ガズラン=ルティムの追憶⑤~終焉~
2021.11/23 更新分 1/1
その場には、重苦しい静寂がたちこめました。
もはや、対話によって理解し合うことはかなわない。誰もがそのように確信してしまったのです。
そのとき――アリシュナが、鋭く囁きかけてきたのでした。
「星図、乱れました。勝利、反転し、破滅に……危険、兆候です」
「では、おしゃべりもここまでだな」と、デヴィアスが腰の刀に手をかけます。
そのとき、背後からいくつもの靴音が近づいてきました。
「指揮官殿! アウギュスどもは、一掃いたしました! 多少の負傷者は出ましたが、死者はありません!」
小隊長の声が、そのように告げてきます。
すると、邪神教団の教祖が狂ったような哄笑を響かせました。
「アウギュスまでもが退けられたならば、我々の命運もここまでか……ならば生命神ケットゥアに魂を捧げ、この地だけでも浄化する他あるまい……」
「させるか! 全軍、突撃だ!」
デヴィアスの号令のもと、すべての兵士と狩人たちが教徒たちのもとに足を踏み出しました。
しかし、我々がその場に辿り着く前に、敷物に座した教徒たちは――懐から取り出した黒い石の短刀でもって、自らの咽喉を突いたのです。
「我々は、何ものにもまつろわぬ……!」
邪神教団の教祖もまた、同じように自害しました。
洞穴には、濃密な血臭がたちこめて――
そして周囲の暗黒が、無数の蛇と化して我々に襲いかかってきたのです。
「うお、なんだ? どこから湧いて出たのだ、この蛇どもは!」
狩人も兵士たちも、慌てて刀を振るうことになりました。
我々はそれまで、蛇の気配などひとつも感知していなかったのです。それは本当に、闇が蛇に変じたとしか思えない様相でありました。
漆黒で艶のない鱗をした蛇の群れが、四方八方から我々に躍りかかってきます。
しまいには天井からもぽたぽたと蛇が降ってきて、兵士たちに悲鳴をあげさせました。
こうなっては誰もが自らの身を守るしかなく、デヴィアスもフォルタも刀を振るっています。アリシュナとクルア=スンの身は、スンの長兄と何名かの狩人たちが懸命に守っていました。
「これはたまらんな! 邪神教団の輩どもは全員魂を返したようだから、もはやこのような場に留まる理由はあるまい!」
ラヴィッツの長兄がそのようにわめいていましたが、次から次へと襲いかかってくる蛇の始末に追われて、なかなかその場を動くこともかないませんでした。
そしてさらに、洞穴の内部が鳴動し始めたのです。
「今度は地震いか! これも妖術だというのなら、見上げたものだ!」
「おい、待て……あれは何だ?」
狩人の誰かが、惑乱した声をあげました。
私は冷たい手で心臓を握られたような気配を覚え、横合いを振り返り――そこに、奇怪なものを見ました。
闇の中にぼうっと浮かびあがる、ふたつの青い鬼火です。
それは人間の頭ほどの大きさで、丸い形に爛々と燃えていました。
まるで――巨大な何かの双眸のようにです。
その輝きを目にした瞬間、私は全身の毛が逆立っていました。
何か決して見てはいけないものを見てしまったような――そんな慄然たる心地に見舞われてしまったのです。
きっと周囲の人々も、それは同じことであったのでしょう。
兵士たちの多くは動きを縛られてしまい、その間隙を突いた黒蛇に群がられて、悲鳴をあげることになりました。
「……まさか本当に、邪神が蘇ったとでも抜かすつもりか?」
ラヴィッツの長兄が、そちらに向かって矢を放ちました。
矢は、鬼火のひとつに吸い込まれ――それと同時に、落雷のごとき轟音が響きました。洞穴は、いっそう鳴動が激しくなっています。
そして、何か巨大で黒いものが、ギバの突進にも劣らぬ勢いで虚空を走り抜け――ラヴィッツの長兄の体躯に衝突しました。
ラヴィッツの長兄は矢筒の中身をぶちまけながら、闇の向こうに吹き飛ばされていきます。いったい何が、ラヴィッツの長兄を襲ったのか――私には、人間の胴体よりも遥かに太い、黒蛇の尾であったように見えました。
ですが、闇に浮かぶふたつの鬼火は、人間の頭より大きいのです。
あれが本当に眼光であるとしたら、その本体は――頭部だけで人間よりも巨大な蛇ということになってしまいます。そればかりは、私の頭が理解を拒んでしまいました。
そんな私の迷いが、動きを鈍らせてしまったのでしょうか。
私はほとんど無意識の内に黒蛇の群れを撃退していたのですが、さきほどの黒くて巨大な物体が自分に迫っていることを、察知するのが遅れてしまいました。
「危ない!」と、私は地面に突き飛ばされます。
その代わりに、黒い物体の攻撃を受けてしまったのは――ディール=ダイでした。
「ディール=ダイ! 大丈夫ですか!?」
私はそちらに群がろうとする黒蛇を退けながら、駆け寄りました。
岩盤に倒れたディール=ダイは、胸もとを押さえてうめき声をあげています。おそらくは、あばらをやられてしまったのでしょう。
「俺は、大丈夫です……あの怪物を退治するすべを、なんとかひねり出してください……ガズラン=ルティムなら、可能でしょう……?」
私が言葉を失っていると、ラッツやアウロの狩人が駆け寄ってきました。
「こやつは、俺たちが守る! お前は、あの化け物を何とかしろ! あれは、まともにやりあってどうにかできる相手ではないぞ!」
私がさきほどアウギュスの仕留め方を考案したせいなのでしょうか。ラッツの狩人までが、そのように言いたてていました。
そこに、ライエルファム=スドラが駆けつけてきます。
「ガズラン=ルティムよ。あのようなものに背を向けて逃げ出すのは、きわめて危険な行いであろう。俺が囮役を受け持つので、その間に何とかしてもらいたい」
それだけ言って、ライエルファム=スドラは青い鬼火のほうに突進していきました。そうして駆けながら、矢を射ったのです。
その矢はラヴィッツの長兄と同じ軌跡を辿り、再び落雷のような音色を響かせました。やはりこれは、怪物の張り上げる苦悶の絶叫であったのです。
黒い暴風雨のようなものが、すぐさまライエルファム=スドラを襲います。
ライエルファム=スドラは、素晴らしい俊敏さでそれを回避しました。
「なるほどなるほど! さっきも俺の矢に腹を立てていたわけか! それならば、痛い目にあった甲斐もあったというものだ!」
そんな声が響くと同時に、新たな矢が怪物に向けられました。
頭からしとどに血を流したラヴィッツの長兄が、拾いあげた矢を射ったのです。
さらに、ライエルファム=スドラも新たな矢を放ちます。怪物は怒り狂い、巨大な尾のようなもので両名を追い始めました。
「無茶な真似をするやつらだ! たったふたりで、どうにかできるとでも思っているのか?」
刀をひっさげたディグド=ルウが、両名のもとに駆け寄りました。
そちらにも、黒い影が襲いかかりましたが――なんとディグド=ルウは、斬撃でもってそれを弾き返してみせたのです。
「おお、ギバのような怪力だな! しかしまあ、刀が折れない限りは、どうにかできよう! 力に自信があるやつは、こちらを手伝え!」
ドムの男衆を筆頭に、大柄な狩人たちが駆けつけました。ザザ、ジーン、マァム、ガズなどの狩人たちです。
私もそちらに向かおうかと思いましたが、ラッツの男衆の声がそれを止めました。
「お前は、頭を働かせろ! あの化け物は、何か動きに癖があるように思えるぞ! お前であれば、それを読み取れるのではないのか?」
彼はきっと狩人の本能で、それを察知したのでしょう。
私は這い寄ってくる黒蛇どもを退けながら、懸命に目を凝らしました。
確かに大蛇の尻尾めいた存在の動きには、何か型があるように思いました。
ライエルファム=スドラとラヴィッツの長兄は同じように矢を放っているのに、ラヴィッツの長兄のほうがより執拗に狙われているように思います。
それに、助勢に駆けつけた狩人の中で、ジーンとガズの男衆だけは、まったく狙われていないようでした。
ライエルファム=スドラに、ジーンとガズの男衆。その3名に共通するのは――炬火です。他の男衆はすでに炬火を打ち捨てていましたが、ライエルファム=スドラは引手に炬火をつかんだまま矢を放っており、ジーンとガズの男衆も同胞の目の頼りになるようにと炬火を掲げていたのです。
「火……その怪物は、火を嫌っているのかもしれません!」
私がそのように声をあげると、すぐ近くから「火か!」と応じる者がいました。どうやら、デヴィアスです。
「火ならば、あちらにかがり火が赤々と燃えているな! よし! 動ける者は、あのかがり火を怪物のもとまで届けてやれ!」
「狩人は、兵士たちの守りを固めてください! ディグド=ルウ! あなたたちも、炬火を――」
「馬鹿を抜かすな! 囮役が守りを固めてどうする! お前たちも、そのようなものは打ち捨てろ!」
ジーンとガズの男衆が、炬火を捨てようとしました。
そこに、ライエルファム=スドラが「待て!」と呼びかけます。
「ただ捨てるのは、惜しかろう。それならば――」
と、ライエルファム=スドラは青い鬼火のほうに炬火を投じました。
炬火は、鬼火と鬼火の間に吸い込まれ――また落雷のごとき絶叫を響かせます。
「これは確かに、火を嫌っているようだな! しかし、こやつを退治するには、よほどの火が必要になりそうなところだぞ!」
「こやつには、刀も効いている! 邪神教団の輩や聖域の民と同じく、鋼を嫌っているのかもしれんぞ!」
ディグド=ルウが、吠えるように答えました。
「火と鋼の両方で、仕留めるのだ! ガズラン=ルティムよ、頭を使う仕事を終えたならば、お前も力を尽くすがいい!」
「承知しました!」と応じつつ、私はディグド=ルウたちのもとではなく、鬼火のほうを目指しました。
私の肉体は、あのようなものに近づいてはいけないと警告を発していたのですが――どれだけ尻尾を痛めつけようとも、退治することはかなわないでしょう。かがり火を運ぼうとしている兵士たちのためにも、私は手本を示さなければならなかったのです。
そうして私が近づこうとすると、新たな黒蛇が生まれ出でました。
しかも今度は、マダラマのように巨大な蛇です。その身は黒い鱗に包まれて、双眸は青く燃えていました。
「おう、また新手か!」
そんな声とともに、新たな集団が私のもとに馳せ参じました。サウティの血族である狩人たちです。
そうして私たちが黒蛇の相手をしていると、かがり火を台ごと運ぶ兵士たちとそれを守る狩人たちも近づいてきました。
「よし! あとはまかせろ!」
サウティの男衆がかがり火のひとつを受け取って、鬼火のほうに投げつけました。
かがり火は黒い壁にでもぶつかったかのように四散して、赤い炎を撒き散らします。あの鬼火が怪物の眼光であるのなら、もうその姿が炎に照らし出されてもおかしくはないところなのですが――鬼火の周囲の闇は黒く凝り固まって、その正体を明かそうとしませんでした。
「あの怪物めは、嫌がっているぞ! すべての炎を投じてやれ!」
デヴィアスの号令で、残るかがり火も次々に投じられます。
そのたびに、青い鬼火は苦しげにゆらめき、洞穴の鳴動に絶叫がかぶさりました。
「いい加減に、くたばるがいい!」
ディグド=ルウがやおら身をひるがえして、鬼火のほうに駆け出しました。
私も黒蛇を斬り払い、その後を追います。
鬼火に一歩近づくたびに、私の心臓は締めつけられるように痛みます。
生き物としての本能が、あの存在に近づくことを拒絶しているかのようです。
きっとディグド=ルウも、同じ心地であったことでしょう。
それでも私たちは、狩人としての覚悟でもって怯懦の念をねじ伏せて、その鬼火のもとへと駆けつけました。
かがり火の炎が散らばって、あたりの闇をかき消しています。
ただその鬼火の周囲だけに、漆黒の闇が丸く残されています。
その闇を怪物の頭と見なして、私たちは刀を振り下ろしました。
何か粘つくような手応えとともに、空気がびりびりと震撼し――そして私は、死を予感しました。
暗黒が、私とディグド=ルウに覆いかぶさろうとしてきたのです。
それは巨大な闇色の蛇が、ぱっくりと口を開けたのかもしれませんが――その口の中身も漆黒であったため、ただ闇に覆われるようにしか思えなかったのです。
私は最後の抵抗とばかりに、闇の中へと刀を突き立てました。
ディグド=ルウも、同じように振る舞ったようでした。
苦悶の絶叫が、また響きます。
そして私は、肩に重みを感じました。
ライエルファム=スドラが、私の肩に飛び乗ってきたのです。
隣では、ディグド=ルウの肩にラヴィッツの長兄が乗っていました。
そうして両名は私たちの肩の上から、怪物の双眸に矢を射かけたのです。
これまで以上の絶叫が、洞穴を揺るがしました。
私たちは颶風に翻弄されるようにして、後方に倒れ込みます。
宙を一回転して地面に降り立ったライエルファム=スドラが、叫びました。
「矢では足りん! あの眼を、斬り払うのだ!」
しかし鬼火は、私が刀を振り上げても届かないほどの高みに浮かびあがっています。
そうと見て取って、ライエルファム=スドラが私の前に回り込みました。
彼の意図を悟った私は身を起こし、地を蹴って、ライエルファム=スドラの肩に飛び乗りました。さらにライエルファム=スドラの肩を蹴って跳躍すると、目の前に青い鬼火が迫りました。
私の頭より巨大な、鬼火です。
そこには、果てしない憎悪と――そして、飢えたギバよりも狂おしいほどの、飢餓の念が燃えさかっているように思いました。
私は総身にあふれかえる恐怖ごと、その鬼火を斬り払いました。
もう片方の鬼火には、ディグド=ルウが刀を振りおろしていました。
そうして寸断された鬼火は、闇の中で砕け散り――
洞穴が、ついに崩落を始めたのでした。
「撤退だ! 負傷者に手を貸して、撤退せよ!」
デヴィアスの声に従って、我々は洞穴の出口を目指しました。
いつの間にか、黒蛇の群れは消えています。すべての黒蛇を討ち倒したのか、あるいは鬼火の消滅とともに黒蛇たちも消え失せたのか――それを確かめるすべはありませんでしたし、そのようなことに思い悩むいとまもありませんでした。
何名かの人間が携えた炬火の明かりを頼りに、私たちは鳴動する洞穴を駆け抜けます。
ただでさえ不安定な岩場が大きく揺れて、兵士たちは何度も転倒していました。
それを助けながら、出口を目指していると――ついに頭上から、砕けた岩が降り注いできました。
本当に、悪夢のごとき様相です。
それでも行く手に出口の光が見えて、ついにこの悪夢も終わりを迎えるかと思ったとき――私のすぐ背後で、女衆の悲鳴があがりました。
悲鳴をあげたのは、クルア=スンです。
しかし、窮地に陥っていたのは彼女ではなく、彼女の兄とアリシュナでした。アリシュナを抱えて走っていたスンの長兄が、人間の背丈よりも深い亀裂の底に落ちてしまったのです。
私が地面に這いつくばって手を差し伸べると、スンの長兄はアリシュナの両脇に手をやって幼子のように持ち上げました。それで何とかアリシュナの手をつかみ、地上に引き上げることがかないました。
「アリシュナはもう大丈夫です! あなたも、早くこちらに!」
「いや……俺は足をやられてしまったようだ。これ以上は、身を起こすこともできん。洞穴が崩れる前に、お前たちは――」
スンの長兄がすべてを言い終える前に、私は自ら亀裂の底へと身を投じました。
そうしてさきほどの彼と同じように、両脇に手をやって頭上を見上げると、ディグド=ルウの古傷だらけの顔が見えました。
「そら、このような場で生命を落としたら、魂が行き場を失ってしまうぞ」
私はスンの長兄の身を持ち上げて、ディグド=ルウに託しました。
私自身は、自力で這いあがることも難しくありません。地上に戻ってみると、クルア=スンが兄の身に取りすがり、アリシュナは地面にへたり込んでいました。
「何をやっているのです! 洞穴は、もうもちませんぞ!」
と、明かりの向こうから大柄な人影が飛び込んできました。先に脱出を果たしていた、フォルタです。フォルタは物凄い形相で駆けつけると、有無も言わさずにアリシュナの身をすくいあげました。
そうしてディグド=ルウがスンの長兄に肩を貸し、いざ洞穴の出口を目指そうとすると――背後から、まろぶように数名の兵士たちが駆けてきました。
「他に逃げ遅れた者はおらんようだ! さあ、脱出せよ!」
それは、デヴィアスの声でした。どうやら彼は数名の兵士だけを引き連れて、最後尾に陣取っていたようです。
私たちはもつれあうようにして、光の中に飛び込みました。
そうして、清涼なる陽光と大気に身体を包み込まれた瞬間、背後で洞穴が崩落したのです。
邪神教団の教徒たちも、アウギュスの蟷螂たちも、黒い蛇の群れも――すべての屍骸が、岩塊の下に埋まってしまいました。
それともあの蛇だけは、血肉を持たない妖魅であったのでしょうか。もはや、それを確かめることもできません。
これまでの騒乱が嘘のように、外界は静まりかえっていました。
朝の早くから進軍したため、いまだ中天にも至っていません。東の側に浮かんだ太陽は、まるで私たちをねぎらうかのように温かい光を注いでくれました。
「うむ、ようやく終わったな! まだ飛蝗の卵の始末という胸の悪い仕事も残されているが、そんなものは後回しだ!」
デヴィアスが大きな声を張り上げながら、地面の上にひっくり返りました。
「中隊長は、点呼で怪我人の確認! それが済んだら、任務完了の狼煙をあげよ! ……ガズラン=ルティム殿、そちらの被害も確認をお願いいたすぞ」
「承知しました。少なくとも、生命に関わるほどの深手を負った人間はいないようです」
森辺の狩人らも兵士たちに負けないぐらい荒い息をついていましたが、地面に横たわっているのはディール=ダイただひとりでした。あばらを痛めた彼には眷族たるレェンの男衆が肩を貸していたことを、私は逃げるさなかに確認しています。
あとはスンの長兄が右足を痛めて、ラヴィッツの長兄が頭部に深い裂傷を負っていましたが、それ以外に目立つ手傷を負った人間はいないようでした。
「すべての暗雲が、晴れました……これで、すべてが終わったのですね」
兄のもとに控えていたクルア=スンが、静かな声でつぶやきます。
フォルタの手でここまで運ばれたアリシュナは、「はい」と静謐な声で応じました。
「星図、正しい形、取り戻しました。卵の始末、これからですが、それをさえぎる存在、もはやありません。この地に巣食っていた邪神教団、滅んだのです」
「はい……これが世界の、正しい相なのですね」
クルア=スンはこの騒乱で、頭からかぶっていた織物をなくしてしまったようです。
しかし彼女は何を恐れる風でもなく、頭をもたげていました。
アリシュナは、そんなクルア=スンの顔をじっと見つめています。
「……星の輝き、恐ろしいですか?」
「いえ……まるで、世界が輝いているかのようです。恐ろしいことは、まったくありません」
そのように答えるクルア=スンは、澄みわたった微笑をたたえていました。
そして同じ微笑みをたたえたまま、私のほうを振り返ってきます。
「ガズラン=ルティム、さきほどはありがとうございました。あなたのおかげで、兄も魂を返さずに済みました」
「いえ。同胞と手を携え合うのは、当然のことです。私たちはこの場にいる全員の力で、苦難を退けることがかなったのです」
「はい」とうなずくクルア=スンの瞳は、わずかに涙を浮かばせていました。
それで彼女の銀灰色の瞳は、いっそう美しく輝いていましたが――そこに不安や苦悩の影は見受けられませんでした。
彼女の目には、すでに希望に満ちた行く末が映されているのでしょうか。
しかし何にせよ、星読みの力を持たない私でも、希望を胸に生きていくことは難しくありません。邪神教団の人々は、どうしてこのように温かい気持ちで世界と向き合うことができないのか――そんな一抹の悲しみを心の片隅に抱えつつ、私は森辺で待つ同胞たちに思いを飛ばしました。