方々に料理を食べていただける貴重な機会ですし……それが試食会にて勲章を授かった《キミュスの尻尾亭》の関係者であるならば、いっそう有意であろうと考えた次第です」


「……なんて、堅苦しいことを言ってるけどさ。根っこにあるのはユーミやテリア=マスのために料理を作ってやりたいって気持ちだから、そのつもりで聞いてやってくれよ」


「よ、余計な口をはさまないでください! わたしはそのように軽はずみな気持ちではなく――」


「いやいや、この際はそっちのほうが真っ当な理由だろうよ。婚儀のお祝いに手前の都合を持ち込むほうが、よっぽど不義理なんじゃねえのか?」


 ロイにやりこめられたシリィ=ロウは、赤いお顔のまま悔しそうに唇を噛む。

 そして、そこで切り上げないのがロイの性分であった。


「ったく、いちいち屁理屈をこねないと、婚儀のお祝いをすることもできねえのかよ? テリア=マスをお祝いしたいだとか、ユーミに自分の料理を食べてほしいだとか、なんも隠すような話じゃねえだろ?」


「う、うるさいですうるさいです!」


 シリィ=ロウは子供のように、ロイの背中をぽかぽかと叩く。

 ロイはすました顔で、「そんなわけで」と言葉を重ねた。


「ちょうどこっちは休業中だから、いくらでも手は空いてるんだよ。急な話はおたがいさまってことで、了承をもらえるかい?」


「そ、それは俺が勝手に決められる話じゃないんで……宿の主人であるミラノ=マスと話してもらえるかい?」


「了解。宿の主人とは、初顔合わせだったかな? ま、テリア=マスもいるんなら大丈夫か。それじゃあこっちで屋台の料理をいただいてから、宿に向かうことにするよ」


「あ、ロイ。ヴァルカスのほうは大丈夫なんですか? また無茶をしないかって意味ですけれども」


 俺がそのように口をはさむと、ロイは「ああ」と苦笑した。


「森辺にお邪魔したばかりだから、今回は我慢がききそうだよ。こっちの話が先だったら、とびきり厄介な事態になってたかもな」


「そうですか。今回は人の熱気もすごいでしょうから、本当によかったと思います」


「まったくだな。……ただ、放っておいたらまた鬱憤が爆発しちまいそうだから、今度はアスタたちを城下町にお招きしたいところだな」


「はい。ちょうどこちらも、そんな風に話をしていました。城下町なら、ヴァルカスも腰を据えて勉強会に参加できますもんね」


 そんな感じに話はまとまり、ロイとシリィ=ロウは屋台の料理を食したのち、《キミュスの尻尾亭》に出向いていった。ミラノ=マスから無事に了承をもらって戻ってきたのは半刻ほどが経って、中天のピークを終えたのちのことである。


「それじゃあこっちも城下町に戻って、どんな献立にするか検討するよ。ま、悩むほど選択の余地はないんだけどな」


「ええ。ダレイムの野菜さえ自由に扱えれば、いっそう充実した料理をお届けできたのですが……かえすがえすも、残念です」


 ロイとシリィ=ロウがそのように言いたてると、レビはあらたまった面持ちで「ありがとう」と告げた。


「あんたたちの心づかいは、絶対に忘れないよ。……もしもそっちでも婚儀をあげるようなことになったら、俺にも声をかけてくれよな」


「ななな何を仰っているのですか! わたしとロイはそのような関係ではありません!」


 シリィ=ロウが真っ赤な顔でがなりたてると、レビはきょとんと目を丸くした。


「いや、あんたとロイのそれぞれの婚儀って意味だったんだけど……誤解させたんなら、謝るよ」


 シリィ=ロウはいっそう赤くなりながら絶句し、ロイは「はは」と笑う。


「俺はべつだん、誤解しなかったよ。……だけど、こんな全力で否定されると、さすがにちょっと傷つくよなぁ」


「あ、あ、あなたまで何を仰っているのですか!」


「店の前で騒ぐなよ。迷惑だろ。……じゃ、また明後日な」


 ロイはシリィ=ロウをなだめながら、北の方角に去っていく。その頭半分ほど身長差のある後ろ姿を見送りつつ、レビは嘆息をこぼした。


「本当にそんなつもりじゃなかったのに、シリィ=ロウには悪いことをしちまったなぁ」


「あはは。あれはシリィ=ロウの過剰反応だと思うから、気にしないでいいんじゃないのかな。でも本当に、レビはそういう話を茶化すのが嫌いなんだね」


「本当にって、どういう意味だよ?」


「いや、ちょうど昨日、ユーミがそんな風に言ってたからさ」


「ちぇっ。うるせえや」


 と、レビは気恥ずかしそうに笑う。

 昨日は負の感情ばかりをさらしていたレビが、今日はずっと幸福そうだ。それはまったくもって当たり前の話であるのだが、俺には嬉しい限りであった。


 何にせよ、親しくさせてもらっている方々とはおおよそ言葉を交わすことがかなったので、あとは商売に集中するばかりかと思ったのだが――そうは問屋が卸さなかった。ほどなくして、想定外の人物がトトスの手綱を引きながら現れたのである。


「よう、ひさしぶりだな。ジェノスはたいそうな騒ぎだったそうだが、みんな元気そうで何よりだ」


「あっ、ザッシュマ! おひさしぶりです! ジェノスに戻っていらしたのですね!」


 それは古くより交流のある、《守護人》のザッシュマであった。野盗の親分のように豪放そうな風貌をした、気さくで朗らかな人物だ。

 そして、ザッシュマに気づいたラーズが「ああ……」と感嘆の声をあげながら木箱から立ち上がった。足の悪いラーズは、いつも積み重ねた木箱に座って商売に励んでいるのだ。


「これはこれは、おひさしぶりでございやす。そちらさんもご壮健なようで……本当に何よりでございやした」


「ああ、そっちも元気そうだな。邪神教団がどうしたこうしたって話を伝え聞いてたから、俺も心配してたんだよ」


 ザッシュマはあくまで変わらぬ態度であったが、レビのほうもかしこまった面持ちで頭を下げている。それもそのはずで、かつて大怪我を負ったラーズが息子の迷惑になるまいと行方をくらまそうとして行き倒れたとき、それを発見して救ってくれたのがザッシュマであったのである。


「ザッシュマ、おひさしぶりです。ここであんたと再会できるなんて、西方神の導きとしか思えねえや。……まさか、このままジェノスを素通りしてどこかに行っちまうことはないですよね?」


「ああ。この半年ばかりはずいぶん仕事が立て込んでたんで、しばらくはジェノスでゆっくりさせてもらおうと思ってるよ。でも、その大仰な言いようは、いったい何なんだい?」


 レビが思わず口ごもると、ラーズはその頭をひとつ小突いてから代弁者の役を果たした。


「せがれは明後日、婚儀をあげるんでやすよ。よかったら、聖堂でその姿を見届けてやってくだせえ」


「へえ、婚儀! ……相手はやっぱり、宿の娘さんかい?」


 レビが赤い顔で「はい」とうなずくと、ザッシュマは「そうかそうか」と楽しそうに笑った。


「そいつは本当に何よりだったな。いや、お前さんがたはおたがいにずっと遠慮し合ってるような雰囲気だったから、俺もちっとばっかりやきもきしてたんだよ」


「やだなあ。そいつは人が悪いや。……俺たち、そんなに見え見えでしたか?」


「そりゃあまあ、《守護人》の眼力ってやつかな」


 冗談めかして言いながら、ザッシュマは手にしていた手綱を振った。


「ところで、宿までトトスを預けに行ってたら、料理がいくつか売り切れちまいそうな感じだよな。申し訳ないけど、裏につながせてもらってもいいかい?」


「どうぞどうぞ。そこまで含めて、俺たちが借り受けている場所ですので」


「ありがとよ。本当はもっと早く到着するはずだったんだが、家の連中がなかなか離してくれなくてよ」


 ということは、昨晩は故郷であるダバッグに逗留していたのだろう。あの気難しげな親父さんや大らかなお袋さんや誠実そうな義弟さんたちと温かい夜を過ごせたならば、何よりであった。

 そうしてザッシュマが裏手に回り込むために立ち去るのを見計らって、俺はレビに向きなおる。


「それにしても、ザッシュマはレビたちの気持ちに勘付いてたんだね。俺たちほど一緒にいるわけでもないのに、大したもんだ。……でもまあ《キミュスの尻尾亭》を常宿にしてれば、レビとテリア=マスが一緒に過ごしてる姿をしょっちゅう目にするわけか」


「う、うるせえよ。……アスタは俺たちのこと、勘付いてたのか?」


「いや、俺はテリア=マスの気持ちをたまたま盗み聞きしちゃっただけで、レビのほうはさっぱりだったね」


「盗み聞きってどういうことだよ! そんな話、聞いてねえぞ!」


「ごめんごめん。ほら、テリア=マスが森辺の祝宴にお招きされたとき、レビへの当てつけみたいにユーミから宴衣装を借りてたことがあったろう? あのとき、テリア=マスがユーミに気持ちを打ち明けてるのを、たまたま耳にしちゃったのさ」


「ああ……すっげえ懐かしい話だな」


 と、レビは少し遠い目をした。


「あのときも、テリア=マスに苦しい思いをさせちまったよな。本当に、俺が馬鹿だったよ」


「……やっぱりあの頃から、レビもテリア=マスに心を引かれてたのかな?」


 レビは横目で俺を見ると、気恥ずかしそうに微笑みながら「言わねえよ」と言った。

 それは17歳という年齢に相応しい初々しさと、婚儀を間近に控えた人間だけが持ち得る大人っぽさが入り混じった笑顔であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 千客万来な婚儀になりそうだなぁ(^ω^)。ドーラのおやっさんとターラにも声かけするんかしらん。いっそ城下町からもお忍びでなん組かきてくれたらさらに盛り上がるんだろが、さて。
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