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異世界料理道  作者: EDA
第五章 宿場町のギバ肉料理店
103/1675

④四日目~営業終了後~

2014.10/8 更新分 1/1 2014.10/24 収支計算表の誤記を修正

2015.9/5 10/3 誤字を修正 2016.3/30 重複していた文章を修正

 そうしてヴィナ=ルウとともにファの家に帰還すると、家の前でアイ=ファとばったり出くわすことになった。


 時刻は――日没まであと2時間ばかりを残す頃合いである。

 営業自体は中天過ぎで終了したが、明日の段取りを整えるために、定刻ぎりぎりの帰宅となってしまったのだ。

 アイ=ファのほうは、若干お早めのお帰りといったところか。


 俺とヴィナ=ルウは鉄鍋を掲げており、アイ=ファはその背に50キロサイズのギバを負っている。傍目からは、ちょっと愉快な構図に見えるかもしれない。


「やあ、今日も無事なようで何よりだ」


「そちらもな。……ルウの長姉も、ご苦労だった」


「ああ、うん……それ、アイ=ファが仕留めたのぉ……?」


「……それ以外に、私がギバを担いでいる理由があるだろうか?」


 けげんそうに応じてから、アイ=ファはさっさと家に向かう。

 といっても、50キロサイズのギバであるから、かなり重そうだ。


「皮剥ぎの仕事があるので、私は家の裏にいる」


「ああ、お疲れさま。俺も明日の仕込みと晩餐の準備に取りかかるよ」


「うむ」


 今日は買い物が多かったので、玄関口までヴィナ=ルウに運搬を手伝ってもらった。

 明日は今日以上の数を準備する予定であるので、ポイタンだけでもとてつもない数なのである。それに加えて果実酒やタラパやギーゴなどもなかなかにかさばるので、朝方の現地調達で済む野菜を除いても、行き道と大差のない重量なのだった。


 鉄鍋に詰まったそれらの大荷物を戸板の前で下ろし、俺は「ふう」とヴィナ=ルウに向きなおる。


「それじゃあ、今日も1日お疲れ様でした。また明日からもよろしくお願いしますね、ヴィナ=ルウ」


「うん……」と、ヴィナ=ルウの表情はちょっとさえない。


「どうかしましたか? 何か心配事でも?」


「うぅん、仕事とは関係ない話……アイ=ファはやっぱりアイ=ファなんだなあって思ったのぉ……」


「え? な、何がですか?」


「女衆がたったひとりであんな大きなギバを狩るだなんて、なかなかちょっと信じられる話じゃないのよぉ……」


 そう言って、ヴィナ=ルウはふっと息をついた。


「アイ=ファが嫁にいく姿なんて想像つかないっていうアスタの言葉も、確かにわからなくもないわねぇ……アイ=ファってすごぉく綺麗な顔をしてるけど、アイ=ファ自身が夫として女衆を嫁に迎えるほうが、よっぽど相応しい感じがしちゃうのよねぇ……」


 これはまたなかなかの妄想力である。

 それはまあ、そんじょそこらの殿方よりも、よっぽど凛々しいアイ=ファであるが。しかし、ああ見えて、ちょいちょい女の子らしい表情を見せてくれることもあるのですよ……なんてことは、言わぬが花であろう。


「それじゃあ、帰るわぁ……また明日ねぇ……?」


「はい。お疲れ様でした」


 俺は家の中に入り、念のために物置部屋が無人であることを確認してから、食材を食糧庫に片付けた。

 今日は定刻通りの帰還となったが、晩餐用のポイタンは朝方に焼いてあるし、仕込み作業をそれなりに進めることも可能であろう。


 とりあえずパテ用のアリアでも刻むかと袋の中から三徳包丁とまな板を取り出したところで、アイ=ファが家に戻ってきた。


「あれ? どうしたんだ?」


「うむ。狩人の衣を着けたままだった。先に片付けておかねば、血や肉の匂いが移ってしまう」


 狩人の衣というのは、ギバの毛皮のマントのことである。


「なるほどね。あ、じゃあ俺が片付けておいてやるよ」


「かまうな。ギバは吊るし終わったから、少し休みたいのだ。夕暮れ時までにまだ時間はあるからな」


 左様でございますか。

 巻きつけ型の履物を脱ぎ始めたアイ=ファを横目に、俺は食糧庫からアリアを運搬する。


「今日は、遅かったのだな。……というか、これが本来の時間なのか」


「ん? ああ、そうだな。初めて定刻通りの時間に帰ったよ」


「さすがに70人分もの料理を売るのには、それぐらいの時間がかかるということか」


「あ、いや、そういうわけじゃなくってな。昨日説明した計画通り、明日から屋台を増やすことになったから、ルウの集落に寄ってその打ち合わせをしてきたんだよ」


 毛皮のマントを壁に掛け、水瓶から柄杓で水を飲んでいたアイ=ファが、かまどのかたわらに座りこんだ俺を不思議そうに見返してくる。


「それでは、商売はどうなったのだ?」


「商売は、中天をちょっと過ぎたぐらいで終了した。……そうそう、今日はあのミダ=スンっていうスン本家の末弟と、テイ=スンとかいう男衆が現れたんだ」


「何?」と、アイ=ファの顔に緊張が走る。


「詳しい話は後でするけど、あれはドッド=スンとかとは別の意味で要注意だと思う。本当に、たまらない連中ばっかりだな、スン家ってのは」


「家長が腐れば、一族が腐るのも当然だ。……まあしかし、お前が無事で何よりだった」


 と、厳しい面持ちでうなずいてから、いぶかしそうに首を傾ける。


「ところで、中天には商売を終えたと言ったか、今?」


「うん? ああ、中天をちょっと過ぎたぐらいだったな」


「……70食もの料理を、またそんな短い時間で売りつくしたというのか?」


「そうだよ。相変わらずお客さんは南と東の人たちばっかりだったけど。でも、ついに通りすがりの西の民も、3人ほど買ってくれたんだよ!」


 思わず笑顔になりながら振り返ると、予想よりも近距離にせまっていたアイ=ファが、中腰で、俺のほうに右腕をのばしかけたおかしな体勢でフリーズしていた。


「……どうした、アイ=ファ?」


「いや。また思わずお前の頭をつかみそうになってしまっていた」


 厳格な表情で言いながら、アイ=ファはゆっくり右腕を下ろす。


「危ないところだった」


 そうですか。

 いや、別に、そうまでしてブレーキをかけなくても良いのだが。

 抱擁はあまりに心臓に悪いが、頭をなでられるぐらいなら、ちょっと気恥ずかしいだけで済む。


 というか、頭をつかむという表現はどうなのよ。


「だからまあ、予定通り明日からは屋台をふたつに増やすことにするよ。人手も4人に倍増だ。ルウ家からは、ララ=ルウとシーラ=ルウを借りることになった」


「シーラ=ルウ?」


「シン=ルウの姉君だよ。えーと、ルティムの祝宴のときに、シン=ルウの家のかまどの間で顔を合わせているはずだけど、覚えてないか?」


「ああ……あの、黒っぽい髪をした、たおやかな女衆か」


 たおやかとはまたアイ=ファらしからぬ言い回しだ。


「あの女衆は、魅力的だな」


「え?」


「少し身体は弱そうだが、嫁に迎えるならばああいう女衆が望ましいように私には思えてしまう」


 お前まで男衆目線かよ。

 まあ、理想の男性像などを語られるよりは心臓にも悪くないが。


「うん、しかもあの人は調理の腕も確かなんでな。戦力としては申し分ないよ。明日からどうなるか、今から楽しみだ」


「…………」


「ん? 何だ?」


「昨日の腑抜けた顔とは大違いだな。目にも顔にも、力が満ちている」


「昨日のことは勘弁してくれよ。あれは本当に疲れていただけなんだ」


 苦笑しながら、頭をかいた。

 すると。

 アイ=ファが、すとんと俺の目の前で膝をついた。

 そうして、ぐぐっと俺のほうに顔を寄せつつ、おかしな感じで動きを止める。


「ど、どうした、アイ=ファ?」


「いや。また思わずお前の頭を抱えこみそうになってしまった」


 厳格な表情で言いながら、アイ=ファが首をうなずかせる。


「危ないところだった」


 そうですか。

 というか、どこまで本気なのだろうか、こいつは。

 まあ、すべてがパーフェクトに本気なのだろうけども。


「案ずるな。お前を不快な心地にはさせないよう、私も心がけている」


 不快って。

 相互理解の道は険しいなあ、と俺は小さく息をついた。


 すると。

 甘い香りが、ふわりと鼻腔に忍び込んできた。


「あれ……これって、ギバ寄せの実の匂いじゃないか?」


 とたんに、俺の目の前でアイ=ファの顔が赤くなる。


「アスタ、お前は何べん同じことを言ったら――」


「いや、そういう話じゃなくってさ! お前、また『贄狩り』を始めたのか?」


 すると、頬を赤くしたまま、アイ=ファは唇をとがらせる。


「『贄狩り』ではない。罠にギバ寄せの実を仕掛けただけだ。しかしあの実は割ると物凄い勢いで匂いが広がるので、少なからず匂いが移ってしまうのだ」


「そうなのか。……だけど、ギバが減ったとたんにギバ寄せの実を使わなくてもいいんじゃないのか? 料理で使う肉に関しては、足りなくなればルウの家から譲り受ける段取りも組んでるし。お前は十分以上に狩人としての仕事を果たせているんだろう?」


 ギバたちは、このあたりの食糧をあらかた喰らい尽くして、現在は南のほうへと移動を始めたらしいのだが。それでもアイ=ファは、2日に1頭のペースでギバを狩っている。昨日と今日に限って言えば、1日に1頭を狩っているのだ。


 狩れば狩るほど西の田畑の被害が減るのは確かなのだろうが。自身が生きるための牙と角さえ収穫できていれば、それできちんと狩人の仕事は果たせているはずである。ルウやルティムだって、そういう計算でどれだけの数を狩るかを決めている。


 2名の家人で、必要な牙や角を得るために必要なギバの数は、5日で1頭。

 この20日ばかりはその倍以上のペースでギバを狩っているアイ=ファであるのだから、わざわざ危険なギバ寄せの実を使う必要はないように思えてしまうのだが――


 しかし、アイ=ファの唇はとがったままだった。


「だから、『贄狩り』はしていない。罠にギバ寄せの実を使うのは、お前と出会う以前からのことだ。うだうだと文句を抜かすな」


「文句を言ってるわけじゃないけど……ほら、前に一緒にルウ家を訪ねたとき、ダルム=ルウが怪我をしたって話を聞いただろ? あれがけっこう重い怪我で、ダルム=ルウはいまだに森には出ていないそうなんだ」


「……それがどうした?」


「いや、だから……お前が怪我をするのは、心配じゃないか?」


「ふん!」と、アイ=ファはそっぽを向いてしまう。

 そうして、横目で俺をにらみつけてくる。


「手傷を負ったら、そのときはそのときだ」


「いや、でも……」


「お前と出会うまでは、もっと手傷を負っていた。何日も森に出られないことなど、何度でもあった。……しかし、少しでも長く生きて、少しでも多くのギバを狩るのもまた狩人のつとめだ。お前などに諭されるまでもなく、生命を無駄にしたりはしない」


「そうか」と、俺も納得するしかなかった。


「わかった。ごめん。俺が悪かったよ。……本当に覚悟が足りてないんだな、俺は」


「……家人を心配するのは当たり前のことだ。別にそのようなことで、お前を責めたりはしない」


 少し穏やかな口調で言ってから、またちょっと目を光らせる。


「ただし、匂いがどうのとかいう話を、いちいち持ちだすな。不愉快だ」


「そこなのかよ」と、俺は思わず苦笑してしまう。


「別にお前の匂いがどうとかじゃなくて、ギバ寄せの実の匂いがしたから、あれ?って思っただけじゃないか。お前だって、俺が普段と違う匂いを撒き散らしていたら、あれ?って思うだろ?」


「……私は人間の匂いなど気にしたことはない」


「俺だってそこまで気にしてるわけじゃないけどな。……ただ、ギバ寄せの実ってのはすごくいい匂いがするから、すぐにわかるんだよ」


「だから! そういう言葉を抜かすなと言っているのだろうが!」


 と、アイ=ファが両腕でつかみかかってきた。

 お顔を真っ赤に染めながら。


「私はお前を不快にさせないよう心がけているのに、お前は何なのだ! 私を不快にさせて楽しいのか、お前は!」


「ち、違う違う。お前の匂いじゃなくて、ギバ寄せの実の匂い! ていうか、お前も過剰に反応しすぎだろ!」


 俺は慌ててホールドアップをする。

 俺の胸ぐらをつかみながら、アイ=ファは低い声で言った。


「……ずるいではないか」


「ずるい?」


「お前はそうして好き勝手に振る舞っているのに、どうして私ばかりが心を削らなくてはならないのだ」


「こ、心を削るって、頭をなでるとかそういうことを我慢してることか? そこまで無理して我慢しなくても……」


「……では、私も好き勝手に振る舞っていいのか?」


 え。

 それはまた、ぎゅーっと抱きすくめてもよいか、という意なのだろうか。


「そ、そりゃあまあ、そんなことがお前の負担になるようだったら、好き勝手に振る舞えばいいと思うけど……」


 何なのだろう、この問答は。

 俺が第三者なら馬鹿馬鹿しくて大笑いしてしまいそうである。


「……ふん」と、アイ=ファが俺の身体を突き放す。


 ハグか? ハグをされるのか?

 否。

 アイ=ファは、顔を赤くしたまま、すみやかに立ち上がった。


「私は、お前とは違う。お前がいかに道理のわからぬうつけ者でも、私は私の道を通す」


 何とも大仰な言い様である。

 それでも俺は、「まことに申し訳ありませんでした」と頭を下げておくことにした。


「俺もお前を不愉快な心地にさせないよう、いっそう気をつけるよ。……さあ、そろそろ不毛な言い争いは終わりにして、おたがいの仕事に取りかかろうじゃないか?」


「ふん」と、もう1度鼻を鳴らしてから、アイ=ファは玄関口に足を向けた。


「今日の晩餐は、何なのだ?」


「何でもいいよ。何にしようか?」


 アイ=ファの足が、ぴたりと止まる。

 そして、たっぷり間を置いてから、「はんばーぐ」と言い、どうだとばかりに胸をそらす。


 たぶん、脊髄反射で答えなかったことを威張っているのでありましょうけれども、答えはやっぱりそれなのですね。


「そうだな。昨日は『ミャームー焼き』で、一昨日はしゃぶしゃぶだったから、今日は普通のハンバーグにいたしましょう」


「うむ」と、アイ=ファは履物を履き始めた。

 それでようやく、俺もまな板と向かい合う。


 えーと。

 そうそう、パテ用のアリアだった。

 この時間なら、40個ぐらいはいけるかなとか計算しつつ、俺は朴の白鞘に収まった三徳包丁をつかみ取る。


 その瞬間。

 背後から、ものすごい力で抱きすくめられた。

 腕ごと身体を抱きすくめられ、耳のあたりに、柔らかい髪をこすりつけられる。


 うわーっと叫びそうになったところで、その不快とは真逆の感触と体温はすみやかに離脱していった。


「馬鹿め。油断をするからだ」と、アイ=ファが勝ち誇ったように笑っている。


「不快な思いをしたくなかったら、今後はお前も言動をつつしむのだな」


 そうじゃない。

 そうじゃないのです、家長殿。


 俺はがっくりと手をつきながら、相互理解の道の険しさを噛みしめるばかりだった。

アスタの収支計算表


*試食分は除外。


・第四日目



①食材費


『ギバ・バーガー』40人前


○パテ

・ギバ肉(7.2kg)……0a

・香味用アリア(10個)……2a


○焼きポイタン

・ポイタン(40個)……10a

・ギーゴ(40cm)……0.4a


○付け合せの野菜

・ティノ(2個)……1a

・アリア(2個)……0.4a


○タラパソース

・タラパ(4個)……4a

・香味用アリア(8個)……1.6a

・果実酒(1/2本)……0.5a

・ミャームー(1/10本)……0.1a


合計……20a



『ミャームー焼き』30人前


○具

・ギバ肉(5.4kg)……0a

・アリア(15個)……3a

・ティノ(1.5個)……0.75a


○焼きポイタン

・ポイタン(30個)……7.5a

・ギーゴ(30cm)……0.3a


○漬け汁

・果実酒(1本)……1a

・ミャームー(1本)……1a

・香味用アリア(1.5個)……0.3a


合計13.85a


2品の合計=20+13.85=33.85




②その他の諸経費


○人件費……6a


○場所代・屋台の貸出料(日割り)……2a


○食材運搬用の皮袋(3枚)……45a



諸経費=①+②=86.85a


70食分の売り上げ=140a


純利益=140-86.85=53.15a



純利益の合計額=77.87+53.15=131.02a

(ギバの角と牙およそ10頭分)

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