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異世界料理道  作者: EDA
第六十五章 黒き竜の災厄
1114/1683

雌伏の日②~ガズラン=ルティム、かく語りき~

2021.10/30 更新分 1/1

 本日の会合も、城下町の会議堂で行われることになりました。

 こちらの参席者はいつもの6名で、あちらの参席者はジェノス侯マルスタイン、調停官メルフリード、その補佐役ポルアース――そして、外交官のフェルメスという顔ぶれでありました。


 重要な案件がからむ際は、こういった会合にマルスタインが加わることも珍しくはありません。

 それに最近では、フェルメスも毎回参席していました。彼の役割はジェノスの内情を王都に報告することであるため、これも職務の一環であるのでしょう。

 ただしその日は会合を始める前に、まずはフェルメスから挨拶がされることになりました。


「今日の僕は王都の外交官ではなく、王国の行く末を憂える人間のひとりに過ぎません。よって、会合の内容を報告書にしたためることはないと誓いますので、どうぞ忌憚なく言葉をお交わしください」


 そのように言ってから、フェルメスは優雅に微笑みました。


「なおかつ、僕がそのように振る舞うのは、王都に対する背任行為に他なりません。もしもこの行いが王陛下の耳に届いたならば、僕は大きな罪に問われることになるでしょう。決して今日の話を森辺の外に持ち出しはしないとお約束いただけますでしょうか?」


「ずいぶん大仰な物言いだな。それもこれも、すべては魔術嫌いの王の耳をはばかってのことか」


 ドンダ=ルウがそのように応じると、フェルメスは変わらぬ優雅さで「はい」と首肯しました。


「ジェノスが星読みに頼って国政を為すことなど、王陛下は決してお許しになりません。ですからそれは、なんとしてでも隠蔽しなければならないのです。……本当に、補佐官のオーグ殿が不在であることを西方神に感謝しなければならないでしょうね」


「了承した。ともあれ、俺たちは一刻も早く集落に戻って、飛蝗退治の仕事を果たしたく思う。早々に会合を始めてもらいたい」


「うむ。森辺の民には、また大きな苦労をかけてしまったな。その分の褒賞は十分に準備させてもらうので、どうかモルガの森を飛蝗の脅威から救ってもらいたい」


 マルスタインもまたいつも通りのゆったりとした微笑をたたえて、そう言いました。


「すでに察しはついているであろうが、我々は東の客分アリシュナのおかげで、災厄の到来を予見することがかなった。しかし、表立って行動することはかなわなかったし、また、災厄の内容までは詳らかにされていなかったため、衛兵の演習という名目で万事に備えていたのだ。それに関しては、もうフェルメス殿の従者から聞いているはずであるな?」


「うむ。それがジェノス侯やメルフリードの許しを得た上でのことであったのかは、あずかり知らなかったがな」


「むしろそれは、我々からフェルメス殿にお願いして、森辺の民に通達してもらったという面もあったのだ。我々の使者が秘密をもらすとまで考えていたわけではないが……秘密を知る人間は、少ないに越したことはないのでな」


「なるほど。いささかならず迂遠なやり口であるように思うが、朝方の使者に比べれば、まだしも率直なのであろうな」


「うむ。その朝方の使者に伝えさせた、屋台の商売を休まずにいてもらいたいという件に関してだが……災厄の内容はわからないながらも、直接人の身に危険が及ぶような類いのものではないと、アリシュナから言いわたされていたのだ。そうでなければ、いかにダカルマス殿下の不興を買おうとも、無理に屋台を出すべしなどと命ずるつもりはなかった。決して我々に森辺の民を軽んずる気持ちはないということを、どうか信じてもらいたい」


 そうしてマルスタインは居住まいを正しつつ、さらに言葉を重ねました。


「それでは、本題に入らせていただこう。まず、飛蝗に関してだが……それは昨日、使者から伝えさせた通りとなる。わたしは寡聞にしてそのような存在を見知ってはいなかったが、それについてもフェルメス殿から得難い知恵を授かることができたのだ」


「はい。飛蝗とは、ジャガルに生息するクアンという虫の亜種となります。このクアンはきわめて無害な虫なのですが……いくつかの条件がそろうと、大量発生したり巨大化したりして、畑に大きな害を為すのですね。ですが、大量発生と巨大化が同時に起きるなどという事例は、僕も耳にしたことがありません。それこそが、邪神教団の妖術であるという証であるのでしょう。彼らは人為的に複雑かつ大がかりな条件を整えて、クアンをあのような兵器に仕立てあげたということです」


「兵器か。まさしくあれは、刀を携えた兵士にも劣らない危険な存在であろうな」


 グラフ=ザザが重々しい声音で応じると、フェルメスは「はい」とそちらに向きなおりました。


「あれらの飛蝗は兵器であり、これはまぎれもなく戦であるのです。敵軍の兵糧を狙うというのは、戦の王道でありますしね。我々は、なんとしてでもこの戦に勝利しなければなりません」


「飛蝗なる虫どもの退治は、俺たちが受け持った。すべてを駆逐するには相応の時間がかかろうが、必ずや果たしてみせよう」


「ギバの生息するモルガの森でその仕事を果たせるのは、森辺の狩人を置いて他にないでしょうからね。ダレイムの南方においては、護民兵団がその役目を負っているわけですが……やはり、なかなかに苦戦を強いられているようです」


「ダレイム南方の村落は、どのような状況であるのだろうか?」


 ダリ=サウティがそのように尋ねると、メルフリードが厳しい面持ちで答えました。


「最南端の村落においては、特に厚く警護の兵を配備していたのだが……数千から数万に及ぶ飛蝗の襲撃にさらされては、なすすべもない。衛兵たちは手当たり次第に飛蝗を始末していったそうだが、すべてを倒しきる前に畑の作物を余すところなく喰い尽くされてしまったものと報告を受けている」


「すべての作物が……では、村落の者たちは? 彼らはその作物を売りさばくことで、糧を得ているのであろう?」


「うむ。そちらの畑では作物の葉も苗も喰い荒らされてしまったため、数ヶ月は収穫を得ることもかなわない。その間に村落の民が飢えてしまわないよう、支援の準備を進めている」


 ダリ=サウティは口もとを引き結び、懸命に激情をこらえている様子でした。

 メルフリードもまたすべての感情を押し隠しつつ、その姿を見返しています。


「そして彼らには、速やかに畑の復興を為してもらわなければならないが……それよりも前に、まずは家屋の修繕をどうにかしなければなるまい」


「家屋の修繕? 飛蝗なる虫めが家の壁を喰らうことはできまい?」


「ダレイムの村落において、おおよそ家屋の屋根は草葺とされている。屋根をも喰らわれてしまった民たちは、夜露をしのぐこともままならないような状態で一夜を明かすことになったのだ」


 ダリ=サウティは無言のまま、拳を握りしめていました。


「ダレイム南方の民たちは、さぞかし悲嘆に暮れていることであろう。そのようなさなかに新たな飛蝗やギバの襲撃を受ければ、心のほうが折れてしまいかねない。護民兵団によって十分な警護を固める算段は立てているものの、相手がギバでは心もとなかろう。飛蝗退治の目途がついた折には、森辺の狩人に罠の設置や対策案の捻出をお願いしたく思っている」


「承知した。まずはギバが人里に下りないように、俺たちが死力を尽くしてみせよう」


 そのように答えるダリ=サウティの声は、わずかながらに怒りで震えているようでした。

 次に口を開いたのは、いつになく引き締まった面持ちをしたポルアースです。


「ダレイムの被害が食糧難の影響を及ぼすにはまだいくぶんの猶予が残されておりますが、我々もうかうかとそれを待ち受けてはいられません。近在の領地から中距離の領地まで、これまで以上の食材を買いつけられるように手配を進めています。さすがにダレイムで自足するよりは値が張ってしまうため、ジェノスの民は誰もがこれまで以上の銅貨を失うことになってしまうでしょうが……それでも、飢えで苦しむよりは幸いなことでしょう。向こう3日間で飛蝗の騒ぎが収まれば、ジェノスの食糧が不足するような事態には陥らないかと思われます」


「逆に言うと、飛蝗を3日で退治しなければ、飢えで苦しむことになる、ということか?」


「いえ。あくまで畑の被害が3日で収束すれば問題はない、ということです。ただし、飛蝗ではなくギバによって畑が荒らされても、それは同じことですので……ますます森辺の方々の力に頼らざるを得ない、ということでありますね」


「飛蝗どもを1匹残らず退治しても、飢えたギバが人里に下りては意味がない、ということか。これはいよいよ、狩人の行き場を吟味せねばならんだろうな」


 グラフ=ザザがそのようにつぶやくと、マルスタインが「狩人の行き場とは?」と問いました。


「飛蝗どもは森辺の集落の中央あたりにまでしか姿を現していないため、北の集落の狩人は早々にサウティの狩り場に向かうことになろう。その場で飛蝗どもを退治し終えても、しばらくはギバを狩るために留まるべきではないかと考えていたのだ」


「ふむ。北の集落の狩り場を放置してでも、サウティの狩り場でギバを狩るべきということであろうか?」


「うむ。北の集落の狩り場から西に向かっても、そこに人里はないからな。こちらの狩り場の恵みを喰い尽くしたギバは、森の中で南に向かうはずだ。ファの家がある中央あたりからサウティの家がある南端までの狩り場を守り抜ければ、飢えたギバが人里に下りることはなかろう」


「なるほど」と声をあげたのは、フェルメスです。


「ですが、ご自分の狩り場をみすみすギバの餌場としてしまうのは、きっと忸怩たる思いなのでしょうね」


 グラフ=ザザは黒い火のような目で、フェルメスをにらみつけました。


「そのような話は、余所の人間に言われるまでもない。それとも、ザザの誇りを守るためにダレイムの畑を見捨てるべきか?」


「いえいえ、滅相もない。ジェノスを守ることこそが、森辺の民の本懐なのでしょうからね。家の誇りではなく一族の誇りを重んずるグラフ=ザザの姿に、感銘を受けた次第です」


 フェルメスの言葉に偽りはないのでしょうが、やはりグラフ=ザザは腹立たしげに鼻を鳴らしていました。

 そのとき――扉の外から、言い争いの声が聞こえてきたのです。


「会合の最中に、失礼いたします! ジェノス侯、どうかわたくしもこちらの会合に参席させていただきたく思いますぞ!」


 普段以上の蛮声を張り上げて、王子ダカルマスが部屋に踏み入ってきました。

 王子の周囲はジャガルの兵士たちに固められており、その周囲をジェノスの衛兵たちが取り囲んでいます。衛兵たちも、異国の王子に手をあげることはかなわなかったのでしょう。頭に房飾りをつけた衛兵の責任者は、困惑しきった面持ちで君主たるマルスタインを見やっていました。


「これはこれは、ダカルマス殿下……これはいったい、どういった騒ぎでありましょうかな?」


 表面上は悠揚せまらず、マルスタインがそのように応じました。

 いっぽう王子ダカルマスは、顔を真っ赤にしてこめかみに血管を浮き上がらせています。彼があのように憤激する姿を目にしたのは、私も初めてのことでした。


「ですから、わたくしも会合に出席させていただきたいのです! あれらの飛蝗はジャガルからやってきたのですから、王子の身たるわたくしにも責任の生じる話でありましょう!」


「いえ、決してダカルマス殿下に責任が生じたりは――」


「それに相手が邪神教団とあらば、王国の別を取り沙汰する意味はありますまい! 邪神教団とは、すべての王国の敵であるのです! ならばすべての王国が手を携えて、これを撲滅するべきでありましょう!」


 これにはさすがのマルスタインも、顔色を失っていました。

 この騒ぎが邪神教団の仕業であるという話は、森辺の民にも秘密裡に伝えられていましたので、まだ城下町においても公表されていなかったのです。


「ジェノス侯! わたくし相手に、腹芸は不要でありますぞ! ご存じの通り、我々は正直を美徳としておるのです! この際は、その美徳でもってジェノスを見舞った災厄を退けたく思いますぞ!」


「は……ダカルマス殿下は、いったい何を……?」


「このたびの災厄は、東の占星師アリシュナ殿の星読みによって、予見されていたのですな? そしてその裏に邪神教団の影が存在するという話も、わたくしはすでに聞き及んでおります! であれば、体面などにかかずらっている場合ではありませんでしょう!」


 王子ダカルマスは北の集落の太鼓じみた声音で言いたてながら、マルスタインたちの座する席のほうまでずかずかと進み出ていきました。その行き道で南の兵士たちは壁にそって立ち並び、2名の兵士だけが王子ダカルマスの左右に控えます。その片方は、戦士長のフォルタでありましたね。


「ジェノス侯! あなたが占星師アリシュナ殿の予見をひた隠しにしておられるのは、わたくしとフェルメス殿の耳をはばかってのことですな? であれば、そのような配慮も無用でありますぞ! フェルメス殿! どうぞ西の王都の外交官として、わたくしの発言を正しく報告していただきたく思いますぞ!」


「それは、どういった発言でありましょうか?」


 フェルメスだけは、その段に至っても優雅な微笑をたたえたままでした。

 そんなフェルメスをものすごい目つきで見据えながら、王子ダカルマスが言葉を重ねます。


「占星師アリシュナ殿が星読みの力でもって邪神教団に対抗し得るのであれば、それを最大限に活用して、この災厄を退けるべきであるのです! 王国の民として、何より重んずるべきは邪神教団の撲滅なのですからな!」


「なるほど。ですが南の方々は、我が王国の王陛下にも劣らないお気持ちで、星読みの術を忌避しておられるのではないでしょうか?」


「それを言うならば、わたくしはすべての武具を忌避しております! そもそもわたくしは、暴力をもって人を傷つけることを、何よりも忌み嫌っているのですからな! ですが、身を守り、悪漢を制圧するには、武具と剣士の力が必要でありましょう! それと同様に、星読みの術という忌まわしき存在も、悪をくじくには最大限に活用するべきであるのです!」


 王子ダカルマスは、とてつもない激情にとらわれているようでした。

 気迫だけの話であれば、森辺の狩人にも負けていないかと思われます。腕力をともなわない気迫という意味では――失礼ながら、アスタにも通ずる気迫であるかもしれませんね。


「セルヴァの王たるカイロス陛下が魔術の類いを忌避しておられることは、わたくしも聞き及んでおります! そのために、ジェノス侯は星読みの力を重んずることがかなわないのでしょう! ですがこの際は、そのように小さな懸念は打ち捨てるべきであるのです! ことは、邪神教団に関わる話なのですからな!」


「ですが、ジェノス侯が星読みの託宣に従って国政を動かせば、それはカイロス陛下の怒りを買うこととなりましょう」


「ですから、そのような懸念は不要であります! 星読みの結果を重んずるのは、ジェノス侯ではなくわたくしなのですからな!」


 そう言って、ダカルマス殿下はマルスタインをにらみ据えました。


「ジェノス侯! 我が息女たるデルシェアをジェノスに逗留させたいという申し出は、よもやお忘れではありませんでしょうな?」


「え、ええ。それはもちろん」


「であれば、ジェノスの方々は最大限に力を尽くして、邪神教団の撲滅に取り組んでいただきたく思います! でなければ、大事なデルシェアをお預けすることもままなりませんからな!」


 そう言って、王子ダカルマスは大きな手の平で卓を叩きました。


「なおかつわたくしは、占星師のアリシュナ殿が邪神教団の本拠を突き止めたという話もうかがっております! わたくしは、その言葉に従って出兵することを、ジャガルの第六王子ダカルマスの名において正式に懇請いたしますぞ!」


 今度はわたしたちも、そろって驚愕することになりました。

 そこで声をあげたのは、すっかり取り乱した様子のベイムの家長です。


「お、おい、ちょっと待ってもらいたい。邪神教団の本拠を、星読みの術で突き止めたというのか?」


「そうなのです! 邪神教団の妖術というものは、星図というものを大きくかき乱すそうですな! そしてこのたびはあまりに大がかりな妖術を発動させたため、その出どころさえもがアリシュナ殿には見えたという話であるのです! その言葉に従って兵を出せば、にっくき邪神教団を撲滅することがかなうのです!」


 王子ダカルマスは憤激の形相で、さらに卓を叩きました。


「そのように有益な情報を見逃すことなど、とうてい許されませんでしょう! ですからジェノス侯、出兵のご決断を! この懇請を退けるのであれば、西と南の国交にも大きな亀裂が生じるものとお考えいただきたい!」


「……そのお話を、カイロス陛下にお伝えせよ、ということですね?」


 フェルメスが静かな声音で問いかけると、王子ダカルマスは「その通りです!」と応じました。


「ジェノス侯はご自分の判断ではなく、わたくしからの脅迫まがいの懇請によって兵を動かすのです! よもやこれで、ジェノス侯がカイロス陛下に叱責されることはありませんでしょうな?」


「もちろんです。ジェノス侯がダカルマス殿下の懇請を無下にして、南と西の国交に亀裂を入れることこそが、もっとも大きな罪となりましょう」


「よろしい! ジェノス侯も、ご異存はありませんでしょうな?」


 マルスタインはごくわずかな時間だけ思案してから、「はい」と首肯しました。


「ジャガルの王子たるダカルマス殿下の懇請を無下にすることなど、わたしに許されるはずもありません。……ダカルマス殿下の温情に、心よりの感謝を申し上げます」


「うわははは! 脅迫まがいの懇請をされた身で感謝の言葉を申し述べるというのも、いささか珍妙なものでありますな!」


 私の父ダンにも負けない勢いで笑い声をほとばしらせて、王子ダカルマスはそう言いました。

 つまり王子ダカルマスは、ジェノス侯の代わりに星読みの術を重んずるという責任を負ってくださったのです。

 ずっと激昂していたのは、邪神教団に対する怒りであったのでしょう。のちに聞いた話によると、王子ダカルマスは王国に牙を剥く邪神教団を何より忌まわしく思っていたそうであるのです。そこに、美食家である王子ダカルマスにとっては何より大切な食材を喰い荒らされたという怒りが重ねられて、これほど激昂していたわけですね。


「では、さっそく出兵の準備を整えていただきたい! その際には、こちらの戦士長フォルタ殿が100名の兵士とともに同行いたしますぞ! フォルタ殿にはわたくしからの命令書をお預けしますので、ジャガルの如何なる領地にも進軍してくださってかまいません! 邪神教団の本拠というのは、ジャガルの領土に存在するようですからな!」


「ダカルマス殿下は、星読みの結果をすべて把握されているのですね。失礼ながら、我々は堅く秘密を守っていたつもりでしたので……心より驚かされてしまいました」


「うわははは! わたくしは料理の評判を集めるために、目や鼻や耳のきく人間を取りそろえておりますからな! ……ですから、最後の予言につきましても、わたくしは把握しておりますぞ!」


 そう言って、王子ダカルマスは我々の姿を見回してきました。

 すでにすっかり笑顔ですが、それはやっぱり父ダンを思わせる勇猛な笑顔です。


「黒き竜を退治するには、36名の大獅子の狩人を同行させるべし……アリシュナ殿はその託宣を、森辺の狩人と解釈されたそうですな! まあ、獅子というのは西の王国を象徴する獣となりますが、ジェノスにおいて狩人といえば森辺の方々と解釈するのが当然なのでしょう! ダリ=サウティ殿、ドンダ=ルウ殿、それにそちらは……ゲオル=ザザ殿の父君たる三族長の最後のおひとりでありましょうかな? 森辺の方々にもジェノスの民として、尽力をお願いいたしますぞ!」


「それはつまり、邪神教団の討伐に我々も同行せよ、という意味であろうか?」


「その通りです! もちろん森辺の方々には、飛蝗の退治という大事なお役目もありましょうからな! アリシュナ殿の託宣に従って、36名の方々に同行をお願いしたく思いますぞ!」


                   ◇


「……その後は、出兵というものに関して話し合われることになりました」


 ルウ本家の晩餐の場において、ガズラン=ルティムが長きにわたる話を語り終えると、多くの人々が感嘆の息をつくことになった。


「星読みの話を隠さなくてよくなったのは何よりだけど、森辺の男衆も引っ張っていかれることになっちまったのかい。それは何とも……難儀な話だねえ」


 ミーア・レイ母さんがしみじみとした調子でそう言うと、ガズラン=ルティムはそれをなだめるように微笑んだ。


「もとよりジェノス侯も、星読みの件だけは秘したまま、出兵する心づもりであったのです。三族長を招集したのも、36名の狩人を兵力として借り受けたいと願うためであったようですね」


「ああ、そうだったのかい。だったら最初から、森辺の男衆の運命に変わりはなかったってことだねえ」


「ええ。ですが、王子ダカルマスの協力を得られたことで、討伐部隊はより迅速に任務を全うできることでしょう」


 ガズラン=ルティムはそのように言葉を重ねたが、ミーア・レイ母さんの表情はなかなか晴れなかった。

 すると、黙って話を聞いていたドンダ=ルウが、やおら「ふん」と鼻を鳴らす。


「母なる森を荒らされて、俺たちも腸が煮えくりかえっていたからな。邪神教団を叩き潰す役目を与えられた人間は、誰でも小躍りするだろうぜ」


「それで、各氏族から1名ずつの狩人を出すようにという触れが回されたわけか」


 アイ=ファがきゅっと引き締められた面持ちで、そう言った。ダイの狩り場で働いていたアイ=ファは、そちらの女衆から日中に回された連絡網の内容を聞くことになったのだ。


「その中で、ファの家だけ狩人を出せないことを、申し訳なく思う」


「ふん。貴様が余所の氏族の代わりとして名乗りをあげても、いっこうにかまわんがな」


「いや、それは……」と、アイ=ファは苦しげに眉を寄せる。

 するとガズラン=ルティムが、優しい微笑でアイ=ファをなだめた。


「我々は、36名の狩人を出すように言いつけられました。森辺には37の氏族があったため、狩人がひとりしかいないファの家を除けばちょうどその人数だという話になったのです。狩人を出せないファの家は、そのぶん飛蝗退治に力を尽くしていただきたく思います」


「うむ。もとより、そのつもりだ」


 アイ=ファは神妙な面持ちでうなずいてから、俺のほうをちらりと見てきた。

 俺は精一杯の思いを込めて、そちらに微笑みを返してみせる。

 邪神教団の本拠がジャガルに存在するというのなら、これは数日がかりの遠征となるのだ。本当に申し訳ない話だが、俺はアイ=ファがそのメンバーに選ばれなかったことを心からありがたく思っていたのだった。


(しかも、邪神教団っていう恐ろしい連中を相手取るんだもんな。家族を送り出すことになった人たちは、みんな気が気じゃないだろう)


 だからきっとドンダ=ルウたちは、その役割をすべての氏族で担うべきだと考えたのだろう。そこから除外されたアイ=ファが申し訳なく思うのも当然であった。


「で、ルウ家からはディグド=ルウを出すことになったってわけか」


 好物のチャッチサラダを頬張りながら、ルド=ルウがそのように言いたてた。


「森から戻った後、親父はシン=ルウとディグド=ルウを並べて話してたよなー。どうしてシン=ルウじゃなく、ディグド=ルウを選んだんだ?」


「ディグド=ルウが、自ら名乗り出たのだ。自分はすでに子を生しているし、正直に言えば町の人間にもさしたる興味を持てない、古い考えの人間だ。長く生きるのは、シン=ルウのほうが相応しかろうと言いたててな」


 それはつまり、ディグド=ルウが死の覚悟を固めているということに他ならなかった。

 ララ=ルウは、つらそうな表情で唇を噛んでいる。シン=ルウがその役に選ばれなかった喜びが、そのまま罪悪感に変じてしまうのだろう。それは俺も、まったく同じ気持ちであった。


「すべての氏族には、腕の立つ狩人を出せと告げておいた。まあ、このような話で見習い狩人や老いぼれを出す氏族はないだろう。むしろ、立場のある人間が血気にはやって名乗りをあげるほうを心配するべきだろうな」


 ドンダ=ルウがそのように言い放つと、クリームシチューをすすっていたガズラン=ルティムがふっと面を上げた。


「ドンダ=ルウ、その件についてご相談があるのですが――私がその一団に加わることを許していただけるでしょうか?」


 その言葉には、誰よりも俺が驚かされることになってしまった。


「ガ、ガズラン=ルティムが出兵するのですか? 本家の家長が森辺を離れるというのは、あまり考えられないように思うのですが……」


「ええ。ですが、ジェノスやジャガルの兵士たちと同行するならば、町の人間との交流に慣れた人間も加わるべきであるように思うのです。それに……私は邪神教団の存在をこの目で見届けたいという願いも携えています」


 とても穏やかな表情のまま、ガズラン=ルティムはとても力強い眼差しになっていた。

 その姿をじろりとにらみつけてから、ドンダ=ルウはまた「ふん」と鼻を鳴らす。


「貴様は本家の家長でありながら、まだひとりの子しか生していない。いつまでもぐずぐずと婚儀を渋っていたせいでな」


「ええ。決して婚儀を渋っていたわけではないのですが――」


「貴様は本家の家長として、誰よりも多くの子を生す責務がある。それを果たすために、決してそのような若年で魂を返すことは許されんぞ」


 ガズラン=ルティムは力強くも澄みわたった面持ちで、「はい」とうなずいた。


「必ず生きて戻ってこられるように、力を尽くしましょう。私もあのように幼いゼディアスや愛する伴侶を置いて、魂を返すつもりはありません」


 ガズラン=ルティムの決意は、固いようだった。

 であれば、俺に口出しできる話ではない。そのように考えながら、俺がついつい情けない顔をさらしてしまうと、ガズラン=ルティムは鷹のごとき眼差しを優しくやわらげてくれたのだった。


「アスタもどうか、心安らかにお過ごしください。必ずや邪神教団を討伐して、ジェノスに安息をもたらしてみせましょう。母なる森のそばを離れても、我々の魂は同胞とともにあります」

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[一言] 何故内政干渉に誰もツッコミを入れないのか?王族であるダカルマスが 「相手が邪神教団とあらば、王国の別を取り沙汰する意味はありますまい! 邪神教団とは、すべての王国の敵であるのです!」 と発言…
[一言] それだけダカルマス殿下が美食バカであり、傑物ってことだろう。 なんでもかんでもこういう時はこういった行動するのがルールでしょって考え凝り固めたら、物語なんて創られないよ? もちろんこの行動の…
[気になる点] 内政干渉に誰もツッコミを入れない件。 南の王族は会議室に入っちゃ駄目でしょうよ。どんな緊急事態だろうと、他国のまつりごとに口出しするのはあり得ない。 国の中枢に近い人もいるのに、その…
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