ファの家の晩餐会③~晩餐~
2021.12/29 更新分 1/1
そうして日没が近づくと、あらためてラヴィッツの長兄がファの家を訪れてきた。
「ナハムの三姉から、返事をいただいたぞ。突然の申し出を了承してもらえて、感謝している」
ラヴィッツの長兄がすました顔でそのように言いたてると、アイ=ファは厳粛なる面持ちで「うむ」と応じた。
「お前をファの家の晩餐に招くのは、初めてのことだな。正しく絆を深められれば、喜ばしく思う」
「ふふん。べつだんファの家の粗探しが目的ではないので、気を張る必要はないぞ」
広間ではすでに他なる客人たちが着席しており、晩餐の準備も完了が目前であった。
アイ=ファに刀を預けて入室したラヴィッツの長兄は、それらの様子に視線を巡らせ――やおら、「おお」と目を細めて微笑んだ。
「そうかそうか。ファの家には、お前もいたのだったな。これはずいぶんひさびさのお目見えだ」
上座の隅で丸くなっていたサチは、「なう」とうるさそうに応じる。そういえば、ラヴィッツの長兄はサチのことがお気に入りであったのだ。ディアルに盗賊のようだと評されたその顔は初孫を迎えた好々爺のごとき表情となって、その場の多くの人々を驚かせることになった。
「あなたはずいぶん、シムの猫がお気に召してるんだね。何かいわくでもあるのかな?」
ディアルがそのように問いかけると、ラヴィッツの長兄は「いやいや」と応じながら空いている場所に腰を下ろした。
「何もいわくなどなくとも、そやつの愛くるしさに変わりはあるまい? それとも南の民は、東の獣をも忌避するのか?」
「いやー、そういうわけじゃないけどね! でもどっちかっていうと、僕は犬のほうが好みかなー」
サチは人間の語らいなど関心なさそうに、金色の目をまぶたに隠してしまった。
そうしてアイ=ファが上座に陣取った頃には、晩餐の支度も完了する。俺たちも、それぞれの血族のかたわらに腰を落ち着けることになった。
飛び入りの客人まで迎えて、本日の総勢は12名だ。
城下町からは、リフレイアとシフォン=チェル、サンジュラとムスル、ディアルとラービス。森辺からは、トゥール=ディンとゼイ=ディン、ユン=スドラとライエルファム=スドラ、そしてラヴィッツの長兄とラヴィッツ分家の女衆である。いきなりファの家の晩餐に招かれることになったその女衆は、恐縮しきった様子で肩をすぼめていた。
「では、晩餐を始めたく思う。今日はさまざまな身分の人間が集まっているかと思うが、それぞれ相手の立場や習わしを軽んずることなく、正しく絆を深めてもらいたい」
だいぶん客人の招待にも慣れてきたアイ=ファは、よどみのない口調でそのように挨拶をした。
そうして食前の文言を唱えて、晩餐の開始である。
「ふむ。さすがに貴族を客人に迎えているだけあって、豪勢な晩餐だな。……それともファの家では、これが常なる晩餐なのだろうか?」
ラヴィッツの長兄がさっそくそのように問うてきたので、俺は「いえ」と答えてみせた。
「やっぱり客人をお招きした日は、品数を多くして豪勢に仕上げておりますよ。ただし、客人の身分は関係ないですけれどね」
「ああ。ルウ家では今ごろ、《銀の壺》やらいう連中を晩餐に招いているはずだったな。それならあちらでも、これぐらい豪勢な晩餐が準備されているということか」
ラヴィッツの長兄は、あくまでもマイペースだ。
まあ、賑やかしとしては最適な人柄であるのかもしれない。俺は気にせず、本日の成果を愛すべき家長に取り分けることにした。
「今日は新しいカレーに挑戦したんで、率直な感想をお願いするよ。リフレイアたちも、どうぞよろしく」
「ええ。わたしたちが味見をさせてもらったときよりも、うんと豪勢に仕上げられているものね」
勉強会ではスパイスと出汁の調整などに眼目を置いていたため、具材はギバ肉しか使っていなかったのだ。それを晩餐に仕上げたこちらのカレーでは、パプリカのごときマ・プラ、サトイモのごときマ・ギーゴ、ズッキーニのごときチャン、ブロッコリーのごときレミロム、タケノコのごときチャムチャム、それにブナシメジモドキとマッシュルームモドキという具材を加えていた。
さらにギバ肉は、出汁の豊かな肩肉とバラ肉の他に、くず肉のミンチも使用している。それらの具材をキミュスの骨ガラの出汁で煮込むことで、ようやく満足のいく深みを得られたのだ。かえすがえすも、タマネギのごときアリアの重要性を思い知らされる昨今であった。
また、森辺の民は汁物料理を好むので、カレーの日にもさっぱりめのスープを準備するのが常である。本日はそちらでもキミュスの骨ガラを活用し、ギバ・ベーコンとキミュスの溶き卵、長ネギのごときユラル・パとレタスのごときマ・ティノを使った、ホボイ油の香る中華風スープを準備した。
ギバ肉の摂取に貪欲な層のためには、ギバ・タンのソテーを準備している。ユラル・パのみじん切りに、塩とピコの葉とホボイ油とシールの果汁、それにやっぱり骨ガラの出汁を混ぜ込んだ、塩ダレでいただくひと品である。これらのスープや塩ダレも、キミュスの骨ガラの出汁の有用性を伝えるために考案したものであった。
あとは、キュウリのごときペレの細切りをマロマロマヨネーズで和えたものや、サツマイモのごときノ・ギーゴのマッシュや、ツナフレークのごときジョラの油煮漬けを使ったシィマの生鮮サラダなど、外部から買いつける食材だけで仕上げた数々の副菜を取りそろえた。
「本当に、どれも素晴らしい味わいね。あなたたちも、そう思うでしょう?」
リフレイアがそのようにうながすと、3名の従者たちがそれぞれの気性に見合った言葉を返した。
「これらの料理は、宴料理として扱われてもまったく不足のない出来栄えでありましょう。数々の勲章を授かったアスタ殿の力量を、あらためて思い知らされた心地であります」
「はい。きわめて美味、思います」
「ええ……侍女の身でこれほど立派な晩餐をいただくのは、恐れ多く思えてしまうほどです……」
「何を言っているのよ」と、リフレイアはシフォン=チェルに笑いかけた。
「森辺の集落で、侍女もへったくれもないわよ。そうでしょう、アスタ?」
「うん。少なくとも、俺たちにとっては誰もが対等な客人という立場だからね。……そういえば、シフォン=チェルに俺の料理を食べていただくのは、ものすごくひさしぶりなんじゃないでしょうか?」
そう言って、俺もシフォン=チェルに笑いかけてみせた。
「シフォン=チェルを客人としてお招きすることができて、俺も心から嬉しく思っています。どうぞご遠慮なく、おなかいっぱいになるまで食べてくださいね」
「ありがとうございます……」と答えるシフォン=チェルは、とても穏やかな笑顔であった。謙虚な発言が出るのはつつましい気性の表れであり、彼女も決して自分の身分を卑下しているわけではないのだ。
「なるほど。あの試食会や礼賛の祝宴というやつでも、侍女や従者といったものたちは働くばかりでまったく料理に手をつけようとしなかったな。城下町において、貴族と従者が同じものを口にすることはない、ということか?」
どのような話題でも積極性を発揮するラヴィッツの長兄が、すかさずそのように口をはさんだ。
シフォン=チェルは同じ表情のまま、「はい……」とうなずく。
「ああいった祝宴の場においては、従者も宴料理の残りをいただく場合もありますが……基本的に、主人と従者が同じ卓で食事をとることはございません……」
「でも、わたしはあなたやサンジュラを同じ卓に招いてしまうことも、しょっちゅうだけれどね」
と、リフレイアも気安く言葉を重ねる。
「ただそれは、貴族の社会において節度のない行いと見なされてしまうことでしょう。だからわたしも、人の目のないときにだけ、こっそりそのような行いを楽しんでいるのよ」
「ふむ。やはりそれは、貴族のみの習わしなのであろうか?」
ラヴィッツの長兄の三白眼が、笑顔で食欲を満たしているディアルに向けられる。ディアルは口の中身を呑みくだしてから、それに答えた。
「いや。貴族だろうと商人だろうと、習わし自体は変わらないんじゃないのかな。僕の家だって、ラービスを同じ卓につかせることは、なかなか父さんが許してくれないからね」
そんな風に言いながら、ディアルはにこーっとラービスに笑いかけた。
「でも父さんの目がなければ、家のみんなもラービスを引っ張り放題だもんね。僕もジェノスでだったら、いくらでもラービスと一緒に同じものを食べられるしさ!」
「恐れ多いことです」と無表情に応じながら、それでもラービスの目がやわらかい眼差しをたたえていることに気づいて、俺は「おや」と思った。以前のラービスであれば、こんな場面でも堅苦しい態度をいっさい崩さないように思えたのだ。
(里帰りの休暇で、何か心境に変化でもあったのかな。それなら何よりだ)
俺がそんな風に考えている間に、ラヴィッツの長兄は「なるほどな」とマッシュ・ノ・ギーゴをかき込んだ。
「いや、森辺にはそもそも侍女や従者といった身分が存在しないので、以前からいささかならず気になっていたのだ。確かにリフレイアやディアルなどは、従者を家族のように扱っているように見えるのだが……城下町では、そうでない人間のほうが数多く見受けられるようだしな」
「ああ、そういうことなら、わたしたちは参考にならないかもね。もしかしたら、従者をぞんざいに扱う貴族の姿でも見てしまったのかしら?」
「ぞんざい……というのだろうかな。俺が見た貴族たちも、決して従者というものを虐げていたわけではなく……何か、道具のように扱っているような印象であったのだ」
ラヴィッツの長兄のそんな言葉に、ライエルファム=スドラがぴくりと反応した。
「それは、目新しい話だな。俺の家人らもそれなりに城下町まで出向いているが、そのような言葉を聞かされることはなかった」
「ふむ。スドラの家長は、城下町に出向いたことがないのか?」
「ない。そういったものには、若い人間が出向くべきであろうからな。本来は今日も別の人間をよこそうかと考えていたのだが、遠征の話を所望されることもあるかと思いなおし、俺が出向くことにしたのだ」
「なるほど。俺の親父殿と同じようなものか。……お前たちは従者というものについて、気にかかることはなかったのか?」
ラヴィッツの長兄は、静かに食事を進めていた女衆らに視線を巡らせていく。
まず申し訳なさそうに頭を下げたのは、彼の隣に座していた分家の女衆であった。
「わたしは城下町においてかまど仕事を果たしたのみですので、そもそも貴族の姿をほとんど目にしていないのです。目にしたのは、デルシェアという南の王族ぐらいのものですが……あの娘が従者というものをどのように扱っているかまでは、目に入りませんでした」
「では、スドラとディンの女衆は? お前たちは、いくたびも城下町を訪れているのだろう?」
「はい。ラヴィッツの長兄が仰るのは、貴族が従者に酒などを注がれても、まったく目を向けようともしないとか……そういう行いのことでしょうか?」
ユン=スドラがそのように答えると、ラヴィッツの長兄は「そういうことだ」と満足そうに口の端をあげた。
「俺や親父殿とて、伴侶に酒を注がれたぐらいでいちいち礼を言ったりはしない。が、眼差しや仕草でねぎらいの気持ちを伝えるのが当然であろう。貴族たちにはそういう素振りがなく、従者の存在を気取ってすらいないように見えたのだ。まるで宙から勝手に酒がわいて出たかのようにな」
「そうですね。それが従者の仕事であり、貴族たちはいちいちねぎらったりはしないのだろうと、わたしはそのように受け止めていました。……こういった話も、家長に伝えるべきであったでしょうか?」
ユン=スドラが眉を下げつつ振り返ると、ライエルファム=スドラは「いや」と鷹揚に応じた。
「おそらくは、ラヴィッツの長兄が特異であるのだ。お前はなかなか、余人とは目のつけどころが違っているようだな」
「ふふん。お前であれば、俺と同じものを見るだろうさ。では、ファの家長やかまど番はどうであるのだ?」
「俺はユン=スドラと同じで、ごく自然にそういった光景を受け入れていたように思います。もしも従者を虐げているような貴族がいたら、印象に残っていたように思いますけれど……俺が懇意にしている方々などは、特に従者を大事にしているようですしね」
「私は、あれが貴族の習わしなのであろうと、目をつぶっていた。アスタの言う通り、親しくしている貴族たちは、従者を粗末に扱うこともなかったしな」
「ふん。目をつぶるということは、お前も面白くないと考えていたということだな」
ラヴィッツの長兄にすくいあげられるような視線を向けられて、アイ=ファは「うむ」と厳粛に応じた。
「人間が人間を道具のように扱うことなど、面白いと思えるわけがあるまい。しかしそれが貴族の習わしであるのなら、我々が憤慨しても詮無きことだ」
「アイ=ファたちは、そのように貴族たちを見定めていたのね。なんだか、背筋がのびるような思いだわ」
リフレイアが小さく息をつくと、アイ=ファは鋭さをやわらげた眼差しをそちらに届けた。
「ラヴィッツの長兄が最初に言っていた通り、お前やディアルにそういった思いを抱いたことはない。そうだからこそ、こうして客人として迎えようという心情にもなれるのだ」
「そう言ってもらえるのは、幸いだわ。ご存じの通り、わたしはすこぶる不出来な貴族であったからね。2年も前のわたしなんて、悪辣な貴族そのものであったでしょう? このシフォン=チェルに物を投げつけることだって、しょっちゅうだったもの」
「うむ。心の荒んでいたお前が正しい成長を遂げることがかない、私も喜ばしく思っている」
アイ=ファの真正直な返答に、リフレイアは気恥ずかしそうに微笑んだ。このように微笑むことができるようになったのが、リフレイアの成長であるのだ。
「それで、ラヴィッツの長兄は何が言いたいのであろうか? 城下町に出向く機会が増えて、貴族に対する不審の念が高まったということか?」
と、寡黙なゼイ=ディンがそのように問い質した。
ラヴィッツの長兄は「どうだかな」と肩をすくめる。
「俺が城下町まで出向いたのは、ほんの数回だ。それだけで貴族のすべてを知った風な口を叩いていたら、話にもならんだろう。だから、前々から城下町に出向いていた人間に話を聞いてみようと思ったのだ」
「そうか。俺もお前と同じような立場だが……やはり、貴族というだけでひとくくりにはできないと考えている。オディフィアの侍女などはとても大切に扱われていたし、侍女のほうもオディフィアを大切に扱っていたからな」
父親に優しい眼差しを向けられて、トゥール=ディンも幸福そうに微笑む。俺はオディフィアの侍女という御方を知らないが、きっとトゥール=ディンたちはお見舞いに出向いたときにでもご縁を結ぶことになったのだろう。
「確かに俺たちは、まだまだ城下町のことなどまったく知り尽くしていないのだろう。もっとも古くから城下町に出向いていたアスタたちでさえ、まだ2年ていどのつきあいであるのだからな」
今度はライエルファム=スドラが、そんな風に言いたてた。
「そしてそれは、逆もまた然りであろう。城下町の貴族たちとて、森辺の民についてはまったく知り尽くしていないのだ。それは今後も長きの時間をかけて、理解を深めていくしかあるまい」
「あら。わたしたちが今さら森辺の方々を見損なうようなことはないように思うけれど」
リフレイアがそのように応じると、ライエルファム=スドラは「そうであろうか?」と思慮深げに言った。
「我々は、長きにわたって蛮族と見なされていた。そこには誤解や偏見というものも入り混じっていたため、現在はそれを解きほぐそうとしているわけだが……誤解や偏見だけで、それほどの悪念が生まれるとは思えない。我々は、貴族や町の人間にとって野蛮と見なされるべき部分を確かに備えているのだろうと思うぞ」
「そうかしら? 収穫祭の力比べというものだって、闘技会に比べて野蛮とは思えないけれど」
「そこで収穫祭の力比べが例にあげられる時点で、まず目のつけどころが異なっているのであろう。あれは母なる森におのれの力を示す神聖な儀式であり、我々は最初から野蛮だとも考えていない」
そんな風に答えてから、ライエルファム=スドラはわずかに黙考した。
「たとえば……森辺においては、さまざまな掟が存在する。無断で余所の家を踏み荒らしたならば足の指を切り落とすという掟などは、野蛮に感じられないだろうか?」
ディアルが「んぐ」とおかしな声をあげた。びっくりして、食べたものを咽喉に詰まらせてしまったようだ。
「他にも、家族ならぬ女衆の裸身を見たならば目をえぐるという掟や、森の恵みに手をつけたならば頭の皮を剥ぐという掟も存在する」
「ちょ、ちょっとちょっと! 食事中には不相応な話題なんじゃない?」
「こういった話を平気で口にしてしまうのも、野蛮な一面であるのやもしれんな」
と、ライエルファム=スドラはくしゃっと子猿のように微笑んだ。
「斯様にして、俺たちはまだまだ相手のことを知り尽くしていないのだ。特にそちらはアスタやアイ=ファと懇意にしてきたのだから、森辺の民のよき部分ばかりを目にしてしまっているやもしれんぞ」
「おいおい、それはさすがにファの家を持ち上げすぎであろうよ。森辺において、これほど騒ぎを起こす氏族は他にあるまい?」
ラヴィッツの長兄がにやにやと笑いながらそのように言いたてると、ライエルファム=スドラは真面目くさった面持ちで「いや」と応じた。
「俺は言葉を飾ったつもりもない。ファの家ほど誇り高き氏族はなかなかなかろうし……森辺で騒ぎになってしまうのも、とりわけ柔軟で先鋭な考えを有しているゆえであろう。外界の人間にとっては、そういった部分も魅力や親しみやすさに感じられるのであろうと思う」
「いや、ライエルファム=スドラほど聡明な人間にそのような言葉を向けられては、こちらのほうこそ恐縮してしまうのだが」
アイ=ファがいくぶん困り顔でそのように口を出すと、ディアルが「あはは」と楽しそうに笑った。
「人間ってのは、似た者同士で寄り集まるものだからね! 確かにアスタたちは親しみやすいけど、それはあなたたちもそうなんじゃない? だから、アスタを中心に森辺のお人らとご縁を深めてきた僕たちは、いい部分をたくさん知ることができたんじゃないかなあ?」
「ふん。俺たちラヴィッツの人間は、ファの家の行いを否定して、決して馴れあわないように心がけてきた立場だがな」
「でも、いまは仲良くやってるんでしょ? こうやって、同じ晩餐を囲んでるんだからさ!」
あくまでも無邪気に、ディアルはそう主張した。
「で、貴族のほうも、あなたがたはポルアース殿やメルフリード殿なんかを中心に交流を広げていったんでしょ? だから、貴族のいい部分をたくさん知ることができたんじゃない?」
「そうね。わたしたちなどは、完全に悪縁から始まった間柄だけれど」
「でも今は、こうやって他の貴族や森辺のお人たちとも上手くやってるじゃん。レイナ=ルウと騒ぎを起こしたっていう、サトゥラス伯爵家の第一子息とかもさ! 人間ってのは、一緒に集まってると感化されるものだからね!」
ディアルの笑顔が、おひさまのように輝いていく。そのさまを、ライエルファム=スドラは少し感心した様子で見守っていた。
「だからさ、このまま輪を広げていけば、きっとみーんな仲良くなれるよ! 貴族ってのは高慢な部分を持ってるものだし、森辺のお人らも野蛮な部分を持ってるのかもしれないけど、仲良くやってれば感化し合って、おたがいに許し合えるようになるはずさ!」
「……ふん。実に南の民らしい、率直な物言いだな」
ラヴィッツの長兄はにやりと笑いつつ、ギバ・タンのソテーを大きくかじった。
「まあ、おたがいを許し合えるものかどうか、常に目を光らせておく必要はあろうな。城下町の貴族ばかりでなく、宿場町の民も、南の民も東の民も、それはすべて同じことだ」
「うん! 僕たちが南の民の代表として見定められるなんて、光栄な限りだね!」
ラヴィッツの長兄のおかげであらぬ方向に突き進んだ話題も、どうやら無事に不時着したようであった。
晩餐のよもやま話にしては、ずいぶん込み入った話になってしまったようだが――しかし、リフレイアたちと絆を深めるには相応しい話題であったのかもしれない。その証拠に、今では誰もが晴れやかな表情で食事を進めていた。
城下町の人々と交流を結んで、間もなく2年。その間に、俺たちはずいぶん絆を深められたように思うが――ライエルファム=スドラの言う通り、まだまだおたがいのことを知り尽くしてはいないのだろう。それはまた、もっともっと絆を深められる余地が残されているという意味にも繋がるはずであった。
「……で、お前たちはかしこまって、まったく口を開こうともせんな」
と、ラヴィッツの長兄がサンジュラやムスルやラービスたちに視線を巡らせながら、そう言った。さらにその視線は、隣の分家の女衆やユン=スドラやトゥール=ディンにも向けられていく。
「森辺の女衆は男衆を立てるものであるし、城下町の従者は主人を立てるものであるのだろう。しかしそのように口をつぐんでいては、相手のことを知ることも自分のことを知らせることもままなるまい。このように珍奇な顔ぶれの晩餐に参じたからには、もっと力を尽くすべきであろうよ」
「しかしそれは、お前のように口の回る人間に出番を譲っているという面もあるのではないだろうか?」
ゼイ=ディンがそのように言いたてると、ラヴィッツの長兄は悪びれた様子もなく笑った。
「だからこうして、出番を与えてやっているのだ。なんなら端から、自分語りでもさせていくか? お前の娘などはずいぶん小心なようなので、そうでもさせないとなかなか語らなそうだ」
「そのように、無理に語らせることもあるまい。しかしまあ、そちらの者たちとはこれまで語らう機会もなかったので、もう少し言葉を聞かせてほしいものだな」
「そうだよー! ラービスも、もっと喋りなってばー!」
ディアルはラービスの腕をぐいぐいと引っ張り、リフレイアはサンジュラたちに微笑みかけていた。
晩餐の料理はだいぶ減ってきたが、まだまだ話は尽きなそうである。
そうしてひさびさに12名もの客人を迎えたファの家の晩餐は、常ならぬ熱気の中で進められていくことになったのだった。