城下町の試食会②~会の始まり~
2021.4/20 更新分 1/1
下りの五の刻の鐘と同時に、試食会は開始された。
俺たちが会場まで移動してみると、すでに100名からの人々が集まっている様子である。それだけの人数が集まっても十分にゆとりのある大広間であったが、それにしても壮観であることに違いはなかった。
大広間のもっとも奥まった場所には貴き方々のための席が準備され、それ以外にはあちこちに小さな円卓が置かれている。ただし市井の人々は、全員が直立した状態で会の始まりを待っていた。円卓は、皿が必要な料理を食する際に使用するべし、ということであるのだろう。全員が着席できるだけの席は準備されていない様子だ。
人々は、おおよそ身分ごとに分かれて立ち並んでいる。ひと目でそうと知れるのは、宿場町から招かれた人々がのきなみ朱色の肩掛けを着用させられていたためであった。俺たちもジェノス城の祝宴などで着用させられた、石塀の外からの客人であるという証である。
(ジェノス城の祝宴なんかは、もっと大人数だったけど……こうまで雑多な身分の人たちが居揃うっていうのは、やっぱり壮観だな)
本日は、試食用の料理を準備した料理人とその助手たちが、総勢で24名。貴き身分にあられる方々が、17名。城下町の料理人と、宿場町の宿屋の関係者が、それぞれ30余名ずつ。そして、ククルエルやアリシュナやプラティカといった特別な客人たちが10名足らず、という内訳になっていた。
料理を準備した料理人たちは、それぞれ3名ずつの助手を引き連れている。ヴァルカスの他のお弟子たちは主人の手伝いをしなければならないため、ボズルは別なる料理人たちに助手をお願いすることになったのだそうだ。デルシェア姫に関しては、ジェノス城の見習い料理人たちを借り受けたという話であった。
ジェノスの貴族の人々はあくまで見届け人であるために、ずいぶん顔ぶれが厳選されている。侯爵家は当主のマルスタインとメルフリードの一家が勢ぞろいしていたが、伯爵家に関しては2名ずつで、リフレイアにトルスト、ポルアースにメリム、ルイドロスにリーハイムというメンバーになっていた。あとはポルアースの上司である外務官が伴侶を連れて参席しており、末席にはひっそりとフェルメスが控えている。
いっぽうジャガルの使節団も吟味の会と同じ顔ぶれで、ダカルマス殿下、ロブロス、フォルタ、書記官の4名となる。
城下町の料理人は、おおよそ吟味の会に招集されるのと同じような顔ぶれであろう。俺がよく知る人間の大半は料理を準備する側に回されているため、ヤンとティマロぐらいしか名前を知る相手はいない。ただし、伯爵家の料理長は1名の弟子を連れることが許されたため、ニコラもその一群に加わることができた。
なおかつ本日は調理に携わるわけではないので、そういった人々も調理着ではなく私服やお仕着せの姿である。貴き方々と同席するということで、宮仕えならぬ人々は一張羅を着込んでいるのであろうと思われた。
そしてそれは、宿場町の人々も同様となる。商会長のタパスによると、やはり粗末な身なりで城下町に参ずるのはつつしむべきという話であったのだ。宿屋の関係者で貴族と懇意にしていたのはタパスぐらいであったので、それ以外の人々は大急ぎで身なりを整えることになり、ここ数日は宿場町の仕立て屋もてんやわんやの騒ぎになっていたはずであった。
「静粛に。……それでは、試食の会を始めたく思います」
と、開会の宣言を始めたのは、我らがポルアースであった。吟味の会でもたいていはポルアースが進行役を担っていたので、それが引き継がれたのだろう。
「このたびは城下町の料理人のみならず、宿場町の宿屋の関係者にもご足労を願いました。ジェノスにおいてこのような会を行うのは初めての試みとなるため、色々と戸惑う部分も多かろうとは思いますが……本日の目的は、ただひとつ。高名なる料理人たちの料理を味見して、南の王都から届けられた食材の素晴らしさを理解することにあります。本日この場で得た知識と経験をもとに、新たな食材を使いこなして、誰もが素晴らしい料理を作りあげられるように励んでもらいたく思います」
ポルアースも、普段よりはいくぶんかしこまった様子であるように思えた。
しかしそれよりもかしこまっているのは、もちろん宿場町から招かれた人々であろう。ジェノスの貴族とすらほとんど面識のない人々が、いきなりジャガルの王族などと相対することになったのだ。これでは緊張するなというほうが無理な話であった。
「では、本日の料理を準備した料理人たちを紹介いたします。……まず、ジェノス城の料理長、ダイア殿」
調理着姿のダイアが3名の助手を引き連れて、貴族の席の前に進み出た。まずは貴き方々に、それから大広間に立ち並ぶ人々に一礼する。城下町の料理人たちが厳かに手を打ち鳴らすと、宿場町の人々も慌ててそれに続いた。
「続いて、料理店《銀星堂》の店主、ヴァルカス殿」
ヴァルカスも、茫洋とした面持ちでダイアと同じ所作に及ぶ。人混みの苦手なヴァルカスであるが、今のところは大事ないようだ。
「続いて、ヴァルカス殿のお弟子たる、ボズル殿。……ボズル殿はヴァルカス殿のもとで修行中の身となりますが、ジャガルのお生まれであるということで、このたび抜擢されました」
ボズルも普段通りのにこやかな表情で一礼する。その後ろに並ぶ3名の助手たちは、みんな俺の知らない顔であった。
「続いて、森辺の料理人アスタ殿。および、リミ=ルウ嬢にトゥール=ディン嬢。……こちらのおふたりは特別に、1種ずつの菓子を準備していただきました」
俺たちも、見様見真似で挨拶をしてみせた。
心持ち、拍手の音が大きくなったように感じられたのは、やはり宿場町の人々の温情であろうか。
「そして最後に、ジャガル王家の第六王子ダカルマス殿下の第一息女、デルシェア姫。……デルシェア姫は卓越した調理の技術をお持ちであられるため、このたび特別にご参加くださいました」
やはり調理着姿のデルシェア姫が、以前と同じようにおしとやかな礼を見せた。
その姿に、宿場町の人々がこらえかねたようなざわめきをあげている。デルシェア姫が料理を準備することは周知されていたものの、やはり王族の姫君が調理着で登場するというのは大きなインパクトであるのだろう。
「以上、リミ=ルウ嬢とトゥール=ディン嬢を除く5名の料理人が、3種ずつの料理を準備しております。デルシェア姫を除く方々は、5日前に初めてお目見えされた食材を使って、それらの料理を準備したことになるわけですね。わずか5日間の吟味で、どれだけ食材の素晴らしさを引き出すことがかなったか、それを存分に味わっていただきたく思います」
いよいよ試食の会が始められようとしている。
が、ポルアースはいまだダカルマス殿下すら紹介していない。このまま会が始められてしまうのだろうかと、俺がひそかに小首を傾げかけたとき、近い場所に待機していたデルシェア姫が調理着の裾を引っ張ってきた。
「はい、何でしょう?」
俺が小声で問いかけると、デルシェア姫は笑ったまま眉を吊り上げ、指でちょいちょいと招くような仕草をした。内緒話があるので身を屈めよ、ということか。
「父様や貴族の身分が明かされないから、不思議に思ってるんでしょ? でも、あたしらの家ではこれが普通なんだよ。試食会にどんな貴族が参席してるかなんて、どうでもいいことだからね。今日はあくまで、料理に携わる人間たちのための集まりってことさ」
俺は「なるほど」とだけ答えておいた。俺の背後ではアイ=ファが目を光らせていたため、長話はつつしんでおこうと考えたのだ。
が、俺が身を起こそうとすると、また裾をくいくい引っ張られてしまう。身長差が20センチ以上にも及ぶため、俺が身を屈めないと内緒話もできないのだった。
「あたしはこの後、父様の隣に腰を落ち着けなきゃなんないからさ。あんたの料理、楽しみにしてるよ」
「はい。承知しました」
べつだん内緒にするような話でもないようだが、まあきっと乱暴な言葉づかいを余人に聞かせないための用心であるのだろう。デルシェア姫はにっこり笑うと、跳ねるような足取りで父君のもとに向かっていった。
「それでは、試食会を開始いたします。人数が多いので、慌てずに列を守って料理をお受け取りください」
貴族たちの目があるためか、誰もがしずしずとした足取りで壁際の料理ブースへと向かい始めた。
が、それよりも早く小姓や侍女たちがブースに並んでいる。貴き方々に料理をお届けするために、彼らはあらかじめ最前列をキープしていたのだ。
「では、責任者の方々はこちらに」
案内役の小姓に従って、俺は貴き方々のもとを目指す。俺たちはまず、その場で料理の解説をしなければならないのだ。料理の取り分けはユン=スドラたちに託し、俺はアイ=ファだけをともなってその場に参じることになった。
「お疲れ様、アスタ殿。そちらに席を準備したので、先日と同じ段取りでよろしくお願いするよ」
ひと仕事を終えたポルアースが、笑顔でそんな風に呼びかけてくれた。隣のメリムも、いつも通りの朗らかな表情だ。
また、マルスタインの向こう側で両親にはさまれているオディフィアがこちらを食い入るように見つめていたので、俺はそちらにも会釈をしてみせた。トゥール=ディンとリミ=ルウは、のちほど合流する手はずになっているのだ。
料理人の卓に着席したのは先日と同じ4名で、俺とヴァルカスとボズルとダイアである。俺と行動をともにすることを許されたアイ=ファは、俺のななめ後ろにひっそりとたたずんでいた。
「いや、ついにこの日がやってきましたな! わたしなどは楽しみなあまり、昨晩なかなか寝付けなかったほどですぞ!」
本日も、ダカルマス殿下は豪快に笑っている。デルシェア姫もにこにこ笑っているが、ロブロスはやっぱり仏頂面だ。
しかしまた、本日は横一列で席が設置されていたため、その仏頂面もずいぶん遠い。料理人の卓は右端に座するダカルマス殿下とデルシェア姫の正面に設置されており、ロブロスやフォルタや書記官はジェノス侯爵家の4名をはさんだ向こう側に配置されていたのだった。
(これじゃあ料理の解説なんて、せいぜい侯爵家の方々ぐらいまでしか届かなそうだけど、それでいいんだろうか?)
俺がそんな風に考えていると、貴族の席に向かい合う格好で、数名の小姓たちが立ち並んだ。どうやらこの小姓たちが、席の遠い人々に解説の内容を伝える役目を果たすようだ。
「この5日間で王都の食材がどのような料理に仕上げられたか、実に楽しみなところです! 各々、どういった心持ちでありましょうかな?」
「恐れながら、これだけの期間では満足のいく料理をご準備することはかないませんでした。貴き方々に粗末な料理をお出しすることを、どうかご容赦願います」
ぼんやりとした面持ちはそのままに、ヴァルカスはやはり消沈気味であるようだ。理想の高いヴァルカスは、自分で納得のいかない料理を供することが不本意でならないのだろう。
「いやいや! 今日に限っては、粗末であることも一興でありましょう! 一流の腕を持つ料理人が5日間という期間でどれだけの料理を準備できるものか、まったく楽しみでなりません!」
そうしてダカルマス殿下が高笑いを響かせている間に、さっそく最初の料理が運ばれてきた。それらの皿をちらりと見て、ヴァルカスは小さく息をつく。
「そちらがわたしの準備した料理となります。きわめて粗末な出来栄えでありますれば、最初に食べていただくのが相応でありましょう」
いやいやいや、と俺は内心でつっこみを入れることになった。みんな条件は同じであるのだから、ヴァルカスの料理だけがことさら不出来である道理はない。横の席では、ボズルも苦笑を浮かべていた。
(ただ、俺には似たような食材を扱ったことがあるっていうアドバンテージがあるけど……ヴァルカスやダイアと比べられたら、そんなていどのアドバンテージはけしとんじゃいそうだよなあ)
ともあれ、ヴァルカスの準備した3種の料理が並べられることになった。
味見としても、ごく少量である。ダカルマス殿下の要望で、まずは半人前ずつが配膳されているのだ。
「では、解説をお願いいたしますぞ、ヴァルカス殿!」
「承知いたしました。……こちらはボナの根を使った前菜、こちらはジョラの油煮漬けを使った軽食、こちらは青乾酪を使った軽食となります」
軽食というのはフワノの生地に具材がのせられており、前菜は小皿に盛られていた。初っ端から青乾酪の登場であるが、その強烈な香りは香草によって緩和されている。
「青乾酪は、こまかく挽いた香草を加えて練り上げております。ジョラの油煮漬けは、やはり3種の香草と、あとはタウ油にホボイ油にホボイの実やパナムの蜜などを加えております。前菜は、蒸したカロンの細切り肉をボナの根を含む3種の香草とともにレテンの油とタウ油で和えております」
「ほう! 香草ざんまいでありますな!」
ダカルマス殿下は嬉々として、前菜の皿から取り上げた。やはり前菜と銘打たれたからには、最初に食するべきあろうか。俺も同じ料理から味見をさせていただくことにする。
蒸したカロンの細切り肉というのは、内側が鮮やかな桜色をしていた。それが香草のパウダーとともに、タウ油やレテンの油で和えられているのだ。
ワサビに似たボナの根が使われているということで、俺は慎重にそれを食してみたが――鼻が痛むほどの辛さではなかった。確かにワサビっぽい風味を強く残しつつ、別種の辛みも混合されている。おそらくこれは、マスタードに似たサルファルであろう。さらに、ナフアと思しき苦みも感じられた。
(ヴァルカスの料理でこうまではっきり香草の種類を特定できるのは、珍しいことだよな。だからこそ、ヴァルカスにとっては不本意なんだろうけど)
ヴァルカスは、元の食材の味わいから遠ざかっていく作法である――と、ミケルは以前そんな風に称していた。ヴァルカスはさまざまな食材をブレンドさせることにより、まったく未知なる味わいを生み出すというのが本領であるのだ。
しかしこのたびは研究の時間が足りていないため、わずか3種の香草しか使われていない。だから俺も、そのすべてを特定することができたのだ。それに、調味料がタウ油とレテンの油の2種のみというのも、ヴァルカスらしからぬシンプルさであった。
然して、その味わいは――普通に、美味である。
ヴァルカスは調和を崩さぬために、食材を少なめに絞ったのだろう。よって、使われている食材はすべてきっちりと調和が取れている。カロンの肉の美味しさを際立たせるために、すべての食材が重要な役割を果たしているのだ。これがヴァルカスではない他の人間が作りあげた料理であったのなら、俺は何の疑問もなく満足していたはずであった。
「ふむ! 素晴らしい出来栄えですな! 我々にとっては、いささかボナの風味が物足りないところでありますが……西の方々は、これ以上のボナを加えられると涙をこぼすことになってしまうのでしょう! いや、わずか5日間で作りあげたとは思えぬほどの出来栄えでありますぞ!」
「恐縮です。……しかし、具材がカロンの肉だけでは味も食感も足りておりませんし、たったこれだけの香草と調味料では退屈きわまりない味わいであるかと任じております。ボナの根の素晴らしさを活かすには、とうてい足りていないことでしょう」
「ふむふむ! ジャガルに住まう我々にとってはこれでも十分に不可思議な味わいであるのですが、ヴァルカス殿にとってはまだまだ物足りないところであるのでしょうな! それに確かに、具材が肉のみというのは味気ないように感じられます! マ・プラなどを加えるだけでずいぶん違ってくるように思えるのですが、如何でありましょうかな?」
「マ・プラを加えるならば、その風味と食感を活かすために、また調味料の配合を組み立てなおす必要が生じます。それを突き詰めるのに、また数日ばかりの吟味が必要となりましょう」
「なるほどなるほど! ヴァルカス殿は、そのようにして味を組み立てておられるのですな! 実に興味深いですぞ!」
ダカルマス殿下は愉快げに笑いながら、次の料理に手をのばした。今度は、ジョラの油煮漬けの軽食だ。
俺も同じものに手をつけてみたが、こちらもいい感じの出来栄えであった。ツナフレークに似たジョラの油煮漬けが、とても華やかな味わいに仕上げられている。こちらで使われている香草は、おそらくチットとシシとミャンツであろう。ゴマに似たホボイもこまかく挽かれており、それがホボイ油とともに心地好い香ばしさを生み出し、パナムの蜜の甘さがその裏側にからみついている。味の基調となっているのはタウ油であるが、3種の香草も辛みや苦みを担っているため、酸味を除くさまざまな味がそれなりに複雑な様相を織り成していた。
「ふむふむ……こちらも奇妙な味わいでありますな! 料理人の方々にご感想をお聞きしたく思いますぞ!」
ダカルマス殿下に水を向けられて、ダイアが「そうでございますねぇ」と微笑んだ。
「わたくしは、とても美味だと思いますけれど……ヴァルカス様の無念さは、理解できるように存じます。ヴァルカス様であれば、きっともっとさまざまな味を組み込んで、食べる人間を驚かすことがかなうのでございましょう」
「ふむ! ヴァルカス殿のお弟子であるボズル殿は如何でありましょうかな?」
「はい。わたしも長年、ヴァルカスのもとで修行を積んでおりますため、こういった試食品は数多く口にしております。おそらくこちらの料理は、ヴァルカスにとって二割ていどの完成度なのでありましょう」
「二割? この不可思議さで、まだ二割の完成度であると?」
「はい。こちらにも、野菜や果実がいっさい使われておりません。それらの食材を組み入れながら、さらに味を調えるとなると……二割どころか、一割ていどの完成度であるやもしれません」
ダカルマス殿下の大きな目が、無言のままに俺へと向けられてくる。
「はい。自分も美味だと思いますし、さきほどの前菜よりはヴァルカスらしさが表れているように思いましたが……ここからさらに工夫を凝らすことこそが、ヴァルカスの本領であるのでしょう。どこか、作りかけの料理を味見させていただいたような心地です」
「ふうむ! 確かに5日前の前菜に比べると、驚きは少なかったように思いますが……しかしこれで一割や二割の完成度というのは、驚くべき話でありますな!」
感服する父君のかたわらで、デルシェア姫もうんうんとうなずいている。料理そのものよりも、ヴァルカスに対するみんなの評価に驚いている様子だ。そういえば、彼らはまだヴァルカスが全力を出し切った料理を口にしていないのだった。
「これはいずれどうあっても、尋常の環境でヴァルカス殿の料理をいただかねばなりませんな! では、最後の料理をいただきましょう!」
最後の料理は、青乾酪の軽食だ。
こちらは青乾酪の強烈な風味を緩和するために、何種もの香草が使われていた。これは判別が難しかったが、イラの葉の辛みとミャンツやブケラのほろ苦さは強く感じられる。それらが青乾酪の饐えた風味を抑制し、とても食べやすい味に仕立てているようだった。
「ふむ! これは興味深い! ……青乾酪に食べなれていないジェノスの方々は、どのようにお思いでしょうかな?」
と、ダカルマス殿下が初めて横合いの貴族たちへと感想を求めた。
まずは真横に控えていたマルスタインが、笑顔で「ええ」と応じる。
「これでしたら、わたしも食べにくいことはまったくありません。果実酒の供として、またとなき味わいでありましょう」
「わたくしも、そう思いますわ。それでいて、普通の乾酪には持ち得ない魅力を感じます」
エウリフィアも、ゆったりとした笑顔で追従する。
「なるほど!」と大きくうなずきつつ、ダカルマス殿下はヴァルカスに向きなおった。
「それで、こちらの料理もヴァルカス殿にとっては不本意な出来栄えなのですな? どの点が不本意であるのか、よろしければお聞かせ願いたい!」
「はい。こちらは青乾酪の風味を弱めることにしか成功しておりません。エウリフィア様の仰る通り、通常の乾酪には望むべくもない味わいでありましょうが……それでも、青乾酪がもともと有している魅力を活かしていることにはなりませんでしょう。言ってみれば、新たな味わいを組み立てるための前段階の状態であるのです」
「なるほど! ジャガルにおいても幼き子供などは、あまり青乾酪を好みません! そういった幼子でも、こちらの料理は無理なく食べられるように思うのですが……幼子ならぬ人間を満足させるには、さらなる工夫が必要ということですな!」
「はい。もともと青乾酪を好まれている王子殿下には、きわめて退屈な味わいであったのではないでしょうか?」
「いやいや! こちらにも、ジャガルではあまり馴染みのない香草の風味が感じられましたからな! それだけで、退屈するいとまはありませんでしたぞ!」
ダカルマス殿下は、あくまで鷹揚だ。
しかし俺は、ひとつの事実に気づいていた。王子殿下は3種の料理を味見した上で、まだひと言も「美味」とは言っていないのだ。
素晴らしいとか興味深いとか、好意的な発言が多いのに、決して「美味」とは口にしていない。それに本日は、あの賑やかなデルシェア姫がまだまったく感想を述べていなかったのだった。
(ずっとにこにこ笑ってるから、満足そうに見えるけど……本当のところは、どうなんだろう)
プラティカも、ダカルマス殿下らのこういった言動に気づいていたのだろうか。
なんとなく――俺は、身が引き締まる思いであった。