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異世界料理道  作者: EDA
第六十章 大地の国の使者
1024/1682

南の使節団の再来①~到着~

2021.3/29 更新分 1/1

・今回は全7話です。

 ルウの血族の収穫祭から、2日後――黄の月の16日である。

 その日から、ファの家では再びサウティの血族たちを逗留させることに相成った。


 ただし、顔ぶれは1名だけ異なっている。

 婚儀を望むヴェラとフォウの両名が、おたがいの家に逗留することになったためだ。彼らが本当に婚儀をあげられるかどうか、いよいよ本格的にそれを見定めようという段階に突入したのだった。


 そんなわけで、ヴェラの次姉の代わりに選出されたのは、もともとの逗留メンバーであったドーンの長兄の末の妹であった。ようやく13歳になったばかりであるという、実に初々しい女の子である。兄ほどのほほんとはしていないようであったが、朗らかで、実直で、サウティの血族に相応しい娘さんであるように思えた。


 あとは族長のダリ=サウティと、生真面目で口下手なヴェラの家長、明朗で純朴そうなサウティ分家の末妹、陽気で姉御肌のダダの長姉という、以前と同じ顔ぶれであった。


 なお、期間についてであるが。ファとサウティで新たなギバ狩りの手法を構築するというのはなかなかの難題であるため、そちらの進捗次第で臨機応変に取り決めさせてもらいたいという旨が、ダリ=サウティ自身から伝えられていた。


 アイ=ファの扱うギバ寄せの実と、サウティで扱うギバ除けの実を同時に使って、これまで以上に安全で効率のよいギバ狩りの手法を確立させる。――と、口で言うのは簡単であるが、やはり一朝一夕で上手くいくものではないのだろう。


 ただし、そこまで長期にわたってファの家の世話になるのは迷惑であるし、族長たるダリ=サウティがいつまでも家を空けているというのは、具合がよろしくない。よって、数日逗留したら数日は休息を入れるという形で手打ちとなった。


 その第1期目となる今回は、4日間の逗留となる。

 これは、屋台の商売にあわせた日取りであった。屋台の休業日ぐらいは家族水入らずで過ごすべきであろうと、ダリ=サウティがそのように気を回してくれたのだ。かえすがえすも、ダリ=サウティの聡明さと誠実さには頭の下がる思いであった。


 そうして黄の月の16日、ダリ=サウティたちは前回と同じように、朝も早くからファの家を訪れた。3名の女衆らは下ごしらえの仕事を手伝い、自前の荷車でともに宿場町まで下りることになったわけであるが――そこで俺たちは、大きな驚きをともにする事態に至ったのだった。


                    ◇


「南の王都の使節団が、今日の昼頃に到着するんだってよ!」


 俺たちにその事実を伝えてくれたのは、《キミュスの尻尾亭》のレビであった。

 なんでも昨日の夕暮れ時、先ぶれの使者がジェノスに到着したのだそうだ。


 もともと使節団の到着は、黄の月の半ばと聞かされていた。だからまあ、予定通りと言えば予定通りである。それでも俺は、胸が躍るのを止めることはできなかった。


「そうか。ついに到着するんだね。いやあ、無事に到着できて何よりだなあ。西方神の聖堂に感謝の祈りを捧げに行きたいぐらいだよ」


「ずいぶん大げさだな。そんなに南の王都の食材ってのを楽しみにしてたのか?」


「いや、そっちも楽しみではあるけれど。ほら、トゥラン伯爵家の一件があったからさ」


 その使節団には、シフォン=チェルとサンジュラも同行しているはずであるのだ。シフォン=チェルは他の同胞とともに南の王都で神を移し、ジェノスに戻ることを許された、と――数日前に訪れた最初の先触れの使者が、そのように伝えてくれていたのだった。


 なおかつ使節団は、南の王都で扱っている食材をたんまり持参しているとも聞かされている。ゲルドの食材と引き換えに、それで通商を行おうという算段であるのだ。それらの食材が到着したならば、また使い方をあれこれ考案していただきたいと、俺はポルアースたちから内々で依頼を受けていた。


「ま、なんでもかまわねえけどさ。こっちはまだゲルドの食材だって持て余し気味だってのに、次から次へと食材が増えやがるなあ」


 そんな風にぼやきながら、レビもそれなりに心を弾ませている様子であった。レビたちは豆板醤に似たマロマロのチット漬けをラーメンのトッピングで使い、大きな人気を博していたのだ。また新たな食材が増えるならば、宿場町においてもその扱い方を巡ってそれなりの騒ぎになるはずであった。


 まあ何にせよ、俺たちにお呼びがかかるのは明日以降のことだろう。

 俺はひそかに心を浮き立たせつつ、本日の仕事を果たすために露店区域を目指すことにした。

 その道中で、この朝に初対面の挨拶を交わしたドーンの末妹が「アスタ」と控え目に呼びかけてくる。


「さきほど仰っていたのは、北の民であった侍女というものが、南の民としてジェノスに戻ってくる、というお話ですよね? アスタはそれほどまでに、その女衆と懇意にされていたのですか?」


「うーん、そこまで顔をあわせる機会が多かったわけじゃないんだけどね。ただ、俺にとってはちょっと特別な存在だったし……何より、これでリフレイアも元気になるなって考えたら、嬉しくてたまらないんだよ」


「リフレイア……とは、かつてアスタをさらったという、トゥラン伯爵家の当主のことですね。そちらとは、それほど懇意にされていたのですか?」


「うん、まあそうかな。悪縁で始まったお相手だけど、今では大事な存在だと思ってるよ」


「そうですか」と、ドーンの末妹は可愛らしく微笑んだ。


「あれこれ問い質してしまって、申し訳ありません。アスタがずいぶん嬉しそうにしていたので、わたしもつい気になってしまったのです」


「別に謝る必要はないよ。使節団は大勢の兵士を引き連れてるはずだから、営業中に到着してもびっくりしないようにね」


 そうして俺たちは、無事に所定のスペースへと到着したわけであるが――そこには、さらなる驚きが待ち受けていた。屋台の開始を待ち受けていた人々の中から、フードつきマントで人相を隠した東の民たちが接近してきたのである。


「おひさしぶりです、アスタ。お元気なようで、何よりです」


 先頭の人物がフードを外しつつ、指先を奇妙な形に組み合わせて一礼してくる。東の民にしてはずいぶんと鋭い眼差しをした、壮年の男性だ。


「ああ、あなたはククルエル――ですよね?」


「はい。見覚えていただき、光栄です」


 それは、シムの商団《黒の風切り羽》の団長たるククルエルであった。

 東の民というのは似た風貌をした人間が多いように思うのだが、彼はその特徴的な眼差しと流暢な西の言葉で、きわめて印象に残りやすいお相手であった。


「いやあ、おひさしぶりですね。最後にお会いしたのは……もう1年ほども前のことじゃないですか?」


「はい。この地の雨季を避けるために、普段よりはいささか期間が空いてしまいました。昨日の昼下がりに到着したのですが、アスタたちはすでに引き上げた後であったようですね」


 眼差しだけは鋭いが、立ち居振る舞いは穏やかな人物だ。彼はいくぶんリャダ=ルウと似た雰囲気を持っているので、俺は最初から好感を抱いていた。


「アスタにいくつかおうかがいしたいことがあるのですが……商売の前にお時間をいただくことは可能でしょうか?」


「えーと、お客さんがお待ちしていますので、商売の準備をしながらでもよろしいでしょうか?」


「承知いたしました。お忙しい中、恐縮です」


 ククルエルが視線を向けると、残りの団員たちは一礼してお客の行列のほうに戻っていった。

 俺たちは、屋台の準備である。一緒についてきたククルエルは、こちらが荷下ろしをして屋台の火鉢に火を灯すところまで見届けてから、あらためて語り始めた。


「とりたてて、危急の用件があったわけではないのです。ただわたしは、ジェノスにおけるさまざまな出来事に驚かされることになり……そのほとんどにアスタが関わっているようでしたので、お話をうかがいたく思いました」


「さまざまな出来事ですか。この1年で起きた出来事というと――」


「ゲルドとの通商が開始された件。それから派生して、南の王都との通商が開始される件。トゥランで働いていた北の民たちが、南方神に神を移した件。……さらに、《銀の壺》のシュミラルが無事に婚儀をあげた件と、聖域の民が森辺に現れた件、およびジェノスが邪神教団に脅かされた件というのも、それぞれ胸を震わせることになりました」


 この1年に限っても、それだけさまざまな出来事が起きていたのだ。それは、驚くのも当然の話であった。


「確かに、俺とはゆかりの深い件ばかりであるようですね。南の使節団に関しては、もう聞きましたか?」


「はい。本日中に、使節団が到着するそうですね。我々は城下町を中心に商売をしておりますため、決して悶着を起こさぬようにと言いつけられました」


 ククルエルの率いる《黒の風切り羽》は数多くの食材を扱っているため、外務官の補佐官たるポルアースとも交流が深いのだった。


「ジェノスと南の王都で通商が始められようとも、べつだん驚くには値しないように思いますが……そのきっかけがゲルドとの通商であると聞き及び、大いに驚かされてしまいました。そちらの契約を成立させるために、アスタも尽力することになったのですね?」


「はい。ゲルドの方々とも、ご縁を深める機会がありまして……ああ、しばらくしたら、ゲルの藩主のお屋敷で料理番を果たしていた女性がこちらにやってきますよ。彼女はジェノスに居残って、料理の修業をしているのです」


 ククルエルは無表情なまま、軽く身体をのけぞらせた。


「それは、初耳でありました。ゲルドの民とて山賊の集まりでないことはわきまえているつもりですが……料理番がジェノスで修業というのは、驚きに値します」


「彼女はもともと、西の王国で修業をしていたようですよ。ゲルドの民としては、きっと珍しい気質なのでしょうね」


 そのプラティカは昨日も森辺に逗留して、ともに宿場町まで下りていたが、途中で離脱して宿屋の屋台村に立ち寄っていた。それまでは一緒にレビからの話を聞いていたので、南の王都の食材とは如何なるものかと奮起しているさなかであろう。


「驚きに次ぐ驚きです。ゲルドが西の王国と通商を行うというのも初めての行いでありましょうし、それに……やはり北の民の一件が、何より驚かされることになりました」


「はい。ククルエルも、トゥランで働く北の民については心を痛めていましたものね。俺も心から喜ばしく思っておりますよ」


「はい。このような行く末は、想像だにしていませんでした。それを許したジェノスおよびジャガルの人々の寛容さを、祝福したく思います」


 ククルエルはまた指先を奇妙な形に組み合わせると、おそらくは天に向かって一礼した。

 北の民たちは、シムの仇敵であるジャガルの子になってしまったのだ。しかしそれよりも、彼らが奴隷という身分から解放されたことを喜ばしく思っているのだろう。ククルエルというのは、そういう立派な御仁であるのだった。


「もう少し早く通商が開始していれば、ククルエルたちも新しい食材を買いつけることができたかもしれませんね」


 俺がそのように話題を振ると、ククルエルは「いえ」と首を横に振った。


「我々にとって重要な顧客は、西の王都およびジェノスです。もちろんその道中においても数々の商売を果たしておりますが、決して主体ではありません」


「なるほど。西の王都では、南の王都の食材も貴重ではないのですか?」


「はい。あちらは海路で通商を行っておりますため、さして希少ではありません。ジェノスで買いつけるママリア酒やダバッグで買いつける革細工など、内陸部の商品のほうがよほど喜ばれることでしょう」


 そうして言葉を交わしている間に、こちらの鉄鍋も温まってしまった。

 それを告げると、ククルエルはいくぶん残念そうに息をつく。


「このていどの時間では、とうてい語り尽くせませんでした。シュミラルや聖域の民についても、色々とおうかがいしたかったのですが」


「そうですね。この後は、ククルエルもお忙しいのですか?」


「はい。下りの一の刻には、城下町に戻らなければなりません」


「でしたら、お食事の後にまたおいでいただけませんか? 屋台を開いて半刻ぐらいもすれば、こちらも落ち着きますので。仕事をしながらでよろしければ、おしゃべりぐらいはおつきあいできますよ」


 ククルエルは鋭い眼差しを少しやわらげながら、また一礼した。


「ご親切なお言葉、ありがとうございます。それではわたしも、まず食事のほうを楽しませていただきます」


「はい。1年前に比べれば様変わりしているはずですので、お気に召したら幸いです」


 そうしてククルエルが立ち去ると、隣の屋台で準備を進めていたマルフィラ=ナハムがにゅっと細長い首をのばしてきた。


「あ、あ、あの御方が《黒の風切り羽》のククルエルという御方であったのですね。と、と、とても立派なお人であるように思いました」


「うん。マルフィラ=ナハムは、初対面のはずだよね」


「は、は、はい。い、以前にちらりとお名前をうかがったぐらいです」


 それだけで名前や素性を脳内にインプットできる、マルフィラ=ナハムは非常に優れた記憶力の持ち主であったのだった。


「あ、あ、あの御方の提案で、森辺の道は北の民によって切り開かれることになったのですよね。そ、それで、北の民たちをジャガルに送り届けた一団と1日違いでジェノスを訪れるなんて……な、なんだか不思議な偶然です」


「そうだねえ。これも何かのご縁なのかな」


 とはいえ、東と南は敵対国であるので、ククルエルと使節団の間にご縁が生じる隙はなかなかないだろう。アルヴァッハたちと使節団の面々が晩餐会をともにすることになったのは、もっともっと入り組んだ運命の果ての出来事であったのだ。


(何にせよ、ククルエルたちも南の使節団も、大量の食材を運んできてくれたんだからな。ポルアースたちは、また大忙しだ)


 俺がそんな想念に耽っている間に、他の屋台も準備は整ったようだった。

 いざ、商売の開始である。雨季が終わって10日ほどが経ち、客足はほとんど平常に戻っていた。


 7台の屋台にお客が群がり、その波はそのまま青空食堂に押し寄せる。初めて屋台の仕事を手伝うドーンの末妹などは、さぞかし目を白黒させていることだろう。きっと彼女も復活祭の折などには宿場町を訪れていたのであろうが、お客としてやってくるのとそれを迎え撃つのとでは、まったく感覚が異なるはずであった。


 ルウ家においては取り仕切り役がシーラ=ルウからララ=ルウに交代され、新たな当番を2名ほど研修中であるが、そちらも首尾は上々と聞いている。

 さまざまな出来事が起きようとも、屋台の商売は順調だ。

 その日も俺たちは、満ち足りた気持ちで仕事に取り組むことができた。


 半刻ほど経って朝一番のピークが落ち着くと、ククルエルが3名の同胞を引き連れて舞い戻ってくる。《黒の風切り羽》は大所帯であるため、いつもいくつかのグループに分かれて行動しているのだそうだ。

 そしてその頃には、プラティカも屋台村から戻っていた。

 せっかくだからと、俺が仲介役となってゲルドとジギのご縁を紡がせていただくことにする。


「ジギの食材、きわめて有用です。ジギとゲルドの通商、さらに密になること、願っています」


 挨拶もそこそこに、プラティカはそのように言いたてていた。


「確かにゲルドはドゥラやマヒュドラを中心に通商を行っているため、ジギとは縁が薄いようですね。ですが、それほど質の異なる食材がありましょうか?」


「あります。香草、同種でも、山と草原、質が異なってくるのでしょう。ギャマの肉質、異なるのと同様です。私、いずれゲルド、帰ったならば、ジギの香草、取り扱いたい、考えています」


「我々がゲルドに向かうには、山賊の出没する区域を越えなければなりません。ゲルドの藩主らが治安の強化に取り組むことを、まずは祈りましょう」


 プラティカは料理番、ククルエルは商売人としての面が先に立ってしまうようである。

 しかしまあ、自分のよく見知った相手同士がお近づきになるというのは、楽しいものだ。俺は至極微笑ましい心地で、その邂逅を見届けることができた。


 その後は、ククルエルたちとおしゃべりざんまいである。

 ククルエルはシュミラル=リリンやヴィナ・ルウ=リリンともご縁を紡いでいたので、その去就を気にかけてくれていたのだ。ご懐妊の話だけは伏せながら、俺は大いなる喜びの気持ちでもって婚儀の顛末を語ることになった。


 そして、聖域の民についてである。

 やはり東の民というのは、西の民よりも聖域の民に対する関心が強いようであった。


「アスタたちは、聖域に踏み入ったのですか……それは、驚くべきお話です」


 ククルエルは無表情を保持しつつ、その眼光をいっそう鋭くしていた。3名のお仲間たちも、驚きを隠せない様子でざわついている。


「ついでに言うなら、聖域を捨てた民というものにも出くわしましたよ。彼女は西の王国で、《守護人》として働いているようです」


 そんな風に語ってから、俺はひとつの想念に行き当たった。


「そういえば、ククルエルは《ギャムレイの一座》という旅芸人の一団をご存じですか?」


「《ギャムレイの一座》? どこかで名を聞いたような覚えはありますが……その一団が、何か?」


「ええ。自分は復活祭で面識を得たのですが、今はシムを巡業中だという風聞を耳にしたのですよね」


 すると、団員のひとりが音もなく進み出て発言した。


「《ギャムレイの一座》、隻眼隻腕、団長ですね? その一座、ギの領土、見ました。私、故郷です」


 やはり《黒の風切り羽》も、ジとギの民が入り乱れているようだ。俺は俄然、勢い込むことになった。


「それは、いつ頃のお話でしょう? 彼らは、お元気そうでしたか?」


「時期、我々、出立する直前、ひと月半ほど前です。彼ら、その後、ドゥラに向かう、言っていました」


 ひと月半ほど前――カミュア=ヨシュたちがシムに向かったのは、およそふた月ほど前である。ならば、カミュア=ヨシュたちがシムに到着した頃、《ギャムレイの一座》はもうとっくに草原地帯を離れていた、ということだ。

 忌まわしき運命を乗り越えて、新たな生に挑む決断をしたチル=リムは、無事に《ギャムレイの一座》と合流できたのか――こればかりは、天に祈るしかないようだった。


「……あなたは大変な運命の中で生きているのですね、アスタ。傀儡の劇の主人公に選ばれるというのも、納得です」


 ククルエルがいきなりそのようなことを言いだしたので、俺はちょっとへどもどしてしまった。


「そ、そんな大層な話ではないのですけれどね。傀儡の劇については、城下町で耳にされたのですか?」


「はい。実に見事な劇であったと、評判でありました。ジェノスから西の王都に向かう道中でその一団に巡りあえないものかと、期待しています」


 見知った相手にあの劇を観られるというのは、やはり羞恥を禁じ得ないところであるのだが――しかしまた、森辺の民に対する理解を深めてもらうには、もっとも有効な手立てであるのだろう。俺は恥じらいの気持ちを呑みくだして、「そうですね」と答えてみせた。


 そうしてさまざまな会話を楽しんでいる間に、時間は刻々と過ぎていく。

 太陽が中天に差し掛かり、そろそろ2回目のピークかな――という頃合いで、にわかに街道が騒がしくなってきた。


「南の王都の使節団が到着したようですね。申し訳ありませんが、彼らが通過するまでこの場に潜ませていただいてもかまわないでしょうか?」


「ええ、もちろん」


 西の領土で東と南の民が諍いを起こすのはご法度であるが、それにしたって大勢の兵士を引き連れた使節団などとは出くわしたくないだろう。以前に使節団がやってきたときも、東の民たちはそれが宿場町を通過するまで息を潜めていたのだった。


 しばらくして、物々しい一団が街道の南側から闊歩してくる。

 およそふた月半前にも目の当たりにした、警護部隊の勇壮なる姿である。


 天辺のとんがった兜に、黒光りする鎖かたびら、腰にさげるのは長剣か戦斧――背丈は180センチ以上か160センチ前後という、いずれも頑健なる南の民たちの武者姿であった。


 先導するのは白装束のジェノスの武官で、大勢の兵士たちとたくさんの荷車がそれに続く。かつては北の民たちが乗せられていたその荷車に、今回は食材が詰め込まれているはずであった。

 そしてジャガルの兵士たちの後には、同じだけの数のジェノスの兵士が続く。北の民たちの警護と監視を果たすために、ジェノスからも100名ばかりの兵士たちが派遣されていたのである。


 街道の脇に退いた人々は、緊迫した面持ちでその行列を見守っていた。

 たとえ事前に触れが出されていたとしても、これだけの兵士が宿場町を闊歩することはそうそうないのだ。俺自身、彼らに友好的な気持ちを抱きながら、心のほうは大いに引き締められてしまっていた。


 そうしてたっぷりと時間をかけて、200名からの一団が街道を通り過ぎていく。

 それを無言で見送っていたククルエルが、「アスタ」と低い声で呼びかけてきた。


「兵士の数が、ずいぶん多いように感じられます。北の民たちは、もうジャガルに送り届けられたのですよね?」


「はい。でも、今度は食材を運んできたのですから、それを警護するために同じだけの兵士が準備されたのでしょう」


「……食材の警護に、あれだけの兵士が必要なのでしょうか?」


 ククルエルは、何かを訝しんでいるようであった。

 しかし俺には、その疑念の正体がわからない。


「使節団の団長は、公爵家の血筋というお話でした。その警護にも人員が割かれているのではないでしょうか?」


「王都の使節団というものは、ああして王国の紋章を掲げています。それを襲えば一族郎党を根絶やしにされるほどの大罪となるのですから、盗賊団もうかうかと手を出すことはかないません。であれば、あそこまでの兵士は必要でないように思われます」


 ククルエルのその言葉は、妙に俺の心に引っかかってしまった。そういえば、西の王都の外交官であるフェルメスやオーグなども、それほど数多くの兵士は引き連れていなかったようであるのだ。


 だが、いくら考えても答えは見つからない。北の民に関しても食材に関しても、事前に取り決められた通りに処置されたと聞いているのだが――それ以外に、何か不測の事態でも生じてしまったのだろうか?


 そこに、「アスタ」と呼びかけてくる者があった。

 振り返ると、ダレイム伯爵家の侍女たるシェイラがぽつねんとたたずんでいる。ククルエルたちと同様に、屋台の裏から回り込んできたのだ。


「ああ、シェイラ。いったいどうしたのです?」


「はい。ちょっと内密のお話があるのですが……どなたかルウ家の御方とご一緒に、お話を聞いていただけますでしょうか?」


 何やら、深刻そうな様子である。

 俺はララ=ルウを呼びつけて、一緒に話を聞くことにした。ククルエルたちは気をつかい、会話の聞こえない位置まで距離を取ってくれている。


「ポルアース様からの、ご伝言です。明日にも城下町にご足労を願うことになるかもしれませんので、そのようにお心置きください、と……」


「なるほど。それはもちろん、使節団がらみのお話ですよね?」


「はい。南の王都から届けられる食材の吟味に、お力をお貸しいただきたいそうです」


 それならば、想定の範囲内である。もともと言いつけられていた事柄に、具体的な日時が加えられただけのことだ。ことさら内密にする理由はない。

 よって、シェイラの話はここからが本番であった。


「それでですね、これはまだ宿場町などでは公表されていないお話ですので、しばらくはご内密に願いたいのですが……」


「宿場町では内密に、ですか。どういったお話でしょう?」


「……どうやらこのたびの使節団には、南の王家に連なる方々がご同行されているようなのです」


 俺は思わず言葉を失い、ララ=ルウは眉を吊り上げることになった。


「王家って、王国で一番偉い人間の血族って意味だよね? そんな連中が、わざわざジェノスまで出向いてきたってこと?」


「は、はい。南の王都から送られる食材が、ジェノスでどのように扱われるのか……それを見届けるべく、王家の方々もご同行されたとのことです。もちろん現王などではなく、あくまでそれに連なる方々というお話なのですが……」


 そのような話に、王家の人間が出張ってくるものなのだろうか。

 俺にはそれがどれだけ突拍子のない話であるのか、きちんと判ずることも難しかった。


(それじゃあ、つまり……そんなお偉いさんが同行していたから、兵士の数が多かったってことなのかな)


 やはり、ククルエルは慧眼だ。

 俺としては、そんな埒もない想念にひたるばかりであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] うああ... 今度は南の王家の出ましか... 森辺の民は仇敵の東の民と忌避の聖域の民の末裔... 面倒事にならなきゃいい...
[一言] お客さんがお待ちしていますので お客さんがお待ちなので、若しくは、お客様にお待ち頂いていますので
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