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異世界料理道  作者: EDA
第六十五章 黒き竜の災厄
1113/1683

雌伏の日①~惨状~

2021.10/29 更新分 1/1

 ジェノスが未曾有の災厄に見舞われた最初の日、俺とアイ=ファはけっきょくルウ家に逗留することになってしまった。

 ジェムドを通じてフェルメスから伝えられた「邪神教団」のひと言で、アイ=ファがすっかり警戒心をかきたてられてしまったためである。


「邪神教団にさしたる余力はなかろうと言われても、それだけで備えを怠ることはできん。あやつらがどれだけ暴虐な人間の集まりであるかは、我々も身をもって思い知らされているのだからな」


 アイ=ファは、そんな風に言っていた。

 不幸中の幸いは、ひさびさにリミ=ルウやジバ婆さんと寝所をともにすることができる、という一点であろう。俺も大いに胸を騒がせつつ、ルド=ルウと和やかに一夜を明かすことができた。


 そしてその前に、晩餐の場では他の氏族の様子についても耳にすることができた。

 衛兵の道案内をした分家の女衆たちからミーア・レイ母さんに報告が入り、それがドンダ=ルウへと伝えられることになったのだ。


 その報告によると、やはり集落の南側に向かうにつれて、被害が大きくなっているとのことであった。

 集落の南端に位置するサウティの血族は言うに及ばず、ダイやレェン、ムファやリリンやマァムなどでも、ルウの集落とは比較にならぬほどの飛蝗の群れを確認できたという話なのである。


 そのいっぽうで、集落の北側にはほとんど被害も及んでいなかった。

 実際に家のそばで飛蝗を目にしたのは、もっともファの家から近いフォウやランまでで、それより北側のスドラやディンやリッドなどでは、衛兵からの報告が入るまで異変が勃発したことすら認知していなかったというのだ。


 ただし、それらの氏族も狩り場においては、少なからぬ数の飛蝗が確認できたという。これはクルア=スンのもとまでトトスを走らせたリャダ=ルウが夕刻までそちらに留まり、スン家以南の狩り場の状況を聞いて回ってきた成果であった。


 その結果、飛蝗に狩り場を荒らされたのは、スドラやディンやリッドまでということが判明した。

 それより北方に位置するスン、ミーム、ラヴィッツの血族の狩り場では、1匹の飛蝗も姿を見せなかったそうであるのだ。ならば、さらに北方であるザザの血族も同様であろう。


 だがしかし、数百メートルや数キロの距離など、飛蝗にとっては無きに等しいのだ。南の側で討伐に手間取れば、森の恵みを喰らい尽くした飛蝗どもが北方にのぼっていくことは目に見えていた。


「私はファの狩り場において、100匹を下らぬ飛蝗なる虫を退治したように思う。しかし、それですべての飛蝗を退治できたかどうかは……明日の森の具合で確かめる他なかろうな」


 アイ=ファは、そのように報告していた。

 そしてもう一点、大きな問題が残されている。

 それは、森辺の民が森のすべてを狩り場にしているわけではない、ということであった。


 森辺の民が狩り場としているのは、中天から日没までの半日で行き来できる距離までだ。

 さらに、すべての狩り場同士が密接しているわけでもない。うっかり余所の狩り場に踏み込むと罠を荒らしてしまう恐れがあるため、狩り場と狩り場の間には多少の空間が空けられているという話であったのだ。


 また、狩り場というのはのきなみ森辺の道の東側に開かれている。森辺の集落とジェノスの町の間に広がる西側の森の端は、ギバの恵みとなる樹木だけが伐採され、薪拾いでしか踏み入ることもないのだ。今日は誰もが狩り場を見回る時間しか作れなかったため、そちらは半日放置されていたのだった。


「西側の森の端をどれだけ荒らされようとも、我々に実害はない。……しかし、あの害虫どもを放置しておけば、子を産んでうじゃうじゃと増える恐れがあろう。あのように忌まわしき害虫は、1匹残らず始末せねばならんということだ」


 ドンダ=ルウはひさびさに凶悪な笑顔を覗かせながら、そんな風に言いたてていた。それだけ飛蝗の存在を難敵と見なしているという証なのであろう。


「だから明日は、朝から森に入るつもりだったのだが……まさかこのような際に、城下町まで呼びつけられようとはな」


「その間は、俺たちがしっかり働いておくよ。どれだけ退治しても腹の足しにならねーってのが、つまんねーところだけどなー」


 屋台の残りで構成された晩餐をもりもり食しながら、ルド=ルウは元気いっぱいに答えていた。


「あいつら、殻の中身は水っ気ばっかりで、肉のひとつもついてねーんだもんよー。……アスタの故郷では、ばったっていう虫も食ってたのか?」


「うん。バッタに似たイナゴっていう虫は、食用にされてたみたいだね」


 俺がそのように答えると、本家の家人の半数ぐらいが信じ難いものでも見るような目で俺を見やってきた。おそらくは、それが実際に飛蝗を目にした人々なのであろう。


「あ、いや、俺の故郷にいたバッタやイナゴってのは、こんなに小さな虫でしたからね? 聖域では何かの幼虫も食べられていたんですから、何も不思議な話ではないでしょう?」


「ああ……あたしだって、黒き森では虫や蛇を食べていたからねぇ……」


 穏やかな顔をしたジバ婆さんが、そんな風に言ってくれた。


「ところで……あたしはその飛蝗ってやつを見ていないんだけど……細長い身体をしていて、高く跳ねることのできる虫なのかい……?」


「あー。もともとあいつらは羽があって鳥みてーに飛べるんだけど、普段もぴょんぴょん跳びはねて移動するんだよなー」


「ふぅん……だったら、あたしが黒き森で見知った虫と、似ているのかもしれないねぇ……その虫も、アスタの故郷の虫と同じていどの大きさだったけどさぁ……」


「ええ。ジェノスの誰かが飛蝗の存在を知っていたってことは、もともとこちらにも生息する虫だったんでしょうね。それに、あいつらは南の側からやってきましたから……本来は、ジャガルに生息する虫なんじゃないでしょうか?」


「それが邪神教団の妖術ってやつで、ジェノスにまでやってきたっていうことなのかねぇ……虫たちには、なんの罪もないだろうにさ……」


 と、ジバ婆さんは悲しげに息をついた。

 ドンダ=ルウは豪快に果実酒をあおってから、「ふん」と息をつく。


「しかしあやつらを放っておけば、モルガの恵みを喰らい尽くされて、ジェノスが滅ぶことになろう。虫どもを死に追いやった罪は、それをジェノスにけしかけた連中に払わせる他あるまい」


「うむ。ジェノスやジャガルの兵士たちは、なんとしてでも邪神教団の隠れ家を突き止めるべきであったのだろう」


 そんな風に応じたのは、ジザ=ルウであった。

 赤の月の災厄において、邪神教団の教徒たちを一掃した後、ジェノスはジャガルや近在の領地にも協力を仰いで、その本拠を突き止めようと試みたが、けっきょくは果たせずに終わってしまったのだ。それが3ヶ月ぶりに、このような災厄として返ってきたわけであった。


 ともあれ現在は、目の前の脅威を退けなければならない。

 晩餐の終わり際、俺とレイナ=ルウはドンダ=ルウにぎろりとにらみつけられることに相成った。


「俺は城下町に向かわなくてはならんが、他の狩人は朝から森に入ることになる。護衛の人間を出せん以上、屋台の商売を許すことはできんぞ」


「はい。さすがにそれは、覚悟していました。……ダレイムの畑も、どれだけの被害が出たのか不明ですしね」


「ああ。事と次第によっては、商売をするどころか俺たちの口にするものすら不足するやもしれん。……これはどうあっても、邪神教団なる存在を根絶やしにする他ないようだな」


 邪神教団がこの姿を見ていたら、ジェノスへの報復もあきらめて巣穴に戻るのではないだろうか。それぐらい、そのときのドンダ=ルウは物騒な目つきになっていた。


 そんな調子で、その日は終わり――翌朝のことである。

 飛蝗よけの雨具を纏った俺が洗い物のお手伝いをするべく外出の準備をしていると、ジバ婆さんの寝所から出てきたアイ=ファがこわいお顔で詰め寄ってきたのだった。


「アスタよ。私も今日は、朝から森に入ることになる。おそらく日没まで戻ることはできなかろうが……どのような際にもジルベとサチをそばにおいて、決して油断するのではないぞ?」


「うん、重々承知してるよ。アイ=ファこそ、飢えたギバに気をつけてな」


「私の側に、ぬかりはない」


 そんな風に答えてから、アイ=ファは鋭く視線を巡らせた。

 そうして、余人の目がないことを確認すると――目にもとまらぬ素早さで、俺の身をぎゅうっと抱きすくめてきたのだった。


「ど、どうしたんだ? 何か心配なことでもあったのかな?」


「……お前は一昨日の夜、悪夢を見たばかりであったのだぞ? そうであるにも拘わらず、昨晩は寝所をともにすることがかなわなかったのだ」


「ああ、そういえばそうだったなぁ。飛蝗の騒ぎで、そんなことはすっかり忘れてたよ。でもほら、俺がふた晩つづけて悪夢を見ることはないからさ」


「……そのような言葉ひとつで心を安らがせることはできないと、3ヶ月前にも言い置いたはずだな」


「あ、うん。ごめんなさい」


「そしてその際には、仕置きとしてお前の耳を噛むとも言い置いたはずだな」


「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」


 アイ=ファは俺の身を抱きすくめたままくすくすと笑い、俺の右耳に一瞬だけ唇を触れてから立ち上がった。


「このような言葉ひとつで慌てふためくお前は、とても可愛らしく思う。……では存分に、自分の仕事を果たすがいい」


「……はい。そうさせていただきます」


 斯様にして、俺たちは常と異なる朝を過ごすことになった。

 俺たちが水場から戻ってみると、すでにルウの狩人たちも出陣の準備を進めている。ギバは中天まで眠っているものであるので、むしろこの朝方こそが飛蝗退治にはうってつけであるのだろう。誰しもが、母なる森を荒らされた怒りを飛蝗退治の意欲に転化している様子であった。


 アイ=ファはブレイブとドゥルムアだけを荷台に乗せて、ファの家に戻っていく。もしも狩り場に飛蝗の痕跡が見られなかったら、その時点で南寄りの氏族と合流するのだそうだ。昨日の時点でまったく被害のなかった氏族などは、早々に合流を果たすかもしれないとのことであった。


「ただ、そう何日もギバをほったらかしにするってのも、危なっかしい話だからなー。それじゃあけっきょく、ギバに恵みを喰い尽くされちまうしよ」


 そんな言葉を残して、ルド=ルウは他の狩人たちとともに出立していった。

 俺がその言葉の重みを理解したのは、ルド=ルウたちの姿が森に消えてからのことである。


 昨日は丸一日、飛蝗退治に費やすことになった。まあきっと、飛蝗が出現しなかった狩り場においては、通常通りにギバ狩りの仕事が果たされたのであろうが――およそ半数ほどの氏族は、1頭たりともギバを狩っていない恐れがあるのだ。


 普段は1日にどれだけのギバが狩られているかなど、俺には知るすべもない。

 しかし俺は遠い昔に、ギバの最低狩猟数というものを算出したことがある。健康な生活に必要なアリアとポイタンを得るためには、どれだけのギバを狩る必要があるのか――という、ざっくりとした計算だ。


 そのときの結果は、「ひとりの人間につき、10日に1頭」というものであった。

 ただしあの頃はギバの毛皮を計算に入れていなかったため、それを含めると半分の「20日に1頭」ということになる。


 こう聞くと、意外に少ないように思えることだろう。生鮮肉は計算に入れず、牙と角と毛皮を売り物にするだけで、ギバ1頭からそれだけの富を得ることがかなうのだ。


 だがしかし、20人家族であるならば、1日に1頭のギバを狩る必要がある。

 そして、森辺の民が600名ばかりも存在するならば――1日に30頭のギバを狩る必要がある、ということであった。


 これは本当にアリアとポイタンの売り値から逆算しただけの、おおまかな計算に過ぎない。当時の俺は失念していたが、干し肉を作るには岩塩が必須であるのだから、それだけでももっと多くのギバを狩らなければならないのだ。


 よって実際には、それ以上のギバを狩る氏族もあれば、それ以下のギバを狩ることしかできない氏族もあっただろう。前者であればもっとさまざまな食材や果実酒や飾り物などを買いつけることができるし、後者であれば必要な食材も薬や衣類といったものも買いつけることができない――という貧富の差が、当時の森辺には歴然と存在したのである。


 なおかつ現在は、すべての氏族が力をつけて、最低狩猟数を上回るギバを狩ることができている。

 つまり昨今では、1日に30頭以上のギバが狩られているということであった。


(だから、半数の氏族がギバ狩りの仕事を休むと、1日で15頭以上のギバが生き永らえることになるんだ)


 それが2日続けば30頭以上で、3日続けば90頭以上である。

 これはなかなかに、恐ろしい数字なのではないだろうか。

 当時から、俺はギバの繁殖力の凄まじさに舌を巻いていたのだった。


(しかも今は同時進行で、飛蝗が森の恵みを荒らしてる。だったら普段以上に早く森の恵みが尽きて……畑を狙うギバが増えるってことだよな)


 アイ=ファたちに聞いたところによると、飛蝗はむしろ果実よりも樹木の葉や下生えの草などを好んで食しているようだという。

 だがそれは、余計に厄介な事態であろう。森の果実にせよ畑の作物にせよ、大事な葉っぱを食べられてしまったら、回復にはいっそうの時間がかかってしまうはずであるのだ。


 かえすがえすも、飛蝗とは恐ろしい災厄なのである。

 そして――それが妖術による人災であるというのが、何より恐ろしい話であった。


(邪神教団ってのは、そんな恐ろしい連中だったんだ。魔術文明の復興のために四大王国を滅ぼすなんて、狂信者のたわごとだと思ってたけど……まさか、そこまでの力を持っていたなんて……)


 そんな苦悩を抱え込みつつ、俺はルウ本家のかまど小屋で朝を過ごすことになった。

 ただし、勉強会の再開は許されていないので、薪も食材も使わないまま、調理に関するディスカッションに励むばかりである。本来は女衆の仕事である薪とピコの葉の採取に関しても、狩人たちが森からの帰り道で果たすという話であったので、家に残される女衆にはほとんど仕事も残されていなかったのだ。


 しかしレイナ=ルウなどは、とても熱心な様子でディスカッションに励んでいた。

 実際に料理を手掛けることがかなわないのなら、せめて知識をたくわえたいという、貪欲なまでの向上心が発露しているのである。屋台の商売も勉強会も禁じられてしまった怒りと悲しみを原動力にして、レイナ=ルウは意欲を燃えさからせている様子であった。


 だけどそれは、正しい行いであったことだろう。家に引きこもって男衆の心配をしているだけでは、気持ちが鬱屈するに決まっているのだ。

 このような災厄はいつか必ず終わりを迎えるのだから、その日に備えて力を尽くしたい――レイナ=ルウのそんな姿は、妹や血族たちに勇気と活力を与えてくれているはずであった。


 そうして、上りの二の刻を少しばかり過ぎた頃――城下町の会合に参席する面々が、ルウ家にやってきた。ダリ=サウティとグラフ=ザザ、バードゥ=フォウとベイムの家長、そしてガズラン=ルティムである。普段であればグラフ=ザザはスン家の近くにある北方の道から城下町を目指すところであったが、今日は事前の打ち合わせのためにルウ家までやってきたのだという話であった。


 なおかつ本日は、誰もお供を連れていない。ひとりでも多くの狩人を飛蝗退治にあてがうべきという判断であろう。本心を言えば、ドンダ=ルウを含むこの6名が仕事から外れることさえ不本意なのであろうと思われた。


「今日ばかりは、俺だけでも会合を免除させてもらおうかと思ったのだがな。ダレイムの様子も気がかりであったので、けっきょく参ずることにした」


 ダリ=サウティは、そんな風に言っていた。

 きっと、ダレイム領の南端に住まう人々を案じているのだろう。礼賛の祝宴において、ダリ=サウティは数年ぶりにその地域の取り仕切り役の老人と再会することになったのだ。


 事前の打ち合わせというやつが気になったので、俺もその時間はディスカッションを抜けて同席させてもらうことにした。

 それで知ったのは、サウティ家付近の惨状であった。


「あの飛蝗という虫どもは、ギーズよりも容易く退治できる存在であろう。しかし、あの数だけは厄介に過ぎる。昨日の半日だけで、サウティの血族は数千の――下手をしたら、万に届こうかという飛蝗を退治することになった」


「ダリ=サウティであれば、決して言葉を飾ることはあるまいと思うが……あのように巨大な虫を万も退治したならば、狩り場が屍骸で埋め尽くされてしまうのではないだろうか?」


「うむ。正直に言って、屍骸を崖下に運ぶだけで相当な労力となる。唯一の幸いは、あやつらが普通の獣の屍骸のようにひどい腐臭を放つことがない、ということであろうな。……ただし、森の被害は甚大だ。ひどいところなどは一面の樹木が葉を喰い尽くされて、剥き出しの枝をさらしてしまっている。悪くすれば、あの場所の樹木はのきなみ立ち枯れてしまおうな」


 当のダリ=サウティはその惨状を目の当たりにしてから時間が経っているため、まだしも冷静であるのだろう。むしろこの場で話を聞かされた他の狩人たちこそが、激甚なる怒りをあらわにしていた。


「これはもう、セルヴァの王の耳などをはばかっているような段ではあるまい。とっとと邪神教団なるもののねぐらを突き止めて討伐せねば、森辺もジェノスも滅びかねんぞ」


「しかし赤の月にも、そやつらのねぐらを突き止めることはかなわなかった。これではジェノス侯も、打つ手がなかろうよ」


「とにかくまずは、虫どもを始末することだ。北の集落では狩り場に異常がなければ、すぐさまサウティに助力するように命じてきた。……しかし、北の集落からサウティまでは、荷車を使わんと半日がかりであるからな。事と次第によれば、新たなトトスと荷車を買いつけることも考えなければなるまい」


「俺はさきほどベイムの狩り場を確認してきたが、ざっと見た感じでは被害も広がっていなかった。あの付近の虫どもも一掃できたのなら、こちらからも南寄りの氏族に狩人を送り出すべきだと考えている」


 普段は見届け役に徹しているバードゥ=フォウやベイムの家長も、熱のこもった口調で大いに発言していた。

 そしてガズラン=ルティムも穏やかながら、鷹のごとき眼光を浮かべている。


「今後はいっそう連絡を密にして、手薄な狩り場に狩人を配置するべきでしょう。氏族の別にとらわれず、すべての狩人ですべての森を守るという志が必要なのであろうと思われます」


「本当に……かなうことならば、この手で邪神教団というものを叩き潰してやりたいほどだ」


 グラフ=ザザは憤激の煮えたった声音で、そのように言い捨てた。

 そうして表から、二の刻の半になったという言葉が伝えられてくる。いざ城下町に向かうために、6名の狩人たちは腰を上げることになった。


 彼らが出立する姿を見届けて、俺はかまど小屋に逆戻りだ。

 そちらでは、レイナ=ルウたちが変わらぬ熱意でディスカッションに励んでいた。


「あ、お疲れ様でした、アスタ。話し合いのほうは、いかがでしたか?」


「うん。やっぱりサウティのほうは、ひどい状況みたいだね。話を聞いているだけで、胸が重くなっちゃったよ」


「そうですか……一刻も早く、この災厄が退けられるといいのですけれど……」


 気丈に振る舞っているレイナ=ルウも、このときばかりは不安げな表情をこぼしていた。

 母なる森が害虫に荒らされているというだけで、心が痛くなってしまうのだろう。森辺の家人となって2年ちょっとの俺でさえそれは同様であるのだから、他の人々の心情は察して余りあった。


 それからも、刻々と時間は過ぎ去って――上りの四の刻になった頃、アイ=ファとスドラ家の狩人らがルウの集落にやってきた。


「ファとスドラの狩り場は昨晩から被害が増えた様子も見られなかったため、ダイやレェンの集落に向かうことになった。そちらも、異常はなかろうな?」


「うん、大丈夫。フォウやランの人たちは一緒じゃないのか?」


「フォウとランはベイムやディンなどとともに、狩り場と狩り場の間および西の側の森の端を見回ることになった。そちらの飛蝗を野放しにしておいては、またこちらの狩り場が荒らされてしまおうからな」


 そのように語るアイ=ファの目にも、狩人の眼光が宿されたままである。

 ダリ=サウティから聞いた言葉をざっくり伝えると、その眼光がいっそうの激しさを帯びた。


「邪神教団は王国の文明を忌避しているという話であるのだから、本来であれば聖域の民のように自然の存在を敬うべき立場であろう。そうであるにも拘わらず、あやつらは森を穢すことに躊躇いがない、ということだな」


「うん。王国を滅ぼしたいっていう信念がまさってるってことなのかな」


「そのようなものは信念ではなく、妄念と呼ぶべきであるのだ」


 そんな言葉を残して、アイ=ファは荷車に戻っていった。


 そうして俺たちは、粛然とディスカッションを再開し――さらに一刻ていどが過ぎたところで、族長たちの帰りを迎えることに相成ったのだった。


「ただいま戻りました。集落にも異変は生じていない様子で、何よりです」


 わざわざかまど小屋にまで来てそのような言葉をかけてくれたのは、ガズラン=ルティムであった。ドンダ=ルウは母屋で森に入る準備を始めており、他の人々は早急に自分の家に戻っていったという。なおかつ、バードゥ=フォウとベイムの家長には、会合の内容をすべての氏族に伝えるという役割も残されているのだった。


「私もこれから、ルウの眷族に話を伝えに行かねばなりません。アスタには、晩餐の折に話を聞いていただきたく思います」


「晩餐の折に? ガズラン=ルティムがこちらに来てくださるということでしょうか?」


「ええ。城下町から戻る道中で、ドンダ=ルウに許しをいただきました。アスタには、なるべく会合の詳細を知っておいていただきたく思うのです」


 そう言って、ガズラン=ルティムはなんとも複雑そうな面持ちで微笑んだのだった。


「それは何故かと申しますと……会合のさなかに、王子ダカルマスが怒鳴り込んできてしまったのです」


「ええ? どうして、ダカルマス殿下が?」


「どうやらあの御方は、侍女や兵士たちを使って、ジェノスの内情を探り当ててしまったようなのです。アスタはかなう限り、南の王家の人々とも正しく絆を深めるべきであるように思いますので……王子ダカルマスがどのような心情を抱き、どのような言葉を口にしていたか、なるべく正確に知っておいていただきたく思うのです」


 俺が呆然としていると、ガズラン=ルティムはそれをなだめるように微笑んだ。


「おそらくそれを耳にしても、アスタと王子ダカルマスの絆が揺らぐことはないでしょう。ですからどうぞ心配はせずに、晩餐の刻限をお待ちいただきたく思います」

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