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異世界料理道  作者: EDA
第六十二章 騒乱は果てず
1055/1679

再会②~晩餐~

2021.6/6 更新分 1/1

・今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。

 そうして日没が近づくと、ルウ家から迎えの荷車が出発していった。

 ネルウィアからやってきた一団は7名であるが、西の王国に居座っている別動隊と合流すれば、その人数は20名にも及ぶ。それらの人々も全員が森辺にお招きされて、それぞれルウの分家や眷族の家で晩餐をともにするのだった。


 ルウ本家にお招きされるのは、責任者であるバランのおやっさんと、アルダスにメイトンという顔ぶれだ。

 おやっさんたちが到着するのと時を同じくして、アイ=ファもルウの集落にやってきた。最近はひっきりなしに城下町へと招かれているので、それ以外の日はいっそうギバ狩りの仕事に力を入れているのである。今日などは3頭のギバを仕留めたとのことで、ルウ家の人々を大いに驚かせていた。


 そうしてとっぷりと日が暮れた頃、ようやく晩餐も完成する。

 俺たちがそれを広間に運んでいくと、そこではすでに楽しい歓談の場が作られていた。外からの客人を好むジバ婆さんも、この日を心待ちにしていたという話であったのだ。


「それにしても、家族が増えるってのはいいもんだねえ」


 アルダスはそのように語りながら、サティ・レイ=ルウへと笑いかけた。サティ・レイ=ルウはにこやかに微笑みつつ、かたわらの草籠へと目を落とす。そこでは新たな家族たるルディ=ルウが安らかに眠っているのだ。


 そうして俺が敷物に木皿を並べていると、遠い位置からコタ=ルウが見つめてくる。俺が笑顔で手を振ってみせると、コタ=ルウも小さな手をぶんぶん振り返してくれた。


 家長のドンダ=ルウに、伴侶のミーア・レイ母さん。最長老のジバ婆さんに、家長の母たるティト・ミン婆さん。長兄の一家たるジザ=ルウ、サティ・レイ=ルウ、コタ=ルウ、ルディ=ルウ――そして、レイナ=ルウ、ルド=ルウ、ララ=ルウ、リミ=ルウで、本家の家人の総勢は12名だ。ここ最近は試食会の帰りにアイ=ファの晩餐をお願いしていたし、また、その前にはジバ婆さんやリミ=ルウの生誕の日でもお招きされていたため、俺もようやくヴィナ・ルウ=リリンとダルム=ルウのいない食卓というものに見慣れてきたような感じがした。


「家長ドンダ、晩餐の準備が整いました」


 レイナ=ルウが厳かな口調で申したてると、ドンダ=ルウは「ああ」と大きな身体を揺すった。


「それでは、晩餐を開始する。今日は5名もの客人を招いているので、晩餐の喜びを正しく分かち合ってもらいたく思う」


 ドンダ=ルウが食前の文言を重々しく唱え、森辺の家人はそれを復唱する。

 それで無事に、晩餐の運びと相成った。


「いやあ、最近は宿でも立派なギバ料理を食べられるようになったけどさ。それでもやっぱり森辺でいただくギバ料理ってのは、格別だね」


 メイトンはにこにこと笑いつつ、どれから手をつけるべきか迷うように視線をさまよわせた。

 遠来の客人を迎えたということで、本日も気合を入れた献立となっている。どれが誰の料理という区別もなく、俺とレイナ=ルウとリミ=ルウが3人がかりでこしらえた心づくしであった。


 主菜はででんと、ギバのロースのステーキである。

 ソースはレイナ=ルウが考案したもので、マロマロのチット漬けや魚醤も使われている。アリアとミャームーのすりおろし、タウ油や砂糖や赤ママリア酒などを使ったステーキソースに、ゲルドの食材を加えてさらなるクオリティアップを試みたのだ。


 副菜は、ルド=ルウの好物であるチャッチ・サラダ、小松菜のごときファーナとコーンのごときメレスとギバ・ベーコンの乳脂ソテー、梅しそのような干しキキとミャンのドレッシングでいただく生野菜サラダ、キュウリのごときペレのピリ辛和え、汁物料理は具沢山のタラパスープ、主食はガーリックライスならぬミャームー・シャスカだ。


 香草やミャームーもほどほどに使われているが、これぐらいならば乳の味に影響は出ないだろうという配慮が為されている。すっかり元気を取り戻したサティ・レイ=ルウは、にこやかに微笑みながらコタ=ルウに料理を取り分けてあげていた。


「バランたちも試食会に招かれていますので、そちらと献立がかぶらないように配慮しつつ、ゲルドの食材というものをふんだんに使ってみました」


 レイナ=ルウがそのように説明すると、アルダスは「ありがたいね」と口をほころばせた。


「昼の屋台でも馴染みのない味付けがあったけど、あれもきっとゲルドの食材ってやつが使われてたんだろうな。たった5ヶ月でまたギバ料理が様変わりしちまったんだから、驚かされたよ」


「ええ。そして近日中には、南の王都の食材というものが流通しますからね。そうしたら、また目新しい料理をお届けできるかと思います」


 俺がそんな風に答えると、ララ=ルウも元気に発言した。


「きっとネルウィアって、ジェノスと王都の真ん中あたりにあるんだろうね。そっちでは、王都の食材って出回ってるの?」


「さて。食材ってやつがどの領地から流れてきてるかなんて、あんまり考えたこともなかったが……王都の食材ってのは、どんなもんなんだい?」


「えーと、ノ・ギーゴにマ・ティノ、マトラにリッケ、それにボナの根と……あとは、なんだっけ?」


「ジョラの油煮漬け、ラマンパの油、カロンの青乾酪、それにリッケ酒だね」


 俺の言葉に、メイトンが「リッケ酒か!」と弾んだ声をあげた。


「そいつはときたま、酒場に出回ってたな! あと、ノ・ギーゴってのは甘いマ・ギーゴみたいなやつだろう? 俺にわかるのは、それぐらいかな」


「俺なんかは、ひとつも聞いたことがないなあ。ラマンパの実ぐらいは知ってるけど、それを油に仕上げるってのは聞かない話だな」


「ふうん。南の民でも知らないような食材ばっかりなのかあ」


 ララ=ルウが不思議そうに小首を傾げていたので、俺の推論を申し述べることにした。


「使節団は、ジェノスで馴染みのない食材を選りすぐってきたわけだからね。ジェノスの近場であるネルウィアも、同じように馴染みがないってことなんじゃないのかな」


「近場ったって、荷車で半月もかかるのにね! だけどそれなら、建築屋のみんなも目新しい食材を楽しめるってわけだね」


「ああ。南の王都の食材をジェノスで味わえるなんて、不思議な話だよ。また家族連中にひがまれちまうな」


「あはは。そしたらまた、復活祭で一緒に来ちゃえばいいじゃん」


 そうして歓談を楽しみながら、誰もがすみやかに食事の手を進めている。

 そんな中、アルダスが「ああ」と満足そうに吐息をついた。


「どれもこれも美味いなあ。確かに馴染みのない食材もどっさり使われてるみたいだけど、なんの文句もないよ」


「ふふん。ゲルドってのはシムの領地らしいけど、ま、食材には何の罪もないしな」


 メイトンも、ご満悦の表情だ。

 バランのおやっさんはずいぶん静かであるが、そのぶん食事の手は誰よりも進められている。南の民は森辺の民に負けないぐらい健啖家がそろっているので、かまど番としてはその食べっぷりが心地好くてならなかった。


「あ、ゲルドの人たちは、マヒュドラの食材も持ってきてくれたんだよー! えーとえーと……今日の晩餐だと、このメレスぐらいかな?」


 リミ=ルウがそのように解説すると、メイトンは「へえ」と目を見開いた。


「この黄色くて甘い豆粒が、メレスかい。マヒュドラの食材までそろってるなんて、こいつは驚きだな!」


「マヒュドラか」と、ふいにおやっさんが声をあげた。


「そういえば、ジェノスで奴隷として扱われていた北の民も、無事にジャガルの子となったそうだな。ネルウィアで引き取るという話にはならなかったが、たいそうな評判になっていたぞ」


「あ、はい。自分とご縁のあるお人なんかは、デルスのもとで働くことになりました」


「デルスか」と、おやっさんは顔をしかめた。


「あいつもまた、ジェノスに出向いてきているそうだな。宿の人間から、そう聞いているぞ」


「はい。デルスたちは2日前にやってきて、昨日の試食会にもお招きされていました」


「ふん。さぞかし気取った格好で、宮殿を練り歩いていたのだろうな。得意げにしている姿が目に浮かぶわ」


「いえいえ。王家の方々に失礼があっては大変だと、ずいぶん気を張っているご様子でしたよ」


 俺はそのように説明したが、おやっさんは納得した風でもなかった。まあ、十年以上もたもとを分かつていた兄弟というものには、俺などには想像もつかない確執が生じてしまうのだろう。


「まあ、あいつのことはどうでもいい。それよりも、この5ヶ月ばかりの話を聞かせてもらいたいものだな」


「はい。近況報告というやつですか?」


「……俺たちがすでに知るだけでも、聖域まで出向くことになっただの、邪神教団に襲われただの、ゲルドから食材を買いつけただの、北の民がジャガルの子になっただの、目を剥くような話続きだからな。まだまだおかしな騒ぎが隠されておるのではないか?」


 俺は「えーと」と思案した。

 過去の出来事の振り返りは、俺の生誕の日に体験済みである。その後半部分をおさらいすればよい、ということだ。


「でも、そこまで大がかりな話は、もう残されていないように思いますよ。個人的には色々とありましたけど……おやっさんたちに伝えるべき話って、何かあったかな?」


 俺はアイ=ファの記憶力を頼るべく、そちらに水を向けてみた。

 ギバのステーキをかじっていたアイ=ファはそれを吞み下してから、「ふむ」と思案する。


「邪神教団の件まで伝わっているのなら、そうまで語ることは多くあるまい。プラティカやディアルの話は、告げたのか?」


「ああ、それがあったか。えーとですね、食材を届けてくれたゲルドの方々はもうお帰りになったのですけれど、それと同行していた厨番の娘さんがジェノスに居残って修行することになったのです。彼女は俺たちともよく行動をともにしているので、試食会の他でも顔をあわせる機会があるかもしれません」


「ゲルドの娘が、ジェノスで修行? ゲルドの民というのは、シムの中でもとりわけ気性が荒いという話ではなかったか?」


「ええ。草原の民とは、ずいぶん雰囲気が違うようですね。でも、気性が荒いというよりは……ゲルドは狩人の一族だそうなので、森辺の民に近い気風なのだと思います」


「それなら心配いらねえな」と、メイトンは気安く微笑した。


「何にせよ、西の領土で東の民ともめるのはご法度だ。アスタたちが懇意にしてるなら、俺たちだっておかしな真似をしたりはしねえよ」


「ええ。みなさんは、《銀の壺》ともいい距離感を保っていましたものね。……あ、復活祭でも語られていたとは思いますが、シュミラル=リリンと《銀の壺》は行商のさなかです。お帰りは、来月の半ばぐらいになるはずですね」


「それじゃあ、またあいつらと顔をあわせることになるのか。こういうのを、腐れ縁っていうのかね」


 そんな風に語りながら、メイトンは陽気な笑顔だ。決して友にはなれない間柄でも、《銀の壺》の面々とはほどよい関係を築くことがかなったのだろう。


「それで? さっきアイ=ファは、ディアルがどうとか言っていなかったか?」


「あ、はい。ディアルは今、里帰りの最中なのですよ。こっちは《銀の壺》よりも早く、ジェノスに戻ってくるはずです。試食会には、彼女の代理人であるハリアスというお人が招かれていましたね」


「ほう、ゼランドに里帰りか。……それはまあ、あの若さでいつまでも家族と離れているというのは、決して望ましい話ではなかろう」


 おやっさんは重々しくうなずきつつ、「それで?」と繰り返した。


「他には、さしたる騒ぎもなかったのか? ないならないで、けっこうなことだがな」


 すると、ずっと静かに食欲を満たしていたルド=ルウが「あー」と声をあげた。


「あんたらは復活祭で、モルン・ルティム=ドムやディック=ドムとも出くわしてるはずだよな。あいつらは、無事に婚儀をあげることができたよ」


「おう、そうか! そいつはまた、めでたいな! よくわからんが、森辺ではちょいと難しい婚儀だったんだろう?」


 メイトンが喜色をあらわにすると、ルド=ルウもにっと白い歯を見せた。


「ああ。他の氏族の手本にならねーといけねーから、なんやかんや大変みたいだな。でも、いい婚儀だったよ」


「そうかあ。子供が産まれたり婚儀をあげたり、めでたいこったな。邪神教団の一件を除けば、いいこと尽くしだったんじゃないか?」


「あとはやっぱり、聖域だろう。何も危ないことはなかったのか?」


 聖域に関しては、実際に足を運んだ俺やアイ=ファが語ることになった。

 メイトンたちは、瞳を輝かせて話を聞いている。東の民ほど真剣な様子ではなく、むしろおとぎ話を楽しむ幼子のごとき様相であった。


「へーえ、聖域の民ってのは、そんな連中だったのか。まああのティアっていう娘っ子を見ても、悪い連中ではないんだろうと思ってたが……なんか、不思議な心地だな」


「ええ。俺もなんだか、夢の中の出来事みたいに感じています」


 光る苔に照らされる洞穴の様子や、全身を真っ赤に染めた小さな狩人たち――それに、聖域の民と意思の疎通が可能であるヴァルブの狼とマダラマの大蛇、森辺の祝宴にも負けない晩餐の熱気――俺の貧相なボキャブラリーでは、あの幻想的な体験を正しく伝えることなど、なかなかできそうになかった。


「で、聖域の連中もギバを狩るかもしれないって話に落ち着いたのか。それで森辺の民の獲物が減っちまったりはしないのかい?」


「今のところ、ギバの数に変化は見られない」


 と、狩人の代表として族長ドンダ=ルウがそのように答えた。

 ルド=ルウも気安く「そうだなー」と追従する。


「アイ=ファなんて、今日は3頭も仕留めたってんだろ? いくら猟犬2頭を連れてるからって、すげー話だよなあ。やっぱ、狩り場からギバが減ったりもしてねーんだろ?」


「うむ。フォウの血族の狩り場でも、まったく変化は感じられないという話であったな」


「そりゃーまあ、聖域の民は山の北側や東側でギバを狩るって話なんだから、こっちには関係ねーんだろうな」


「……そもそも、本当にギバ狩りの仕事が始められたかも、我々に知るすべはないしな」


 アイ=ファはさりげなく目を伏せて、こぼれそうになる感情を隠した。

 ヴァルブとマダラマの両方を友にして、ギバを共通の獲物とする――それを新たな掟として認めるかどうかは、俺たちが帰った後に族長会議で決するという話であったのだ。

 その提案が認められたならば、ティアも狩人としてもう1年を過ごすことが許されるかもしれない。俺たちとしては、ティアが望む通りの生を生きてくれていることを願うばかりであった。


「それで……あんたたちのほうは、どうだったんだい……?」


 と、アイ=ファの気持ちを察して話題の転換を図ったかのように、ジバ婆さんがふいに声をあげた。

 ジバ婆さんに思い入れを抱くメイトンが、「え、なんだい?」と素早く反応する。


「あたしらのほうも、なかなか賑やかな日々を送っていたけどさ……あんたたちも、大過なくすごせていたのかねえ……?」


「そりゃあ俺たちなんて、森辺やジェノスのお人らに比べれば平和なもんさ。異国の貴人や王族を相手取ったり、聖域の民や邪神教団なんぞに出くわすこともなかったからなあ」


「それじゃあ、リコたちはどうだったんだい……? あの子らは、あんたがたのもとに向かうって話だったよねえ……」


「リコ? ああ、傀儡使いの娘さんか! そうそう、傀儡の劇を拝見したよ! ありゃあ見事なもんだったなあ」


 建築屋の人々も、復活祭で『森辺のかまど番アスタ』を観賞している。が、おやっさんを模した新たな人形とそれに由来する劇のアレンジは見届けることができなかったため、リコたちがネルウィアまで足を運ぶという話であったのだ。


「うん、あれはけっこうな騒ぎだったよ。あの傀儡がおやっさんを元にしてるのかって、ネルウィアじゃもう大騒ぎさ。しばらくは、酒場でさんざん冷やかされることになっちまったもんなあ?」


「うるせえな。あれは俺じゃなく、建築屋の人間をひとつにまとめあげたもんだって話だろうが?」


「でも、あのときに一番いきりたってたのはおやっさんだったからな。劇で使われてる言葉も、ほとんどおやっさんの言葉だろ」


 劇中では、おやっさんとシュミラル=リリンのやりとりが再現されていたのだ。

 俺はまた、しみじみとした思いを噛みしめることになった。


「とにかくこれで、ネルウィアの連中もジェノスや森辺やアスタのことを正しく知ることができたからな。もうおかしな風聞が出回ったりはしないだろうよ」


「リコたちは、その後どこに行っちゃったんだろー? ジェノスにはそれっきり戻ってきてないんだよねー」


 リミ=ルウが問いかけると、アルダスが「そうだなあ」と顎髭をまさぐった。


「あの娘さんたちは、なんて言ってたっけ……ああ、しばらくはジャガルを巡って、その後はいったん地元に戻るとか言ってたかな」


「じもと? リコたちって、故郷はないんじゃなかったっけ?」


「だからまあ、もともと巡業してた馴染みの深い土地ってことだろ。たしかあの娘さんがたは、もっと西寄りの地を巡ってたんだろう?」


「そうですね。西寄りの、セルヴァとジャガルの国境沿いを行き来していたという話だったと思います」


 おやっさんたちとの再会が5ヶ月ぶりであるのなら、それと同じぐらいの期間、俺たちはリコと会っていないのだ。相棒の少年ベルトンも護衛役のヴァン=デイロも、みんな元気でいることを願うばかりであった。


「そういえば、使節団の連中もリコたちに出くわしてるって話だったよなー。あれがその、ジャガルを巡ってる最中だったってことか」


 ルド=ルウの言葉に、おやっさんが「なに?」と眉をひそめた。


「使節団がやってきたのは、つい最近だろう? 傀儡使いの連中は、とっくにジャガルを離れているはずだぞ」


「あー、今回じゃなくって、前回だよ。北の民たちを迎えに来たときの話さ。今回も前回も、使節団ってのはほとんど同じ顔ぶれらしいしさ」


「うん。それに、王家の方々が加わった格好だね」


「王家の方々、か……」と、おやっさんは苦い顔をする。


「何やら宿場町では、王家の連中の行状がたいそう取り沙汰されていたな。森辺の民ばかりでなく、宿屋の連中まで宮殿に呼びつけて、料理を作らせていたんだと?」


「はい。ナウディスも勲章を授かっていましたしね」


「ああ。宿屋にしっかり飾られていた。試食会だか何だか知らんが、王家の連中はジェノスにまで来て何をやっておるのだ?」


「王家の方々は、美味なる食事というものにひたすら執念を燃やしておられるようですよ。デルスが言うには、王都でもたいそうな有名人であるようです」


「自分の領地で何をしようが勝手だが、西の領地にまで来て好き勝手をするというのはな……ジェノスの連中も、たいそう迷惑がっているのではないか?」


「どうでしょう? 宿場町ではけっこう歓迎されているようですし、森辺の民も前向きにとらえようという姿勢のはずですが……」


 と、俺は族長ドンダ=ルウに目で訴えてみた。

 何枚目かのステーキをたいらげたドンダ=ルウは、「そうだな」と首肯する。


「小さからぬ苦労はかけられているが、迷惑の域には達していないと判じている。なおかつ、王家の人間というのはきわめて奔放な気性なようだが、悪辣な部分はまったく見られない……という話だったな?」


「ええ」と応じたのは、ずっと護衛役として同行していたジザ=ルウだ。


「あの者たちは、他者への悪意というものをまったく感じさせない。たとえ好みに合わない料理を出されようとも、決してけなしたりはせず、なんとか美点を見つけようとする。……俺にはそのように感じられたのだが、どうだろうか?」


「はい、俺もそう思います。いわゆる、ほめてのばすというお人柄なのでしょうかね。あとはとにかく、身分で人を分けたりはしない御方なのだと思います」


「うむ。たとえ奔放であろうとも、公正であることに疑いはあるまい」


 警戒心の強いジザ=ルウでも、ついにそのように判じたようだった。

 おやっさんは、「そうか」と息をつく。


「ジェノスとジャガルの仲がこじれたりしないのなら、幸いだ。それが一番の気がかりであったのでな」


「そんなことが、あるわけはないさ……バランは心配性なんだねえ……」


 と、ジバ婆さんがとても優しい声音でそう言った。


「王家の人間っていうのはよくわからないけど……使節団のお人らは、北の民たちをたいそう親切に扱ってくれたそうだからねえ……それだけでも、あたしは南の民ってのをいっそう好ましく思ったもんだよ……」


「そうですね。おやっさんたちには話していませんでしたけど、シフォン=チェルというお人についても、使節団の方々はあれこれ世話を焼いてくれたんです」


「へえ、そうなのかい。そいつがどんな話だったのか、俺たちにも聞かせてもらいたいもんだな」


 そう言って、メイトンは俺とジバ婆さんの姿を見比べた。


「最長老さんに見なおしてもらえるなんて、そいつは光栄の限りだからな。どこのどいつがそんな立派な真似をしたのか、聞かせておくれよ」


「あたしなんて、そんなたいそうなもんじゃないけどねえ……その後は、またあんたがたの故郷について聞かせてもらえるかい……?」


「ああ。それこそ、面白みのない話ばっかりだけどな」


 そのように語るメイトンは、子供のように無邪気な顔になっていた。

 アルダスもにこやかに笑っており、おやっさんも落ち着いた表情でひと息ついている。南の王家の方々が森辺の民に迷惑をかけているのではないかと、よほど心配してくれていたのだろう。


 そうしてその後も、俺たちは穏やかに言葉を交わし続けて、5ヶ月間の離別をゆっくり埋めていくことがかなったのだった。

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