歓迎の祝宴③~宴料理~
2021.7/15 更新分 1/1 ・11/29 誤字を修正
「失礼いたします」と敷物にやってきたのは、何名かの女衆を引き連れたレイナ=ルウであった。
「最初の料理をお持ちしました。汁物料理とフワノ料理になります」
「おお、あなたは試食会で第2位の勲章を授かった、レイナ=ルウ殿でありますな! こちらもまた、たいそうお美し――あ、いやいや! 実に芳しい香りでありますな!」
ダカルマス殿下は先ほどから何度も口をすべらせそうになっていたが、それでもデヴィアスよりは自制できていた。
というか、これだけ直情的な気質であり、しかも王子という身分にあるダカルマス殿下が、懸命に森辺の習わしを尊重しようとしてくれているのだ。慌てて口をふさぐそのさまなどは、俺にはむしろとても誠実な姿に思えてしまった。
ともあれ、宴料理の第一陣である。
目の前に置かれた木皿を見やったダカルマス殿下は、「むむむ!」と大きな声を張り上げた。
「この香りに、この色合い! こちらの汁物料理には、もしやノ・ギーゴが使われておるのでしょうかな?」
「はい。妹のリミ=ルウが考案した、ノ・ギーゴのくりーむしちゅーという料理になります」
俺たちが南の王都の食材を手にしてから、すでに20日以上が経過している。そして先日の吟味の会を経て、ついに販売が解禁となったため、リミ=ルウたちはここ最近の成果をこの祝宴でお披露目したのであった。
こちらの料理は言うまでもなく、トライプをノ・ギーゴに置き換えたクリームシチューである。カボチャに似たトライプとサツマイモに似たノ・ギーゴではあれこれ勝手の異なる部分もあるのだが、リミ=ルウは見事に転用を成功させたのだ。その味わいは、俺もこれまでの勉強会で何回か味わわされていた。
「そしてこちらのぴざという料理には、ゲルドの乾酪とペルスラの油漬け、それにメレスが使われています。いずれ青乾酪で同じ料理を作れればと考えているのですが……今日の祝宴には間に合いませんでした」
「ふむふむ! こちらも芳しい! いやいや、期待をそそられてしまいますな!」
窯焼きのピザには香りの強いゲルドの乾酪と、アンチョビに似たペルスラの油漬け、そしてコーンのようなメレスの他に、アリアやプラやマッシュルームモドキが使われている。それをベースにして、ギバ・ベーコンとマロールを加えたものが別々に準備されていた。
貴族の席の端にひっそりと控えたフェルメスのもとには、マロールのピザだけが届けられる。偏食家のフェルメスがダカルマス殿下のご不興を買っているらしいという話は周知していたので、そちらの料理を届けた女衆もむやみに声をあげてダカルマス殿下の気をひかないように心がけているようだった。
「おお、これは……実に美味ですな!」
まずノ・ギーゴのクリームシチューを口にしたダカルマス殿下は、すぐさま快哉の声をあげていた。
「ノ・ギーゴの甘さとカロンの乳や乳脂の風味が、素晴らしい具合に調和しておりますぞ! いやはや、わずかひと月足らずでノ・ギーゴをこうまで使いこなすとは、リミ=ルウ殿も大したものでありますな!」
「はい。……こちらがわたしの作であったのなら、次の試食会で供しようかと考えていたかもしれません」
と、レイナ=ルウは感情を隠したいかのように目を伏せた。
レイナ=ルウは次の試食会に奮起するのと同時に、いったい何の料理を出せばよいのかと煩悶していたのだった。
しかし確かに、このノ・ギーゴのクリームシチューは素晴らしい出来栄えである。トライプのクリームシチューとはまた異なる、甘くてやわらかくて濃厚な味わいであるのだ。きっとこちらも屋台で出せば、たいそうな評判を呼ぶことがかなうだろう。
「こちらのぴざという料理も、素晴らしい味わいですわ! 燻煙で炙ったというギバ肉が、またたまりません!」
「ほうほう! こちらのギバ肉は、燻製に仕立てられているのですな! ……ふむふむ! 確かに素晴らしい食感と味わいです! 乾酪やペルスラとも見事に調和しておりますな!」
王家の父娘は、子供のようにはしゃいでいる。
それを横目に、俺は黙々と食事を進めているロブロスのほうに呼びかけた。
「ロブロスは如何ですか? たしかロブロスたちは、ノ・ギーゴを使っていないクリームシチューを口にされていましたよね」
ロブロスは虚を突かれた様子で、こちらに向きなおってきた。
が、それよりも早くデルシェア姫が身を乗り出してくる。
「ロブロス様は、そのような料理を口にされていたのですか!? それはきっと、わたくしたちが同行していなかった前回の来訪時のことですわよね?」
「……ええ。トゥランの北の民たちに調理の手ほどきをしたというリミ=ルウの力量を確認するために、料理を準備していただいたのです」
ロブロスはぎゅっと引き締まった顔で、そのように応じた。
デルシェア姫は「いいですわね!」と瞳を輝かせる。
「こちらの料理からノ・ギーゴを引くと、どのような味わいになるのか! わたくしも、いつかそれを味わわせていただきたく願います!」
「うむ、確かに!」と、ダカルマス殿下も加わってくる。
かくして、ロブロスと語らおうという俺の目論見は、呆気なく打ち砕かれてしまったのだった。
(やっぱりこれは、王家の方々と別行動になるチャンスを狙うしかないかな)
俺がそんな風に考えている間にレイナ=ルウたちは立ち去って、入れ替わりでユン=スドラやイーア・フォウ=スドラたちがやってきた。
「お待たせいたしました。アスタの取り仕切りで作りあげた料理となります」
「おお! これは試食会で出されていた、なまはるまきなる料理でありますな!」
「うわあ、素敵! このように盛りつけられると、見栄えも素晴らしいのですね!」
大皿には、小さく切り分けられた色とりどりの生春巻きが並べられていた。せっかくなので、本日は4種の生春巻きを準備してみせたのだ。
湯通しした薄切りのバラ肉には、ダイコンのごときシィマとヤマイモのごときギーゴの細切りで、大葉のごときミャンを贅沢に1枚ずつ使っている。
ギバのミンチをマロマロのチット漬けなどで炒めたピリ辛の肉ダネには、キュウリのごときペレや長ネギのごときユラル・パやニンジンのごときネェノンの細切りを生鮮のまま使い、清涼感を加えた。
ツナフレークのごときジョラの油煮漬けは、ワサビのごときボナを加えたタルタルソースで和えて、レタスのごときマ・ティノを湯がいたものを一緒にくるんでいる。
アマエビのごときマロールはボイルにして、こちらにはユラル・パとネェノンの他にモヤシのごときオンダも使った。こちらもちょっとピリ辛のチリソースだ。
基本的に、色彩は白と緑と朱の3色でまとめられている。
だけどやっぱり細切りのユラル・パやネェノンの束が輪切りにされると、その断面はなかなかに華やかなものであるのだ。我ながら、これは城下町の祝宴でも喜ばれるのではないかという仕上がりであった。
「ほうほう! 今回、後掛けの調味液は準備されていないのでしょうかな?」
「はい。それぞれ独自に味付けがされていますので、どうぞそのままお召し上がりください」
ミンチとジョラはそれぞれ味の濃い具材であるので、バラ肉には干しキキをベースにした梅ダレのような調味液を、マロールにはチリソースを仕込んでいる。祝宴でいただくにはこういった手軽さが重要であろうと考えた次第だ。
「……ところでアスタ殿らは2日前、城下町の方々から下ごしらえの手ほどきをされたというお話でありましたな。さかのぼれば4日前の吟味の会から、それらの下ごしらえについては聞き及んでいたはずですが……それらの作法も、今宵の宴料理に反映されているのでしょうかな?」
「いえ。城下町の下ごしらえの作法というのは、食材の分量や熱の入れ方などが、かなり厳密かつ繊細な感じであったのですね。これだけの日数では十分な修練の時間を作れませんでしたので、断念いたしました。ルウ家の方々も、それは同様であるはずです」
俺がそのように答えると、ダカルマス殿下は「そうですか!」とあらためて笑みを広げた。
「いや、森辺の方々が城下町の作法を習い覚えたならばどれほどの変化が生じるものかと興味をかきたてられていたのですが、その変化を知るにはまずもともとの出来栄えを知っておかねばなりませんからな! 正直なところ、わたくしがそれを知る前に森辺の料理がさらなる進化を遂げてしまうのではないかと、いささかならず心配してしまっておったのです!」
それだけの言葉を一気にまくしたててから、ダカルマス殿下は生春巻きのひとつをぽいと口の中に放り込んだ。
「おお、これは美味ですな! シィマとギーゴの清涼な味わいが、湯通しされたギバ肉と実に調和しておりますぞ!」
「こちらのジョラも素晴らしいですわ! お父様はこの倍のボナでも文句はおっしゃらないでしょうけれど!」
王家の父娘は、またきゃっきゃとはしゃいでいる。
ゲオル=ザザは「やかましい連中だな」とばかりに肩をすくめてから、別の言葉を口にした。
「俺としては、冷たい料理よりも熱い料理を好ましく思うのだが。客人らに不満はないようだな」
「不満など持ちようもございませんぞ! 冷たい料理にも熱い料理にも、それぞれ美点はありましょう!」
そんな風に応じてから、ダカルマス殿下はぐりんと俺に向きなおってきた。
「ところで! なまはるまきという名称から察しますに、やはり生でないはるまきという料理も存在するのでしょうかな!?」
鋭いところを突いてくるなあと、俺は笑顔を返してみせる。
「はい。基本の春巻きは、揚げ料理となります。そちらはシャスカではなく、フワノで皮を作るべきでしょうね」
「ふむふむ! その仰りようですと、まだ手掛けた経験がありませんのでしょうかな?」
「はい。似たような料理は作りましたが、森辺に来てからはまだ手掛けていません」
俺はわりあい焼き餃子で満足してしまい、春巻きには挑戦していなかったのだ。生春巻きは、あくまでシャスカの新しい使い方のために考案した料理であったのだった。
「あ、ユン=スドラ。そっちの仕事は問題ないかな? トゥール=ディンも抜けたから、8人になっちゃったんだよね?」
会話の切れ間に声をかけると、宴衣装のユン=スドラは「はい」と笑顔を返してきた。
「人手は十分に足りています。しばらくしたら、次の料理をお持ちしますね」
すると、エウリフィアが「あら」と声をあげた。
「イーア・フォウ=スドラも、もう行ってしまうのね。のちほど、ゆっくり語らっていただけるかしら?」
「はい。わたしもみなさんと語らえるのを楽しみにしています」
トトスの早駆け大会で面識を得た両名は、先日の試食会でさらなる親睦を深められたようだった。メリムがいないのが惜しいところである。
ドンダ=ルウやダリ=サウティは、メルフリードやポルアース、それに使節団の一行ともぽつぽつ言葉を交わしている。オディフィアはもちろんディンの父娘を前にしてご満悦であるし、フェルメスは――いつの間にか敷物にやってきていたガズラン=ルティムと、小声で何かを語らっていた。
(ガズラン=ルティムも、フェルメスのお気に入りだからな。フェルメスの鬱屈を慰めてあげてるのかな)
そういえば、こちらはジェムドも頭数に入れて宴料理を準備したのに、彼は敷物の脇にひとり立ち尽くし、なんの料理も口にしていなかった。これもまた、ダカルマス殿下の目をはばかってのことなのだろうか。
(まあいいや。ダカルマス殿下と別行動になってから、しっかり食べてもらおう)
そんな中、ルウの眷族の女衆によって、次なる料理が届けられた。
そちらから漂う芳香に、ダカルマス殿下たちよりも早くゲオル=ザザが瞳を輝かせる。
「おお、ぎばこつらーめんだな! やはり祝宴に、こいつは欠かせまい!」
「ぎばこつらーめん?」と、ダカルマス殿下も興味津々で身を乗り出す。
そちらには、デルシェア姫から説明が為されることになった。
「ギバの骨から出汁を取った、とっておきの料理だそうですわ! 骨を煮込むのにものすごく時間がかかるため、森辺においても祝宴でしか口にできないのだそうですよ!」
「ほうほう! それほどの手間がかけられた料理であれば、いっそう期待が高まってしまいますな!」
女衆らはつつましく微笑みながら、ギバ骨ラーメンを貴き方々の前に供していった。
屋台で売られるミニラーメンていどの分量であるが、ギバのチャーシューとホウレンソウのごときナナール、モヤシのごときオンダと長ネギのごときユラル・パなど、具材もどっさりだ。ギバ骨ラーメンをこよなく愛する森辺の民にとって、ゲルドの食材ユラル・パの登場はたいそうありがたいものであるはずであった。
それを口にしたダカルマス殿下は、感極まった様子で「美味い!」と雄叫びをあげる。
「いや、失礼! これは美味ですな! 《キミュスの尻尾亭》のらーめんも素晴らしかったですが、こちらは出汁の濃厚さがまったく異なっております! これが、ギバの骨の力でありますか!」
「はい。ギバは風味が強いため、骨ガラの出汁もこれだけ力強いものになるわけですね」
ひさびさに食べるギバ骨ラーメンは、溜息が出るほど美味しかった。簡易版としてソーキそばのような料理を考案した俺であるが、やっぱり数時間もかけてじっくり煮込んだギバ骨の出汁には、他の何にもかえられない魅力が存在するのだ。
そしてたたみかけるように、今度はギバ・カツが届けられてくる。
一緒に運ばれてきたのは山盛りの千切りティノで、そこにはアリアやネェノンばかりでなく、大ぶりにちぎられたマ・ティノや輪切りのペレ、それにコーンのようなメレスもひっそり加えられていた。ゲルドや南の王都のおかげで、生野菜サラダもじわじわと彩りが増しているのだ。
こちらのギバ・カツにおいても、ダカルマス殿下とデルシェア姫は感嘆の声をほとばしらせていた。やはりギバ骨ラーメンやギバ・カツは、森辺の民ならぬ人々にも大きなインパクトを与えるようである。
「わたくしは、天にものぼる心地ですぞ! ……これこそが、森辺の方々の本当の本領なのですなあ」
「本当の本領?」と、ゲオル=ザザがうろんげに声をあげた。
「よくわからんが、それはあの試食会というもので出された料理と比べての話であるのか?」
「まさしく、その通りでございます! もちろん試食会で出された料理も素晴らしい出来栄えであったのですが、あれらはあくまでゲルドの食材の使い道を示すための、偏った献立であったのでしょう! なおかつ、ジェノスのさまざまな立場にある方々にも目新しいと思っていただけるように考案されたわけですから、二重の意味で枷を負っていたようなものであるのです!」
口角泡を飛ばしながら、ダカルマス殿下はそのように熱弁した。
「しかし! 本日準備された宴料理には、そういった枷がいっさい存在いたしません! これこそが森辺の方々の本当の本領であり……わたくしは心底から、その力量を思い知らされました!」
「なるほどな。俺は試食会とやらで料理を口にしていないので、比べようもないのだが……エウリフィアも、そのように思うのか?」
と、少し遠い場所にいるエウリフィアに、ゲオル=ザザが言葉を投げかける。
ゼイ=ディンらと語らっていたエウリフィアはそちらを振り返り、「そうね」と微笑んだ。
「それに何より、森辺の集落で森辺の料理をいただくというのが、幸福な心地だわ。それでいっそう美味しく感じられるのじゃないかしら」
「うむ、確かに! 星空を天蓋にして楽しむ祝宴がこれほどに胸のわきたつものとは、想像もしておりませんでしたぞ!」
ゲオル=ザザは「ふむ」と逞しい下顎を撫でさすった。
「やはり石の都で暮らす人間は、祝宴もすべて家の中なのだろうか?」
「時には庭園で祝宴を開くこともありますが、しょせんは石塀の内ですからな! 野生の森に囲まれた祝宴とは、まったく趣も異なりましょう!」
すると、ダリ=サウティもゆったりとした笑顔で会話に加わってきた。
「俺も何度か城下町の祝宴に招かれたが、森辺の祝宴とは異なる楽しさというものを覚えることができた。客人らも同じ気持ちであるなら、喜ばしく思う」
「そうですな! これほど刺激的で胸のわきたつ祝宴は、とうてい石塀の内では味わえますまい! 領土の内に森辺の集落を抱くジェノスの方々を、心より羨ましく思いますぞ!」
「ふふ。わたくしやオディフィアはまだ2度目の来訪ですけれど、あなたやポルアースなどはもう何度となく森辺の祝宴や晩餐に招かれていますものね」
伴侶に優美な微笑を投げかけられたメルフリードは、ポーカーフェイスで酒杯を口に運ぶ。ただ、トゥール=ディンと幸福そうに語らっている愛娘を見やる眼差しは、とても優しげであった。
俺が想像していた以上に、祝宴は平穏に進行されているようである。
俺の隣に座したアイ=ファも、目つきを鋭くしたり溜息を噛み殺したりすることなく、黙然と食事を進めている。そんな中、もっとも不明瞭な顔つきをしているのは、やはりロブロスであるかもしれなかった。
「お待たせいたしました。他の方々に順番を譲っていたら、すっかり遅くなってしまいました」
と、そこにまたユン=スドラたちがやってきた。手もとの料理をすべて食べ終えていたダカルマス殿下は、またきらきらと瞳を輝かせる。
「アスタ殿の取り仕切りで準備された料理ですな! このたびは、いかなる献立でありましょう?」
「シャスカ料理と、ジョラ料理ですね。自分の準備した料理は、これですべてとなります」
シャスカ料理はピラフであり、ジョラは先日の吟味の会でお披露目した揚げ焼きだ。ツナフレークのごときジョラの油煮漬けを、丸めてフワノ粉をまぶして揚げ焼きにした料理である。
「おお……これが噂の、絢爛なるシャスカ料理ということですな!」
「はい。絢爛というほどではないかと思いますが、以前にお出しした料理にはノ・ギーゴしか使っておりませんでしたからね」
そしてデルシェア姫のみ、ファの家ですでにチャーハンを食している。それと差別化するために、俺はキノコ主体のピラフを準備していた。
ブナシメジモドキとシイタケモドキとマッシュルームモドキ、あとはギバ・ベーコンとアリアとネェノンとマ・プラを使い、それをホボイ油とラマンパ油で炒めている。ラマンパ油は南の王都から届けられたピーナッツオイルのごとき油で、ホボイ油も同じく王都産の高値で上品な風味のするものを使っていた。ホボイ油で仕上げると中華風のニュアンスが強まってしまうものの、これらの具材にはホボイ油の風味がよく合うし、ラマンパ油もまた同様であることが知れたため、ジャガルの方々にはいっそう好ましく思えるのではないかと考えた次第だ。
いっぽう副菜のほうは、ジョラの揚げ焼き団子に特製のソースを掛けている。ワサビのごときボナとマヨネーズと生クリームを混ぜ合わせた、ボナマヨクリームソースとでも言おうか。ボナとマヨネーズの相性は先日の勉強会で判明したところであるし、さらに生クリームを加えることで深いコクが得られたのだった。
そしてこちらでも、団子を揚げ焼きにするのに王都産のホボイ油を使っている。強い味付けを施さない料理ほど、こちらのホボイ油の素晴らしい風味が活きるように思うのだ。塩とピコの葉で薄く下味をつけただけのジョラの揚げ焼き団子などは、まさしくうってつけであった。
「おお、これは……!」と、ピラフを食したダカルマス殿下は、感極まった様子で押し黙ってしまう。
そして、ダカルマス殿下にしてはボリュームを抑えた声で、俺に問うてきた。
「アスタ殿。やはりこれは我々のために、ジャガルの食材を主体にしてくださったのでしょうかな?」
「はい。もともと自分の考案していたシャスカ料理の中で、もっともジャガルの食材を多く使っているのがこの組み合わせでしたので、それを採用いたしました」
「……これらのキノコは、いずれもジャガルから買いつけたものでありましょう。マ・プラもジャガルが産地でありますし、アリアやネェノンもジャガルでは広く食べられております。ホボイとラマンパの油などは、言わずもがなですな」
そう言って、ダカルマス殿下はしみじみと微笑んだ。
「そんなジャガルの食材が、森辺のギバ肉とシムのシャスカとともに調理され……馴染み深さと目新しさが混然一体となっております。あらためて、アスタ殿は素晴らしい料理人でありますな」
「あ、ありがとうございます」
ダカルマス殿下が豪快さを引っ込めてしまうと、俺のほうこそ居心地が悪くなってしまった。ゲオル=ザザやダリ=サウティらも、いくぶんうろんげにダカルマス殿下を見やっている。
が、デルシェア姫は父君の常ならぬ振る舞いをいぶかる様子もなく、ほくほく顔でジョラの揚げ焼き団子を食していた。
「父様! こちらのジョラ料理も、やっぱり素晴らしい味わいですわ! こちらにも、わたくしたちのお届けしたホボイの油が使われておりますしね!」
「おお、そうか!」と、ダカルマス殿下もそれに呼応して元気を取り戻した。
そこに、女衆ならぬ人々がわらわらと近づいてくる。
「ドンダ=ルウよ。客人らに挨拶をさせてもらおうかと思うのだが、どうだろうか?」
それは、すでに敷物でフェルメスと語らっていたガズラン=ルティムを除く、ルウの眷族の家長たちであった。声をあげたのは、アマ・ミン=ルティムの父親たるミンの家長である。
「うむ、そうか。……客人らよ、眷族の家長たちに席を譲り、挨拶をさせてもらいたく思う」
「承知した」と応じたのは、ジェノス側の責任者であるメルフリードだ。
そちらに席を譲るために、ドンダ=ルウを除くメンバーが腰をあげる。するとダカルマス殿下は笑顔で俺のほうを見据えながら、「またのちほど!」と言いたててきた。デルシェア姫も無言ながら、にこにこと笑いつつ俺に視線を定めている。
(そりゃあまあ、これでお役御免ってことにはならないんだろうな)
ともあれ、この場の接待はひとまず終了だ。
俺とアイ=ファも履物を履いて、敷物を出る。すると、ドンダ=ルウに耳打ちされたルド=ルウが、ひょこひょことこちらに近づいてきた。
「なー、アスタたちは、仕事があるのか?」
「いや、料理を配る仕事はユン=スドラたちに任せてるけど……何か用事かな?」
「いや、親父にジバ婆を連れてこいって言われたんだけどさ。ジバ婆は今、幼子たちと一緒にいるんだよ。で、コタがアスタに会いたがってたから、ちょうどいい機会かと思ってさ」
そのようなお誘いであれば、大歓迎である。ジバ婆と会いたいアイ=ファも快諾したので、俺たちは敷物を迂回して本家の母屋を目指すことになった。
「そういえば、ジバ=ルウが祝宴で家にこもってるのは珍しいね。別に体調が悪いわけじゃないんだろう?」
「あー、親父が王家の連中の人柄を見定めるまでは、引っ込めておくことになったんだよ。自分の目で見定めねーと、安心できねーとか言ってさ」
「なるほど。やはりドンダ=ルウは敬服すべき家長だな」
ことがジバ婆さんがらみの話であるためか、アイ=ファはいたく感銘を受けたようだった。
頭の後ろで手を組んで歩きながら、ルド=ルウは「へん」と鼻を鳴らす。
「俺はともかくジザ兄やガズラン=ルティムの言葉でも安心できねーってのは、ずいぶん慎重なこったよな。ジバ婆だって、最初から祝宴を楽しみたかったろうによ」
「祝宴は、まだ始まったばかりだ。ジバ婆が楽しむ時間はいくらでもあろう」
「あー、アイ=ファの宴衣装もすっげー楽しみにしてたからなー。せいぜいじっくり楽しませてやれよ」
アイ=ファは仏頂面となり、ルド=ルウは「にひひ」と白い歯をこぼした。
そうして母屋に到着したならば、ルド=ルウは控えめに戸板を叩く。
「俺だよー。戸板を開けても大丈夫かー?」
「大丈夫よ。乳をあげてる人間はいないから」
そのように応じてきたのは、サティ・レイ=ルウの声であった。
ルド=ルウが戸板を開けると、土間の猟犬たちがきょとんとした顔で目を上げる。その頭を撫でくってから、ルド=ルウは俺たちを招き寄せた。
広間には、とてもたくさんの幼子たちが集められている。その中から、コタ=ルウがとてとてと近づいてきた。
「アスタ、おしごとおわった?」
「うん。とりあえず、ひと区切りだね。コタはいい子にしてたかな?」
「うん」と大きくうなずいてから、コタ=ルウはにこりと微笑んだ。
そして広間の奥では、ジバ婆さんやサティ・レイ=ルウも微笑んでいる。そのすぐかたわらの草籠で寝かされているのは、もちろんコタ=ルウの妹であるルディ=ルウであろう。
「お疲れ様です、アイ=ファにアスタ。……ルドは、最長老をお連れに来たのかしら?」
「あー。でも別に、そうまで急ぐ必要はねーよ。今は眷族の家長たちが挨拶を始めたところだからなー。それが済んだら、分家の家長たちと一緒に紹介するってよー」
ということで、俺たちも広間に上がらせていただくことになった。
アイ=ファの美しい宴衣装の姿に、ジバ婆さんは幸福そうに目を細める。
「ああ、アイ=ファの宴衣装を目にするのはひさしぶりだねえ……アスタの贈った飾り物も、とてもよく似合っているじゃないか……」
アイ=ファはとても気恥ずかしそうに、「うむ」とうなずいた。そういえば、俺が首飾りの追加装備を贈ったのはアイ=ファの生誕の日であったから、ジバ婆さんもその場に立ちあっていたのだ。
「本当に、目の覚めるような美しさだねえ……アイ=ファは齢を重ねるごとに、どんどん美しくなっていく気がするよ……」
「いや、そのように褒めそやされても、返答に困るばかりなのだが」
アイ=ファが羞恥に身悶えると、また別種の魅力が増幅されてしまう。なんだか俺まで一緒に身悶えてしまいそうだ。
それで矛先を収めたジバ婆さんは、ルド=ルウのほうに視線を転じた。
「それで……ルドが呼びに来たってことは、ドンダも危険はないって判じたわけだねえ……」
「あー。危険なことは、最初っからなかったけどよ。あいつらがジバ婆に失礼な口を叩いたりしねーか、そいつを見定めてたんだろ」
あぐらをかいたルド=ルウは、手近な幼子を肩の上に担ぎあげながら、そのように応じた。
するとコタ=ルウがじっと俺を見つめてきたので、俺もその小さな身体を持ち上げてみせる。俺の肩に収まったコタ=ルウは、とても温かい手で俺の髪をまさぐってきた。
(そういえば、ラウ=レイもいつだったかにコタ=ルウをこんな風にあやしてたっけ)
血族でもない俺にコタ=ルウがこうまでなついてくれるというのは、嬉しい限りである。
と、俺がそんな感慨を抱いている間にも、ジバ婆さんとルド=ルウのやりとりは続いていた。
「まさか、ジャガルの王族なんてものに会える日が来るなんてねえ……どんなお人らなのか、楽しみなところだよ……」
「悪い人間ではねーけど、声が馬鹿でけーからびっくりしねーようにな。親父のほうなんて、ダン=ルティムにも負けない声だからよー」
「それは元気なものだねえ……アイ=ファはまだ、そのお人らに心を許せないのかい……?」
優美な横座りの姿勢でいたアイ=ファは、唇がとがるのをこらえるように口もとをごにょごにょさせた。
「私は他者と絆を深めるのに、余人よりも長きの時間がかかってしまうのだ。他の者たちが大事ないというのなら、ジバ婆が案ずることはないと思うぞ」
「あたしが案じてるのは、アイ=ファのことだよ……せっかくの祝宴を楽しめなかったら、アイ=ファが気の毒だからねえ……」
「私のことなど案ずる必要はない。たとえ客人らに心を許せなくとも、これだけ心安い同胞が居揃っているのだからな」
アイ=ファはジバ婆さんを安心させようとばかりに、とても優しげな眼差しをした。そうすると、いっそう光り輝くような美しさである。
「それに私は、アスタたちの苦労を気にかけているに過ぎん。あの者たちも、決して悪人ではなかろうからな」
「そうかい……アイ=ファがそう言うなら、いっそう安心だねえ……」
「アイ=ファは最初っから、アスタのことしか心配してねーもんよ。ま、王家の姫なんてもんにアスタが見初められたら厄介だから、気持ちはわからなくもねーけどなー」
アイ=ファは一瞬で真っ赤になり、ものすごい目つきでルド=ルウをにらみつけた。
ルド=ルウはまた悪戯小僧のように笑いながら、言葉を重ねる。
「んー? 俺、なんかおかしなこと言ったかー? 家人の心配をするのは、家長として当たり前のこったろ? そんな顔を赤くするような話じゃねーと思うけどなー」
「……アスタよ。私は手が届かぬので、お前が代わりにルド=ルウをこらしめてやるがよい」
「いやいや、そんなおっかないこと、できないよ」
すると、俺の肩に鎮座ましましていたコタ=ルウが、くいくいと髪を引っ張ってきた。
なんとなくコタ=ルウの言いたいことを理解した俺は、その小さな身体をかつぎあげて、ルド=ルウのほうに差し出してみせる。コタ=ルウは勇躍、ルド=ルウの頭を両手でひっかき回した。
「わ、馬鹿、やめろって。なんでコタがそっちの味方すんだよ」
「ファのいえ、ともだから!」
サティ・レイ=ルウはくすくすと笑い、ジバ婆さんも楽しそうに目を細めてコタ=ルウの活躍を見守っている。
そんな具合に、俺たちはしばし平穏なひとときを過ごし、祝宴の後半戦に向けて英気を養うことがかなったのだった。