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異世界料理道  作者: EDA
第六十章 大地の国の使者
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城下町の試食会⑦~宴もたけなわ~

2021.4/25 更新分 1/1

 ダイアとティマロに別れを告げて、次のブースに向かってみると、そこではヴァルカスの料理が配られていた。

 ロイもシリィ=ロウもタートゥマイも、全員が顔をそろえている。ただし、取り分けの仕事に励んでいるのはタートゥマイのみで、ロイとシリィ=ロウはユーミとテリア=マスを相手に立ち話をしていた。


「あ、アスタたちだー! みんな、お疲れ様! 料理も菓子も、みんな美味しかったよー!」


 ぶんぶんと手を振ってくるユーミも、そのかたわらのテリア=マスも、新しい装束に身を包んでいる。テリア=マスは刺繍の綺麗なワンピースのような装束で、ユーミは渦巻き模様の一枚布をワンショルダーのドレスみたいにあつらえた装束であった。それでテリア=マスはひかえめに、ユーミはどっさりと飾り物をさげている。


「あはは。ユーミの着てるやつ、なんだか森辺の宴衣装みたいだね!」


 リミ=ルウがそのように言いたてると、ユーミは装束の生地を大きく押し上げる胸もとを「そうでしょ?」とのけぞらせた。


「東の民も招かれてるってんなら、シムの織物で装束をこしらえても文句はつけられないだろうと思ってさ。王族だろうが何だろうが、こっちが遠慮をする筋合いでもないしねー」


「うんうん! その装束だったら、森辺に嫁入りした後でも着られるね!」


 リミ=ルウの無邪気な発言に、ユーミは顔を赤くしてしまう。


「べ、別にそういうつもりでこいつを選んだわけじゃないけど……ま、けっこうな銅貨を支払ったんだから、末永く着たおしてやりたいところだよね」


「うん! 一枚布だから、子を産んだ後でも着られるんじゃない?」


「だーっ! あんまり先走るんじゃないよ!」


 ユーミがリミ=ルウにつかみかかり、「きゃー!」という楽しそうな悲鳴をあげさせた。

 そんなユーミたちの姿を見やりながら、シリィ=ロウは悄然と溜息をついている。ずいぶんと消沈している様子であった。


「どうしたんです、シリィ=ロウ? どこかお加減でも悪いのですか?」


「いや。ヴァルカスが別室に引っ込んだまま戻ってこないから、気がもめちまうんだろ。とことん、調理場の外では虚弱なお人だよな」


 そのように語るロイも、あまり元気いっぱいの様子には見えなかった。


「えーと、みなさんはもうひと通りの味見を終えたのですか?」


「ああ。こっちで盛りつけが必要なのは、前菜だけだったからな。最初からふたりずつ広間を巡って、味見はほとんど終えてるよ」


 そう言って、ロイは俺たちの姿を見回してきた。


「お前たちの手際は、さすがだったな。たった5日間で、よくもあそこまで新しい食材を使いこなせるもんだ。もともと食材の扱い方をわきまえてる姫君を除けば、お前たちが一番だろ」


「いえいえ。ボズルやダイアの料理も立派だったじゃないですか。もちろん、ヴァルカスもですけど……」


「うちの師匠は、いいんだよ。短い時間じゃ結果を出せない作法なんだからよ。ただ……ボズルには、自分との差を見せつけられちまったな。俺にはたった5日間じゃあ、あそこまで立派な料理は準備できねえよ」


 森辺の祝宴においてはボズルの手際を誇らしそうにしていたロイであるのだが、今日は悔しさのほうがまさってしまったのだろうか。

 俺がそんな風に考えていると、リミ=ルウへのおしおきを終えたユーミが横からにゅっと顔を出してきた。


「なんか、不満そうなお顔だね。兄貴分が結果を出したんだから、そこは喜ぶところなんじゃないの?」


「喜んでるし、不満なんてねえよ。ただひたすら、自分の至らなさを思い知らされただけさ」


「だったら、頑張るしかないじゃん! そういうときはしょんぼりするんじゃなくって、元気に振る舞うべきだと思うよー?」


 ロイはユーミの顔を横目で見てから、ふっと口もとをほころばせた。


「まったく、その通りだな。ただこの5日間は、俺たちも師匠の手伝いでほとんど寝てないからよ。ちっとばっかり燃料不足なのかもしれねえや」


「あー、だからみんなぐったりしてるんだ? それじゃあ今日はゆっくり休んで、明日からまた頑張りなよ! シリィ=ロウも、ね?」


「はあ……」と答えるシリィ=ロウの返事は、半分以上が溜息で構成されていた。

 ユーミは陽気に笑いながら、そんなシリィ=ロウの肩を抱く。


「ほんとに弱りきってるみたいだねー! お師匠のことが、そんなに心配なの?」


「それもありますけれど……いえ、なんでもありません」


「なんでもないって顔じゃないじゃん。言いたいことは言っちゃったほうが楽になれると思うよー?」


 ユーミが執拗にうながすと、シリィ=ロウはふてくされた子供のような表情を浮かべつつ、言った。


「わたしは、ただ……このような形でヴァルカスの料理をお出しすることになったのが、不本意でならないだけです。この場には、ヴァルカスの料理を初めて口にされる方々も大勢いらっしゃるというのに……」


「んー? それって、宿場町から出向いてきたあたしらのことだよね? あんたたちのお師匠の料理も、ぜんぜん悪くなかったよ」


「ヴァルカスは、悪くないなどという評価で終わる御方ではないのです!」


 シリィ=ロウが声を荒らげると、ユーミはきょとんしたのちに、にっこり微笑んだ。


「あー、なるほどなるほど! あんたはそれが悔しくてならないってことね! あんた、つくづくお師匠を尊敬してるんだねー」


「そ、それが何か悪いのでしょうか?」


「悪いなんて言ってないじゃん。そんな尊敬できるお師匠と巡りあえて、あんたは幸運だったね」


 シリィ=ロウは口をもごもごとさせたあげく、けっきょく黙り込んでしまった。

 すると、静かにこのやりとりを見守っていたテリア=マスも、シリィ=ロウに微笑みかける。


「森辺の祝宴で出されたシリィ=ロウたちの料理は、とても素晴らしかったですものね。その師匠であるヴァルカスの料理は、きっともっと素晴らしいのでしょう。今日の料理が完全な出来栄えでなかったということは、わたしたちも理解しています。ですから、どうか元気を出してくださいね」


「はあ……いつかあなたがたにも、真っ当な形で仕上げられたヴァルカスの料理を召し上がっていただく機会があればいいのですが……」


「だったら貴族にでも頼んで、通行証とかいうやつを出させてよ! そしたら、あんたたちの店に食べに行くからさ!」


 ユーミとテリア=マスの気づかいによって、その場の沈んだ空気もじょじょにやわらいできたようだった。

 すると、ひとり黙然と立ち尽くしていたタートゥマイが俺たちのほうを振り返ってくる。


「料理も残りわずかとなってまいりました。アスタ殿らは、すでに2食目を口にされたでしょうか?」


「あ、それをいただきに来たのです」


 俺とリミ=ルウとトゥール=ディンは、それぞれヴァルカスの料理をいただくことにした。

 さきほどの味見からずいぶん時間が経過しているが、やはり印象に変わるところはない。店で売られていても恥ずかしくない出来でありながら、ヴァルカスらしい強烈な個性はほとんど感じられない味わいだ。


「ユーミたちは、こういう料理にどういう感想を抱くものなのかな?」


「んー? ほんとに出来は悪くないと思うよ。噂で聞いてたほど、へんてこな味でもないしね。ただ……自分で銅貨を払ってまで、食べたいとは思わないかなあ」


「そうですね。すごく綺麗に味がまとまっているように思うのですけれど……そのぶん、驚きや新鮮味に欠けるというか……どうしても、他の方々の料理と比べてしまうのですよね」


「なるほど」と、俺は笑ってみせた。


「ヴァルカスの料理なんて、驚きと新鮮味の塊みたいな存在だからね。そういえば、弟子のボズルはこれらの料理を一割か二割ていどの完成度だって言ってたよ」


「えー? 一割か二割なんて言ったら、具材を切っておしまいじゃない?」


「そうそう。ヴァルカスにとっては、まだその段階の状態であるわけだよ。それを味見させてもらっても、ヴァルカスの料理を食べたってことにはならないかもしれないね」


「そう! そうなのです! どうか今日の料理の味は、頭から消し去ってください! ヴァルカスの料理は、決してこのような出来栄えではないのです!」


 シリィ=ロウが勢い込んで声をあげると、ユーミは「わかったってばー」と楽しそうに笑った。

 その姿を見て、俺はふっと思う。もしかしたらシリィ=ロウは、ユーミやテリア=マスの存在があったからこそ、気落ちしていたのではないだろうか。森辺の祝宴を通してじわじわと絆を深めてきたユーミたちに、せっかくヴァルカスの料理を食べてもらえるチャンスであったのに――と。


(確かにこれは、いずれどうあってもヴァルカスのきちんとした料理を食べてもらいたいところだよな)


 俺がひとりで納得していると、アイ=ファに「アスタ」と呼びかけられた。

 振り返ると、リフレイアの一行がこちらに近づいてきている。左右に控えるのは、シフォン=チェルとムスルだ。


「どうも、リフレイア。ヴァルカスの料理の味見ですか?」


「いえ。どちらかというと、あなたがたへのご挨拶ね。……料理の味見を二の次にするなんて、試食会には不相応な発言かしら」


 そう言って、リフレイアはユーミたちのほうに目をやった。


「ああ、あなたがたは森辺の祝宴でお会いした……たしか、宿屋の娘さんたちよね?」


「は、はい。わたしは《キミュスの尻尾亭》のテリア=マスと申します」


 テリア=マスが深々と頭を下げると、リフレイアはさきほどのエウリフィアと同じように「いいのよ」となだめた。


「森辺の祝宴と同じように、堅苦しいことは抜きにしましょう。南の王家の方々も、それを望んでいらっしゃるのですからね」


 それでも根が生真面目なテリア=マスは、直立不動のたたずまいであった。

 いっぽうユーミは、好奇心を剥き出しにしてシフォン=チェルの姿を見やっている。それに気づいたリフレイアは、わずかに目を細めて微笑した。


「あなたはわたしの侍女にご興味をお持ちなのかしら?」


「うん。そのお人が、北から南に神を移したシフォン=チェルってお人なんでしょ? 金色の髪に、紫色の瞳をしてるもんね」


「ええ、そうよ」と答えるリフレイアは、微笑をたたえたまま探るようにユーミを見つめている。

 それにも気づいていないユーミは、いつも通りの調子で白い歯をこぼした。


「いやー、アスタやディアルからさんざん話を聞いてたけど、ほんとに綺麗なお人だね! あたしは《西風亭》のユーミってもんだよ。どうぞよろしくね!」


「はい……侍女の身で恐縮ですけれど……どうぞよろしくお願いいたします」


 シフォン=チェルはふわりと微笑んで、折り目正しく一礼した。

 その姿を横目で見やってから、リフレイアはあらためてユーミに向きなおる。


「そうか。あなたはディアルとも懇意にしていたのよね」


「うん、そーそー。こんな時期にジェノスを離れて、あいつも不運だったよねー。……って、貴族相手にこんな喋り方でいいのかなあ?」


「かまわないわ」と、リフレイアは今度こそ心よりの微笑を広げた。


「シフォン=チェルに偏見なく接してくれるなら、主人としてありがたく思うわ。どうぞ今後も、シフォン=チェルと仲良くしてあげてね」


「そりゃまあ、顔をあわせる機会があるならね! あたしが城下町に足を踏み入れる機会なんて、そうそうないだろうからさー」


「それはどうかしらね」と、リフレイアは意味ありげな言葉を発した。


「あなたとも、もっと言葉を交わしたいのだけれど……わたしはちょっと。アスタたちに用事があるのよね。申し訳ないけれど、少しだけアスタたちをお借りしていいかしら?」


「そんなのは、アスタ次第じゃない? ……あ、だったらその間、シフォン=チェルがあたしたちのお相手をしてよ!」


 さしものシフォン=チェルもいくぶん当惑したように、リフレイアを振り返った。

 リフレイアは、そちらにもやわらかい微笑を投げかける。


「そうね。アスタたちとの歓談をお邪魔する代わりに、あなたがお相手をしてくれるかしら?」


「……承知いたしました」と、シフォン=チェルも微笑んだ。

 トゥール=ディンとリミ=ルウにもその場に居残ってもらい、俺とアイ=ファだけがリフレイアとともに壁際へと引っ込む。護衛役のムスルは、もちろんこちらに同行だ。


「実はさっきまで、わたしも席に居残ってロブロス殿らと語らっていたのよ。王家の方々ぬきであの御方と語らえる、貴重な機会だったからね」


「それで何か、我々に伝えるべき話が生まれたということであろうか?」


「ええ。やっぱり王家の方々は、森辺の集落まで出向くおつもりのようよ。今日の間に、内々の打診ぐらいはあるのじゃないかしら」


「そうか」と、アイ=ファは嘆息をこぼした。

 しかしまあ、いちおうは想定の範囲内である。アルヴァッハたちもたびたび森辺の集落を訪れていたのだから、あの直情的な王家の方々がそれをこらえるとは考えにくかったのだ。


「あとはあまり、性急に伝えるような話ではないのだけれど……こういう試食会というものも、たびたび開催しようという心づもりであるようね」


「なるほど。そのたびに、森辺のかまど番を呼びつけようという算段であるのだろうか? こちらにも、屋台の商売というものがあるのだが」


「そのあたりは、メルフリードやポルアース次第でしょうね。あのおふたりも、唯々諾々と従うようなお人柄ではないでしょう? たとえ王家の人間が相手でも、森辺の民の生活を二の次にしたりはしない……と、信じたいところよね」


 そう言って、リフレイアは悪戯っぽく肩をすくめた。


「何にせよ、ロブロス殿はたいそうお疲れのご様子だったわ。わたしなんかにそうそう心情はさらさないでしょうけど、それでも森辺の民に対する申し訳なさがひしひしと感じられたもの」


「ロブロスは、公正かつ誠実な人間であろうからな」


「ええ。わたしもその一点は疑っていないわ」


 シフォン=チェルはロブロスとマルスタインの裁量で、南の民になることを許されたのだ。リフレイアにしてみれば、どれだけ感謝しても足りないところであろう。


「あとは、あの御方たちが手持ちの侍女や小姓を使って、色々な情報をかき集めているらしい、というぐらいかしら。これはロブロス殿にうかがったんじゃなくて、シフォン=チェルや他の侍女たちから聞いた話なのだけれど」


「そうか。あやつらは、兵士を使って酒場や食堂という場所で同じ行いに励んでいるらしいな」


「ああ、やっぱりそうなのね。100人ていどの兵士だったらこちらで宿舎を準備できるはずなのに、半分ぐらいの人間は自由に過ごしているようだという話だったもの」


 リフレイアが目をやると、ムスルが「は」と恭しげに一礼した。


「宿舎の人間に探りを入れたところ、半数の人間は外部に宿を求めているそうです。ゲルドの使節団も大半はそうして外部で過ごしていたため、とりたてて不思議がられてはいなかったようですが」


「本当に手馴れているわよね。きっとあの方々は本国でも同じようにして、料理人の情報を集めているのじゃないかしら」


「……美味なる料理への、飽くなき執念ということだな」


「ええ。だけどわたしや父様のように悪辣な人間ではないようだから、その点だけは安心してね」


 厳しい表情を崩さないアイ=ファに、リフレイアはにこりと笑いかけた。


「それじゃあ、戻りましょうか。アスタたちは、大事な試食の最中でしょうしね」


 俺たちがヴァルカスのブースに戻ってみると、そちらではロイやシリィ=ロウも巻き込んで、よもやま話に花を咲かせている様子であった。


「あー、来た来た! ねえねえ、ロイってこのシフォン=チェルに物を投げつけたりしたことがあるんだってね! それってひどくない?」


「ば、馬鹿、やめろよ! ここだけの話って言っただろ!」


 リフレイアは口もとだけで微笑みながら、慌てるロイの顔を見据えた。


「シフォン=チェルが奴隷であった時代は、そのような行いも罪にはならなかったのですものね。わたしだって癇癪を起こしたときはシフォン=チェルにいわれもない怒りを向けていたのだから、何も偉そうなことは言えないわ。……だけどもしもこの先、わたしの侍女に非道な振る舞いをする人間が現れたなら――」


「そ、そのような真似など、するわけがございません!」


 城下町の民であるロイたちは貴族に敬服しており、ユーミだけがあっけらかんとしている構図が、俺には何やら微笑ましく感じられてしまった。

 そして、その真ん中で微笑んでいるシフォン=チェルの姿を見ると、胸の中が温かくなってしまう。シフォン=チェルがユーミやテリア=マスと交流を深める機会が訪れようなどとは、以前には想像もできなかったのだ。


「すみません。俺たちはひと通りの料理を食べた後、他の人たちと仕事を交代しなければならないので、いったん失礼させていただきますね」


「あら、そうなのね。そうしたら、またのちほどうかがわせていただくわ」


 ということで、俺たちはあらためて次なるブースに向かうことにした。

 次なるは、ボズルのブースである。その場には、ヤンとニコラに、ネイルにジーゼという異色のメンバーが居揃っていた。


「どうも、お疲れ様です。みなさん、ご一緒だったのですね」


「はい。試食会の意見交換をしておりました」


 ヤンも宿場町の宿屋の方々とは、それなりに接点の多い立場であったのだ。

 それにしても、とりわけ穏やかな気性をした人々が集結し、さきほどのブースとは別世界のように静かな空気が形成されていた。


「そちらの料理は、大層な出来栄えでございましたねぇ。わたしの宿でも、シャスカ料理にもっと力を入れてみようかと思いますよ」


《ラムリアのとぐろ亭》の女主人たるジーゼが、そのように微笑みかけてきた。彼女は東の血を引いているためか、こよなくシムを愛するネイルとは折り合いがよろしいのだ。


「わたしも、同じ気持ちです。シャスカというのは値が張るため、これまでは二の足を踏んでおりましたが……シム本国とは異なる食べ方であるのなら、多くのお客様に喜んでいただくことがかなうでしょう」


 ネイルは東の民のように無表情を保ちつつ、そのように言っていた。


「それに、ジョラの油煮漬けという食材も興味深かったです。もとより、魚介の料理を求めるお客様は少なくありませんでしたし……それがジャガルの魚であれば、いっそうお客様がたの興味を引くに違いありません」


「ええ。東の方々は、好奇心が旺盛ですものね」


 すると、笑顔のボズルも声をあげてきた。


「それに比べると、南の民はシムの香草を忌避する傾向にあるようですが、王家の方々は好奇心のほうがまさっているご様子ですな。実のところ、ゲルドの香草が王都で買いつけられると聞き及び、わたしもいささか驚かされていたのです」


「ええ。ジャガルではあのボナの根という香草が流行しているそうですし、もとより南の方々はミャームーやケルの根を好んでおられます。香草の風味や辛み自体を忌避しているわけではないのでしょう」


 ネイルがそのように応じると、ボズルは「なるほど」と首肯した。

 この中で、ボズルは城下町の民であるヤンとニコラしか面識がなかったはずだ。それがヤンを架け橋として、ネイルやジーゼとご縁を結ぶことになったのだろう。古くから知るネイルとボズルが当たり前のように言葉を交わしている姿が、何やら新鮮でならなかった。


 そうして俺たちもボズルの料理をいただきながら歓談に励んでいると、周囲からわらわらと人影が寄ってくる。それは《ゼリアのつるぎ亭》を筆頭とする、宿屋のご主人がたの一団であった。


「やあ。アスタたちにも、ようやく挨拶をできるな。番をしていた娘さんたちにも伝えてあるけど、アスタたちの料理は大層な出来栄えだったよ」


「ああ、本当にな。ジョラとかいう魚の料理に関しては、アスタが一番だったと思うぜ。ジョラってのはまよねーずと混ぜただけで、あんなに美味しくいただけるものなのかい?」


「それに、菓子はどっちも美味かったよ! 俺たちも、早くマトラやノ・ギーゴとかいうやつを扱ってみたいもんだな!」


 城下町の人間が少ない気安さか、その場にはこれまで以上の賑やかさが形成された。

 そんな中、《ゼリアのつるぎ亭》のご主人が俺のほうに身を寄せてくる。


「それでさ、うちの宿では森辺のお人らの手ほどきも一段落したところなんだけど、新しい食材が売りに出されたら、またお願いすることはできるのかなあ?」


「それはもちろん問題ないでしょうけれど、いちおう族長たちに確認が必要でしょうね。……あ、今日はルウ家の長兄であるジザ=ルウもいらっしゃっているので、あとでお話を伝えてみてはいかがですか?」


「ジザ=ルウって、あの壁際で突っ立ってたでかいお人だろう? あんなお人に声をかけるのは、ちっとばっかり気が引けちまうなあ。手間をかけるけど、アスタが間を取り持ってくれないか?」


 すると、にこやかな表情をしたボズルもこちらに近づいてきた。


「失礼。そちらの御方は、森辺の方々に調理の手ほどきをされておるのですな。それはいったい、どのような内容であるのでしょう?」


「え? どのようなって……そりゃあもう肉や野菜の切り方から熱の入れ方まで、ありとあらゆることを教えていただいてるよ。以前にアスタに教わったことでも、まったく身についちゃいなかったからなあ」


「アスタ殿も、以前に宿場町で手ほどきを?」


「俺の場合は、新しい食材の扱い方をお伝えするのが主体で、そのついでで料理のコツなんかをお伝えしていたぐらいですね」


「なるほど」と、ボズルは考え込んでしまった。

「どうかされたのですか?」と俺が問いかけると、ひげもじゃの顔にまた大らかな笑みを広げる。


「いや、宿場町の方々を羨ましく思っていただけのことです。わたしも森辺の勉強会というものに参加させていただきたいと願いつつ、なかなか時間が作れませんでしたので……うかうかしていると、ジェノスでは城下町よりも宿場町のほうが料理の質が高い、などという状況に陥ってしまいかねませんな」


「ええ? さすがにそれは言い過ぎじゃないでしょうか?」


「そうでしょうか? これも先ほど小耳にはさんだのですが、最近の宿場町では宿屋の方々の出す料理の屋台も盛況をきわめておられるのでしょう? 森辺の方々が屋台を出しているかたわらで、真っ向から対抗できるというのは……すでに生半可ではない技術を身につけつつあるという証左なのではないでしょうか?」


 ボズルの表情は穏やかであったが、その口調はなかなかに熱っぽかった。


「正直に言って、城下町に刮目するほどの料理人というものは、数えるぐらいしか存在いたしません。おおよその料理人は、次から次に増えていく食材の対処もままならない状況にあるのです。そう考えると、森辺の方々に手ほどきをされている宿場町の方々のほうが、まだしも恵まれているのやもしれませんな」


「ふうん? あんたの料理だって、大層な出来栄えだったけどねえ。いくら森辺のお人らに手ほどきをされたって、俺なんざ足もとにも及ばねえよ」


《ゼリアのつるぎ亭》のご主人がそのように言いたてると、ボズルはそちらにも朗らかな笑みを向けた。


「わたしはこれでも、ジェノスの双璧たるヴァルカスの弟子ですからな。その肩書きに恥じない料理を出さねばと、奮起することに相成りました」


「へえ。そのお師匠よりも、あんたのほうがよっぽど上出来だったと思うけどねえ」


「いや、それは――」とボズルが言いかけたとき、大広間に再び鈴の音色が響きわたった。

 大広間を埋め尽くしていたざわめきが静まっていき、その代わりにポルアースの声が聞こえてくる。


「それではこれより、味比べの儀を開始いたします! すべての料理を食べ終えた方々から、順番に投票をお願いいたします!」


 その言葉に、俺とボズルは顔を見合わせることになった。

 そして、ふたりそろって《ゼリアのつるぎ亭》のご主人に向きなおる。


「あの、味比べの儀というのは? みなさんには、すでに告知されていたのですか?」


「ああ。ジャガルのお姫さんとトゥール=ディンたちを除く4人の中から、一番気に入った料理を選べって話だろう? アスタたちは、聞いてなかったのかい?」


 俺は聞いていなかったし、ボズルもそれは同様であった。

 デルシェア姫をその中に加えていないというのは、せめてもの良心なのかもしれないが――それにしても、準備期間5日間の試作品で味比べをしようというのは、いったいどういう趣向なのだろう。そんな余興にどういった意味が生じるのか、俺にはさっぱり理解が及ばなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 当事者たちに知らせずに味比べの余興とは! アスタが言うように試食会の意味・意図とは合ってないように思えますが、どうなるやら… 続きが気になる引きでした。次も楽しみです。
[気になる点] とうとう料理漫画みたいになってきましたね
[良い点] ネイルが久しぶりまともに喋った。 [一言] プラティカの存在がここで活きてしまうって事だろうか? 外交官もジェノス侯爵家も三伯爵も三族長もストレスすごいことになりそう。 オーグはいなくて…
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