マドゥアルの祝福(中)
2021.10/13 更新分 1/1
夜である。
リコとベルトンが『森辺のかまど番アスタ』を披露し終えると、広場に集まっていた集落の人々は盛大な拍手と歓声をあげてくれた。
ここは自由開拓地としても小さな集落だが、それでも100人ぐらいの人間が集まっていることだろう。それらの拍手と歓声に包まれたリコは、頬を赤く火照らせながら深々とお辞儀をした。
「いやあ、素晴らしい劇だったねぇ。あんたがたの劇はどれも立派だけど、こいつはその中でもとびっきりだと思うよ」
のそのそと進み出てきた壮年の男が、にこやかに笑いながらそのように言いたてた。この集落の、村長である。リコたちは以前からこの近辺を巡っていたので、この村長ともすっかり顔馴染みであった。
「それで、見物料についてだけど……最近ちょっと新参の人間を迎えたもんで、畑の収穫には余分がないんだ。申し訳ないけれど、見物料は今日の晩餐とゼボラの干し肉で勘弁してもらえるかい?」
貧しい自由開拓地ではほとんど銅貨も流通していないため、見物料は食料でまかなわれるのが常であるのだ。リコは朗らかに笑いながら「もちろんです」とうなずいた。
「その新参のお人らというのは、集落の端に住まわれている南の方々のことですよね? 実は夕刻になる前に、そのうちの何人かとお話をさせてもらったのですが……よろしければ、他のご家族もご紹介していただけませんか?」
「うん? あの連中に、なんの用事だね?」
「実はそちらのご老人がたが、物珍しい南のおとぎ話をご存じであられるようなのです。さきほどもお話をうかがいに出向いたのですが、家の人間がいないときに勝手な真似はできないと断られてしまったもので……」
「ああ、なるほどね。あの連中も、こっちに出てきていたはずだけど……」
と、村長が広場に視線を巡らせようとすると、その息子である若者が進み出てきた。
「あいつらなら、とっとと自分の家にひっこんじまったよ。まだまだ俺たちの世話になってる身分だから、肩身がせまいんじゃないのかな」
「ああ、そうか。そんな一朝一夕に狩りの仕事なんて務まるはずがないんだから、もっと気長にかまえてりゃいいのにな」
この集落の者たちは森を母としており、そちらの恵みで飢えをしのいでいる。それで足りない分を、畑の収穫で補っているということなのだろう。
しかしこの森に生息するのはゼボラの鹿や野鳥などであるため、森辺の狩人のように生命を削って狩りの仕事に励んでいるわけではない。村長を始めとする男衆らは、みんな温和そうな容姿と気性をしていた。
(でも、川を母としていたなら、きっと魚とかで飢えをしのいでいたはずだから……それでいきなり狩りの仕事を満足に果たせるはずがないよね)
そうしていきなり故郷を失い、新しい仕事を覚えなければならないというのは、大変な苦難であることだろう。リコなどは、傀儡使いでない自分の姿などもはや想像することも難しかった。
「それじゃあ、晩餐もそちらの家に運ばせようか。おい、お前が家まで案内してやりな」
「了解したよ。ついてきな」
広場に集まっていた人々も、すでにそれぞれの家に戻り始めている。そんな中、リコたちは劇の道具を荷車に仕舞い込み、村長の息子の案内で再び南の民たちを訪れることになった。
「それにしても、さっきの劇は見事だったよなあ。あれは全部、本当の話なのかい?」
「はい。劇として面白くするために、あちこち脚色はしていますけれど……基本的には、すべて本当にあった出来事です」
「ふうん。ジェノスなんて領地は名前ぐらいしか聞いたこともないけど、ここから遠いのかい?」
「そうですね……北にのぼって主街道に出れば、5日はかからないかと思いますが」
「5日か! それじゃあやっぱり、俺たちが出向くことは一生ないな。いっぺんでいいから、そのギバ料理ってやつを口にしてみたかったよ」
旅芸人や行商人でもない限り、そうまで故郷を離れようとする人間はなかなか存在しないのだ。しかしリコにしてみれば、たった5日ていどでジェノスに戻れるのかと思うと、胸が弾むぐらいであった。
(わたしたちがジェノスを離れたのは、銀の月の半ばだったから……もう半年近くも経ってるのか。この集落を出たら、またジェノスに向かってみようかな)
リコがそんな風に考えている間に、南の民たちの住まいに到着した。
すると、昼間に訪れた家の中から、あの幼子が飛び出してくる。
「おねえちゃん! さっきの劇、すごかった! まるで人形が生きてるみたいで――」
と、そこで幼子は若者の姿に気づき、はっとした様子で口をつぐんだ。
若者は苦笑しながら、ぼさぼさにのびた髪をかき回す。
「そんな警戒すんなよ。旅芸人のお人らに誤解されちまうだろ。……南の民は豪胆だって聞いてたのに、ここの連中はみんなこんな感じなんだよな」
「それは……やっぱり故郷を失った悲しみが癒えていないためなのではないでしょうか?」
そんな風に応じてから、リコは幼子に向きなおった。
「あなたもわたしたちの劇を観てくれたんだね。楽しんでもらえた?」
「うん、すごく」とはにかむように笑ってから、幼子は真剣な面持ちになってリコの身に取りすがった。
「あんなにすごい劇だったら、おばあちゃんも元気になると思う。……『マドゥアルの祝福』、劇にしてくれるの?」
「うん。その内容をきちんと教えてもらえればね。どの家にお邪魔したら、『マドゥアルの祝福』のことを聞けるかなあ?」
「えっとね、こっちのおばあちゃんがうちのおばあちゃんぐらい、『マドゥアルの祝福』のことを知ってるみたい」
幼子のちんまりとした指が、闇の中にたたずむ家の一軒を指し示す。
「では、こちらの家でお願いしてもよろしいでしょうか?」
「了解したよ。……おおい、ちょっと出てきてもらえるか?」
若者が玄関の戸板に向かって呼びかけると、いかにも南の民らしい風貌をした男衆が眉を下げながら顔を出した。
「村長の息子さん……うちの家に、何か?」
「うん。悪いけどさ、旅芸人のお人らに話を聞かせてやってほしいんだ。ついでに、晩餐もこの家で食わせてやってもらえねえかな?」
「え……だけどうちには、余分な食い物なんて……」
「そいつは後から、うちのもんが運んでくるよ。あんたらは、ただ場所を貸してくれりゃあいいのさ」
南の男衆はひどく気が進まない様子で、リコたちの姿を見回してきた。元来、旅芸人などは家にあげるような存在ではないのだ。これがもっと立派な王国の領土であったなら、嫌な顔をされるていどでは済まないはずであった。
「なんだよ、あんたらだって傀儡の劇を楽しんだんだろ? 見物料を出せねえなら、場所を貸すぐらい安いもんじゃねえか」
若者がそのように言いたてると、南の男衆はたちまち肩を落としてしまった。
「……承知しました。あなたのお言葉に従います」
「いや、そんなしょげかえったら、俺が悪もんみたいじゃねえか」
若者のほうは困惑顔で、また頭をかき回していた。
リコたちはこの若者とも、これまでに何度か言葉を交わしている。自由開拓民らしく粗野な一面はあるものの、決して横暴な人間ではないのだ。だからこれは、いきなり異国の民を同胞に迎えることになった戸惑いがぬぐいきれていないのだろうと思われた。
「申し訳ありません。わたしたちは、『マドゥアルの祝福』についておうかがいしたいだけなのです。晩餐をいただいた後はきちんと自分たちの荷車で休みますので、どうかよろしくお願いいたします」
「ああ、うん、わかったよ。今、家の者たちにも説明をしてくるから……」
と、南の男衆はしょげた顔のまま家の中に引っ込んでしまった。
その間にトトスたちを荷台の中で休ませていると、大きな壺や木皿などを掲げた女衆らがやってくる。こちらはいずれも、満面の笑みであった。
「お待ちどうさん! あんな立派な劇の見物料にしちゃあ粗末なもんばっかりで悪いけど、量だけはたっぷり準備したからね!」
「ほら、こっちはゼボラの干し肉だよ。ギーズなんかにかじられないようにね」
おおよその人間は、リコたちの劇で楽しい気分を授かることができたのだ。それを誇らしく思いながら、リコがもらった干し肉の包みを荷台に片付けていると、ベルトンが小声で文句をつけてきた。
「おい。また偏屈なばあさんに怒鳴り散らされたって、俺は面倒見ないからな。自分の尻は自分でふけよ」
「もう! 汚い言葉を使わないの! ……自分たちの知らないおとぎ話を聞くことができるのに、ベルトンは胸が弾んだりしないの?」
「へん。俺の本職は、刀子投げだからな」
ベルトンは、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
その姿を見て、リコはふっと微笑んだ。
「それなのに、ベルトンは頑張って傀儡使いの技を磨いてくれたんだもんね。わたしは本当に、心から感謝してるよ」
「な、なんだよ? 今日のお前は、ころころ気分が変わりすぎじゃねーか?」
「うん。ベルトンがどんなに大事な存在かって思い知らされたんだもん」
リコとベルトンは盗賊に襲われて、すべての家族と同胞を失ってしまった。しかしヴァン=デイロのおかげでふたりだけは生き永らえることがかない――そうして旅芸人として生きる道を守ることができたのである。故郷を失って悲嘆に暮れている南の人々を見ていると、それがどれだけ得難いことであるかと、リコの胸を揺さぶってやまなかったのだった。
「大丈夫。話を聞く役は、わたしが受け持つからさ。でも新しい傀儡衣装が必要になったときは、またベルトンも協力をお願いね」
「なんだよ、けっきょく人をこき使う気なんじゃねーか」
帽子のつばを深くおろしながら、ベルトンはそのように言い捨てた。
そうしてふたりで外に戻ってみると、若者が笑顔で待ち受けている。
「晩餐は中に運び込んでおいたよ。大丈夫だとは思うけど、揉め事なんかは起こさないようにな」
「はい。ご親切に、ありがとうございます。村長にもよろしくお伝えください」
「いいってことよ。それじゃあな」
若者が暗い道を戻っていくのを見送りつつ、リコたちはその家にお邪魔することにした。
戸板の向こうは、昼間に見た家と同じような様相である。家族は、6人――さきほどの男衆に、その伴侶と思しき年配の女衆、まだ若そうな男女と、5歳ぐらいの幼子、そしてしなびた老婆であった。
「どうも無理なお願いをしてしまって、申し訳ありません。お話をうかがったら、すぐ外に戻りますので」
「ああ、いや……ただ、余分に椅子がないんだが……」
「あ、そうですよね! 荷台に木箱があるんで、持ってきます!」
ということで、また慌ただしく荷車に戻って、椅子代わりの木箱を準備する。
リコとベルトンとヴァン=デイロがそこに並んで腰を下ろすと、家の主人と思しき南の男衆が力のない視線を向けてきた。
「あんたがたは、昼にもうちを訪れたそうだね。そのときはばあさんしかいなかったんで、追い返すことになっちまったらしいが……」
「はい。ご主人の留守に押しかけてしまって、申し訳ありませんでした。そんなうかうかと旅芸人などを家にあげられるはずがないのに、ついつい気がはやってしまったんです」
「で……ばあさんに話っていうのは……?」
「それよりも、まず晩餐をお召し上がりください。せっかくの料理が冷めてしまったら申し訳ありませんので」
ご家族の心を解きほぐすべく、リコはしきりに笑みを振りまいた。
しかし、主人もその伴侶も息子夫婦と思しき両名も、暗い面持ちのままである。そんな中、まだあどけない顔をした幼子が大きな壺に注がれた汁物料理を覗き込んだ。
「これ、おいしそう。ぼく、こっちがたべたい」
「こ、こら。おかしなことを言うんじゃない。これは旅芸人のお人らの晩餐だよ」
その幼子の父親であるらしい若い男衆が、慌ててたしなめる。それを見て、リコはいっそう朗らかに微笑んだ。
「よかったら、みなさんもお召し上がりください。余らせてしまったら申し訳ありませんので」
「いや、あんたがたの晩餐に手をつけたら、あとで村長に何を言われるか……」
「料理を食べきれなくて捨ててしまうほうが、よほど不義理だと思います。さあ、どうぞご遠慮なさらず」
もちろんこの家の者たちも自分たちの晩餐を準備していたが、そちらは如何にも粗末な出来栄えであったのだ。汁物料理には、何かの肉とネェノンの葉、それにギーゴぐらいしか入っていないように見受けられた。
いっぽうリコたちに準備された汁物料理には、アリアやマ・プラや茸なども投じられている。ゼボラの肉も大きく切り分けられており、いかにも食べごたえがありそうであった。
リコが取り分けてあげたその汁物料理を口にすると、幼子は「おいしい」と目を輝かせた。
同じものを口にしながら、リコも「美味しいね」と微笑みかけてみせる。味付けは塩と何かの香草のみであったが、肉と野菜から十分な出汁が取れていた。
「さっき、隣の家の子が話しにきたよ……あんたがたは、『マドゥアルの祝福』について知りたいんだってねえ……」
と、置物のように座り込んでいた老婆が、ふいに口を開いた。
齢のほどは隣の家の老婆と変わらないぐらいだが、あちらほど骨のつくりがしっかりしていないらしく、枯れ枝のように痩せた姿である。ただ、眠たげに細められたまぶたの間には南の民らしい緑色の光が瞬いていた。
「はい。できればそれを、傀儡の劇に仕立ててみたいのです。よろしければ、おとぎ話の内容を教えてくださいませんか?」
「うん……だけどあたしも、すっかり頭がぼけちまってねえ……きちんと思い出せるかどうか……」
そうして老婆は、訥々と語り始めた。
冒頭は、日照りで苦しむ農民の話である。雨が降らないために畑が干上がってしまい、集落の農民たちは飢えに苦しむ。それで豊穣の神たるマドゥアルに救いを求めることになるわけだが――そこまで語ったところで、老婆の言葉は途切れてしまった。
「それでたしか、豊穣神が村長に何か申しつけると思うんだけど……はて、何を申しつけるんだっけねえ……」
「おいおい、そんな肝心な部分を忘れないでくれよ!」
と、ずっと静かにしていたベルトンがやおら大きな声をあげた。
「こら、急に大きな声を出さないの。小さな子がびっくりするでしょ。……やっぱりベルトンも、話の続きが気になるんだね」
「そりゃあそんな冒頭だけ聞かされたら、嫌でも気になっちまうだろ」
ベルトンは口をとがらせて、リコはくすくすと忍び笑いをもらした。
「だけど、わたしも気になります。マドゥアルは農民たちに、いったい何を申しつけたんでしょう?」
「何だったろうねえ……何かとても大変な話だったように思うんだけど……」
老婆は食事の手を止めて、本物の置物のように動かなくなってしまう。
すると――沈んだ顔で汁物料理をすすっていた主人の男衆が、ふっと顔をあげた。
「……道だ」
「え、なんです?」
「神の力添えを望むならば、神の通る道を築くべし……マドゥアルは、そんな風に申しつけたんだろう?」
主人がそのように言葉を重ねると、老婆は「ああ……」と微笑んだ。
「そうだ……確かにそうだったねえ……でも、どうしてお前がそんなことを知ってるんだい……?」
「どうしてって、母さんが俺に聞かせてくれたんじゃないか。俺がこの坊主より小さな時分にさ」
と、弱々しい面持ちをした主人は、その頃を懐かしむように目を細めて微笑んだ。
「今の今まで、俺も忘れてたよ。俺を寝かしつけるとき、母さんはいつもそうやっておとぎ話を聞かせてくれたんだ。俺もその話は大好きだったはずなのに……すっかり忘れちまってたよ」
「おとぎ話というのは、そうやって親から子へと語り継がれていくものですからね。それをさらにたくさんの人たちに広めて楽しい心地になっていただくのが、傀儡使いの仕事なんです」
リコも笑顔で、そのように声をあげた。
「それで、マドゥアルのためにどのような道を築くのでしょう? 神が通るための道というのは、わたしもこれまでに聞いた覚えがないのですが」
「うん、そこのところは、俺もちっと記憶がぼんやりしちまってるんだけど……」
「地面を掘るんだよ……」と、今度は老婆が静かな声で言った。
「畑の横から南に向かって、地面を掘っていくのさ……人間の背よりも深くて、人間が手をのばしても届かないぐらいの幅で……まっすぐ南に地面を掘っていくんだよ……」
「ああ、そうだったそうだった。そこは畑にできないぐらいの荒れ地だったから、地面もすごく硬かったんだっけ?」
「うん、しかも途中で大岩に行き当たっちまって――」
「ああ、そこに奇妙な子供が現れて――いやいや、それはもっと後の話じゃなかったか? それよりも、ほら、奇妙な婆さんが黒い果実の食べ方を――」
「いや、違うね……それより先に、銀色の髪をした娘さんが――」
老婆とその息子である主人が、先を争うようにしておとぎ話の続きを語り始めた。
リコばかりでなく、幼子や若い夫婦たちも瞳を輝かせてその話に聞き入っている。そして、知らん顔で食事を進めているベルトンも、ひそかに耳をそばだてていた。
「……それで最後は、水神ナーダが畑に恵みをもたらしてくれるんだよ……」
老婆がそのように物語を締めくくると、リコは感銘しきった面持ちで「なるほど!」と大きな声をあげた。
「とても素敵な物語ですね! それにわたしは、これに似た物語を聞いたことがありません! やっぱり南の地にだけか、あるいは自由開拓民にだけ語り継がれてきたおとぎ話なのでしょうか?」
「さて、どうだろうねえ……何せあたしらは自分たちの故郷を一歩も出たことがなかったから……余所がどうとかはわからないんだよ……」
「ああ。今ではその故郷に戻るすべもなくなっちまったけどな」
満ち足りた表情を垣間見せていた老婆と主人は、また大きな悲しみにとらわれた様子で目を伏せてしまった。
リコは気の毒そうに眉を下げつつ、それでも元気な声で言い放つ。
「だけど本当に、素敵な物語でした! なんとかわたしたちの手で立派な劇にできるように頑張りますので、どうか楽しみにしていてください!」
「本当に、こんな話を傀儡の劇に仕立てるのかい? 西のお人らは、あんまりいい顔をしないように思うけど……」
「え? どうしてです?」
「だって聞きようによっちゃあ、太陽神をくさすような内容じゃないか? 太陽神ってのは火神セルヴァの子だから、南よりも西のほうが大事に扱ってるんだろう?」
リコはほっそりとした顎に指先をあてて、「うーん」と可愛らしく考え込んだ。
「だけどわたしの知る限り、西と南でそれほど大きく習わしは変わらないように思うのですけれど……あ、ヴァン=デイロはどう思いますか? ヴァン=デイロはわたしなどとは比べ物にならないぐらい、大陸の情勢についてわきまえておられるでしょう?」
「うむ。小神にまつわる習わしというものはあちこちで違っているので、王国の区分だけでは片付かないように思う。たとえば水神ナーダというのは北方神の子とされておるので、西の領土でも北寄りの地では忌避されることが多く……同じように、ジャガルでもシムに近い東寄りの地では、東方神の子たるミザやギリ=グゥが忌避されているように感じられるな」
「なるほど。領土争いの戦に関わるような地では、敵対国にまつわる小神が忌避される傾向にある、ということですね。それでは、太陽神は如何でしょう?」
「儂の知る限り、太陽神を軽んじる地は存在しない。西でも南でも東でも、太陽神の復活祭を行わない地というものには、お目にかかったことがないしな。水神祭や冥神祭などがすっかり廃れてしまっても、太陽神の復活祭がそれだけ根強く残されておるのは……やはり、一年の節目というわかりやすさが関係しているのであろうかな」
そう言って、ヴァン=デイロはやわらかい眼差しでリコを見た。
「よって、太陽神を忌避することなかれ、あるいは太陽神ばかりを重んじることなかれ、という説法は、どの王国の民にとっても等しく耳が痛いのではないだろうか?」
「わたしは傀儡の劇で説法する気はありませんけれど、でもそうですよね! これは西と南の区別なく、多くの人たちが小神の大事さを知ることのできる物語だと思います!」
それこそ太陽のように晴れがましい面持ちになりながら、リコはそう言った。
すると、黙って話を聞いていたベルトンが、深々と溜息をつく。
「おいおい、本気かよ? こんなもんを傀儡の劇に仕立てようとしたら、いったいどれだけ新しい傀儡衣装が必要になると思ってんだ? しかも、他の演目じゃ使い回せねえような衣装ばっかりじゃねえか」
「そんなの、これからもどんどん新しい演目を増やしていけば、いくらでも使い道はあるでしょ!」
リコは同じ面持ちのまま、ベルトンに向かってにっこりと笑いかけた。
「衣装の準備も劇の練習も、頑張ろうね! ベルトンのこと、頼りにしてるから!」
ベルトンは、言葉ではなく溜息でその呼びかけに応じていた。
そうしてリコとベルトンは、『マドゥアルの祝福』という新たな演目を完成させるべく、力を尽くすことになったのだった。