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異世界料理道  作者: EDA
第六十五章 黒き竜の災厄
1122/1682

ガズラン=ルティムの追憶③~陥穽~

2021.11/21 更新分 1/1

 すべての大蚯蚓を駆逐するには、半刻ていどの時間がかかることになりました。

 第二中隊の面々は最初の四半刻ていどで力尽きてしまいましたが、それを察知したデヴィアスが第三中隊との交代を命じ、事なきを得ました。兵士の何名かは川の中に引きずりこまれてしまったそうですが、そちらも何とか救助できて、死者は出なかったとのことです。


 これは後から聞いた話ですが、レネーゼの大蚯蚓というのはジャガルでももっと南方に生息する生き物であったようですね。

 獣ではなく虫であり、獲物を泥沼に引きずり込んで血液を吸うという、実に恐ろしい習性を有しているそうです。その恐ろしげな姿や生態から、西においてはおとぎ話の怪物役として扱われることが多いのだそうです。


「巨大に育った大蚯蚓というものは、カロンさえをも獲物にすると聞き及びますが……それがこのように大群を為すというのは、実に奇怪でありますな」


 大蚯蚓の大群を一掃し、全軍が集落の跡地を踏み越えて、山麓の岩場にようよう腰を落ち着けたのち、ジャガルの戦士長フォルタはそのように語っていました。


「そもそも大蚯蚓などが巣食っておったのなら、このような地に集落が開かれることもなかったでしょう。やはり、あれも邪神教団の準備した罠であるに相違ありますまい」


「うむ。あやつらは、つくづく虫や獣の扱いに長けているということだな」


 デヴィアスがそのように応じたとき、周囲の見張りを命じられていた兵士のひとりが駆け込んできました。


「し、指揮官殿! さきほど大蚯蚓を迎え撃った場所から先にある湿地にて、奇妙なものを発見いたしました! あれをどのように扱うべきか、ご指示を仰ぎたく思います!」


「奇妙なもの? 何がどのように奇妙だというのだ? 正体のわからぬものに、迂闊に近づくのではないぞ」


「で、では手を触れずに、放置するべきでしょうか?」


 これでは埒が明かないため、立場ある人々と狩人の数名がその場所におもむくことになりました。

 そこで待ち受けていたのは――確かに、奇妙な存在です。

 先刻のぬかるみほどではないにせよ、雨上がりのように湿った地面の中から、何か巨大で艶々としたものが覗いていたのです。


 形状はずんぐりとした楕円形で、大きさはちょっとした赤子ほどもあります。表面の色合いは黄色みがかっていますが、その内に何か黒いものが透けており――何とはなしに、嫌な予感がしました。


「これは、飛蝗の卵であるようです」


 やがて、ジェムドがそのように言いました。


「フェルメス様から聞いていた通りの形状と大きさをしています。おそらくは、ジェノスを襲った飛蝗たちが飛び立つ前に産卵していったのでしょう」


「では……これを放置しておけば、また新たな飛蝗が現れるということか」


 さしものデヴィアスも重々しい口調で応じ、それから周囲に視線を巡らせました。

 湿った地面は、ずいぶん先のほうまで続いているようです。

 そして――そのあちこちに同じものが覗いて、太陽の光を反射させていました。


「……邪神教団を10日ばかりも放置しておけば、ジェノスは新たな災厄に見舞われるものと、アリシュナ殿はそのように語らっておられたな。つまりはこれが、その正体ということか」


「はい、おそらくは。……ただし、他なる災厄、存在しないとも限りません。今もなお、星図、激しく乱れているのです。邪神教団、大がかりな妖術、発動させようとしている、証左です」


 デヴィアスは深く息をついてから、晴れわたった空を仰ぎ見ました。


「……ジェムド殿、アリシュナ殿、この飛蝗の卵は即刻始末するべきであろうか?」


「いえ。ジェノスに出現した飛蝗の大きさから考えると、この卵にはまだ成長の余地があり、孵化にはいくばくかの時間がかかるかと思われます」


「私、同じ意見です。ジェノス、危険が迫るのは、今日から5日後です。星図、乱れていますが、その図柄、変化、ありません」


「では、邪神教団の討伐を優先する。しかるのちに、これらの卵を始末する他あるまい」


 天を仰いだデヴィアスは、固くまぶたをつぶっていました。

 私が「大丈夫ですか?」と問いかけると、彼は小さく首を振り、まぶたを閉ざしたまま語りました。


「ジェノスを襲った飛蝗やさきほどの大蚯蚓を始末することに、ためらいを覚えることはなかった。しかし、まだ動くこともできない卵を潰して回るというのは……これほどに、胸の悪くなる行いであるのだな」


「もちろんです。それが人間に害を為すものと決まっていても、無抵抗の存在を殺めることに心が痛まない人間はいないかと思われます」


「うむ。しかし、飛蝗を無害な存在として飼いならすことなど、なかなかかなう話ではないのだろうな」


 その問いかけには、ジェムドが「はい」と応じました。


「古きの時代より、飛蝗は天災と見なされておりました。すべての緑を喰らい尽くそうとする飛蝗は、人間にとって災厄そのものであるのです。もちろんそれは、人間の都合に他ならないわけですが……それを退ける覚悟を持てないのであれば、飛蝗に生きる権利を譲り渡すしかないのでしょう」


「……それはフェルメス殿の受け売りであろうか? それとも、ジェムド殿ご自身の意見であろうか?」


 ジェムドは穏やかな無表情のまま、「わたしの意見です」と言いました。

 デヴィアスは「そうか」と言って、ようやくまぶたを開きます。

 そこには、並々ならぬ覚悟がたたえられていました。


「では俺も、俺自身の責任において任務を全うする他なかろう。配下の兵士たちは、俺の命令で数千数万の卵を潰すことになるのだ。それが罪になるのなら、俺の魂が罰をくだされることになろう」


「我々も、同じ思いで飛蝗を退治していました。飛蝗に罪はないのでしょうが、我々は大切な存在を守るために刀を取る他なかったのです」


 私がそのように答えると、デヴィアスは彼らしい顔つきでにやりと笑いました。


「これだから、俺は森辺の方々に心を奪われてしまうのだろうな。では、先を急ぐことにしよう。……アリシュナ殿、敵は岩山にひそんでおるのだな?」


「はい。黒の竜、目前です。危険な波動、強まっています。くれぐれも、ご用心ください」


 そうしていくばくかの休息を取った我々は、ついに岩山に足を踏み入れることになりました。

 アリシュナの言葉に従って山麓を進むと、岩山をのぼるための道らしきものを発見することができました。邪神教団とてその身に特別な力を備えているわけではありませんので、岩山をのぼるには道が必要であったのです。


「よし。荷物はこの場に置き、第二中隊の半数でそれを守るのだ。先行部隊は、第一中隊とする」


 デヴィアスの指示で、我々もその場に荷物を置きました。岩山の道は険しく、荷物を担いでのぼることは難しかったため、部隊を分ける他なかったのでしょう。

 ですが、中隊の半数であれば50名です。大蚯蚓との戦闘で20名ほどが負傷していましたが、まだ530名ほどの人間が残される計算になります。アリシュナも、とりたてて反対の意見を述べることはありませんでした。


 森辺の部隊は、さきほどまでと同じ編成で行軍に加わります。1組が先行部隊に組み込まれ、残る2組がそのすぐ後に続く形ですね。

 今回はドムの組が先行し、私とディグド=ルウの組はデヴィアスやフォルタ、アリシュナやクルア=スンとともに続くことになりました。指揮官たちは、そうして本隊の先頭に陣取っていたのです。


 道は、岩肌をうねうねと辿るようにのびていました。先頭を行く者たちにしてみれば、獣道を進むような感覚であったことでしょう。人間が進みやすいように、動かせる範囲の石や岩が除去されて、1本の道が築かれていたのです。それ以外の部分を進むのは――森辺の狩人であればともかく、兵士たちには難しいように思いました。


 そんな中、ひとり難渋していたのは、アリシュナです。さすがに山道ではクルア=スンが背負うこともできなかったため、彼女も自分の足で進む他なかったのですね。最初の100歩ほどで彼女がしとどに汗を垂らし始めたため、私もずいぶん心配させられました。


「大丈夫ですか、アリシュナ? よければ、私が力をお貸ししましょうか?」


「いえ……森辺の方々……異性、触れる……禁忌です……」


 そのように応じることさえ、彼女はつらそうな様子でありました。


「アイ=ファ……参じていれば……助力、願うこと……できたのですが……やむをえません……彼女、参じないこと……星図、あらわれていました……」


「そうですか。あなたは森辺の誰が参ずるかも、事前にわきまえていたのですか?」


「いえ……私、アイ=ファと接する機会、多かったため……その輝き、見覚えていただけです……彼女、赤の猫の心臓……ジェノス、残ること、示されていました……」


「なんでもかまわんが、それでは途中で力尽きてしまいそうだな」


 と、ディグド=ルウが横から手をのばし、アリシュナの身をすくいあげてしまいました。

 アリシュナはとても細身の女衆であったので、ディグド=ルウであれば造作もなかったことでしょう。その頑強なる腕に抱きかかえられたアリシュナは、無表情のまま目だけをぱちぱちと瞬かせました。


「あなた、森辺の禁忌、破るのですか?」


「禁忌とひと口に言っても、罪の重さはさまざまだ。族長たちとて、装束ごしに触れることはよしとして、貴族たちと舞踏を楽しんだという話ではなかったか?」


「はい。ダリ=サウティやゲオル=ザザが、そのように取り計らっていましたね」


 私がそのように応じると、アリシュナはまた何度かまぶたを上下させました。


「では……この2日間、何故、クルア=スン、私を背負っていたのでしょう? 彼女、とても疲弊していました」


「それで力尽きるようなら、役目を代わってやろうと考えていた。しかしこやつもきちんと仕事を果たしていたので、俺が口を出すいわれはなかったな」


 ディグド=ルウが不敵に笑いながらそのように言いたてると、クルア=スンは目を伏せて歩みつつ、はかなげに微笑みました。アリシュナは、納得したように首肯します。


「森辺の民、清廉で、強靭です。私、デヴィアス同様、心、ひかれます」


「ふふん。お前はもっと、足腰を鍛えるべきであろうな。それに、きちんと肉をつけろ。まるで幼子のような軽さではないか。……お、なんだ?」


 行軍の足が止められて、ディグド=ルウがうろんげな声をあげました。先を行く者たちが歩を止めたため、我々も止まらざるを得なかったのです。

 しばらくすると、前方の兵士たちがざわつき始めました。横合いの険しい岩肌を伝って、ライエルファム=スドラがこちらに下ってきたのです。


「指揮官のデヴィアスよ、第一中隊長からの伝令だ。この先は切り立った崖の上を進むことになり、道も細いので危険が多い。このまま進んでいいものかどうか、判断を仰ぎたいとのことだ」


「なるほど。他に辿れそうな道はないのであろうかな?」


「ない。その場所を避けるならば、また山麓まで戻るしかなかろうな」


 デヴィアスはひとつうなずき、ディグド=ルウに抱かれたアリシュナへと視線を向けました。

 アリシュナは、静謐な表情で首を横に振ります。


「私たち、正しい道、進んでいます。この他に、黒の竜、至る道、存在しません」


「では、警戒しながら進む他ないか。ライエルファム=スドラ殿、お手数をかけるがその旨を後方の中隊長たちにも伝えていただけるであろうか?」


「承知した。手数というほどのことでもない」


 ライエルファム=スドラは、また獣のような敏捷さで岩肌を下っていきました。森辺の狩人であればそれを追うことも可能でしょうが、あれほど敏捷に動けるのはライエルファム=スドラぐらいであろうと思われます。


 ライエルファム=スドラから他なる中隊長たちへ、中隊長たちから配下の兵士たちへと言葉が伝えられ、それがおおよそ行き渡った頃合いで、行軍の再開です。大蚯蚓の次にはどのような脅威が待ち受けているのかと、誰もが緊迫の面持ちでした。


 しばらくして、我々も切り立った崖の上に到達しました。

 道幅は、私が両腕を広げたぐらいのものであり、右手の側は壁のような断崖の側面にふさがれています。左手の側に切り立った崖もかなりの勾配であり、そちらに転落すれば生命も危ういことでしょう。


 先行部隊は大事を取り、一列になって右側の断崖にぴったりと身を寄せながら進んでいました。二列でも十分に進める道幅ですが、途中で鳥や獣に襲われては身動きが取りにくいと判じたのでしょう。適切な判断であったと思います。


 我々もそれにならって、一列で進むことになりました。

 先頭は私の組、それに指揮官とそれを警護する部隊が続き、ディグド=ルウの組が背後を守る格好です。僭越ながら、このような場では森辺の狩人こそがもっとも力を振るえるように思ったので、指揮官の部隊を狩人の部隊ではさみこむように提案いたしました。


 崖の上の道は、それなりの長さで続いています。

 しかし、鳥や獣が襲ってくる気配はありませんでした。

 左手の側には青い空と荒涼たる大地が、延々と広がっています。右手の側の岩肌はほとんど垂直であったため、獣が駆け下ってくることも不可能であったでしょう。


 しかしまた、これほど襲撃にうってつけの場所を、邪神教団の者たちが見逃すわけもなかったのです。

 ちょうど私の位置から、崖の終わりが見えてきた頃、後方のディグド=ルウが鋭く声をあげてきました。


「頭上に人影が見えたぞ! 何か悪さを仕掛ける気だ!」


 私が右手の側を見上げると、遥かな頭上で人影らしきものが蠢くのが見えました。

 それと同時に、巨大な岩塊がこちらに転げ落ちてきたのです。


「走れ! 潰されるぞ!」


 私の前方を進んでいた先行部隊の兵士たちは、泡をくって駆け始めました。その背中に追突してしまわないように加減をしながら、私と他なる狩人たちも後に続きます。


 その過程でまた頭上に視線を送ると、さらなる岩塊が断崖を転げ落ちてくるさまが見えました。そのひとつひとつが人間ほどの大きさを持っており、数は十を超えているようでした。敵は何らかの手管でもって、それだけの岩塊を落としてきたのです。


 岩が断崖を転げる鈍い音色が、頭上から迫ってきます。

 ただ位置的に、もう私がそれに圧し潰される危険はありませんでした。それでも後方の人々の逃げ道を確保するために、私たちも急がなければならなかったのです。


 私が崖の上の道を踏破した頃、落雷のような音がいっそう音高く響きわたりました。岩塊が、道の上にまで達したのです。

 崖の先はわりあい開けた場所になっており、100名の兵士と12名の狩人から成る先行部隊の面々が呆然と立ちすくんでいます。その場所に、私の率いる組と指揮官を警護する部隊、そしてディグド=ルウの率いる組がなだれこむことになりました。


「ふう、危ういところだったな。……ラヴィッツの長兄よ、大事なかったか?」


「ああ。森辺の同胞は、全員無事だ。しんがりをつとめていた俺が、こうして無事であるのだからな。……俺の後に続いていた兵士たちは、逆の側に逃げたようだぞ」


 そう言って、ラヴィッツの長兄はにんまりと笑いました。


「で、道はあの有り様だ。これはどのように取り計らうべきであろうな」


「おお、あれは……道がふさがれてしまっておりますぞ!」


 そのように叫んだのは、フォルタでありました。それを警護していたジャガルの兵士たちも、驚きに顔を引きつらせています。

 転落してきた岩塊によって、崖の上の道が完全にふさがれてしまっていました。人間よりも巨大な岩塊がいくつも折り重なって、向こう側も見えないような状態になってしまっていたのです。


「岩を落としてきた連中は、姿を隠したようだな。俺があちらの様子を見てこよう」


 と、ライエルファム=スドラがまた獣のような俊敏さで、崖の上の道を駆けていきました。

 そうして岩塊の山の前まで達すると、その向こう側に呼びかけます。


「おい、そちらはどのような状況だ?」


 誰かが何かを答えたようでしたが、私のもとまでは聞こえてきませんでした。

 そうして何度かやりとりしてから、ライエルファム=スドラはこちらに駆け戻り、デヴィアスに言葉を伝えました。


「あちらも負傷した人間はいないらしい。しかし、あの岩の山がびくともしないそうだ」


「ううむ。あのように細い道幅では、人間が3人並ぶのがやっとであろうからな。それで頭よりも高い位置にまで重なった岩を動かすのは、難儀であろうよ。……ここは、森辺の方々の類い稀なる膂力に期待をかけてもよいだろうか?」


「ええ。幸いなことに、森辺の狩人は全員こちらに渡っていますので。時間さえかければ、どうにかできるでしょう」


 私がそのように答えると、まだディグド=ルウの腕に抱かれていたアリシュナが「いえ」と低い声をこぼしました。


「時間、ありません。星図、大きく乱れました。妖術の発動、迫っています。……止めなければ、危険です」


「妖術か。今度は何が起きるというのかな?」


「不明です。ですが……危険です。もしも、妖術、完成してしまったら……全員、魂、返します。この山、踏み入った人間、すべてです」


 そのように語るアリシュナは、苦しげに眉をひそめていました。

 彼女が初めて、我々の前で表情を乱したのです。そしてそのかたわらでは、頭を抱えたクルア=スンが地べたにへたり込んでしまいました。


「ああ……これが、破滅の相なのですね? 巨大な暗黒が、わたしたちを呑み込もうとしています……どうして……どうして、こんなことが……」


「心、静謐、保つのです。希望の光、消えていません」


 アリシュナは表情を乱し、小さく身体を震わせながら、しかしその声音だけは沈着そのものでした。


「100の戦士、36の狩人、すべてそろっています。破滅の顕現、止められます。即刻、進むのです。黒の竜、滅ぼすのです」


「ふむ。この人数でかまわぬから、先に進めと仰るか。これまた、苦渋の決断を迫ってくれるものだ」


 デヴィアスは、自分の兜を何度か拳で小突きました。


「……相分かった。このまま進軍するとしよう。ライエルファム=スドラ殿、その旨をあちら側の者たちに伝えていただきたい」


「承知した」と、ライエルファム=スドラはまた駆けていきました。

 フォルタは張り詰めた面持ちで、デヴィアスに詰め寄ります。


「デヴィアス殿、本当によろしいのでしょうかな? あちらには、400名近い兵士たちが取り残されておるのですぞ?」


「ええ。これで任務をしくじったら、すべて俺の責任でありますな。俺は俺の責任において、アリシュナ殿の言葉を信ずることにいたす」


「しかし昨日の我々は、それなる占星師の言葉に従って行軍を止めることになったのです! そうまで猶予がないのでしたら、到着が夜になろうとも進軍するべきだったのではないでしょうかな?」


 フォルタはやおら激昂し、アリシュナの姿をにらみ据えました。

 ですがアリシュナは、静謐な声で答えます。


「邪神教団、我々、近づくごとに、術式、進めています。昨日、行軍、止めていなかったなら、夜の中で、この窮地、迎えていたでしょう。私、最善、尽くせるよう、配慮しています」


「その配慮とやらの結果が、このざまです! 我々は400名もの兵士と分断されてしまったのですぞ?」


 すると、デヴィアスが引き締まった面持ちでフォルタの肩に手を置きました。


「どうか落ち着かれよ、フォルタ殿。……アリシュナ殿。あなたは出兵の前、討伐部隊の兵士は100名の人数でかまわないと、ジェノス侯に進言していたそうだな?」


「……はい。星図、そのように表れていました」


「しかしジェノス侯は大事を取って、半個大隊を出兵させた。もしかしたら、その間違いを正すために、余剰の人員が分断されたのかと思うと……いささかならず、背筋が寒くなるところだな」


 フォルタは愕然とした様子で、デヴィアスを振り返りました。


「では……ではこのように戦力が分断されたのも、すべて星読みの結果通りということなのですか?」


「それを運命と呼ぶか偶然と呼ぶかは、自身で決めるしかないのだろうな。……ともあれ、アリシュナ殿の託宣はことごとく的中している。ならば俺は最後まで、アリシュナ殿の言葉を信じてみようと決めたのだ」


 そうしてデヴィアスは、ぎょろりと大きな目に勇猛なる輝きをたたえました。


「こうなったら、とことん星図の運命とやらに従ってくれよう! 我々の手で、邪神教団の輩を一掃するのだ! フォルタ殿、森辺の各々方、どうかこの俺に生命を預けていただきたい!」

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