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異世界料理道  作者: EDA
第五章 宿場町のギバ肉料理店
105/1675

⑥五日目~小休止~

2014.10/10 更新分 1/1 2015.10/3 誤字を修正


*来週の火曜日、10/14からしばし更新を休ませていただく予定です。再開の日取りは活動報告で告知いたしますので、必要な方は「お気に入りユーザ」の登録をお願いいたします(登録すると、活動報告の更新が告知されるようになります)。

なるべく早い再開を目指しておりますので、引き続きご愛顧いただければ幸いです!

 前半戦が、終了した。

 といっても、朝一番の猛ラッシュを切り抜けただけで、時間的には1時間ていどしか経っていない。


『ギバ・バーガー』は、34食。

『ミャームー焼き』は、37食、売れた。


 昨日と比しても、1・5倍以上のハイペースである。


『ギバ・バーガー』の残りは、26食。

『ミャームー焼き』の残りは、23食。


 と、そんな勘定をしている間にも、ふらっと現れたシムのお客さんが『ミャームー焼き』を味見したのちに購入していく。


 そして。

 普段は人通りの少ないこの時間帯に、何だか妙に人影が多い。


 通行人が増えたわけではない。

 石の街道のそこかしこに、人だかりができているのだ。


 それらはいずれも、黄褐色か象牙色の肌をした西の民たちだった。


 道の端に集まって、ひそひそと言葉を交わしている集団がいる。

 隣りの飾り物屋で商品を物色しつつ、ちらちらこちらをうかがっている女の子たちがいる。

 道の真ん中に突っ立って、じっとこちらをにらみつけている親父さんがいる。


 これまでも毎朝大勢の野次馬が集まってはいたが、それらは南や東のお客さんたちが散開すると同時に、衛兵やミラノ=マスとともに姿を消していた。

 それは今日も同様であったが。こうして何割かの人々が、所在もなさげに居残っているのだ。


 ついに――西の民たちにとっても、俺たちの店が看過できぬ存在へと成り果てたのだろう。


 どうして南や東の民たちが、そこまでギバ肉の料理などに夢中になっているのか。それが不思議でたまらないのだ、きっと。


 怖い顔をしてこちらをにらみつけている親父さんなどは、もしかしたら同業者か何かなのかもしれない。


「なーんか、ひまになっちゃったねー。まさか、この後はずっとこのままってわけじゃないよね、アスタ?」


「うん。人通りが増えるのは中天を過ぎてからだからね。屋台の稼ぎ時は、本当だったらこれからなんだよ」


 しかし、東や南の民たちは、売り切れを怖れて朝一番に集結してくれているのだろう。今日以降、しっかり昼下がりまで営業することができれば、客足はもう少しばらけてくれるに違いない。


 しっかり昼下がりまで営業することができれば、であるが。


「うーん、『ミャームー焼き』はもっとめいっぱい準備するべきだったかなあ。まさか朝だけで40個近くも売れるとは思わなかった……」


「だから言ったじゃなぁい……? きっと今日も、時間前に売り切れちゃうんだろうなぁ……」


「だけど、買いに来るのは本当に南と東の連中ばっかりなんだね。西の民なんて、けっきょくあのちびっこいのしか買いに来なかったじゃん?」


 言いながら、ララ=ルウは少し苛立たしげな目つきで通りを見回す。


「買う気もないのに、あいつらは何をじろじろ見てるんだろ。感じ悪いなあ」


「あれはあれでいいんだよ。まずは興味を持ってもらえなくっちゃ、試食をしてもらうこともできないからさ。俺にしてみれば、大いなる前進さ」


「ふーん」と応じながら、やっぱり納得はいってなさそうなララ=ルウである。


「さて。客足も落ち着いたみたいだから、今のうちに試食はどうかな? お腹はまだ空いてない?」


「え……そりゃあこんないい匂いを嗅がされてれば、お腹はぺこぺこだけどさあ。余りがあるんなら、町の人間に売りつけたほうがいいんじゃない?」


「余りじゃなくて、あくまで試食用に準備したものだから気にしなくていいよ。その分のポイタンは俺が焼いてきたから」


 言いながら、俺はそのポイタンを包みの中から取り出してみせた。


「わ、何それ? すごくちっちゃいじゃん!」


「うん。これは従業員用のポイタンであります」


『ギバ・バーガー』用より一回りも小さい、直径10センチサイズの焼きポイタンである。厚さも薄めで、たぶんポイタンを3分の1ぐらいしか使用していない。


「ちょっと店番をよろしくね。すぐに出来上がるから」


 そうしてパテ用の皮袋からは、さらに小さな8センチサイズのパテを取り出す。

 直径は8センチだが厚みは2センチぐらいもあるので、ころころとしており実に愛くるしい。


 そいつを鉄鍋で温めてから、俺はミニサイズの『ギバ・バーガー』をふたつ分こしらえてやる。


「はい、お待ちどうさま。今日はお客様の目が光っているので、ちょっと屋台から離れて食べてくれるかな?」


「ありがとうございます。……とても美味しそうですね?」


 シーラ=ルウが、嬉しそうに微笑んでくれる。


『ミャームー焼き』の屋台に戻ってララ=ルウに渡すと、彼女はルド=ルウみたいに「にひひ」と笑った。


 そうしてふたりが右手側のフリースペースに移動して試食を楽しみ始めると――案の定、ヴィナ=ルウが悲しげな目つきで俺を見つめてきた。


「ちゃんとヴィナ=ルウの分もあるから、今は我慢してください。3人いっぺんに屋台を離れるわけにはいかないでしょう?」


「え……わたしも食べていいのぉ……?」


「はい。昨日まではつまみ食いで済ませていましたけど、人手も増えたことだし、しっかり食べてしまいましょう。これからは、毎日まかない用に何かしらを準備してきますよ」


 そんな風に俺が応じると、2メートル以上も離れた位置から、ヴィナ=ルウが右手をめいっぱいにのばしてきた。


「……届かなぁい……」


 それは届かないでしょうねえ。

 というか、嬉しくなったら俺の衣服をつままなくてはならない約束事でもあるのだろうか。


 そんなことを考えながら、俺は外に出しておいた火鉢を『ミャームー焼き』の屋台にセットして、木皿に残っていた肉とアリアを温めなおす。


 で、こちらも10センチサイズのポイタンを使って、小さな小さな『ミャームー焼き』をこしらえてやった。


「ララ=ルウ、今日は初日なんで両方食べてもらいたいんだけど、まだ食べられそうかな?」


 するとララ=ルウがてけてけと走り寄ってきて、俺の背中をおもいきり引っぱたいてから、「食べられるに決まってるじゃん!」と宣言した。


 ララ=ルウにしてみれば友好的なスキンシップなのだろうが、相当に痛いです。


 そうしてその後は、俺とヴィナ=ルウも1食ずつまかないを食べて小腹を満たしたが、その間は単独のジャガル人が『ミャームー焼き』をひとつ購入していったぐらいだった。


 ただし、道端にたむろする西の民は、じわじわとその数を増やしていっている感じがする。


 大きな声を張り上げることも、屋台を離れてお客を呼び込むことも禁止されている身なので、何とかもうちょっとだけでも近づいてきてくれないかなあとか考えていると、街道の北側から見覚えのある集団が近づいてきた。


 5名ばかりの、皮マントの一団である。


 そのうちの4名は『ギバ・バーガー』の屋台へと向かい、1名だけが、こちら側の屋台で止まる。


 フードを外すと、それはやっぱり《銀の壺》のシュミラルだった。


「アスタ。遅くなりました」


「いらっしゃいませ! お買い上げですか?」


「いえ。今日、あちらの料理、順番です」


 そうか。昨日は『ミャームー焼き』を食し、今日からは交互に購入していくと宣言していたシュミラルであった。

 では、何故こちら側の屋台に?


「店主、アスタ、挨拶です」


 それはいたみいりますです。


 初顔のララ=ルウに会釈をしてから、シュミラルの黒い瞳がふっと作業台のほうに向けられる。


「……その刀」


「はい?」


「見たことない形です。西ですか?」


「いえ。俺の故郷の刀です」


「故郷、どこですか?」


「……日本という国です。そんな国は聞いたこともないと、いつもみんなには言われてしまうのですが」


「にほん。私、知りません」


 俺と言葉を交わしつつ、シュミラルの瞳はずっと三徳包丁に固定されたままだった。


「その刀、美しいです。もっと見る、いいですか?」


「え? ……いや、料理で使う器具をお客様にさわらせるのはちょっとまずいかなと」


「さわる、不要です。見る、いいですか?」


 これはどうしたものだろう。

 別にこのシュミラルなんちゃらという御仁に不審感は抱いていないのだが、何せ感情を表してくれないシムの民なので、不安を感じなくもない。


 俺は数秒ほど迷ってから、黒檀の柄をつかみ、刃先を真下に向ける格好で、胸の高さにかざしてみせた。


 長身のシュミラルは少し腰を落とし、三徳包丁の刀身をじっと見つめやる。


「……美しいです。素晴らしい技術です」


「ありがとうございます」


「大事に使っている、わかります。素晴らしい道具、大事に使わない、素晴らしい、なくなります」


 これを大事に使っていたのは、俺ではない。

 もちろん俺だって、自分の知識と経験を総動員させて、この世界の使いなれぬ砥石で丁寧に注意深く手入れをしているつもりではあるが――20年もの歳月、この三徳包丁を大事に使っていたのは、親父だ。


 何だか無茶苦茶に感傷的な気持ちを引きずり出されてしまいそうになったので、俺は無言のまま三徳包丁を作業台の上に戻させていただいた。


「鉄、ジャガル、有名です。ジャガル、鉄、たくさんです。シム、鉄、少ないです」


「あ、そうなのですか」


「シム、鉄、貴重です。だから、鉄、大事です」


 言いながら、シュミラルは皮マントの内側から1本の短刀を取り出した。

 黒革の鞘に収められた、20センチ強の短刀である。

 長さは三徳包丁と同サイズだが、身幅は倍ぐらいもありそうだ。

 柄は黒い木でできており、うっすらと渦巻き模様が彫りこまれているのがわかる。


「鉄、大事。シム、刀職人、生命、吹き込みます」


 たとえ鉄が豊富にあっても、刀鍛冶というのはそういう職業なのではないだろうか。


 だけど――確かにその刀からは、何か心をひきつけられるような気配を感じた。


「わたしたち、刀、ジェノス、売っています」


「あ、この刀も商品なのですね」


「鉄、刀、ジャガル、有名です。でも、シム、刀、優れています」


 ふむ。感情を表さないシム人なりの対抗意識なのだろうか。

 シュミラルは、ほんの少しだけ困惑したように切れ長の目をしばたかせる。


「ジェノス、料理人、シム、刀、使う、多いです」


「料理人……?」と、そこで俺はようやくピンときた。

 この宿場町に、専門職としての料理人は存在しない、と聞いている。

 そんなものが存在するのは、石塀の内側だけだ、と。


「もしかして、これは調理用の刀なのですか?」


「そうです」


「あなたたちは、もしかして――ジェノスの城下町でも商売をしているのですか?」


「そうです」


 そういえば、シュミラルたちは今、北の方角から歩いてきた。

 それに、営業初日に俺の店を訪れてくれた《銀の壺》のメンバーも、北の方角から歩いてきたではないか。


 彼らはみんな、北側にあるジェノスの城下町からの帰り道であったのか。


「……ジェノスの城下町の料理人は、みんなシムの刀を使っているのですか?」


「みんな、違います。でも、多いです」


「その刀を、少し見せていただいてもよろしいですか?」


 すると、シュミラルはほんの少しだけ口もとをほころばせた。


「アスタ、見てもらう、嬉しいです」


 そして、刀の柄を俺のほうに差し出してくる。


 べつだん、城下町の料理人たちがどのような刀を使っていても、俺には関係ない。

 そしてまた、見習い料理人の俺などに、そこまで刃物の善し悪しがわかるわけもない。


 しかし。

 親父の三徳包丁を素晴らしいと評したシュミラルが、シムの国の誇りだと言わんばかりに取り出したこの刀には、やっぱり興味をそそられてしまった。


 ちょっと息を詰めながら、黒革の鞘から抜き放つ。


 長さは20センチていど、刀幅は8センチていどの、片刃の刀だった。

 刃線が反ったりはしておらず、刀身がほぼ長方形の形をしている。

 厚みは、使いこまれた三徳包丁よりも、少し薄い。


 峰の先が少し丸くなっているので、形状としては、関西で好まれるという鎌型薄刃包丁に似ていた。


 銀色の刀身が、美しい。

 そしてこちらも刀の側面に、よく見なければわからないぐらいの精緻な渦巻き模様が刻みこまれている。

 さわってみても、凹凸などは全然感じられないぐらいの、薄い細工だ。

 これなら、食材の断面におかしな影響を与えることもなさそうだ。


「……野菜用の調理刀ですね」


「そうです」


 片刃で、しかもこれだけ薄刃なのだから、それはそうなのだろう。

 とにかく、綺麗な刀だなと思った。

 それに、黒檀とよく似た木の柄も、実にしっくりと指先になじむ。


「どうぞ、切ってください」


「え? 売り物なのに、いいのですか?」


「切らねば、切れ味、わかりません」


 シムに限らず、この世界において鉄器は高額品である。

 少なくとも、食材と比べれば、高額だと思う。


 だから、おいそれと新しい調理刀などを購入することはできないのだが――しかし、この美しい刀がどのような切れ味を有しているかは、確かめたい気がした。


「それじゃあ、少しだけ――」


 まだ手をつけていなかったティノの葉を折って重ねて、千切りにしてみせる。

 切れ味は――申し分ない。

 この世界の調理刀も、ルウ家のかまどで少しだけ試させてもらったことがあるが、少なくとも、それとは比べ物にならなかった。


 端的に言って、親父の三徳包丁にも劣るものではない。

 もちろんこれは野菜専用の調理刀であるのだから、それが本来のあるべき姿であるのだが。しかし、ルウ家の菜切り刀が三徳包丁の切れ味にまさることは、なかったのだ。


「……確かに、素晴らしい刀だと思います」


 シュミラルはうなずき、小さな布地を携えつつ、逆の手を俺に差し出してきた。

 俺は未使用の木皿にいったんその刀を置いてから、柄のほうを相手に差し出してみせる。

 シュミラルは、実に優雅な手つきで、その刀身を清め始めた。


「新しい調理刀を買うには、もっともっと稼がなくてはなりませんけど……その刀は、おいくらなのですか?」


「白、20枚です」


 かつて購入した鉄鍋と、ほぼ同額だ。

 たしかこの町の刃物屋で売られていた菜切り刀は、白が4枚に赤が5枚であったから――やはり、上等な品にはそれなりの値がつけられる、ということなのだろう。

 それは、きわめて正しいことだと思う。


「……もし、アスタ買うなら、白、18枚です」


「え?」


「わたしたち、青の月、ジェノスいます。買うなら、声、かけてください」


「……わかりました。ありがとうございます」


 俺は、笑顔でうなずいてみせた。

 シュミラルもまた口もとをほころばせそうになり――それから、すっと無表情に戻る。


「空腹です。ぎばばーがー、食べます」


「はい。毎度ありがとうございます!」


 シュミラルはうなずき、隣りの屋台へと移動していく。

 お仲間の4名はとっくに食べ終わり、道の端でじっと立ち尽くしていた。


「何あれ? あんな小さな刀1本で白20枚とか高すぎっしょ」


「うん。だけど俺なら、ああいう刀を欲しいと思っちゃうなあ」


「……だったら、買えば? 今までに何百枚も銅貨を稼いでるんでしょ?」


「何百枚は言い過ぎさ。そのうちの半分ぐらいは諸経費で消えちゃうんだし」


「そんなのいいじゃん。毎日馬鹿みたいに稼いでるんだから、使わないと銅貨で家の床が抜けちゃうんじゃない?」


 いくら何でもそれは言いすぎだが。しかし、このまま何事もなく商売を続けていければ――もしかして、あんな刀を買えるぐらいの富を得ることもできるのだろうか?


 いやいや、物欲を発露させるのは、まだ早い!

 いまだに毎日が綱渡り状態なのだから、今はしっかりと足もとを固めるべきだ。


 だけど――と、ついつい考えてしまう。


(だけど、俺がこの世界で欲しいものといったら、調理器具ぐらいしか思いつかないもんなあ)


 アイ=ファは、何を欲するのだろう。

 それこそ日常品の他には何ひとつ買ったことのなさそうなアイ=ファである。

 俺以上に、余剰な銅貨の使い方などわきまえていなそうだ。


(こっそり髪飾りとか買っていったら、ほんとに叩きのめされるのかなあ)


 朝一番のラッシュを終えて、スン家の人間に急襲を受けることもなく、そんな妄想にひたれるぐらい平和な中天前のひとときだった。

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