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異世界料理道  作者: EDA
第六十三章 大地の礼賛
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最後の試食会・菓子編①~来場~

2021.8/3 更新分 1/1

 建築屋の面々を森辺の晩餐に招いてから、2日後――緑の月の14日である。

 その日は第5回目の試食会、森辺と宿場町と城下町から選抜された者たちによる、菓子の試食会の当日であった。


 この日は1点だけ、普段と異なる取り決めが存在する。これまでは夕刻の開始であったが、今回だけは中天の開始であったのだ。

 これはもちろん、内容が菓子の試食会であるためであった。城下町において、甘い菓子を昼の軽食として食する人間は多いという話であったが、やはり晩餐を菓子だけで済ませる習わしはどこにも存在しなかったのだ。


「晩餐を菓子だけで済ませてしまったなら、人間に必要な滋養を摂取することもかないませんからな! 試食会のために健やかな生を害することなど、決してあってはならないのです!」


 ダカルマス殿下は、そのように言いたてていたらしい。そしてその弁は、森辺においてそれなりに大きく取り沙汰されていたのだった。


「確かに晩餐を菓子だけで済ませることなど、決してあってはならないだろう。さりとて、6名ものかまど番が作る菓子を口にしたならば、それだけでずいぶん腹は満たされてしまおうし……ダカルマスが道理をわきまえている人間で、幸いであったな」


 アイ=ファでさえ、そんな風に言いたてていたのである。


 というわけで、その日の試食会の集合時間は、中天の半刻前と定められた。その刻限に城門に集合し、ゆとりをもって紅鳥宮まで来られたし、とのことだ。

 ただしそれは、審査員の役目を担う人間に関してである。菓子を準備する人々は中天までに仕事を完了させなければならないため、ほとんど朝一番で城下町に向かうことになってしまったのだった。


「リミ=ルウとトゥール=ディンには、気の毒なことだな。……もっとも気の毒なのは、それに付き添う男衆らかもしれんが」


「うん。だけどまあルド=ルウなんかはけっこう早起きだし、可愛い妹のためだったら文句を言ったりもしないんじゃないのかな」


 そして本日は、俺も新たな試みに取り組むことにした。

 ガズとラッツの女衆を責任者代行として、屋台の商売を敢行することにしたのである。


 俺を筆頭とする何名かのかまど番はほとんど商売に関われない立場となるが、下ごしらえの仕事には何の不都合もないし、そもそも城下町まで出向いて美味しいお菓子をいだたくだけの日程となっている。また、ちょうど屋台の終業時間には宿場町まで戻れるはずなので、屋台の返却ぐらいには立ちあえるだろう。これならば、まだ責任者をつとめた経験のない両名にとっても負担は少ないのではないかと考えた次第であった。


 ちなみに今回、審査員として城下町まで出向くのは、俺、ユン=スドラ、マルフィラ=ナハム、レイ=マトゥア、それにフェイ=ベイムとナハムの末妹という顔ぶれになる。前回の試食会で勲章を授かった俺とマルフィラ=ナハムは、それぞれ調理助手を同行することが許されたのだ。


 これらのメンバーを除くと、次にキャリアが長くて頼り甲斐があるのは、ラッツとガズの女衆になる。特にラッツの女衆などは俺より年長で、とても穏やかなのに決断力や行動力にとんでおり、ちょっとやそっとのトラブルでは動じない力強さを有していたのだった。


 また、ルウ家のほうでも同様に、屋台の商売を敢行する手はずになっている。

 そちらはリミ=ルウとララ=ルウが菓子を作る役割で、レイナ=ルウ、マイム、レイの女衆が審査員の役割であった。取り仕切り役のレイナ=ルウとララ=ルウが不在なわけであるが、やはりそちらでも頼もしいかまど番たちがめきめきと力をつけているのだ。このたびは、ツヴァイ=ルティムとミンの女衆に責任者代行を任せるとのことであった。


 よって、休業となるのはトゥール=ディンの菓子の屋台のみとなる。

 トゥール=ディンは朝から城下町であるので、こればかりは致し方がない。トゥール=ディンの菓子を楽しみにしている宿場町の人々には、ぐっとこらえてもらう他なかった。


 ということで、俺も集合時間までは普段通り仕事にいそしむことになった。

 ただ異なるのは、アイ=ファとダリ=サウティも一緒に町まで下りる点である。アイ=ファたちは試食会を終えた後、ヴェラの家長らと合流してギバ狩りの仕事に取り組む算段であるそうだ。


 いつも通り下ごしらえの仕事をこなし、いつも通りルウ家に向かい、いつも通り宿場町に下りる。そうして屋台を借り受けるために《キミュスの尻尾亭》までおもむくと、普段は夜間に食堂を手伝っている女性が待ち受けていた。


「今日はレビが城下町まで出向くんで、あたしが屋台の商売を手伝うことになったんですよ。森辺のみなさんがた、どうぞよろしくお願いいたしますね」


 本日も、試食会の審査員にはレビとテリア=マスが出向くのだそうだ。その後はラーズとこの女性で、屋台の仕事をこなすのだという話であった。


「菓子の善し悪しなんて、あっしにはさっぱりわかりませんからねぇ。そいつはレビも同様でしょうけど、若いあいつにはいい勉強でしょう」


 いつでも穏やかなラーズは、そんな風に言いながら微笑んでいた。

 そうして俺たちが露店区域を目指して出発すると、宿屋の屋台村はすでにそれなりの賑わいを見せていた。そちらも俺たちと同様に、責任者を任せられる人間を確保できた宿だけが商売を敢行しているのだろう。もともと審査員としての役割しか担ってこなかった宿にしてみれば、今日こそがもっとも慌ただしい日になってしまうわけであった。


 所定のスペースに到着したならば、俺たちも商売を開始する。

 そうして朝一番のピークを乗り越えたら、もう出発の身支度であった。


「それじゃあ俺は、ここで抜けさせてもらいます。お手数をかけますが、どうぞよろしくお願いいたしますね」


「ええ、おまかせください」と、ラッツの女衆はいつも通りの和やかな表情で応じてくれた。この和やかさが心強く感じられる、そんなタイプの人物なのである。

 ガズの女衆にもひと声かけて、俺はレビとともに荷台に潜り込む。城門に向かう前に、着替えを済ませなければならないのだ。べつだん覗きの心配はなかろうが、荷台の出入り口にはアイ=ファとダリ=サウティが門番として立ちはだかってくれた。


「レビのほうは、調子はどうだい? 城下町流の下ごしらえは、何か応用できそうかな?」


「うーん、それが難しくってよ。やっぱり食材を無駄にできないから、おいそれとは手を出せねえんだよな」


「そっか。チャムチャムのチット漬けなんかは、ラーメンのいい具材になりそうだけどね。とはいえ、俺もまだ自分では手掛けてないんだけどさ」


「ああ。その前に、俺たちだって試食会を控えてるわけだからな。……ま、さすがにあの顔ぶれじゃあ勲章なんて狙えるわけもねえけど、《キミュスの尻尾亭》の人間として恥ずかしいもんは出せねえからな」


 そう言って、レビは彼らしい笑顔を見せた。どうやら2日後の試食会も、それほど重荷にはなっていないようだ。

 そうしてお召し替えを完了させた俺たちが荷台を出ると、アイ=ファのもとにユーミとルイアとテリア=マスが集まっていた。もちろん彼女たちも、城下町の準礼装だ。


「やあ! ついに菓子の試食会だねー! 10日以上も空いたせいか、すっごくひさびさに感じちゃうよ!」


「だけど森辺の方々は、その間に王家の方々を森辺にお招きしていたのですものね。なかなか気が休まるひまがなかったのではないですか?」


「そうですね。とても充実した日々だと思っていますよ」


 しばらくすると、別の荷台からユン=スドラやレイナ=ルウたちも現れた。審査員としては初めての参席となるフェイ=ベイムとナハムの末妹とレイの女衆は、事前にあつらえてもらった新品の装束だ。その姿を見て、ユーミは「へえ」と瞳を輝かせた。


「あんた、なかなか似合ってるじゃん! 髪をほどいたら、もっと似合いそうじゃない?」


「女衆が髪をほどくのは、祝宴と水浴びと眠る際のみと定められています」


 そんな風に応じたのは、フェイ=ベイムである。彼女は父親似の角張った顔立ちで、いつも不愛想な面持ちであるが、確かに瀟洒なワンピースを思わせる城下町の装束がなかなか似合っていた。


「森辺のお人らって、どんな装束でも着こなしちゃうよね! あんたに懸想してる相手でもいたら、惚れなおすこと間違いなしだよ!」


「ユ、ユーミ! あなたも森辺への嫁入りを考える身であるならば、それに相応しい立ち居振る舞いを覚えるべきかと思います!」


「なんだよー! あたしのことは、関係ないじゃん!」


 と、おたがいに顔を赤くしてわめき散らすユーミとフェイ=ベイムである。

 そんな中、大小4つの人影がぞろぞろとこちらに近づいてきた。大小の比率は半々で、いずれも襟の高いジャガルの準礼装を纏っている。


「ああ、どうも。みなさん、ご一緒だったのですね」


「ふん。同じ刻限に同じ場所を目指すのだから、気に食わん相手でもこうして出くわしてしまうということだ」


 そんな風に言いたてたのはバランのおやっさんで、あとはもちろんアルダス、デルス、ワッズという顔ぶれだ。大柄な2名はにこにこと笑っており、デルスはにやにやと笑っている。


「あー、あんたたちか。そっちもお疲れ様だね!」


 ユーミが気軽に声をかけると、おやっさんは再び「ふん」と鼻息を噴いた。


「お疲れどころの騒ぎではないな。このような刻限に呼びつけられるのは、迷惑以外の何ものでもない。俺たちはどこかの誰かと違って、仕事のために逗留しているのだからな」


「ははん。俺なんざ、用事もないのに逗留を強いられてるんだぜ? 羨ましいなら、仕事を代わってやろうか?」


 人の悪い笑みを浮かべたまま、デルスはそのように言いたてた。ミソを届けた時点で彼の仕事は終了しているのだが、それからもう半月ばかりもジェノスに滞在しているのである。


「馬鹿を抜かすな。仕事を放りだして博打に励んでいたお前などに、何ができるというのだ? お前が木槌をふるったら、家の穴が増えるばかりだ」


「ああそうかい。まあ兄貴みたいに不愛想な人間には行商人なんざつとまりゃしねえし、人間それぞれに見合った仕事があるってこったな」


 おやっさんとデルスは対極的な表情で、それぞれ相手をにらみつけることになった。

 ちょっと心配になってしまった俺は、こっそりアルダスに囁きかける。


「あの、最近のおふたりはいつもこんな感じなのでしょうか?」


「ああ。だんだん口数が増えてきたみたいだな。まあ、溝の埋まった証とでも考えることにしようぜ」


 アルダスは陽気に笑いながら、「さて!」と声を張り上げた。


「うかうかしてると、約束の刻限に遅れちまいそうだ。準備ができたんなら、出発しようか」


 俺たちは、徒歩で城下町の城門を目指した。

 念のために1台の荷車を引いているが、この人数では乗りきれないので、アイ=ファが手綱を引いている。試食会の終了時間が遅れて、屋台の面々と合流できなかったときの用心である。あとはリミ=ルウとトゥール=ディンもそれぞれ荷車で城下町に向かったので、帰りの足はそれで何とかなるはずであった。


 街道には見慣れた顔がいくつもあり、城門が近づくにつれてそれが増えていく。本日も、30余名の宿屋の人々が招待されているのだ。


「相変わらずの人出だねー! 今日は何人ぐらい集まるんだろ?」


「あ、前回よりひとりだけ多いってトゥール=ディンが言ってたから、112名のはずだね」


「112名! ひとり増えたって、誰が増えたの?」


「増えたのは、この前の試食会で勲章を授かった俺やレイナ=ルウやマルフィラ=ナハムの調理助手だね。ただ、城下町や宿場町からもふたりずつ作る側に回されたから、なんやかんやあってその人数ってことさ」


「あー、そっか! この前はアスタたちも作る側だったから、人数に入ってないんだもんね! でも、あたしらのときは90人ちょいだったのに、ずいぶんふくれあがったもんだなあ」


「うん。あの頃は、おやっさんたちもいなかったしね。あとは試食会を重ねるごとに、助手の同行を認められた人間が増えた分かな」


 そんな言葉を交わしている間に、城門に到着した。

 試食会は11日ぶりだが、間に吟味の会をはさんでいるので、城下町に出向くのは9日ぶりだ。それでもやっぱり宿場町の面々は、遠足におもむく子供のようにはしゃいでいた。


「お、お疲れ様です、アスタ殿」


 と、通行証をいただいてトトス車のほうに向かうと、そこにはやっぱり9日ぶりとなるガーデルの姿があった。相変わらず、厳つい顔に気弱げな表情を浮かべている。


(そういえば、ガーデルは王家のお人らが俺をジャガルに連れ去るんじゃないかって心配してくれてたんだよな)


 俺は先日の祝宴で、ダカルマス殿下から王都の屋敷の料理人になってほしいと願われた。それはその場でお断りできたし、ポルアースから町では吹聴しないように言い含められたので、おそらくガーデルの耳にまでは届いていないことだろう。


(俺はどこにも行きませんから、安心してくださいね)


 そんな思いを込めてガーデルに笑いかけてから、俺はトトス車に乗り込んだ。

 紅鳥宮に到着したならば、護衛役の狩人のみお召し替えだ。本日の護衛役は、アイ=ファとダリ=サウティとジザ=ルウの3名のみであった。あとはリミ=ルウがルド=ルウを、トゥール=ディンがゼイ=ディンを引き連れているはずである。


 アイ=ファたちの着替えを待っている間、可愛らしい城下町の装束を纏ったナハムの末妹は、ずっとそわそわと身を揺すっていた。まだ2度目の来訪である彼女は、城下町に身を置いているだけで気が昂ってしまうのだろう。しかしその瞳はきらきらと輝いており、いい意味での昂揚であることが一目瞭然であった。


 それと同じ立場であるレイの女衆は、マイムと楽しそうに会話をしている。このあたりは、何事にも物怖じしないルウの血族の血筋であろうか。特にレイ家の女衆というのは、ラウ=レイの家族やウル・レイ=リリンを見る限り、とても性根がしっかりしている印象であった。


 ユン=スドラやレイ=マトゥアなどは普段通りの朗らかさであるし、最近はマルフィラ=ナハムもだいぶん落ち着きを身につけている。フェイ=ベイムも今日は審査員の役であるためか、べつだん張り詰めた顔はしていない。

 そんな中、レイナ=ルウは誰とも口をきこうとせず、虚空をにらみ据えている。その様子がちょっと気になったので、俺は歓談の場を離れて声をかけることにした。


「どうしたんだい、レイナ=ルウ? 今日は菓子の試食会なのに、ずいぶん真剣な面持ちだね」


「え? あ、すみません。ちょっと考えごとをしていたもので……」


 と、レイナ=ルウは曖昧に微笑んだ。

 レイナ=ルウは明後日の試食会でどのような料理を供するべきか、まだ決めかねていたのだ。

 今回と次回の試食会は、ゲルドの食材を使うべしとも言いわたされていない。これが最後の試食会となるので、それぞれ思うさま自慢の料理を準備していただきたいと通達されていた。なおかつ、森辺のかまど番だけで料理を供するわけではないので、献立のかぶりをそうまで意識する必要もないだろう。よほど似通った料理でなければ、興を削ぐことにもならないはずであった。


(だけどそういう制約がないぶん、余計に思い悩んじゃうのかな)


 俺とマルフィラ=ナハムは、すでにどのような料理を出すか、決めている。マルフィラ=ナハムはオリジナル料理のレパートリーが2種しかないため、選択の余地もなかったし、俺は――おやっさんたちを晩餐に招待したあの夜に、ようやく心を定めることができたのだ。それで最後に残されたレイナ=ルウだけが、こうして思い悩むことになってしまったのだった。


(レイナ=ルウにしてみれば、この前の試食会で出した料理が最新作で、最高の出来栄えなんだろうからな。それ以外の得意料理は、のきなみ屋台の商売で使っちゃってるし……思い悩むのが当然か)


 そうして俺がレイナ=ルウにかけるべき言葉を探している間に、アイ=ファたちが戻ってきてしまった。目の覚めるような、武官のお仕着せ姿である。


「では、会場にご案内いたします」


 今日は見慣れぬ小姓が案内役を務めてくれていた。シェイラやシフォン=チェルは、それぞれの主人のもとに留まっているのだろう。

 会場の大広間は、11日ぶりの賑わいである。

 城下町の料理人と宿場町の関係者が30余名ずつ、それ以外の招待客が17名、森辺のかまど番が9名――貴き方々を除いても、100名近い人数であるのだ。


「あー、来た来た! アイ=ファたちも、お疲れさん!」


 先に大広間へと案内されていたユーミが、ぶんぶんと手を振ってくる。そちらと合流していたのは、やはりロイとシリィ=ロウであった。


「よう、ひさしぶり……ってほどのもんでもねえけど、それまでは数日置きに顔をあわせてたから、ちっとひさびさに感じられちまうな」


 ロイは、相変わらずの調子であった。

 シリィ=ロウがきゅっと表情を引き締めているのも、まあ相変わらずと言えば相変わらずだろう。

 ただその場には、ボズルの姿がなかった。どうも試食会の場では、ボズルも別行動を取ることが多いようだ。


(もしかしたら、まだシリィ=ロウとギクシャクしてるのかな)


 ボズルも勲章を授かっているために、明後日の試食会ではまた師匠のヴァルカスと腕を競うことになるのだ。おおよその人間はこの試食会を有意義なものと見なしているはずであったが、その中でヴァルカスの弟子たちだけは、いくぶんマイナスの要因を授かってしまったのかもしれなかった。


「さてさて、今日はどんな結果になるかねえ。正直言って、さっぱり先行きが見えねえよ」


 ロイがそんな風に言いたてると、レイ=マトゥアが「あはは」と無邪気な笑い声をあげた。


「それはまだ菓子を口にさえしていないのですから、先行きが見えないのも当然なのではないでしょうか?」


「へん。今日の顔ぶれなら、粗末な菓子を出す人間なんていやしないだろ。ジェノス城の料理長に、ダレイム伯爵家の料理長、《アロウのつぼみ亭》に《ランドルの長耳亭》、それにトゥール=ディンとリミ=ルウなんだぜ? あらためて、すげえ顔ぶれだよ」


「ふうん? あなたはたしか、試食会で初めて宿屋の方々の菓子を口にしたのでしょう? それでもそのように高く評価しておられるのですか?」


「あんな菓子を食わされたら、評価せざるを得ないだろ。城下町でもあれだけの菓子を出せる人間なんて、数えるぐらいしかいねえはずさ」


 ロイとレイ=マトゥアが親しげに言葉を交わす図というのも、なかなか新鮮だ。

 そして仏頂面のシリィ=ロウには、いつも通りユーミがからみついていた。


「あんたは相変わらず、難しい顔をしてるねー! まーだレイナ=ルウやマルフィラ=ナハムのことを意識してんの? あんたがどんな態度を取ったって、味比べの結果が変わるわけじゃないっしょ? つんけんしないで、仲良くしなってば!」


「べ、べつにそういうわけでは――」


 と、シリィ=ロウが顔を赤くしたところで、玲瓏なる鈴の音が鳴らされた。

 小姓の宣言とともに扉が開かれて、貴き方々が入場してくる。これまで通りの、18名――それに、投票権を持たないフェルメスを合わせて、19名だ。


 先頭を進むはダカルマス殿下とデルシェア姫で、使節団のメンバーがそれに続いている。ロブロスとは森辺の祝宴でようやくじっくり語らえて、その内の懸念をそれなりに解消できたかとは思うが、その謹厳そのものの顔つきから内心を推し量ることは難しかった。


 侯爵家と伯爵家の人々も同じ顔ぶれで、粛然と歩を進めている。やはり菓子の試食会だからといって、貴婦人と役目を交代するということにもならなかったようだ。ただ、母親についてしずしずと歩くオディフィアは、早くも透明の尻尾をぶんぶんと振りたてているように感じられてしまった。


「お待たせいたしました。それでは、本日の試食会を開始いたします」


 司会進行のポルアースが、にこやかな表情でそのように宣言した。


「まずは、本日の菓子を準備してくれた6名の料理人を紹介いたしましょう」


 台車を押す小姓たちと、6名の料理人、それに6名の調理助手が入室する。

 トゥール=ディンとリミ=ルウは可愛らしいエプロンドレスで、リッドの女衆とララ=ルウは白い調理着だ。その後から一拍遅れて、武官のお仕着せを纏ったルド=ルウとゼイ=ディンも姿を現した。


 ダイアとヤンは、いつも通りの落ち着いた面持ちである。

《ランドルの長耳亭》のご主人はいくぶん緊張気味の表情で、《アロウのつぼみ亭》の厨番は仏頂面だ。その助手である長身の娘さんは、物怖じすることなく果然と歩を進めていた。


 確かにこれは、森辺を含むジェノスのオールスターとも言うべき菓子職人たちであろう。

 俺としてはトゥール=ディンの力が際立っているように感じられるものの、それは普段からもっとも近い場所でその成長ぶりを見届けていたからかもしれない。リミ=ルウなどは言うに及ばず、ヤンもダイアも、《アロウのつぼみ亭》と《ランドルの長耳亭》の人々も、俺にはとうてい太刀打ちできないような素晴らしい菓子を作りあげることができるのだった。


(味比べの結果に頓着する気はないけど……でもこの顔ぶれで優勝できたら、それは物凄いことだよな)


 俺がそんな風に念じる中、ついにその日の試食会が開始されたのだった。

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