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異世界料理道  作者: EDA
第六十七章 白の月の四つの催事
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城下町の晩餐会②~お召し替え~

2022.1/19 更新分 1/1

 下りの五の刻を少し過ぎたあたりで、俺たちは厨を出ることになった。

 晩餐会の開始は、五の刻の半である。それまでに、俺たちは参席者として身なりを整えなければならなかったのだった。


「では、私、失礼します」


 と、みんなで厨を出るなり、プラティカが頭を下げてきた。ニコラとジェムドはそれぞれの主人が参席者であるため従者として同席するが、プラティカとはここでお別れであるのだ。デルシェア姫もすべての料理が完成に近づいた時点で姿を消し、今ごろはお召し替えの最中であるはずであった。


「晩餐会までご一緒できないのは残念ですが、明後日はロイたちを招いての勉強会ですからね。プラティカも、どうぞよろしくお願いします」


「はい。すべての料理、味見、できましたので、悔い、ありません。勉強会、楽しみにしています」


 と、口ではそのように答えつつ、先刻のアイ=ファのように口もとをごにょごにょさせているプラティカである。調理の見学という面では何の過不足もないものの、ひとりで退席するというのはやっぱり物寂しいものであるのだろう。そんなプラティカの心中を見て取ったかのように、アイ=ファがやわらかい表情で語りかけた。


「今日はおたがいに仕事を抱えていたため、ほとんど語らうこともできなかったな。2日後にまた会えることを楽しみにしているぞ」


 プラティカはびっくりしたように目を見開くと、表情の乱れを隠したいかのように両手で頬のあたりを覆った。


「……アイ=ファ、厳しい人間であるのに、時おり、優しい顔、覗かせる、卑怯、思います」


「そうか。では、お前には厳しい顔だけを見せるべきであろうかな」


 そんな風に言いながら、アイ=ファは優しい表情でプラティカの頭を小突いた。

 その姿に、今度はユン=スドラがびっくりまなことなりつつ、俺に耳打ちしてくる。


「あの、アイ=ファとプラティカが居揃う姿を目にするのは少しひさびさなのですが、おふたりはずいぶん気安いご関係になられたようですね?」


「そうなのかな? 俺はずっとそばで見てきたから、あまり変化も感じないけど……ふたりは少し雰囲気が似てるから、姉妹っぽく見えるときがあるよね」


「はい。なんだか見ているだけで、胸が温かくなってしまいます」


 それは俺も、まったくの同感である。

 そうしてプラティカの退席を見届けた俺たちは、ニコラやジェムドともいったん別れを告げて、お召し替えの間にいざなわれることになった。

 そこで現れたのが、ダレイム伯爵家の侍女たるシェイラだ。俺たちとは宿場町でもちょくちょく顔をあわせる機会があったため、彼女の関心は真っ直ぐアイ=ファにだけ向けられていた。


「おひさしぶりです、アイ=ファ様。本日もわたくしがお召し替えをお手伝いいたしますので、どうぞよろしくお願いいたします」


 アイ=ファは曖昧な表情で「うむ」と応じる。シェイラはアイ=ファを着飾らせることに大いなる熱情を抱いているため、どうしても温度差が生じてしまうのだ。


(そういえば、アイ=ファは俺よりも先にシェイラと出会ってたんだよな。あれも、白の月のことだったっけ)


 俺がリフレイアにさらわれた際、アイ=ファはシムの豪商の娘と身分を偽って、トゥラン伯爵家に潜入した。そのときにアイ=ファの着替えを手伝ってくれたのが、このシェイラであったという話であったのだ。あの一件で力を添えてくれたのはポルアースであったため、その侍女たるシェイラにも出番が巡ってきたわけである。


(それからもう2年近くも、シェイラはこうやってアイ=ファのお召し替えを楽しんでるわけか。ま、アイ=ファぐらい綺麗だったら、何もおかしい話ではないのかな)


 と、余人にはとうてい聞かせられないような感慨を抱きつつ、俺もお召し替えの間に突入することになった。そちらで待ち受けていたのは、お馴染みである仕立て屋のご主人だ。


「ご無沙汰しております、森辺の皆様方。本日も、わたくしが着付けのお手伝いをさせていただきます」


「あー、よろしく頼むよ。城下町の宴衣装ってのはやたらとひらひらしてて、下手に扱うと破っちまいそうだからさー」


 ルド=ルウが気安く言葉を返すと、老齢なる仕立て屋の主人はにこやかに微笑んだ。


「本日のお召し物は、宴衣装というよりも準礼装と称するべきでありましょうな」


「じゅんれーそー? 今までの装束とは違うのか?」


「はい。デルシェア姫のご依頼で、以前から準備していたものとなります」


 それはいささか、腑に落ちない話であった。

 とりあえず調理着を脱ぎ捨てつつ、俺は心中に生じた疑念を呈してみせる。


「でも、装束をあつらえるには採寸が必要なのですよね? 今日の晩餐会にこちらのおふたりが招かれるということは、デルシェア姫にも予測できないと思うのですが……」


「本日ご来賓いただいたのは、アスタ様とルド=ルウ様とゼイ=ディン様ですな? 殿方に関しましては、そちらの御三方を含めた8名分の準礼装をご準備しております。採寸は、礼賛の祝宴でお召しになられた宴衣装から割り出した数値となりますな」


「へー! つまりはこういう日に選ばれそうな人間の装束を、あらかじめ準備しておいたってことなのか? 残りの5人は、どういう顔ぶれなんだよ?」


「少々お待ちください。えー……ダリ=サウティ様、ジザ=ルウ様、ガズラン=ルティム様、ゲオル=ザザ様、チム=スドラ様という顔ぶれに相成りますな」


 それはいかにも、晩餐会に選出されそうな顔ぶれであった。ただひとり、チム=スドラだけがいくぶん浮いているように感じられるが――彼はかつて復活祭のパレードでマルスタインに矢を射かけた不埒者を捕縛したという武勲があり、その後にはトトスの早駆け大会に入賞して伴侶のイーア・フォウ=スドラともども城下町の祝宴に招かれて、ジェノス侯爵家の人々と懇意になっていたのだった。


(まあ何にせよ、これはデルシェア姫とダカルマス殿下の情報網から導き出された結果なんだろうな)


 そして本日のところはその推察が的中していたのだから、俺としても感心するばかりである。

 それで、俺たちに準備された準礼装というのは――いかにもジャガルの様式らしい、襟つきの胴衣にすらりとしたズボンのような脚衣であった。


 襟は武官のお仕着せのようにかっちりしたものではなく、夏服のような開襟で、そこにもっともきらびやかな刺繍が施されている。準礼装というだけあって、生地そのものはとても上質であるようであったが、あとは袖口や裾などにさりげなく瀟洒な刺繍がされており、飾りボタンが金色に輝いているぐらいで、華美すぎることはまったくない。ストレートタイプの脚衣もとてもやわらかい薄手の素材で仕立てられているため、機能性も通気性も申し分なかった。


 ルド=ルウたちのほうに目をやると、刺繍の柄や生地の色合いに違いはあるものの、基本的には同タイプの装束を着させられている。これまでに何度となく思ったことであるが、やはり森辺の男衆は城下町の装束がよく似合う。可愛い顔立ちに年齢相応の凛々しさが加えられつつあるルド=ルウはもちろん、沈着で実直そうな面立ちをしたゼイ=ディンもまた、狩人らしい力感と得も言われぬ風格を備え持っているのだった。


「それにしても、そんなにどっさり新しい装束を準備してるとはなー。今の城下町は、銅貨を無駄につかわないように心がけてるって話じゃなかったかー?」


 襟の形を整えられていたルド=ルウがあくびまじりに問いかけると、仕立て屋の主人は飽くなき穏やかさで答えた。


「もとよりジャガルの王族たるデルシェア姫に身をつつしむ理由はございませんし、こちらの発注を承ったのは礼賛の祝宴の翌日でありましたため、当時は飛蝗の襲来にも見舞われておりませんでした。残念ながら、ダカルマス殿下の送別の晩餐会には、準備が間に合わなかったのですが……ともあれ、デルシェア姫はいったんご依頼なされた仕事を取り消すのはあまりに不実であると仰り、わたくしも仕事を完遂することがかなったのです」


「ふーん。ま、あいつも何かとジェノスのことを思いやってるような口ぶりだったからなー。口だけの娘じゃなかったってことかー」


「口だけなどとは、とんでもない。デルシェア姫はわたくしごときにも、温かき言葉を授けてくださったのです。しばらくは自粛の気風で仕立て屋の仕事もままならないやもしれないが、どうか気を落とさないように、と……恥ずかしながら、わたくしは年甲斐もなく涙をこぼすことになってしまいました」


「ははん」と、ルド=ルウは楽しげに鼻を鳴らした。


「そういうところで、人の本性ってやつは出るもんだよなー。あいつは見た目以上に、善良な人間ってことかー」


「ルド=ルウは、デルシェア姫の善良さを疑ってたのかい?」


 俺が口をはさむと、ルド=ルウはすました顔で「いんや」と答えた。


「あいつって、ぎゃーぎゃーうるさすぎるせいで、本性が見えにくいところがあるだろ? だからまあ、その騒がしい上っ面の裏に、そういう善良さが隠されてるってことなんじゃねーかなー」


「デルシェア姫が、お騒がしいと? それは、意外なお言葉でありますな」


 と、主人が本当に意外そうな顔をしていたので、ルド=ルウはいっそう楽しそうな顔をした。


「そっちの言葉こそ、意外だよ。ま、俺たちは料理に夢中になってるあいつの姿しか知らねーからなー」


 ならば俺などは、一生デルシェア姫の騒がしい姿しか目にすることができないのかもしれない。しかしまあ、それでべつだん問題はないように思われた。

 そうしてお召し替えを済ませた俺たちは、小姓によって控えの間に案内される。毎度のことだが、お召し替えは女衆のほうが時間のかかるものであるのだ。


「やっぱ女衆も、新しい装束を準備されてんのかなー。アイ=ファがどんな色っぽい姿で戻ってくるか、アスタは落ち着かなくてたまらねーだろ?」


「うん。今日はリミ=ルウがいなくて残念だったね」


 ルド=ルウは「うるせーよ」と言いながら、俺の頭を両手でひっかき回してきた。アイ=ファよりも容赦のない力加減であったため、俺は「痛い痛い!」と情けない声をあげてしまう。

 控えの間の扉が開かれたのは、そんなタイミングであった。


「お前たちは、何を騒いでおるのだ」


 幼子をたしなめるような響きをはらんだアイ=ファの声が、こちらに近づいてくる。ルド=ルウの指先から逃れながら、そちらに目をやった俺は――案の定、ごく速やかに心を奪われることになった。


 アイ=ファたちが纏っていたのは、一番最初にポルアースの母君からプレゼントされた宴衣装のような様式であった。すなわち、上半身はぴったりとしていて、腰から下がふわりと広がった、パーティードレスのような装束だ。

 宴衣装ではなく準礼装であるため、やはりそれほど華美な感じはしない。しかしまた、俺たちが試食会で準備してもらった準礼装の衣装よりは、遥かに美々しい感じがした。


 もっとも印象的であるのは、やはり首まわりであろうか。男性陣は装飾の多い襟で首もとを飾られていたが、女性陣は素肌を半透明の生地で飾られている格好であった。

 有り体に言って、アイ=ファは胸もとの上半分と両肩が露出してしまっている。きっと背中も半分ぐらいしか隠されていないのだろう。それでその露出した部分が、玉虫色に輝く半透明のヴェールでふわりと覆われていたのだった。


 装束のほうは装飾も少なく、生地の色合いも落ち着いている。ゆえに、玉虫色にきらめくヴェールとその下に透けて見える褐色の肌が、否応なく目を引いてしまうのだ。さらにアイ=ファは胸もとに俺がプレゼントした首飾りのオプションをつけてくれており、それがいっそうの輝きをアイ=ファにもたらしていた。


 金褐色の長い髪は自然なウェーブを描きながら背中まで流れ落ち、右のこめかみには俺の贈った透明な薔薇のごとき髪飾りが輝いている。

 また、装束そのものがシックでも、これは身体のラインを浮き彫りにするデザインであるため、くびれた腰の曲線などがとてつもなく色っぽい。


 なんというか、俺はこれまで以上の勢いでアイ=ファの美しさに見とれてしまい――そしてアイ=ファは、そんな俺にうろんげな眼差しを向けてきたのだった。


「どうしたのだ、アスタよ? 今さら城下町の装束に驚く筋合いはあるまい?」


 我に返った俺は、跳ね回る心臓を抑えながらアイ=ファに囁きかけることになった。


「それは初めて目にする装束だから、やっぱり驚かされちゃうよ。アイ=ファだって鏡を見たんなら、俺の気持ちがわかるんじゃないか?」


「やかましい」と赤い顔をしながら、アイ=ファは俺の頭に手をのばしてきた。今度はアイ=ファの手で蹂躙されるのかと思いきや、そのしなやかな指先は優しく俺の髪を整えてくれる。


「そのように乱れた頭で貴族や王族の前に出るのは、さすがに礼を失するであろうが? お前も19歳になったのだから、子供のようにはしゃぐのではない」


「はい。心します」


 美しいアイ=ファの姿がいっそう目前に迫って、俺は悶死しそうである。

 そしてその間に、他の女衆らはルド=ルウたちのもとに寄り集まっていた。


「レイナ姉も、色っぽいよなー。もう19歳なんだし、いい加減に伴侶を探したほうがいいんじゃねーの?」


「う、うるさいなっ! そういうことを、人前で言わないの!」


 レイナ=ルウが、ぺしぺしと弟の肩を引っぱたく。もちろんレイナ=ルウも背丈は低いがプロポーションの素晴らしさは姉に負けていないので、恐ろしいほど女性的な魅力を引き出されていた。

 まあ、それを言ったらユン=スドラも、レイナ=ルウと同じタイプであるのだ。小柄でちょっと幼げな面立ちであるが、その肢体はきわめて優美な曲線を描いている。俺とてアイ=ファに心を奪われていなければ、彼女たちの美しさに心を乱されていたはずであった。


 そして、マルフィラ=ナハムとトゥール=ディンも同タイプの装束であるが、大きく開いた胸もとはフリルの飾りで覆われている。ただし、マルフィラ=ナハムも月日を重ねるごとにじわじわと女性らしさが増していき、もうちょっと姿勢がよければ若き貴婦人めいた風情が生まれるのではないかと思われた。もともと顔立ちだって整っていないわけではないし、そちらにもふにゃんとしたやわらかさがともなって、十分に魅力的であるのだ。そうして自然に長い髪をおろしていると、彼女は十分に可愛らしい女の子であった。


 最年少のトゥール=ディンは、お人形さんのように可愛らしい。そして彼女も、次の誕生日には13歳になるのだ。現時点では罪のない愛くるしさであっても、数年後には妙齢の美少女に育つであろうという予感がひしひしと感じられてならなかった。


(なんだか……アイ=ファだけじゃなく、森辺の女衆の存在感に圧倒されそうだな)


 礼賛の祝宴ではもっと多くの女衆が招かれていたし、あのときなどはもっときらびやかな宴衣装であったのだが、俺自身が祝宴の主役であったためか、気もそぞろであったのかもしれなかった。

 そして半月前には送別の晩餐会を開いていたが、そのときに宴衣装を纏った女衆はアイ=ファとトゥール=ディンのみであったのだ。あのときにもアイ=ファの美しさとトゥール=ディンの可愛らしさには深い感銘を受けていたものの、今日ほどの圧力は覚えていないはずであった。


「失礼いたします。ご準備が整いましたようでしたら、晩餐会の会場にご案内いたします」


 と、俺がひそかな感慨を噛みしめているところに、ジャガルの侍女がやってきた。

 俺たちは控えの間を出て、一列になって回廊を進む。そうして到着した扉の前には、ジェノスとジャガルの武官が仲良く立ち並んでいた。


「森辺の皆様方をご案内いたしました」


 そのように呼びかけてから、侍女はそっと扉を開く。

 俺とアイ=ファが先頭になって室内に踏み込むと、たちまち「まあ!」という朗らかな声に出迎えられた。


「皆様、よくお似合いですわ! そちらの装束はお気に召しましたでしょうか?」


 姫君モードの口調となった、デルシェア姫である。彼女もまた、俺たちと同じ様式の準礼装をその小さな身体に纏っていた。

 席はふたつの大きな円卓に分けられており、右の側がデルシェア姫、ポルアース、メリム、フェルメス、左の側がメルフリード、エウリフィア、オディフィアという布陣である。それらの人々に目礼をしてから、アイ=ファは粛然と言葉を返した。


「このように新しい装束が準備されていたことに、驚かされている。我々は、代価を支払うべきではなかろうか?」


「それはわたくしが勝手に準備したものなのですから、そのような気づかいは不要ですわ。そちらの準礼装は、ジャガルの古い様式を今風に仕立てなおしたものなのですけれど……予想していたよりもさらにお似合いで、わたくしも驚かされてしまいましたわ」


「ええ、本当に。ちょうど森辺の方々はさまざまな色合いの髪をしておられるから、色とりどりの花が咲き誇っているかのようですわね」


 と、エウリフィアが如才なく相槌を打つ。そのかたわらでは、オディフィアが灰色の瞳をきらきらと輝かせていた。


「アイ=ファの金褐色の髪に、レイナ=ルウの黒い髪、ユン=スドラの灰色の髪、マルフィラ=ナハムの淡い褐色の髪、トゥール=ディンのくっきりとした褐色の髪……本当に、計算されたような美しさですわね。もちろん殿方の凛々しさも負けてはおられないけれど」


「はい! 見ているだけで、胸が躍ってしまいますわ! ……それに、森辺の方々がそちらの装束を纏うと、ずいぶん趣が違ってくるようですわね」


 と、デルシェア姫は自分の首もとを指し示した。


「ほら、南の民というのは肌が白いものですから、こういった織物を纏うと水の中のように姿がぼやけるでしょう? こちらは古い様式の礼装ですので、なるべく肌をあらわにしないようにという考えから、このような細工が施されているのですけれど……森辺の方々は褐色の肌をされているせいか、むしろ身体の線が強調されてしまうようですわね」


 確かにデルシェア姫の首まわりは、玉虫色の光の向こうでぼんやりと霞んで見えるぐらいであった。それが森辺の女衆だと、むしろ褐色の肌が光り輝いているように見えてしまうのだ。


「でも、肩や胸もとをさらすのがはしたないというのは、古い時代の習わしですものね! ジャガルの装束がこれほどに森辺の方々を美しく彩っているのですから、とても誇らしく思います!」


「そうですわね。デルシェア姫も、とてもお似合いですわよ」


「えへへ。森辺の方々と同じ装束を纏いたくって、仕立て屋のご主人におそろいのものを準備していただいたのです」


 そのように語るデルシェア姫の笑顔はたいそうあどけなくて、見ているこちらも微笑みを誘発されそうなほどであった。


「……あっ、皆様を立たせたまま長話をしてしまって、申し訳ありません! どうぞお座りになってください!」


 デルシェア姫の言葉に従い、侍女が案内をしてくれた。デルシェア姫と同じ卓につくのは俺とアイ=ファ、ユン=スドラとマルフィラ=ナハム、侯爵家の卓につくのがルウとディンの面々という割り振りであった。


「今日はわたくしの我が儘を聞いてくださって、本当に感謝していますわ。あらためて、お礼の言葉を伝えさせていただきたく思います」


 デルシェア姫がにこにこと笑いながらそのように言いたてると、やはりアイ=ファが「うむ」と応じた。このたびはあくまで俺個人への依頼であったため、族長筋の面々も調理助手に護衛役という立場に過ぎず、ファの家長のアイ=ファが責任をもって応対しなければならなかったのだ。


「森辺の皆もひさびさに城下町に招かれることができて、大きな喜びを授かっている。今日も正しく絆を深めることがかなえば、喜ばしく思う」


「アイ=ファ様は貴婦人のようなお美しさであるのに、相変わらず貴公子のごとき凛々しさですわね。わたくしは、いっそう胸が躍ってしまいます」


 つい先刻まで厨で行動をともにしていたのに、デルシェア姫はやたらとテンションが高かった。おそらくはその言葉通り、アイ=ファたちの美しさに昂揚しているのだろう。


「他の皆様も、森辺の方々とお顔をあわせるのはひさかたぶりなのでしょう? どうか存分に親睦を深めていただきたく思いますわ」


「ありがとうございます。僕やメリムなどは、礼賛の祝宴以来ということになるのでしょうね」


 と、ひさびさに見るポルアースが、俺に笑顔を向けてくる。同じ表情を返そうとした俺は、途中で思いとどまることになった。


「ポルアースとひと月以上もお会いできなかったのは、ちょっとひさびさであるかもしれませんね。ところで……失礼ですけれど、ポルアースは少しお痩せになられましたか?」


「いやあ、やっぱりわかるかな? もとが肥えているので、大した違いはないだろうと思っていたのだけれどねえ」


 確かにポルアースは今もなおころころとした丸顔であったが、顎や首まわりのふくよかさが若干減じたように見えたのだ。

 すると、隣のメリムがいたわりに満ちみちた眼差しで伴侶を見つめた。


「健やかな生活でお痩せになられるのならよろしいのですけれど、休養が足りずに痩せられてしまうのは心配ですわ。ダレイムの畑もようやく復興の道筋を立てられたのでしょうから、どうか御身をおいたわりくださいね」


「うんうん。今日もたっぷり滋養を取って、また肥えさせていただこうと思うよ」


「まあ。お肥えになられることを望んでいるわけではないのですよ?」


 そんな軽口を交わし合いながら、ポルアースとメリムは最大限に相手を慈しんでいるようであった。

 そんな両名の姿を見守りながら、アイ=ファが発言する。


「それはやはり、ダレイムの畑を復興させるために忙殺されていたということなのだな。ポルアースの尽力に感謝し、それが報われることを願っている」


「それに加えて、ポルアース殿は食材の流通に関しても大きな働きを為されておりましたからね。もはや外務官その人よりも、補佐官たるポルアース殿のほうが大きな苦労を担われていたぐらいなのではないでしょうか?」


 フェルメスがそのように応じると、アイ=ファはそちらにも静かな眼差しを送った。


「そのように語るあなたもまた、邪神教団の一件で熱を出すほどの苦労を担っていたそうだな。まだいくぶん力ないように見えるのだが、無理をしてはいないだろうか?」


「ああ、ジェムドがそのような話をもらしてしまったそうですね。無用のご心配をおかけしてしまい、申し訳ありません。もう熱が下がって何日も経ちますので、何も無理はしておりませんよ」


 そのように語るフェルメスも、確かにどこかはかなげな雰囲気であった。ただし、体調不良でしんどそうというよりは、憂いをおびた貴婦人のごとき風情であり、長い前髪をかきあげる仕草などには妖しい色気を感じるほどであった。


 いっぽう逆側の卓では、エウリフィアの取り仕切りによって再会の挨拶が為されたようである。誰よりも再会を喜んでいるトゥール=ディンとオディフィアのおかげで、とても和やかな空気が形成されているようだ。


 それに――そうでなくとも、こちらの広間にはゆったりとした空気が満ちているように感じられた。なんというか、旧友がひさびさに寄り集まったような雰囲気であったのだ。ダカルマス殿下の送別会などはまだまだ邪神教団による騒乱の気配が色濃く残されていたため、俺たちはようやくくつろいだ気持ちでこういった晩餐会を楽しめるようになったのかもしれなかった。


(まあ、貴族の方々を旧友あつかいするのは不敬かもしれないけど……どっちかっていうと、この雰囲気を作ってるのはポルアースたちのほうだよな)


 森辺の陣営は、いつでも力にあふれかえっている。そして貴族の方々は、森辺の民のそういった力強さにひさびさに触れて、どこかほっとしているような――俺には、そんな風に感じられるのだった。


 もしかしたら、俺が想像していた以上に、ポルアースやメルフリードは騒乱の後始末に忙殺されていたのかもしれない。そして、伴侶や息女の立場にある人々は、そんな彼らのことを心から心配しており――ひさびさの晩餐会でようやく人心地がついたのかもしれなかった。


「それでは、晩餐会を開始いたしましょうか! 今日は何も気取ったところのない会ですので、どうかくつろぎながらアスタ様の心づくしをお味わいくださいね!」


 そんな中、ひとり元気なデルシェア姫は、まるでジェノスを照らす太陽であるかのようである。

 そうしてその日の晩餐会は、とても好ましい空気の中で開始されたのだった。

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