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異世界料理道  作者: EDA
第五章 宿場町のギバ肉料理店
114/1675

⑥十日目~前半戦~

2014.10/24 更新分 1/1 2015.7/7 誤字を修正

 そして――その日が、やってきた。

 10日目の、営業日である。


 干し肉のほうは別途で換算させていただくとして。

 8日目は、138食を売ることができた。

 9日目は、142食を売ることができた。


 9日間での売り上げのトータルは、赤銅貨1652枚。

 純利益は、赤銅貨1011枚。

 ギバの牙と角に換算すれば、およそ84頭分である。


 スン家の連中が銅貨に埋もれて暮らしたいと願っているなら、まあ目がくらんでもおかしくないような額ではあろう。


 この額を、俺たちは4名で稼ぐことができた。

 4名で、10日間で、ギバを84頭分。

 毛皮をきっちりなめしたとしても、42頭分。


 もちろん狩人の力があってこその商売なので、その労力も失念するわけにはいかないが。それにしたって、ひとりぼっちで毎日1頭すつのギバを狩り、なおかつ毛皮までなめさなければ得られないような額であるのだ。


 逆に言えば、森辺の民はこれだけの銅貨を生み出すことができるギバの肉を、みすみす森に打ち捨ててきたことになる。


 そういう意味では、まだまだ足りない。

 ギバの肉には、もっと高い価値がある。

 ギバの料理ではなく、ギバの肉そのものを銅貨に換えられるようになれば、そのときこそ本当に、森辺に豊かな暮らしをもたらすことができる。


 そのためにこそ――俺たちは、宿場町に戦いを挑んだのだった。



           ◇



「おはようございます、ミラノ=マス」


 ヴィナ=ルウと、ララ=ルウと、シーラ=ルウ――そして、2日ぶりに復活したアイ=ファとの5名連れで《キミュスの尻尾亭》に立ち寄ると、すでに建物の裏手ではミラノ=マスが待ちかまえていた。


 そんなに大柄ではないが肉づきのいい、黄褐色の肌をした生粋のジェノスの民たる親父さんである。


 いつも不機嫌そうな顔をしているミラノ=マスは、その日も不機嫌そうに俺たちを出迎えてくれた。


「ようやく来たか。……さっき、衛兵どもが店に来たぞ」


「え?」


「今日は、これまで以上にシムやジャガルの連中が集まっているらしい。こんな看板を出したのが裏目になっちまったんじゃないか?」


「こんな看板」とは、屋台の看板の下に即席で貼りつけられた、小さな割り板の看板である。


 俺にはさっぱり読めないのだが。そこには「青の月、7日、10日、11日、休み」と記されているはずだった。


 予定通り、明日はルウの本家で家長会議に向けた料理の勉強会を行うことになり、10日は家長会議の本番、そして仕込みの作業ができないためその翌日も休み、という日程であるのだ。


「いやあ、それでも予告なしに休むほうが心配でしたので。……そんなに大勢集まってらっしゃるんですかね?」


「知らん。衛兵にも放っておけと言っておいてやったからな」


 言いながら、ミラノ=マスは薄墨色の前掛けの物入れに太い指先を突っ込んだ。

 そこから取り出されたのは、8枚の赤銅貨だ。


 店を休むと申し出たら、それならば『ミャームー焼き』のために契約した場所代と屋台の貸出代も、いったんキャンセル扱いにして、日割りで銅貨を返却すると言っていただけたのである。何にせよ、今後も2つの屋台を出していくなら、その日取りをきっちり合わせたほうが良かろう、ということで。


 これで、《キミュスの尻尾亭》を通した契約も、いったんは満了を迎えることになる。


 で――問題なのは、明後日以降のことなのだが。

 ユーミという娘さんに、次の10日間は《西風亭》という宿屋を通して契約すればどうか、と持ちかけられた件は、すでに一昨日に告げてある。


 が、ミラノ=マスの返事は「しばらく待て」だった。


「……明後日からは、どうしましょう? 俺としては、問題がなければまた《キミュスの尻尾亭》と契約したいと考えているのですが」


 それでも、1度は衛兵を呼ばれるような騒ぎを起こしてしまったのだから、もしもミラノ=マスのほうに承服しかねる、という気持ちがあるならば、《西風亭》のお世話になるのもやぶさかではない。


 しかし、ミラノ=マスはやっぱり「しばらく待て」としか言ってくれなかった。


「今日の店が終わったときに、決める。それで不都合はないだろうが?」


「はあ。こちらはそれでもいっこうにかまいませんが」


 しかし、ミラノ=マスの心情がまったくうかがえないので、何となく座りが悪い。


 ミラノ=マスは「ふん」と鼻を鳴らして、俺たちの顔をひとりずつにらみ回していった。


「さっさと行け。これでまた騒ぎになるようだったら、どのみちギバの屋台など今日でおしまいになるのだからな」


 けんもほろろというご様子である。

 しかたないので、俺たちは素直に露店区域へと向かうことにした。


「最後の最後まで感じ悪かったねー。そんなに森辺の民が気に食わないんなら、とっとと手を引けばいいのにね?」


 ごろごろと屋台を押しながら、ララ=ルウがこっそり囁きかけてくる。


「うん。……だけど、ミラノ=マスに何か考えがあるのなら、しっかり納得がいくまで考えてほしいかな」


 ミラノ=マスは、家族だか友人だかを森辺の民に害されたことがあるらしい、とユーミは言っていた。


 それが事実であるとしたら――今まで、どういう気持ちで俺たちに接してきたのだろう。


 そして、今はどういう気持ちでいるのだろう。


 もしもそういった恩讐をこえて、森辺の民を真っ当な商売相手として見なしてくれる気持ちがあるならば、俺としては末永くおつきあいいただきたいのだが。


(まあ、とにかく今日を乗りきることだな)


 俺たちにやれることに、変わりはない。

 ひとつの節目となる10日目の今日であるが、いつもの通り、懸命に働くだけだ。


 ただし、これまでと異なる点が、ひとつだけあった。

 本日は『ギバ・バーガー』を80個分、用意してきたのである。


 ファの家からルウの集落に拠点を移したことによって、ヴィナ=ルウには2時間分のゆとりが生まれた。その時間を利用して仕込みの作業を手伝っていただき、20食ばかり追加分を作成することがかなったのだ。

 その前日の余剰時間にはひたすら薪を採取して、今朝方は、薪を採取する代わりに追加分のポイタンを焼いた。


 どうしてそのような処置を取ったかというと――店を休むと告知したその日から、それを残念がる声がとてもよく聞こえてきたからだ。


 休日の前後は、これまで以上に売れ行きがよくなる予感がした。

 ならば、普段から『ミャームー焼き』よりも早く売り切れてしまう『ギバ・バーガー』を、わずかばかりにでも多めに用意しよう、と思い至ったのだ。


 まあ、実にささやかな数ではあるが。せめてもの心づくしである。


 そうして街道を進んでいくと、「うわ」と、ララ=ルウがおかしな声をあげた。


 顔を上げると、その理由はすぐに判然とした。

 まだ俺たちが借り受けているスペースまでには数十メートルの距離があったが、ここからでも人だかりのすごさが見て取れた。


 シムとジャガルのお客さんたちと、野次馬かお客かの判別の難しい西の民たちで、ほとんど通りがふさがりかかってしまっていたのだ。


 これではまあ、衛兵たちも黙ってはいられなかっただろう。

 その衛兵たちは、何とかその人波を北の方角に流そうと四苦八苦している。


「やあ。何だか今日はいつも以上の人気だな?」


 振り返ると、いつものスペースでドーラの親父さんが笑っていた。

 ターラも、にこにこと笑っていた。


「それでも、まさか朝一番で売り切れることはないよなあ? 俺たちは後でゆっくり買わせていただくよ?」


「はい。ありがとうございます。……それじゃあ、タラパとティノを4個ずつ、アリアを30個いただけますか?」


「あいよ。赤が12枚だね」


 買った野菜を袋に詰めて、いざ出陣である。


「がんばってね、アスタおにいちゃん!」というターラの声に背中を押されつつ、俺たちはお客さんたちのもとに向かった。


「すみません、お待たせしましたあ!」


 俺の声に、歓声のようなものがあがりかけて、すぐに沈静化する。

 きっとジャガルのお客さんたちが自制してくれたのだろう。


 最近は朝一番でもそこまでは混雑しなくなり、せいぜい20~30人ぐらいのお客さんしか並ぶこともなかったのに、本日はその倍ぐらいの人数が押しかけてきているようだった。


 明日は休むと通達しただけなのに――何とも光栄な話である。


「少々お待ちくださいね。すぐに準備いたします!」


 点火した火鉢を屋台にセットして、タラパのソースを攪拌。

 漬け汁に漬かった肉を別の皮袋に移動。

 ティノは千切りで、アリアはスライス。

 もう全員が、しっかり手順をわきまえている。


 荷物運びの任を終えたアイ=ファは、3日前と同じように、背後の林に引き退いて、腰を落ち着けた。


「……何だかちょっと、わくわくしちゃうね?」と、ララ=ルウが楽しそうに笑いかけてくる。


 朝一番は、俺とララ=ルウが『ミャームー焼き』の担当なのだった。


「何だかこの仕事、面白いよ。あたしは家で毛皮をなめしてるより、こっちのほうが断然好きだなあ」


「そっか。そいつは何よりだね」


「明後日からは、どうなるんだろ? やっぱり別の女衆と交代になっちゃうのかなあ?」


「どうだろうね。俺としては、ずっと同じ顔ぶれのほうが助かるんだけど」


 するとララ=ルウは一瞬嬉しそうな顔をしてから、少し眉を曇らせた。


「あのさあ。それってやっぱり、レイナ姉とは一緒に働きたくないって意味?」


「……え?」


「レイナ姉は、めちゃくちゃアスタと一緒に働きたがってるじゃん? それってやっぱり、アスタにとっては迷惑なのかな?」


 海のように青いララ=ルウの瞳が、じいっと俺を見つめてくる。

 ララ=ルウぐらい感受性が豊かで、洞察力にも秀でていたら、レイナ=ルウや俺の気持ちなどお見通し、ということなのだろうか。


「迷惑……だとは言いたくないんだけどね。俺はあまり不用意にレイナ=ルウのそばには近づかないほうがいいのかなあとは、少し思ってる」


「そばに近づかなければ解決するような話なの?」


「……ごめん。わからない。問題を先延ばしにしてるだけなのかも」


「あたしに謝ることないよ。どうせなるようにしかならないんだから、アスタも好きなように振る舞ってればいいんじゃない?」


 と、最後はララ=ルウらしく、にっと白い歯を見せてくれた。

 気を取りなおして、俺は温まった鉄鍋にアリアを投入する。


「まもなく販売を開始いたします! 5名様ずつ、お並びください!」


 真っ先にやってきてくれたのは、おやっさんとアルダス氏を含む、建築屋のメンバーだった。


「おはようございます。今日はずいぶんお早いですね?」


「ああ。今日は仕事を始めたら昼下がりまで抜けられそうになかったんで、大急ぎで駆けつけたんだよ。明日が休みだって言うんなら、なおさら食い逃すことはできないからな」


 大らかに笑うアルダス氏のかたわらで、おやっさんはちょっと不機嫌そうな面持ちである。


「そうだ。つまりは、お前が店を休んだりするから悪いのだ。休めば休むほど稼ぎは減ってしまうだろうが? だいたい、俺たちは今月いっぱいまでしかジェノスにいられないのに、3日も休むとは何事だ? ……青の月は、もう休むな。休みたかったから、俺たちがジャガルに帰ってから、休め」


「あはは。どうもすみません。……今月はできるだけこれ以上は休まないようにしたいと思います」


 答えながら、俺は3キロ分の肉を投入した。

 果実酒とミャームーの匂いが広がり、おやっさんの顔も少しだけ柔和になる。


「ううむ。たまらん匂いだな。……だけど、明日は休みなのか……おい、アルダス、俺たちは明日の朝、いったい何を食べればいいのだ?」


「今まで通り、カロンのフワノ巻きでも食うしかないだろう。あれだって、おやっさんの好物じゃないか」


「カロンなんぞは晩餐でいくらでも食えるではないか。俺は、ギバの肉を食いたいのだ」


 すると、おやっさんよりも頭ひとつ分は高い位置で、アルダス氏がにやりと笑った。


「ああ、そうだ。……なあ、にいさん、後でナウディスという男がやってくるかもしれないから、そのときはよろしく相手をしてやってくれよ」


「ナウディス? 皆さんのご友人か何かですか?」


「友人ってわけじゃないが、まあ古くからの馴染みだよ。やっこさんもようやく重い腰をあげる気になったみたいでなあ」


 さっぱり意味がわからなかったが、それを問い質す前に『ミャームー焼き』が完成してしまった。


「それじゃあ、また明後日な。病気なんぞして、これ以上は休まないでくれよ?」


 あとはもう、ひたすら作りまくるしかなかった。

 15食の『ミャームー焼き』も、あっという間に売り切れてしまう。


「すみません! 少々お待ちくださいませ!」


 これまででもっとも混雑した5日目の朝以上の売れ行きだった。

 追加の15食も立て続けに売れてしまい、お次の分が7食ほど売れたところで、ようやく客足がいったん停止する。


『ギバ・バーガー』のほうは、と見てみると、ちょうどこちらを振り返ったシーラ=ルウと視線がぶつかった。


「20個分を追加しましたが、そちらも残りは5個になってしまいました。……すぐに追加分を作ったほうがよいのでしょうか?」


「うーん、もうちょっと様子を見ましょう。残り3個を切ったら、作り始めてかまいませんよ。……あ、いらっしゃいませ」


 シムのお客さんに1食売って、『ミャームー焼き』は、残り52食。

『ギバ・バーガー』は、残り45食か。


 まだ西の民のお客さんはほとんど姿を現していないのに、順調すぎる滑り出しである。


 それでもこの3日間で、西の民のお客さんも少しずつ増えてきている。


 3日前は20名ていど、一昨日は30名弱、昨日は35名ぐらいだった。

 それでもまだ東や南のお客さんに比べれば半数ていどの人数であったが、10日目でこの比率なら、まずは満足すべきであろう。


 考えてみれば、通常の軽食の屋台においては、20食から50食ていどの売れ行きしか見込めないのだから、35名もの西の民が購入してくれたというのは、快挙と言ってもいいぐらいのことなのかもしれない。


 着実に、ギバ肉の料理はジェノスに浸透していっている。

 この事実は、明日にでもガズラン=ルティムに報告せねばなるまい。


 と――そこに、皮マントの集団がやってきた。

 むろんのこと、シュミラル率いる《銀の壺》である。


「いらっしゃいませ! 毎度ありがとうございます」


 朝一番の中に、彼らは含まれていなかったのか。

 きっちり10名のシムの民が、いつもの通り5名ずつに分かれてそれぞれの屋台に並んでくれる。


 偶数日は『ミャームー焼き』というローテーションになっている団長のシュミラルが、これまたいつもの通りにフードを外して、礼儀正しく挨拶してくれた。


「明日、休み、残念です。明後日、また来ます」


「はい。どうもありがとうございます」


「……アスタ、買い物、どうですか?」


「はい。家長とも話はついたので、仕事が終わったら、そちらのお店にうかがわせていただこうかと」


 俺たちは、昨日までで1000枚以上もの赤銅貨を稼ぐことができた。

 白銅貨に換算すれば100枚、ついに銀貨と交換できるぐらいの額である。


 ただ、使ってこその、お金であろう。

 銅貨を貯めこんで、何か大きな買い物をする予定があるわけでもないのだから、そろそろ銅貨を消費する側に回ってもよいのではないか、と俺がアイ=ファに進言し、その承諾を得ることができたのだ。


「嬉しいです。日没まで、私、店、います」


 と、シュミラルは少しだけ目を細めた。

 口もとなどは無表情なままなのだが、それだけで嬉しそうな顔に見えてしまうのが、不思議だ。


「では、また」


「はい。またのちほど」


 これで、『ギバ・バーガー』のほうはきっちり40個売れてしまった。

 次の20個分の追加作業を終えたら、休憩にすることにしよう。


「……なんかさ、東の民って、森辺の民と似てるよね?」


「あ、やっぱりララ=ルウもそう思う?」


「うん。……森辺の民ってさ、東と南の血が混ざって生まれた一族なのかもしれないって、ずっと前にジバ婆が言ってたんだよね」


「え? そうなの?」


「うん。ジバ婆にも詳しいことはわかんないらしいんだけど。ジャガルとシムが戦争を始めるよりずーっと前に、それぞれの都を追い出されたジャガルとシムの小さな一族が南の森で出会って、それが森辺の民の祖となった……っていう言い伝えがあるらしいんだ」


「へえ! すごいね! ……だからなのかな。シムの人もジャガルの人も、俺は最初から何となく親しみやすい人が多かったんだよねえ」


「そうなのかな? だったら、ジバ婆たちは南の森を追い出された後、西の王国じゃなく東の王国に住めば良かったのにね」


「うーん。だけど、東の王国は言葉も違うしねえ。それに、その頃にはもう南と東も敵対国に成り果ててたんだろうから、その両方との友好国である西の王国を頼るしかなかったんじゃないのかな」


「あ、そっか。……ま、今さら何を言ったって、あたしたちの暮らしが変わるわけじゃないもんね」


 そんな会話をしているうちに、『ギバ・バーガー』の仕込みも完了したようだった。

 ちなみに、タラパソースの味付けに関しては、すでにシーラ=ルウに一任してしまっている。


「よし。それじゃあ休憩にいたしましょう。……ちょうどこっちも肉はできたてだから、俺たちから先に行かせてもらおうかね」


「うん!」


 俺はふたつの『ギバ・バーガー』、ララ=ルウはミャームー焼きのタラパソース和え、というそれぞれの軽食を手に、アイ=ファのもとへと近づいていく。


 アイ=ファは、眠っているようだった。

 が、俺たちが2メートルばかりの距離にまで近づいた時点で、ぱちりと目を開けて面を上げた。


「寝てたか。ごめんな。軽食を持ってきたんだけど、食べられるかな?」


「うむ」


 アイ=ファは、すっかり回復していた。

 念のために、昨日と一昨日は町に下りるのを自重したが。左肘を負傷して、今日で6日目。明日の朝には、固定された左肘を解放する予定である、とのことだった。


「森に入るにはまだまだ時間が必要だが、家長会議までにはそれなりに回復できるであろう」とは、アイ=ファの弁である。


 家長会議までは、あと4日だ。

 さすがに左腕を吊った姿でスン家におもむくわけにはいかなかっただろうから、それは本当に良かったと思う。


「ねえ、そういえば、店が終わったら銅貨を使うんでしょ? いったい何を買うつもりなの?」


 と、軽食を美味しそうに頬張りながら、興味津々でララ=ルウが問うてくる。


「えーっとね、実は、調理刀と鉄板を買う予定なんだ」


「……てっぱん?」


「そう、鉄板! 実は鍋屋さんに新しい商品が入荷されてさ! こいつが実に使い勝手も良さそうなんだよ!」


「……それだけ?」


「うん。俺はそれだけ」


 ご満悦の俺とは裏腹に、ララ=ルウは無茶苦茶につまらなそうな顔をしていた。


「……どっちも料理の道具じゃん」


「うん。でもそれだけで、白銅貨33枚にもなっちゃうからさ」


 白銅貨100枚強の貯蓄があるならば、半分ていどは手もとに残し、半分ていどを使ってしまおう、という取り決めがアイ=ファとは成されていたのだ。


 で、シム産の調理刀が白銅貨18枚で、ジャガル産の鉄板が白銅貨15枚。しめて33枚である。


「ああ、あの銀髪のシム人が見せびらかしてた刀を買うことにしたんだ? アスタ、ものすごく欲しそうにしてたもんねー」


「うん! そうなんだよ!」


「……で、アイ=ファは?」


 料理馬鹿に見切りをつけたご様子でララ=ルウはアイ=ファに目線を転じる。


 しかしアイ=ファはミニサイズの『ギバ・バーガー』を大事そうに食しながら、「べつだん、何も」と答えるばかりだった。


「え? 何も買わないの?」


「うむ。刀はまだまだ十分に使えるし、薬にも、布類にも不足はない」


「だったら、宴衣装とか、飾り物とかさ。この前のは全部、ジバ婆のお古を借りてたんでしょ?」


「あのようなものは、今後一切使う予定はない」


「えー、だけどさあ、この前みたいにまた祝宴のかまどを頼まれることもあるかもしれないよ?」


「……そのときはそのときのことだ」と、アイ=ファはにべもない。

 ララ=ルウは、とても不満そうな面持ちだった。


「何だかなあ。楽しそうにしてるのは、アスタだけじゃん」


「そうなんだよな。これはファの家の富なんだから、家長にも存分につかっていただきたいところなんだよ。今日の稼ぎは度外視しても、まだ白銅貨17枚もつかえるんだぞ?」


「つかいたいなら、好きにつかえ。……というか、お前だって料理のための道具しか買おうとはしていないではないか? 無駄につかえとは言わないが、もっと好きなようにつかえばいい」


「ふーん。だったら、調理器具の他にもあれこれ買わせていただこうかなあ」


 そんな風に俺が言うと、アイ=ファはむしろ満足そうに「好きにつかえ」と繰り返した。


「わかった。それじゃあ、そうさせていただこう」


「あのねえ、アスタ……」と、ララ=ルウが少し怒った目つきで俺を見る。


 が、俺の表情から何を読み取ったのやら、ララ=ルウは「……ま、いっか」と、つぶやいて、手もとに残っていた軽食を口の中に放り込んだ。

アスタの収支計算表


*試食分は除外。


・第八日目


①食材費


『ギバ・バーガー』60人前……31.55a

『ミャームー焼き』90人前……41.55a

2品の合計=31.55+41.55=73.1a


②その他の諸経費


○人件費……21a

○場所代・屋台の貸出料(日割り)……4a



諸経費=①+②=98.1a


138食分の売り上げ=276a


純利益=276-98.1=177.9a


純利益の合計額=647.27+177.9=825.17a

(ギバの角と牙およそ68頭分)


*干し肉は、1200グラム、18aの売り上げ。10日目にまとめて集計。

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・第九日目


①食材費


『ギバ・バーガー』60人前……31.55a

『ミャームー焼き』90人前……41.55a

2品の合計=31.55+41.55=73.1a


②その他の諸経費


○人件費……21a

○場所代・屋台の貸出料(日割り)……4a



諸経費=①+②=98.1a


142食分の売り上げ=284a


純利益=284-98.1=185.9a



純利益の合計額=825.17+185.9=1011.07a

(ギバの角と牙およそ84頭分)


*干し肉は、2400グラム、36aの売り上げ。10日目にまとめて集計。

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