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異世界料理道  作者: EDA
第六十一章 楽しき騒乱
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試食会・城下町の料理人編③~主人たち~

2021.6/3 更新分 1/1

 しばらくすると、解説役を担っていた料理人たちがブースに戻り、貴き方々が広間を巡る旨が通達された。

 それを合図にして、俺たちの組にリミ=ルウが加わる。やはりリミ=ルウとしては、大好きなアイ=ファと一緒にいたいという気持ちが抑えきれないのだろう。他のメンバーは班分けにそれほどのこだわりは持っていなかったので、とりたてて変更もなく試食が進められることになった。


「おお、アスタじゃねえかあ。顔をあわせるのに、半刻ばかりもかかっちまったなあ」


 と、間延びした声がワッズの接近を告げてきた。

 デルスとともに、どちらも立派なジャガル風の装束を纏っている。ひさびさの再会となるアイ=ファはしかつめらしく「ひさしいな」と挨拶をした。


「どちらも息災なようで何よりだ。また、シフォン=チェルらに対するそちらの温情を、私も得難く思っている」


「そっちはずいぶん見違えたな。まるで騎士様か貴公子じゃねえか」


 賞賛の言葉はもうけっこうとばかりに、デルスは気安く言葉を返す。

 そのかたわらで、ワッズはたいそう楽しそうに笑っていた。


「なんか、へんてこな料理ばっかりで面白えなあ。城下町の連中は、毎日こんなもんを食ってるってわけかあ」


「どうやら、そうみたいですね。ワッズのお口には合わなかったでしょうか?」


「そりゃあ俺なんかには、安宿の料理のほうが合ってるさあ。だけどまあ銅貨を取られるわけでもねえし、普段だったら口にする機会もねえような料理ばっかりだから面白えよお」


 ワッズは底抜けの大らかさでもって、この試食会を満喫している様子であった。


「それにいくつかは、普通に美味いと思えるやつもあったしなあ。まあ、どれが一番かって聞かれたら――」


「おい。そいつは味比べってやつが終わるまで口にしないという取り決めだろうが」


 デルスが鋭く言葉をはさむと、ワッズはきょとんとそちらを見下ろした。


「ずいぶん堅苦しいことを言うんだなあ。アスタたちに話すぐらい、かまわねえだろお?」


「……この広間には、やたらとジャガルの侍女や小姓がうろついてる。そいつらが、働きながら聞き耳を立ててる様子なんだよ。わかったら、滅多なことを口にするんじゃねえ」


 警戒心の強いデルスは、ダカルマス殿下の思惑をも看破したようだ。アイ=ファは無言のまま、そんなデルスに感心したような眼差しを向けていた。


「王子殿下もこっちに出てきたから、いっぺんぐらいは挨拶をしなけりゃならんだろう。いいか、絶対に余計な口を叩くんじゃないぞ」


「わかったよお。めんどくせえことはデルスに任せるから、好きにしてくれえ」


 そうしてデルスとワッズは王家の方々にご挨拶をするべく、立ち去っていった。

 俺たちは、2周目の試食をしながら料理人の方々に挨拶である。ただし、菓子を後回しにするとしばらくは交流の薄いお相手ばかりであったので、さして時間はかからなかった。


《四翼堂》と《ヴァイラスの兜亭》の料理に関しては、再度の試食を行っても印象は変わらない。ヴァルカスの料理に似ているが、完成度で大きく劣る、風変わりな料理という印象だ。

 そしてその次はティマロのブースであり、そこにはレビとテリア=マスの姿があった。


「あれ、ユーミじゃねえか。大人数だと動きにくいとか言って、アスタたちとつるんでたのかよ」


 レビにうろんげな声をかけられても、ユーミは「うん、まあねー」と平気な顔で笑っている。ユーミの気づかいを察しているであろうテリア=マスは、ひとりで頬を染めてしまっていた。


「それより、こちらがアスタの懇意にしてるお人ってことだね! えーと、たしかティマロだったっけ?」


「ええ。そちらは、《西風堂》の厨番であられましたな」


「え? あたしなんかのことを覚えててくれたの?」


「それはもちろん。あれほど乱暴でありながら、それなりの完成度を持つ料理というものは、なかなか城下町で目にする機会もありませんからな」


 助手に代わって汁物料理を取り分けていたティマロは、探るような眼差しをユーミに突きつけた。


「聞くところによりますと、あちらはアスタ殿の考案された料理をご自分がたで改良した料理であるとのことでしたな。ヌニョンパの扱いにいささか甘さが見られましたが、見事な出来栄えであったと思っておりますよ」


「あー、ヌニョンパなんてあの料理でしか使わないし、あの料理自体、まだ数えるぐらいしか作ったこともないからさー。いまひとつ、ヌニョンパってやつは使いなれないんだよねー」


 ユーミがいつもの調子で答えると、ティマロは「なんと」と身をのけぞらせた。


「そのように作りなれていない料理を、あえて試食会で供したと申されるのですか? それは何とも……豪胆な振る舞いでありますな」


「んー、うちの宿ではあれが一番豪華な料理だから、まあいいやと思ったんだよねー。他の料理だって、そうまで代わり映えはしないからさ!」


 そう言って、ユーミはにっと白い歯をこぼした。


「まあそれより、今日はそっちの料理でしょ! これ、いかにも城下町の料理って感じだよねー。でも、全然食べにくいこともなくって、美味しかったよ!」


「そ、それはどうも、恐縮であります」


 ティマロはいささか、ユーミの元気さにたじろいでしまっていた。

 するとそこに、レビも声をあげてくる。


「俺もユーミと同じ感じなんだよな。なあ、どうしてこいつは、宿場町の料理とこんなに違うんだろう?」


「ど、どうしてと申されましても……作法が異なれば、趣も異なるものでありましょう?」


「作法って? 切ったり焼いたり煮込んだりってのは、一緒だろう? でも、俺にはこんな料理、逆立ちしたって真似できそうにねえんだよなあ」


 すると、ユーミがけげんそうにレビを振り返った。


「あんた、ずいぶん熱心だね。そんなにこの料理が気に入ったの?」


「そりゃあそうだろ。ユーミだってそう言ってたじゃねえか」


「うん。でも、あたしらが真似したって役に立たなそうじゃない? これは、城下町の料理なんだからさ」


「俺たちが美味いって思うんだから、城下町も宿場町も関係ねえだろ。本当に美味い料理は誰が食べても美味いって、アスタもそう言ってたらしいじゃねえか」


 そんな風に語るレビは、思いも寄らず真剣な眼差しになっていた。


「城下町に招かれる機会なんてそうそうねえんだから、聞ける話は聞いとかねえと損だろ。俺たちゃ、遊びに来てるんじゃねえんだからさ」


「えー? あんたの口から、そんな言葉を聞かされるなんてね! ……だけどまあ、それだけ《キミュスの尻尾亭》に御恩を返したいってことか」


 ユーミは得心した様子で笑みをこぼし、テリア=マスの肩を抱いた。

 テリア=マスは、どこか感情を持て余しているような面持ちでレビの姿を見つめている。


「でも、この料理はほんとに美味しかったよねー! いままで食べたティマロの料理の中で、一番だったよー!」


 リミ=ルウが笑顔で発言すると、ティマロはかしこまった様子で咳払いをした。


「森辺の方々にわたしの料理を味見していただいたのは、もう遥かな昔日でありますからな。それで腕が上がっていなければ、日々を漫然と過ごしていたという証になってしまいましょう」


「そうだねー! でも、今日はティマロのお菓子を食べられるかなーって思ってたから、ちょっぴり残念だったー!」


 最初に食したティマロの菓子では涙目になっていたリミ=ルウだが、その後にはなかなか好みに合う菓子を口にする機会があったのだ。

 ティマロは不意を突かれた様子で口ごもったが、やがてレビにも負けない真剣な眼差しとなって語り始めた。


「ダカルマス殿下も先日の試食会で仰っていた通り、こういった場で菓子が星を集めることは難しいように思います。それに……先日の試食会では、すでに素晴らしい菓子が供されておりましたからな。生半可な仕上がりでは、あれらの菓子の印象をくつがえすのは難しいものと判じた次第です」


 やはりティマロも、《アロウのつぼみ亭》と《ランドルの長耳亭》の菓子には衝撃を受けた様子であった。

 リミ=ルウは「そっかー」と無邪気に笑う。


「それじゃあティマロがどんなお菓子を作ってくれるか、楽しみにしてるね! また一緒にお茶会とかに呼ばれたら嬉しいなあ」


「ええ。どうぞ機会をお待ちください」


 そうしてリミ=ルウが身を引くと、レビがあらためて身を乗り出した。


「それじゃあ、話の続きをお願いできるかい? 宿場町と城下町の料理は、どうしてこんな風に出来栄えが違うんだと思う?」


「それを考察するには、おたがいの作法を比較するしかないのでしょうな」


 ティマロも今度は真剣な眼差しで、レビの顔を見返した。


「城下町と宿場町では、それぞれどのように料理が作られているのか。それをおたがいに語らって、比較検討するのです。それには、長きの時間がかかるかと思われますが――」


「かまわねえよ。残りの試食を大急ぎで済ませてくるから――ああ、あんたももう一回ずつ試食をしなきゃいけないんだったな。そいつも俺たちが運んでくるから、その後にでも時間を作ってもらえねえか?」


「よろしいでしょう。さまざまな方々と語らうよりも、おひとりと話を詰めたほうが有意義な面もあるかと思われます」


 どうやらここでも、濃密な交流が生まれそうな気配であった。

 テリア=マスを引っ張るようにして、レビは別のブースに向かっていく。その後ろ姿を見送りながら、ルイアがユーミに囁きかけた。


「ね、テリア=マスはレビに……なんだよね? あんな料理にばっかり夢中で自分を二の次にされちゃったら、嫌な気持ちになっちゃわないかな?」


「んー? いやー、大丈夫なんじゃない? そもそもレビは、テリア=マスの家のために頑張ろうとしてるんだからさ」


 囁き声を返しながら、ユーミはにっと笑った。


「それに、仕事で頑張る姿を見させられて、嫌な気持ちになる人間はいないっしょ。ルイアは仕事を二の次にして、自分を追っかけ回すような人間に心をひかれるの?」


「うーん、どうだろう……それじゃあユーミは、ジョウ=ランの――」


「あたしのことはいいんだってば! さ、試食を進めよっか!」


 ユーミの号令で、俺たちは次なるブースに向かうことになった。

 俺などはほとんど聞き役に徹してしまったが、なんだか満ち足りた心地である。当初は森辺の民を見下していたティマロがこうしてリミ=ルウやレビたちと交流を重ねるというのは、感慨深いものであった。


 お次のブースはサトゥラス伯爵家の料理長で、そちらには城下町の料理人や商会長のタパスなどが群れ集っていた。

 やはり城下町では、名うての料理人なのだろう。それはティマロたちも同じことであったが、やはり伯爵家の料理長ということで、存分にもてはやされている様子であった。


 だがやはり、森辺や宿場町の人間の舌には馴染まない味わいである。あちらが忙しそうにしているのを幸いに、俺たちはそそくさとヴァルカスのブースを目指すことにした。

 やはりというか、そこで待ち受けていたのはネイルたちの一行であった。

 というか、ヴァルカスがネイルやジーゼと熱心に語らって、タートゥマイがそれを見守っている格好だ。シリィ=ロウはブースの裏で、ひとりつくねんと椅子に座していた。


「あー、さっき汁物料理を運んであげるって言ったんだった! シリィ=ロウは、もう食べたの?」


「あ、いえ。どうぞお気遣いなく……」


「青い顔して、なに言ってんの! ちょっと待っててねー!」


 と、ユーミは人混みをかきわけて、あっという間にいなくなってしまった。

 シリィ=ロウは、まだ体調が回復しない様子だ。このたびの料理は、それほどに神経を使う調理手順であるのだろう。


「大丈夫ですか? あまりに加減が悪いようだったら、別室で休まれたほうが――」


「いえ。わたしは無理を言って助手の役目を譲っていただいたのですから、そのように不甲斐ないことはできません」


 そんな風に言い張るシリィ=ロウが、なんだか痛ましくてならなかった。

 やがて、皿を掲げたユーミが舞い戻ってくる。その料理を口にしたシリィ=ロウは、たちまちきゅっと眉を吊り上げた。


「あの、こちらはどなたの作による料理なのでしょう?」


「これは、ティマロってお人の料理だよ。不思議な味だけど、美味しいよねー」


「ティマロですか……あの御方も、これほどに腕を上げたのですね」


 ティマロとヴァルカスの一派は、かつてトゥラン伯爵家で仕事場をともにしていた間柄である。そうしてティマロはヴァルカスに、貴重な食材を扱う資格はなしと断じられていたのだった。


「ヴァルカスも、貴き方々の面前ですべての料理を試食しているはずですよ。何か感想は言っていなかったのですか?」


「はい。戻ってすぐに、あちらの方々と語らい始めましたので……」


 その言葉に、ユーミがきらりと目を光らせた。

 そして、ヴァルカスのほうにずかずかと近づいていく。


「あのさー! 料理の話もいいけど、少しはシリィ=ロウを気づかったら? あんなにぐったりしてるのが見えないの?」


「ユ、ユーミ! どうかわたしのことは、捨て置きください!」


 シリィ=ロウは椅子から飛び上がり、ユーミの腕に取りすがった。

 が、ユーミはおかまいなしでヴァルカスをにらみつけている。


「悪いけど、あたしが遠慮をする筋合いはないから! あんた、いくら凄腕の料理人だからって、下の人間を気づかえなかったら半人前だよ?」


 ヴァルカスはいつも通りの茫洋とした面持ちで、ユーミを見返した。


「シリィ=ロウを、気づかう? ……シリィ=ロウが、どうかしたのですか?」


「どうかしたのかって、顔色を見りゃあわかるでしょ! あんたの手伝いで、くたびれきってるんだよ!」


 ヴァルカスは同じ面持ちのまま、シリィ=ロウへと視線を転じた。

 その手がやおら、シリィ=ロウのほっそりとした肩をわしづかみにする。


「どうしたのです、シリィ=ロウ? 顔色が真っ青ではないですか」


「だから、さっきからそう言ってるじゃん! あんた、ほんとに気づいてなかったの?」


「ええ、気づきませんでした。ネイル殿とジーゼ殿をお待たせしてしまっていたもので、そちらに気が向いてしまっていたのです」


 シリィ=ロウの肩をつかんだまま、ヴァルカスの顔はぼんやりとした無表情のままである。が、ヴァルカスの常ならぬ振る舞いに、シリィ=ロウは赤くなったり青くなったりしていた。


「気分が悪いのでしたら、どうぞ別室でお休みください。わたしもいつも、そうしていますので」


「い、いえ、大丈夫です! タートゥマイから助手の座を譲っていただきながら、そのように不甲斐ない真似は……」


「あなたとタートゥマイであれば、手際に大きな差はありません。ただ、あなたはタートゥマイほど身体が丈夫ではないため、疲弊が溜まってしまうのでしょう」


 そんな風に言いながら、ヴァルカスはシリィ=ロウの顔をじっと見つめた。


「なおかつ、我々の本分は調理であるのですから、その仕事の後にどれだけ身を休めようとも、不甲斐ないことはありません。それが不甲斐ないのであれば、わたしも毎回不甲斐ないことになります」


「わ、わかりました。でも、本当に大丈夫です。椅子に座らせていただければ、何も耐えられないほどではありませんので……」


「そうですか」と、ヴァルカスはシリィ=ロウの肩から手を離した。


「では、シリィ=ロウもネイル殿とジーゼ殿のお話をうかがうといいでしょう。きっとあなたの糧にもなるはずです」


 ヴァルカスはまったく感情が読めないため、ユーミは「あんたねー……」と呆れていた。

 が、シリィ=ロウはどこかあどけなくも見える面持ちで「いいのです」と微笑んだ。


「ユーミの親切に感謝いたします。……どうぞユーミも、試食をお続けください」


 ということで、ネイルとジーゼはブースのすぐ横合いにまで呼び寄せられて、そこで談義を再開することとなった。

 その間に、俺たちはヴァルカスのとてつもない料理の試食をさせていただく。


「うーん、やっぱものすごい味だなあ。……こんな奇妙な料理は、ああいう奇妙な人間にしか作れないってことなのかね」


「あはは。そうかもしれないね」


 ヴァルカスは、この料理ぐらい複雑怪奇な人格をしているのだ。

 だがさきほどは、シリィ=ロウの体調を思いやる姿を見ることができた。たとえ表情が変わらなくとも、あれはヴァルカスがめったに見せない人間らしい一面であるはずであった。


 椅子に座ったシリィ=ロウと無言でたたずむタートゥマイは、ネイルたちを相手に熱心に語らう師匠の姿を、じっと見つめている。

 俺にはまったく計り知れないが、彼らには彼らなりの親愛や信頼関係というものが存在するのだろう。苦労が多いことに間違いはなさそうだが、それと同時に他の場所では味わえないような充足も存在するのかもしれなかった。


「……あやつはアスタが相手でも、あれほど熱心には語らっていなかったように思う。ネイルやジーゼというのは、あやつにとってアスタよりも心をひかれる存在なのだろうか?」


 と、アイ=ファはこっそりそのように尋ねてきた。


「うーん、どうだろう。その可能性もなくはないけど、俺の作法は自分の作法と相容れないってヴァルカスは考えてるみたいだから、ああやってあれこれ問い質すネタがないんじゃないのかな」


「そうか」と、アイ=ファは息をついた。それがいささか残念そうに見えるのは、ヴァルカスの俺に対する熱意をいささか厄介に感じているためなのだろうか。

 ともあれ、試食はまだ半ばである。

 次のブースに向かってみると、そちらには朱色の肩掛けを羽織った人々が密集していた。宿場町の宿屋の面々だ。


 さまざまな人々がボズルに声をかけており、料理を取り分ける仕事はロイが継続している。俺たちの接近に気づくと、ロイが「おい」と言葉を飛ばしてきた。


「シリィ=ロウは、どうだった? こっちはこの有り様だから、様子を見にいけねえんだよ」


「ええ。とりあえず心配はなさそうですよ。……これは何の騒ぎです?」


「知らねえよ。よっぽどボズルの料理が気に入ったんだろ」


 本日は、宿場町から30余名の人々が招かれている。そのうちの10名ばかりが、ボズルを取り囲んでいる様子であった。


「おや、アスタ。またお会いしましたな」


 と、そのうちのひとり、ナウディスがにこやかに笑いかけてきた。


「どうも、お疲れ様です。みなさん、ボズルの料理がお気に召したのでしょうか?」


「はいはい。わたしなどはジャガル料理を好んでおりますため申し分ありませんでしたが、そうでなくともあの料理には心をひかれるものなのでしょう。それでひとりずつお話をうかがっていては余計に手間となってしまうため、まとめてお相手をしていただいている次第であります」


「そうですか……さっきは、ヴァルカスのほうに集まっておられましたよね。今はネイルとジーゼしかおられないようですが」


「はいはい。あちらはもう、驚くべき仕上がりでありましたからな! ……ただし、我々が見習えるような料理ではないように思いますので、ご主人にお話をうかがおうという人間もそうそう現れないのでしょう」


 なるほど、ボズルの料理は宿場町の人々にも大いに見習うべき点がある、ということか。確かにこちらはナウディスの料理に負けないぐらい食べやすく、しかもさらに多彩な食材を使った豪華なる仕上がりであったのだった。


「確かにまあ、ここの料理は掛け値なしに美味しかったもんねー。あたしも好きなだけ食材が使えるようだったら、ちょいと話を聞いておこうって気持ちになってたかもなー」


 そんな風に言ってから、ユーミはくりんとロイのほうを向いた。


「で、あんたは働き詰めってわけ? 試食のほうは大丈夫なの?」


「ああ。親切な人らが、料理を運んでくれてるよ。……ティマロとヤンには、ちっとばかり驚かされたな。誰が勲章をいただけるか、おおよその見当はついてきたよ」


「そうですか。俺はまだまだ決めかねてますけどね」


 そこに、2名の若者がそれぞれ料理を運んできて、ロイとボズルに手渡した。誰かと思えば、《南の大樹亭》と《ランドルの長耳亭》の従業員たちである。主人らがボズルと思うさま語らえるように、彼らが給仕の役を果たしていたのだ。


 ボズルは忙しそうであったので、俺たちは料理をいただき、ひとこと挨拶をしただけで、次のブースに向かうことにする。

 残るは、2種の菓子のみである。

 順周りで広間を巡るとすぐにヤンのブースであり、そこにはレマ=ゲイトと《アロウのつぼみ亭》の厨番が居座っていた。


「ああ、どうも。今日はそちらもおふたりで参席していたのですよね」


 俺がそのように声をかけても、挨拶らしい挨拶が返ってくることはない。どこか職人風の雰囲気を漂わせる《アロウのつぼみ亭》の厨番は、主人に劣らず不愛想であるのだ。


「……とにかく、この菓子は上等な仕上がりだったよ。やっぱり《タントの恵み亭》の厨番も、あんたの菓子や料理をそっくりそのまま作りあげることはできないみたいだね」


 レマ=ゲイトはヤンのほうに向きなおり、中途であった会話を再開させた。

 ヤンは俺たちに会釈をしてから、静かな声音で「そうですね」と応じる。


「思うに、新たな食材が届けられるたびに新たな料理を覚えなければならないため、手が回らないという面もあるのでしょう。それでも新たな食材の魅力を広めるという役割は、十分に果たせているかと思います」


「ふふん。あんたを直接雇えれば、もっとお客を呼び込むことができるんだろうけどねえ。ま、その分はあたしらが存分に上等な菓子や料理を売りさばいてるから、心配はご無用さ」


 ヤンと語らうレマ=ゲイトは、ずいぶん上機嫌であるように見えた。彼女は事あるごとにヤンのことを男前と称していたが、あれはまじりけのない本音であったのだろうか。

 それをお邪魔しては悪いかと思い、俺は厨番の男性へと水を向けることにした。


「こちらの菓子は、素晴らしい出来栄えでしたね。自分は菓子作りが不得手ですので、余計に感心させられてしまいました」


「ふん。あんな瑞々しい果実をわざわざ干して使おうなんざ、酔狂なやり口だ。……ま、味のほうに文句はないがな」


 ぶすっとした面持ちのまま、厨番の男性はそのように答えてくれた。

 そうして俺たちがヤンの菓子を口にしていると、人混みの向こう側からリフレイアが現れた。侍女のシフォン=チェルばかりでなく、デルスとワッズまで引き連れている。


「ああ、いたいた。今日もお疲れ様ね、アスタにユーミ。それに、他の方々も」


「ああ、お疲れ様ー! そっちもここの菓子を食べに来たの?」


 貴族の姫君に気安い口を叩くユーミの姿に、レマ=ゲイトはぎょっとした様子で身を引いた。

 もちろんリフレイアは気分を害することなく、「ええ、そうよ」と応じる。


「こちらの菓子も、素晴らしい出来栄えであったわね。さすがはダレイム伯爵家の料理長だわ」


「過分なお言葉、光栄に存じます」


 ヤンは、恭しげに一礼する。もちろんこちらも伯爵家で働く料理長であるのだから、リフレイアに臆したりはしない。

 レマ=ゲイトは居心地悪そうにきびすを返そうとしたが、それに気づいたリフレイアが「あら」と声をあげた。


「何もわたしたちに気を使う必要はないわよ。あなたがたは、《アロウのつぼみ亭》のご主人と厨番であったわよね。だったらこのように素晴らしい菓子を作りあげた料理長とも、さぞかし話が弾むことでしょう。どうぞ存分に語らってちょうだい」


「ふうん? そりゃあその宿でも上等な菓子を出してるって意味ですかあい?」


 ワッズがいつもの大らかさで問いかけると、リフレイアは「そうよ」と微笑んだ。


「もしもこちらの料理長と《アロウのつぼみ亭》の方々が同じ日に菓子を出していたら、どちらに星を投じるべきか迷ってしまうほどね。宿場町に逗留されているのなら、ぜひ味わってみることをおすすめするわ」


「へえ。だったらコルネリアに帰る前に、いっぺんぐらいは立ち寄りたいところだなあ」


 少なくともリフレイアとワッズに関しては、すでに気安い関係を構築できている様子であった。まあリフレイアとしては例の手紙の一件で、どれだけ感謝しても足りないという心境であるのだろう。しかも彼らがエレオ=チェルの主人になったというのなら、最大限に懇意にしたいと願っているはずであった。


「ああ、あなたがたのご紹介もしておかないとね。こちらはミソの行商人で、コルネリアのデルスにワッズという方々よ」


「ミソの? あいつは、あんたがたがジェノスで売りさばいてるのかい」


《アロウのつぼみ亭》の厨番が、鋭く目を光らせてデルスに詰め寄った。


「あんたがたには、いっぺんお礼を言っておきたかったところだ。あんな上等なもんをジェノスに持ち込んでくれて、どうもありがとうよ」


「お、およしよ。貴き御方の前でぞんざいな口を叩くんじゃないったら」


 レマ=ゲイトが慌てて掣肘したが、リフレイアはいつぞやのエウリフィアよろしく「かまわないわ」と声をあげた。


「せっかくの交流の場なのだから、堅苦しい話は抜きにしましょうよ。わたしとしては、あなたがたとも懇意にさせてほしいところだしね」


 そう言って、リフレイアは大人びた微笑をたたえた。


「それに、ほら。この場には、貴族と城下町の民と宿場町の民、それに森辺の民とジャガルの方々まで居揃っているわ。東の方々がいないのが、惜しいところであったわね。こんな機会はなかなかないのだから、思うさま語らせていただきましょうよ」


「そーそー! それに、他の料理についても、城下町のお人から話を聞いてみたかったんだよねー。そちらさんは、ああいう料理を美味しいって感じるの?」


 豪胆なるユーミのおかげで、その場にも交流の場が築かれることになった。

 確かにこれは、試食会の縮図とも言えるような顔ぶれであるのかもしれない。レマ=ゲイトには気の毒であったが、俺は充足した心地でその輪に加わることができた。

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― 新着の感想 ―
[一言]  居心地の悪いレマ=ゲイト再び……と言う感じでしたね。  でも、常識的な反応と考えるとレマ=ゲイトのそれが一番真っ当と言える気もする辺り……ジェノスに住む方々が森辺の民(或いは、アスタ達)と…
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