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異世界料理道  作者: EDA
第六十二章 騒乱は果てず
1062/1679

吟味の会①~集合~

2021.6/27 更新分 1/1

「それじゃあけっきょく、アスタは全部の集まりに参加することになっちまったのかよ!」


 そんな風に声をあげたのは、屋台にやってきた建築屋のメンバーのひとり、メイトンであった。

 時は、緑の月の5日。森辺のかまど番による試食会から、2日後のことである。ジザ=ルウは約束通りすべての事柄をドンダ=ルウに伝え、そこからさらにダリ=サウティとグラフ=ザザからの了承を得て、すべての依頼を引き受けることに相成ったのだった。


「食材の扱いの手ほどきに、王家の方々を森辺に招いての祝宴、それに2回の試食会か……10日ていどでそれだけの仕事を詰め込まれるなんて、たまったもんじゃねえな!」


「ええ。ついでに言うと、王家の方々がお帰りになる際は送別の祝宴も開かれるはずですからね。そこでもお声がかけられるものと覚悟を固めておりますよ」


「まったく、人騒がせな連中だなあ! ……これでジャガルの人間に愛想を尽かしたりしないでくれよ?」


「あはは。そんなわけないじゃないですか。たとえ王家の方々が極悪非道であったとしても、それでジャガルの方々をひとくくりにしたりはしませんよ」


 それに俺は、王家の方々も決して悪い人間ではないのだろうと信じている。だから、この身に振りかかる苦労もすべて、前向きにとらえようと念じていた。


「で、今日がその吟味の会ってやつなわけかい。屋台の商売だって大忙しだってのに、まったく大変なこったなあ」


「だけどまあ、森辺に戻っても料理の勉強会ですからね。今日に限っては、それほどの苦労があるわけでもありません。それに吟味の会は褒賞金の発生する、立派な仕事ですしね」


 すると、メイトンと一緒に料理の完成を待っていた建築屋のメンバーが「それにしても」と声をあげる。


「そんなにしょっちゅうアスタたちの料理を食べられる王家の方々ってのは、羨ましいもんだな。……もちろん俺たちだって毎日のように、こうして屋台の料理をいただいてるんだけどよ。でも一昨日なんかは、屋台で出さないような物珍しい料理ずくめだったってんだろう?」


「そうですね。でもレイナ=ルウとマイムの料理は、もうじき屋台でも売られるようになると思いますよ」


「ああ、そうなのかい。だけどやっぱり、他の料理や菓子も気になるところだよなあ」


 そんな風に言ってから、その人物は照れ臭そうに笑った。


「って、そんな文句をアスタにつけたって仕方ねえよな。ただ、おやっさんたちから話を聞いて、すっかり羨ましくなっちまってさ」


「あんまり欲をかくんじゃねえよ。俺たちだって、他の連中には羨ましがられてる身分だろ。なんてったって、森辺の民とは晩餐に招待してもらえるような間柄なんだからよ!」


 そう言って、メイトンは陽気に仲間の肩を小突いた。


「それに、俺たちが帰るときにはまた祝宴を開いてくれるって話なんだぜ? これで文句を言ってたら、罰があたらあ」


「はい。それにみなさんは、2ヶ月も逗留されるのですからね。その間に、また晩餐にもお招きしたく思っておりますよ」


「本当かい?」と、その人物は瞳を輝かせた。

「もちろんです」と、俺は笑顔を返してみせる。


「この間はルウの血族のお招きだったので、今度は俺たちにお招きさせてくださいよ。以前の祝宴でご一緒した氏族のみなさんも、建築屋の方々とお会いしたいと言ってくれていますので」


「そうか。そいつは嬉しいなあ。アスタも忙しいさなかだろうけど、ひとつよろしくお願いするよ!」


 そこで料理が仕上がったため、メイトンたちも青空食堂に引っ込んでいった。

 するとすぐさま、別のお客が屋台に押しかけてくる。もう中天のピークは過ぎたはずなのに、なかなかの盛況だ。

 そのお客の分の料理も受け渡して、ようやく仕事の手が空くと、俺の手伝いをしてくれていたラッツの女衆が「ふう」と息をついた。


「昨日も今日も、いつも以上の賑わいですね。もしかしたら、アスタたちが勲章というものを授かったことと関係あるのでしょうか?」


「どうでしょう? ちょっと判断が難しいところですね」


 まあ何にせよ、商売繁盛でありがたい限りだ。

 その後も来客のペースは変わらず、俺たちは終業時間よりもずいぶん先んじて料理を売り切り、青空食堂の手伝いをすることに相成った。

 そうして皿洗いの仕事に励んでいると、同じ仕事に従事していたレイ=マトゥアが笑顔で呼びかけてくる。


「マルフィラ=ナハムは先刻、屋台で売られているその料理は自分で作りあげたものなのかって聞かれたそうですよ! これはやっぱり、マルフィラ=ナハムが勲章を授かったという話が宿場町に広まっているということなのでしょうね!」


「ああ、そうなんだ? まあ、主要の宿屋のご主人方がのきなみ参席していたんだから、そこからどんどん広がっていきそうなところだよね」


「はい! それにやっぱり、宿屋のお客たちも試食会の結果というものに関心が高いのでしょうね! トゥール=ディンの菓子も、普段以上に早く売り切れたみたいですし!」


 ならばやっぱり、試食会の影響も目に見える形で表れているということだ。


「レイナ=ルウやマイムの新しい料理が屋台で売られ始めたら、また評判を呼ぶかもしれませんね! アスタやマルフィラ=ナハムの料理を屋台で扱うのは、やっぱり難しいのでしょうか?」


「うん。俺たちの料理は、食材費がずいぶんかかっちゃうからね。赤銅貨2枚で売るとなると、食べごたえのない分量になっちゃうんだよ」


 俺がそんな風に答えたとき、当のマルフィラ=ナハムが空の木皿を抱えてひょこひょこと近づいてきた。

 そうしてレイ=マトゥアが同じ質問を飛ばすと、マルフィラ=ナハムは怒涛の勢いで目を泳がせる。


「は、は、はい。き、きちんと計算したわけではないのですが、レイナ=ルウの汁物料理よりも食材の費用は高くついてしまうと思います。そ、それに、あの料理は下ごしらえにずいぶん時間がかかってしまいますし……」


「そうですかー、残念でしたね! あの料理が屋台で売られたら、きっと大評判でしたよ!」


「わ、わ、わたしの料理を屋台で売るだなんて、恐れ多いことです。そ、それに……」


 と、自分で運んできた木皿を洗いながら、マルフィラ=ナハムはおずおずと俺のほうに目をやってきた。


「そ、そ、そんな風に自分の料理を売りに出すとなると……ト、トゥール=ディンのように自分で屋台を出すべきという話になってしまうのではないでしょうか……?」


「ああ、なるほど。でもまあマルフィラ=ナハムの力量だったら、きっと何の問題もないと思うけど――」


「い、い、いえ! わ、わたしはもっともっと、アスタのそばで学びたいと思っています! ア、アスタのもとを離れて、自分で商売をするだなんて……わ、わたしにはまったく想像もつきません!」


 マルフィラ=ナハムの眼差しには、どこかすがるような光がたたえられていた。

 それに、目を泳がせたりはせずに、真っ直ぐに俺を見つめている。

 すると、レイ=マトゥアが「あはは」と笑って、マルフィラ=ナハムの細長い腕を横から抱きすくめた。


「そうですよね! わたしもマルフィラ=ナハムと一緒に働いていたいです! これからも、一緒に頑張りましょう!」


「は、は、はい」と、マルフィラ=ナハムははにかむように微笑んだ。


 マルフィラ=ナハムは卓越した才覚を持つかまど番であるが、屋台の仕事を手伝い始めてからまだ1年足らずであるし、場を取り仕切ることを苦手にしているのだ。もっとも、収穫祭における働きっぷりを見る限りでは、取り仕切り役の仕事に適性がないわけでもないように思えるが――適性のあるなしと本人の希望が必ずしも一致するわけではないはずであった。


(何も、優れたかまど番は必ず自力で屋台を出さなきゃいけないってルールがあるわけじゃないからな。本人が望まない限り、俺のほうから無理強いするつもりはないよ)


 そんな思いを込めて笑顔を届けると、意外に察しのいいマルフィラ=ナハムは嬉しそうにまた微笑んだ。


 そうして終業時間である下りの二の刻が近づくと、青空食堂のお客はすみやかに引いていく。料理を売り切るのが早かった分、後片付けも早めに終えられそうなところであった。

 そしてその頃に、別の荷車に乗ったアイ=ファが登場する。吟味の会に同行するために、アイ=ファはまた狩人の仕事を半休することになったのだ。


「お疲れ様。アイ=ファにもずいぶん手間をかけちゃうな」


「……同行を望んでいるのは私自身なのだから、文句をつけるわけにもいくまい」


 つい一昨日に試食会があったばかりであったので、ルウ家のほうはシン=ルウとガズラン=ルティムにローテーションしている。そこにアイ=ファも加わるのは、あくまで自分抜きで俺を城下町にやる気になれないという思いゆえであるのだ。俺としてはアイ=ファに申し訳なく思う反面、その情愛の深さに胸が温かくなってしまうのだった。


 今日の仕事は講師役であるため、城下町に向かうのは厳選された顔ぶれとなる。俺が手伝いをお願いしたのは、レイナ=ルウとリミ=ルウ、トゥール=ディンとユン=スドラの4名であった。

 青空食堂の後片付けを終えたならば、屋台の返却は帰宅組にお願いする。アイ=ファの乗ってきた荷車はそちらに託し、こちらではギルルの荷車を確保した。ルウ家のほうも護衛役を乗せるために余分の荷車を出していたので、その1台が残される。


 そうして俺たちが屋台を片付けたスペースでくつろいでいると、見慣れた面々がぞろぞろと集まってきた。吟味の会に参席する、宿屋の関係者たちである。


「お待たせー! 他の連中もおいおい来るだろうから、出発しちゃおっか!」


 その一団の代表であるかのように、ユーミが笑いかけてくる。本日はそれぞれの宿屋から1名ずつという取り決めであったため、屋台の商売はルイアと別の友人に任せてきたのだそうだ。

 その一団はみんな徒歩であったので、俺たちもトトスの手綱を引きながらのんびりと城門を目指す。その道中で「どうもどうも」と声をかけてきたのは、商会長のタパスであった。


「本日もよろしくお願いいたします、アスタ。……王家の方々が参じられて以来、アスタたちはなかなか気の休まる日がございませんな」


「そうですねえ。でも、商会長のご苦労も相当なものでしょう?」


「それはまあ、苦労がないとは言えぬところでありましょうな。宿屋の方々が不満を抱いていないのが救いでありましょう」


 確かに本日も、宿屋のみなさんは楽しげな様子であった。城下町まで出向くのも、これで5度目になるわけであるが――回を重ねるごとに、その表情は明るくなっていく様子である。

 本日は、ふだん宿屋の寄り合いで行っている食材の扱いの手ほどきを、城下町で行うに過ぎない。それでもやっぱり彼らにとっては、城下町に出向くだけで一大イベントとなるのだろう。今日は教わる側なので気苦労もないし、最初の試食会で味わわされた南の王都の食材のお披露目にも期待を高めている面があるのかもしれなかった。


 城門に到着したならば、もはや手慣れた様子で受付に並び、通行証を獲得する。10名ずつに分かれてトトス車に乗り込むのも毎度のことで、やはりどこか遠足めいた雰囲気であった。

 しかし本日の目的地は紅鳥宮ではなく貴賓館で、彼らの過半数は未知なる体験をすることになった。本日は厨に入るため、全員が浴堂で身を清めなければならないのだ。


 城下町の浴堂を経験しているのは、かつて試食会で料理を準備した8つの宿屋の関係者のみとなる。初めて浴堂に足を踏み入れた人々は、白い蒸気の中でまたはしゃいだ声をあげていた。

 なおかつ浴堂は十数名がいっぺんに入室できるぐらい広大であるが、ひとつしか存在しない。森辺の民と宿屋の関係者で総勢は40名近かったので、俺たちは3組に分かれて身を清めることと相成った。


 そして浴堂を出たならば、全員のために着替えが準備されている。これまた過半数の方々にとっては初体験となる、調理着へのお召し替えであった。本日も当然のように王家の方々が見学されるため、普段着で厨に招くこともできなかったのだろう。

 そして現場での混乱を避けるためにか、その場には朱色の肩掛けも準備されていた。城下町の料理人と区別をつけるための措置であるのだろう。白い調理着に朱色の肩掛けというのは、なかなか奇妙な組み合わせであった。


 人数が人数であるために、着替えを済ませた組から順次、厨に招かれる。女性陣が身を清めるのは最後と定められてしまったため、アイ=ファはガズラン=ルティムたちに「アスタを頼む」と言い置いていた。

 ガズラン=ルティムとシン=ルウは武官のお仕着せで、俺とともに厨を目指す。その道中で、ガズラン=ルティムが俺に笑いかけてきた。


「フェルメスの一件は聞きました。獣の肉を口にできないばかりに肩身がせまくなってしまおうとは、気の毒な限りですね」


「ええ。きっと今日も、ダカルマス殿下の目を引かないように小さくなってしまっているのでしょうね。機会があったら、ガズラン=ルティムがお相手をしてあげてください」


「きっと私では、アスタの代わりは務まらないでしょう。ですが、機会があればそのように取り計らいたく思います。……あまり鬱憤が溜まってしまうと、アスタへの執着心がふくれあがってしまうかもしれませんしね」


 それは俺としても、ちょっと勘弁願いたいところである。俺はそういった執着心とは関わりのない方面から、フェルメスとの絆を深めたく願っているのだった。


 そんなやりとりをしている間に、俺たちは厨に到着する。

 厨には、すでに城下町の料理人たちが集結していた。彼らも彼らで身を清めなければならないので、宿場町の一団と時間をずらして集合をかけられたのだろう。


「よう。ここまでしょっちゅう顔をあわせるのは、さすがに奇妙な気分だな」


 と、ロイが皮肉っぽく笑いながら声をかけてきた。

 そして、それと一緒にいたシリィ=ロウが鋭い目つきで俺の周囲に視線を走らせる。


「本日は、おひとりなのでしょうか? この人数を相手にするのに、さすがに手が足りないように思うのですが」


「いえ、女性陣は身を清めているさなかです。定刻までには間に合うはずですよ」


 吟味の会の開始は、下りの三の刻に定められていた。終了予定時間は、下りの四の刻の半である。

 初めて貴賓館を訪れた宿屋の人々は、誰もが驚きのざわめきをあげながら室内の様子を検分している。ふたつの教室をぶちぬきにしたほどのスペースである厨など、なかなか想像の外であろう。この人数を収容するには、これぐらいの規模が必要であるのだった。


「アスタ、お待ちしていました」と、新たに接近してきたのは、プラティカである。本日の参席を許された彼女は、自前の藍色の調理着であった。

 そしてプラティカに同行していたのは、ヤンとニコラだ。本当に、こういった人々と数日おきに再会できるというのは奇妙な気分であり、そして嬉しい話であった。


 そうして俺たちが一昨日ぶりの歓談を楽しんでいると、ようやく女性陣も到着する。シリィ=ロウは森辺のかまど番たちに鋭い眼光を差し向けたが、その口が開かれるより早く、ユーミが「やあ!」とその肩を抱いた。


「また会えたね! 今日はルイアが一緒に来られなくて残念だったよー!」


「え、あ、どうも。お、お元気そうで何よりです」


 シリィ=ロウは出鼻をくじかれた様子で、へどもどと挨拶を返した。

 ちなみに本日、宿屋の関係者の女性陣はユーミとジーゼの2名のみである。内容が食材の吟味であったために、テリア=マスはレビに、レマ=ゲイトは厨番に参加の権利を譲ったのだった。


「みんなおんなじ格好ってのも、なんかおかしな感じだね! でもまあ仲間になったみたいで、気分は悪くないけどさ!」


「そ、そうですね。でもわたしたちは仲間ではなく、腕を競う競合相手であるはずです」


 と、シリィ=ロウはユーミに肩を抱かれたまま、気を取りなおした様子でレイナ=ルウをにらみ据えた。


「特にそちらのレイナ=ルウやアスタなどは、いずれ開かれる試食会の場でヴァルカスと腕を競い合うことになるわけですし……決して敵意を向けるつもりはありませんが、わたしはヴァルカスの誇りのために力を尽くす所存です」


「はい。ヴァルカスの前で恥じることのないよう、わたしも力を尽くしたく思います」


 レイナ=ルウはレイナ=ルウでひそかに発奮する立場であったため、シリィ=ロウにも負けない眼差しになってしまっていた。

 その眼光のぶつかりあいに、ユーミはけらけらと笑い声をあげる。


「気合が入ってるねー! でも、試食会はずっと先でしょ? 今からそんなんじゃ気持ちがもたないんじゃない? それに、殴り合いをするわけじゃないんだからさー! 楽しくやろうよ!」


 俺は、ユーミに同意見である。よって、話題転換するために声をあげることにした。


「そういえば、またヴァルカスは別室で待機中ですか? 人混みの苦手なヴァルカスは、そっちの面でも大変そうですね」


「ああ。普段の人数なら問題なさそうだけど、今日はその倍だからな。念のために、集合の刻限までは身を休めておくってよ」


 と、ロイが気安く言葉を返してくる。


「で、今日はお前らが南の王都の食材の扱い方を手ほどきするって話なんだよな? 前の試食会で出した料理の作り方なんかを披露するわけか?」


「そうですね。あとはまあ、その後に思いついたあれこれもお伝えするつもりですが」


「気前がいいねえ。この場には、味比べで勝負する連中もいそろってるってのによ。……ま、お前たちは味比べなんざ、眼中ないってことか」


「はい。それよりも、ジェノス城からの依頼を重んじたいと思います。新しい食材の売れ行きが悪かったら、ジェノスの財政に支障が生じてしまうのでしょうしね」


 南の王都およびゲルドとの通商に関して、ジェノスは物々交換のような方式を取り入れている。ジェノスの食材と引き換えにゲルドの食材を獲得し、それをまた南の王都と交換するのだ。質量に差異が出た場合は銅貨で補うという話であったが、それは誤差の範疇であるのだろう。


 しかしまた、ジェノスも大量の食材と引き換えに目新しい食材を獲得しているわけであるから、そちらの売上が悪くて食材を腐らせてしまったら、けっきょく大損となってしまうのだ。相手がゲルドと南の王都では取り引きの規模を縮小することも難しそうであるし、ならば買いつけた食材をきっちり有効利用できるように尽力しなければならないわけである。


「城下町でも参考になりそうな話があったら、お披露目されるということでしたよね。《銀星堂》では、いかがですか?」


「そんなもん、試食会での体たらくを見りゃあ察しはつくだろ」


 ロイが肩をすくめると、シリィ=ロウがそちらをにらみつけた。その心情をなだめるべく、ロイはさらに言葉を重ねる。


「ヴァルカスの作法だと、調理法が確立されるまで余所様の参考になりそうな話は浮かんでこねえんだよ。で、調理法が確立されたところで、そいつを習得するのは尋常でない手間だからな。結果、ヴァルカスに弟子入りでもしない限り、食材の扱いを学ぶことも難しいってわけだ」


「ふうん。それじゃあ他のお人らはどうなんだろうな? どうも話で聞いてるだけじゃあ、城下町の作法ってやつがいまひとつピンとこないんだよ」


 そんな風に声をあげたのは、レビであった。

 そちらを振り返ったロイは、「うーん」と首を傾げる。


「他の連中はなあ。……正直、自分であみだした調理法をお披露目したって、損になるばっかりだろう? この場には、商売敵が居揃ってるんだからよ」


「うん、まあ、俺だって他の宿屋の連中に、そこまで親切な真似はできないけどさ」


 そのように語るレビは、とてももどかしそうな面持ちであった。

 俺がそれに答えようとしたとき、入り口のほうから鈴の音色が聞こえてくる。人々はパブロフの犬のように、ハッと押し黙ることになった。


「貴き方々が入室されます。特別な挨拶などは必要ありませんので、皆様はそのままお待ちください」


 銀色の鈴を手にした小姓が、ボーイソプラノの声でそのように言いたてた。

 人々が無言で道を空けると、厨の扉が全開にされて貴き方々が入室してくる。先頭を進むのは兵士長のフォルタであり、ジャガルの兵士に左右をはさまれた王家の方々と使節団の関係者、それにジェノスの貴族たちが続いた。


 ダカルマス殿下にデルシェア姫、使節団長のロブロスに書記官。マルスタイン、外務官、ポルアース、フェルメス――貴き身分にある方々は、それで総勢であった。試食会はもちろん、初日の吟味の会よりも人数は抑えられている。今回は、リフレイアやトルストにもお呼びがかからなかったようだ。


「お待たせしました。それでは、吟味の会を始めたく思います」


 やはり本日もポルアースが進行役となって、そのように開会の挨拶をした。


「過ぎし日にはデルシェア姫のご指導によって、南の王都の食材の扱い方というものが指南されました。このたびは、森辺の料理人たるアスタ殿の主導で、食材の扱い方を指南してもらいたく思います。僕たち見届け人のことは気にかけず、どうか有意義な時間を過ごされますように」


 初日の吟味の会では気さくな口調であったポルアースが、試食会と同様のかしこまった口調になっている。もしかしたら、それは誰に対しても丁寧な言葉づかいであるダカルマス殿下の作法にならっているのかもしれなかった。

 ただ、ポルアースも表情は普段通りに朗らかである。その朗らかな顔のまま、ポルアースはさらに言った。


「なおかつ本日は、デルシェア姫も力を添えてくださるそうです。……デルシェア姫、どうぞ」


「はい!」と進み出たデルシェア姫は、やはり白い調理着の姿であった。

 しかしまあ、最初の試食会でも彼女は同じ姿をさらしていたので、今さら驚く人間はいない。


「アスタ様のお手間をはぶくために、食材の基本的な扱いに関しては、わたくしのほうからご説明させていただきます! 城下町の方々は同じ話を聞かされることになってしまうわけですが、なるべく簡略に済ませる心づもりですので、どうかご容赦くださいね!」


 そのように宣言してから、デルシェア姫はにっこりと微笑んだ。


「それで、城下町の方々には以前にもお伝えしましたけれど、本日は宿場町の方々も参じておられますので、繰り返させていただきますね。わたくしが調理着を纏っている間は本来の身分などお忘れになって、ひとりの料理人としてお扱いください! そうしてどうか、ご自分の職務を全うしていただきたく思います!」


 城下町の料理人たちが恭しげに一礼したので、宿場町の人々も慌ててそれにならった。

 デルシェア姫は、跳ねるような足取りで俺に近づいてくる。


「それでは、さっそく始めましょう! アスタ様からどのようなお話を聞かせていただけるのか、わたくしも心待ちにしておりました!」


 きっと壁際に退いたアイ=ファは、溜息を噛み殺していることだろう。

 そんなアイ=ファの心情を思いやりつつ、俺は「よろしくお願いいたします」と頭を下げてみせた。

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― 新着の感想 ―
[一言] そういえば味噌って赤味噌、白味噌とかでないのかな まだ開発されたばかりだしないか
[一言] フェルメスが当初あれだけ敵視されていたのって もしかして作者様は当初、フェルメスに過激派び〜がん的言動をさせて ギバ食を完全否定(つまりアスタ達を全否定)させたりするおつもりだったんでしょう…
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