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異世界料理道  作者: EDA
第六十五章 黒き竜の災厄
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ガズラン=ルティムの追憶①~出陣~

2021.11/19 更新分 1/1

 邪神教団を討伐するための兵団がジェノスを出立したのち、最初の3日間はひたすら街道を南下することになりました。

 ジェノスとジャガルを繋ぐ、主街道です。ダレイム領のドーラの家がある区域から南には下ったこともありませんでしたので、私にとってそれはとても新鮮な体験でありました。


 討伐部隊の主力となる護民兵団は半個大隊で、およそ500名。

 王子ダカルマスの命令で同行することになった南の王都の部隊は、およそ100名。

 そして森辺の狩人で構成された特別部隊が、36名。


 この顔ぶれの、およそ7割はトトスの車に乗り、残りの3割がトトスにまたがって進む手はずになっていました。

 つまり、440名ほどが車に乗り、200名ほどがトトスにまたがるわけですね。


 城下町の車には10名の人間が乗ることが可能であり、それを引くのに必要なトトスは2頭ずつです。

 いっぽうトトスにまたがる部隊は、1頭につき2名ずつが乗っていました。

 そう考えると、準備された車は44台にも及び、トトスは188頭が必要になるわけです。ジャガルの部隊は自前のトトスと車を使用しているという話でありましたが、それにしてもジェノスにはこれだけのトトスや車が兵士のために準備されていたのかと、私は驚きを禁じ得ませんでした。


「逆に言うと、トトスの頭数に限りがあるため、俺の部隊は半分しか出陣できなかったということだな! 俺たちの留守中にも何が起きるかわからないため、すべてのトトスを駆り出すわけにもいかなかったのだ!」


 この部隊の指揮官である大隊長のデヴィアスは、そんな風に語らっていました。ジェノスにおいて大隊というのは千名で構成されており、デヴィアスはそれを率いる隊長であるということですね。


 ともあれ、我々は車とトトスで分かれて、街道を南下することになりました。

 森辺の狩人は3組に分かれており、その内の1組はトトスにまたがって周囲の警戒をしてほしいと願われたので、それは交代で受け持つことにして、道中の3分の1は移り行く景色を楽しむことができた次第です。


 ですがやっぱり、ダレイムの南端に差し掛かったときには、胸が痛みました。

 その場で足を止めたわけではありませんので、あちらの被害の全容を見て取れたわけではないのですが――遠目に見ても、その酷い有り様は明らかであったのです。


 見渡す限り、畑からは緑の色が失われていました。

 その背後に広がる雑木林までもが、のきなみ剥き出しの枝をさらしています。

 また、屋根を失った家屋については、南の民たちが補修に取り組んでいました。あれが、バランの率いる建築屋の面々であったわけですね。それ以外にも、臨時で雇われたと思しき西や南の民たちが、大勢で作業を手伝っていたようです。


 もともと村落に住まっていた人々は、畑の世話をしていたのでしょう。土色をした畑のそこかしこに、人影が見えました。

 あれがもともとは、ドーラの畑のように瑞々しい実りで満たされていたのかと想像すると――私は、胸が痛くてなりませんでした。畑というものを完成させるのに、どれだけの労力が必要であるか、それを思い知らされた心地であったのです。


 そして、丸裸となった雑木林に関しては――森辺でもあのように無惨な被害が出ているのかと思うと、ぞっとしました。ともにトトスを走らせていたサウティ分家の長兄も、怒りの声をこぼしていたものです。


「邪神教団は、母なる森を傷つけた。それだけでも、俺たちが刀を取るには十分であろう。俺はこれほど他者を憎いと思ったのは、初めてだ」


「ええ、同感です。……しかし、憎しみにとらわれては、剣筋も鈍りましょう。確実に仕事を果たすために、静謐な心を保つべきであるかと思います」


「うむ。それもあって、俺はガズラン=ルティムに隊長の座を任せたく思ったのだ。お前ほど沈着で聡明な人間はそうそういないという評判であったからな」


 そのような評価をいただくのは面映ゆい限りでありますが、かくいう私も心を乱さないように力を尽くす必要がありました。森辺の民であれば、誰もが同じ心境であったかと思われます。


 その後、ダレイムの南端を通りすぎると、しばらくは不毛の荒野が続きました。

 モルガの森もその辺りで尽きたため、街道の左右はどちらも荒野です。ごつごつとした岩場の多い土地であり、あまり見通しはよくありませんでした。


 この街道は、ジェノスが繁栄してから築かれたそうですね。

 その理由が、よくわかりました。そこには本当に人間どころか獣さえほとんど生息できなそうな、まごうことなき不毛の荒野が何刻も何刻も続いていたのです。このような荒野の真ん中に立派な街道が築かれていることこそ、私には不思議に思えるほどでした。


 ジェノスが建立されたのは200年ていどの前であったと聞き及びますので、それまではこの街道も存在せず、ただひたすら不毛の荒野だけが広がっていたのでしょう。

 では、それよりもさらに前――魔術の文明が繁栄していた時代には、いったいどうであったのか。魔術の力をもってすれば、このような荒野にも実りをもたらすことがかなうのか――そのような想像を広げると、私は妙に胸が弾んでしまいました。


 そうして日中はひたすらトトスを駆けさせ、夜には宿場町などで休息を取るという日々が3日ほども続いたのです。

 ただし、これだけの人数であるのですから、すべての人間が宿を取れるわけではありません。宿を取れるのはほんの数十名で、残りは車や天幕などで休むことになるわけですね。


 我々は車や天幕で十分だと伝えておいたのですが、晩餐の刻限だけは宿に招かれることになりました。この先の行軍について、責任者同士で会合の場を設けるためです。

 こちらから出向くのは3名の隊長で、それ以外に参ずるのは護民兵団の指揮官デヴィアス、南の部隊の指揮官フォルタ、フェルメスの代理人たるジェムド――そして、アリシュナにクルア=スンといった面々です。デヴィアスとフォルタは顔馴染みということもあって、それほど格式張った雰囲気ではありませんでしたが、それでもやはり相応の緊迫感は漂っていたように思います。


「やはり、街道を進む分には、なんの支障もないようだ。邪神教団の待ち伏せもなく、至極順調な道行きであろう」


「兵士の意気も、揚々のようですな。まあ、初日からへばっていては、お話にもなりませんが……森辺の方々は、如何でしょうかな?」


「うむ。車に揺られるばかりでは退屈でならないが、普段は顔をあわせる機会も少ない相手と交流を深められるのは、得難きことであろう。そうして心をまとめれば、のちの仕事にも有用であろうしな」


 ディグド=ルウはあまり町の人間に関心を持てないという話でありましたが、そういった場では割合に饒舌であったように思います。まあ、気後れなどとは無縁のお人でありますし、デヴィアスたちに対する興味というものもあったのでしょう。闘技会でディム=ルティムを退けたデヴィアスや、シン=ルウを相手に互角の勝負を見せたというジェムドはもとより、ジャガルの戦士長フォルタもそれに劣らない力量であるように思いました。


「それで、星図というやつにも異変の兆候はなかろうかな?」


 デヴィアスがそのように尋ねると、アリシュナは静かな面持ちで「はい」と応じました。


「現在のところ、星図に変化、見られません。黒の竜、同じ場所、留まっているようです」


 私はこれまで、アリシュナという御方と親密に語る機会もあまりなかったのですが――彼女はずいぶん、稀有なる人柄であるように感じました。東の民というのはおおよそ沈着な気性をしているものと思われますが、彼女はそれとも格の異なる静謐さを有しているように思えるのです。


 言動に、それほど特異な部分があるわけではありません。彼女は多くの東の民と同じように、感情を隠しつつも温かい心を持っており、好奇心が旺盛で、とても優しい人柄であるように思います。

 しかし、それでいて、彼女はどこか特別であるのです。

 人間らしい情感を端々に感じさせつつ、彼女の静謐さはまったく揺らぐことがありません。もしかしたら、それこそが――星見の力に呑み込まれないための所作であるのかもしれませんね。


 スンの末妹クルア=スンは、そんなアリシュナのもとで、いつもひっそりと控えていました。

 身なりは森辺で過ごしていたときと同様ですが、ただ、宴衣装のように光り輝く織物を頭からかぶっています。それも何か、星見の力を制御するためのすべなのでしょうか。彼女はいつも目を伏せて、あまり人の姿を見ないように心がけている様子でした。


「ただし、黒の竜の周囲、災厄の種、まかれています。時間、過ぎるごとに、危険の度合い、高まるでしょう。また……10日以内、災厄の種、駆逐しなければ、ジェノス、再び災厄、見舞われます」


「ふむ。邪神教団のひそむ地まで、10日はかからないという話であったな?」


「はい。そのような判断、下したのは、ジェノスの方々です。私、この場所まで、どれほどの時間、かかるか、わきまえていませんので」


 そのように語りながら、アリシュナは卓上の地図の一点を指し示しました。

 ジェノスとジャガルを繋ぐ街道の、左手側――つまり西側に位置する、奇妙な記号が記されている箇所です。デヴィアスに聞いたところ、それは岩山を示す記号であるとのことでした。


「邪神教団の本拠、こちらの岩山です。北側の麓から、山中、踏み入った箇所です」


「うむ。この場所であれば、街道を南に3日、辺境区域に踏み入って西に2日といったていどであろう。あまり岩山の奥深くでは、捜索に時間がかかってしまうやもしれんが……」


「奥深く、ありません。説明、難しいのですが……現地、おもむけば、案内、かないます」


「……見知らぬ土地にひそんだ相手の居所を、そうまで正確に言い当てることがかなうというのは……やはり、うろんなものでありますな」


 フォルタがそのようにつぶやくと、アリシュナは静まりかえった眼差しのまま一礼しました。


「あなたがた、忌まわしく思う、星読みの結果、重んじてくれたこと、感謝しています。私、邪神教団の撲滅、心より願っています」


「ダカルマス殿下もそのように念じたからこそ、あなたのお言葉を重んずることになったのでしょう。わたくしは、ダカルマス殿下のご命令に従うのみであります」


 フォルタは厳しい顔つきをしていましたが、アリシュナのことをそうまで忌避している様子はありませんでした。むしろ、忌避しなければならないというジャガルの法を重んじて、おのれを律しているように思います。


「では、今日の会合はここまでということで。……ガズラン=ルティム殿らは、本当に天幕でかまわぬのかな? 少し押し込めば、もう3名ていどは収まるように思うぞ」


「お気遣いありがとうございます。ですが我々は、町の中よりも自然に近い場所のほうが、安らかに眠れるように思います」


「うむ、そうか。帰り道には、祝いの酒をともにすることを楽しみにしているぞ!」


 そんな風に言いたてるデヴィアスらに見送られて、我々は宿屋を後にしました。クルア=スンは、アリシュナとともに宿で眠るのだそうです。

 そうして街路に出て、町の外れに戻ってみると、そこはなかなかの賑やかさでした。600名近い人間が、町外れから街道のほうにまではみだして、眠りの準備を整えているのです。ジェノスの領主マルスタインとジャガルの王子ダカルマスの連名で要請が出されたのでしょうから、町の人々に拒むことはできなかったのでしょうが――おそらくは、我々が一夜で立ち去ることに胸を撫でおろしていることでしょう。


「お、隊長らが戻ってきたぞ。ずいぶん遅い帰りであったな」


 そのような言葉で迎えてくれたのは、ラヴィッツの長兄です。

 我々にはそれぞれ車と天幕に寝床を割り振られていましたが、まだ眠りに落ちた狩人はいないようです。あるものは街道の端に、あるものは車の入り口に、あるものは車の屋根などに座して、夜の涼気に身をひたしていました。


「お前たちは、まだ休んでいなかったのか。晩餐をたいらげたのなら、もう為すべきこともなかろうに」


 ディグド=ルウがそのように言いたてると、ラヴィッツの長兄は「ははん」と鼻で笑いました。


「今日は何の仕事も果たしておらんから、どうにも寝つきが悪いのだろうよ。昨日までは飛蝗の退治で、余所の狩り場を駆け巡っておったのにな。これでは安楽すぎて、家に残された者たちに申し訳ないほどだ」


「俺たちの仕事は、邪神教団とかいう輩を叩き潰すことだ。それまでは力を溜めておくのが、俺たちの仕事なのであろうよ」


 そんな風に言いながら、ディグド=ルウは周囲を見回しました。


「で? 晩餐は、残らずたいらげてしまったのか?」


「ああ。とっくに鉄鍋も片付けられてしまったぞ。そちらは宿で、もっと上等な料理を口にしていたのではないのか?」


「それらはみんなカロンとかいう獣の肉であったので、どうにも物足りんのだ。……しかたない。なけなしの干し肉でもかじっておくか」


 我々は10日ていどで戻れる見込みであったので、木箱にいっぱいのギバ肉を持参していたのですね。それをタウ油やミソで煮込んで、固く干し固められたフワノをふやかして食するというのが、基本の晩餐でありました。


「こういう際にはポイタンを鍋にぶちこんで食するのが普通だが、今はダレイムの畑がやられたためにフワノが準備されたのだという話であったな」


「うむ。ふやかしたフワノというのも決して美味いわけではないが、ポイタン汁をすすらずに済んだのは僥倖だな」


「そうであろうか? ミソやタウ油を使っていれば、ポイタン汁も美味なる料理に変ずるやもしれんぞ」


「どうだかな。それなら森辺でも、誰かしらが試していそうなものだ」


 ディグド=ルウとラヴィッツの長兄は、意外に気が合う様子でした。どちらもひとくせあるものの、根っこは気さくな気性であるので、それが噛み合ったのでしょうか。同じ隊になるように提案した私も、ほっとしたものです。


「ああ、ガズラン=ルティムらも戻ったのか。何か予定に変更などは生じていないだろうか?」


 と、ライエルファム=スドラが闇の向こうからひたひたと近づいてきました。同行していたのは、ダナやハヴィラの狩人たちです。


「べつだん、変更はない。あと2日間は街道を走り、それから辺境区域という場所に踏み入るのだそうだ」


 隊長のひとりであるドムの男衆がそのように答えると、ライエルファム=スドラは「そうか」とうなずきました。


「報告の必要もなかろうが、こちらにも異常はなかった。まあ、これだけの兵士が集まっていれば、獣や盗賊が近づいてくることもあるまいな」


「うむ。それは何よりであったが――」


 と、ドムの男衆はダナとハヴィラの狩人たちを見回しました。


「ところで、お前たちはスドラの家長と何をしておったのだ?」


「取り立てて、何もしていない。ただ語らっていただけのことだ。俺たちも、かつてスンの狩り場でスドラの家長と仕事をともにしていたからな」


 スドラと仕事をともにしていたのはジーンの狩人たちでしたが、ハヴィラやダナの狩人たちも猟犬の扱いを学ぶために何度か通ったことがあるそうですね。


「このような際でなければ、力比べにでも興じたいところであったのだがな。初めて見る男衆も大勢いるのに、惜しいことだ」


「うむ。それでも何より気にかかるのは、やはりスドラの家長の力量であるがな」


 ダナの男衆の言葉に、ドムの男衆は「ほう」と目を光らせました。


「お前はそれほどの力量であるのか、スドラの家長よ? まあ、木登りや的当ては得意そうな見てくれであるようだが……」


「スドラの家長は木登りの勇者だが、闘技の力比べでも屈指の力を持つそうだ」


「うむ。何せ、ファの家長と互角に近い力量であるという話だしな」


 ドムの男衆は、いっそう興味深そうにライエルファム=スドラを見据えました。


「それはなかなか、聞き捨てならん話だな。ファの家長は北の集落の余興でも、またとなき力を見せつけていたぞ。かくいう俺も、打ち負かされた身であるからな」


「俺は余興ならぬ力比べにおいて、いつもアイ=ファに負けている。互角に近い力量などというのは、おこがましい話であろうよ」


 ライエルファム=スドラは澄みわたった面持ちで、ドムの男衆を見返しました。


「それにやっぱり、俺が誇るべきは身軽さや弓の腕であろう。邪神教団というものどもが、どのような手管をもちいてくるかはわからんが……俺たちはそれぞれの得手を活かして、連中の手管を打ち破るべきであろうな」


「うむ。またあやつらが野の獣を操るようであれば、兵士たちの手には余るやもしれん。森辺の狩人として、恥じるところのない働きを見せてくれよう」


 そのように、我々は絆を深めながら、邪神教団の討伐という使命に意欲を燃やすことがかないました。


 そんな日々が、3日続き――3度目の夜を迎えて、ついに明日は朝から辺境区域に踏み込もうという頃合いに、我々は得難い証人を得ることになりました。

 我々が目指す岩山の付近で暮らしていたという、自由開拓民の一団です。


「わ、わたしたちは、山麓の集落で平和に過ごしておりました。それがある日、母なる川の怒りに見舞われて……お、おぞましい化け物の群れと遭遇することになったのです」


 自由開拓民の代表として宿屋に招かれた壮年の人物は、そのように語らっていました。

 街道を3日下ったことにより、我々はジャガルの地に踏み込んでいます。その自由開拓民も、緑色の瞳と赤く焼けた肌を持つ南の民でした。


「民の多くは東に逃げて、岩山の南側に回り込んだようですが、わたしたちはそのまま東に進み、この宿場町に至りました。あの化け物どもが、あまりにおぞましかったため……再び山野に集落を開こうという気概を失ってしまったのです。今後はこちらで仕事を学び、王国の民として生きていこうという所存です」


「それは大変な目にあわれたな! ……それでその化け物というのは、ジャガルに生息するクアンという虫が巨大化したものであろうかな?」


「クアンという虫は存じませんが……このように大きくて、真っ黒で、鳥のように空を飛ぶ虫となります」


「うむ。どうやら飛蝗で、間違いはないようだ。しかし、川が氾濫したあげくに飛蝗に出くわすとは、気の毒の限りであるな」


 デヴィアスがそのような感慨をこぼすと、ジェムドが「よろしいでしょうか」と発言しました。


「飛蝗の大量発生にはさまざまな条件が必要となるようですが、そのひとつに川の氾濫というものも含まれていたように存じます」


「なに? どうして川が氾濫すると、飛蝗が大量発生するのだ?」


「そもそも飛蝗は、川辺や氾濫原が産卵場所であるそうです。川の養分が大地ににじむことで、より産卵に適した土壌ができあがるのではないかと、フェルメス様はそのように推察しておられました」


「つまり……意図的に川を氾濫させることで、より多くの飛蝗を生み出せるというわけか?」


 底ごもる声で、ディグド=ルウがそのように問いかけました。

 古傷の目立つその顔には、猛々しい笑みが浮かべられています。それは父の兄たるドンダ=ルウと、よく似た笑顔であったように思います。


「そうですね。ですが、氾濫の直後に飛蝗が出現したというのなら、もっと上流で氾濫を引き起こしていたのでしょう。その余波が下流に住まう人々の集落を脅かした頃、上流の氾濫原で産まれた飛蝗が飛び立ってきたと考えるのが妥当であるかと思われます」


「では……ではその邪神教団なるものたちが、母なる川を怒らせたということなのですね」


 自由開拓民の男衆は真っ青な顔になりながら、何かに祈るような仕草をしました。王国の民になると決断しても、やはり母なる存在への畏敬は残されているのでしょう。


「なんと恐ろしい真似を……そのような暴虐が、許されるはずもありません。邪神教団なる輩は、母なる川の怒りに滅ぼされることでしょう」


「ならば俺たちは、お前の母に招かれたようなものだな。それほどの罪を犯した無法者どもは、ひとり残らず滅ぼしてみせよう」


 ディグド=ルウの言葉を聞きながら、ドムの男衆も爛々と瞳を輝かせていました。さらには、デヴィアスやフォルタたちも、これまで以上の気迫を漂わせていたものです。


 そんな中、ジェムドはひとり平静な面持ちでありましたが――果たして私は、どのような顔をしていたのでしょうね。

 そのときの私の胸に満ちていたのは、怒りではなく悲しみでした。どうしてそれほどまでに、酷い真似ができるのか――ジェノスに復讐を果たすために、意図的に川の氾濫を引き起こして、罪もない自由開拓民の集落を滅ぼしてしまうなどという――人間にそのような真似ができるということが、私にはどうしても信じられなかったのです。


 だからこそ、私はこの出兵に同行したいと願ったのかもしれません。

 邪神教団とは、なんなのか?

 本当にそれは、我々と同じ心を持つ人間たちであるのか?

 そんな疑念が、私の内には嵐のように渦巻いてしまっていたのです。

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[一言] ガズラン=ルティムよく語りきの巻 始まり始まりw
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