ガズラン=ルティムの追憶②~辺境の怪~
2021.11/20 更新分 1/1
ジェノスを出立して4日目の朝、私たちはついに辺境区域という場所に踏み入ることになりました。
町外れに残されるトトスや車を守るため、40名ていどの兵士たちはそちらに居残ります。それでも600名近い人間が、列を為して人外の領域に踏み込んでいくわけですね。
これまではトトスと車を使った安楽な旅でしたが、ここからは行軍そのものがひとつの試練となりました。何せ、目的の地は徒歩で2日がかりと見なされていたため、その分の水や食糧も自力で運ばなければならなかったのです。
この行軍に加わる者は全員が大きな荷袋を背負わされて、水を飲むのも最低限に留めるように言い渡されました。未開の地では水場の位置も定かではないため、手持ちの水だけで過ごせるように考慮しなければならないのです。
「甲冑を纏った兵士たちは、俺たち以上の労苦であろうな。……しかしお前は本当に大丈夫なのか、スンの末妹よ?」
ラヴィッツの長兄に呼びかけられたクルア=スンは、ひそやかな笑顔で「はい」と応じました。なんと彼女は、アリシュナを背負って歩くという役目を自ら志願したのです。
「わたしとアリシュナの荷物は他の方々が担ってくださるのですから、どうということもありません。刀を扱えないわたしにできるのは、アリシュナをお運びするぐらいのことでしょう」
「そもそも自分の足で歩くこともできないというのが、俺には理解し難いのだがな」
ラヴィッツの長兄がすくいあげるような眼差しを向けると、アリシュナは静謐なる面持ちで一礼しました。
「身体、虚弱であること、恥じ入っています。ですが、私、平地においても、一刻以上、歩くこと、難しいのです。辺境区域では、半刻、もたないでしょう。倒れて、迷惑かけるよりは、事前、恥をさらすべき、思いました」
「ふん。お前が森辺に生まれてついていたならば、どれだけ美しくとも伴侶を迎えることはできなかったろうな。……おっと、美しいと言ったのは、もののたとえだぞ」
「はい。わきまえています」
そんなやりとりを経て、我々は辺境区域に踏み入ることになりました。
まずは、最初の日に目にしたような、荒野です。砂場と岩場が入り混じったような区域で、ところどころに巨大な岩塊が顔を出しているため、見通しはよくありません。そこを真っ直ぐ、西に向かうのだという話でした。
先頭は護民兵団の兵士たちが50名ほどで、その次に指揮官たるデヴィアスとフォルタ、クルア=スンとアリシュナ、それらを守る部隊が続き、間にジャガルの部隊をはさんで、後列はまた護民兵団の兵士たちです。協議の末、森辺の狩人たちは先頭に1組、指揮官たちのもとに2組という配置になりました。基本的に、我々はデヴィアス直属の特別部隊という扱いであったため、あまり離れた場所に配置すると意思の疎通が難しいと見なされたのでしょう。
まずはドムの組が先頭を受け持ってくれたので、私とディグド=ルウの組がデヴィアスたちと同行することになりました。
道らしい道も存在しない辺境区域ですので、あまり横に広がりすぎないように配慮しつつ、ひたすら西に進みます。このていどの足場であれば、トトスを歩かせることもできたのではないかと思われましたが――何度かの小休止をはさんで中天に差し掛かると、足もとは起伏の多い岩場となり、徒歩で進む他ないということが証し立てられました。
「あの自由開拓民たちも、このように難儀な場所を踏み越えて宿場町に逃げ込んだということだな。まったく、気の毒な限りだ」
中天の休憩時間、カロンの干し肉をかじりながら、デヴィアスはそのように言っていました。
ずっとアリシュナを背負っていたクルア=スンは、さすがに息を乱しながら水筒の水を口にしていましたが、それでも余力は十分なようです。外見はたおやかな女衆ですが、森辺の民として恥ずるところのない力を持っているようですね。
岩と砂ばかりの殺伐とした場所ですが、頭上を見上げるとジェノスと変わらない青空が広がっています。
こちらでも邪神教団が待ち伏せをしている気配はありませんし、世界は平穏そのものです。人跡も稀なる辺境区域には、凶悪な獣や妖魅がひそんでいるという伝承を耳にしていましたが、街道から半日ていどの位置ではそういった脅威も存在しないようです。
「盗賊団などを追い立てて山野に踏み入ることは珍しくもないが、このように辺鄙な場所を半日も歩いたのは初めてのことだな。フォルタ殿は、如何であろうか?」
デヴィアスが普段通りの陽気さで問いかけると、フォルタは「わたくしも同様です」と首肯しました。
「なおかつ近年では、貴き方々の御身をお守りする任務が続いておりましたため、山野に踏み入る機会もめっきり減りましたな。……ですがわたくしも、若かりし頃には遠征部隊に配属されておりました。ひさびさにこのような任務を授かることがかない、いささかならず血がたぎってしまいますな」
「うむ。配下の方々も血気盛んなご様子で、頼もしい限りだな」
デヴィアスたちが語る通り、護民兵団にも南の部隊にも、邪神教団に怯む様子は見られませんでした。まだその恐ろしさを体感していないという面もあるのでしょうが、とにかく誰もが強い使命感を抱いている様子です。デヴィアスの部隊は普段から盗賊団の討伐などを受け持っているそうですので、宿場町で見かける衛兵たちとは一風異なる気質であるのでしょう。
そうしてその後も、我々は大過なく行軍を果たし、辺境における最初の夜を迎えることになりました。
余分な水はありませんし、薪や鉄鍋を運ぶことも難しかったため、晩餐も干し肉をかじる他ありません。
ただそこで、初めて目にする食糧がありました。フワノにさまざまな食材を練り込んだ、兵士のための非常食であるそうです。
「普段はなかなかこのようなものの出番もないため、出兵が決まってから大急ぎで作らせたそうだぞ。味など度外視した非常食であるので、期待はせぬようにな!」
そう言って、デヴィアスは愉快そうに笑っていました。
その非常食というものは、いかにも毒々しい赤褐色をしています。ママリアの果実酒を煮込んで酒気を飛ばしたものが、この色合いを生み出すのだという話でした。
「あとは、ミャームーやらペペやらシムの香草だのが、たっぷり使われているのだそうだ。とにかく、干し肉だけでは得られない滋養がしこたま練り込まれているわけだな」
「なるほど。それだけの滋養が含まれているからこそ、これだけの荷物で事足りたのですね。予備も含めて5日分の食糧と聞いていたので、ずいぶん量が少ないなと不思議に思っていたのです」
「うむ! 1日の滋養にはこれひとつで十分であるという話だし、これ以上の量を口にしたいとは思えんようなお味だぞ!」
デヴィアスがさんざん警告してくれたため、私も相応の覚悟でもってその食糧を口にすることができました。
昨日まで晩餐のために配られていたフワノは固く干し固められていましたが、こちらは手触りからして異なっています。焼きたてのフワノやポイタンとさほど変わらないやわらかさであるようです。
それを口に運んでみると、わずかに粘ついた食感でした。
そして、その味は――果実酒の甘さと、さまざまな食材の辛さや苦さが入り混じり、きわめて刺激的です。小さな量に多くの滋養を封じたため、どうしても味が強くなってしまうのでしょう。近い場所で同じものをかじっていたラヴィッツの長兄は、声をあげて笑っていました。
「なるほど、これは確かに腹いっぱい味わいたいような代物ではないな! しかしべつだん、不味いとは思わんぞ」
「ほう! 森辺の方々は美味なるギバ料理で舌が肥えているのではないかと考えていたのだが、それは杞憂であったかな?」
「ふふん。美味なる料理などを求め出したのはここ最近の話であるし、それまでは誰もがポイタン汁をすすっておったのだ。この奇妙な団子は――言ってみれば、ポイタン汁のようなものなのであろうよ。決して美味くはないが、人間に必要な滋養であふれかえっているようだ」
そんな風に語りながら、ラヴィッツの長兄は非常食とともにギバの干し肉をかじりました。
「こうしてギバ肉とともにかじれば、なんの不満もない。以前は肉の血抜きをしていなかったのだから、そのぶん上等なぐらいであろうよ」
「そうかそうか! ご満足いただけたのなら、何よりだ! ……アスタ殿にかかれば、このようなものでも美味に仕上げられるのであろうかなあ」
デヴィアスがそのようにつぶやくと、黙々と食事を進めていたライエルファム=スドラが顔を上げました。
「結果的にどうなるかはわからんが、アスタであれば少しでも美味になるようにと頭をひねるところであろうな。……しかしこれはアスタや森辺のかまど番ではなく、ヴァルカスなどといった城下町の料理人の領分であるように思うぞ」
「ほう! あなたはヴァルカス殿をご存じであったか!」
「俺自身は、顔をあわせたこともない。しかし、家人がしょっちゅうその名を口にするので、いい加減に名を覚えてしまった。……ヴァルカスというのが俺の家人の言う通りの人間であれば、さらにさまざまな食材をつけ加えて、味の調和やらいうものを目指すのではなかろうかな」
「確かに確かに! 今後はヴァルカス殿に非常食の作製を依頼するべきやもしれんな!」
そんな具合に、最初の夜は平穏に過ぎていきました。
晩餐を終えたのちは何名かずつ交代で見張りを立てて眠りに落ちましたが、太陽がのぼるまで異変が生じることもありませんでした。アリシュナいわく、邪神教団の者たちは隠れ家に身をひそめつつ、その周囲の守りを固めているようだという話であったのですね。
結果的に、アリシュナの星読みはことごとく真実を言い当てていました。
その翌日も、夜になるまで何事もなく歩を進めることがかなったのです。
岩と砂の区域を過ぎると、今度は茶色がかった短い草で覆われた場所に出ましたが、そこにも危険はありませんでした。
そして、その場所は背の低い樹木が生えているぐらいで、なかなか見通しもよかったため――ついに、目的の地である岩山を望むことがかないました。
さして大きくもない、岩ばかりが目立つ山です。麓のほうにはぽつぽつと緑の影がうかがえましたが、基本は白茶けた岩ばかりであるようでした。
「ふむ。なんの恵みもなさそうな山だな。あれでは自由開拓民に、母なる存在と仰がれることもあるまい」
ディグド=ルウは、そんな風に言っていました。
確かにその山も、決して美しくないわけではないのですが――モルガの山のように胸を打たれることはありませんでした。これまで踏み越えてきた岩場や野原と同じく、世界がありのままの姿をさらしているのだという感慨を抱くばかりです。
そうして歩を進めるにつれ、岩山の威容が眼前に近づいてきます。
そこで太陽が西に傾き、夕刻が近づいてきた頃、クルア=スンに背負われたアリシュナがひさかたぶりに発言したのです。
「黒の竜、近づいています。デヴィアス、今夜、この場で明かすこと、提案いたします」
「ふむ? 目的の地を目の前にして、歩を止めろと?」
「はい。このままでは、目的の地で、夜を迎えます。邪神、闇に属するため、妖術、夜にこそ、もっとも強い力、振るえるのです」
「そうか。炬火の準備はしているが、さりとて動きが不自由になることに変わりはないしな。なんとも焦れったいところだが、ここはぐっすり休んで英気を養うべきか」
フォルタはいくぶん不平そうな面持ちでしたが、口を開こうとはしませんでした。この部隊においてはデヴィアスこそが最高指揮官であるという思いがあるのでしょう。
それでその晩は、昨晩よりも多くの見張りをたてつつ、野原で夜を明かすことになったのですが――やはり、邪神教団から襲撃を受けることもありませんでした。
「けっきょく何事もなく、朝を迎えてしまったな。あやつらは、我々の存在に気づいていないのだろうか?」
「気づいていても、襲撃の手段、ないのでしょう。黒の竜、強固な鱗、固められています。すべての力、防御に注いでいる、思われます」
アリシュナが星見の内容に触れるとき、クルア=スンはそのそばで目を伏せつつ、とても真剣な面持ちでした。
もしかしたら――クルア=スンには、アリシュナと同じものが見えているのかもしれません。それで、自分の見ているものの意味を、アリシュナの言葉から汲み取ろうとしているような――私には、そんな風に思えました。
ともあれ、夜が明けたならば、進軍です。
この2日間で兵士たちは少なからず疲弊していましたが、ついに敵を目前に迎えたということで、誰もが緊迫の面持ちです。デヴィアスも普段の豪放さは残しつつ、戦士の眼差しになっていました。
「討伐の対象たる邪神教団の一党は、隠れ家の周囲に罠を張り巡らせている公算が高い! 第二中隊と森辺の一隊を先行させ、そこに本隊が続くものとする! 先行部隊の荷物は第四中隊が預かり、しんがりを進むのだ!」
中隊とは、100名の兵士で編成される部隊のことです。
それに同行する森辺の隊は、私の組ということにさせていただきました。
「デヴィアス、ご提案があるのですが。森辺の残る2組は先行部隊のすぐ後ろに配置し、私の合図でいつでも合流できるように取り計らっていただけませんでしょうか?」
「ふむ。いかなる意図によるご提案であろうか?」
「邪神教団は、また虫や獣をけしかけてくる公算が高いでしょう。その場合、森辺の狩人がもっとも速やかに対処できるかと思われます」
「なるほど。まあ、そうでなくとも、森辺の方々はひとりで兵士10名分の力量であろうからな」
デヴィアスは普段よりも勇猛な感じで笑い、私の提案を承諾してくれました。
そうして、いよいよ進軍です。
我々は背負っていた荷物を第四中隊の面々に託し、100名の兵士たちとともに歩みを進めることになりました。
森辺の狩人は、1組で12名。私の組の顔ぶれは、サウティ、ヴェラ、ドーン、フェイ、ダダ、タムル。ダイ、レェン。ラッツ、アウロ、ミームというものです。その中で、ダイの分家の家長がやわらかく微笑みながら語りかけてきました。
「ついに、刀を振るうときが来ましたね。人間を斬り伏せたいなどとは、これっぽっちも思いませんが……森辺で待つ同胞たちのためにも、仕事を果たしたく思います」
ダイの分家の家長――たしか、ディール=ダイでありましたか。何年か前、彼がヤミル=レイとヴィナ・ルウ=リリンに立て続けに懸想した際には、ルウ家でもそれなりの騒ぎが生じていたため、私も彼の名前と姿はすぐに見覚えることができました。
そのような過去を持つとは思えないほど、穏やかな面立ちをした若者ですね。分家の家長といっても、伴侶を娶って本家を出たというだけの話ですので、まだまだうら若き狩人です。しかしその若さでこの仕事に選ばれたということは、彼もダイ家においては有数の力量であるのでしょう。
その他には、サウティやラッツの男衆らが、凄まじい気迫をこぼしていました。やはり親筋の人間というのは、ひときわ強い覚悟や責任感を携えているのだろうと思いますが――それに加えて、個々の性格もあったのでしょう。サウティの男衆は実直ゆえに、ラッツの男衆は勇猛ゆえに、それぞれ母なる森を穢されたことに強い怒りを覚えている様子でした。
そうして半刻ばかりも進むと、辺りの様相が変わってきました。
茶色く乾いた草木に緑の色合いと潤いが宿り、樹木にも青々とした葉が茂り始めたのです。
これはきっと遠目に見えた、山麓の緑であるのでしょう。岩山は、すでに我々の左手側に迫っているのです。
「このような雑木林を突っ切るのは、さまざまな点で危うかろう。北側に迂回して、五列縦隊で進め」
第二中隊長という役職にある武官が、そのように命じました。
そこでサウティの男衆が、「うむ?」と眉をひそめます。
「川のせせらぎが聞こえるな。そういえば、この近在で暮らしていた自由開拓民というものは、川を母としていたという話だったか」
その言葉通り、しばらく北側に進んでみると、川に行く手をはばまれました。
さして大きな川ではありませんが、流れは強く、水は茶色に濁っています。それに、川べりもぬるりと湿った土が剥き出しで、氾濫の跡をうかがわせていました。
「足もとが悪いな。間違っても転落しないよう、可能な限り川から距離を取って進むぞ」
右手に川、左手に雑木林という格好で、湿った土の地面は西にのびています。
その湿った地面を、四半刻ほど進むと――そこには、集落の痕跡が待ち受けていました。
「ここが、自由開拓民の集落であったという場所か」
ラッツの男衆が、怒りのにじんだ声でつぶやきます。
その場所は、いまだにどろどろとぬかるんでおり――そしてあちこちに、家屋の残骸と思しきものを覗かせていたのです。
ねっとりとした泥の中から、崩れ落ちた家の壁や柱などが斜めに突き出しているさまは――なんだか苦悶に歪んだ人間の指先を思わせて、私は胸が痛くなりました。
左手側の雑木林も大きく切り開かれて、そこも茶色い泥に満たされています。そちらには家屋の残骸も見当たらなかったので、もしかしたら畑か何かであったのかもしれません。ダレイムの畑は飛蝗に喰い尽くされてしまいましたが、こちらの畑は川の氾濫で台無しにされてしまったのです。
もとより自由開拓民たちは飛蝗に脅かされていたので、この地を捨てる他なかったのでしょうが――そうでなくとも、この地で再び暮らすことは困難であるように思います。これだけの泥を除去する手間をかけるぐらいであれば、もっと別の地に住みよい場所を探し求めるほうが、まだしも賢明であるのでしょうね。
「このぬかるみを踏み越える気にはなれんな。しかたない。ここからは雑木林のほうに踏み入って――」
中隊長がそのように言いかけたとき、サウティの男衆が「待て!」と叫びました。
同じものを感じ取った私も、刀を抜きます。他の男衆らも、まったく遅れてはいませんでした。
「何かが近づいています! 中隊長、雑木林に移動を!」
私がそのように呼びかけると、中隊長は慌てて号令をかけ直しました。
ですが、兵士たちがその命令に従う前に――それらのものどもが、我々の眼前に出現したのです。
兵士たちの多くは、我を失い悲鳴をあげました。
それを守るべく、森辺の狩人たちは列の先頭に躍り出ました。
それは前方の泥の中から、忽然と現れたのです。
それは、蛇に似ていました。
それも、マダラマのように巨大な蛇です。
その胴体は女衆の腰ぐらいの太さがあり、泥から現れた分だけでも私の背丈ほどの長さがありました。
ただし、蛇ではありません。
それに似た、何か別の生き物です。
その生き物には鱗もなく、肌はぬらぬらと照り輝いており、横向きに無数の節目が走っていました。
そして――その頭には目も鼻もなく、ただ丸い口がぽっかりと空けられているのです。口の中には、牙とも針ともつかないものが、びっしりと生えのびているようでした。
「レ……レネーゼの大蚯蚓だあ!」
兵士の誰かが、そんな風に叫んでいました。
この生き物には、そのような名がついていたようです。
我々は兵士たちを庇いつつ、雑木林への移動をうながそうとしましたが――そのとき、別なる悲鳴が後方からあがりました。
右手の川から同じ大蚯蚓が出現し、兵士たちに躍りかかったのです。
私は左手の草笛を吹いてから、右手の刀を振りかざしました。
眼前の大蚯蚓が、私に向かってその頭を振りおろしてきたのです。
私は泥に足を取られないように気をつけながら、その咽喉もとを斬り払いました。
大蚯蚓はとてもやわらかい肉体をしていたので、その一撃で首が刎ね飛ぶことになったのですが――その胴体は同じ勢いのまま突っ込んできたので、私は慌てて横合いに跳びすさることになりました。
泥の上に倒れ込んだ大蚯蚓は苦悶に巨体をよじらせてから、また身を起こします。
まるでそれは、頭を失ったことにも気づいていないような様子であり――その不気味な姿が、いっそう兵士たちを惑乱させたようでした。
「いいから、さっさと雑木林に移動しろ! 立ちすくんでいても、何にもならんぞ!」
サウティの男衆がそのように叫びながら、大蚯蚓の胴体を斬り払いました。
真ん中でふたつに断ち割られた大蚯蚓は、再び泥の上に崩れ落ちましたが――しかし、再び身を起こしました。しかも、ふたつに分けられた胴体の両方がです。頭と胴体の下半分を失ったほうなどはいかにも不自由そうな様子でしたが、それでも息絶えてはいないのです。見てみれば、最初に斬り落とした頭部のほうも、いまだ泥の上でびたびたと跳ね回っていました。
「なんだ、こやつは? 飛蝗などより、よほど化け物じみているではないか!」
吠えるように言いながら、ラッツの男衆がさらに大蚯蚓の胴体を寸断しました。
それでも大蚯蚓はまだのたうっていましたが、もはや長さが足りていないため、身を起こすこともできません。ラッツの男衆は「ふん」と鼻を鳴らして、短く斬り刻まれた大蚯蚓の胴体を川の中に蹴り落としました。
「しぶといだけで、大した獲物ではないな! 他の連中を呼ぶほどではなかったのではないか?」
「いえ。あれをご覧ください」
私の指し示す方向に目をやって、ラッツの男衆も言葉を失っていました。
行く手の地面が、まるで生命を得たかのように波打っていたのです。
「どうやら大蚯蚓の大群が、我々の行く手を阻んでいるようです。あれらをすべて退治しなければ、先に進むこともかなわないのでしょう。……中隊長。自由に刀を振るうことのできない雑木林に逃げ込むのは、危険であるかもしれません。この場で迎え撃つべきではないでしょうか?」
呆然と立ち尽くしていた中隊長は、やおらその目に生気を回復させました。
「う、うむ! まさしく、その通りであろう! ……第二中隊、前進! 蚯蚓風情に後れを取るのではないぞ!」
獣や虫に慣れていない石の都の住人でも、やはり精鋭の兵士たちです。最初の混乱状態から脱すると、誰もが本来の勇敢さを取り戻して、大蚯蚓に立ち向かっていきました。
そうして我々は、邪神教団の放った先兵と雌雄を決することになったのです。