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異世界料理道  作者: EDA
第六十六章 再興の日々
1141/1680

森辺の家長会議④~終盤~

2022.1/2 更新分 1/1

 間に小休止をはさみつつ、家長会議は粛々と進行されていく。

 次なるは、婚儀についての議題であった。


「これもすでに周知された話だが、ドムの家長とルティムの女衆は黄の月に婚儀をあげることになった。親筋や眷族とは関わりなく、ドムとルティムだけで血の縁が結ばれるという、森辺においては初めての試みだ。この話については、ドムの家長に自ら語ってもらおう」


 ディック=ドムは無言で進み出て、ドンダ=ルウとグラフ=ザザの間に座した。


「ドムとルティムは家が遠いために、絆を深めることもなかなか難しい面が存在するものの、現時点では大過なく過ごすことができている。今後も家人を貸しあうなどして、いっそうの絆を深めたく思っている」


「うむ! しかし俺は、いささかならず物足りなく思っているぞ!」


 と、ラウ=レイが元気いっぱいに発言した。同い年でありながら、ディック=ドムとは実に対照的なお人柄である。


「ドムと血の縁を結んだのがルティムだけであったとしても、俺たちはまぎれもなくルティムの血族であるのだからな! たとえばシュミラル=リリンなどはリリンの家人でありながら、《銀の壺》というやつを同胞と見なしている! それで俺たちは血族たるシュミラル=リリンの同胞ということで、あの東の民らとも懇意にしようとしておるのだ! 俺たちルウの血族は、ルティムの血族たるドムともっと絆を深めるべきではなかろうか?」


「絆を深めるとは、どのように?」


「それはわからんが、俺はお前とも力比べに興じたいと願っているぞ!」


 ラウ=レイの子供じみた物言いに、他の家長たちは苦笑を浮かべたり溜息をついたりして、それぞれの心情を表明した。

 そこで、我が友ガズラン=ルティムが発言する。


「これは前回の家長会議でもお伝えしましたが、ルウの収穫祭にドムの家人を、ザザの収穫祭にルティムの家人を招くことは、問題ないかと思われます。しかしそれでもドムやルティムが相手方の収穫祭で力比べに加わるのは不相応でしょうから、あくまで祝宴の中の余興として楽しんでいただければと思います」


「それに、婚儀の祝宴だな」と、ディック=ドムも言葉を重ねた。


「ドムやルティムの人間が婚儀をあげる際は、それこそおたがいの家人を招くべきであろう。まあ、婚儀の祝宴で力比べの余興を行う習わしはないのだが……俺たちの婚儀の日にも、ドムとルティムの狩人たちは力比べを楽しんでいたようだしな」


「ええ。スフィラ=ザザなどは、ずいぶん憤慨してしまっていましたが」


 ガズラン=ルティムがやわらかい笑顔で応じると、ディック=ドムもギバの頭骨の陰でうっすらと微笑んだようだった。

 ドムとルティムでどれだけ絆が深まったかは、そんなふたりのやりとりでも明らかであろう。特にディック=ドムはこれほど人前で感情をこぼすタイプではなかったため、家長らの何名かは感嘆している様子であった。


「ともあれ、ドムとルティムはすべての氏族の規範にならなければならない立場です。今後も慎重に正しき道を模索していく所存ですので、ラウ=レイもどうぞ広い心でお見守りください」


「うむ! 力比べに興じられる日を楽しみにしているぞ!」


 そうしてその議題が一段落すると、ダリ=サウティが「いいだろうか?」と発言した。


「これもおおよその家長たちはすでにわきまえている話であろうが、サウティの眷族たるヴェラとフォウにおいても婚儀を望む人間が現れたのだ。そちらも慎重に事を進めているさなかであるということを、頭の片隅に置いておいてもらいたい」


「ふむ。俺がその風聞を耳にしたのはずいぶんな昔だが、いまだに心が定まらないのであろうかな?」


 と、ラッツの家長がそのように問いかけた。ファの屋台を手伝っている氏族は、女衆を通じて風聞が回っているはずであるのだ。


「現在は、ヴェラの女衆をフォウに、フォウの男衆をヴェラに預けている。おたがいの血族に、力や人柄を見定めさせているさなかということだな」


「ふむ。この青の月の間も、それぞれの家に戻りはしなかったのか?」


「うむ。飛蝗の始末に追われていた際も、それらの者たちは相手の集落に留まっていた。有事の際こそそうするべきであろうと、本人たちがそのように述べていたのでな」


「なるほど。それならば、気持ちの固さに疑いはないようだ。次の家長会議がやってくる前に、婚儀の通達が回されそうなところだな」


 豪放な気性をしたラッツの家長は、愉快そうに笑い声をあげる。

 すると、いささかならず苦い顔をしたベイムの家長が挙手をした。


「ならば、俺たちも語るべきであろうな。実は……俺の娘も、余所の氏族の男衆と婚儀をあげることになるやもしれんのだ」


「ほう。血族ならぬ相手とか?」


「うむ」と、ベイムの家長が視線を送ると、ナハムの家長がしかたなさそうに声をあげた。


「ベイムの末妹に懸想してしまったのは、俺の家の長兄だ。ベイムの家長に苦労をかけてしまったことを、申し訳なく思っている」


「ナハムの長兄と、ベイムの末妹か。しかも、どちらも本家の人間であるのだな」


 ダリ=サウティは鷹揚に微笑みつつ、そう言った。


「しかしまあ、ドムやルティムも本家であった上に、どちらも族長筋の眷族であったのだ。それに比べれば、まだしも気苦労は少なかろう。他の血族に関わりのない婚儀というのはすでに家長会議で認められているのだから、どうかそちらも正しき道を模索してもらいたく思うぞ」


「うむ。もちろん、そのつもりだが……」と、ベイムの家長が溜息をつくと、ナハムの家長もつられたように嘆息をこぼした。どことなく、気難しげな雰囲気が似ている両名である。


(でも、ついにその話も家長らに打ち明けられる段階に進んだんだな)


 それはもしかして、試食会や礼賛の祝宴で同席した効果なのであろうか。フェイ=ベイムとモラ=ナハムは、何かと行動をともにしていたような印象であったのだ。

 そうすると、フェイ=ベイムを調理助手に任命してしまった俺にもわずかながらに責任が生じてしまうのやもしれないが――俺はとにかく、本人たちの幸いな行く末を願うばかりであった。


「自分の家族が常ならぬ望みを抱くというのは、やはり苦労がつのるものであろう。ベイムとナハムの家長もどうか気を落とさず、家族のために力を尽くしてもらいたく思う」


 と、そのように声をあげたのは、同じ立場であるヴェラの家長であった。彼は彼で、実の妹がフォウの男衆に懸想したことをたいそう思い悩んでいたようであるのだ。

 そしてナハムの親筋の家長たるデイ=ラヴィッツは、無言で腕を組みながら、額を皺くちゃにしている。もちろん家長会議の前にナハムの家長から事情は聞かされているのであろうが、保守派の筆頭としては忸怩たる思いであろう。


「では、ついでと言っては何だが、俺も家長らに伝えたき話がある」


 ランの家長がそのような声をあげながら、ジョウ=ランとともに進み出た。


「これもすでに知れ渡った話であろうが、ランの分家の長兄たるこのジョウ=ランが、宿場町の民に懸想することになった。本人は、その娘と婚儀をあげることを希望している」


「はい。俺の気持ちはすでに固まりましたので、あとは相手とその家族の気持ちが固まる日を待ちたく思います」


 ジョウ=ランがにこやかな表情で言いたてると、デイ=ラヴィッツが鬱憤晴らしとばかりに発言した。


「それは、町の娘を嫁に迎えるという話であるのだな? まさか、そちらが町の人間に婿入りするわけではなかろうな?」


「はい。ですが俺もかなう限りは、ユーミの宿を手伝いたいと願っています。……あ、ユーミというのが俺の懸想している相手で、彼女の家は宿屋であるのです」


「宿の手伝い? 娘を森辺に嫁入りさせるなら、そのような真似をする必要はあるまい」


「必要があるかどうかは、俺や血族の決めることではないでしょうか?」


 ジョウ=ランは悪気もなさそうに、デイ=ラヴィッツの神経を逆なでしてしまう。

 しかしデイ=ラヴィッツが憤然と声をあげる前に、バードゥ=フォウが発言した。


「ランの親筋たるフォウの家長として、俺も語らせていただこう。ジョウ=ランはあくまで狩人としての仕事を十分に果たした上で、相手の家の仕事を手伝いたいと願っているのだ。それはいささかならず森辺の習わしにそぐわぬ話であるのやもしれんが……行商人として生きるシュミラル=リリンに比べれば、まだしも苦労は少ないように思う」


「ふん。リリンの家人を引き合いに出して、ランの家はまだマシだと言いたいわけか」


「いや。俺はシュミラル=リリンの行いに異を唱えているのではなく、ただ苦労が多いと称しているだけだ。それらの苦労は本人が負うのだから、何も咎める理由はあるまい」


 バードゥ=フォウはあくまで沈着に、そう言いつのった。


「それに、行商人として大陸を駆け巡るシュミラル=リリンは、森辺から動かない俺たちに大きな益をもたらすこともあろう。かつて、猟犬をもたらしてくれたようにな。……ジョウ=ランの行いもまた、外界の民と絆を深める一助になればと願っている」


「はい。皆に納得してもらえるように、力を尽くしたく思います」


 ジョウ=ランは、無邪気ににこにこと笑っている。もともと彼は能天気に見えてしまうタイプであるために、周囲を心配させてしまうのだろう。デイ=ラヴィッツなどは、ひどく疑わしげにジョウ=ランの笑顔をねめつけていた。


「分家の人間はヴェラの女衆に懸想して、眷族の人間は宿場町の女衆に懸想か。フォウというのも、ずいぶん森辺を騒がせる氏族になってしまったようだな。やはりこれは、近在に住まうファの家と懇意にしすぎたせいなのではないのか?」


「それらの行いに、ファの家は関係あるまい。しかしまあ、俺たちもファの家のように正しき道を進んで、他なる氏族の規範になりたいと願っているぞ」


 そんな風に応じながら、バードゥ=フォウは俺やアイ=ファに微笑みかけてきた。

 すると、長らく押し黙っていたドンダ=ルウが「では」と声をあげる。


「婚儀についても、以上であろうかな。早急に片付けるべき議題は、のきなみ語り終えたように思うが……ここで、今後の生活について語らっておくか」


「今後の生活について?」


「うむ。集落の内における問題ではなく、集落の外における問題についてと言うこともできる。さしあたっては、ダレイムの被害についてであろう」


 いっそう重々しい声音で、ドンダ=ルウはそう言った。


「飛蝗の被害にあったダレイムの畑は、新たな実りをつけるのに数ヶ月がかかると言われている。ただし、すべての実りがいっぺんに蘇るわけではない。その内容について城下町から通達があったので、まずはそれを伝えさせてもらおう。……ファの家のアスタよ」


「はい」と、俺は再び進み出た。食材についての知識が薄い男衆ではそういった話を把握することも難しいため、俺は説明役を任されていたのだ。こうしてドンダ=ルウに頼られるというのは、誇らしい限りであった。


「えーと、ダレイムでは実に13種もの作物が育てられているわけですが、今回の被害から回復するのに作物ごとに時間差が生じるという話であったのですね。結論から申し上げますと、真っ先に回復するのはポイタン、ミャームー、ペペ、ナナールで、回復が遅れるのはアリアとラマムであるそうです」


「なに?」と声をあげたのは、ジーンの家長であった。


「俺はペペやナナールというのがどの野菜を指すのかもわからんが、アリアほど見知った野菜は他にない。アリアの回復が遅れるというのは、どういったわけであるのだ?」


「はい。アリアとラマムというのは、樹木に実るのですね。このたびは飛蝗によってそれらの樹木の葉が食い尽くされてしまったため、畑の作物より回復が遅れてしまうのだそうです」


「どうして樹木に実るものは、回復が遅いのだ? 地面に実るものだって、すべての草葉を喰らい尽くされてしまったのであろう?」


「畑の作物は、苗を植えなおせば事足りるのですね。もちろんそれだって、大変な苦労であるわけですが……樹木のほうはそのまま立ち枯れてしまうという見込みであるため、まずはそれらを地面から引き抜き、新しい苗木というものを育てなければならないそうです。大量の樹木を除去するだけで大きな手間ですし、苗木というものを育てるのにもけっこうな時間がかかってしまうようですね」


 横幅の広い体格をしたジーンの家長は、そのがっしりとした肩をがっくりと落としてしまった。


「森辺の民は、誰もがアリアとポイタンで腹を満たしていたはずだ。銅貨にゆとりがあって他なる野菜を買いつける際にも、アリアとポイタンを外すことはあるまい」


「うむ。それでポイタンはアスタのおかげでまったく異なる食べ心地となったが、それでもまったく不満はなかった。ポイタンの煮汁をすするよりは、焼きあげたポイタンをかじるほうが好ましく思えるからな」


 と、ダナの若き家長も追従する。そちらもずいぶん悄然とした面持ちであった。


「で、いま食べているフワノというものは、ポイタンとそれほど食べ心地は変わらないように思える。しかし……アリアに代わる食材などは存在すまい」


「うむ。女衆らはアリアの代わりにユラル・パという野菜を使うことが多く、それはそれで美味であったが……しかしあれも、決してアリアに似ているわけではないからな」


「そのアリアが、ひときわ回復が遅れてしまうのか……」


 嘆いているのはジーンとダナの家長ばかりでなく、あちこちでどよめきがあげられていた。

 それを見回しながら、ドンダ=ルウは「ふん」と鼻を鳴らす。


「予想以上の落胆ぶりだな。……アスタよ、話を続けるがいい」


「はい。それで、余所の地からアリアを買いつける甲斐はあるかと、城下町から打診があったそうです」


「余所の地から? しかし、余所の地から買う野菜は、値が張るのだという話であったな」


「はい。移送の手間賃というものが生じるため、これまでよりは割高となります。今のところの見込みでは、5割増しぐらいになってしまうようですね」


 またあちこちで、嘆息がこぼされた。

 俺は内心で小首を傾げつつ、言葉を重ねてみせる。


「確かに5割増しというのは、ずいぶん割高ですよね。これではやはり、購入しようというお気持ちにはなれないものでしょうか?」


「たしかフワノというものも、ポイタンより5割増しの値なのであろう? もとより俺たちは割高な野菜ばかりを買いつけるようになったのだから、いっそう銅貨を大事に扱うべきであろう」


「それはまったくその通りだと思います。ただ、これまでユラル・パを買っていた銅貨をアリアにつかえば、出費に変化はないかと思ったのですが……そういう問題ではありませんでしたか?」


「うむ?」と、ダナの家長が眉をひそめた。


「では、ユラル・パというのはもともとアリアの5割増しの値であったのか?」


「アリアとユラル・パはまったく形状が異なるので、単純な比較は難しいのですが……おおよそ、それぐらいの差であるかと思います」


「そうか。では俺たちは、知らずうちにずいぶんな贅沢をしてしまっていたのだな」


 多くの家長たちが悩ましげな面持ちになってしまったので、俺はいささかならず慌てることになった。


「ちょ、ちょっとお待ちください。他の野菜と比べても、ユラル・パはべつだん割高ではないはずなのですが……」


「しかし、アリアの5割増しの値なのであろう?」


「それを言ったら、チャッチはもっと割高になってしまいます。アリアは赤銅貨1枚で5個、チャッチは2個という値であるのですからね。5割増しどころか、倍以上の価格でありますよ。チャッチは余所から買いつけなくても、もともとそれぐらいの値であったのです」


 ダナの家長は、きょとんとしてしまった。


「ちょっと待て。どうして外から買いつけるユラル・パより、ダレイムで育てられていたチャッチのほうが割高になってしまうのだ?」


「どうしてと申されましても……もともとユラル・パが割安な野菜であるため、移送費を加えてもそのていどの値に収まるということなのでしょうね」


「ならばそれだけ、チャッチが割高な野菜であるということか」


「いえいえ。プラやネェノンだって、チャッチと大差ありません。まず何より、アリアが格別に割安なのですよ。ダレイムの野菜でも外から買いつける野菜でも、アリアほど割安な野菜は他に存在しないはずです」


 すると、ガズラン=ルティムがするりと会話に入ってきた。


「我々は貧しき生活に身を置いていたため、もっとも安値のアリアとポイタンで飢えをしのいでいました。とりたてて、驚く理由はないのではないでしょうか?」


「いやしかし、まさか他の野菜とそこまでの差があったとは……まあ俺たちは、野菜の値などほとんどわきまえておらんからな」


「では、ダナにおいてはどのような裁量で食材が買われているのでしょうか?」


「それは、食材につかう銅貨の額を定めて、あとは女衆にまかせているのだ。おおよその氏族は、そのように取り計らっているのではないのか?」


「ええ。ルティムの家でも、そのように取り計らっています。食材の値段を把握して、何を買いつけるべきか決めるのは、森辺において女衆の仕事でありましょうからね」


 そう言って、ガズラン=ルティムはふわりと微笑んだ。


「ただ女衆らも、家長の許しもなく割高なアリアを買おうとはしないでしょう。数ヶ月待てばこれまで通りの値でアリアを買えるようになるのですから、それを無用の贅沢と判じるかどうかは家長の役割なのであろうと思います」


「なるほど。そういう話であるのか」


 まだ難しげな顔をしている家長が何名かいたが、ラッド=リッドなどは元気に笑い声を響かせていた。


「それならリッドの家では、たとえ割高でもアリアを買わせていただきたいものだな! つかう銅貨の額に変わりがないのなら、何もためらう必要はなかろうよ!」


「しかし、数ヶ月後にはもっと安い値で買えるようになるのだぞ?」


「それまで我慢のきく人間は、我慢をすればいいだけのことだ! アスタよ、アリアがもとの値で買えるようになるには、どれだけの時間がかかるのであろうかな?」


「まだはっきりとした見込みは立っていないようですが、年内の回復を目指しているそうです」


「年内ということは、半年か! 俺はとうてい、我慢がならんな! もうすでに、アリアを恋しく思っていた頃合いであるのだ!」


 ダナとジーンの家長は困惑の表情で顔を見合わせたのち、俺のほうに視線を向けてきた。


「こういった話については、アスタの意見を聞きたく思う。ファの家は、アリアを外から買いつける心づもりであるのか?」


「はい。俺としても半年というのは辛抱がきかないので、そのつもりでいます。やっぱり数ある食材の中でも、アリアというのは重要でありますからね」


「やはり、そうなのか……」


「はい。さきほどラッド=リッドも仰っていたように、つかう銅貨の額に変わりがなければ、無用の贅沢にはならないのではないかと考えました。アリアには、それだけの価値があるかと思いますので」


 現在のファの家ではアリア抜きのハンバーグをこしらえており、アイ=ファはちょっぴり物寂しげな様子であるのだ。それだけでも、俺には十分な大義名分であった。


「もちろん現在はすべての食材が割高であるのですから、いっそう身をつつしまなくてはならないという考えも抱いています。ここ最近も、なるべく費用を抑えながら美味なる料理を作れるように、という主題で勉強会に臨んでいますしね。みなさんの家の女衆も同じ気持ちでしょうから、何も心配はご無用なのではないでしょうか?」


「うむ……しかしそれでも、高値のアリアを考えなしに買うべきではないように思えるな」


「はい。ファの家では、10日にいっぺんだけ使うような計算で買いつけようかなと思案していました。10日にいっぺんの、ちょっとした贅沢という心持ちでしょうか」


 そう言って、俺は悩める家長たちに笑いかけてみせた。


「ただ、外から買いつけるのに少量ですと、余計に割高になってしまう恐れがあるそうです。城下町の方々もそれを懸念して、森辺ではどれだけの需要があるのかと相談してきたのだそうですよ」


「ならばお前たちも、さっさと心を定めるがいい! 一族全体の安寧を考えるのが正しき道と、族長ドンダ=ルウもそのように言いたてていたであろうが?」


 ラッド=リッドの物言いはあまりに大仰であったが、当のドンダ=ルウは知らぬ顔をしつつ「では」と声をあげた。


「これは家に戻ったのち、どれだけのアリアを買いつけるべきか、それぞれの血族と話をまとめるがいい。それらをすべて集計したのち、城下町に話を通して必要なだけのアリアを買いつけるものとする」


 では、俺の出番もここまでである。

 そう思って、俺はアイ=ファの隣に戻ろうとしたのだが――それを制するかのように、デイ=ラヴィッツが発言した。


「アリアの話は、もう終わりだな? では、俺からもひとつの議題を提案したい。その内容は……ファの家の行いについてだ」


「ファの家の行い? また何か、おかしな難癖でもつけようという心づもりではあるまいな?」


 ラウ=レイがそのように言いたてると、デイ=ラヴィッツは恐れ入った様子もなくそちらをねめつけた。


「俺はこれまでに難癖などをつけた覚えはない。去年の家長会議のことを指しているのなら、あれは必要な話し合いであったろうが?」


「ああもうわかったから、さっさと語るがいい。ファの家がどうしたというのだ?」


「ファの家は、勉強会という場でかまど番に料理の手ほどきを行っている。そして現在は、これまでよりも数多くのかまど番に手ほどきをしているという話であったな?」


 デイ=ラヴィッツにとげとげしい視線を向けられて、俺は「はい」と首肯する。アイ=ファもこれまで以上に鋭い眼差しで、デイ=ラヴィッツの様子を検分していた。


「現在はダレイムの野菜が使えないため、それ以外の食材だけでも美味なる料理を作れるようにと、あちこちの氏族から手ほどきを願う声が届けられました。それで不公平のないように、各氏族から1名ずつという形を取らせてもらったわけですね」


「それは、3日に1度のことであるのだな? 残りの2日は、どのように過ごしておるのだ?」


「1日はルウ家の勉強会で、もう1日は個人的な修練の日ですね。もうずいぶんな昔から、そのような日程で取り組ませていただいています」


 そしてそういった情報は、血族の女衆からデイ=ラヴィッツに伝えられているはずなのである。それをどうして今さら取り沙汰しようとしているのか、俺には見当もつかなかった。


「……個人的な修練の日。しかしけっきょくその日に積んだ修練の結果も、後日には他の女衆に手ほどきすることになっているのではないのか? お前はむしろ他なる人間への手ほどきを速やかに行えるように、そういった日を設けているようだと、俺はナハムの三姉からそのように伝え聞いている」


「そうですね。あまりに試行錯誤の多い内容ですと、効率よく他者に伝えることもままなりませんので。そういった形を取ることになった次第です」


「では、ルウ家の勉強会というのは? その内容も、けっきょく近在のかまど番に伝えているのではないのか?」


「はい。ルウ家には優れたかまど番がたくさんいますので、非常にありがたく思っています。……あの、デイ=ラヴィッツは何を仰りたいのでしょうか?」


「……お前はけっきょく毎日毎日、余所の氏族のために尽力しているということだ」


 究極的に不機嫌そうな顔をしながら、デイ=ラヴィッツはそのように言いたてた。額の皺などは、銅貨をはさめそうなぐらい深くなってしまっている。


「しかもお前は6日に5日、屋台の商売というものを執り行っている。朝方にはその準備の仕事、中天の前後は屋台の商売、それを終えたのちは勉強会。お前はいったいいつ休んでいるのかと、血族の女衆らはかねがね疑念を呈していたのだ」


「ええまあ、好きでやっていることですので……それに何か、問題でも?」


「お前は屋台で働く女衆らに、銅貨を支払っている。余所の家人に仕事を任せるのだから、それは当然の話であろう。しかし、お前がどれだけ他のかまど番に手ほどきをしても、1枚の銅貨も支払われることはない。これが正しい行いであると言えるのか?」


 俺は思わず、きょとんとしてしまった。


「えーと……俺が無償で手ほどきをしていることが、不服なのでしょうか? でも俺は、ただ他の方々にも美味なる料理を作っていただきたいだけですので……」


「お前のもとで働くかまど番の中には、宿場町の商売が楽しくてたまらないと抜かす人間が数多く存在するのだと聞いている。町の人間と絆を深め、その喜ぶ姿を見られるだけでありがたいと、そのように抜かしているわけだな。そういった連中とて、お前から銅貨を支払われているのだぞ。そうして数多くのかまど番に銅貨を支払っているため、ファの家はまわりが思っているほどの銅貨を手にしているわけではないと、先の家長会議で語られていたはずだな」


 そう言って、デイ=ラヴィッツは傲然と腕を組んだ。


「以上のことから、ファの家ばかりが損をかぶっているのだと感じられる。俺が異議を申し立てているのは、その一点だ」


「ファの家が損をかぶって、どうしてお前が異議を申し立てるのだ? お前はファの家のことが気に食わないのだと、しきりに言っていたではないか」


 ラッツの家長が疑念を呈すると、デイ=ラヴィッツは「ふん!」と盛大に鼻息を噴いた。


「気に食わない氏族が損をかぶって周囲からありがたがられていたならば、余計に腹立たしく思うばかりだ。俺の血族の女衆などは、ファの家ほど清廉で献身的な氏族は他にないなどと言いたてているのだぞ? そんな馬鹿げた話を、黙って聞いていられるものか」


「いやいや、お前もいい加減にファの家と安らかな関係を――」


 と、ガズの家長が口をはさみかけたところで、ダリ=サウティが「いや」と声をあげた。


「ラヴィッツの家長がファの家のことをどう思おうが、それはファとラヴィッツの問題であろう。ただこれまでに語られた言葉は、一聴に価するのではないだろうかな?」


「でも、手ほどきをするのに代価なんていただけません」


 俺がそのように抗弁すると、ダリ=サウティは笑顔で「何故?」と反問してきた。


「いや、何故と申されましても……そもそも俺は、美味なる料理が森辺の民の力になると主張していた立場です。そのために、料理の手ほどきを始めたのですから……」


「しかし現在は、アスタの主張が正しいと家長会議で認められている。美味なる料理でいっそうの力をつけるべしというのは、もはや森辺の民の総意であるのだ。ならば、ファの家ばかりが損をかぶる理由はあるまい?」


「損をかぶっているつもりはありません。さきほども申しあげた通り、俺は好きでやっていることですので……」


「それは屋台で働く女衆らも同じことだと、ラヴィッツの家長はそう言っていたな。それは実に道理の通った話であるように思えるぞ」


 ダリ=サウティはいよいよにこやかな表情になりながら、そのように言いつのった。


「外界の人間と正しく絆を深めるべしというのも、家長会議で取り決められた総意であるのだ。女衆らはそういった思いで、屋台の商売に励んでいるのであろう。アスタも他のかまど番たちも同じ思いであるのに、アスタばかりが銅貨を支払うことになっている。それは確かに、公正さに欠けた話であるようだ」


「なるほど。そもそも森辺においては、銅貨で人に仕事を頼むという習わしもなかったわけだが……外界では、それが普通の話であるわけだな?」


 ダリ=サウティに負けないぐらい朗らかな面持ちをしたギラン=リリンが、かたわらのシュミラル=リリンに問いかける。


「はい。仕事によって、費やされる、労力、および、時間。その代価として、銅貨、支払われます。労働、基本です」


「ふむ。それでアスタは勉強会というものに多大な労力と時間を捧げているにも拘わらず、1枚の銅貨を授かることもない、と。そのように整理すると、実に簡単な話だな」


「はい。昔日、森辺のかまど番、宿場町にて、料理の手ほどき、行った、聞きました。その際、代価、受け取っています。至極、当然の話です」


「で、でも、森辺の同胞から手ほどきの代価なんていただけません」


 俺がそのように反論すると、シュミラル=リリンは不思議そうに小首を傾げた。


「屋台、働く、女衆、同じ立場です。しかし、アスタから、代価、受け取っています」


「シュ、シュミラル=リリンまで、そんな意地悪を言うのですか?」


「意地悪、違います。森辺における、公正さ、願ってのことです」


 と、誰よりも優しく微笑むシュミラル=リリンであった。

 善意と厚意で四面楚歌となったような心地である俺は、最愛なる家長殿へと救援要請の視線を送る。

 アイ=ファは得たりと、凛々しい面持ちで声をあげてくれた。


「それで、皆はどのような結論を望んでいるのであろうか? アスタに手ほどきをされるかまど番は銅貨を支払うべき、という話なのであろうか?」


「うむ。もっとも手っ取り早いのは、そのように取り計らうことであろうな」


「では、アスタが銅貨の受け取りを拒む際は、すべての手ほどきを取りやめる他ない、ということであろうか?」


 アイ=ファの過激な発言に、一部の家長たちがどよめいた。


「そ、それはあまりに性急な物言いであろう。そもそも、何故に銅貨の受け取りを拒むのだ? ファの家はいっそう豊かになるのだから、何も困るような話ではあるまい?」


「勉強会とはアスタにとって、余人と絆を深めるための大切な場であるのだ。そこに銅貨のやりとりが生まれたならば、アスタの心は充足を失うのだろうと思う」


 アイ=ファの声は沈着で、なおかつこれ以上もなく力強かった。


「たとえば、私はサウティの血族とともに森に入り、新たなギバ狩りの作法を構築しようと試みている。ギバ寄せの実とギバ除けの実を使った、これまで以上に安全なギバ狩りの作法だ。いずれそれが形になり、他の氏族らにも伝えようという話になったとき、我々は銅貨を要求するべきなのであろうか?」


「それはまったく、異なる話であろう。そのような作法が完成されたならば、すべての狩人が体得するべきであるはずだ」


「何が異なるというのであろうか? ギバ狩りの作法も美味なる料理の作り方も、どちらも一族の安寧と繁栄に必要な行いであろう。それを伝授するのに、どうして代価を受け取らなければならないのかと、アスタはそのように思い悩んでいるのだろうと思うぞ」


 俺は自分の気持ちをきれいに言語化されたような心地で、深く感じ入ってしまった。やっぱりアイ=ファは誰よりも俺のことを理解してくれているのだと、胸が打ち震えるほどである。

 そうして俺がひとり感動している間に、ガズラン=ルティムが声をあげたのだった。


「私には、どちらの言い分も理解できるように思います。話を複雑にしているのは、屋台の商売によって富が生じることなのでしょう。これで他なるかまど番たちに代価を与えなければ、ファの家だけが富を得ることになってしまいます。それではあまりに道理が通らないため、アスタも銅貨を支払わずには済ませられなかったという背景が存在するわけです」


「ふむ……確かに、女衆らが代価など不要なぐらい屋台の商売を楽しんでいたとしても、それでは余計に公正さを欠くことになろうな」


 ギラン=リリンの相槌に、ガズラン=ルティムは「はい」と微笑む。


「しかしまた、ファの家ばかりが損をかぶっているというデイ=ラヴィッツの主張も、筋が通っているように思います。ここはどうにか、間を取るべきではないでしょうか?」


「間を取るとは?」


「そうですね。たとえば、屋台を手伝う女衆らへの代価を半分に減らすというのはどうでしょう? 残りの半分は、手ほどきをしてくれるアスタへの褒賞と見なすのです。屋台の商売に関わる氏族と勉強会に参ずる氏族はほぼ同一であるかと思われますので、それで多少は平等な心地が得られるのではないでしょうか」


「は、半分というのは多額すぎませんか? やっぱり俺は、心苦しくなってしまいます」


「ですが、ファの家にだけ損をかぶせてしまうと、他の方々が心苦しくなってしまうのです」


 そう言って、ガズラン=ルティムはとてつもなく優しい顔で微笑んだのだった。


「我々は、喜びも苦しみも分かち合うべき、森辺の同胞です。きっと女衆の中には、アスタにばかり苦労を負わせて心苦しいと感じていた者もいるはずです。アスタが多少の心苦しさを受け持つことで、そういった人々の心苦しさがやわらげられるのではないでしょうか?」


「そう……なのでしょうか……」


「私は、そのように思います。それにアスタは、心苦しさよりも遥かに大きな喜びを森辺にもたらしてくれたのです。そちらの喜びを分かち合うことで、心苦しさなどはかき消してほしく願っています」


「俺も、ガズラン=ルティムに賛同する」と、ライエルファム=スドラがひさびさに発言した。


「実のところ、こちらの家人も前々から心苦しさを覚えていたのだ。屋台の商売は楽しいばかりでなく大切な修練の場でもあるのに、自分は古くから毎日働くことを許されて、しかも銅貨までいただいてしまっている、とな。アスタがユンの心苦しさを半分担ってくれるならば、俺は心からありがたく思うぞ」


「うむ。俺も賛同しよう。俺たちがこれだけ美味なる料理を味わえるのは、すべてアスタのおかげであるのだからな。勉強会というものを続けてもらえるのなら、屋台の商売の代価が半分になることなど、安いものだ」


「ああ。それに俺たちは、肉を売ることで大きな富を授かることになった。昔は屋台の手伝いで得られる代価もたいそうありがたかったが、今はそちらに頼らずとも豊かな生活を守れるはずだ。アスタもアイ=ファも、気兼ねはいらんぞ」


 懇意にしている家長たちが、続々とそのように声をあげ始めた。

 アイ=ファはそれらを聞き届けた上で、俺に静かな眼差しを向けてくる。これは俺たちも、心を決めるしかないようであった。


「では、ここで決を取らせてもらおう。それで意見が割れたならば、あらためて論じ合うがいい」


 ドンダ=ルウの進行によって決が取られ、もはや論じ合う必要はなしと定められることになった。

 それでもガズラン=ルティムは、優しい表情で声をあげてくれる。


「アスタとアイ=ファも、納得することはできましたでしょうか? 私は何より、おふたりの気持ちを重んじたく思っています」


「うむ。私に異存はない」


「はい。俺も心を決めました」


「それなら、本当に喜ばしく思います」


 ガズラン=ルティムばかりでなく、シュミラル=リリンやギラン=リリン、ライエルファム=スドラやバードゥ=フォウなども温かい顔で微笑んでくれていた。

 きっとそれらの人々は、ファの尽力が富という形で報われたことを喜んでくれているのだ。俺の内に生じた心苦しさなどは、それらの笑顔だけでもかき消すことが可能かもしれなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いやぁいいなぁにっこにこしちゃうなぁ、おっと目の前がボヤけてきたな
[良い点] デイ=ラヴィッツ…ツンデレ?w
[良い点] アスタの貢献と報酬について申し立てたのがデイ=ラヴィッツというのがまた良いですね。 この会議でアスタのもたらした料理と二種類の商売が森部の皆に浸透したことが分かる区切りの話に感じました。 …
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