歓迎の祝宴⑤~対話~
2021.7/17 更新分 1/1
「ロブロスらは、敷物に留まっているようだな。私についてくるがいい」
そんな風にのたまうアイ=ファの先導で、俺はまた貴き客人らの座す敷物を目指すことになった。
アイ=ファは鋭い輝きを灯した瞳で広場を一望し、大きく右回りで敷物のほうに近づいていく。おそらく途中で王家の方々に出くわしてしまわないように、ルートを選んでいるのであろう。これほど美しい宴衣装の姿でありながら、まるでギバ狩りの仕事に取り組んでいるかのような凛々しさだ。
途中で俺たちの料理を配っている簡易かまどの前を通りすぎることになったが、そちらではユン=スドラやフェイ=ベイムたちが仕事を交代していた。ユン=スドラはルウの血族の女衆らと語らっており、フェイ=ベイムのかたわらにはモラ=ナハムの巨体がうかがえる。会話の内容までは聞こえてこなかったが、フェイ=ベイムは相変わらず怒っているような顔つきで、うっすらと頬を染めていた。
そうして敷物に到着すると、そちらもなかなかに賑わっている。敷物にはロブロスとフォルタばかりでなくジェノス侯爵家の第一子息一家も居残っており、そこにトゥール=ディンやリミ=ルウから菓子が届けられたところであったのだった。
「あー、アイ=ファだ! お菓子をいーっぱい持ってきたから、アイ=ファたちも食べなよー!」
可愛らしい宴衣装のリミ=ルウが、ぶんぶんと手を振ってくる。折しもリミ=ルウはロブロスたちに菓子を届けていたところであったので、こちらとしても都合がよかった。
オディフィアたちのもとにはまたトゥール=ディンとゼイ=ディンが座しており、そこに今度はザザとリッドのメンバーも加わっている。他にはレイ=マトゥアなどガズの血族の4名も参じており、ルウの血族ならぬ人々がこぞって貴き客人たちを歓待しているようだった。
「失礼いたします。自分たちもご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
俺がそのように声をかけると、ロブロスは難しい顔のまま無言でうなずいた。
俺とアイ=ファは、なるべくロブロスに近い場所で膝を折る。フォルタと書記官の姿はあったが、若い小姓の姿はなかった。彼はきっと、ダカルマス殿下専属の小姓であるのだろう。
「さー、食べて食べて!」と、リミ=ルウは猫の子のようにアイ=ファにすり寄った。どちらも宴衣装であるためか、普段以上に微笑ましくて、とても絵になる光景だ。
「これはあの、チャッチもちなる菓子でありますな」
と、戦士長のフォルタが野太い声でそのように言いたてた。厳つい顔に謹厳そうな表情をキープしているが、その瞳は期待に輝いているようだ。
リミ=ルウが準備したのは、さまざまな味付けが施されたチャッチ餅であった。チャッチ餅そのものが淡く色づけされており、その上から濃厚な色合いをしたソースとタウ豆のきな粉が掛けられている。色の種類は、4種であった。
「えーっとね、朱色のがワッチで、青紫色のがアマンサ、薄い紫色がリッケで、赤いのがアロウ! ……です!」
最後にロブロスたちへと視線を向けて、リミ=ルウはそのように説明してくれた。フォルタはいっそう関心をかきたてられた様子で、「ほうほう」と身を乗り出す。
「以前の試食会でもアマンサのチャッチもちというものが出されておりましたが、このたびはリッケまでもが使われておるのですか」
「うん! マトラはちょっと難しいけど、リッケはチャッチもちにも合うから! ……あやや、合いますから!」
「……無理に丁寧な言葉を使う必要はありませんぞ?」
フォルタが穏やかな眼差しでそのように口をはさむと、リミ=ルウはミゾラの花飾りを揺らしつつ、「ううん!」と首を横に振った。
「今日はドンダ父さんが、さいだいげんのけーいをはらうべしって言ってたから! それにジザ兄も、リミは貴族の人たちと接する機会が多いから、それに見合ったれーぎさほーを身につけるべしって言ってたの! です!」
「そのお気持ちだけで、十分であるように思いますぞ。……ともあれ、リミ=ルウ嬢の心尽くしをいただきましょう」
フォルタはグローブのように大きな手で、リッケのチャッチ餅を自分の小皿に取り分けた。そうして淡い紫色のチャッチ餅を口に運ぶと、感じ入った様子で「おお……」と声をもらす。
「これは、美味でありますな……アマンサのチャッチもちより、さらに素晴らしい出来栄えであるように思いますぞ」
「ありがとーです! ロブロスとそっちの人も、どーぞ!」
ロブロスと書記官も同じものを取り分けたので、俺とアイ=ファもそれにならうことにした。
チャッチ餅本体よりも濃密な紫色をしたリッケのソースからは、レーズンに似たふくよかな香りが匂いたっている。それがどれだけ素晴らしい味わいであるかは、俺も勉強会ですでに味わわされていた。
「あ、こちらにはラマムの果実も使われているようですね」
ロブロスたちよりはいくぶん若めの書記官が、弾んだ声でそのように言いたてた。
「うん! リッケはもともと干されてるから水気を加えないといけなかったんだけど、ただ水をいれるだけじゃあ味がぼやけちゃうから、ラマムの絞り汁も使ってるの! です!」
「我々の故郷においても、リッケとラマムを組み合わせた菓子というものはよく見かけます。しかし、これほどに美味なる菓子はなかなかお目にかかれませんなあ」
先刻まではこの人物もずいぶん硬い面持ちであったが、現在はすっかり表情がやわらいでいる。彼は王家の方々の行状に心を痛めているというよりも、ただひたすら緊張していただけなのかもしれなかった。
ちなみにこちらの書記官とは、以前の来訪時にけっこう親睦を深めた思い出がある。城下町で行われた晩餐会の際、彼はロブロスやフォルタとは別の席でルティムの父子と大いに盛り上がっていたのである。
「本当にこちらの菓子は、素晴らしい出来栄えですね。……他の料理にもご満足いただけましたか?」
まずは会話の架け橋にと、俺は書記官へと声をかけてみた。
次なるチャッチ餅に手をのばしかけていたその人物は、笑顔で「もちろんです!」と応じてくれる。
「試食会でも素晴らしい料理の目白押しでございましたが、本日はそれとも比較になりません! 王子殿下の仰る通り、これこそが森辺の方々の本領なのでしょうな!」
「うむ。それに、以前の晩餐会よりもさらに素晴らしい出来栄えであるように感じられますぞ。わずか数ヶ月で、そうまで手腕があがるとは考えにくいのですが……やはり普段から過ごしている森辺のほうが、本領を発揮しやすいということなのでしょうかな?」
と、隣のフォルタも会話に乗ってきてくれた。
俺は「そうですね」と笑顔を返してみせる。
「もちろん城下町のほうが調理器具は充実していますし、なんの不満もない環境なのですが……やっぱり馴染みのある環境のほうが、本来の力を発揮しやすいのかもしれませんね」
「やはり、そうですか。ならば、森辺に招かれた幸運に感謝しなければなりませんな。これも、王家の方々が常識にとらわれない恩恵――」
そこまで言いかけて、フォルタは慌てて口をつぐんだ。
ロブロスはやはり無言のまま、横目でフォルタをねめつけている。フォルタは南の民の中でもひときわ大きな身体を、小さく縮こませることになった。
「い、いや、失言でありました。我々は、そのように浮かれた言葉を口にする立場ではありませんでしたな」
ロブロスは「よろしい」とばかりに眼光を引っ込めた。
これはちょうどいいきっかけかと思い、俺はロブロスに向きなおる。
「ロブロスは、ずっと難しいお顔をされていますね。自分たちは心からみなさんを歓迎していますので、どうかこの祝宴をお楽しみいただけたら嬉しく思います」
ロブロスは厳しい表情のまま、俺を見やってくる。
が、やっぱり口を開こうとはしなかった。
その姿に、今度はアイ=ファがすっと膝を進める。
「ロブロスがこの祝宴を楽しめていないなら、我々も残念に思う。何か祝宴を楽しめない理由でもあるのだろうか?」
アイ=ファの言葉に、ロブロスはいっそう眉間の皺を深くした。
すると、書記官がフォルタの巨体ごしに、そちらへと囁きかける。
「ロブロス殿。今は王家の方々も席を外されておりますし、この祝宴には小姓や侍女の耳もございません。真情をお伝えするにはうってつけの状況なのではないでしょうか?」
「……吾輩の真情は、すでにアスタに伝えてある。それ以上、言葉を重ねる必要はなかろう」
書記官は眉を下げつつ、俺のほうを見てきた。
俺はひとつうなずき、アイ=ファと同じように膝を進める。
「ロブロスの真情とは、最初の日に聞かせてくださった、あのお言葉ですよね。でしたら、何もご心配はいりません。自分たちは今日のことも、決していらぬ手数とは考えていませんので」
王家の方々は今後も俺たちにいらぬ手数をかけさせるかもしれないので、事前に詫びておきたい――と、再会を果たした最初の日、ロブロスはこっそりそんな話を伝えに来てくれたのだ。
ロブロスは顔をしかめつつ、疑り深そうに俺を見据えてきた。
「其方たちが手数をかけさせられたのは、今日ばかりではあるまい。この20日間ほどで、何度となく苦労をさせられたはずだ」
「はい。ですが、苦労に見合った成果を手にできたと考えています。それは森辺の民ばかりでなく、城下町や宿場町の方々も同じことでしょう」
ロブロスは、ますますうろんげな顔をした。
すると、フォルタが巨体を起こして、ロブロスの右手側に回り込んだ。それで生まれたスペースは、書記官が埋める。
「わたくしが壁になれば、他の方々に会話を聞かれる恐れはありますまい。確かにこれは好機でありますので、アスタ殿らと存分に語らうべきかと思われますぞ」
ロブロスの右手側には森辺の人間ばかりでなく、メルフリードやエウリフィアも控えているのだ。もちろんそちらはそちらで歓談に励んでいるので盗み聞きの余地もなかったが、いちおうの用心ということであろう。
俺とアイ=ファはさらに膝を進めて、リミ=ルウもそれを追いかけてくる。そうして左右からはフォルタと書記官にも見つめられ、ロブロスは観念したように溜息をこぼした。
「では、問おう。其方たちは、本当に王家の方々の行状を気に病んでおらぬのであろうか?」
「はい。多少は驚かされる面はありますが、何も気に病んだりはしていません」
「……これだけの苦労をかけられておるというのに、ずいぶん寛容なことであるな。仕事と割り切れば苦痛なこともない、ということであるか?」
「仕事と割り切っているわけでもないのですが……自分としては、ダカルマス殿下の行いがジェノスの食文化を大きく発展させてくれるのではないかと、そんな期待をかきたてられています」
ロブロスは、またいぶかるように眉をひそめた。
「それは、王子殿下ご自身のお言葉であろう。其方とて、無理に追従をする必要はないのだぞ」
「決して無理はしていません。試食会も吟味の会も、ジェノスで料理に携わる人間にとっては大いに有用だったかと思います。これまであまり接点のなかった宿場町と城下町の方々を引き合わせてくださったという一点だけでも、ダカルマス殿下には感謝したいぐらいです」
「感謝」と、ロブロスは目を剥いた。
「アスタよ、其方は本気でそのような言葉を口にしているのであるか?」
「もちろんです。虚言は罪ですので。きっと宿場町や城下町の方々も、それは同様だと思います。これを契機に、自分たちはこれまで以上に素晴らしい料理を手掛けられるようになる、と……誰もがそんな風に思っているのではないでしょうか?」
ロブロスが押し黙ると、今度はアイ=ファが発言した。
「ロブロスよ。私もかまど番ならぬ身であるので、あなたの疑念は理解できるように思う。しかし、アスタたちは本当にそう思っているようであるのだ。王家の者たちからもたらされる苦労は、きっと自分たちの大きな糧になる、と……きっと森辺のかまど番ばかりでなく、宿場町や城下町の者たちも、同じ思いを抱いているのだろう」
「そう……なのであろうか?」
「うむ。あなたは試食会においてもずっと同じ席に留まっていたので、あの場の者たちがどれだけ昂揚していたかもあまり目にしておらぬのだろう。また、町の人間というものはなかなか貴族の前で本心をさらしたりはしないものであるからな。……だが、あの者たちはまぎれもなく意欲に燃えていた。かまど番としてさらなる高みを目指すために、誰もが奮起していたように思うのだ」
そう言って、アイ=ファは苦笑めいたものを口もとに浮かべる。
「本心を言えば、私も王家の者たちの行状はいささか苦々しく思っていた。家人や同胞が無用の苦労を背負わされているという思いが、どうしてもぬぐいきれないのだ。しかし、それを拒むべきであると族長らに申し立てないのは……ひとえに、かまど番たちのそういった意欲を感じたためとなる。きっと我々が思っている以上に、森辺や宿場町や城下町のかまど番たちは、王家の者たちの行いを得難いものと感じているのだ」
「…………」
「そして、家人や同胞がそれを得難いと感じているならば、私も自らの疑念は横に置いて、力を添えねばと思っている。きっとジェノスの貴族らも、私と似たような心情であろう。よって、王家の者たちの行状を迷惑だとは考えぬし、腹の底で反感を育むこともなかろう」
ロブロスは再び嘆息をこぼし、アイ=ファの顔をじっと見据えた。
「……其方たちは、わざわざそれを伝えるために、この場に参じたということであろうかな?」
「うむ。あなたが無用の懸念を抱えているならば、それは解きほぐすべきと考えた。あなたこそ、わざわざ事前に我々の苦労を思いやってくれていたのだからな」
「うん! リミたちはなんにも迷惑だなんて思ってないから、安心してほしいなー! ……と、思うのです!」
アイ=ファの横にひっついていたリミ=ルウも、にこーっとロブロスに笑いかけた。すると、さしものロブロスもつられたように頬をゆるめる。
「其方たちの親切に、感謝する。……それでは真実、王家の方々の行状を迷惑だとは考えておらぬのだな?」
「はい。本当に得難い経験をさせていただいたと感謝しております」
俺がそのように答えると、ロブロスはこれまでにない感じで苦笑をした。
「其方を筆頭とする森辺の料理人というのは、もとより底抜けの向上心を携えていようからな。その言葉だけでは、とうてい安心できなかったやもしれん。……よって、其方の言葉こそが大きく胸に響いたぞ、アイ=ファよ」
「うむ。かまど番ならぬ我々には、理解し難い部分もあろうからな」
そう言って、アイ=ファは少しだけ眼差しを鋭くした。
「ところで、それとは別にもう一点、この場で聞いておきたいことがあるのだが」
「うむ? 何であろうかな?」
「あなたは最長老と語らっていたとき、いくぶん心を乱していたように思う。もしや、我々の祖がジャガルの黒き森で暮らしていた時代について、何か思うところでもあるのだろうか?」
ロブロスは完全に虚を突かれた様子で、ずんぐりとした身体をのけぞらせた。
アイ=ファは「やはりそうか」とひとつうなずく。
「もしもそれが、黒き森の滅びにまつわる話であるのなら、何も案ずる必要はない。我々は、すでにその真実を知っている」
「……真実とは、なんのことであろうかな?」
「黒き森は戦によって焼かれたのではなく、森辺の民を快く思わない王国の人間によって燃やされたという話についてだ」
この言葉には、左右のフォルタと書記官がぎょっと身をすくめることになった。
「し、しばしお待ちを。それは、如何なる話でありましょうかな?」
「その行いに手を染めた人間の血族にあたる者が、かつて我々に告白してくれたのだ。黒き森を燃やしたのは、森辺の民から住む場所を奪い、王国に従わせるためであったのだ、とな」
それを告白してくれたのは、建築屋のメイトンである。
アイ=ファは眼光の鋭さを消して、静かな声で言葉を重ねた。
「だがそれは、80余年もの昔の話だ。そして我々はモルガの森においてこれほど幸福な生を授かったのだから、いまさら南の王国を恨む理由はない」
「だが……最長老は、黒き森にて生を受けたのであろう?」
「うむ。我々の祖はジャガルからモルガに辿り着くまでに千の同胞を失い、モルガに移り住んでからは500の同胞を失ったという。ジバ婆……最長老は、自らの目でそのさまを見届けたが、それでも南の王国を恨んだりはしないと言っていた」
そう言って、アイ=ファはジバ婆さんのように透き通った眼差しでロブロスたちを見た。
「ゆえに、森辺の民がそれを理由に南の民を恨むこともない。もしもあなたがそれを案じていたならば、どうか安心してもらいたい」
「其方は……そこまで吾輩の心を見透かしておったのだな」
ロブロスは、短い猪首をゆるゆると横に振った。
「其方の眼力には、恐れ入った。さすがは……異国人たるアスタに同胞の資格ありと見抜いた狩人であるな」
「それは単に、アスタがとうてい捨て置けぬぐらい弱り果てていたというだけのことだ」
アイ=ファはちょっと気恥ずかしそうに目を伏せて、それからちらりと俺のほうを見やってきた。
俺はそちらに、心からの笑顔を届けてみせる。
「ともあれ、我々は故郷を奪われた恨みなど抱いていないし、王家の者たちの行状を迷惑にも思っていない。これであなたがたも、心より祝宴を楽しむことがかなうであろうか?」
「……そうと聞かされても、王家の方々の奔放な振る舞いをすべて許容することはできぬがな」
そんな風に言いながら、ロブロスは複雑な表情で笑った。
「さりとて、我々にあの方々の行いを止める力はない。ならばこのようにふんぞりかえっているのではなく、苦労をかけられた人々にねぎらいの言葉でもかけるべきであろうな」
「広場を巡るのであろうか? ならばその前に、トゥール=ディンの菓子を味わっていくといい。さきほどからトゥール=ディンが、こちらに菓子を届ける機会をうかがっているのだ」
俺がびっくりして横合いを振り返ると、確かにトゥール=ディンはオディフィアたちとの歓談を楽しみつつ、俺たちのほうをちらちらと見やっていた。
「まこと、恐るべき眼力であるな。……トゥール=ディンよ、我々にも其方の菓子を味わわせてもらえるだろうか?」
「は、はい!」と、トゥール=ディンは跳ねるような勢いで身を起こし、大きな皿を手に近づいてきた。すでに、こちらに届ける分を取り分けてくれていたのだ。
「ど、どうぞ。お口に合えば、幸いです」
その大皿にのせられていたのは、リッケを使った焼き菓子だ。レーズンのごときリッケをそのまま生地に練り込んでカスタードクリームを包んだものや、スポンジの生地にリッケのジャムをはさんだものや、煮込んでカロン乳やラマムの果汁で溶いたものを生地に混ぜ合わせたものや――この20日間ばかりの研究の結晶である。
「これらのすべてに、リッケが使われているのですか! それはまた……わずか20日ていどで、驚くべき成果でありますなあ」
書記官などは、すっかり感じ入ってしまっている。
そうしてそれらを口にしたならば、ロブロスとフォルタも驚嘆に目を見開くことになった。
「ううむ。素晴らしい味わいですぞ。リミ=ルウ嬢のチャッチもちに引けを取らない出来栄えでありますし、しかもリッケで3種もの焼き菓子を完成させるとは……」
「確かに、素晴らしい味わいである。しかし……其方たちは、これらを次の試食会で披露しようという心情には至らなかったのであろうかな?」
ロブロスがそのように問いかけると、トゥール=ディンとリミ=ルウはきょとんとしながら顔を見合わせた。
「どうだろー? もしかしたら、試食会でも出すかも! です!」
「であれば、試食会に参ずる我々にこの場で食べさせるべきではなかろう。目新しさが失われて、星を失うやもしれんのだからな」
「あはは。でもでも、味比べより祝宴のほうが大事だから!」
「は、はい。客人の方々に、もっとも喜んでいただけるような菓子を準備するべきかと考えていましたので……試食会のことは、念頭にありませんでした」
「そうだよねー! それに、試食会はまだ日取りも決まってないし! それまでには、また新しいお菓子を思いつくんじゃないかなー! ……です!」
ロブロスは深々と息をついてから、幼きかまど番たちの姿を見比べた。
「自らの度量の小ささを思い知らされた心地であるな。……では、我々はしばし失礼する」
「ロブロス殿も、広場をお巡りか?」と、メルフリードが立ち上がった。
「ならば、わたしがご一緒いたそう。……エウリフィア、オディフィアを頼むぞ」
「ええ、おまかせください」
ロブロスたちは履物を履いて、敷物の外に身を起こした。
そして最後に、俺とアイ=ファに目を向けてくる。
「では、またのちほど。……其方たちの親切には感謝しておるぞ、アイ=ファにアスタよ」
「いや。祝宴を楽しめるように祈っている」
ロブロスとアイ=ファは、とても穏やかな感じに視線を見交わした。
そうしてロブロスたちが人混みの向こうに消えていくのを見届けてから、俺はアイ=ファに笑いかける。
「けっきょくアイ=ファにまかせる格好になっちゃったな。でも、ロブロスたちもだいぶ気分が晴れたみたいで、よかったよ」
「うむ。しかしこちらがどれだけ迷惑でないと言い張っても、王家の者たちが奔放なことに変わりはないのだからな。ロブロスたちは、気の毒なことだ」
「あはは。でもでも、アイ=ファたちのおかげで祝宴を楽しめるようになったんじゃないかなー!」
そう言って、リミ=ルウはぴょこんと身を起こした。
「それじゃあリミは、ちっちゃな子たちにお菓子を届けてくるから! アイ=ファもアスタも、またあとでねー!」
リミ=ルウは宴衣装をひるがえして、ぴゅーっと駆け去っていった。
それでは俺たちも、あらためてかまど巡りを――と、アイ=ファのほうを振り返ると、そちらはすでに真っ向から俺を見つめていた。
それがどこか甘えるような眼差しであるように思えて、俺はドキリとしてしまう。くどいようだが、今日のアイ=ファは普段以上に美麗な宴衣装の姿であるのだ。
「ど、どうした? 俺はなんにもしてないぞ?」
「何をそのように慌てておるのだ? ……私はただ、少し疲れたと告げようと思っただけだ」
「そ、そうか。それじゃあちょっと、静かなところで休ませてもらおうか」
祝宴の日には、そういう時間を設けることが定例になっていたのだ。
アイ=ファは「うむ」と嬉しそうにうなずきかけたのだが――そこに、長身の人影が近づいてきた。誰かと思えば、ジザ=ルウである。
「ここだったか。どうりで姿が見えぬわけだ。……アスタよ。足労だが、しばし王家の者たちの相手を願えないだろうか? 俺もともに広場を巡っていたのだが、あちらは貴方と言葉を交わしたく思っているようなのでな」
「え? あ、はい。えーと……アイ=ファ、どうしようか?」
「……名指しで呼びつけられては、拒むわけにもいくまい」
アイ=ファはじっとりとした目つきで、俺をねめつけてくる。
そしてジザ=ルウからは見えない角度で、俺の二の腕を甘噛みするように軽くつねってきた。
そうして俺たちは、しばらくぶりに王家の方々のもとを目指すことに相成ってしまったのだった。