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異世界料理道  作者: EDA
第六十章 大地の国の使者
1033/1679

城下町の試食会③~苦心の作~

2021.4/21 更新分 1/1 ・11/29 誤字を修正

 小姓たちが新たな料理を運んでくると、こちらの卓でダイアがにっこりと微笑んみながら立ち上がった。


「次なる試食の料理は、わたくしの作でございます。至らない点は多々ありましょうが、お気に召しませば幸いに存じます」


 貴き方々と料理人の卓に、3種の皿が配膳されていく。

 その頃には、すでに大広間も大変なざわめきに包まれていた。城下町の料理人や宿場町の宿屋の関係者が、思い思いに感想を述べ合っているのだ。

 俺がこっそりそちらの様子を気にしていると、ダカルマス殿下がまた高笑いを響かせた。


「ひと通りの料理の味見を終えたのちは、あちらに戻って意見交換をしていただきますからな! もうしばし、おつきあいを願いますぞ!」


 ダカルマス殿下の意外な洞察力に、俺はいくぶんへどもどしながら「はい」と頭を下げてみせる。

 ダカルマス殿下は鷹揚にうなずきながら、ダイアのほうに向きなおった。


「では、解説をお願いいたしますぞ、ダイア殿!」


「承知いたしました。わたくしが準備したのは、ジョラの煮込み料理とマ・ティノを使ったギバ肉の料理、そしてリッケを使った菓子となります」


「ふむ! ひとつの皿は空のようですが――」


 ダカルマス殿下の言葉に応じて、小姓のひとりがしずしずと進み出た。

 その手に掲げられた大皿の中身に目をやって、デルシェア姫が「わあ」と目を輝かせる。


「すごいです! まるで、本物の花のようですね!」


 それは以前にも祝宴で披露されていた、ギバ肉を花に模した料理であった。

 蒸し焼きにした上で真っ赤に着色したギバ肉を薄く切り分けて、それを丁寧に重ねあわせることで牡丹の大輪のような見栄えに仕上げている。そしてこのたびは、レタスに似たマ・ティノが葉に仕立てられていた。


 すべての貴き方々にその見事な細工を見届けてもらってから、小姓は花弁のごときギバ肉と葉のごときマ・ティノを1枚ずつ小皿に取り分けていった。

 ギバ肉もマ・ティノも、透明な液体がまぶされているためにしっとりと濡れて照り輝いている。それが味の決め手となる調味液であるようだった。


「ふむ、素晴らしい! ギバ肉はこの数日で何度か味わわさせていただきましたが、こちらは蒸すという調理法にも適しているのですな!」


 ダカルマス殿下の仰る通り、ギバ肉の花弁は熱の入り方も絶妙で、ほどよい弾力を残しつつ、とてもやわらかく仕上げられていた。

 透明のソースは果実の甘さを基調にしており、ほんのりと香ばしさも感じられる。まるでギバ肉の花から生まれた蜜のような風情であり、ダイアの卓越した手際とこだわりが感じられた。


 マ・ティノもわずかに熱を入れられているらしく、しんなりとやわらかい。もともと主張の強い野菜ではないため、ギバ肉の強い風味にそっと寄り添っている感じだ。肉料理の付け合わせとしては、申し分ないように思えた。


「マ・ティノに対する熱の入れ方も、十全であるようですな! マ・ティノの味わいばかりでなく外見までもが素晴らしい形に仕上げられて、喜ばしい限りでありますぞ!」


 そうしてダカルマス殿下は、次なる料理に取りかかった。やはり菓子は後回しで、ジョラの油煮漬けを使った煮込み料理だ。

 こちらはジョラの他にアマエビに似たマロールが使われており、味の基調はミソであるようだった。ダイアの料理にしては珍しく、外見に特別な細工は感じられない。


「そちらの煮込み料理には、ミソと砂糖とホボイ油と、そしていくつかの香草を使っております。まだ完成品とは呼べない仕上がりでありますが、ジョラの油煮漬けという素晴らしい食材を使いこなす足がかりにはなるのではないかと存じます」


 こちらの料理は、あえて言うなら無難な仕上がりであった。まったく不出来な仕上がりではないし、十分に店で出せる完成度だろう。ただ、ジェノスの双璧と呼ばれるダイアの料理としては、インパクトに欠けるようだ。和風な味わいに異国的なアクセントが加えられているという点は、以前にデルシェア姫から供された汁物料理に通ずるものがあるかもしれないが――やはり食材を扱う経験値の差か、デルシェア姫の料理を超える完成度ではないようだった。


「なるほど! 確かに完成品ではないやもしれませんが、ジョラの魅力を伝えるには十分でありましょう! この場に集まった数多くの料理人たちには、よき指針になるのではないでしょうかな!」


 やはりダカルマス殿下は満面の笑みで、否定的な見解はいっさい述べようとしない。かたわらのデルシェア姫も、至極満足そうな面持ちでにこにこと笑っていた。


 そして最後は、リッケを使った菓子だ。

 リッケは、干しブドウに似た食材となる。もともと甘さは十分であるので、そこにカロンの乳や乳脂などを添加して熱を通し、ジャムのように仕上げたものがフワノの生地にくるまれていた。

 フワノの生地はパイのように香ばしく焼きあげられており、そちらにも乳脂の香りが豊かである。上品で、かつ飽きのこない、ダイアらしい優しい味わいだ。わずか5日間で準備したことを思えば、十分以上の出来栄えであろう。


「うむ! こちらも素晴らしい! やはりダイア殿は、きわめて菓子作りに長けておられるのですな! これならば、人々も喜び勇んでリッケを買い求めてくださることでしょう!」


「過分なお言葉、光栄に存じます」


 ダイアは穏やかに微笑んでおり、マルスタインやポルアースも同様の表情である。ダカルマス殿下もデルシェア姫もきわめてにこやかな表情であるため、内心ではほっと胸を撫でおろしているかもしれない。


 しかしこの場でも、王家の方々から「美味」という言葉を聞くことはできなかった。

 それは単に、こちらの両名がもともとそういった言葉を使わないというだけの話なのかもしれないが――料理の出来栄えを称するのに「美味」という言葉を避けるというのは、いまひとつ腑に落ちないところであった。


(その代わり、まずいだとか不出来だとかいう言葉も使ってないんだけど……なんか、ひっかかるんだよなあ)


 俺がひそかに思案している間に、また新たな料理が届けられた。

 今度は、ボズルの料理である。俺の料理は、なかなか出番が回ってこなかった。


「こちらは、わたしの準備した料理でございます。ジョラの煮込み料理、キミュスの肉とノ・ギーゴの汁物料理、そしてカロンの肉をラマンパの油で焼きあげた料理となります」


 ジョラの煮込み料理は、ダイアと同様にミソを基調にしていた。ミャームーやケルの根も使っているようで、そちらの風味と辛みが際立っており、ダイアの料理よりは刺激的な仕上がりだ。


「ふむ! ボズル殿とダイア殿のおふたかたがジョラにミソを使ったということは、それがひとつの最適解であるという証なのでしょうかな?」


「どうでございましょう。ジョラの油煮漬けはそのまま食しても美味でありますため、さまざまな調味料と調和するように存じますが……5日間という期間で完成度を求めるとなると、ミソの強い風味に頼りたくなってしまうのやもしれません」


「なるほど! このミソというのは、素晴らしい調味料でありますからな! 我々も、買いつける算段を立てておるところです!」


 確かにジョラの油煮漬けは、ミソと相性がいいようであった。なんとなく、サバの味噌煮でも食しているような心地であるのだ。

 が、ジョラはもともと煮込まれているため、少なからず食感が犠牲になってしまっている。有り体に言うと、生鮮の魚を使えばもっと美味に仕立てられるのだろうと思われてならなかった。


(だけどまあ、ジェノスでは生鮮の魚が希少だからな。その代用の料理と考えれば、十分な出来栄えなんだろう)


 そしてこれが獣肉と同程度の価格で購入できるならば、城下町でも宿場町でも興味を示す人間は少なくないかもしれない。ジャガルやシムから訪れるお客の中には、ジェノスにおいて魚料理がほとんど存在しないことを不満に思う方々も一定数存在するらしいのだ。


(そう考えると、案外こいつはギバ料理のライバルになるのかもしれないぞ)


 俺がそんな風に考えていると、デルシェア姫がひさびさに声を飛ばしてきた。


「どうされました、アスタ様? 何か思うところがあるのなら、忌憚のないご感想をお願いいたしますわ」


 俺は一瞬言いよどんだが、ここは素直な心情を語らせていただくことにした。


「はい。ジェノスにおいては魚というものが希少であるため、ジョラの油煮漬けは城下町でも宿場町でも人気を博するのではないかと考えていました」


「そうすると、ギバ肉の販売にいそしむ森辺の方々には好ましからぬ状況が訪れてしまう、ということでしょうか?」


 虫も殺さぬ笑顔で、デルシェア姫は鋭い部分を突いてくる。この父娘は、外見の印象よりも洞察力に優れているのかもしれなかった。


「はい。ですが、カロンやキミュスの肉を売っていた方々も、ギバ肉の登場でそういった状況に陥ることになったのでしょう。自分たちばかり、文句を言うわけにはいきません。それに、ギバでもジョラでもカロンでもキミュスでも、それぞれ独自の美味しさというものが存在するのですから、たとえ新しい食材が登場しようとも、そうまでひどく廃れることはないように思います」


「アスタ様は率直であられる上に、明敏で向上心にもとんでおられるのですね。とても好ましく思います」


 そう言って、デルシェア姫はにこーっと微笑んだ。ディアルにも負けない、おひさまのような笑顔である。

 俺はほっと安堵の息をついたが、心なし、アイ=ファが立っている側の首筋がちりちりと痛かった。


「ふむ! こちらの汁物料理も、実に素晴らしい出来栄えですな! カロンの乳の風味とノ・ギーゴの甘みが、この上なく調和しているようですぞ!」


 いっぽうダカルマス殿下は、試食に夢中であった。

 ボズルは朗らかに笑いながら、「ありがとうございます」と一礼する。


「そちらの料理は、もともとトライプのために考案した味付けでございました。トライプをノ・ギーゴに置き換えて、微調整を施した料理と相成ります」


 トライプはカボチャで、ノ・ギーゴはサツマイモに似た食材だ。そうまで似通っているわけではないが、やはり野菜らしからぬ甘みと大地の風味という部分では共通項も存在する。俺も味見をさせていただいたところ、こちらの料理も過不足のない出来栄えであるように思えた。


 そうして最後のひと品、カロン肉の焼き物料理である。

 こちらは細長く切り分けたカロン肉を何種かの野菜とともに炒めた、中華料理のような見栄えをしていた。それを焼きあげる油に、ピーナッツ・オイルのごときラマンパの油を使っているのだ。


 具材は、ニンジンのごときネェノンとホウレンソウのごときナナール、タケノコのごときチャムチャムとパプリカのごときマ・プラというラインナップだ。

 香りは、甘くて香ばしい。ラマンパ油ばかりでなく、ホボイ油やシナモンのごとき香草の香りも感じられた。


(シナモンみたいな香草を除けば、本当に中華料理みたいな献立だな)


 俺がその料理を口にしてみると、期待以上の美味しさであった。

 味付けは、タウ油と魚醤が基調となっている。しかしそれよりも、もともと感じられていた香りがそのまま味覚を揺さぶってきたような感覚であった。

 ピーナッツ・オイルとゴマ油とシナモンに似た風味が、タウ油や魚醤の味よりも前面に出ているのだ。むしろ、それらの風味を補助するために、うっすらと味がつけられているように感じられた。


「これは……美味でありますな!」


 と――ダカルマス殿下が、いっそう大きな声を張り上げた。

 もしゃもしゃの眉毛の下で、どんぐりまなこがきらきらと輝いている。


「ジャガル料理らしい純朴さを保ちつつ、とても洗練された味わいであります! こちらはラマンパとホボイの油を混合しておるのですな?」


「はい。それらの油はとても調和するように思いました」


「うむ! その配合が見事でありますし、馴染みのない香草の甘い香りが、そこに異国的な情緒を加えております! 一見は無造作に焼きあげただけの料理であるのに、ボズル殿の細やかな気配りがあちこちに見受けられますな! デルシェアも、異存はなかろう?」


「ええ、とても美味です。素晴らしい味の組み立てはもとより、火の入れ方も具材の選別も申し分ありませんわね」


 ダカルマス殿下に続いて、デルシェア姫もあっさりと「美味」という言葉を口にした。

 それを聞かされたボズルは、面映ゆそうに微笑んでいる。


「お気に召しましたのなら、幸いに存じます。こちらももともとホボイの油を手にした際に考案した料理なのですが……その頃には、もう何種かの香草を使用しておりました。そこにラマンパの油を加えると調和が崩れてしまうため、可能な限り純朴な味に仕立てた次第でございます」


「なるほど! しかしこちらには、魚醤も使われておるようですな! 魚醤というのは、最近になって使い始めた食材でありましょう?」


「はい。香草を抜くだけ抜いたならば、なんとも退屈な味わいになってしまいましたため、新たに魚醤を加えた次第でございます。あとはそれらの味をまとめるために、ミャンツの香草も使っております」


「ミャンツ! 我々も買いつける予定でいる、ゲルドの香草でありますな! なるほどなるほど、表に出ない部分でも、そういった食材が料理の下味を支えている、と……いや、見事な手際でありますな! まったくもって、美味でありましたぞ!」


 また「美味」という言葉が飛び出した。

 しかしまあ、確かにこれは見事な料理だ。ダイアのギバ料理も負けてはいないように思えたが、あちらは新食材たるマ・ティノが付け合わせであったため、本日の主旨に沿っているのはこちらの料理であるのだろう。


(それでもって、ヴァルカスは既存の料理に転用するんじゃなく、ゼロから組み立てた試作品みたいな感じだったからな。そこのあたりで、完成度に差がついたわけか)


 では、俺の料理はどのような評価になるのだろうか。

 こればかりは、まったく予測のつけようがなかった。


「次なる料理をお持ちいたしました」


 と、小姓や侍女たちが新たな皿を並べていく。

 また見覚えのない料理である。どうやら俺の料理は、最後に回されてしまったようだった。


「これは、わたくしの準備した料理ですわね。内容は、ジョラを使った焼き物料理に、ボナの根を使った汁物料理、そしてリッケとノ・ギーゴとラマンパの油を使った菓子となります」


 笑顔のデルシェア姫が立ち上がって、そのように解説してくれた。

 そのかたわらで、ダカルマス殿下も朗らかに笑っている。


「こちらはわたくしにとって、食べ慣れた料理ばかりでありますからな! ジェノスの方々のご感想を、存分に聞かせていただきたく思いますぞ!」


 マルスタインたちはお行儀のいい表情を保持しつつ、それらの料理を口にした。

 それを横目に、俺もまずは焼き物料理からいただくことにする。


 ツナフレークに似たジョラの油煮漬けが、小さく切り分けられたチャムチャムやタウの豆やブナシメジモドキとともに炒められている。香るのは、タウ油やホボイ油の芳香だ。


 これは、なかなかの出来栄えであった。

 やはりジョラの身は炒める過程でほどけてしまっているが、それが調味料とともに具材にからみつき、得も言われぬ味わいと食感を生み出している。味付けにはショウガに似たケルの根も使われており、それが小気味のいいアクセントになっていた。


 そして何より、ホボイ油の風味が素晴らしい。

 これは明らかに、このたび持ち込まれてきた上質なホボイ油だ。もともと繊細な風味だとは思っていたが、その風味がこの料理の決め手になっているようにさえ感じられた。


「いや、素晴らしい。先日の吟味の会においてもジョラという食材が使われておりましたが……ジョラというのは、焼き物料理にも合うのですな」


 マルスタインがそのように言いたてると、エウリフィアも「本当ですわね」と追従した。


「当然の話なのでしょうけれど、こちらを口にしてしまうとダイアたちのジョラの料理も霞んでしまいますわ。……あなたもどうか精進してね、ダイア」


「はい。わたくしも、ジョラという食材の素晴らしさを噛みしめております」


 エウリフィアの言う通り、ジョラの料理に限って言えば、デルシェア姫の料理が群を抜いていた。まあ、こちらは五日間しか吟味の時間がなかったのだから、それが当然であるのだろう。


「わたしも、同じ心情です。許されるならば、今すぐにでも厨に戻って、新たな食材の吟味に取りかかりたい心地です」


 ヴァルカスは、そのように言っていた。

 茫洋とした表情なので深刻さは生じていないが、きっと混じりけのない本心であるのだろう。誰かが許しを与えたならば、喜び勇んで《銀星堂》に帰ってしまいそうだ。


(でも、これは本当に美味しいな)


 やはり生粋のジャガル料理ということで、ケレン味のない美味しさだ。とりわけ、ジョラのもたらす味わいと食感、そしてホボイ油の風味が印象的である。ただ美味しいだけでなく、新食材のお披露目の会としても相応しい献立なのだと思われた。


 そうして次なる品、ボナの根を使った汁物料理は――別の意味で、素晴らしい出来栄えであった。

 何せ、ワサビに似たボナの根を基調にした汁物料理である。こちらはまったく食べなれない味わいでありながら、しっかりとした完成度を示していた。


 ベースはやはりタウ油であるのだが、その隅々にまでワサビっぽい風味が行き渡っている。ただしボナの根は熱すると辛みが弱まるため、鼻が痛くなるほどではない。ジェノス在住の人々も、涙を流すことなくその料理を食することができていた。


 具材は、カロン肉とマ・ティノとマ・ギーゴとマ・プラだ。たしか「マ」のつく野菜はすべてジャガルでも収獲できるので、こちらも生粋のジャガル料理ではあるのだろう。レタスとサトイモとパプリカに似た食材であるので、俺としてはいささか珍妙に思えなくもなかったが、しかしまったく悪い組み合わせではなかった。シンプルでありながら馴染みのない、とても楽しい食べ心地だ。


「如何ですか、アスタ様?」


 と、デルシェア姫がいきなり名指しで感想を求めてきた。

 俺は口の中身を呑みくだしてから、「はい」と応じてみせる。


「ボナの根の味わいも具材の組み合わせもとても新鮮ですが、素晴らしい完成度であるように思います。もしかしたら、こちらは西の民の好みにあわせてボナの量を控えてくださったのでしょうか?」


「はい。ボナを食べ慣れている人間であれば、追加のボナを望むところでしょうね。ボナの料理は涙をこぼしてからが本番などと言いたてる人間も、南の王都には少なくないのです」


「なるほど。これだけの期間で西の民の好みまで把握できるというのは、デルシェア姫が卓越した調理の腕を持たれている証だと思います」


 俺は素直な感想を述べたに過ぎないが、その効果たるや絶大であった。デルシェア姫はエメラルドグリーンの瞳をきらきらと輝かせながら、今にも駆け寄ってきそうな勢いで身を乗り出した。


「他には、如何でしょう? 何か不出来な部分などはありませんでしたか?」


「不出来な部分は、思い当たりません。ボナの根はタウ油と相性がいいように思いますが、それを汁物料理に仕立てるというのは自分にない発想ですし……具材の組み合わせも、新鮮です。やはりマ・ティノは、後から鍋に加えているのですよね?」


「はい! 他の具材と同じだけ煮込んだら、マ・ティノだけぐずぐずになってしまいますので!」


「マ・ティノもマ・プラもマ・ギーゴも食感がまったく異なるため、とても楽しい食べ心地ですね。出汁は……カロンの骨ガラでしょうか? とても深みのある味わいです」


 俺が言葉を重ねれば重ねるほど、デルシェア姫の瞳は輝きを増していく。やはり彼女も子犬っぽい印象であったため、嬉しそうに尻尾を振る姿が幻視できてしまいそうなほどであった。


(絆を深めたいとは思うけど、あまり気に入られすぎると弊害がありそうだよな。首がちりちりしてきたし、これぐらいにしておくか)


 俺はあんまり森辺の民らしからぬ計算を働かせて、口をつぐむことになった。

 すると、それを待っていたかのようにエウリフィアが声をあげる。


「こちらの菓子も、素晴らしい出来栄えですわね。南の王都の食材がたくさん使われているので、とても目新しい味わいですし……菓子好きのオディフィアも、ずいぶんお気に召したようですわ」


 デルシェア姫はいくぶん名残惜しそうに俺の姿を見やってから、笑顔でエウリフィアのほうを振り返った。


「ありがとうございます。ダイア様は、菓子作りを得意にされておりますものね。そんなダイア様の菓子を毎日口にされているエウリフィア様とオディフィア姫にそのように言っていただけたら、とても誇らしいですわ」


 オディフィアはフランス人形のように無表情のまま、デルシェア姫の菓子を頬張っていた。そちらには尻尾を振る姿も幻視できなかったが、それでも灰色の瞳は満足そうに輝いているように感じられる。


 俺もまだこちらの菓子は食していなかったので、この隙にいただくことにした。

 一見は、どうということのない焼き菓子だ。小さな楕円形をしており、生地はいくぶん黄色みがかっている。

 食してみると、その色合いがノ・ギーゴ由来であることが判明した。サツマイモに似たノ・ギーゴを、生地の中に練り込んでいたのだ。


 しかもこれは、ノ・ギーゴの甘さを限界まで引き出した上で使用しているのだろう。砂糖ではなく、ノ・ギーゴ本来の自然な甘さが行き渡っている。その内側の具材まで到達しなくとも、この生地だけで十分な美味しさであった。

 しかしまた、具材のほうも素晴らしい味わいだ。レーズンに似たリッケのジャムであるのだが、そこにさらなる風味が加えられている。それは、キイチゴに似たアロウと桃に似たミンミであるようだった。


 こちらもおそらく、砂糖はほとんど使われていない。リッケとミンミの持つ糖分だけで、アロウの酸味をカバーしているのだ。食材そのものの甘みを活かしているためか、とても上品で繊細な味わいであるように感じられた。


 そしてさらに、ピーナッツ・オイルに似たラマンパの油の風味がひそやかに行き渡っている。

 生地はおそらく窯焼きであるので、生地か具材のどちらかにそのまま練り込んであるのだろう。意識しなければ気づかないていどのささやかな風味であるのだが、それがまたこの菓子に気品を与えているようだった。


「これは素晴らしい出来栄えでございますねぇ。リッケばかりでなく、ノ・ギーゴもラマンパの油もきわめて菓子に向いた食材であるようでございます」


 ゆったりと微笑みながら、ダイアはそのように称していた。

 ダイアの菓子も素晴らしい出来栄えであったが、やはりこの完成度には及ばないだろう。くどいようだが、俺たちには5日間しか与えられていなかったのだ。


「デルシェア姫の調理の腕と、南の王都の食材の素晴らしさが相まって、これほどの菓子がこの世に生まれたのでしょう。それを味わうことのかなった幸運を、西方神と南方神に感謝したく思います」


 マルスタインも、いつもの笑顔でそのように語っている。

 デルシェア姫はてらいのない表情で、にこりと微笑んだ。


「ありがとうございます。わたくしは生まれた頃からこれらの食材に囲まれていましたので、なんとか恥ずかしくない出来栄えに仕上げることがかなうのですわ。わずか5日間でこれだけの成果を見せてくださった皆様でしたら、すぐにわたくしなど及びもつかない料理や菓子を作りあげてくださることでしょう」


「うむ! わたくしもデルシェアと同じ心情ですぞ! これでこそ、遠路はるばるジェノスを訪れた甲斐があったというものです!」


 そのように追従してから、ダカルマス殿下が満面の笑みで俺に向きなおってきた。


「では、いよいよアスタ殿の番ですな! どのような料理を作りあげてくださったのか、心待ちにしておりましたぞ!」


「はい。デルシェア姫の後では荷が重いところですが……自分なりに工夫を凝らしましたので、お気に召したら幸いです」


 小姓と侍女たちによって、俺の料理が配膳されていく。

 その解説役を果たすべく、俺がその場に立ち上がると、斜め後方にたたずんでいたアイ=ファがさりげなく耳打ちしてきた。


「アスタよ。お前の料理が最後となったのは、どうやら王家の者たちの指示であるようだぞ」


「え? どうしてそんな風に思うんだ?」


「アスタの料理をこちらに運んでこようとしていた小姓らが、別の小姓に止められていたのだ。それは最後に供するのですよ、とな」


 俺が言葉を失っていると、ダカルマス殿下が「どうかなさいましたかな?」と呼びかけてきた。

 ダカルマス殿下もその隣の姫君も、期待に瞳を輝かせている。そこには何の邪心も見て取ることはできなかった。


(つまり……お楽しみは最後に取っておくタイプってことなのかな?)


 それなりの重圧が、俺の双肩にのしかかってくる。

 が、すでに料理は完成しているのだ。俺はまな板の鯉という滋味深い言葉を胸に、自分の役目を果たすしかなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] この場にこそ、アルヴァッハにいて欲しかった。
[良い点] わさびの海鮮茶漬けかな~、トンカツ茶漬けもしくはお寿司。 あとは、ギバのベーコン使ったピザとか。 [一言] 今日がたのしみです。
[一言] 王族の2人、試作に5日しか与えなかったり、ボズルの料理で始めて「美味」が出たりと、変な方向に拗らせた負けず嫌いでお国自慢したいだけの小物にしか見えなくなった。
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