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異世界料理道  作者: EDA
第五章 宿場町のギバ肉料理店
106/1675

⑦五日目~後半戦~

2014.10/11 更新分 1/1 2015.10/7 時間の表記を修正

《銀の壺》のシュミラルたちが帰っていくと、シーラ=ルウに「アスタ」と呼びかけられた。


「ぎばばーがーは残り1個です。もう新しいタラパを温めてもいいのですよね?」


「ああ、はい、お願いします。その1個と試食分のパテは木皿によけておいてくださいね」


「はい」


「ララ=ルウ、またちょっと店番をお願いするよ」


「うん」


 俺は『ギバ・バーガー』側の屋台に移り、シーラ=ルウとヴィナ=ルウのお手並みを拝見させていただくことにした。


《銀の壺》が現れた時点で、すでにタラパは刻んでいたらしい。

 ヴィナ=ルウがなれた手つきで火鉢に薪を追加して、シーラ=ルウがタラパを投入していく。


「……アスタ。タラパがあまり減っていないので、2個も入れると多すぎるかもしれません」


「ああ、そうですね。これなら1個で十分かな?」


「そう思って、1個だけ刻んでおきました」と、シーラ=ルウがにこりと微笑む。


「それなら、アリアと果実酒も半分でいいのですね?」


「そうですね。お願いします」


 タラパのソースが、くつくつと煮えていく。

 昨日よりもほんのちょっとだけミャームーを増やしたので、香りの強さもちょっとだけ強まっている。

 この香りだけで、所在なさげにたむろしている西の民たちを引き寄せることは――やっぱり不可能なようだ。


「ねぇ……ちょっと顔ぶれが変わってきた気がしなぁい……?」


 と、ヴィナ=ルウがこっそり呼びかけてきた。

「顔ぶれ?」と、俺はさりげなく視線を巡らせる。


 そういえば――人数は少し増えたぐらいだが、全体的に、年齢が下がった気がする。

 仁王立ちになっていた名も知れぬ親父さんも、気づけば見当たらない。

 そうしてその場に居残っているのは、みんなヴィナ=ルウよりも若いぐらいの少年や少女たちであるような感じだった。


「年配組は、自分の商売に戻ったんじゃないんですかね? そろそろ中天も近いですし。人通りも増えてくる頃合いでしょう」


「あぁ、そういうことなのねぇ……そういえば、昨日もこれぐらいの時間に……」


 と、ヴィナ=ルウが言いかけたところで、「やあ」と声をかけられた。

 振り返ると、見覚えのある少女が笑顔で立っている。


 昨日のやんちゃな若者集団の――申し訳ないが、名前は失念してしまった。ミーヤとかマーヤとかそんな名前だった気はするのだが。


「今日も来たよ。友達も連れてきた」


「あ、これはどうもありがとうございま……」と、そこで思わず絶句してしまう。


 少女の背後に控えていたのは、少女と同じ年頃の若い娘さんばかりであったのだ。


 人数は、4名ほど。

 みんな象牙色の肌をしており、先頭の娘さんと同じく、森辺の装束よりカラフルな色合いの胸あてに、腰から足首までの巻きスカート、そして手首や胸もとに金属や木工の飾り物、といういでたちをしている。これが西の町の若い娘さんの定番ファッションなのだろうか。


「あれ? これってタラパじゃん? ミャームーの匂いもするけど、昨日とは違う料理なの?」


「はい。昨日の料理は隣の屋台で売っています。今ちょっとこちらの料理は追加分を作っている最中ですので、それが完成したらまた味見をしていただけませんか?」


「うん! じゃあそうする」


 昨日はガラが悪いなあとか思ってしまったが、にこにこ笑っていると、やはりだいぶん印象が違って見えた。ちょいと色気は過剰気味だが、表情なんかはわりかし無邪気そうなのである。


「アスタ。タラパが煮えたようです」と、シーラ=ルウの控えめな声で呼びかけられる。


「了解です。それじゃあ最後の味付けを……」と、手をのばしそうになりながら、俺はそこで思い留まった。


「……最後の味付けを、お願いできますか?」


「え?」


 きょとんと目を丸くするシーラ=ルウに、ぶしつけでないていどに耳を寄せる。


「シーラ=ルウの感覚で岩塩とピコの葉を入れてみてください。足りないなと思ったら俺が付け加えますし、入れすぎてしまったら、タラパを増やして調節します」


「……はい。わかりました」


 これも代価の内なのだろうと思ったのか、シーラ=ルウの目に迷いはなかった。

 うなずきながら、俺はお客さんを振り返る。


「それじゃあ、先に昨日の料理を試食してみますか?」


「そうだね。あたしはもうわかってるから、他のみんなに食べさせてあげて」


 すると、けっこう怯え気味の顔つきで俺たちのやりとりを見守っていた少女のひとりが、「ちょ、ちょっと、ユーミ……」と声をあげた。


 ミーヤではなく、ユーミであったか。


「大丈夫だってば! さんざん説明したでしょー? ほんとに美味しいんだから、騙されたと思って食べてみなって!」


「でもぉ……」「だってぇ……」と娘たちは象牙色の身体をくねらせる。

 構図としては、ドーラの親父さんが布屋と鍋屋の親父さんがたを引き連れてきてくれたときと同一なのだが。何であろうか、この空気感の相違は?


 そういえば、祖国から遠く離れたこの地において、南や東の民はみな青年以上の男性がほとんどであったので、若い女性の顧客というのは、ターラとこのユーミという娘さんぐらいしか存在しなかったのだ。


 この5日間で、すでに200食以上の売り上げを叩きだしているというのに、その中で女性の顧客はわずか2名だったのである。


 しかも彼女たちは、西の民だ。

 性別など抜きにしても、これは特筆に値すべき好機であろう。


 ただ……何というか、お年頃の娘さんの集団というのは、むやみに扱いづらい感じがしてしまった。


 今までそんな風に考えたことはなかったのだが。もしかしたら、このひと月あまりで森辺の質実な生活に感化されてきたのかもしれない。


 俺自身が質実であるかは置いておくとしても、森辺の民は、みんな質実だ。女衆だって、例外ではない。さんざん女衆に囲まれてかまどの番をつとめてきた俺をして、町の娘さんたちのなよやかな振る舞いや黄色い声などは、なかなかの負荷であるということが判明したのである。


 とはいえ、相手はお客様だ。

 俺はにこやかに、「良かったらそちらにどうぞ」と『ミャームー焼き』の屋台を指し示してみせた。


 そして、また素早くシーラ=ルウに耳を寄せる。


「どうですか?」


「はい。……味見をお願いします」


 緊張しきった表情のシーラ=ルウにうなずき返し、木匙で、ソースの味をみる。


 問題は、ない。

 数回味見をしただけの味を再現できるというのは、もう持って生まれたセンスなのだろう。

 今まで調理に重きを置いていなかった森辺において、やはりシーラ=ルウは希少な存在なのだと思われる。


「大丈夫ですね。それじゃあ、パテを温めてください」


「……はい」と、シーラ=ルウは安堵の息をついた。

 こうして他のメンバー以上の気苦労をかけさせてしまった分は、いつか報いてあげねばなと思う。


「さて」と、お客様のほうに向き直ると、娘さんたちはまだ身体をくねらせながら「でもぉ……」「やだぁ……」とか、やっていた。


 でもじゃねえよ、とか内心で思ってしまう、半人前の俺である。


「いいから、食べてみなってば! ったく、肝っ玉がちっちゃいなあ」


 と、ユーミなる少女が面倒くさそうな顔つきで褐色の長い髪をかきあげた。


「もういいや。えーと……あ、あんた、名前は何だったっけ?」


「お、俺ですか? ……俺は、アスタです」


 何となく、シーラ=ルウごしにヴィナ=ルウから冷ややかな目線を送られてきている気がしてしまう。


「アスタか。面白い名前だね。ねえ、アスタ。悪いけど、あたしにもういっぺん食べさせてよ。そしたらあの子らも覚悟が決まるだろうから」


「はい。お気遣いありがとうございます」


 俺は笑顔で応じたが、少女は少し眉をひそめた。


「……アスタって、何歳?」


「はい? 俺は、17歳ですが」


「だったら、1歳だけだけどあたしより年上じゃん。そんな堅苦しい言葉じゃなくてもいいよ」


「いえいえ! お客様に失礼な言葉は使えませんので! ……さあ、こちらへどうぞ」


「……ちぇっ」と、すねたように舌を鳴らしながら、少女も『ミャームー焼き』の屋台の前へと移動した。

 離れてはならじとばかりに、4名の娘さんたちも身を寄せ合いながら追従してくる。


「あれ? ララ=ルウ、火をいれてくれたのかい?」


「んー? 肉を温めなおすかと思ってさ。余計だった?」


「いや、素晴らしい手際だね。それでは少々お待ちくださいませ」


 木皿には、まだ試食に十分な量の肉が残っていた。

 そいつを鉄鍋に戻して、ほんの少しだけ汁を降りかける。


 ミャームーと果実酒の匂いが、もわんと広がる。


「どう? いい匂いでしょ?」と、ユーミなる少女が手柄顔で娘たちを振り返った。

 娘たちは、一箇所に集まってもにょもにょと蠢いている。


 怯えていることは怯えているようだが――そんなに深刻な恐怖心は感じられない。

 少なくとも、布屋や鍋屋の親父さんたちは、もっとはっきり怯えていたと思う。


 ジェノスに住んでいる時間の長さか、性別か、年齢か――何かしらの要因があるのだろう。


「お待たせしました。さあ、どうぞ」


「ん、ありがと」と、少女は怖れ気もなく肉片を口に放り入れた。


「あー、やっぱ美味しいね! ね、あっちのタラパのやつとどっちが美味しいのかな?」


「それは人それぞれだと思いますが、もしかしたら女性はタラパのほうが口に合う人が多いかもしれません」


「それならやっぱり味見をしなきゃなあ! ……あんたたちは? けっきょく食べないの? まさか、ギバを食べたら身体が黒くなるとか信じてるわけじゃないんでしょ?」


 それでも少女たちはもじもじしていた。

 しかし。

 その背後から、別の者たちが屋台に近づいてきた。


「なあ……それって、銅貨を払わなくてもいいのか?」


 象牙色の肌をした若者の2人組である。

 ただし、俺に対してではなく、ユーミに向かって話しかけている。


「うん? ああ、そうだよ。これで味見して、気に入れば銅貨を払って買えばいいんだってさ」


「そうなのか……」と、今度は気弱そうに俺を見てくる。

 すかさず俺は、笑顔を振りまいた。


「どうぞ。あちらの屋台の料理とは全然味が違いますので、良かったら食べ比べてみてください」


「どうする?」「どうしよう?」と、若者たちももじもじし始めた。


 そこに、「アスタ、こちらの肉も温まりました」と、シーラ=ルウが告げてくる。

 ユーミは、「やったあ!」とそちらに駆け寄っていった。


「ギバ肉はとても美味しいですよ? どちらも俺の自信作……って、うわあっ!」


「うひゃあっ!」


「はわあっ!」


 と、男3名の悲鳴がこだました。


 悩める若者2名の間から、恐鳥トトスがにゅうっと長い首を突き出してきたのだ。


「失礼した」と、高い位置から無感動な声が降ってくる。


 屋根が邪魔だったので屈んでみると、何とトトスの背に旅装束のシム人が乗っていた。


「ちょっと! 町でトトスに乗るのは禁止だよ!」


 と、ユーミがキイキイ声を張り上げると、また「失礼した」と言い、石畳にふわりと降り立つ。


 皮のマントや、黒い顔が、少し砂塵に汚れている。

 北の果てから駆けてきた旅人なのだろう。


 その旅人のシム人は、屋台の看板と試食用の木皿をゆっくり見比べた。


「……ギバ?」


「そうです、ギバ肉の料理です。良かったら、こちらで味見をしてみてください」


 めげずに呼びかけつつ、木皿を指し示す。

 どうやらそれなりに西の言葉はあやつれるらしく、シムの旅人はひとつうなずいて爪楊枝を手に取った。


「あちらもギバの料理ですよ。あちらはタラパを使った少し珍しい料理です」


 旅人はまたうなずいて、トトスとともに屋台の前から去っていく。

 すると、野太い男の声が響きわたった。


「うわ! トトス連れで屋台を回るなよ! そんなもんはさっさとトトス屋に預けてこい、シム人め!」


 いつのまにやら、そちらの屋台ではジャガル人のお客様が『ギバ・バーガー』を購入していたのだった。


 シム人は、また「失礼した」とか言いながら、それでも試食の木皿に手をのばす。


「まったく、シム人ってのは、どいつもこいつも……」と、忌々しそうにつぶやきながら、トトスを避ける格好でジャガル人がこちらに寄ってくる。


 すると、俺と目が合った。


「あれ? 何だよ? まさかそっちもギバ料理の屋台なのか?」


「あ、はい。今日から屋台をふたつに増やしたのです」


「ミャームーのいい匂いがすると思ったら、そっちの匂いだったのか! 何だよ、別の料理なのかよ?」


「そうなんです。良かったらご試食してみませんか?」


 男はずかずかと近づいてきて、もじもじしている若者たちを肩で押しのけてから、爪楊枝を手に取った。


 そうして、「うわ」と目を丸くする。


「こっちも無茶苦茶美味いじゃないか……何だよ、気づかないであっちのを買っちまったよ……」


「申し訳ありません。良かったら、こちらの商品とお取り替えしましょうか?」


「だけど、こいつも食べておきたいんだ……」と、無念そうに顔を伏せてから、キッと俺をにらみつけてくる。


「もういい! わかった! そいつもひとつくれ! どうせ日が暮れる頃には店を閉めちまうんだろ? だったら晩飯を減らして、いま美味いものを食ってやる! 銅貨は何枚だ?」


「あ、赤が2枚です」


「安いな。ふたつで4枚なら、何てことはねえや」と、最後は満足そうに笑って、銅貨を屋台の台に置く。


「ありがとうございます! 少々お待ちくださいませ」


 すると今度は、「何だあ、ギバ肉の料理だとお?」という野卑な声が聞こえてきた。


 黄褐色の肌をした3人の男たちが、あちらの屋台の前に立ちはだかっている。

 腰に刀や手斧をぶら下げた、ごろつきのような男たちだ。


「そんなもんがジェノスで売れるかよ? 銅貨が欲しいなら、その色っぽい顔と身体を使えばいいじゃねえか?」


 刀や手斧ばかりでなく、その手には果実酒の土瓶が下げられている。


 思わず俺が足を踏み出しかけると、ララ=ルウに腕をつかまれた。


「ほっときなって。アスタが行ったって何にもならないじゃん? ヴィナ姉にまかせておきなよ」


「いや、だけど……」


「女衆だけで町を歩いてたら、あんなのしょっちゅうなんだから。あれぐらいなら、あたしやシーラ=ルウでも追っ払えるよ」


「……馬鹿な連中だな。森辺の民を敵に回す覚悟なんざないだろうに」


 と、ジャガルのお客さんも平然とした様子でまぐまぐ『ギバ・バーガー』を頬張っている。


「いいから、とっとと作ってくれ。食い終わったら、仕事に戻らんといかんのだ」


「は、はい……」と、俺は後ろ髪というかこめかみの髪を引っ張られるような心情で鉄鍋にアリアを落とした。


 ヴィナ=ルウたちの声は今ひとつ聞きとれぬままに、ときたま男たちの「何だとお?」「ふざけるな!」という蛮声が空気を震わせる。


 そうして肉が焼きあがり、『ミャームー焼き』を完成させた頃には――男たちは、それぞれの手に『ギバ・バーガー』を握りながら、とぼとぼと道を引き返すことになった。


「ね? 特にヴィナ姉は絡まれやすいから、あんなの慣れっこなんだよ」


「うん、すごいね……」と応じながら、俺はふっと思い至った。


 もしかしたら、今の方々は、ターラたちを除けば初めての、黄褐色の肌をした生粋のジェノス人のお客様だったのではなかろうか?


 何たることだ、と立ちすくんでいると、「あの……」と、気弱げな声で呼びかけられた。


 もじもじしていた、若者2名である。


「あ、味見をしてみてもいいですか……?」


「はい! もちろんです!」


 見てみると、女の子たちは、『ギバ・バーガー』のほうで味見をしていた。

 ユーミという娘さんは、屋台の横手に回って、何やら笑顔でヴィナ=ルウに話しかけている。


「わ……美味くないか、これ?」「ちょっと固いけど、臭くはないな?」と、若者たちはぼしょぼしょと感想を言い合っていた。

 なかなかにシャイな若者たちである。


「良かったら、あちらの屋台のほうも試してみてください」


 と、そこに新たなシム人がやってきて、無言で銅貨を差し出してくる。


「あ、ありがとうございます! 少々お待ちくださいませ!」


 この慌ただしさは何なのだ、と思わず空を仰いでみると――

 太陽は、とっくに中天に差しかかっていた。


 いつのまにやら2時間が経過して、後半戦がスタートしていたのだ。

 そして。

 スタートすると同時に、それほど遠くない位置に、すでにゴールラインは見えてしまっていた。


『ギバ・バーガー』も、『ミャームー焼き』も、2名の若者と4名の少女たちが購入を決断した時点で、残りはそれぞれ20食を大きく切ってしまっていたのである。


「ああ、こいつが宿屋で噂になってたギバの料理かあ」と、ジャガルの民が寄ってくる。


 同じ数だけ、シムの民も無言でやってくる。


 朝一番のような勢いではないが、その代わり、屋台の前が無人であることはほとんどなくなった。


 そのほどよい客入りこそを待ち受けていたのか、象牙色の肌をした人々も、少しずつ屋台に近づいてきてくれた。


 もちろん、そのすべての人々が購入してくれたわけではない。

 声をかけてくれたものの、半数ぐらいは試食もせずに引き返してしまった。

 試食をしてくれた内の半数ぐらいは、試食だけして逃げるように立ち去ってしまった。

 残りの、4分の1ていどの人々が――商品を、購入してくれた。


 しばらくすると、『ミャームー焼き』の屋台のほうにも黄褐色の肌をしたお客さんがやってきてくれた。

 単独の、えらくかっぷくのいい年配の女性である。


「……これは本当に、ギバの肉なのかい?」と、なかなか力のこもった目つきでにらみつけてくる。

 系統としては、ミラノ=マスに近いかもしれない。


「こんなものをあたしらが食べて、本当に身体を壊したりはしないのかい?」


「はい。少なくとも俺はギバを食べるようになって、以前より力がついてきたぐらいだと思います」


 こういうときは、西の民と大差のない俺の容貌が功をなす。

 しかし結局その女性は、試食だけして立ち去ってしまった。

 これは後でわかったことだが、実はその女性は鍋屋の親父さんの奥さんであったらしい。


「ねー、これってギバなのー?」と呼びかけてくる子どもたちもいた。

 ターラよりも小さな5、6歳ぐらいの子どもの集団だ。


「そうだよ。味見してみるかい?」と、木皿を差し出してみせると、きゃーっと楽しそうな声をあげて離散してしまった。

 が、またちょろちょろと集合して、おっかなびっくり屋台に近づいてくる。


「味見だけなら無料だよ。良かったら食べてみてくれないかなあ?」


「でも……ギバを食べると、角が生えてくるんでしょ?」


「色が真っ黒になっちゃうんでしょ?」


「んー? 俺はもうひと月以上もギバばっかり食べてるけど、まだ角は生えてきていないなあ」


 そして、隣のララ=ルウを指し示してみせる。


「ほら、こっちのおねえさんも角は生えてないだろ? だからきっと、大丈夫だよ」


 それで子どもたちは味見だけして、「おいしー!」と大声をあげながら通りの向こうに走り去っていった。


「……あんなちっちゃな子どもたちは銅貨なんて持ってないんじゃない?」


「いいんだよ。美味しいと思ってもらえたなら万々歳さ」


 商品は、じわじわとその数を減じていった。

 先に数量が尽きたのは、『ミャームー焼き』のほうだった。


 中天を過ぎてから、およそ1時間後。残り2食といったところで、シム人のお客さんを3名迎えることになったのだ。


「申し訳ありません! 残りは2食なのです。あちらのタラパの料理はまだいくつか残っているのですが……」


 シム人たちは無表情のまま、ひそひそと囁きかわす。

 そして、その内の1名が『ギバ・バーガー』のほうに移動して、残りの2名が銅貨を差し出してくる。


「ありがとうございます。少々お待ちくださいませ」


 ついに、ゴールだ。

 後は、綺麗に締めくくることができるかどうかだ。

 最後の『ミャームー焼き』をお客さんに渡してから、屋台の火の始末はララ=ルウに託して、俺は隣りの屋台に駆け寄った。


「シーラ=ルウ、そちらは残り何個ですか?」


 シーラ=ルウが答えかけたが、それと同時に、試食をしていた西の民の若者が、「よ、よし、ひとつくれ!」と声をあげた。


 実になめらかな手つきでシーラ=ルウが『ギバ=バーガー』を作製し、ヴィナ=ルウが銅貨と引き換えにそれをお客さんに手渡す。


 そうしてお客さんが切れたところで、ふたりは同時ににっこりと笑いかけてきた。


「これで終わりです」


「おしまいよぉ……」


 中天を越えて、およそ2時間過ぎ。

 朝から数えて3時間強。もともと設定していた営業時間に2時間ほどの余裕を残し――それでもきっちりと120食分の商品を完売させ、5日目の営業は、終わりを告げた。

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