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異世界料理道  作者: EDA
第六十二章 騒乱は果てず
1063/1681

吟味の会②~志~

2021.6/28 更新分 1/1

・今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。

 そうして貴賓館における、2度目の吟味の会が開始された。

 まずは、食材のお披露目である。宿場町の関係者はすでにそれが使われた試食品を口にしていながら、食材の現物を目にするのも初めてであるのだった。


 サツマイモのごとき、ノ・ギーゴ。

 レタスのごとき、マ・ティノ。

 干し柿のごとき、マトラ。

 レーズンのごとき、リッケ。


 ツナフレークのごとき、ジョラの油煮漬け。

 ピーナッツオイルのごとき、ラマンパの油。

 ゴルゴンゾーラチーズのごとき、青乾酪。

 ワサビのごとき、ボナ。


 それに、上質なホボイ油とリッケ酒を加えて、品目は10種となる。

 デルシェア姫が基本的な取り扱い方を説明したならば、いよいよ俺の出番であった。


「ご覧の通り、ノ・ギーゴはマ・ギーゴに、マ・ティノはティノと外見が似ています。味のほうもそれほど遠くはないので、これまでの料理に応用するのも難しくないのではないかと思います。……ただし、ノ・ギーゴは独特の甘みを持っているため、どちらかというとトライプと置き換えたほうが話は早いでしょうね。以前の試食会においても、ボズルはトライプをノ・ギーゴに置き換えて、味を微調整したそうですね?」


 料理人の一団の中から、ボズルが「そうですな」という言葉を返してきた。


「ノ・ギーゴの食感はマ・ギーゴに近いように思いますが、これほどに甘みの強い野菜はトライプしかないように思います。料理においても菓子においても、トライプの代わりにノ・ギーゴを使うというのが、もっとも早道でありましょうな」


「はい。ノ・ギーゴを使った菓子に関しては、トゥール=ディンが示してくれた通りです」


 エプロンドレスのようなお仕着せを纏ったトゥール=ディンは、顔を赤くしてうつむいてしまう。トゥール=ディンのこしらえたスイート・ノ・ギーゴは、この場にいるほとんどの人々が口にしているのである。


「また、マ・ティノに関してですが……デルシェア姫も仰っていた通り、こちらはティノよりもやわらかいのが特徴です。生鮮で食するのに適していますし、火にかける場合は注意しないと形が崩れてしまうことでしょう。自分が屋台で使うなら、強い味付けの料理に生鮮のまま使うのが主流になると思います。それでその場合はティノほど細く刻む必要もないので、大ぶりに切り分けたもので食感を大事にしたいところでありますね」


 俺としては、森辺の勉強会のおさらいをしている気分であった。半月ほど前から今日に至るまで、俺たちは時間を見つけては新たな食材の使い道を吟味していたのである。


「それじゃあ次は、マトラとリッケになりますが……こちらは、菓子作りの得意なリミ=ルウとトゥール=ディンにお願いすることにします」


「はーい!」とリミ=ルウが元気に進み出て、トゥール=ディンがそれに続いた。


「マトラとリッケはそのまま食べても美味しいけど、お菓子の材料でもすごく使いやすいと思うよー! リッケなんかは、アロウやアマンサとおんなじような感じで使えそうだよねー?」


「はい。水を加えて煮込みながら練りあげれば、アロウやアマンサのじゃむと同じように使えると思います。それに、アロウやアマンサよりも甘みが強いので、砂糖は不要なぐらいですね」


「うん、そーそー! でも、マトラは煮込んでも、リッケみたいにやわらかくならないんだよねー」


「はい。こちらは小さく刻んで生地に練り込むか、あるいはリッケそのものに味や風味をつけたりするといいように思います」


「リッケそのものに?」と声をあげたのは、ヤンであった。

 トゥール=ディンはもじもじとしながら、「はい」とうなずく。


「わたしもまだ、納得のいく形には仕上げられていないのですが……リッケは少し、特殊な果実であるように思うのです。他の果実のような酸味が存在しませんし、どこか土の風味のようなものも感じられるでしょう? それに、どれだけ煮込んでも形が崩れないぐらい、強い粘り気をもっていますので……他のものと一緒に煮込むことで、風味づけができるように思うのです」


「ふむ……トゥール=ディン殿は、どのような形で模索をされているのでしょう? 差しさわりのない範囲で教えていただけたら、ありがたく思います」


「わたしが試しているのは、シールやワッチの果汁、それにママリアの果実酒などで煮込むことです。酸味をもたないマトラに酸味を加えたらどうなるだろう、というのが最初の思いつきで……まだ完成はしていませんが、自分なりに手応えはつかむことがかないました」


「なるほど。非常に興味深く思います」


 そうしてヤンは引き下がったが、他の料理人たちはざわつき始めていた。それを代表するように、ひとりの人物が挙手をする。


「どうも話をうかがうだけでは、仕上がりの想像がつきませんでした。よろしければ、手本を見せていただけませんでしょうか?」


 宿場町の民としてはずいぶん丁寧な物腰である、それは《ランドルの長耳亭》のご主人であった。

 トゥール=ディンが迷うように視線を巡らせると、デルシェア姫が笑顔でそれを受け止める。


「試食の品は、お好きなだけお作りください! そのために、厨で会を行っているのですから!」


「は、はい。承知いたしました。ただこれはけっこう長い時間、煮込まないといけないのですが……」


「その時間も話は続けますので、ご心配なく! アスタ様も、それでよろしいですわよね?」


「ええ、問題ありません」


 ということで、この場で最初の調理が始められることになった。

 トゥール=ディンの指示で、10個ばかりのマトラを細長く切り刻む。干し柿のように粘つくマトラはたいそう切りにくかったが、形は乱雑でかまわないという話であったので、苦労しながらも何とか仕上げることができた。


 その切り刻んだマトラを、レモンのごときシールの果汁とママリアの果実酒で煮込むのだそうだ。トゥール=ディンは俺の知らない間に、そのような使い道を考案していたのだった。


「これを弱い火で、半刻ほど煮込みます。わたしが火を見ていますので、話をお続けください」


「リミはもう、そんなにお話も残ってないかなー。アスタはどう?」


「そうだね。それじゃあ、ひとつだけ。……このマトラなのですが、俺は料理への使い道を模索しているさなかです」


「料理? こんなに甘いマトラを、料理に使おうというのですか?」


 デルシェア姫が瞳をきらめかせながら身を乗り出してきたので、俺は「はい」とうなずいてみせた。


「城下町では、果実もけっこう料理に使われているでしょう? 俺はあまり馴染みのない作法なのですが、でも、ラマムだったら煮込み料理に使ったことがあるのですよね」


 ラマムはリンゴに似た果実であり、俺は『ギバ・カレー』で使用することがままあったのだ。

「ですが」と声をあげたのは、ティマロであった。


「我々が果実を料理に使うのは、そのまろやかな甘みや清涼な酸味を欲してのこととなります。マトラに酸味はありませんし、甘みのほうも……いささかならず、ラマムやミンミとは質が異なっているように感じられますな」


「はい。ラマムやミンミをマトラに置き換えることは難しいように思います。俺はむしろ、砂糖や蜜の代用にできるんじゃないかと考えています」


「砂糖や蜜を、マトラに置き換える? それはまた……大胆な発想ですな」


「ええ。マトラが強烈に甘かったために、そんな発想が浮かびました。自分はむしろ、砂糖よりもマトラのほうが甘いんじゃないかと感じたぐらいなのですよね」


 俺の故郷においても、砂糖を超える甘さを持つ干し柿というものが存在するのだと聞いた覚えがある。その事実がどうあれ、俺の体感としてマトラはそれぐらい甘かったのだった。


「そしてマトラの甘さというのは、タウ油やミソと相性がいいように思うのです。自分もまだ試行錯誤の最中ですが、まずはそういった料理の砂糖をマトラに置き換えてみようかと考えています」


「たとえば、ギバのかくになどでしょうかな?」


 こらえかねたように、ナウディスも声をあげてくる。その瞳は、デルシェア姫に負けないぐらいきらきらとしていた。


「はい。まさに、そういった料理ですね。角煮の甘さをラマムやミンミで補うのは難しそうですが、マトラだったらまた新しい美味しさを求められるんじゃないかと考えました」


「ううむ。お話をうかがっていたら、わたしもそのような気分になってきましたぞ。これはこちらでも試さなくてはならないでしょうな」


 といったところで、果実に関しても解説は終了した。

 トゥール=ディンの煮込み作業はまだまだ始まったばかりであるので、俺はラマンパの油に取りかかることにする。


「ラマンパの油は、ボズルが肉料理で使っていましたね。これはホボイの油と似て異なる香ばしさと甘い風味が特徴だと思いますので、焼物にも煮物にも適しているかと思われます。それに、ホボイの油との相性がとてもいいので、混合して使うのもいいですね。まずはホボイ油を使っている料理に少量使ってみるなどして、相性を確かめてみてはどうかと思います」


「それにこちらは、菓子の材料にも適しておりますからな」


 と、相槌を打ってくれたのはボズルであった。

 俺も「そうですね」と応じてみせる。


「トゥール=ディンも目下研究中なのですが、残念ながらそちらはまだ目処がついていないそうです。ただ、これで生地を焼きあげたり、生地の中に練り込んでみたり、砂糖や何かと混合して生地に塗るだけでも、十分に目新しい美味しさを得られそうですね。個人的には、焼き菓子と相性がいいように思っています」


 そうして俺が話を切り上げようとすると、デルシェア姫が「アスタ様!」と声をあげてきた。


「なんだかお話が速やかすぎて、約束の刻限の半分足らずで会が終わってしまいそうです! それに、試食の品などはお作りにならないのですか?」


「あ、試食の品はあとでまとめてと考えていたのですよね。その前に、基本的な説明をひと通り済ませてしまおうかと思いまして」


「ああ、そうだったのですね! 余計な口をはさんでしまい、申し訳ありませんでした!」


 デルシェア姫は胸もとに手をやって、ほーっと大きく安堵の息をついた。よほど、今日の会を楽しみにしてくれていたのだろう。


 同じ調子で、俺は青乾酪とボナについて話を進めていく。

 青乾酪はその強烈な風味を香草によって調和させるしかないので、あまり語らうこともない。ボナに関しては、タウ油との相性を説明するに留めて、あとはやっぱり試食の場を待ってもらうことにした。


 そして最後の、ジョラの油煮漬けである。

 人々がもっとも期待をかけているのが、この食材であった。


「これまでの試食会で、ジェノスでは遠来からのお客に魚料理を求められることが多いのだと、あちこちで聞き及びました。それでペルスラの油漬けの活用法が取り沙汰されていたわけですが……あちらは風味が強烈なため、使い道も限られてしまうように思います。また、美味しく仕上げることができても、それを『魚料理』と呼んでしまっていいものか、いささか疑問が残るところでありましたね」


「ええ。ペルスラはまぎれもなく魚ですが、それよりも風味の強烈さが際立っておりますし、香草などを練り込む際に形も失われてしまいますからな。あれでしたら、マロールやヌニョンパを使ったほうが、まだしも魚介の料理と呼ぶに相応しいことでしょう」


 と、ボズルがまた適切な相槌を打ってくれた。

 もしかしたら南の民としての責任感が、そうさせているのだろうか。そちらに感謝の笑みを届けてから、俺は話を続けさせていただいた。


「このジョラもすでに油で煮込まれているために、形を保ったまま料理に仕上げることは難しいです。でも、ペルスラほど強烈な風味は持っていないので、素材の味を活かすことは難しくないように思います。そのまま食べても美味ですし、マヨネーズなどの調味液で和えるだけでも素晴らしい味わいですからね。個人的に、あまりあれこれ細工をしないほうがジョラそのものの美味しさを活かせて、魚料理らしい印象を出せるのではないかと思われます」


「しかし細工が不要であるなら、料理店でお出しする理由もなくなりましょう。お客がご自分でジョラの油煮漬けを買いつけて、それを口にすればいいのですからな」


 今度は、ティマロが声をあげてくる。

 こういう問題提起も、俺としては大歓迎である。


「俺も、同じ気持ちです。自分の家で食べる分には手軽で便利な食材ですが、売り物の料理として仕上げるにはひと工夫が必要かなと思いました。それでひとつ、面白い食べ方を考案しましたので、それを見ていただこうかと思います」


 俺はトゥール=ディン以外の3名に、それぞれ調理の準備をお願いした。何せ相手はこれだけの人数であるので、レイナ=ルウたちにもそれぞれ指南役を担ってもらう手はずになっていたのだ。

 宿屋の関係者と城下町の料理人たちは十数名ずつで4組に分かれてもらい、それぞれの作業台に集まっていただく。俺のもとにはヴァルカスの一派やティマロにヤンなど、城下町の人々が数多く見受けられた。


「城下町では流行遅れとされているそうですが、俺が考案したのは揚げ物料理です。なるべく細工を減らした調理法ですので、そのように心置きください」


 俺はジョラの油煮漬けをいったんほぐしてから、それを匙ですくって団子の形に成形した。形が崩れてしまわないように固めに仕上げて、そこにフワノ粉をまぶす。


「これを、レテンの油で揚げ焼きにします。ジョラはこのままでも食せる食材ですので、表面が焼ければそれで十分です」


 あちこちのかまどから、ジョラが揚げ焼きにされる音色が響きわたった。

 すると、当然のように俺のもとに陣取っていたデルシェア姫が、こっそり囁きかけてくる。


「ねえ、いちおう聞いておくけど、試食品は父様たちの分も準備してるよね?」


「あ、はい。吟味の会で味見の品を作る際は、いつも貴き方々の分まで準備しておりますよ」


「よかったー! そこでないがしろにされたら、さすがの父様もひっくり返っちゃうだろうからさー!」


 それはそれで見てみたいような気もしたが、もちろんそんな興味本位で試すことはできなかった。

 ともあれ、ジョラの揚げ焼きは次々に仕上がっていく。表面を焼くだけでいいので、人数分を仕上げるのもさしたる手間ではなかった。

 俺が最初に焼きあげた分は、さっそく貴き方々のもとへと運ばれていく。それから次の分が完成して、周囲の人々へと配分された。


「ほう、これは……まさしく、素材の味を活かした仕上がりですな」


 まずそんな風に言ってくれたのは、ヤンであった。


「そして、揚げ焼きにされた表面の香ばしさが、いっそう好ましく思えます。ジョラの油煮漬けという食材がどれだけ美味なるものであるか、あらためて思い知らされた心地です」


「はい。ジョラは、本当に美味しいですよね」


 他のかまどでも味見が済んだようなので、俺はあらためて同じ場所に集合してもらった。


「以上が、俺の考案した食べ方です。もちろんあれだけでは簡素に過ぎますので、後掛けの調味液を準備したり、香草か何かをジョラに練り込むのも効果的でしょう。そこでどのような工夫を凝らすかが、料理人としての腕の見せどころというわけですね」


「なるほど。素材の味を活かしつつ、そこで独自性を打ち出すというわけですか……確かにそれなら、立派な料理として売りに出すことも可能でしょうな」


 何やら難しげな顔をしたティマロが、そのように言いたてた。


「これならば魚料理と評することもできましょうし、それでいて、細工の余地はいくらでも残されております。食材費を切り詰めなければならないという宿場町に置きましても、さして苦労はかからないでしょう。何せ、なんの味付けをほどこさない状態でも、これだけ美味であるのですからな」


「はい。ジョラの油煮漬けがもともと美味しいからこそ成立する調理法というわけですね」


「見事です。見事な手並みです。城下町と宿場町で分け隔てなく使える調理法という意味でも、これは素晴らしい料理であるかと思われます」


 そんな風に言ってから、ティマロは食い入るように俺を見据えてきた。


「しかし、アスタ殿は……いや、森辺の方々はギバ肉を売ることで、ようやく人並みの豊かさを得られたというのでしょう? それなのに、これほど素晴らしい魚料理を考案し、あまつさえ、それを余人に知らしめようというのは……いったい、いかなる心づもりなのでしょう?」


「それは以前にお話しした通り、ジェノスの繁栄を願ってのこととなります。ジェノスが美食の町として知れ渡ればいっそう宿場町も賑わって、いっそうギバ肉も売れるようになるかもしれませんからね」


「ですが、こちらのジョラ料理がもてはやされて、ギバ料理の価値が落ちてしまうやもしれませんぞ?」


「そのときは、このジョラ料理よりも素晴らしいギバ料理を考案してみせます。そうやって、次々に素晴らしい料理が増え続けることが、一番望ましい行く末だと思うのですよね」


 そう言って、俺はティマロに笑顔を返してみせた。


「それに俺は、ギバ肉の素晴らしさを信じています。ジョラの油煮漬けがどれだけ素晴らしい食材でも、ギバ肉だって負けはしません。……ご心配くださりありがとうございます、ティマロ」


「べ、別にわたしは、あなたがたの心配をしていたわけではありません。目先の褒賞につられて大義を見失っているのではないかと、ご忠告を申し上げただけですぞ」


 貴き方々の耳をはばかってか、ティマロは小声でそのように言いたてた。

 俺がもう一度「ありがとうございます」と言ったとき、ひとり黙然と火の番をしていたトゥール=ディンが「あの」と声をあげてくる。


「こちらのマトラも、ようやく完成しました。取り分けるのを手伝っていただけますか?」


 ユン=スドラとリミ=ルウが協力して、シールの果汁と果実酒で煮込まれたマトラの細切りを取り分けてくれた。

 俺もそれは、初めて口にするものであったのだが――干し柿に似たマトラにレモンのような酸味と赤ワインのような風味が加わり、とても上品な味わいに仕上げられていた。


「マトラが、このように仕上げられるのですか……これは十分に、菓子の具材として使えそうな味わいでございますねぇ」


 ダイアがやわらかい笑顔でそのように評すると、トゥール=ディンは恐縮しきった様子で「はい」と答えた。


「でもまだ、風味が物足りないように思います。マトラのもともとの甘みが強いので、それに負けてしまっているように感じませんか?」


「そうですねぇ……いっそ、数日ほど漬け込んでみてはいかがでしょう? 干された果実はこれ以上もなく実が締まっているため、その内側にまではなかなか風味も行き渡らないはずでございますからねぇ」


「そうか、そういう面もあるのですね。ありがとうございます。家に戻ったら、試してみようと思います」


 それ以外の場でも、人々はしきりに感嘆の声をあげていた。宿場町や城下町という出自の区分もなく、おおよその人々はこの仕上がりに感銘を受けた様子である。


「……トゥール=ディン、素晴らしい手腕です。やはり、菓子に関して、トゥール=ディンの発想、際立っています」


 プラティカが鋭い眼差しでそのように言いたてると、トゥール=ディンは嬉しさと気恥ずかしさの入り混じった面持ちで「ありがとうございます」と頭を下げた。

 その微笑ましいやりとりを見届けてから、俺は「さて」と声をあげる。


「それではこれから、他の食材に関しても試食品をお目にかけようと思うのですが……それとあわせて、いくつかの調理法をお伝えしたく思います」


「調理法? とは、なんのお話でしょう?」


「俺が先日にお出ししたシャスカの薄い皮の作り方や、トゥール=ディンがお出ししたメレスのフレークの作り方。あと、ついでと言っては何ですが、チャッチ餅やチョコレートの作り方などもお伝えしたいと考えました。それに関しては、すでにこちらの族長や貴き方々からも了承をいただいています」


 お行儀のいい静けさを保っていた厨に、大きなざわめきが発生した。

 そんな中、びっくりまなこで声をあげたのは、ボズルである。


「何故に、そのようなことを? それらはアスタ殿が考案なされた、貴重な調理法でありましょう?」


「自分にとって、それらは下ごしらえに区分される内容になります。肝要なのは、それらを使ってどんな料理や菓子を作りあげるか、という点だと思うのですよね。だから、隠す必要はないのだという結論に至りました」


 俺は、そんな風に答えてみせた。


「その代わりと言っては何ですが、俺たちにも城下町における下ごしらえの作法というものを教えていただけないでしょうか?」


「下ごしらえの作法?」


「はい。肉をやわらかく仕上げるにはどうするだとか、どんな下味をつけるのだとか、香草の取り扱いに関してだとか……城下町では一般的とされている作法に関しても、自分たちは何も知りません。みなさんが森辺の料理に驚かされているように、自分たちも城下町の料理に驚かされているのです。それでおたがいに下ごしらえの作法を教え合ったら、何か新たな道が開けるのではないかと……そんな風に考えた次第です」


 人々は、まだ大きくざわめいている。

 それにも負けない声で、俺はさらに言ってみせた。


「試食会を通じてみなさんと言葉を交わすことで、自分たちは大きく刺激を受けました。でも、言葉だけでは足りない部分があるのです。ですからそれを、この厨で補わさせていただけないかと、俺は貴き方々に提案して、それを了承していただけたわけです。突然の話で恐縮ですが、お嫌でなければどうぞよろしくお願いいたします」


 そうしてまずは、森辺のかまど番が新食材の扱いやその他もろもろをお披露目することになった。

 その準備を進めていると、レビが「よう」と声をかけてくる。


「いきなりの話で驚かされたけど……まさか、俺に気を使ったわけじゃないよな?」


「ああ、レビは城下町の作法に興味津々だったね。うん、それもひとつの考えるきっかけにはなったけど……もちろん、それがすべてってわけじゃないよ」


 俺の真意は、さきほど語らった通りである。俺はこれまで城下町の料理というものを、自分には縁遠いものと断じてしまっていたのだが――試食会というものを通じて、考えをあらためることになったのである。


 レイナ=ルウやマルフィラ=ナハムは城下町の影響を受けて、あれだけ素晴らしい料理を作りあげることになった。しかしそれは彼女たちが卓越した調理センスや味覚などを有しているためであろう。

 俺自身、舌の鋭敏さにはそこそこの自信はあるものの、あとは故郷でつちかった経験を頼りにしているのみである。ここで歩を止めてしまったら、これ以上の成長は望めないのではないか――という思いもあった。


 俺はこの世界において、いっぱしの料理人と認められている。

 だが俺は、19歳の若輩者に過ぎないのだ。故郷では、見習いの半人前に過ぎなかったのである。

 俺のひそかな目標は、親父を超える料理人になることであるのだ。

 もはや親父とは2度と会えない身であっても――いや、そうであるならなおのこと、俺はその志をないがしろにしたくなかった。


 そして俺は、森辺の民であると同時に、ジェノスの民である。

 これまで森辺の女衆に手ほどきしてきたように、城下町の料理人たちに手ほどきをして――さらに自分もあちらから手ほどきしてもらえるなら、いっそう望ましい行く末を望めるのではないかという考えもあった。


 でもやっぱり、根源にあるのはもっとシンプルな思いであろう。

 森辺の作法を習得した城下町の料理人は、どのような料理を生み出すのか。城下町の作法を習得した森辺のかまど番は、どのような料理を生み出すのか。主眼となるのはその思いであり、そして、森辺のかまど番の中には俺自身も含まれている、ということである。


 俺は、もっともっと素晴らしい料理を作りあげて、それを口にする人々に喜んでもらいたい。

 俺の根底にあるのは、そんな思いに過ぎなかった。


(……だから、どれだけ城下町の作法を学んでも、素っ頓狂な料理を作ってガッカリさせたりはしないから、心配しないでくれよな)


 そんな思いを込めながら、俺は壁際にたたずむアイ=ファの姿をちらりと見やった。

 俺が真っ先に料理を届けたいのは、もちろんアイ=ファであるのだ。だから、アイ=ファに美味しいと思ってもらえない限り、志もへったくれもなかったのだった。


「それではまず、シャスカの皮を作ってみせますね。せっかくですから、それを南の王都の具材とあわせて試食の料理を仕上げてみようと思います」


 そうして俺は、再び調理に取りかかった。

 今日の行いが、自分の血肉になるかどうか――それもまた、試食会の経験と同様に、自身の心がけ次第であるはずだった。

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[気になる点] マトラとリッケの解説の部分の途中でマトラとリッケが逆になっていて、文章がつながらない部分があります
[良い点] アスタが善人すぎて! [気になる点] もう、食べ物の名前覚えきれなーい! 王家好き勝手しすぎ。 好意だからといって何でも許されるわけじゃない ちゃんと諌めてほしい。どう考えても森部の民に負…
[一言] 梅干しならぬ干しキキはシャスカより前からあったと記憶してるんですがね
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