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異世界料理道  作者: EDA
第六十三章 大地の礼賛
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礼賛の祝宴⑤~祝福の儀~

2021.8/27 更新分 1/1

 貴き方々の席で半刻ほどの時間を過ごした俺たちは、再び壇上に引き戻されることになった。

 招待客の中でも特に立場のある方々から、個別に祝福をいただけるのだそうだ。俺とトゥール=ディンは少し距離を取って立ち並び、それぞれ家長と父親を付添人として、それを迎え撃つことになった。


 まずは、ついさきほどまで卓をともにしていたジェノス侯爵家の4名が壇上にあがってくる。その中で、オディフィアが大きな花束を抱えていた。


「アスタ、おめでとう。アスタのりょうり、どれもすごくおいしかった」


 俺を見上げるオディフィアの瞳は、やはりきらきらと輝いている。トゥール=ディンと同じ幸せを噛みしめながら、俺は「ありがとうございます」と花束を受け取った。


「アスタの料理は、本当に見事であった。ジェノスの領主として、誇らしく思う」


「ええ、本当に。いまやジェノスの双璧といったら、ヴァルカスとアスタこそが相応しいほどでしょうね。ダイアにも、奮起してもらいましょう」


 マルスタインとエウリフィアは、いつもの和やかな感じでそんな風に言ってくれた。

 そして寡黙なるメルフリードは、「アスタの功績を祝福する」とだけ伝えてくる。


 侯爵家の一家はそのままトゥール=ディンのほうに流れていき、俺は花束をアイ=ファに受け渡した。そうしてアイ=ファは、それをかたわらの侍女に受け渡す。この流れ作業も、城下町の祝宴の習わしであるのだそうだ。


「おめでとう、アスタ殿! アスタ殿の力量に見合った結果が得られて、僕も感無量だよ!」


 次にやってきたのは、ダレイム伯爵家の一家であった。こちらは当主と第一子息と第二子息の一家がそろいぶみだ。その代表として声をかけてくれたのはやはりポルアースで、花束を捧げてくれたのはメリムであった。


 ポルアースとは試食会でもしょっちゅう顔をあわせているのに、おたがいのお役目を果たすのに忙しく、それほど多くの言葉は交わせていない。しかし、俺を見つめるポルアースの目には、言葉の通りの情感がたたえられていた。


「これからも、アスタ殿の勇躍を願っているよ! どうか御身を大切にして、息災にね!」


 なんとなく、色々な面倒を押しつけてしまって申し訳ないと、言外で謝罪されているような心地もする。俺は「お気になさらないでください」という気持ちを込めつつ、「ありがとうございます」と返してみせた。


 その次にやってきたのは、サトゥラス伯爵家のご一行だ。こちらもなかなかの大人数であったが、名前がわかるのは当主のルイドロスと第一子息のリーハイムだけであり、分家のレイリスは姿が見当たらなかった。ということは、この全員がレイリスよりも上の立場であるということなのだろう。


「あの顔ぶれの中で3度の優勝というのは、まぎれもなく偉業であるな。たゆみなき修練が実を結んだことを、祝福させていただこう」


 ルイドロスの目配せに応じて、若い貴婦人が四角い箱を差し出してきた。蓋は裏側に回されており、美しい硝子の酒杯がペアで収められている。どうやら祝福の品というのは、花束に留まらないようだった。

 俺が恐縮してそれを受け取ると、ご一行はしずしずとトゥール=ディンのほうに向かっていく。その道行きで、リーハイムは気安く片目をつぶってきた。


「おめでとう、アスタ。わたしはとても順当な結果だったと思っているわ」


 お次は最後の伯爵家、リフレイアとトルストだ。こういう際には、ふたりしか壇上にあがるべき人間がいないというトゥラン伯爵家の特殊性があらわにされていた。


「ありがとうございます。……リフレイアたちを森辺にお招きする日も、もう遠くないですね」


 花束を受け取りながらそのように囁きかけてみせると、リフレイアははにかむように笑ってくれた。


 そしてここからは、しばらく見覚えのない人々である。

 いや、中には見覚えのある方々もまぎれていたが、なかなか名前や身分が一致しない。これまでの祝宴でわずかながらにご縁を紡がせていただいた、子爵家や男爵家の人々であった。


「おめでとうございます、アスタ様。……それに、アイ=ファ様も。今日はまた、おとぎ話の姫君のように麗しいお姿ですわ」


 と、そんな言葉を投げかけてくるのは、ベスタやセランジュといった貴婦人がただ。アイ=ファはひたすら凛然とした面持ちで「いたみいる」と目礼を返していた。

 そういった人々からいただいた祝福の品は、壇上に設置された卓の上に並べられていく。おおよそは花束であったため、現時点でもかなりの質量になってしまっていた。


 そうして何組かの貴族のお相手をしたのちは、フェルメスとジェムドがやってくる。フェルメスは亜麻色の髪を結いあげて、それほど華美ではないが宴衣装を纏っており、どんな貴婦人よりも華麗な貴婦人らしく見えてしまった。


「おめでとうございます、アスタ。僕からは、これを」


 手の平サイズの宝石箱めいたものが、俺のほうに差し出されてきた。

 蓋はぱっくりと開かれており、そこから顔を覗かせているのは――瑪瑙のように複雑な色合いで、ごつごつといびつな形をした、宝石とも鉱石とも知れぬ存在であった。


「こちらは災厄除けとして知られる、ダッカスの鍾乳石です。持ち運ぶには不自由な大きさですので、家の守りとしてお使いください。……これからも、アスタが健やかな生を送れるように願っています」


「ありがとうございます。……あの、今日もギバ肉料理がほとんどで申し訳ありませんでした」


「僕ひとりと300名の参席者を引き換えにすることなど、できるわけもありません。ただ……僕もそろそろアスタの料理が恋しくなってきてしまいました。いずれ個人的にその腕を振るっていただけたら、心から嬉しく思います」


 と、甘えるような眼差しを向けてくるフェルメスである。そのような姿でそのような眼差しを浮かべるのは、いささかならず倒錯的であった。アイ=ファもちょっと、嫌そうな目つきになってしまっている。

 そしてその次は、ロブロスとフォルタの登場であった。


「使節団を代表して、こちらをお捧げいたします」


 これは儀礼的な場であるためか、またロブロスが丁寧な言葉づかいになっていた。

 その手から捧げられたのは、立派な草籠に収められたワッチ酒の瓶である。


「ありがとうございます。お時間がありましたら、また語らせてください」


「ええ」と応じるロブロスは、やはり仏頂面ながらも穏やかな眼差しであった。トゥール=ディンのための草籠を抱えたフォルタも、ほとんど笑顔に見えそうなほどやわらかい表情だ。

 続いて現れたのは――ジザ=ルウとレイナ=ルウである。


「あ、あれ? 森辺のみなさんも含まれていたのですか?」


「うむ。族長筋の人間は、祝福の品を準備するように言いつけられていた」


 それは、まったくの初耳である。が、俺たちも祝宴の準備で忙しくしていたし、直接関係ない話まで伝える必要はないと見なされていたのだろう。


「しかし、我々が祝福の品として贈るものは、ごく限られている。……レイナ」


「はい」とうなずいたレイナ=ルウは、晴れ晴れとした笑顔で牙と角の首飾りを差し出してきた。合計で、40本ぐらいはありそうだ。


「おめでとうございます、アスタ。わたしもアスタを目標として、今後もたゆみなく修練を積みたく思います」


「うん。これからも、どうぞよろしくね」


 城下町の宴衣装であるレイナ=ルウは、その装束にも負けない輝かしさで笑ってくれていた。森辺ではもっとも対抗心が強いように感じられるレイナ=ルウであるが、このような際には心から俺を祝福してくれるのだ。


「アスタ、今日の料理も上出来であったな! 城下町で森辺の祝宴が開かれたような心地だぞ!」


 と、次にやってきたのはゲオル=ザザとスフィラ=ザザだ。

 スフィラ=ザザは、取りすました面持ちで祝福の首飾りを差し出してくる。その間も、ゲオル=ザザは陽気に声をあげていた。


「ああ、レイリスのやつは案の定、スフィラの色香に惑いつつもきっちり己を律していた! だから、心配のないようにな!」


「よ、余計な口を叩くのはおやめなさい!」


 スフィラ=ザザは顔を赤くして、ゲオル=ザザの腕を引っぱたく。ゲオル=ザザは控え室で見たときよりも、さらに浮かれてしまっているようである。まあそれもトゥール=ディンに対する思い入れの深さと思えば、微笑ましいものであった。


 そうして森辺の族長筋のトリを務めるのは、ダリ=サウティとミル・フェイ=サウティだ。


「アスタよ、長きにわたってご苦労であったな。まだ送別の祝宴というものも残されているが、数日ばかりは日が空けられるはずであるので、しっかり身を休めるといい」


「はい、ありがとうございます。ダリ=サウティとミル・フェイ=サウティも、お疲れ様でした」


 ミル・フェイ=サウティは滅多に見せない笑顔を覗かせながら、ルウやザザにも負けない立派な首飾りを差し出してきた。


「わたしは試食会というものについても話で聞くばかりでしたが、アスタがこれほどの栄誉を授かったことを心より誇らしく思っています。どうかこれからもかまど番の規範として、その力をお示しください」


「はい。今日はひさしぶりにミル・フェイ=サウティと一緒に仕事ができて、楽しかったです」


 このような場で森辺の同胞に祝福されるというのは、とても新鮮でとても得難い心地であった。


 そしてここからは、またしばらく馴染みのない方々であった。宿場町の区長や商会長といった、サトゥラス伯爵領の名士たちである。

 きっとその中でも、より立場のある人々が厳選されたのだろう。城下町の宴衣装をぱりっと着こなしており、態度も堂々としたものである。しかしそういった人々は、実に率直に本日の宴料理を賞賛してくれていた。


「わたしはなかなか屋台で食事をとる機会がないため、初めてあなたの料理を口にすることになりました。これほどの見事な料理を2年近くも見過ごしていたのかと、自分の不明を恥じるばかりです」


「夜には食堂で食事をとることもあるのですが、これほどのギバ料理にはお目にかかったことがありません。いずれ屋台の料理というものも味わわさせていただきたく思います」


 やはり宿場町においても、立場ある方々はそうそう屋台まで足を運ぶことはないらしい。俺にとっては、近くて遠い隣人とでもいうような人々であるのだろう。そんな人々とご縁を結べたことをありがたく思いつつ、俺は花束や酒瓶を受け取ることになった。


 そしてさらに、トゥランからも区長や荘園長といった人々が挨拶に出向いてきた。彼らもまた宿場町の屋台に立ち寄る機会などはなかったそうで、たいそう熱っぽい賛辞をいただくことになった。


「トゥランは新しい領民を受け入れて、大変な時期ですよね。お忙しい中、ありがとうございます」


「いえいえ。森辺の方々にはお礼を申しあげねばと常々考えておりましたので、ちょうどいい機会でありました」


 そんな風に応じてきたのは、荘園長という立場にある初老の人物であった。


「森辺の方々は、かつて北の民たちのために美味なる料理を考案してくださったでしょう? それが現在もなお、トゥランの助けになっているのですよ」


「トゥランの助け? それは、どういうことでしょう?」


「現在においてもトゥランの荘園においては、それらの食事が出されているのです。北の民たちがジャガルに出立する前に、我々がその調理法を引き継いだわけでありますな。そのおかげで、荘園では格安で食事を出すことができているのですよ」


「ああ、そうだったのですか。そういえば、トゥランで領民が増えても食材が不足するという話は聞こえてきませんでしたね」


「ええ。もしも城下町から受け渡される食材を使った料理が粗末なままであったなら、こちらも新たな肉や野菜を買い求める他なかったでしょう。貴き方々からはトゥランの再建に必要な予算を割り振られておりますが……荘園の食費を安く抑えられたことにより、その他の分野においていっそうの充実を求めることがかなったのです」


 そのような裏事情があったなどとは、俺にしても初耳のことであった。やはりどれだけ貴族の面々と懇意にしていても、領地の内情をすべて把握することなできようはずもないのだ。


「この会場には、北の民たちに手ほどきをしていたリミ=ルウも来場しておりますよ。機会があったら、のちのち紹介いたしますね」


 そんな言葉で会話を締めくくり、俺は次なる相手を待ち受けた。

 そこにやってきたのは――目もとを真っ赤に泣きはらした、ドーラの親父さんである。


「あ、ドーラの親父さんもこのお役目を受け持っておられたのですね。……あの、大丈夫ですか?」


「ああ。アスタの立派な姿を見てたら、なんだか無性に泣けちまってさ」


 と、親父さんが気恥ずかしそうに微笑んだ。

 親父さんも、立派な宴衣装である。もともと恰幅もいいし顔立ちそのものは厳ついので、実に堂々たる姿だ。しかし、そんな姿の親父さんが、赤い目をしてそんな笑顔になってしまうと――俺のほうこそ、目頭が熱くなってしまった。


「あのね、アスタおにいちゃんが最初にあっちの入り口から出てくるなり、ドーラ父さんはえぐえぐ泣き始めちゃったの! まわりのみんなが、すっごく心配してたんだから!」


 と、親父さんの足もとからちっちゃなターラが元気いっぱいの声をあげた。ダレイムの畑の管理者はそれぞれ男女1名ずつ招かれており、ドーラ家ではターラがその座を勝ち取ったのだった。

 ターラも綺麗な生地のワンピースで、ひかえめながらも髪飾りや首飾りをつけられている。その小さなお顔には、輝くような笑みがたたえられていた。


「でも、アスタおにいちゃんはすごくかっこよかったし、アイ=ファおねえちゃんもすごくきれいだったよ! ターラは泣かなかったけど、ぴょんぴょん飛び跳ねたい気持ちだったの!」


「ありがとう。ターラも、すごく可愛いよ。次に森辺の祝宴にお招きされたときも、それを着ておいでよ」


「うん、そーする! ……あ、これ、お祝いのおくりものです!」


 ターラたちも、祝福の花束を準備してくれていた。

 親父さんは、しみじみとした面持ちで俺の姿を見やっている。立場上、親父さんは試食会というものにいっさい関わっていなかったために、いっそうの感慨をぶつけられてしまうのかもしれなかった。


「あとでゆっくり、お話をさせてくださいね。すごい人混みですけど、必ず見つけてみせますから」


「そんな気を使うことはないよ。アスタの姿を遠目に見てるだけでも、俺は大満足だからさ」


 親父さんは優しく笑いながら、トゥール=ディンたちのほうに向かっていった。

 ダレイムの人々は、あと4組ばかりの人々で終了であった。いずれも畑の管理者という立場にある人々で、その何名かは復活祭で挨拶をしたことのある相手である。それらの人々も、とても温かい表情と言葉で俺を祝福してくれた。


「祝福の儀は、以上となります! 皆様、今一度盛大な拍手を!」


 触れ係の小姓のアナウンスで、開会のときに劣らぬ拍手が巻き起こった。

 俺もまた、開会のときに劣らぬ充足した気持ちで一礼してみせる。何も見返りを求めての行いではなかったが――卓に並べられた数々の品物にも、耳を聾するばかりの拍手にも、俺は心を揺さぶられてやまなかった。


「それではこの後は、閉会の時間までご自由におすごしください」


 侍女にうながされた俺たちは、あらためて壇の下に降り立った。

 俺がひと息ついていると、アイ=ファがそっと唇を寄せてくる。


「アスタよ、無粋を承知で言わせてもらうが……いや、やはり祝宴を終えてからにするか」


「え? なんだよ。そんな風に言われたら気になるじゃないか」


「では、この場で告げておく。……ターラはすでに10歳となっているので、その容姿をむやみに褒めそやすのは習わしにそぐわぬ行いとなるのだ」


 俺は、ぽかんとしてしまった。

 アイ=ファは苦笑しながら、俺の二の腕を優しくつねってくる。


「だから、無粋と言い置いたろうが? しかし私は家長として、家人を正しく導かねばならぬ立場であるのだ」


「うん……アイ=ファの真面目さや精神力を思い知らされた心地だよ。まさかこんな状況で、そんなことに頭が回るなんてなあ」


 そうして俺が別の意味で息をついたとき、「おーい!」という元気な声が近づいてきた。こういう場では、もはやお馴染みになってきた呼びかけだ。


「アスタもアイ=ファもお疲れさん! やっぱり城下町の祝宴ってのは格式ばってるねー!」


 言わずもがな、ユーミである。

 その手に引っ張られているのはシリィ=ロウであり、そして後からジョウ=ランとロイが慌てて追いかけてきた。


「やあ、みなさんおそろいで。……なるほど、宴衣装はそんな風に仕上がったんだね」


「うん、いいでしょー? ま、シリィ=ロウにはかなわないけどさ!」


「う、うるさいですよ、ユーミ!」


 シリィ=ロウはいつぞやの祝宴でも見かけた、ジャガル風のパーティドレスだ。ついにロイも、この姿を見届けることがかなったわけである。いつもきゅうきゅうにひっつめている髪も自然に垂らしつつ綺麗にセットされているし、「旧家のお嬢様」という肩書きに相応しい姿であった。


 そしてユーミは、これまでの試食会で纏っていた準礼装に、新たな装飾を加えた格好である。宿場町の宿屋の関係者は城下町から派遣されたアドヴァイザーの指示に従い、城下町の祝宴に相応しい身なりを整えられていたのだった。

 これまでは朱色の肩掛けを義務づけられていたが、それは朱色の腕章にあらためられて、その代わりに瀟洒な刺繍のされた肩掛けを羽織っている。あとは腕飾りや首飾りが追加されて、シム風の長衣の腰には七色に輝く帯がしめられていた。


「やー、だけど本当にかなわないのは、アイ=ファだなー! 近くで見ると、ほんとにお姫様みたい! そんでもって、凛々しいところは変わんないんだもんなー!」


 そんな風に言いたててから、ユーミは笑いを含んだ視線を横目でジョウ=ランに突きつける。


「アイ=ファのこんな姿を見せられたら、あんたもクラクラきちゃうんじゃないのー?」


「いえ。今の俺にとってもっとも大切なのは、ユーミですから」


 ジョウ=ランの率直さにあえなく撃沈したユーミは、「うるさいよ!」と顔を真っ赤にした。因果応報とは、このことであろう。


「そういえば、またルイアはレビたちと一緒なのかな?」


「いや、今日はユン=スドラたちにひっついてるよ。……なに? なんか文句でもあるの?」


 ユーミのそんな反応で、俺も察することができた。ユーミとジョウ=ランのお邪魔にならないように、ルイアは別行動となったのだ。ユーミだってレビとテリア=マスに気を使って同じ行動を取っていたくせに、自分の順番では気恥ずかしくなってしまうのだろう。


「とりあえず、お前さんの宴料理を堪能させてもらったよ。これだけの量をこの質で準備できるんだから、森辺の民の底力を思い知らされた気分だな」


 と、こちらもジャガル風のスマートな宴衣装を纏ったロイが、そんな風に言ってきた。


「ええ。王家の方々にも同じようなご感想を伝えられました。本当に、森辺のみんなの尽力あっての結果ですよ」


「もとより、300名分の宴料理をたったひとりで取り仕切るというのが無茶な話であるのです。このジェノスでそのような真似ができるのは、おそらくダイアただひとりでしょう」


 と、シリィ=ロウも真剣な面持ちで加わってくる。


「なるほど。ジェノス城の料理長なら、大きな祝宴をひとりで取り仕切る機会も多いのでしょうね。以前のジェノス城の祝宴でも、素晴らしい料理がどっさり準備されていましたし」


「……とはいえ、そういう際にも外来の料理人にいくつかの料理をおまかせするのが通例であるはずです。もしかしたら、これだけの規模の宴料理を準備したのは、ここ近年であなたが初めてなのかもしれませんね」


 そう言って、シリィ=ロウは真っ直ぐに俺を見据えてきた。


「あなたの力量には、心から感服しています。……そしてまだ、お祝いの言葉を伝えておりませんでしたね。3度にわたる試食会の優勝、おめでとうございます」


「あ、いえいえ、とんでもない。こちらこそ、ありがとうございました」


 最後の試食会において、シリィ=ロウは懸命に感情を押し殺していたように記憶している。ヴァルカスに心酔するシリィ=ロウであれば、たった1票差で優勝をのがしたことを悔しく思わないわけがないのだ。

 しかしあれから10日以上が過ぎて、シリィ=ロウも気持ちを整えることができたのだろう。シリィ=ロウの瞳に渦巻くのは、対抗心よりも向上心と呼ぶほうが相応しい強い輝きであった。


「そういえば、ヴァルカスはどうされました? この人混みでは、ちょっと身体がもたないでしょう?」


「ああ。お前らの最初の挨拶を見届けたら、さっさと控えの間に引っ込んじまったよ。ま、タートゥマイがせっせと宴料理を運んでるはずだから、なんの不満もありゃしねえだろ」


 そう言って、ロイも真剣な眼差しを俺のもとに届けてきた。


「今日はお前もせわしないだろうから、料理については後日ゆっくり語らせてもらうよ。……なあ、王家の方々が帰国なさったら、また森辺に出向かせてくれよな」


「ええ、もちろんです。また一緒に勉強会を楽しみましょう」


「えー、もう行っちゃうの? ……まあ、今日ばかりはしかたないかあ。それじゃあアスタにアイ=ファ、またあとでね!」


 そう言い残して、ユーミたちは早々に立ち去ってしまった。こちらには何の用事もないのに、気を使わせてしまったようである。

 一緒に壇を下りたトゥール=ディンらも、オディフィアらと一緒に大広間の人混みに突入したようだ。300名もの人間が渦巻く大広間において、俺とアイ=ファは計らずもふたりきりになってしまっていた。


「えーと……俺たちも、どこかで休ませてもらおうか?」


「いや。今日の祝宴は、お前とトゥール=ディンのために開かれたものであるのだ。このように早くから席を外すのは、やはり不相応であろう」


 そんな風に言ってから、アイ=ファはふわりと身を寄せてきた。


「ただし、祝宴の終わりまではまだまだ長きの時間が残されているのだろうから……どこかで少しでも休息を入れられたら、嬉しく思う」


「わかった。それじゃあとりあえず、働いてくれてるみんなのところを巡ろうか。その道中で、嫌ってほど色々な人たちに挨拶できるだろうからさ」


「うむ」と小さくうなずきつつ、アイ=ファは間近から俺を見つめてくる。

 表情は落ち着いているが、やはりその青い瞳にはさまざまな感情が渦巻いているようだ。普段よりも絢爛な宴衣装と相まって、俺はまた心臓を高鳴らせてしまった。


「ど、どうしたんだ? 何か言いたいことがあるなら、なんでも言ってくれよ?」


「うむ? 私はべつだん、言いたいことをこらえてなどはおらんぞ。……ただ、言葉にならんほど喜ばしく、誇らしい心地であるだけだ」


 そう言って、アイ=ファは透き通るような微笑をたたえた。


「だから、私のことを気にかける必要はない。お前はお前の仕事を果たすがいい。……それを見届けるのが、私の喜びだ」


 アイ=ファにこのような笑顔を見せつけられると、俺のほうこそ今すぐにでもふたりきりになりたい心地にさせられてしまった。

 が、家に戻ればいくらでもゆっくりと語らうことができるのだ。俺は身体の一番奥深い部分から噴出してくるアイ=ファへの愛おしさをなんとかなだめながら、「そうだな」と笑顔を返してみせた。

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