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異世界料理道  作者: EDA
第六十五章 黒き竜の災厄
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再会の喜び

2021.11/24 更新分 1/1 ・11/29 文章を一部修正。

「……その後、我々は道をふさぐ岩を除去して、他の兵士たちと合流し、飛蝗の卵を始末した上で、帰路を辿ることになりました」


 ガズラン=ルティムはそんな言葉で、長い長い物語を締めくくった。

 遠征部隊がジェノスに帰還した当日の、昼下がりのことである。屋台の商売を終えたのち、俺はその足でルティムの集落にお邪魔させていただいたのだった。


 同じ部屋でくつろいでいるのは、ルティム本家の家人たち――ダン=ルティム、ラー=ルティム、アマ・ミン=ルティム、ゼディアス=ルティム、ツヴァイ=ルティム、オウラ=ルティム。それに、俺とアイ=ファである。今日ぐらいは家族水入らずの時間を邪魔しては申し訳ないかと考えたが、それでも俺は我慢がきかずに駆けつけてしまった次第であった。


 36名の狩人たちは、多少の負傷者を出しながらも、全員がそれぞれの家に帰還している。もっとも深手であったのはディール=ダイで、ガズラン=ルティムをかばった彼はあばらを何本か折られてしまったとのことであった。

 その次に深手であったのは、転落で足を負傷したスンの長兄であろう。しかしそちらは骨にも異常はなかったので、しばらく休養すればギバ狩りの仕事を再開できるだろうと診断されていた。

 あとはラヴィッツの長兄も頭に縫うほどの裂傷を負ってしまったものの、帰路では毎晩果実酒を楽しんでいたそうなので、まあ問題はないのだろう。ライエルファム=スドラやディグド=ルウも、崩れ落ちる洞穴から逃げのびる際に落石をあびて多少の傷を負っていたが、まったく心配は不要と告げられていた。


「本当にお疲れ様でした、ガズラン=ルティム。お疲れのところに押しかけてしまって、申し訳ありません」


「いえ。疲労はこの3日間で、すっかり癒やすことがかないました。むしろ、トトスを走らせるだけでは、力が有り余ってしまうほどです」


 そのように語るガズラン=ルティムは、ほんの少しだけ切なげな色をたたえつつ、あとは俺が知る通りの穏やかな笑顔であった。

 ゼディアス=ルティムを抱いたアマ・ミン=ルティムも、幸福そうに微笑んでいる。そして我らがダン=ルティムは、子供のように瞳を輝かせていた。


「しかし、不思議な目にあったものだな! けっきょくその最後の怪物というのは、何であったのだ? 目玉が人の頭ほどもある大蛇であったのか?」


「わかりません。占星師のアリシュナは……邪神の影、と呼んでいました。邪神教団の教徒たちが自らの生命を捧げることで、邪神の影をこの世に顕現させたようだと言っていましたが……我々に理解が及ぶ話ではないようです」


「ふむ! けっきょくその連中は、また全員が自害してしまったのだな! もう確実に、生き残りはおらんのか?」


「はい。アリシュナが、そのように保証してくれました。あの地で蛇神ケットゥアを信仰していた一派は、ひとり余さず息絶えたようです」


 そのように語りながら、ガズラン=ルティムは澄んだ眼差しで俺たちを見回してきた。


「ジェノスにおいては、すべての飛蝗が始末されたそうですね。半月足らずで飛蝗の始末が完了するとは、何よりでした」


「うむ! あやつらは川べりに卵を産み落とすという話であったので、そちらも念入りに調べておいたぞ! もはやあの姿を森辺で見ることはありえまい!」


「そうして飛蝗の退治が完了したことは、今日の朝方に宿場町でも布告されたそうですからね。そこにガズラン=ルティムたちが戻ってきたものですから、あれほどの騒ぎになったというわけですよ」


 俺がそのように伝えると、ガズラン=ルティムは「ああ」と微笑んだ。


「あれは本当に、大変な騒ぎでしたね。復活祭のさなかよりも、町が賑わっているような……森辺の祝宴にも負けないほどの熱気であったように思います」


「はい。それだけみんな、邪神教団のもたらした災厄に胸を痛めていたのですよ。それを根絶してくれた遠征部隊の方々が無事に戻ってきてくれたのですから、喜びの気持ちが爆発してしまったのでしょう。それは俺も、同じことです」


 そんな風に言ってから、俺は心中にわだかまっていた疑念を伝えさせてもらうことにした。


「でも、ガズラン=ルティムは本当に大丈夫ですか? なんだか……少しだけ元気がないようにも思います」


「ええ。旅の疲れというものは、まったく残されていません。ただ……邪神教団という存在のおぞましさが、私の心に影を落としてしまっているのかもしれませんね」


 そう言って、ガズラン=ルティムはいっそう切なげに微笑んだ。


「私はついに、彼らを理解することができませんでした。この世にはどうしようもないこともあるのでしょうが……それを無念に思います」


「無念?」と、ラー=ルティムがひさかたぶりに口を開いた。禿頭で、白い顎髭を胸もとまで垂らした、ルティムの長老である。

 その鷹のごとき眼差しを見返しながら、ガズラン=ルティムは「ええ」と応じる。


「この世には、まだいくつもの邪神教団の一派が隠れひそんでいるものとされています。私はきっと、その者たちとも理解し合うことはできず……もしも顔をあわせることがあれば、敵として斬り伏せるしかないのでしょう。同じ大陸アムスホルンに生を受けた人間同士で、どうしてそのように相争わなければならないのか……それが、無念でならないのです」


「しかし王国の人間とて、国ぐるみで相争っているはずであるな」


「はい。ですが、邪神教団を前にすれば、敵対している東と南の民でさえ手を取り合うということが、このたびの一件で明かされました。それほどまでに、邪神教団というのは絶対的な悪と認知されているのです。また、私自身も心から、邪神教団の存在を忌まわしく思います。同じ大神を崇める聖域の民は、あれほど好ましく思えるのに……邪神教団の存在だけは、憎むしかないのです。私はそれを、口惜しく思います」


「……おぬしはあまりに明敏で、しかも性根が優しすぎるのであろうな、ガズランよ」


 と、ラー=ルティムは厳しく引き締まった面に、ふっとやわらかい微笑をたたえた。


「つまりおぬしは、他者を憎むしかない自分に失望しておるのじゃろう。しかしそれはすべての人間が抱える業なのじゃろうから、おぬしだけが気に病む必要はないぞ」


「まったくだ! あれほど非道な真似をしでかした連中を、許す必要などない! ガズランが名乗りでていなかったら、俺が討伐に向かいたかったぐらいであったのだからな!」


 ダン=ルティムはガハハと笑いながら、愛息の背中をバシバシと叩いた。


「それに、そのような苦悩はいずれ消え去るのだ! ならばなおさら、お前さんが頭を悩ませる必要もなかろうよ!」


「いずれ消え去る? それは、どういうことでしょうか?」


「そやつらは、大神とやらを目覚めさせるのが悲願なのであろう? しかし大神というやつは、いずれ勝手に目覚めるという話ではないか! そうして目的が達成されれば、そやつらが悪さをする理由もなくなろうよ!」


「ああ、なるほど……しかし彼らは大神が目覚めてもなお、四大王国を憎むかもしれません。そうしたら、今度は魔術を操って王国に害を為すことに――」


「つくづく気苦労の絶えないやつだな! そのときは、その時代を生きる者たちが頭を悩ませるしかあるまい! 案外それは、ゼディアスの役目になるやもしれんぞ」


 と、ダン=ルティムはとろけるような笑顔になって、眠るゼディアス=ルティムのふくふくとした頬をつついた。


「ゼディアスがお前さんの賢さを受け継げば、邪神教団の連中ともうまくやれるかもしれん! あるいは俺に似てしまったら、迷わず刀を取るところであろう! 何にせよ、このたびの災厄は戦うことでしか退けることはできなかったのだ! 何も無念に思う必要はないから、胸を張っておけ! 今はジェノス中の人間が、お前さんたちを祝福してくれているのだからな!」


「そうですよ。俺もダン=ルティムに同感です。……ガズラン=ルティムは本当に明敏すぎるから、俺たちにはわからない無念や痛みまで感じてしまうのでしょうね」


「とんでもありません」と、ガズラン=ルティムは気恥ずかしそうに微笑んだ。

 そしてダン=ルティムを真似るように、指の先で愛しい我が子の髪を撫でる。


「私も今は、愛する家族たちの生活を守ることのできた誇らしさにひたるべきなのでしょうね。このような際に、暗い話を持ち出してしまって申し訳ありません」


「いえいえ。余計なところをつついてしまったのは俺なのですから、どうか気になさらないでください」


 ガズラン=ルティムの話だけでも、邪神教団のおぞましさというものはまざまざと感じることができた。実際にそれと対面したガズラン=ルティムは、その猛毒じみた存在に心を蝕まれることになってしまったのだろう。今は存分に家族たちと温かい時間を過ごして、心の疲れを癒やしてもらいたかった。


「それじゃあ、俺たちはそろそろ――」


 と、俺がそのように言いかけたとき、隣で丸くなっていたサチが「なう」と声をあげ、土間のジルベも「わふっ」と短く吠えた。


「誰か、森辺の民ならぬ者が荷車で訪れたようだな」


 刀を預けているアイ=ファは、素手のまま眼光を鋭くした。

 ダン=ルティムは「ふむ?」と小首を傾げながら、刀をつかんで立ち上がる。


「また何か、城下町の連中であろうかな。俺が様子を見てくるので、皆はくつろいでいるがいいぞ」


 しかし、ダン=ルティムが出向くまでもなかった。その来訪者は、このルティム本家の戸板を叩いてきたのである。


「あの! わたしは傀儡使いのリコと申します! アスタとアイ=ファはこちらにいらっしゃいますでしょうか?」


 その懐かしい声に、俺は心から驚かされてしまった。

 ダン=ルティムも「ほほう!」と声をあげる。


「おぬしたちであったか! 今、戸板を開けてやるからな!」


 ダン=ルティムが戸板を開くと、そこには懐かしい面々が立ち並んでいた。

 傀儡使いのリコとベルトン、それに護衛役のヴァン=デイロである。ダン=ルティムの脇から俺の姿を確認したリコは、たちまち輝くような笑みを広げた。


「アスタ! ご無事であったのですね! お元気そうで、何よりです!」


「だから町でも、こいつらが屋台を出してたって話だったろ。今さらご無事もへったくれもあるもんかよ」


 ベルトンがそのように茶々を入れると、リコは「うるさいな!」と眉を吊り上げた。とても礼儀正しいリコであるのに、ベルトンにだけは容赦がないのだ。


「あ、いきなりお騒がせしてしまって、申し訳ありません! ファの家のかまど小屋で働いていた方々から、アスタとアイ=ファはこちらだとうかがったので……」


「うむうむ! とにかく、上がるがいいぞ! 話の後には、また傀儡の劇を披露してもらいたいものだな!」


 ダン=ルティムはヴァン=デイロとベルトンから刀や刀子を預かって、3名の珍客を広間に招き入れた。


「ひさしぶりだね、リコ。たしか、銀の月以来だから……もう半年ぶりぐらいになるのかな」


「はい! アスタも森辺のみなさんもお変わりないようで、本当によかったです!」


 リコはずいぶんと、昂揚している様子である。そのさまを見て、アイ=ファは「ふむ」とうなずいた。


「察するに、お前はどこかでジェノスを見舞った災厄のことを聞きつけて、心を痛めていたようだな」


「はい、そうなんです! 町のほうでも、あれこれお話を聞きました! ジェノスを襲った災厄というのは、飛蝗のことであったのですね!」


「飛蝗だったら、そうそう人間が襲われることもねーよな。ったく、5日がかりで駆けつけてきたのが馬鹿みてーだぜ」


 ベルトンの言葉に、今度はガズラン=ルティムが反応した。


「今、5日がかりと仰いましたか。もうそのような遠方にまで、ジェノスの話が伝わっていたのでしょうか?」


「あ、はい。その前に、わたしたちは自由開拓民の集落で話をうかがっていたのです」


 そうしてリコが言葉を重ねると、俺たちは新たな驚きに打ちのめされることになった。

 なんとリコたちも、川の氾濫で集落を流されてしまった自由開拓民の人々と遭遇していたという話であったのだ。


「その方々は、西の自由開拓地に逃げ込むことになったのですね。それで、化け物の群れがジェノスの方角に飛び立ったようだという話であったので、私たちも慌てて駆けつけることになったのです」


「そうだったのですか。私はジャガルの宿場町にて、その集落から逃げのびた方々と顔をあわせることになりました」


「えっ! それじゃあ、邪神教団の討伐に向かった森辺の狩人というのは、ガズラン=ルティムのことであったのですか!」


 リコはリコで、別なる驚きにとらわれた様子である。

 まあ、ジェノスが心配で出向いてきてみたら、宿場町は遠征部隊の凱旋でわきかえっていたのだ。これもなかなか、運命の妙と言えるはずであった。


「えーと、つまりジェノスに飛蝗をけしかけたのは邪神教団で、ガズラン=ルティムたちはそれを討伐するために、ジャガルまで出向いたということですよね?」


「はい。リコたちは、もともと飛蝗の存在をご存じであったのですか? さきほどのベルトンが、そういった口ぶりであったようですが」


「あ、はい。あくまで、おとぎ話の存在としてですけど……でも、飛蝗を町にけしかけるなんて、ひどいやり口ですね! さすがは邪神教団です!」


 と、憤慨の声をあげてから、リコは可愛らしく小首を傾げた。


「でも、どうして邪神教団がそんな真似をしたのでしょう? 昨今の邪神教団は山野にひきこもって、あやしげな儀式に没頭するばかりと聞き及んでいたのですが」


「このたびの一派は、ジェノスに恨みを抱いていたのですよ。赤の月に、ジェノスにひそんでいた一党が掃討されることになったので、その意趣返しということですね」


「邪神教団の教徒が、ジェノスに? 邪神教団は石の都を忌避しているため、自ら近づくこともないように思うのですが……」


 どうやら好奇心旺盛なリコは、通りいっぺんの説明では納得してくれないようであった。

 ガズラン=ルティムは鷹揚に微笑みながら、赤の月の災厄についても懇切丁寧に説明し始める。それを聞く内に、リコはいよいよ好奇心に瞳を輝かせた。


「なるほど! 北方の自由開拓地に魔術の才覚がある少女を見出して、邪神教団の一党がさらいに出向いたということですか! それで、その帰りがけにジェノスに逗留したところ、少女が逃げ出して大騒ぎになってしまった、と……その少女がアスタたちの荷車にひそんでいたなんて、すごく劇的な展開ですね!」


「だからって、傀儡の劇には仕立てられねーぞ? 邪神教団なんざ扱ったら、危なっかしくてしかたねーからな」


 ベルトンが仏頂面で口をはさむと、リコは「わかってるよ」と唇をとがらせた。


「でも、わたしがジェノスを離れていた半年の間にそれだけの騒動が起きているなんて、すごいです! やっぱりアスタは、劇的な生を辿る運命にあるのですね!」


「いやあ、今回はジェノスがまるごと災厄に見舞われただけで、俺個人は何もしてないよ。大変な体験をしたのは、遠征に出向いたガズラン=ルティムたちのほうだからさ」


「そうですね。きっとそれも、傀儡の劇に仕立てられるほどの内容であったのでしょうけれど……でもやっぱり、邪神教団は扱うことができません。邪神教団が討伐される劇なんて披露していたら、わたしたちがつけ狙われることになってしまうでしょうし……」


 と、残念そうに肩を落とすリコである。

 それを見て、ダン=ルティムは呵々大笑した。


「何もそのように忌まわしい話を劇に仕立てる必要はあるまい! それならアスタやトゥール=ディンがジェノスで一番のかまど番と認められたことのほうが、よっぽど楽しい話ではないか!」


 アイ=ファがダン=ルティムを止めたそうな素振りを見せたが、リコはすでに「なんです?」と瞳を輝かせていた。


「ここ最近は、ジャガルの王子というものがジェノスで試食会というものを開いていたそうでな! そこでたびたび勝利を収めたアスタとトゥール=ディンが、ジェノスで一番のかまど番と認められることになったのだ!」


「ジャガルの王子? 試食会? それは、どういったお話なのでしょう?」


 リコが勢い込んで身を乗り出すと、ベルトンがその可愛らしい巻き毛に包まれた頭をぺしんと引っぱたいた。


「だから、新しい劇に手をつけるのは早いってんだよ。それより今は、新しい劇の修練と傀儡衣装の準備だろ」


「わかってるってば! でも、気になるじゃん! いつかはその話も、新しい劇に仕立てられるかもしれないし!」


 リコとベルトンは、エサを取り合う子犬のようににらみあいを始めてしまった。

 すると、無言でにこにことそのさまを見守っていたアマ・ミン=ルティムが声をあげる。


「今、新しい劇の修練と仰いましたね。もしかしたら、この半年で新しい劇を作られたのですか?」


「あ、実はそうなんです! 『マドゥアルの祝福』といって、すごく素晴らしいおとぎ話なのですよ! 傀儡の衣装を新調できたら、是非みなさんにも観ていただきたいです!」


「であれば、今日のところは別なる劇でも披露してもらいたいところだな! 祝宴の代わりに、ちょうどいいではないか!」


 ダン=ルティムの言葉に、リコは「祝宴の代わりに?」と首を傾げた。


「うむ! 今は城下町のほうでも祝宴を取りやめているという話であったので、我々もそれにならっておるのだ! ダレイムの畑を荒らされてしまったので、食材を大事に使わなければならないのだという話だな!」


「ああ、そうだったのですか。……はい。わたしたちの劇でみなさんに楽しんでいただけるのなら、是非ご覧にかけたいと思います」


「決まりだな! それじゃあ今日は、ルティムの集落で夜を明かすといいぞ! なんなら、アスタたちもひさびさに泊まっていったらどうだ?」


「あ、いえ。俺たちはもう半月ばかりもルウ家でお世話になっていたので、今日はファの家で過ごしたく思います」


 そんな風に答えてから、俺はリコたちのほうに向きなおった。


「だから、明日以降にリコたちをお招きできるかな? 傀儡の劇も楽しみだけど、ここ半年でどういう旅をしてきたのか聞かせておくれよ」


「はい! アスタも試食会というものについて、詳しくお聞かせくださいね!」


 リコの朗らかな笑顔が、いっそう空気を和ませてくれていた。

 すると、しばらく静観のかまえであったガズラン=ルティムも声をあげてくる。


「それでは、私からも提案なのですが……ダレイムの南端においても、あなたがたの劇を披露していただけないでしょうか?」


「ダレイムの南端? 飛蝗の被害にあわれたという区域でしょうか?」


「はい。その地に住まう人々は、今もなお悲嘆のさなかにあるかと思われます。それを慰めるという名目を立てれば、城下町から褒賞を期待できるように思うのです」


 サウティの人々も、城下町からの依頼で食事を作りに出向いているのだ。その仕事には、多少なりとも手間賃というものが発生しているはずであった。


「城下町との交渉は、私が受け持ちます。そちらの承諾を得られたら、ダレイムの南端まで足をのばしていただけますか? 荷車でも、一刻以上はかかる場所なのですが……」


「はい、もちろん! わたしたちの腕を買ってくださるのでしたら、喜んでお売りいたします!」


「ありがとうございます」と応じるガズラン=ルティムは、とても優しげな笑顔であった。

 討伐の任務から戻ったばかりであり、邪神教団の存在に心を痛めながら、ガズラン=ルティムはすぐさまダレイム南端の人々を思いやり、こんな提案を思いつけるお人であるのだ。


(やっぱりガズラン=ルティムには、とうていかなわないな)


 そんな思いを込めて、俺はガズラン=ルティムに笑いかけてみせた。

 それに気づいたガズラン=ルティムも、いっそう優しく笑ってくれたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 連戦かつ不利な状況の狩人10名未満+松明で蛇神ケットゥアを倒せるのか カノン王子は火神の能力持ちだから倒せてたけど、聖剣はなくてもまともな軍用の装備があればもっと楽だろうし 大陸紀はジェノ…
[気になる点] ガズランが話す負傷者の中にスン家の長子がいません。 裂け目に落ちて自力では登れないほど足を痛めたはずです。
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