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異世界料理道  作者: EDA
第五章 宿場町のギバ肉料理店
115/1675

⑦十日目~中盤戦~

2014.10/25 更新分 1/1 2015.10/5 誤字を修正

 各人が休憩を取っている間も、客足が完全に途絶えることはなかった。


 気づけば『ギバ・バーガー』は残り34食、『ミャームー焼き』は残り38食である。


「本当に今日はよく売れますね。これなら全部を売り切ることも可能なのではないでしょうか?」


 休憩後のローテーションで『ミャームー焼き』の担当になったシーラ=ルウが、明るい表情で笑いかけてくる。


「そうですねえ。店を休んだ翌日のほうが売れ行きは伸びるのかなと思っていたんですけど。念のために『ギバ・バーガー』を多めに準備してきて正解でした」


「今日は全部で170食でしたよね? それじゃあ明後日はいったい何食の……」


 と、そこでシーラ=ルウの目がハッとしたように見開かれた。

 慌てて目線を巡らせた俺は、そこに見なれた姿を見出して、ほっと胸をなでおろす。


「本家の人たちですね。今日がちょうど買い出しの日だったので、また薪の運搬をお願いさせていただいたんですよ。シーラ=ルウには言っていませんでしたっけ?」


「いえ……それは聞いていましたけれど……」


 ならば、何をそんなに驚いているのだろうか。

 道の向こうからやってきたのは、ルウ本家の次兄と次姉と末妹たちである。


 しかし、彼らが目の前まで接近してくると、俺にもシーラ=ルウの驚きが理解できたような気がした。


 顔面を包帯でぐるぐる巻きにされていたダルム=ルウが、およそ10日ほどぶりにその素顔をさらして歩いていたのだ。


「お待たせいたしました。薪です」と、花のように微笑みながら、レイナ=ルウが背中に抱えていた荷を、屋台の横に下ろす。


「えへへー。ちょうど手が空いたから、ついてきちゃった」と、レイナ=ルウの半分ていどの大きさの袋を、リミ=ルウが積み上げる。


 そして最後に、無言のダルム=ルウが3袋分の大荷物を放りだした。


 その顔に――驚きに値するほどの傷跡が残されている。


 いったいどのような手傷を負ったのだろうと、俺も心配はしていたのだが。これは確かに、相当の深手であるようだった。


 右の頬の、鼻のわきから耳の下まで続く、横一筋の大きな傷跡である。

 よほど深い傷だったのだろう。まだその傷は生々しい肉の色をしており、縫い跡もくっきり残っている。ただでさえ凶悪な顔がさらに凶悪さを増して、迫力も5割増しだ。


 しかしまた、その凶悪さは火のような眼光やふてぶてしい表情からもたらされるものであり、もともとはけっこうな男前でもあったので――それを思うと、ひどく痛々しくも感じられてしまった。


「……何をじろじろと見ているんだ、貴様は」と、またダルム=ルウの狼みたいな目ににらみすえられてしまう。


 さらに彼は悪態をつきそうな素振りを見せたが、その前にシーラ=ルウが「ダルム=ルウ」と、少し切迫した声をあげた。


「ようやくお目にかかれました……もう傷の具合はよろしいのですか?」


 ダルム=ルウは、うるさそうにそちらを振り返る。


「……シン=ルウの家の長姉か。俺の傷が何だと?」


「傷を負った日から、あなたがずっと森に入れずにいると聞いて、家族一同、心を痛めておりました。……シンの生命を救っていただいて、本当にありがとうございます」


 分家の男衆をかばって手傷を負ったとは聞いていたが、それはシン=ルウのことであったのか。


 ダルム=ルウは、心底不愉快そうに顔をしかめる。


「眷族を守るのは当たり前のことだろうが。馬鹿か、貴様は?」


「いえ。それでもあなたの助けがなければ、わたしたちは家長を失っていたのです。どうか感謝の言葉を述べさせてください」


「ちっ」と舌を鳴らして、ダルム=ルウが視線を巡らせる。

 その目が後方のアイ=ファを発見して、すっと細められた。


「……レイナ、少し待っていろ」


「え?」


 きょとんと目を丸くするレイナ=ルウらをその場に残し、ダルム=ルウは屋台を迂回してアイ=ファのほうに近づいていく。


 おいおい何の用事だよ、と俺も思わず足を踏み出しそうになってしまったが、そこにシム人のお客さんがやってきてしまった。


「ギバ?」


「あ、はい、ギバの料理です。良かったらこちらで味を確かめてみてください」


 レイナ=ルウとリミ=ルウはさりげなく屋台から遠ざかり、ギバ肉を試食するシム人の姿を物珍しそうに眺めやる。


「あちらの屋台で売っているのもギバの料理なんです。こちらはミャームーや果実酒で味付けをした焼き肉で、あちらはタラパを使った少し特別な肉料理ですね」


 お客さんはうなずいて、『ギバ・バーガー』の屋台のほうにも近づいていった。


「すごーい! 本当に町の人間がギバを食べてるんだね! 西の民じゃなくて東の民だったけど!」


「こら、声が大きいよ、リミ。……すみません、仕事の邪魔になってしまいますね。わたしたちの仕事は果たせましたので、これで失礼します」


「えーっ! リミもアイ=ファとお話していきたいよぅ」


「昨日も一昨日もずっと話はしていたじゃない。……でも、それなら、買い物が済むまでアイ=ファのところにいたら? 買い物が済んだら、迎えに来てあげるから」


「うん! ありがとう、レイナ姉!」


 そうしてレイナ=ルウは俺を振り返り、とても満ち足りた表情で笑いかけてきた。


「すみません。それではリミをお願いいたします。仕事の邪魔をするようでしたら、遠慮なく叱ってください」


「う、うん、わかったよ」


 日を重ねるごとに、レイナ=ルウは笑顔が多くなっているようだった。

 それを素直に喜んでいいのかどうかもわからない身の上の俺である。


 ファの家を出て、ルウの家人になってほしい――という気持ちがなくなっているのならば、何も気に病む必要はないのだが。最後に聞いた言葉は「あきらめません」であったし、それを取り消すという言葉も聞かされてはいないので、如何ともし難い。


 そこに、「待たせたな」と、ダルム=ルウが戻ってくる。

 慌てて後方を振り返ると――アイ=ファは、何事もなかったかのように木の陰で座していた。


「それでは、またのちほど」と、次姉と次兄は去っていく。


 当然のこと、俺は無茶苦茶にやきもきしてしまった。

 なおかつ、さきほどのお客さんが舞い戻ってきて銅貨を差し出していただけたので、やっぱりその場を動くことができない。


「ありがとうございます! 少々お待ちくださいませ!」


 仕事に集中!と念じながら、俺は焼きポイタンをつかみとった。

 その耳に、ほとんど聞こえるか聞こえないかぐらいの小さなつぶやき声が忍び込んでくる。


「……ダルム=ルウは、いったいアイ=ファに何の用事だったのでしょう……?」


「え?」


 見てみると、シーラ=ルウがものすごく打ち沈んだ感じで面を伏せてしまっていた。


 まさか――ひょっとして、アレがナニなのか?

 いやいや、何でもかんでもそういう方向に結びつけるのは、よくないことだ。


 だけど俺は、手早く『ミャームー焼き』をこしらえて、それをお客さんに渡してから、「リミ=ルウ」とかたわらの少女に呼びかけることにした。


「悪いけどさ、ちょっとアイ=ファを呼んできてくれないかな?」


「うん? わかったー!」


 ちょろちょろと、赤茶けた髪をなびかせながらリミ=ルウが走り去っていく。

 すると今度は、西の民のお客さんがやってきてくれた。

 ちょっとおどおどした感じの、象牙色の肌をした若者たちである。


「あ、あの、ふたつお願いします」


「ありがとうございます! 少々お待ちくださいませ!」


 俺の記憶に間違いがなければ、それは去りし日に、恐鳥トトスの登場で俺とともに悲鳴を唱和させた若者たちであるはずだった。

 何だかんだで、1日おきぐらいには買いに来ていただけているようである。


 まだ中天にはそこそこ間があるはずなのに、本当に順調すぎる売れ行きだ。

 そのおふたりの注文をさばいたところで、リミ=ルウがアイ=ファを引き連れてきてくれた。


「どうした? 野菜の買い出しか?」


「いや、それはまだ大丈夫なんだけど……あのさ、ダルム=ルウはお前に何の用事だったんだ?」


 アイ=ファは、とてもけげんそうに小首を傾げてから、「知らん」と言った。


「知らんって、何か会話してたんじゃないのか?」


「会話にはなっていない。何やら勝手にくっちゃべって、さっさと帰ってしまったぞ、あの次兄めは」


「……何を喋っていたのか聞いてもいいだろうか?」


 アイ=ファは、逆側に首を傾ける。


「何と言っていたかな……自分は明日から森に入るだとか、森に入れぬ狩人は役たたずだとか、たしかそのようなことを抜かしていたようだが。察するに、森に入れぬ私の身を嘲笑いたかったのではないのかな」


「あはは。何だかちっちゃな子どもみたいだね、ダルム兄ってば」


 どうにもあの御仁の迫力は、ルウとファの女衆には通用しないらしい。


 もしかしたら、あのひと月前の夜のように、たいそう不穏かつ傲岸な感じでアイ=ファを愚弄していったのかもしれないが。話だけ聞くと、確かにちょっと微笑ましい感じもしてしまう。


 そして――「ダルム=ルウはアイ=ファを嫁にすることをあきらめたわけではない」というヴィナ=ルウの言葉まであわせて考えると、ぶきっちょな男の子が気になる女の子に精一杯のアプローチをしているようにも思えてきてしまう。


 結果として、俺とシーラ=ルウの表情が晴れることはなかった。


「……もうすぐ後半戦です。頑張って働きましょうね、シーラ=ルウ」


「……はい。もちろんです」


 シーラ=ルウは、自分を元気づけるように、大きくうなずいた。


 そこに、新たなお客さんが登場する。

 ターラである。


「アスタおにいちゃん、みっつください!」


「あ、今日もありがとう! ターラは本当に毎日来てくれるねえ」


「だって美味しいから毎日食べたいもん! 明日はおやすみで残念だなあ」


 と、その焦げ茶色の瞳が、リミ=ルウをとらえた。


「わ。森辺の民の女の子だ!」


 リミ=ルウは、きょとんとした様子でターラを見返す。

 ターラは、ちょっともじもじしながら、「……はじめまして」と頭を下げた。


 たちまちリミ=ルウは満面の笑顔になり、「はじめまして!」と元気に返す。

 すると、ターラの顔にもいつも通りの無邪気な笑顔がひろがった。


「森辺の民って、おとなのひとしか町に下りてこないのかと思ってた! あ、あたしの名前はターラといいます」


「リミは、リミ=ルウだよ! リミはね、まだ小さくてあんまり重い荷物も持てないから、なかなか町まで連れてきてもらえないの」


「そうなんだ? 森辺の民って力持ちだもんね! ポイタン200個かついだりするもんねー。すごいよねー」


 ちょっとこれは、筆舌に尽くし難いぐらいなごやかなワールドが形成されそうな気配である。


 リミ=ルウのかたわらに立つアイ=ファなどは、何とも言えない面持ちで目を泳がせてしまっている。


 しかし俺はターラのために新しい肉を焼かなければならなかったので、家長に助け舟を出すこともかなわなかった。


 がんばれ、アイ=ファ!


「リミ=ルウって何歳? ターラは8歳だよ」


「リミも8歳だよ! 一緒だねー」


「一緒だねー」


「ターラはジェノスの民なのに、森辺の民が怖くないの?」


「ん……怖いひとは怖いけど、アスタおにいちゃんと一緒にいるひとたちは怖くない! そういえば、さっきは怖そうな男のひとが歩いてたなあ」


「あはは。それってたぶんダルム兄だね! リミの兄さんだよ」


「え! そうなの!? ごめんなさい!」


「ううん。ダルム兄は森辺でも他の家のひとたちには怖がられてるから。ほんとは全然怖くないんだけどね」


 年齢ばかりでなく、背格好も髪の長さも愛くるしさも似通っているふたりの少女たちである。


 何だか見ているだけで心が安らいでしまう。


「あっちの屋台にいるのは、ふたりともリミ=ルウのお姉さんなんだよ。あと、ターラが肉饅頭を食べさせてあげたのも、リミ=ルウのお兄さんだね」


 俺が口をはさんでみると、ターラは「すごーい!」と歓声をあげた。


「兄弟がいっぱいいるんだね! ターラもおにいちゃんがふたりいるんだけど、ずっとお家で仕事してるの」


「そっかー。仕事は大事だもんねー」


「そうだねー」


 助けてくれ、と、ついにアイ=ファが目で訴えてきた。


 非才なる家人として可能なのは、完成した『ミャームー焼き』をターラの鼻先に差し出すことぐらいである。


「お待ちどうさま。3つで赤6枚です」


「ありがとう! はい、お代です!」


「毎度あり! 今日は2つずつじゃないんだね?」


「うん! 父さんが『ミャームー焼き』で、ターラが『ぎばばーがー』なの! それで半分こにすれば両方食べられるじゃないかって父さんが思いついたんだよ」


 えっへんとばかりに胸をそらすターラである。

 その真実にたどりつくのに7日もかかったのかと思うと、また微笑ましい。


「じゃあね、アスタおにいちゃん! ……リミ=ルウも、また会えたらお話ししてね?」


「うん! ばいばい!」


 かくして、幼き少女たちの邂逅は果たされたのだった。

 アイ=ファが深々と息をついて、リミ=ルウのふわふわした頭に右手をのせる。


「リミ=ルウ。少し疲れた。あちらで休んでもいいか?」


「うん! レイナ姉たちが戻ってくるまで、アイ=ファともおしゃべりしなくちゃ!」


 ようやく無人のひとときが訪れた。

 何だか本当に慌ただしい1日である。


 まあ、10日間の締めくくりには相応しいかもしれないが……などと考えていると、今度はユーミがやってきた。

 本日はまたジェノスの若い女衆を引き連れての登場である。


「やあ。今日も繁盛してるみたいだね、アスタ?」


「いらっしゃいませ! 毎度ありがとうございます」


「残念でしたー。今日は全員、ぎばばーがーだよー」


 左様でございますか。

 別に悔しくはないのだが。


「あ、悪いけどあたしの分も買っておいてくれる?」と、ユーミが友人がたに言い置いてから、屋台の横手にすべりこんでくる。


「ね、アスタ、例の件はどうなったの?」


「あ、明後日からの契約のことですね? 実は、今日の仕事が終わるまで返事を待ってほしいとミラノ=マスに言われてしまいまして」


「何それ? どうしてそこまで待たされるわけ? 良いなら良い、駄目なら駄目で、別に悩むような話じゃないじゃん」


 そうしてユーミは、あらぬ方向に目線を飛ばした。


「何だか嫌な感じだなあ。それであの人は、いったい何のために、あんな風に突っ立ってるわけ?」


「え?」


 ユーミの視線を追いかけると、なんと道の端に当のミラノ=マスが立ちはだかっていた。


「あれ……全然気づかなかったなあ。いったいいつからあそこにいるんだろう」


 すると、シーラ=ルウが控えめに声をかけてくる。


「アスタ。宿屋のあの御方でしたら、レイナ=ルウたちがやってくる前から、ずっとあの場所でわたしたちの姿を見ていたようです」


「そうなんですか。うーん、どうしたんだろ」


「わけわかんないね。どうせ場所代なんて都の連中にごっそり持っていかれちゃうんだから、あとはせいぜい屋台の貸出料ぐらいしか、取り仕切り役の稼ぎにはならないんだよ。その稼ぎが惜しいなら、また契約を結べばいいだけの話なんだから、そんなに考えこむような話じゃないはずなんだけどなあ」


 そうこうしている間に『ギバ・バーガー』が完成し、ご友人のひとりがユーミのもとまでそれを届けに来てくれた。


「あ、ありがと。あたしはちょっとこの人と話があるから、そっちで食べててよ」


 が、間の悪いことに、そこに新規のお客さんがやってきてしまった。


 南の民――だろうか?

 いや、がっしりとした体型と勇猛そうな面がまえはジャガル人ぽいのだが、肌は濃い目の象牙色をしている。


「ほほう、こいつがギバ肉の料理ですかな」


 顔立ちは厳めしいが、物腰は柔らかそうな壮年の男性だった。

 髪と髭は褐色で、瞳の色は――明るいグリーンだ。

 それもまた、南の民によく見る色合いだった。

 身長も小柄で、ユーミと同じぐらいしかない。


「ふむふむ。こちらで味見をしてもよい、と?」


「はい。よかったら、どうぞ」


 その男性はグリギの爪楊枝で肉片を上手に捕らえ、ためつすがめつしてから、それを大きな口の中に放り込んだ。


「……ふむふむ」


「あちらの屋台のもギバ肉の料理です。よかったら味を比べてみてください」


「ほうほう」


 ひょこひょこと、ちょっとユーモラスな挙動で『ギバ・バーガー』の屋台へと向かっていく。

 その後ろ姿を見つめながら、ユーミは何やら難しげな顔をしていた。


「あの人――誰だっけ?」


「え? お知り合いですか?」


「ううん。でも、なんか見たことのある顔なんだよね……」


『ギバ・バーガー』をかじりながら、ユーミは「うーん」と考えこんでしまう。


 その間に、その人物はまたひょこひょこと戻ってきた。


「あちらの料理は何やら不思議なお味ですな。わたしはこちらの料理をいただくことにしましょう」


「ありがとうございます。お代は赤銅貨2枚になります」


「ふむ。この量で2枚は安いですな」


 うなずきながら、銅貨を差し出してくる。

 肉とアリアを温めなおしてから、俺は商品を提供した。


「ふむふむ」と、また一通り外観を確認してから、その人物は『ミャームー焼き』に歯を立てた。


「……ほうほう」


 まったく立ち去る気配がないので、俺は愛想よく「いかがですか?」と問うてみる。


「非常に美味です。これがギバの肉とは、驚きです。どうしてギバ肉の料理などがそこまでもてはやされるのか、舌を麻痺させる薬でも混ぜこんであるのではないかなどと疑ってしまったりもしていたのですが、いや、こいつは本当に美味ですな」


「……ありがとうございます」


「それに、味付けがまた素晴らしい。果実酒の甘さとミャームーの辛さが絶妙な配合ですな。この味付けは、どこのどなたが?」


「こちらの味付けは俺が担当しております」


「ほうほう。お若いのに大したものだ。……しかし、このフワノは少し変わった食感をしておりますな。生地はしっかりしているのに、歯触りがとてもなめらかです」


「あ、それはフワノではなく、ポイタンなのです」


「は?」「え?」と、その人物ばかりでなく、ユーミの目まで丸くなってしまった。


「ポイタンって、旅人が食べる、あのポイタン? 違うよね? あれはどろーっとした泥水みたいな食べ物でしょ?」


「あ、いやいや、これはそのポイタンを煮詰めたり乾かしたりして作った生地なのです」


 そういえば、カミュアはギバ肉と同じぐらい、このポイタンの加工についても驚いていた気がする。


「ふーむ?」と、その人物はいっそうまじまじと食べかけの『ミャームー焼き』を見つめ始めた。


「確かにこの色合いはポイタンに似ていなくもないですが……本当に? 冗談ではなく?」


「はい。ギーゴもほんの少しだけ混ぜておりますが」


 もしかしたら、ギバ肉とはまた違った意味で評価の低いポイタンの名前などは出さないほうが良かったのだろうか。


「……ポイタンとは、とても安価な食材でしたな?」


「はあ。自分はフワノとやらの値段を知らないので、比べようがないのですが」


「フワノであったら、赤銅貨1枚でこの料理が3つほど作れるでしょうな」


「なるほど。ポイタンでしたら、5つほどでしょうね」


「……ふーむ!」とうなりながら、その人物は『ミャームー焼き』の残りを口の中に押しこんだ。


 それと同時に、ユーミが「あっ!」と大きな声をあげる。


「思い出した! あんた、どこかの宿屋の親父さんだね? どこかで見た顔だと思ったら、宿屋の寄り合いで見かけたんだった!」


「ほうほう? 今まで気づかなかったのですかな? あなたは《西風亭》の娘さんでありましょう? わたしは《南の大樹亭》の主人でナウディスと申す者です」


 その名前には、聞き覚えがあった。


「ああ、それではあなたが、建築屋のアルダスという方のお知り合いなのですか」


「はいはい。あの方たちは毎年うちの宿をご利用してくださいますな。ご覧の通り、わたし自身にも南の血が流れておりますゆえ、ジャガルからのお客人にはごひいきにさせていただいております」


 なるほど、西と南の混血であられたのか。

 まあ、敵対国である北と西、東と南の混血でなければ、虐げられることもない、とカミュアも言っていた。


「この屋台の料理は本当に美味であるとうちの宿ではたいそうな話題になっておりましてな。確かにこいつは素晴らしい料理です。感服しました。脱帽であります」


「あ、ありがとうございます」


「……それで、何? もしかしたら、そっちの店で契約を結んで屋台を出さないかとか、そういう話?」


 少し面白くなさそうにユーミが口をはさむと、ナウディス氏は「ほうほう?」と太い首を傾げやった。


「こちらの屋台は《キミュスの尻尾亭》のものですな? べつだんどの取り仕切り役と契約をしても大した違いはありません。わたしはただ、こちらのご主人にご相談があってやってきたのです」


「相談、ですか?」


「はい。……良かったら、うちの店でもあなたの料理を取り扱わせていただくことはできませんかな?」


 とても柔和な物腰で、ナウディス氏は、そう言った。

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