森辺の合同勉強会②~それぞれの作法~
2022.1/23 更新分 1/1
そうして俺は、ファの家に集結した客人たちをあらためてかまど小屋に案内することになった。
城下町からはヴァルカスの一派およびプラティカとニコラで、7名。ルウ家からは3名、近在の氏族からは4名で、俺自身を含めた総勢は15名だ。かなりゆとりをもって造られたファの家のかまどの間でも、これはなかなかに定員ぎりぎりの大人数であった。
しかしまあ、それだけ数多くの人々がこの合同勉強会を楽しみにしていたという証である。さらにヴァルカス本人まで参戦するという事態に至り、森辺のかまど番たちはいっそう期待をふくらませていたのだった。
「今回はひさびさのお招きであったため、この人数になってしまいました。次回からは、ルウ家とファの近在の氏族で分かれて、みなさんをお招きしたいと考えています」
「ああ。最後にお招きされたのは、たしか雨季の真っ最中だったもんな。それで雨季が明けるなり、南の王族のお人らがいらしたもんだから、こんなに間が空いちまったんだ」
「それでダカルマス殿下が帰国しようかという頃合いで、邪神教団の騒ぎでしたもんね。本当に、今日という日を心待ちにしておりましたよ」
俺の言葉に、レイナ=ルウたちは笑顔でうなずいている。それらの女衆の姿に、ロイはいくぶん照れ臭そうに笑い、シリィ=ロウはもじもじとしていた。
「なんか、こんなに大歓迎されると、こっちは気が引けちまうよ。何せこっちは主人もろとも、商売も研究も行き詰ってるさなかなんだからな」
「なるほど。ダレイムの野菜が扱えなくなってしまったせいで、ずいぶん苦労をされているようですね」
「苦労なんてもんじゃねえよ。でも、そっちは一昨日の晩餐会も大成功だったらしいな。屋台もたいそう繁盛してるそうだし、まったくあやかりたいもんだよ」
ロイにしては弱気な発言であり、シリィ=ロウもそれを咎めようとしない。シリィ=ロウが力なく見えるのは、今日の騒ぎだけが原因ではないのかもしれなかった。
「ヴァ、ヴァ、ヴァルカスを筆頭とする城下町の方々は、野菜を具材ではなく調味料の材料として扱うことが多いですものね。だ、だ、だからこそ、森辺や宿場町の方々よりも苦労が大きくなってしまうのではないでしょうか?」
と、こういう場では積極的になるマルフィラ=ナハムが、さっそく本領を発揮した。
「か、か、かくいうわたしもヴァルカスから強い影響を受けているため、自分で考案した料理はほとんど作れなくなってしまいました。ぐ、具材であれば他の野菜に置き換えることも難しくはありませんが、調味料のように扱っていた野菜を他の食材に置き換えるのは、あまりに手間ですものね」
奇っ怪な姿をしたヴァルカスが身を乗り出して何か言いかけたようだが、途中で断念して引き下がった。その姿を横目で確認したタートゥマイが、代弁者のように発言する。
「ヴァルカスは、まさしくそういった部分で大きな苦悩を抱えておられました。ダレイムの野菜が扱えなければ、ヴァルカスの料理は9割がたが作製できなくなってしまうのです」
「きゅーわり! それは大変だねー!」と、リミ=ルウがびっくりまなこで声をあげた。
「でも、そっか。リミたちもアリアやタラパが使えないせいで、うすたーそーすとかけちゃっぷとかを作れなくなっちゃったもんねー」
「ええ。なおかつ、具材として扱っていた野菜に関しても、なかなか他の食材に置き換えるのは難しいため……現在は、店を閉める他ない状況であります」
「でも、こんな状況が何ヶ月も続いたら、ヴァルカスの蓄えも消えてなくなっちまうよな。完璧主義もほどほどにしとけって話だよ」
ロイはそのように言いたてたが、ヴァルカスは感じ入った様子もなくフシューフシューと息を吐いている。そこで声をあげたのは、レイナ=ルウであった。
「ですがわたしも、ヴァルカスが料理で妥協する姿など想像がつきません。ヴァルカスはそれだけ強い信念をお持ちだからこそ、あれほど見事な料理を作りあげることがかなうのではないでしょうか?」
「でも、それで店をたたむことになっちまったら、本末転倒だろ。ダレイムの畑が回復するのは半年がかりって話なんだから、こっちも何らかの形で商売を再開させないと干上がっちまうんだよ」
「ですが、ダレイムの野菜に関しては、ポルアースが何か新たな手を打ってくださるのですよね?」
レイナ=ルウに水を向けられて、俺は「うん」と応じてみせる。
「品薄になったダレイムの野菜を優先的に購入しているのは、宿場町の方々なのですよね。それで、宿場町の方々に外来の野菜の値段と味を周知すれば、ダレイムの野菜を買い占められることもなくなるんじゃないかという話が持ち上がりました。ポルアースは、近日中に手を打ちたいという話でしたよ」
「そうしたら、俺たちもダレイムの野菜を買いつけられるようになるのか?」
「ポルアースの手立てがうまくいけば、ですね。いちおう値の張る野菜ほど在庫にゆとりが出るんじゃないかという見込みです。あとは、果実などですね」
「値の張る野菜……チャッチやプラあたりか。それでも十分にありがたいけど、やっぱりタラパやネェノンやミャームーあたりを何とかしてほしいところだよなぁ。それに、ギーゴやナナールあたりも、ヴァルカスの料理ではけっこう重要だしよ」
ロイやシリィ=ロウが難しげな顔で考え込むと、ボズルが笑顔で声をあげた。
「まあ、《銀星堂》の苦境についてはさておくとして、本日はどのような研究を進めるご予定なのでしょうかな?」
「それは、みなさんのご意見をうかがおうかと思っていました。こちらはダレイムの野菜を扱えない状況にも、なんとか慣れてきたところでしたので」
「それではまず、ダレイムの野菜をいかなる食材で補うことになったのか、おたがいの考案を開示してみてはいかがでしょう? 我々と森辺の方々では作法が大きく異なっておりますため、何かおたがいに有意な発見があるやもしれませんぞ」
ということで、まずは存分に語り合うことになった。これはこれで、勉強会の醍醐味であろう。
「こちらはアリアを扱う料理が多かったので、ユラル・パを代用に使う機会が多かったですね。味や風味はずいぶん異なりますが、香味野菜としては同じぐらい有用な存在だと思いますので。……あと、チャッチは食感の近いマ・ギーゴやノ・ギーゴを代わりに使うことが多いです」
「なるほど。ギーゴではなくチャッチの代用として、マ・ギーゴやノ・ギーゴを使っておられるのですか。確かにギーゴの粘り気というものは、マ・ギーゴでもノ・ギーゴでも補えませんしな。それで、プラはマ・プラ、ティノはマ・ティノというのが無難でありましょうが……我々は、ネェノンの代用品としてドルーに着目しております」
「ドルーですか。食感はそれなりに近いですけれど、風味はずいぶん異なっていますね」
「ええ。大地の香りという共通点はあるのですが、ネェノン独特のまろやかな風味というものは如何なる食材でも補うことはかないません。ただ、ネェノンの代わりにドルーを使う際にはミンミの甘さと風味が調和するようだという発見がありました。ネェノンを使う料理とは別種ながらも確かな調和を求められるかと思われます」
「あとはやっぱり、ミャームーですね。ミャームーの代わりは何にもつとまらないと思いますので、こちらはケルの根を主体にする料理を多く手掛けています」
「ああ、ミャームー不足は料理人泣かせでありますな。これだけ数多くの香草を扱えるジェノスにおいても、ミャームーだけはどうしようもありません。……あと、なかなか代用の難しいタラパですが、我々はチャムチャムに着目しております」
「え? タラパの代わりにチャムチャムですか? それはずいぶん、意外な代用品ですね」
「はい。チャムチャムはタラパと似ても似つかない食材でありますな。ただ、チャムチャムに干しキキの汁やワッチやマトラなどを添加すると……タラパの味に近づくわけではないのですが、どこか似たところのある調和が得られるのです。その結果から推察するに、タラパとチャムチャムは何か同じ性質の滋養を備えているのやもしれませんな」
確かにボズルの言う通り、俺たちはまったく作法が異なっているために着眼点も異なっているようであった。
森辺のかまど番はもちろん、ロイやシリィ=ロウも興味深そうに俺たちのやりとりを聞いている。ただひとり、ヴァルカスだけは退屈そうにぼんやりと立ち尽くしていた。
「うーん。タラパとチャムチャムに共通する滋養があるとしたら、それは旨み成分というやつかもしれませんね。そうだとすると、ティンファも同じ滋養を持っているかもしれません。俺の故郷では、その成分が肉や魚の旨みをより引き出すのだと言われていました」
「それは興味深いお話でありますな。是非、ティンファも試してみたく思います。……ああ、あとはママリアの酢と果実酒です。もとよりママリアの食材はタラパと相性がいいようですので、チャムチャムやティンファとも相性がいいかもしれません」
「俺も昔から、タラパ料理には果実酒をたびたび使っていましたね。あ、お酒といえば、ニャッタの蒸留酒などは――」
と、そんな感じに俺たちは、四半刻ばかりも語らうことになってしまった。
森辺のかまど番たちはいっそう瞳を輝かせつつ、ちょっとうずうずしてしまっている。もとより森辺の民というのは能動的であるため、座学よりも実地を好むものであるのだ。
「では、おたがいに手本となるような料理を作っていきましょうか。これだけの人数ですので、4つぐらいの班に分かれてみてはどうでしょう?」
「異存はありません。こちらはヴァルカスとタートゥマイを、ふたりでひとりとお考えください」
ということで、ざっくり班分けすることになった。
ヴァルカスとタートゥマイはルウ家の3名、ロイは俺とプラティカとニコラ、シリィ=ロウはレイ=マトゥアとマルフィラ=ナハム、ボズルはトゥール=ディンとユン=スドラという組み合わせで、おたがいに調理を見せ合う格好である。まずは、城下町の側からはロイとボズル、森辺からはルウ家とマルフィラ=ナハムの班が調理を受け持つことになった。
「よくよく見たら、森辺の8人は試食会で料理を出してた顔ぶれなんだな。気を引き締めないと、こっちが習うばかりになっちまいそうだ」
「そんなことはありませんよ。さっきボズルが語らっていた話は、みんなロイたちもわきまえているのでしょう? その手腕を拝見するだけで、十分に有意義です」
すると、ニコラもしかつめらしく発言した。
「わたしなどは本当に習うばかりの立場ですので、恐縮の限りです。森辺の方々はもちろん、《銀星堂》の方々にも深く感謝しています」
「あんただって、菓子の手腕はかなりのもんだろ。また晩餐では菓子をこしらえて、シリィ=ロウをやきもきさせてやってくれよ」
冗談めかして言いながら、ロイは調理の準備を進めていった。
せっかくなので、4つの班ではそれぞれ異なる料理を作りあげることにする。それでもって味見は全員で行うという、なんとも豪勢な勉強会である。
「俺はチャムチャムの料理を引き受けることになったよ。こいつは料理の完成品じゃなく、あくまで土台の部分だから、そのつもりでな」
ロイの手際をこれほど間近で拝見するのは、実にひさびさのことだ。
まずはタケノコのごときチャムチャムを下茹でしながら、他なる食材の準備にいそしむ。その際にチットの実を加えるのは、チャムチャムのえぐみを緩和させるための細工である。料理人として不自由な日々を送っていても、ロイの手さばきにはまったく澱みも見られなかった。
「そういえば、ジャガルのお姫さんはどんな感じだった? 《銀星堂》では大した見学もできなかったって、さぞかしぼやいてたろうな」
「いえいえ。デルシェア姫は、ヴァルカスの境遇に同情しておられましたよ。ヴァルカスは舌が鋭すぎて、なかなか次善の策ではご満足できないのでしょうしね」
「それでも貴族をうならせるぐらいは朝飯前のはずなんだけどな。……ま、今は貴族も派手な遊びをつつしみ中で、ロクに依頼も来ないんだけどよ」
「城下町の方々は、本当に大変ですね。もちろん一番大変なのは、ダレイムで畑を台無しにされた方々なんでしょうけど……」
「そういうお前らだって、たいそうな騒ぎだったんだろ? 森辺の森があちこち食い尽くされちまったみたいだって、城下町でも評判になってたぞ」
そんな風に語らいながら、ロイはどんどん作業を進めていく。下茹でしたチャムチャムは自然に冷めるのを待ってからみじん切りにして、あとは他の食材との煮込み作業だ。さきほど名前のあがっていたワッチとマトラに、塩と砂糖と赤ママリアの酢、そして干しキキの汁が加えられる。
「で、本当だったら、ここにカロンの肉をぶちこむんだけどな。これだけで味見するかギバ肉をぶちこむかは、そっちで決めてくれ」
「でしたら、ギバ肉を入れましょう。重要なのは、肉とチャムチャムがおたがいの旨みを引き出せるかという点でしょうからね」
「旨みねぇ……さっきはひさびさに、お前が外来の民ってことを痛感させられたよ」
と、ロイの眼光が鋭さを帯びる。
「お前は何だか、どの野菜にどんな滋養が備わってるのか、みんなわきまえてるような口ぶりだったな。それこそ、香草に詳しい東の民みたいによ」
「いえいえ。あれはあくまで俺の故郷の野菜の話ですし、俺だって全容を把握しているわけじゃありませんよ」
この地には、まだ栄養学というものが発展していないのだろう。だからこそ、こうして実地で相性のいい食材や調理法を研究して、美味なる料理を作りあげているのだ。俺とて栄養学などは門前の小僧未満であるのだから、条件はさほど変わらないはずだった。
「それに俺は、既成概念を打ち破る努力をしている真っ最中ですからね。さきほどのお話は、本当に興味深かったです」
「私、同じ気持ちです。話、うかがうだけで、胸、躍りました」
プラティカも紫色の瞳をめらめらと燃やしながら、そのように言いたてた。
そこで、別の班から料理の完成が告げられる。シリィ=ロウとマルフィラ=ナハムとレイ=マトゥアの班だ。
「こっちはもうちょい時間がかかるんで、先に味見をさせてもらうぜ。今日は何を作ってくれたんだい?」
「そ、そ、それがその、シリィ=ロウが、こちらの料理をご所望でしたので……」
マルフィラ=ナハムは、ひどく恐縮している。そしてそちらの卓に並べられていたのは、先日の晩餐会でも供された香味焼きに他ならなかった。
「こ、こ、こちらの料理はダレイムの野菜が使えないために、未完成の状態にあります。で、ですから今日の勉強会でお出しするのは、不相応かと思うのですが……」
「申し訳ありません。そちらの料理はデルシェア姫の晩餐会でも非常な評判であったと聞き及んでいましたので、わたしが無理に作っていただいたのです」
シリィ=ロウは案の定、対抗心を剥き出しにしていた。彼女は森辺のかまど番の中でも、とりわけマルフィラ=ナハムを意識してしまっているのである。
まあ、マルフィラ=ナハムの香味焼きは十二分に美味であるので、味見をしてもらう甲斐はあるだろう。すでにその料理を知っている俺たちには味見用の料理も準備されていなかったため、《銀星堂》の面々が味見をする姿を見守るばかりであった。
「ほう、これは美味ですな。これでもなお完成には至っていないというのは、驚きです」
まずは大らかなるボズルが、和やかな笑顔で発言した。
それに続いて料理を食したシリィ=ロウは、愕然とした様子で身を震わせる。そうしてぷるぷる肩を震わせながら、シリィ=ロウはマルフィラ=ナハムに向きなおった。
「……確かに、美味です。そしてこれまでの料理と同じように、アスタとヴァルカスの作法を見事に取り込んでいるように感じられます。あなたはダレイムの野菜を使えないさなかに、これほどの料理を考案してみせたのですね」
「は、は、はい。せ、先日の騒乱で疲弊した家族たちを、なんとか力づけたく思いましたので……み、未完成の料理なのですけれど、家族も喜んで食べてくれました」
そんな風に答えながら、マルフィラ=ナハムはヴァルカスのほうをうかがっていた。
ヴァルカスはタートゥマイに手を借りて、防塵マスクを外しているさなかである。それは覆面の上から帯できつく固定されていたようで、それをほどくのがずいぶん大変そうであった。
そうして防塵マスクが外されると、覆面の穴からヴァルカスの口と鼻だけがあらわにされる。
ヴァルカスは、小皿に取り分けられたマルフィラ=ナハムの香味焼きを口に運び――それと同時に、タートゥマイが素早く防塵マスクを装着させた。言っては悪いが、シュールなコントでも見せつけられているような感覚である。
マスクの中で咀嚼を終えたヴァルカスは、かたわらのタートゥマイの耳もとへと口を寄せる。タートゥマイは無表情にその言葉を聞き届けて、やがてそれを俺たちに伝えてくれた。
「とても期待のできる料理であるだけに、このように未完成であることがとても残念です。最低限、アリアとミャームーは必要でしょうし……果実も、ミンミとワッチだけでは不足しているように思います」
「は、は、はい。わ、わたしはアリアとミャームーとラマムを使いたいと願っていました」
マルフィラ=ナハムはむしろほっとしたような面持ちで、そんな風に答えていた。
ヴァルカスは再び、マスクごしにタートゥマイへと言葉を伝える。大きな声を出して体力を消耗しないように、このような手段を取っているのだろう。
「ラマムは、無難であるかと思います。ただし、ラマムがワッチとあわさると、酸味が過剰になるやもしれません。調合には、十分な配慮が必要になることでしょう」
「は、は、はい。そ、それらの食材を買いつけられるようになったら、試してみたく思います」
タートゥマイを間にはさんでいるものの、ヴァルカスとマルフィラ=ナハムのやりとりはきわめてスムーズであるように感じられた。それはきっと、マルフィラ=ナハムがヴァルカスと同じ土俵に立っているという証なのだろう。シリィ=ロウばかりでなく、レイナ=ルウもきりりと凛々しい面持ちで両名のやりとりを見守っていた。
(こういう感覚も、懐かしいな)
俺がそんな風に考えていると、ロイがこっそり嘆息をこぼした。
「こんな料理を食べさせられたら、自分は何をてれてれやってたんだって思い知らされちまうな。食材不足に振り回されて、俺はこれっぽっちも自分の勉強が進んでないからよ」
「いま作っている料理だって、《銀星堂》の成果なんでしょう? ロイだってその一員なんですから、何も恥じる必要はないと思いますよ」
それから次に完成したのは、ルウ家の班の料理であった。そちらで手掛けてもらったのは、ごく真っ当な回鍋肉だ。アリアの代わりにユラル・パ、ティノの代わりにティンファ、プラの代わりにマ・プラを使っているため、具材の野菜をすべて代用品にした料理の代表として選出したのだった。
さきほどと同じ手順でそれを味見したヴァルカスは、またタートゥマイごしに感想を伝えてくる。
「こちらは以前にいただいた料理よりも、むしろ完成度が上がったように感じられます。ただ一点、プラの苦みが消えてしまったことだけが調和を乱しておりますが、そこを除けば味が向上したぐらいなのではないでしょうか?」
「はい。実は俺の故郷においても、こちらの料理ではユラル・パに似た野菜を使うほうが一般的であったかもしれないのですよね。だからむしろ、俺はユラル・パに出会うまで代用としてアリアを使っていた、ということになるのかもしれません」
俺は、そんな風に答えてみせた。
「それで、ティノとティンファに関しては……俺の故郷では、ティノに似た野菜を使うほうが一般的でした。でも、さっきも話に出ていた通り、ティンファというのは肉の旨みを引き出す効能が強いように思うのですよね。それがヴァルカスのお気に召したのではないでしょうか?」
「……では、今後はどのように取り計らうおつもりなのでしょう?」
「うーん。それでも俺は、ティンファよりもティノのほうがこの料理に合う食感をしているように思いますので……ティノやプラが手に入るようになったら、まずはユラル・パとの相性を確かめつつ、すべての組み合わせを試してみようかと思います」
「……賢明なご判断です」
そのように語る本人の声も表情もうかがえないというのは、やはりなかなか奇妙な気分であった。
そうしてお次は、ボズルの料理が完成する。ロイは煮込み料理であったため、完成が最後になってしまったようだ。
「こちらは、ネェノンの代わりにドルーを使った調味液となります。刻んだドルーを各種の香草と調味料で煮込み、調味液に仕立てたものですな。焼いたギバ肉とも、相性は悪くないものと自負しております」
ドルーというのはカブに似た野菜であるが、赤紫の色合いが煮汁にまでしみでる性質を有している。ゆえに、その調味液もすべての食材の存在を圧して、鮮烈なまでの赤紫色であった。
どのような食材が使われているのかは気になるところだが、それは同じ班であるトゥール=ディンとユン=スドラが見届けてくれたはずだ。限られた時間で最大限の成果を得られるように、細かい話は後日に再確認する手はずになっていた。
ということで、とにかく味見をさせていただいたのだが――こちらは見た目の通りに、鮮烈な味わいであった。ドルーの土臭さを土台にして、香草の辛みと果実の甘さが際立っている。それを塩だけで焼いたギバ肉に掛けて食すると、得も言われぬ美味しさであった。
「これは素晴らしい味わいですね。普通に主菜の肉料理として扱っても、十分にご満足いただけるのではないでしょうか?」
「おほめにあずかり、光栄です。ですが、《銀星堂》においてこちらの調味液を単品で扱う料理はお出ししていないのです。これとは別に2種の調味液を完成させないと、商品たりえないのですな」
言われてみれば、こちらの料理にはヴァルカス特有の複雑さが感じられなかった。これと同じぐらい凝った調味液を3種も使うことによって、ヴァルカスの味は完成するのだろう。
「現在は、2種めの調味液をダレイムの野菜を使わずに作りあげる努力をしているさなかとなりますが……それよりも早く、ミャームーやペペを使えるようになることを祈るばかりですな」
つくづく《銀星堂》の面々が負った苦労というのは、尋常でないようであった。
そこでようやくロイの料理も完成したため、そちらの味見に取りかかる。ギバのロースをチャムチャムとワッチとマトラ、塩と砂糖と赤ママリア酢と干しキキの汁で煮込んだ料理である。
ちなみに、ワッチは夏みかん、マトラは干し柿に似た果実である。それらは最初から細かく挽かれて煮汁の材料にされており、タケノコのごときチャムチャムもみじん切りだ。そこに梅干しめいた風味を持つ干しキキの汁と赤ママリア酢の酸味が加えられて、いったいどのような味わいであるのかは想像もできなかったが――食してみると、意外なほどにシンプルな美味しさであった。
「これ、美味しいねー! ちょっと酸っぱいけど、甘みのほうが強いみたいだし!」
と、甘党のリミ=ルウもご満悦の様子である。マトラは砂糖よりも甘いかもしれないと言われる果実であるため、確かに甘みが際立っているのだ。
しかし、甘さや酸っぱさというわかりやすい味わいの裏側に、とても深みが感じられる。《銀星堂》の料理としては食材の種類も少ないほうであるのだが、その限られた食材がしっかりと調和してギバ肉の旨みを引き出しているようだった。
「細かく切り分けられたチャムチャムの食感もいいですね。それで、これは……もともとタラパの代用としてチャムチャムを使ったというお話でしたよね?」
「ああ。似ても似つかない味わいだろ?」
「はい。だけど確かに、タラパを使った料理のような深みを感じます。これはこれで、ひとつの料理として成立していると思いますよ」
「だけどさっきも言った通り、こいつはあくまで下味なんだよ。一緒に煮込む具材と後掛けの調味液が準備できないから、商品にならねえんだ」
商品にならないというよりは、ヴァルカス本人が未完成の料理を商品にしたくないというのが実態であるのだろう。なおかつ、《銀星堂》の顧客というのはヴァルカスならではの複雑怪奇な味わいを求めているのであろうから――これほどシンプルな料理を出してしまうと、やっぱり店の評判に関わってしまうのかもしれなかった。
(なんか、ヴァルカスがどれだけ個性的な料理人であるかが、いっそう浮き彫りにされた心地だなぁ)
そんな感慨を噛みしめつつ、俺はヴァルカスの様子をうかがってみたが――やはりヴァルカスは退屈そうに、フシューフシューと呼吸音をもらすばかりであった。