歓迎の祝宴⑥~夢の中で~
2021.7/18 更新分 1/1
・今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。
「おお、アスタ殿にアイ=ファ殿! ようやくお会いできましたな!」
ダカルマス殿下とデルシェア姫は、とある簡易かまどの前で談笑をしていた。
ノ・ギーゴのクリームシチューを配っている簡易かまどで、それなりの人数が群れ集っている。俺がよく知る相手としては、ギラン=リリンとミダ=ルウ、マルフィラ=ナハムとナハムの末妹、それにラヴィッツの長兄の姿があった。ジェノスの貴族として付き添っているのはポルアースで、酒瓶と酒杯を携えたジャガルの小姓もひっそりと控えている。
「やはりこちらのくりーむしちゅーという料理は、絶品ですな! 自ら心を律しなければ、いつまでも食べ続けてしまいそうです!」
ダカルマス殿下は、どの場にあっても元気いっぱいだ。すでに料理は食べ終えたらしく、手ぶらで歓談に励んでいた様子である。
ちなみに6名の兵士たちは、その内の2名が刀を手放して、ダカルマス殿下とデルシェア姫にぴったり寄り添っている。帯刀したまま広場をうろつくことは、誰かの判断で取りやめられたらしい。そして残りの4名は、広場の外周に設置された簡易かまどよりもさらに外側の薄暗がりで、じっとこちらの様子をうかがっていた。
ルウの集落は60名からの兵士たちに守られているはずであるが、やはり王家の方々が石塀の外で行動するにはそれだけの警護が必要となってしまうのだ。外来の曲者はともかくとして、森辺の狩人が害意を抱いたならば、このような警護など紙ペラも同然であるのだが――そのような実情とは関わりなく、体面として必要な措置であるのだろう。
(ひとりで気ままに外を歩くこともできないなんて、不自由な身の上だよな)
しかしダカルマス殿下とデルシェア姫は何を気にする風でもなく、陽気に笑っている。彼らは生まれたときからこのような生活に身を置いているため、それを不自由に思うこともないのかもしれなかった。
「もう間もなく、狩人の力比べと女衆の舞が始められることになる。その際は、敷物に戻っていただくべきであろうか?」
俺たちをこの場に連れてきたジザ=ルウがそのように言いたてると、ダカルマス殿下が「ほう!」と目を丸くした。
「もうそのような刻限でありますか! いやはや、楽しい時間というのは、あっという間に過ぎ去ってしまうものですなあ!」
そう言って、ダカルマス殿下はジザ=ルウとポルアースの顔を見比べた。
「では、その前に……しばしアスタ殿と語らせていただいてもよろしいでしょうかな?」
「うむ。そのように思って、アスタに同行を願ったのだが」
「ありがとうございます! それで、余人の耳のない場所にご案内していただけると、いっそうありがたいのですが!」
ポルアースがいくぶん慌てた顔で「余人の耳のない場所でありますか?」と反問する。
ダカルマス殿下は満面の笑みで、「ええ!」とうなずいた。
「もちろん、ジェノスと森辺の然るべき立場にある方々にも立ちあっていただくべきでありましょう! ただ、なるべく少ない人数でお願いしたく思いますぞ!」
このいきなりの申し出に、ポルアースはすっかり面食らった様子であり、アイ=ファは鋭く目をすがめていた。
が、王家の父娘はいつも通りの朗らかさでにこにこと笑っている。
協議の末、立ちあい人はアイ=ファとジザ=ルウとポルアースの3名、場所は無人である分家の広間と相成った。
6名の兵士たちと、ジザ=ルウの指示でミダ=ルウとギラン=リリンも追従してきたが、そちらの人々は玄関の外で待機だ。ジザ=ルウが手ずから燭台に火を灯すと、ダカルマス殿下は「ほうほう!」と広間を見回した。
「確かにこれは、ジャガルの様式であるようですな! ジャガルの人間として、誇らしく思いますぞ!」
「……そちらにお座りいただきたい」
ジザ=ルウは糸のように細い目に内心を隠しつつ、上座の敷物を指し示した。
ダカルマス殿下はご機嫌の様子であぐらをかき、その隣にデルシェア姫がちょこんと陣取る。俺とアイ=ファとジザ=ルウはその正面に座り、ポルアースは俺たちを横から見る場所に膝を折った。
「まずは、御礼を言わせていただきたい! 本日は、素晴らしい祝宴でありました! それは祝宴に尽力してくださったすべての方々にお伝えしなければならない言葉でありますが……まずは、森辺の集落にここまでの食文化を根付かせたアスタ殿に、感謝と賞賛の言葉をお届けしたく思いますぞ!」
「ありがとうございます。光栄に思います」
いったいどのような内緒話を聞かされるのかと、俺は内心でやきもきしながら頭を下げてみせる。
しかしやっぱり、ダカルマス殿下の表情は明朗そのものであった。
「わたくしはさまざまな面において、アスタ殿の振る舞いに感嘆させられております! アスタ殿が優れた料理人であるということは言うまでもありませんが、それ以上に! わたくしは、アスタ殿の心意気に感服させられたのです!」
「こ、心意気ですか?」
「はい! 試食会に対する姿勢も、吟味の会における提案も、わたくしは強く心を揺さぶられました! アスタ殿は個人としての栄誉などは顧みることなく、ただひたすら森辺の集落を含むジェノスのために尽力しておられるのだと、わたくしはそのように確信しておりますからな! ……それともそれは、わたくしの思い違いでありましたでしょうか?」
「い、いえ。それはその通りであるかと思いますが――」
「何故なのでしょう?」と、ダカルマス殿下が身を乗り出してきた。
「このような言葉は不遜の極みでありましょうが、アスタ殿は一介の料理人に過ぎません。アスタ殿の目的は、ご自分の第二の故郷たる森辺の集落を繁栄させることなのでしょう? しかしアスタ殿は、商売敵である宿場町の方々やご縁の薄い城下町の方々にまで力を添えているように感じられてやみません」
「それはまあ、森辺の集落もジェノスの一部ですので……ジェノスの繁栄は森辺の繁栄に繋がると信じてのことですが……」
「確かにジェノスが繁栄したならば来訪する方々も増えて、屋台の料理やギバ肉の売れ行きにも関わってくるやもしれません。ですがそのように迂遠な道を辿らずとも、アスタ殿の力量であればいくらでも大きな富を築けるのではないでしょうかな? 下世話な言い方となりますが、繁栄とはすなわち財力の増加でありましょう? アスタ殿の力量であれば料理人として財をなし、それを森辺にて分配することも可能です。そのほうが、よほど手っ取り早いのではないでしょうか?」
ダカルマス殿下は無邪気な面持ちのままであるが、また大きな声ではなくなっていた。
俺はそれ相応に気を引き締めつつ、「いえ」と答えてみせる。
「それでは自分の寿命が尽きた後、森辺の民が富を得る手段が失われます。森辺の民がこの先も豊かな暮らしを維持するには、調理の技術とギバ肉の販路が必要であるはずです」
「では、森辺における振る舞いはよしとしましょう。そこで宿場町や城下町にまで力を添える必要がありましょうかな?」
「もちろんです。そもそも森辺の民は外界の方々と交流を断っていたため、まずは手を携える必要があったのです。そうしなければ、ギバの肉や料理を買っていただくこともできませんでしたので」
「しかしすでに、森辺の民は立派なジェノスの民として認められております。この上、宿場町や城下町の発展に尽力するのは、むしろ森辺の民にとって損になる話なのではないでしょうかな? アスタ殿が尽力すればするほどに、森辺の料理の希少性は失われてしまうのですからな」
「それは、べつだんかまいません。自分たちの屋台の商売は、あくまでギバ料理の美味しさを広めるための行いですので。ギバ肉の売上が保持できるなら、美味なる料理を売るのが誰であってもかまわないのです」
「ほう。森辺の料理の希少性が失われても、一向にかまわないと?」
「はい。むしろ、森辺でも宿場町でも城下町でも隔たりなく美味しい料理を食べられるようになったら、それが理想的なのではないでしょうか? 自分たちは西方神の子として正しく生きる道を模索しているさなかですので、ジェノスのすべての人々と同じ喜びを分かち合えたら、心より嬉しく思います」
ダカルマス殿下が笑顔のまま押し黙ったので、俺はさらに語らせていただいた。
「そういう意味で、自分はダカルマス殿下に感謝しています。ダカルマス殿下が試食会というものを開催してくださったおかげで、森辺と宿場町と城下町の垣根がまたひとつ取り除かれたように思うのです。さきほど殿下は森辺の料理の希少性が失われると仰いましたが、その代わりに自分たちは城下町の作法を学ぶことができました。そうしてさまざまな調理法が開示されることによって、ジェノスの食文化が発展するなら何よりですし……ダカルマス殿下もそのようなお考えで、試食会を開いてくださったのではないのですか?」
「まさしく、その通りです。わたくしは美食を追求する道楽者であると同時に、施政者でもありますからな」
「……ちょっと疑問なのですが、どうしてジャガルの王族たるダカルマス殿下が、そうまでジェノスの発展に尽力してくださるのでしょう?」
俺の問いかけに、ダカルマス殿下はにっこりと微笑んだ。
「それはあくまで、道楽者の領分であります。これでジェノスの食文化が発展すれば、次の来訪時にもいっそうの喜びが得られますからな」
「では、施政者としての領分とは?」
「それは施政者であるゆえに、大局や行く末にまで思いを馳せるのが身にしみついているという意味で、口にいたしました。……そこで、最初の疑問に戻るのです。どうして一介の料理人に過ぎないアスタ殿が、施政者さながらに大局や行く末に思いを馳せておられるのか、という疑問でありますな」
「それはきっと、自分の境遇が関係しているのだと思います。自分は異国の生まれですので……この地の人々の迷惑にならず、なんとかお役に立てる存在でありたいと願っていました」
そんな風に言ってから、俺も心のままに笑ってみせた。
「それに、大局や行く末に思いを馳せているのは自分だけではありません。むしろ身近にそういった人々がいたからこそ、自分も学ぶことができたのです。また、森辺の民というのは本当に公正で誠実な方々ばかりですので……自分も胸を張って同胞だと名乗れるように、ない知恵をしぼって正しい道を進みたいと願っています」
「アスタ殿は、公正であり誠実でありましょう。わたくしには、他の方々と変わらぬ立派な森辺の民であるようにしか思えません」
そう言って、ダカルマス殿下もさらに笑み崩れた。
「また、アスタ殿のお人柄は料理の内容にも表れておりますぞ。アスタ殿はどのような場面においても、食べる人間にもっとも喜んでもらえるように心を砕いておりますからな。アスタ殿は施政者のごとき眼差しを持ちながら、料理人としての本分を真ん中に据えておられるのです。わたくしがもっとも感服しているのは、その一点であるのですよ」
「それは、過分なお言葉をありがとうございます」
ポルアースがこっそり安堵の息をついている気配がした。あっちこっちに話題が飛びながら、なんとか穏便な形に収束したことに安堵しているのだろう。
そんな中、ダカルマス殿下があらためて発言した。
「では、これまでの話を踏まえて、アスタ殿にご提案がございます。どうかお気分を悪くされないように願いますぞ」
「はい。どういったお話でしょう?」
「わたくしの家で、料理人として働くお気持ちはありませんでしょうかな?」
ゆるみかけた空気が、一気に引き締まった。
俺の隣のアイ=ファなどは振り返るまでもなく、殺気に近い空気をかもしだしてしまっている。
それをなだめるように、ダカルマス殿下は言葉を重ねた。
「アスタ殿がこのジェノスにおいてどれだけ重要な存在であるかは、わたくしも重々わきまえております。アスタ殿はわたくしの行いがさまざまな人々の架け橋になったと仰いましたが、実際のところ、その役割を担っていたのはアスタ殿でありましょう。森辺と宿場町と城下町の垣根を取り払い、そこに絆を結ばせたのは、アスタ殿であられるのです。アスタ殿が存在しなければ、いくら試食会などを開いても有意義な結果は得られなかったかと思われます」
俺が言葉を返そうとすると、ダカルマス殿下はころころとした手をあげてそれをさえぎった。
「アスタ殿は、かけがえのない存在です。森辺の方々もジェノスの方々も、決してアスタ殿を失いたくはないと願っていることでしょう。ですがわたくしも、自分の内に生じた気持ちをねじ伏せることがかないませんでした。ですから一度だけ、このように不遜な言葉を口にすることをお許しください。これが最初で最後の申し出であり、また、この申し出を断られても決して不満は言いたてないとお約束いたします。王族の権力でもってジェノスに害をもたらすことも、当然ありえません。そのような真似は、わたくしの父たる王陛下も決してお許しにはならないでしょうからな」
そこまでひと息に言ってから、ダカルマス殿下は真っ直ぐに俺を見つめてきた。
「では、お答えください。……ジャガルに渡り、わたくしの家で料理人として働いてくださいませんでしょうか?」
「申し訳ありませんが……お断わりいたします」
俺は精一杯の気持ちを込めて、頭を下げてみせた。
そうして俺が言葉を続けようとすると、ダカルマス殿下は「いやいや!」と手を振ってくる。
「それ以上のお言葉は不要でありますぞ! アスタ殿がこのような申し出を受ける理由は、何ひとつ存在しないのですからな! しかし万が一、百万が一にも了承をいただける可能性があるならばと、口に出さずにはいられなかったのです! どうにも心情を隠しておけない性分でありますもので、どうかご勘弁をいただきたい!」
ひさかたぶりに、ダカルマス殿下の声が大きくなっていた。
すると、ずっと無言で俺たちのやりとりを聞いていたデルシェア姫が、笑顔で父親の腕をつついた。
「本当に、しかたのない父様ですわね。でも、そのような心残りを抱いたまま、王都に帰ることはできませんものね」
「うむ! 余計な気苦労をかけさせてしまい、申し訳ありませんでしたな、アスタ殿! それに、ポルアース殿にジザ=ルウ殿にアイ=ファ殿も! さきほど誓約しました通り、二度とこのような申し出は口にいたしませんので、どうかお許しくだされ!」
気の毒なポルアースは織布で額の汗をぬぐいながら、「はい」と応じた。
ダカルマス殿下は大きくうなずき、アイ=ファのほうに向きなおる。
「アスタ殿のご家族であられるというアイ=ファ殿こそ、もっともお怒りであられるでしょうな! 重ねて、お詫びを申し上げますぞ!」
「……あなたがさきほどの誓約を守るのならば、私も怒りを収めるべきであろう」
懸命に感情を殺した声音で、アイ=ファはそのように答えていた。
ダカルマス殿下はそれをなだめるように笑みを振りまいてから、「さて!」と大声を張り上げる。
「わたくしからお伝えしたい言葉は、以上となります! お手数をかけさせてしまい、申し訳ありませんでした! それでは、狩人の力比べというものを拝見いたしましょう!」
「では、こちらに」
まったく内心を覗かせないまま、ジザ=ルウは燭台を手に立ち上がった。
玄関を出ると、広場には最前までと変わらぬ熱気が渦巻いている。それを目の当たりにしたダカルマス殿下は「おお!」とのけぞった。
「またおとぎ話の中に引きずり込まれた心地でありますな! ……では、アスタ殿! またのちほど!」
王家の父娘はジザ=ルウの案内で敷物を目指し、ポルアースは俺とアイ=ファに苦笑を投げかけてからそれを追いかける。
ちょうど中休みを入れようかと考えていた俺たちは、家の壁にもたれて広場の賑わいを遠くに眺めることにした。
「いやあ、いきなりの話でびっくりしちゃったなあ。でも、丸く収まって何よりだったよ」
「……やはり、あの者たちになかなか心を許せなかった私の判断も、そうまで間違ってはいなかったということだな」
と、アイ=ファは人目がないので遠慮なく唇をとがらせた。
その愛くるしさに、俺は目眩を覚えそうなほどである。
「でもまあ、こんな話はこれっきりって約束してくれたからな。アイ=ファも、ひと安心だろう?」
「ふん。その約定が、守られるのならな」
「大丈夫だよ。あれはあれで、馬鹿正直っていう性格の表れなんだろうからさ。たとえ無理な相談でも、はっきり断られないとあきらめがつかないっていう心境だったんじゃないのかな」
アイ=ファはすね気味のお顔のまま、じっと俺を見つめてくる。
それから、やおら広場のほうに目を向けた。
ドンダ=ルウから力比べの開始が告げられたらしく、あちこちから雄々しい声があげられている。この祝宴も、いよいよクライマックスが近いのだろう。
おとぎ話――まさしくおとぎ話のように、幻想的な光景だ。俺はもう2年以上も森辺で暮らしているのに、まだ森辺の祝宴には不思議な酩酊を覚えてやまなかった。
魁偉な風貌をした狩人たちに、美しい宴衣装の女衆、天を焦がすように燃え盛る儀式の火と、集落を囲む原初的な闇――深い深い森の中で行われる、夢のような饗宴だ。
しかしそれらを非現実的な光景ととらえつつ、俺の胸には懐かしさに似た思いも去来している。それもまた、夢で見た世界の中に足を踏み入れたような、非現実的な郷愁であったのかもしれないが――だけど俺は、幸福であった。自分がこの世界の一員であるという事実が、嬉しくてたまらなかったのだ。
最初の故郷を失った悲しみは、まだ俺の心にくっきりとした傷痕として残されている。
しかし、そんな傷を負った人間としては、俺は最大限に幸福であった。
こんな幸福な気持ちを、捨てたいと思うわけがない。
だから俺はどうあっても、ダカルマス殿下の申し出を了承することはできなかった。王族の屋敷で働く料理人――それはそれで楽しくもあり、きっと充実した人生であるのだろうが、俺にとっての一番の幸福はこの場所に、アイ=ファの隣にしか存在しなかったのだった。
「……お前は王族の人間に欲されるほどの存在であるのだな」
と、アイ=ファがふいにそんな言葉をつぶやいた。
振り返ると、アイ=ファはいつの間にかまた俺の顔を見つめている。
その青い瞳には、ただひたすら幸福そうな光だけが宿されていた。
「うん。だけどアイ=ファは、なんだか嬉しそうだな。さっきまでは、ぷんすかしてたのにさ」
「あのような話を聞かされて、嬉しいわけがなかろう。余計な口を叩かぬように、私がどれだけ心を律していたか、お前にはわからぬのか?」
そのように語りながら、アイ=ファはにこりと微笑んだ。
玉虫色のヴェールと金褐色の長い髪が、そんなアイ=ファをいっそう魅力的に彩っている。
「ただ、誇らしいことに変わりはない。私が誰より大事に思っている家人が、そうまで余人から賞賛されているのだからな」
俺の右手の先が、ふいに温もりに包まれた。
家の壁にもたれたまま、アイ=ファが俺の手を握りしめてきたのだ。
「だが、勘違いするなよ。たとえお前が賞賛など浴びなくとも……たとえ余人に顧みられなくとも、私にとって一番大事なのは、お前だ」
「うん。俺だってアイ=ファが力比べで勝つのは誇らしいけど、誰に負けたって大事さは変わらないよ」
「私に勝てる狩人など、森辺には数えるほどしかおるまい」
「だったら俺に勝てる料理人も、数えるほどしかいないかもな」
そんな軽口を叩きながら、俺とアイ=ファは薄明りの中で笑い合った。
ぎゅっと握った手の先から、アイ=ファの抱いたさまざまな思いが流れ込んでくるかのようである。
(これからも、ずっと一緒だよ)
そんな思いを込めて、俺はアイ=ファの手を握り返した。
まるでその声が届いたかのように、アイ=ファはいっそう幸福そうに笑ってくれたのだった。