試食会・森辺のかまど番編④~交流(上)~
2021.6/24 更新分 1/1 ・7/3 文章を一部修正
解説役の仕事を果たした俺たちは、参席者で賑わう大広間に戻ることになった。
その道中で陽気に笑い声をあげたのは、武官のお仕着せを纏ったゲオル=ザザである。
「王家の人間というのは、ずいぶん気のいい者たちではないか。あれこれ警戒する必要はなかったようだな」
すると、アイ=ファが横目でそちらをにらみつけた。
「3日置きに城下町まで引っ張り出されているトゥール=ディンらの苦労を忘れるでないぞ。それだけでも、かまど番らには大きな負担であろうが?」
「なに、トゥール=ディンなどはそのたびにオディフィアと会えるのだから、苦労よりも喜びのほうがまさるぐらいだろうさ」
ゲオル=ザザの言葉に、トゥール=ディンははにかむように微笑んだ。
そうして俺たちは、それぞれ自分のブースに足を向ける。俺のブースでは、フェイ=ベイムがひとりつくねんと立ち尽くしていた。
「お待たせしました、フェイ=ベイム。何も問題はありませんでしたか?」
「ええ。さほど手間のかかる仕事でもありませんので」
こちらの料理は生春巻きであったので、卓に乗る限りの皿を準備して、時おり補充するだけで十分であったのだ。
「手が空くたびにあちこちを巡りましたので、ひと通りの料理は口にできたように思います。……やはり、レイナ=ルウやマイム、それにマルフィラ=ナハムの料理は素晴らしい出来栄えでありましたね」
「ああ、フェイ=ベイムはこれまで味見をする機会がなかったのですよね」
フェイ=ベイムが勉強会に参加するのは屋台の当番の日のみであったので、どの料理も完成品を口にする機会がなかったのだ。
「あれらはいずれも、ご自分で考案したという料理なのでしょう? アスタから学ぶだけで四苦八苦しているわたしには、及びもつきません。それに、トゥール=ディンやリミ=ルウの菓子などは言うまでもありませんし……あれだけ見事な料理や菓子を毎日晩餐で口にできる家人らは幸福なことですね」
「ベイムの人たちだって、毎日幸福な心地であるはずですよ。まさか、晩餐の出来に文句を言われることはないでしょう?」
「それは他の家人らは、余所のかまど番の力量などそうまでわきまえていませんから」
仏頂面で、フェイ=ベイムはそう言った。
「ユン=スドラやレイ=マトゥアとて、アスタから学んだ料理をああまで完璧に作りあげることができるのですから、わたしなどとは比べるべくもありません。つくづく自分の至らなさを思い知らされた心地です」
「いえ、ですから――」
「わかっています。わたしはただ、この日に招かれた8名はいずれも森辺の代表に相応しいかまど番であると言いたかっただけです」
と、俺の言葉をさえぎって、フェイ=ベイムはそのように言葉を重ねた。
「わたしは不愛想な人間なので弱音や不満を申し述べているように聞こえたかもしれませんが、ただ皆の手際に感服しているだけのことです。何も自分の至らなさに心を痛めたりはしていませんので、どうぞご心配なく」
「そうですか。それなら、幸いです」
そうして俺が安堵の息をついたとき、人混みのほうから大小の人影が近づいてきた。誰あろう、バランのおやっさんにアルダスである。
「よう、アスタに他のみんなも、お疲れさん! 美味い料理をありがとうよ!」
「あ、どうもお疲れ様です。おふたりとも、素敵なお召し物ですね」
「よせやい。こんな装束は、肩が凝るばっかりさ」
照れ笑いを浮かべるアルダスも仏頂面のおやっさんも、立派なジャガル風の装束だ。やはりジャガルの礼装というのは、ぴんと立った襟が特徴であるようだった。
「どの料理も、申し分のない出来栄えだったよ。ひとつ不満があるとしたら、腹いっぱい食えないところぐらいかな」
「あはは。もうひと通りの料理を口にされたのですか?」
「ああ。行く先々で森辺のお人らと語らってたから、ようやく一周できたところだな。どれもこれも美味くって、これで一番美味かった料理を決めろだなんて酷な話だよ」
「まったくだ。どうしても、ひとつの料理を選ばなくてはならんのか?」
「はい。俺も毎回、断腸の思いで決めておりますよ。今回は作る側であったので、そういう面では気楽なものです」
すると、料理の補充をしてくれていたフェイ=ベイムが「アスタ」と声をあげてきた。
「残りの料理は、すべて卓に並べることができました。もうこちらに戻る必要もありませんので、ご自由にどうぞ」
「あ、そうですか。それじゃあフェイ=ベイムも、一緒に広間を巡りましょう。よかったら、おやっさんたちも如何ですか?」
「俺たちなんかにかまっていて、いいのかい? この場所には、アスタの見知ったお相手が山ほどいるんだろう?」
「いま俺が一番語らいたいのは、ようやく再会できたおふたりですよ」
「ふん。俺たちがジェノスにやってきて、もう3日が経っておるのだぞ」
と、おやっさんは気恥ずかしさをこらえるかのように、しかめっ面をこしらえた。
そんなわけで、アイ=ファを含めた5名で広間を巡ることにする。お隣はレイ=マトゥアのブースで、そこには《ゼリアのつるぎ亭》を始めとする宿屋のご主人がたが数名ばかり群れ集っていた。
「おう、アスタ。ちょうど今、この料理についてあれこれ聞いてたところなんだよ」
「どうも、お疲れ様です。何を聞かれていたのですか?」
「そりゃあ使ってる食材から作り方まで、色々さ。俺たちも、ペルスラの油漬けってのはなかなか使い道が思いつかなかったからなあ」
一同を代表して、《ゼリアのつるぎ亭》のご主人がそう言った。
「いや、ペルスラや乾酪の臭みを消す方法なんてのは、前にも手ほどきしてもらったけどさ。それじゃあそいつをどんな料理に仕上げればいいかってとこまでは、頭が回らなかったんだよなあ。ただフワノにのせて焼きあげるだけじゃあ、さすがに芸がないしよ」
「でも、こっちの宿にだって南や東のお客は来るからさ。初見のお客なんかは、たいてい魚料理はないのかって言いたてるもんなんだよ」
と、別のご主人がそのように言いながら、アルダスたちを振り返った。
「あんたがたも、南のお人だね? やっぱり旅先でも、魚料理が恋しくなるものなのかい?」
「そりゃあまあ、魚なんてのはキミュスやカロンと同じぐらい口にするもんだからな。初めてジェノスにお邪魔したときには、魚料理が存在しないと聞いてびっくりしたもんさ」
そう言って、アルダスはごつい顔に大らかな笑みをたたえた。
「まあ俺なんかは、美味いギバ料理があれば何の文句もないがね。ギバ料理と一緒にこういう魚料理も口にできたら、申し分ないんじゃないのかな」
「やっぱりそうか。マロールの料理なんてのも、うちじゃあけっこうな人気なんだよ。しっかりした肉料理にもうひと品ってときには、魚やマロールの料理がちょうどいいってことなんだろうな」
アルダスたちを巻き込んで、さっそく有意義な意見交換が為されることになった。今までご主人のお相手をしていたと思しきレイ=マトゥアは、にこにこと笑いながら俺に呼びかけてくる。
「留守をまかせていたガズの女衆は、城下町の方々にあれこれ質問されたそうです。やはりこの料理は、試食会に相応しかったみたいですね!」
「うん。きっとペルスラは、城下町でも宿場町でもいささか持て余されていたんだろうね」
すると、また別のご主人が、今度は俺に身を寄せてきた。
「俺はそれより、アスタの料理が気になるな。そこの娘さんに、あれはシャスカを使ってるんだって聞いたんだけど、そいつは本当なのかい?」
「ええ。ちょっと特殊な作り方ですけど、そこまで難しくはないと思いますよ。今度の寄り合いで、作り方を披露しましょうか?」
宿屋の寄り合いはいつも月初めに開かれていたが、今月は試食会でバタバタしていたため、延期を余儀なくされていたのだ。
ご主人は「ありがたいね」と言ってから、いくぶんもじもじとした。
「ただ……うちの宿では、まだシャスカってやつを買いつけたことがないんだよ。ポイタンに比べたらずいぶん値が張るし、しばらく出番はないだろうと思って、前に教えてもらった普通の作り方もすっかり忘れちまったんだよな」
「ええ。以前はシャスカが不足するぐらいでしたから、俺もそこまで熱心におすすめはできなかったんですよね。でも、ジギから買いつけるシャスカを増やして、ゲルドからも買いつけることができるようになったんで、だいぶ在庫にゆとりができたみたいです。西の領土でシャスカを口にできる場所はそうそうないみたいですから、うまく使えば評判を呼ぶことができると思いますよ」
「そうだよな。最初の試食会だって今日だって、俺はシャスカの料理にすっかり驚かされちまったんだ。だったら、宿に来るお客だってびっくりさせることができるはずさ」
「そうそう!」と、別のご主人が脇から身を寄せてくる。
「しかももうすぐ、南の王都の食材ってやつも売られるようになるんだからな! うかうかしてると、勲章をもらった連中にまた差をつけられちまうよ」
「ああ、そっちの話もありましたね。次の寄り合いでは、南の王都の食材の取り扱いについても手ほどきするようにって依頼がありそうです」
「そのときは、よろしく頼むよ。俺はあの、ノ・ギーゴってやつを使ったシャスカ料理の味が忘れられなくってさあ」
レイ=マトゥアの準備したハッセルバック・チャッチを食しながら、俺たちはその場で短からぬ時間を過ごすことになった。
宿屋のご主人がたに別れを告げて、次なるブースに足を向けると、アルダスは「やれやれ」と肩をすくめる。
「やっぱり宿屋のお人らにとっては、死活問題みたいだな。アスタも俺たちの世話を焼いてるひまなんてないんじゃないのか?」
「あ、いえ、俺はお世話を焼いてるんじゃなく、ただアルダスたちとご一緒したいだけなんですが……むしろご迷惑だったでしょうか?」
「そんな心配そうな顔をするなよ。何も迷惑なんて思っちゃいないさ」
アルダスは陽気に笑いながら、俺の左肩に大きな手の平を振りおろそうとした。
その瞬間、俺の両足が宙に浮く。アイ=ファが横合いから俺の身体を抱きすくめて、あらぬ方向に振りやったのだ。
俺は「うわあ!」と悲鳴をあげて、目標物を失ったアルダスの手は虚空を切った。
「な、なんだ? どうしたんだよ、アイ=ファ?」
「いや……アスタは左肩に、古傷を負っている身であるのだ。口で止める余裕がなかったので、こうする他なかった」
「肩に古傷? アスタがそんな怪我を負ってたのか?」
アルダスはきょとんとしており、おやっさんがずずいと身を乗り出してきた。
「それはいったい、なんの話だ? お前さんは、ずっと元気にしているように見えていたぞ」
「は、はい。別に痛みがあるわけではありませんので……」
「しかし、傷痕は消えていない。アスタは邪神教団の操るムントの爪で、肩を裂かれてしまったのだ」
「なに! ムントの爪には、たいそうな毒があると聞くぞ!」
俺たちがそんな風に騒いでいると、壁際にたたずんでいたジャガルの兵士たちが寄ってきてしまった。
「どうしました? 何か問題でも?」
「いや、大事ない。何も諍いを起こしたわけではないのだ」
アイ=ファはきりりと引き締まった面持ちで、簡単に事情を説明した。
兵士たちはアルダスや俺にも事実確認をしてから、速やかに引き下がっていく。俺はほっと息をつきながら、アルダスに「すみません」と謝った。
「そういったことも、きちんと話しておけばよかったですね。でも本当に、傷口はふさがっているのでご心配なさらないでください。ムントにやられたのは、赤の月の話ですし……」
「いや、俺こそ荒っぽい真似をして悪かったな。最近のアスタはすっかり逞しくなったから、ちょっとぐらい小突いても大丈夫だろうと思ったんだよ」
そう言って、アルダスは申し訳なさそうにアイ=ファを見た。
「アイ=ファも、悪かったな。悪気はないんで、許してくれ」
「むろん、何も知らなかったのだから、そちらを責めるつもりはない。むしろ私はアスタの慕う者たちとしこりを残したくなかったため、少々強引なやり口で手を出させてもらったのだ。どうか今後とも、アスタと絆を深めてもらいたく思う」
アイ=ファはアルダスに目礼をしてから、俺に向きなおってきた。
「お前も、さぞかし驚いたろうな。傷がふさがっていることは百も承知していたが、どうしても見過ごすことができなかったのだ。許せ」
「ああ、いや……俺も逆の立場だったら、慌ててたと思うからな。別にアイ=ファが謝ることはないよ」
そうしてその場の騒ぎが収まると、おやっさんがあらためて俺をにらみつけてきた。
「それで? 本当にもう、身体に不自由はないのだな?」
「はい。ゲルドのプラティカというお人がすぐに処置してくれましたので、熱を出したりすることもありませんでした。筋を痛めたりもしていませんし、そんな古傷のことはすっかり忘れていたぐらいです」
「……俺たちに隠し事などをするから、このような騒ぎになるのだ」
おやっさんは、子供のようにぷいっとそっぽを向いてしまう。なんとも可愛らしい仕草である。
そんな一幕を経て、俺たちはようよう次のブースに辿り着いた。ここは、レイナ=ルウの汁物料理のブースである。俺たちがその前に立つなり、背後のジザ=ルウがすうっと接近してきた。
「何やら、騒ぎが起きたようだな。何か問題でも生じたのだろうか?」
目ざといジザ=ルウにはアイ=ファから説明が為されて、俺たちはレイナ=ルウの汁物料理をいただく。それを口にするなり、アルダスは「ひゃー」と声をあげた。
「やっぱり辛いな! こいつは、ぎばかれーより辛いんじゃないか?」
「そうかもしれません。南の民のお気には召さないでしょうか?」
「いや、辛いけど美味いよ。ただどうしても果実酒が欲しくなっちまうから、昼の屋台より夜の食堂で食いたい料理かなあ」
「そうですか……屋台で出すべきかどうか、一考しなければなりませんね」
レイナ=ルウが真剣な面持ちでつぶやくと、アルダスは「いやいや」と手を振った。
「南のお客なんて、10人にひとりぐらいのものだろう? 東の連中はもちろん西の民だって香草の料理には慣れてるだろうから、何も気にする必要はないさ」
「ですが、1割のお客に忌避されるのであれば、やはり見直すべきであるように思います」
「忌避まではしないさ。それに屋台の汁物料理ってのは、数日ごとに内容を変えてるんだろう? だったらなおさら、引っ込める理由はないように思うよ」
「うむ」と、おやっさんも同意の声をあげた。
「確かにこいつはずいぶん辛いが、さきほどのチャッチの料理よりも魚料理を口にしているような気分にさせられる。辛い辛いとわめきながら、南の連中が忌避することはあるまいよ」
「そうそう。魚の具材は見当たらないのに、いかにも魚料理って味わいなんだよな。やっぱりマロールやらヌニョンパやらいう食材のおかげなのかねえ?」
「あとは、出汁に使っている乾物の影響が大きいのだと思います。特に貝という食材は、濃厚な出汁が取れますので」
「貝なんてのは、俺たちも貝殻の飾り物なんてやつぐらいしか見た覚えがないな。海辺の領地では、こういう料理が普通だったりするのかねえ」
どこに行っても、アルダスたちは積極的に意見を申し述べてくれた。そうすることが森辺のかまど番のためになると念じてくれているのだろう。だから俺は、このおふたりに飽くなき親愛の念を覚えてしまうのだった。
「汁物料理ですと、持ち場を離れることがかなわないのですね。よければ、わたしが料理をお持ちしましょうか?」
フェイ=ベイムがそのように声をかけると、レイナ=ルウは「いえ」と微笑んだ。
「妹たちが手空きなので、その役を担ってくれています。どうぞこちらはお気にせずに、ご自分の試食をおすすめください」
「承知しました。出過ぎたことを言ってしまい、申し訳ありません」
「とんでもありません。フェイ=ベイムの親切に感謝いたします」
そうしてブースを離れると、アルダスはフェイ=ベイムに目を向けた。
「あんたとレイナ=ルウは、ちょっとよそよそしい感じだな。普段はあんまり交流がないのかい?」
「そうですね。わたしが不愛想であるために、なかなか交流を深めることもかなわないのでしょう。相手が族長筋の御方ですと、どこまで気安く振る舞うべきか判じかねる面もありますので」
「愛想のなさなら、うちのおやっさんも負けてないよ。それにレイナ=ルウも、なかなか生真面目なお人柄みたいだからな。生真面目な人間同士は仲良くなるのに時間がかかるかもしれんが、いったん仲良くなると余所より交流が深まるもんさ」
フェイ=ベイムは虚を突かれた様子で目をぱちくりさせてから、「はあ」とうなずいた。これもまた、微笑ましい交流の図である。
そうして次なるは、マルフィラ=ナハムのブースだ。どうやら同系統の献立は、ブースが並べられているようであった。
そしてそこに、馴染みの深い一団が密集している。やっぱりというべきか、ヴァルカスの一派である。
「ああ、お疲れ様です。ヴァルカスたちは、こちらでしたか」
ヴァルカスはちらりとこちらを見やって「どうも」と目礼をしてから、すぐさまマルフィラ=ナハムに向きなおった。
「それであなたは、ミャンを使おうという決断を下したのですね。ミャンというのは独自の風味を持つゆえに、他の香草との併用がきわめて難しい食材であると思われます。それをこうまで巧みに扱えるのは、あなたが比類なき鋭敏な舌を持つゆえであるのでしょう」
「と、と、とんでもありません。わ、わたしなどは、本当に未熟者ですので……」
マルフィラ=ナハムは、ぺこぺこと頭を下げている。やはりさまざまな香草を使っているということで、ヴァルカスの関心を存分に集めてしまったようだ。
こうなったらもう余人に止められるヴァルカスではないので、俺はその間におやっさんたちを他のメンバーに紹介することにした。
「こちらはネルウィアからいらした建築屋の方々で、バランのおやっさんとアルダスです。去年の大地震でファの家や森辺の祭祀堂が倒壊してしまったとき、再建してくれたのがこちらの方々なのですよ」
「ああ、今日から試食会に招かれたってお人らか。俺たちは、城下町に軒をかまえてる《銀星堂》って料理店の関係者だよ。こっちのタートゥマイは東の血を引いてるけど西の民なんで、そのつもりでよろしく」
ロイがそのように説明すると、アルダスはにこやかに「よろしく」と応じてからボズルに向きなおった。
「で、あんたはれっきとした南の民ってわけだな。城下町とはご縁がなかったけど、あんたのことは小耳にはさんだことがあるよ」
「それはそれは。光栄の至りでありますな」
同じぐらいの背丈で同じぐらい厳つい風貌で同じぐらい大らかな気性をした両者が、ひげもじゃの顔で笑みを交わした。
「わたしもあなたがたのことは、森辺の方々にうかがっておりました。ジャガルの方々がアスタ殿らの危急を救ったと聞いたときには、誇らしく思ったものです」
「俺たちは、仕事でそいつを受け持っただけさ。もちろん他ならぬアスタたちだったから、快く引き受けたわけだがね」
ふたりのおかげで、その場にはすみやかに穏やかな空気が形成されることになった。その空気に乗って、俺はロイに問いかけてみる。
「やっぱりヴァルカスは、マルフィラ=ナハムの料理に夢中なようですね。ロイたちは、如何でしたか?」
「そんなもん、こいつの顔でわかるだろ」
「なんですか?」と応じるシリィ=ロウは、気迫の塊と化していた。
「マルフィラ=ナハムの力量については、以前から痛感させられていました。今さら驚くことはありません。間違いなく、彼女は勲章を授かることでしょう」
「そうですか。レイナ=ルウの汁物料理も、負けていないと思うのですが……」
「もちろんです。あるいは彼女のほうこそが、マルフィラ=ナハムよりも位の高い勲章を授かるやもしれません。彼女の料理にも、以前よりも城下町の影響が顕著ですからね。城下町の料理人たちの数多くが、レイナ=ルウとマルフィラ=ナハムの料理に驚嘆させられたはずです」
「ああ。ヴァルカスもレイナ=ルウのところに突撃する気まんまんだよ。お前らがいない間も、留守番をしてた娘さんたちにひっついて大層な迷惑をかけてたからな」
そう言って、ロイは俺のことをぐっとにらみつけてきた。
「それにお前も、他人事みてえな顔をしてるんじゃねえよ。なんなんだ、あれは? あれが本当に、シャスカの皮だってのか?」
「はい。下ごしらえに時間はかかりますけど、そこまで難しい調理ではないと思いますよ」
「くそっ、涼しい顔をしやがって。あのな、城下町の祝宴では、具材を包む皮ってのが肝要だろ。何せ、祝宴では皿を使わないってのが一般的な作法なんだからよ。あんな目新しいシャスカの皮ってのは、城下町の人間にとってとうてい見過ごせねえんだよ」
「そうですか。俺としては、その作法がすたれることを願いたいところですね。皿を使わないと、どうしたって献立の幅がせばまってしまうでしょうから……ジャガルでも、そういう作法が一般的なのでしょうか?」
俺が水を向けたのは、かつてジャガルでも料理人として働いていたボズルだ。
ボズルはにこやかな表情のまま、「いえ」と首を振った。
「わたしもそうまで宮廷のことは存じあげませんが、そのような作法は存在しないかと思われます。ジェノス独自か、あるいは西の作法なのでしょうな」
「そうですか。異国の貴人をお迎えするにあたって、俺たちが厨を預かるときは祝宴でも皿の料理が許されましたからね。できれば、あれが根付いてほしいところです」
「何にせよ、あのシャスカの扱いが前代未聞ってことに変わりはねえよ。まったく、驚かせやがって」
そんな風に言ってから、ロイは深々と溜息をついた。
「それに、他の料理もな。やっぱりこうまで城下町の人間が多いと、香草の料理がもてはやされるだろうけど……そうじゃなかったら、他の料理だって遜色はない。ユン=スドラに、レイ=マトゥアだったか? あいつらの料理にだって、それぞれ驚かされちまったしよ」
「それはまあ、森辺でよりすぐりの8名ですからね」
俺は誇らしく思いながら、そのように答えてみせた。
すると、熱心に語らっていたヴァルカスが、いきなりこちらに向きなおってくる。そしてヴァルカスはひたひたと俺に近づいて、いきなり両手をわしづかみにしてきたのだった。
「お待たせいたしました。アスタ殿、あのシャスカの扱いには心より驚嘆させられました。具材のほうは細工の少ない純朴な仕上がりであったものの、ミャンと干しキキの味わいを活かすには過不足ないものであったかと思います」
「え? ああ、はい。ありがとうございます。……マルフィラ=ナハムとのお話は終わったのでしょうか?」
「はい。アスタ殿とレイナ=ルウ殿にもお話をうかがわなくてはならないため、ひとまずは収める他ありませんでした」
俺の手をぎゅっと握りしめたまま、ヴァルカスはぼんやりとした無表情で俺を見据えてくる。
「レイナ=ルウ殿とマルフィラ=ナハム殿の料理は、申し分ありません。それに比べて、アスタ殿の料理というのはまだまだ細工の余地が残されているかと思われますが……それはあの料理に不備があるということではなく、あのシャスカの皮の汎用性から生じる印象なのでしょう。それはアスタ殿も、ご理解しておりますね?」
「は、はい。あの皮なら、色んな具材の組み合わせを楽しめるでしょうね。最初に思いついたのはマロールだったのですが、やっぱり森辺のかまど番としてギバ肉を使わせていただきました」
「そうです。あちらは単品の料理としてだけではなく、その活用法の広さにこそ着目するべきであるのです。わたしはずっとアスタ殿の作法はわたしの作法と相容れないと考えていましたが、やはりシャスカの取り扱いに関しては話が異なるようです。あれだけ独自の食感を有するシャスカの皮は、いずれわたしも活用せずにはいられないでしょう」
「そ、そうですか。ヴァルカスがシャスカの皮を活用してくださるなら、
仕上がりが楽しみなところです」
「……ですがわたしは、いまだ細長く仕上げるシャスカも粒のまま仕上げるシャスカも、研究のさなかとなります。しかも現在は、南の王都の食材を新たに手に入れたところでありますし……シャスカの新たな取り扱いを手掛ける前に、寿命が尽きてしまうやもしれませんね」
そう言って、ヴァルカスはしみじみとした様子で息をついた。
ヴァルカスにがっしりと手を握られたまま、俺はついつい笑ってしまう。
「ヴァルカスだって、まだまだお若いではないですか。寿命が尽きるだなんて、そんな不吉なことは仰らないでください」
「ですが、時間が足りないのです。最近はこの試食会で研究の時間を削られてしまっていますし……ああしかし、こちらに参席していなければ、森辺や宿場町の方々の料理を口にすることができなかったのですね。自分の身体がふたつ存在すれば、どれだけ研究を進められるものかと、最近はそのような思いにとらわれてしまいます」
するとそこで、アイ=ファが「おい」と割り込んできた。
「アスタと語らうのは、おたがいがすべての料理を食べ終えてからにするべきであろう。……そして、いつまでアスタの手を握っておるのだ?」
「……これは失礼いたしました」と、ヴァルカスは名残惜しそうに俺の手を解放してくれた。
「では、先にレイナ=ルウ殿と語らってきますので、アスタ殿も試食をお進めください。それでは、失礼いたします」
と、ヴァルカスがさっさと歩き始めてしまったので、ロイたちも慌ててそれを追いかけることになった。
それを見送って、アルダスは愉快そうに笑う。
「アスタはずいぶん、楽しいお人らとご縁を持ってるんだな。いったい何事かと思っちまったよ」
「ええ。あのヴァルカスというのは、とりわけ個性的な御方ですからね」
けっきょく俺は、ヴァルカスが前回の味比べで優勝したことをお祝いすることもできなかった。が、ヴァルカス自身はそのようなことなど、まったく念頭にないのだろう。ヴァルカスがそれだけ森辺の料理に夢中になってくれていることが、俺にはとても嬉しくて、とても誇らしかったのだった。