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異世界料理道  作者: EDA
第五章 宿場町のギバ肉料理店
112/1675

④七日目~そしてまた商いの日々へ~

2014.10/22 更新分 1/1

2014.10/24 文章を一部修正。ストーリー上の変更はありません。

2015.1/3 1/17 10/5 誤字修正

 営業日7日目。

 宣告通りに昨日と同じ時間にやってきたヤミル=スンとテイ=スンに、俺はこちらからの条件を突きつけた。


「ふうん。ルウとルティムの女衆を手伝いに、ねえ。……もちろんスン家からも手伝いの女衆を出すつもりだったのに、それは無用の気遣いだったのかしら?」


「いえ。それでも80名以上の料理を作るのは困難ですから、スン家からも可能な限りの人手を貸していただきたいと思っておりますよ」


 ちょうど客足は少なくなっていたので、俺とアイ=ファは屋台を離れてスン家の使者たちと相対することにした。

『ミャームー焼き』の肉も焼いておいたので、5分や10分なら問題はないだろう。


「ただ、肝心のミダ=スンは家長会議に出席するわけではないのですよね? ということは、家長会議に出席する人間だけではなく、スンの集落に住まうすべての人たちのための分まで料理を作らなくてはならないのでしょうか?」


「そんなことは考えていなかったわ。家長会議に集まる民たちと、あとは本家の人間の分まで作ってもらえれば、それで十分よ」


「いえ。それなら分家の分まで承りましょう。角と牙40本分もの代価がいただけるなら、それぐらいが相応です」


 スンの本家と分家では、どのような関係性が構築されているか、今のところは判然としない。

 ならば、知識に偏りはもたらさないほうが賢明であろう、というのが今朝方の話し合いで出された結論であった。


「スンの分家まで合わせてしまったら、きっと120人ぐらいに膨れあがってしまうわよ? それでもかまわないのかしら?」


「ええ。その代わり、俺の料理には時間がかかります。中天から作業を開始させていただき、なおかつ10名ていどの女衆の同行を許していただければ、可能であると思われますが……いかがですか?」


 ヤミル=スンは、薄笑いを浮かべたまま、押し黙る。

 その頭の中では、いったいどのような計算が巡されているのか――可能なかぎり口だけで呼吸をしながら、俺はひたすらに待つ。


 これだけで、俺にとってはちょっとした拷問のようなものだった。

 こうして屋台から離れてしまうと、この女の異臭はいっそうはっきりと知覚できるようになってしまったのだ。


 むろんそれは、意識さえしなければ無視できるていどの、ひそやかな匂いでもあったのだが――いったん血の匂いと理解してしまっては、もはや無視できるものではない。はっきり言って、こうして向かい合っているだけで胸が悪くなりそうなぐらいである。


 自分の嗅覚の鋭さをここまで恨めしく思ったのは、たぶん生まれて初めてのことだと思う。


「……いいわ」と、やがてヤミル=スンは、冷たく両目を光らせながら、そう言った。


「スン家とはあまり折り合いのよくないルウの眷族たちだけれども、野蛮な男衆が押しかけるわけではないものね。家長ズーロにも、きっと不満はないでしょう。その条件で、お願いするわ」


「そうですか。それは幸いです」


 俺はほっと安堵の息をつく。


 その後は、必要な料理の正確な数や、スンの集落におけるかまどと鉄鍋の数、料理に必要な薪の量、などといったこまかい点を確認し、商談は、無事に締結された。


 特筆すべきことといったら、食材費の問題ぐらいであろうか。

 百数十名分にも及ぶ食材はどのような形で準備するのか、という俺の問いに、ヤミル=スンはしれっとした顔で、「それは代価の中から出してもらう他ないわね」と言い放ったのだ。


 それだけで、白銅貨15枚以上にも及ぶ額である。

 角と牙40頭分、などという景気のいい話であったが、これでもう代価は25頭分以下にまで引き下げだ。


 まあ、代価のために引き受ける仕事ではないので、しかたがない。


「何はともあれ、あなたたちが心を変えてくれて助かったわ、アスタにアイ=ファ。これでわたしも可愛いミダを失わずに済むということね。……あの子には、あと6日間だけ我慢しなさいと伝えておくわ」


「それは何よりでございますね」


 内心のむかつきを抑えこみながら、俺はすました顔でうなずき返してみせる。


「それでは、スンの家長にもよろしくお伝えください。……あ、あと、家長会議の日まで俺と家長はルウの集落に留まることになりましたから、何かあればそちらに連絡をよろしくお願いいたします」


「ルウの集落は遠いわね……用事があるときは、宿場町まで下りることにするわ」


 にたにたと満足そうに唇を吊り上げながら、ヤミル=スンはきびすを返した。


「それじゃあ、ディガとドッドにもしばらく宿場町には近づかないように伝えておくわね。あの子たちは、酒に酔うとすぐに羽目を外してしまうから。……それではごきげんよう、アスタにアイ=ファ」


 本日も石像のように無言かつ不動であったテイ=スンも、また目礼だけを残して去っていく。


 その姿が街道の果てへと消えてから、俺はあらためて息をついた。

 空気が、とても清涼に感じられる。


「とりあえず、新しい難癖はつけられずに済んだな。あとは当日に足もとをすくわれないよう、綿密に打ち合わせをしておくだけだ」


 アイ=ファは、無言である。

 ヤミル=スンへの激情と警戒が解けてしまうと、その顔は何だか打ち沈んでいるように見えてしまった。


「どうしたんだ? 何か心配事か?」


「いや。……余人の手を借りなければ家人を守ることもできぬ己の不甲斐なさが情けないだけだ」


「不甲斐ないって……それは、俺自身に身を守る力がないのが原因だろ? お前が気にするような話じゃないよ」


 それでもアイ=ファの表情は晴れない。

 有り体に言うと、すごくしょんぼりしているように見えてしまう。


「お前はファの家の家長だし、狩人だ。家長会議には家長として出席しなくちゃならないし、普段は森にも入らなくちゃならない。そんなお前が1日中べったり俺を護衛することなんて不可能だし、そもそも護衛なんかが必要な生活のほうが間違っているんだ。これを機会にスン家を少しでも大人しくさせることができれば、まずは十分なんじゃないか?」


「そのようなことは、わかっている。……ただ私は自分の身が不甲斐ないだけだ」


「不甲斐なくない。俺の大事な家長をそんな風に貶めないでくれ」


 真面目くさった顔つきをこしらえてそう言うと、アイ=ファは無言で俺の足を蹴ってきた。


「詮無きことを言った。……お前は自分の仕事に戻れ」


「了解であります、家長」


 少なくとも、これで家長会議の当日までは、憂いなく商売に励むことができる。まずは、満足な結果であろう。


 そうして屋台に戻ってみると、『ミャームー焼き』の肉もだいぶん減ってしまっていた。


「あれ? もう30食分が終了か。これは、一昨日ぐらいの売れ行きですかね」


「昨日よりは順調ねぇ……ぎばばーがーも、同じぐらい売れてるみたいよぉ……」


 現在の相方はヴィナ=ルウである。

 ララ=ルウとシーラ=ルウが参戦して、今日で3日目。『ミャームー焼き』の調理をこなさなくてはならない俺がこの位置に留まり、あとは3交代でポジションをローテーションしてもらうことにした。どちらかの料理が40食まで達したら、ララ=ルウがこちらの屋台に移る算段である。


「よし。厄介者も去ったんで、いよいよこいつの販売に取りかかりますか」


 言いながら、俺は袋から干し肉を取り出した。

 干し肉――より正確に言うならば、燻製肉である。

 森辺の民が日中に食する、携帯食だ。


 味よりも保存性を重視した食品であるため、嗜好性はきわめて低い。

 有り体に言うならば、塩とピコの葉の味がきつく、固さも尋常ではない。俺などは、口の中でふやかさなければ噛みちぎれないほどだ。


 しかし、この宿場町では旅人のためにそういった干し肉も販売されていたし、それらの品も嗜好性は皆無に等しかった。


 キミュスなどは少しやわらかい代わりに香辛料の風味しか感じられず、カロンのほうは上質のビーフジャーキーのような味わいであるとともに、ギバよりもガチガチに固かった。


 これならば、ギバのほうが好みである、という人々も存在しうるであろう。


 軽食の販売のみならず、この上まだ銅貨を稼ぐつもりか、と反感を抱く人々も出現してしまうかもしれないが――ちょっとした軋轢ぐらいは覚悟しなければ、そもそもこのような商売はやっていられない。むしろ、同業者の反感こそが、ギバ肉流通の交渉の第一歩目になるかもしれないのだ。


 宿場町に、ギバ肉の価値を認めさせるために、使える手はすべて使ってやろうと思う所存である。


 ちなみに干し肉の値段は、キミュスよりもカロンのほうが高額であったので、そちらに合わせることにした。


 およそ200グラムで、赤3枚。それを400から600グラムぐらいの塊で売るのが通例であるようだった。


(こう考えると、肉も野菜も安いよなあ。赤銅貨1枚を100円に換算したら、タマネギみたいなアリアが1個20円、キャベツみたいなティノが50円、カロンの干し肉が100グラムで150円――それに対して、調理刀は安くても4500円、鉄鍋は24000円、か)


 そこまで極端に安価なわけではないが、布製品や革製品と比較しても、食品のほうが安く感じられる。


 それに、干し肉はけっこう加工に手間がかかるのでそれぐらいの価格に設定されているが。生鮮の肉はもっともっと安いはずなのである。ドーラの親父さんに聞いてみたところ、家庭用で購入するにあたっても、100グラムほどで赤1枚もしないらしい。


「肉は野菜よりも高い」などと、かつてカミュアは語っていたが、少なくとも、俺のいた世界よりは、ずいぶん気軽に購入できる額であるようだ。


(だからこそ、ギバが食肉としては注目されなかったっていう側面もあるんだろうな。……だったらせめて、ギバ肉もカロンの肉と同じぐらいの値をつけたいところだ)


 そんなことを考えながら、試食用の干し肉を小刀で削っていると、皮のフードをかぶったシムの民がすうっと近づいてきた。


 その下から現れたのは、銀色の長い髪である。


「あれ? どうされたんですか?」


《銀の壺》の団長シュミラル――彼はもう朝一番で『ギバ・バーガー』を購入してくれていたはずだった。


「……干し肉、ギバですか?」


「はい。今日からこれも売りに出そうと思いまして。よかったら試食してみてください」


 木皿に乗せた削りたての干し肉を差し出すと、シュミラルはうなずき、それを口にした。


「……銅貨、何枚ですか?」


「カロンの干し肉と同じ値段にしようと思いまして。この大きさで、赤6枚です」


「……今、どれぐらいありますか?」


「え? えーと、今日はこの塊を10個ほど用意いたしました」


 400グラム×10個で、およそ4キロ分の肉塊である。

 携帯食としての干し肉は、ほとんど旅人だけが客層になるので、それほどの売れ行きは望めないのだ。


(いずれは保存性じゃなく味を重視したギバ肉のベーコンなんかにもチャレンジしたいところだよなあ)


 そんなことを考えていると、またシュミラルが無表情に問うてきた。


「干し肉、どれだけ保ちますか?」


「きちんと保管していただければ、半年は保つはずです」


「そうですか」と、シュミラルはマントの内側をまさぐり始める。


「すべて下さい」


「え?」


「白銅貨、6枚ですね?」


「ちょ、ちょっと待ってください! 《銀の壺》は今月いっぱい宿場町に留まるのですよね? そんなに大量の干し肉を購入して、いったいどうするのですか?」


「別の町、売ります」


 何を慌てているのだろう、という雰囲気でシュミラルは小首を傾げやる。


「ジェノス、食料、安いです。私たち、食料買って、別の町、売ります」


 転売か。

 なるほど。祖国から携えてきた商品ばかりでなく、そうして渡り歩いた町や都で特産物を購入し、ゆく先々で転売する。そういう形で、彼らは商売を続けているのだろう。


「ギバ肉、珍しいです。きっと、別の町、たくさん売れます。干し肉、もっと欲しいです」


「そうですか……具体的に、どれぐらいの量をご所望ですか?」


 シュミラルは、少し目を伏せて考えこむ。


「……あるなら、白銅貨60枚分、欲しいです」


 白銅貨60枚分――単純計算で、およそ40キロである。

 だが、ルウやルティムではいまだに肉が有り余っているのだから、どうということもない。


「それでしたら、《銀の壺》がジェノスを出立する直前にまとめてご用意いたしましょうか? お売りする直前に作成すれば、そこから丸々半年は保つことになりますし」


 シュミラルは、ちょっとだけ嬉しそうに目を細めた。


「その方法、とても助かります。ありがとうございます」


「いえいえ、お礼を言うのはこちらのほうです! 毎日軽食を買って下さっている上に、そんな素晴らしい話を持ちかけて下さったのですから」


「《銀の壺》、アスタ、とても良い縁です。東方神シム、感謝、捧げます」


 そうしてシュミラルは、俺のかたわらにふっと目を向けた。

 ヴィナ=ルウは、素知らぬ顔で通りのほうに目線を向けている。


「……アスタ、ヴィナ=ルウ、呼んでいました。あなた、ヴィナ=ルウですか?」


「……それがどうかしたかしらぁ……?」


 とても面倒くさそうに、ヴィナ=ルウがシュミラルをちらりと見る。

 シュミラルは、無表情なまま、首を横に振った。


「いえ。美しい名前、思っただけです。……それでは、失礼します」


 皮のフードをかぶりなおし、シュミラルは立ち去っていく。

 ヴィナ=ルウは傲然と腕を組み、俺は小さく息をついた。


「うーん……何だか切ないなあ。シュミラルというお人は、俺にとってけっこう大事な存在になりつつあるのですが」


「アスタにとってはそうでも、わたしにとってはそうじゃないもぉん……気持ちの読めない人間は好きになれないって言ったでしょぉ……?」


「そうですかねえ。あの方をカミュアみたいに得体の知れない御仁と並べてしまうのは、とても気の毒に思えてしまいますけれども」


「あの男とは全然違うけどぉ、やっぱりわたしはアスタみたいに感情を隠さない人間のほうが、魅力的に感じちゃうのよぉ……」


 などと言いながら、ヴィナ=ルウは少し心配そうに背後を盗み見る。

 アイ=ファは変わらず、5メートルほど後方の木陰で身体を休めていた。


「……だからわたしは、アイ=ファみたいに心を隠す人間も、ちょっと苦手なのよねぇ……」


「ふむ。だけど、そういう相手がたまーに素直な感情を見せてくれると、すっごく嬉しい気持ちになれると思いますよ?」


「……だからアスタは、アイ=ファみたいな女衆に魅力を感じるってことぉ……?」


「そ、そういうわけではありませんけどね」


 そんな平和な会話を楽しんでいる間に、だんだん通りも賑やかさを増してきた。


 そろそろ後半戦の開始である――と思ったところに、見覚えのある姿がふたつ同時に接近してくる。


「アスタおにいちゃん、ふたつください!」

「アスタ、ふたつお願いね?」


 注文の声までシンクロしてしまった。

 ターラと、ユーミである。

 黄褐色の肌をした少女と象牙色の肌をした少女が、頭ふたつ分ぐらいの高低差で、きょとんと顔を見合わせる。


「あ! あんたはあのときのあの子だね!」と、ユーミのほうはそう叫んだが、ターラはきょとんとしたままだった。


「……あのときって?」


「ああ、まあ、あんたは覚えてないか。……別にいいけど、あんた、ずいぶんアスタと親しそうだね」


「うん! アスタおにいちゃんはいのちのおんじんだから!」


 それは大仰な言い様だが、そういえばターラとはドッド=スンと、ユーミとはミダ=スンとセットで出会った俺である。

 なんだか奇妙な縁だなあと思いつつ、俺は火鉢をセットしてアリアを炒めることにした。


「ふーん。茶色い肌をした生粋のジェノスっ子まで客につけちゃうなんて、大したお手並みだよねえ。あんたなんて、この前は酔っ払いのおっさんたちにぎばばーがーを売りつけてたもんね?」


 あんたというのは、もちろんヴィナ=ルウのことである。

 ヴィナ=ルウは、優雅な仕草で肩をすくめる。


「いや、ほんとに大したもんだと思うよ。屋台の場所だってこんなに端っこなのに、どの店よりも稼いでるでしょ? けっこう西の民だって買いに来るようになったんじゃない?」


「ええ、おかげさまで。お客さんのお友達も、さきほどおふたりほど買いに来てくださいました」


「ふふーん。あちこちで宣伝しまくってるからねえ。若い連中の何人かは、たぶんその評判を聞いて買いに来てるんだと思うよ?」


 ユーミが誇らしそうに言い、それを受けて、「ターラも友達にいっぱい話してるよ!」とターラが大きな声をあげた。

 しかし、そう言い放った直後に、しょんぼりとしてしまう。


「……でもね、みんなギバは怖いって言って、食べてくれないの。あと、父さんとか母さんに叱られちゃうからって……」


「それはしかたないよ。古くからジェノスに住んでいる人ほど、なかなかギバを食べる気持ちにはなれないだろうから。そのへんは、時間をかけて解決していくしかないだろうね」


 ギバの肉を焼きあげつつ、俺はターラを慰めてやった。

 とたんに、ユーミが身を乗り出してくる。


「ちょっと! この子だってお客さんなんじゃないの? あたしにだけ丁寧な言葉づかいって、なんか不公平じゃない?」


「ええ? それは年齢差もありますし……そうそう、あとターラとは、店を開く前からのおつきあいなのですよ。ね、ターラ?」


「うん!」と、ターラが元気な表情を取り戻して、大きくうなずく。


「うわー、納得いかないなー」と、ユーミは不満そうにぼやいた。


「……ところでさ、アスタ。あんたって、この屋台を出して何日目になるの?」


「え? 隣の屋台は7日目で、こっちの屋台は3日目ですが」


「そっか。それじゃあ、その後は? まさか10日間で商売を切り上げるわけじゃないんでしょ?」


 ずいぶん露店区域の屋台事情に詳しいのだなと思いつつ、俺は「はい」と、うなずいてみせる。


「それはもう、可能であればいつまででも商売は続けていきたいところですが」


「それじゃあさ、次の契約は、うちの店と結ばない?」


「は?」


「《キミュスの尻尾亭》の親父さんって、なんか森辺の民に恨みがあるみたいだから、扱い悪いでしょ? うちもまあ父さんのほうは石頭だけど、、母さんなんかはもうギバ肉の美味しさも知ってるからさ。きちんと普通の商売相手として扱ってくれると思うよ?」


「ど、どうして俺が《キミュスの尻尾亭》と契約していることを知っているんですか?」


「そんなの、屋台の看板を見ればわかるじゃん」


 そうだった。そこには《キミュスの尻尾亭》の名が小さく刻みこまれているのである。


「うちの家もさ、《西風亭》っていう宿屋をやってて、露店区域の取り仕切りにも関わってるんだよ。屋台の貸し出しもやってるし、あんただって、どうせなら気持ちよく商売をしたいでしょ?」


「だ、だけど、それは何か宿場町の仁義に反したりはしないのですかね? 俺はできるだけ波風を立てたくはないのですけれども」


「んー? 別にそんなことで文句を言う人間はいないよ。《キミュスの尻尾亭》の親父さんにしてみれば、厄介払いができて清々する、ぐらいの感じなんじゃない?」


 それは、そうなのかもしれない。

 しかし――若干、聞き逃せない言葉もあった。


「……《キミュスの尻尾亭》の親父さんは、森辺の民に恨みがあるんですか?」


「うん。よく知らないけどさ。家族だか友達だかを森辺の民に殺されただとか何だとか――でも、けっきょく証拠も何もなかったから、全部うやむやで終わっちゃったみたいだけどね」


 と、ユーミの瞳が少しだけ好戦的な光を浮かべる。


「そういう騒ぎがちょいちょい起きるから、みんな森辺の民が信用しきれないんだよ。あたしだって、アスタとあの化け物みたいなやつとのやりとりを見てなかったら、こんな風に親しくする気持ちにはなれなかったと思う。……だけどそれは、アスタも言ってた通り、時間をかけてどうにかしていくしかないんだろうね」


「……そうですね。それは本当にそう思います」


 こぼれ落ちそうになる溜息を飲み下しつつ、俺は4つの『ミャームー焼き』をこしらえた。


「契約の件に関しては、それじゃあミラノ=マスに相談してみます。でも、俺としては積極的にミラノ=マスと距離を取りたいという気持ちではないので、まずはミラノ=マスのお気持ちを尊重する、という形でもいいですか?」


「うん、もちろん。アスタのやりたいようにやってくれればいいよ。あたしはアスタの美味しい料理が食べられれば、それで文句はないんだから」


 また無邪気な笑顔を取り戻しつつ、ユーミは『ミャームー焼き』を受け取った。


 ターラも、「わーい」と嬉しそうな声をあげてくれる。

 そうして今度は『ギバ・バーガー』の屋台に駆け寄るターラを見て、ユーミは目を丸くした。


「え? あんた、まだ買うつもりなの?」


「うん! ミャームーのほうは、布屋と鍋屋のおじさんの分だから! ターラと父さんはぎばばーがーなの!」


「ふーん。……ちっちゃいのによく働くね、あんた」


 と、なぜかユーミはターラが買い終わるのを一緒に待って、ともに南の通りへと帰っていった。

 肌の色は異なるが、何だか年齢の離れた姉妹のように見えてしまう。


 そんなふたりの姿を見送りながら、(……残り3日で、最初の10日間は終了か)と、俺はぼんやり思いを巡らせた。


 それぐらいの期間で20食から30食ぐらいをさばけるようになれれば、上等――とか考えていたのに、実際は150食近い売り上げを叩き出してしまっている我が店である。


 スン家の脅威も当面は回避できたし、まずは商売に集中しよう。

 家長会議までは、残り6日。

 それまでにこの店の実績を重ねていけば、家長会議においても森辺の民たちに明るい未来を示唆しやすくなるはずだ。


(絶対に、スン家なんかのいいようにはさせないからな)


 そうして本日の後半戦が、始まった。

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