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異世界料理道  作者: EDA
第五十九章 慶祝の季節
1019/1682

ルウの血族の収穫祭⑤~宴の始まり~

2021.3/12 更新分 1/1

 日没である。

 宴料理の準備を終えて、俺たちが広場に戻ってみると、祝宴の準備は滞りなく完了されていた。


 簡易かまどで料理を供する準備をして、すぐさま広場の中央に集合してみると、そこにはすでに丸太を組んだ壇で5名の勇者たちが座していた。その足もとの敷物に座しているのは、勇士の座を得た狩人たちだ。


「それでは、祝福の儀を開始する! 儀式の火を!」


 そのように宣言したのは、ミンの家長であった。ルウ、ルティム、レイの家長たちがそれぞれ勇者や勇士であったため、それに次ぐミンの家長が進行役を担うことになったのだろう。

 宴衣装を纏った若い女衆らが、四方から囲むようにして儀式の火を点火する。

 それに続いて外周のかがり火も灯されると、黄昏刻の薄暮はすみやかに追い立てられていった。


 広場には、160名近い血族と30名以上に及ぶ客人が集結している。

 それらの人々に向けて、ミンの家長が声を張り上げた。


「力比べを勝ち抜いた5名の勇者たちを、祝福する! 名を呼ばれた狩人は、身を起こして祝福を受けるがいい!」


 壇の下に、草冠を掲げた5名の女衆が寄り集まる。それもまた、宴衣装を纏った若い娘たちであった。


「的当ての勇者、ルウ家の末弟、ルド=ルウ!」


 リミ=ルウが跳ねるような足取りで壇上にあがり、大事な兄に草冠をかぶせた。

 ルド=ルウは妹の赤茶けた髪をくしゃっと撫でてから、壇の上に立ち上がる。明かりの届かない天空にまで、血族の歓声は響きわたった。


「荷運びの勇者、ルティム家の先代家長、ダン=ルティム!」


 壇上に上がったのは、宴衣装のツヴァイ=ルティムだ。ドムの婚儀に引き続き、本家の家人たる彼女に大役が任されたようである。

 ダン=ルティムはガハハと笑いながら、ずんぐりとした巨体を起き上がらせた。


「木登りの勇者、ルティム家の家長、ガズラン=ルティム!」


 そちらに草冠を授けたのは、分家の幼い女衆であった。どうやらガズラン=ルティムの弟さんの長姉であるらしい。

 ガズラン=ルティムが身を起こすと、ダン=ルティムは高笑いをしながらその背中をばしばしと叩く。が、感激屋さんのダン=ルティムは豪快に笑いながらも、そのどんぐりまなこに白いものを光らせていた。


「棒引きの勇者、リリン家の家長、ギラン=リリン!」


 まだ10歳ぐらいの幼げな女衆が、ギラン=リリンに草冠を捧げる。リリンにおいては、彼女が未婚でもっとも年長の女衆であるのだ。

 ギラン=リリンは笑い皺を深く刻みながら、ゆったりと立ち上がった。


「闘技の勇者、ルウ家の長兄、ジザ=ルウ!」


 ジザ=ルウに草冠を捧げるのは、レイナ=ルウであった。

 宴衣装のレイナ=ルウは、とても嬉しそうに微笑んでいる。それを見返すジザ=ルウは相変わらず内心が読めなかったが、きっと存分にこの瞬間の喜びと誇りを噛みしめているはずであった。


「以上の5名が、本日の力比べの勇者となる! 続いて、10名の勇士を祝福する!」


 ここからが、ルウ家では初めてとなる新たな試みとなる。

 いや、そもそも5名の勇者に草冠が贈られるというのも、初めてであったのだ。これまでは、最後まで勝ち抜いたただひとりだけが、大きなやぐらの上で草冠を捧げられていたのである。


「的当ての勇士、ルウ分家の家長、シン=ルウ! 同じく、ジーダ!」


 シン=ルウには別の分家の女衆が、ジーダにはマイムが草で編まれた首飾りを贈る。みんな粛然とした顔を見せている中、マイムだけは隠しようもなく笑顔を覗かせていた。


「荷運びの勇士、マァム家の長兄、ジィ=マァム! レイ家の家長、ラウ=レイ!」


 ジィ=マァムにはあまり見慣れぬ女衆が、ラウ=レイにはやはりヤミル=レイから首飾りが贈られる。ラウ=レイは満面に笑みをたたえており、ヤミル=レイはつとめてクールな面持ちでその首を首飾りに通していた。


「木登りの勇士、ルウ分家の家長、ダルム=ルウ! 同じく、シン=ルウ!」


 ダルム=ルウにはララ=ルウが、シン=ルウにはまた別の女衆が首飾りを捧げる。ふたつ目の首飾りを捧げられたシン=ルウに、ララ=ルウはこっそり笑いかけているようだった。


「棒引きの勇士、ルウ家の長兄、ジザ=ルウ! ルウ分家の家人、ミダ=ルウ!」


 また新たな分家の女衆らが現れて、それぞれ首飾りを捧げる。ルウ家には受賞者が多いので、未婚の女衆が総動員されている感があった。

 ミダ=ルウの首飾りは、他の人々よりも倍以上のサイズである特別あつらえだ。ミダ=ルウも表情を動かせない体質であるが、その頬肉はずっと嬉しそうにぷるぷると揺らされていた。


「闘技の勇士、ルウ家の家長、ドンダ=ルウ! ルウ分家の家長、ディグド=ルウ!」


 とりわけ魁偉な容姿をした両名にも、首飾りが届けられる。

 ドンダ=ルウは静かな面持ちで、ディグド=ルウは勇猛なる笑顔で、それぞれ祝福を授かった。


「以上の10名が、本日の力比べの勇士となる! 5名の勇者に10名の勇士というのは、このたび初めて取り入れられた新たな習わしとなるが――これらの狩人たちが祝福に価する力を有していることに疑いはなかろう! 今後もこの新たな習わしを続けていくかは後日の話し合いを待つとして、この夜には惜しみなく祝福を捧げてもらいたい!」


 ミンの家長の言葉に応えて、人々はまた歓声をほとばしらせる。

 5名の勇者たちと8名の勇士たちは、闘神の彫像のように立ち並んで、その祝福の声を聞いていた。


「それではこれより、収穫祭の祝宴を開始する! ……ドンダ=ルウよ」


「うむ。……今日は数多くの客人を招いているが、決して諍いを起こすことなく、この日の喜びを分かち合ってもらいたい。母なる森と四大神と、すべての同胞に祝福を!」


「祝福を!」の声が、凄まじい勢いで唱和された。

 俺はこれまでに数多くの祝宴に参じてきたが、その中でも一番の勢いであっただろう。そしてその後も、まるで熱風が吹き荒れるような生命力の奔流に、俺は立ち眩みを起こしてしまいそうなほどであった。


 これまでで一番の大人数であるというのも、確かであるのだろう。

 しかしそれだけでは説明がつかないほど、その場には熱気と活力が渦巻いていた。

 たぶん誰もが、雨季が明けるのを心待ちにしていたのだ。

 これは半年ぶりの収穫祭であるのと同時に、ふた月以上ぶりとなるルウ家の祝宴であったのだった。


(ルウの血族が全員集合する祝宴に、俺が最後に招かれたのは……たぶん、《銀の壺》の送別会だよな)


 あれは銀の月の半ばであったから、もう4ヶ月近くも前のことになるのだ。

 あの祝宴も、大いに盛り上がっていた。客人の数だって、《銀の壺》と傀儡使いの一団で、それなりの人数であったはずだ。

 しかしそれとも比較にならないぐらい、その日の広場には猛々しいまでの生命力があふれかえっていた。


「……お前はいつまで呆けておるのだ? 料理の準備があるのであろう?」


 と、隣にたたずんでいたアイ=ファが耳打ちしてくる。

 振り返ると、アイ=ファは目だけで微笑んでいた。


「ああ、ごめん。なんか、ひさびさの勢いに圧倒されちゃってさ」


「それは、お前の様子でわかっていた。しかし、いつまでも立ち尽くしているわけにはいくまい。ユン=スドラたちは、とっくにあちらに戻っているぞ」


「うん、了解。俺たちも合流しよう」


 俺とアイ=ファはうねるような人混みをかきわけて、簡易かまどのもとを目指した。

 そちらでは、すでにユン=スドラたちが鉄板を温めてくれている。ルウ家からのお達しで、客人たる女衆は宴衣装を纏っていなかった。


「ごめんね、遅くなっちゃって。何も問題はないかな?」


「はい。料理の準備はわたしたちに任せて、アスタは祝宴をお楽しみください」


 名目上、俺とアイ=ファは祝宴に招かれた客人であり、ユン=スドラたちはその仕事を手伝う助手であったのだ。俺の仕事は宴料理を仕上げることであったのだから、あとの雑用は自分たちにおまかせあれというのが、ユン=スドラたちの主張であったのだった。


「シリィ=ロウたちが招かれていなかったら、きっと手伝いの女衆らはアスタのほうに回されて、わたしたちが参じる理由もなくなっていたのでしょうからね。この仕事が終われば祝宴を楽しむことができるのですから、どうぞお気になさらないでください」


「そうですよ! だいたい料理の準備なんて、4人もいれば十分なのですから!」


 レイ=マトゥアも元気いっぱいに賛同を示し、トゥール=ディンとマルフィラ=ナハムもにこやかな表情でうなずいてくれていた。


「わかったよ。それじゃあ、みんなの厚意に甘えさせていただくね。さっそく勇者の方々に料理をお届けしようかな」


「はい。もうすぐ鉄板が温まりますので、少しだけお待ちくださいね」


 俺たちが本日準備したのは、チヂミ風のお好み焼きと、焼きうどんであった。作り置きではなく出来立てを供するというコンセプトであったため、これから調理に取りかかるのである。


 キャベツに似たティノはこれから販売が再開されるところであったため、その代用として白菜に似たティンファを使っている。そして、お好み焼きにも焼きうどんにも、長ネギに似たユラル・パを新たに加えていた。

 また、お好み焼きのタレには豆板醤に似たマロマロのチット漬けをわずかながらに加えており、ほんのりピリ辛の味付けとなっている。焼きうどんのほうは、燻製魚の出汁とニャッタの蒸留酒で割ったタウ油を使い、素朴ながらも満足のいく味わいを目指していた。


 それらの料理が鉄板の上でじゅうじゅう焼かれていくと、匂いにひかれた人々がわらわらと近づいてくる。女衆の多くはかまど仕事に取り組んでいるため、やはり男衆や幼子が大半であった。


「先に勇者の方々へお届けしますので、少々お待ちくださいね! みなさん全員がお口にできるだけの量を準備していますので!」


 と、お好み焼きの生地を焼きあげながら、レイ=マトゥアが笑顔でそのように言いたてた。なんだか、屋台の商売そのままの様相である。

 やがて完成した料理を盆代わりの板にのせて、アイ=ファとふたりがかりで勇者の壇を目指す。そちらでは、すでにたくさんの宴料理が届けられていた。


「失礼します。よろしければ、こちらもお召し上がりください」


「おお、アスタにアイ=ファではないか! 今日はなかなか、語らう時間もなかったな! ゆっくりしていくがいいぞ!」


 あばら肉をかじっていたダン=ルティムが、豪放なる笑顔で出迎えてくれる。その横合いから、ルド=ルウもひょいっと顔を覗かせた。


「ふーん。おこのみやきとうどんか。どっちも美味そうだなー」


「うん。どっちも自信作だよ」


 料理は5皿ずつ運んできたので、俺はすべての勇者へと木皿を届けていった。

 すると、右の端に座っていたジザ=ルウが糸のような目を俺に向けてくる。


「……このふた品が、アスタたちの準備した宴料理であるのか?」


「はい。お気に召したら幸いです」


「……何か、奇妙な取り合わせであるように感じられるな」


「え? そうでしょうか?」


 まあ確かに、2種の料理を準備するならば、普段はもっと趣向の異なる組み合わせにしていたかもしれない。あえてこれらの料理を選んだのは、理由あってのことであるのだが――それをこの場で語らうべきであろうか?

 そうして俺がいささか考えあぐねていると、また反対の側からダン=ルティムに呼ばれてしまった。


「そういえば、ドム家の面々はどうしているであろうかな? アスタたちは、姿を見かけたか?」


「いえ。俺もまだ広場を巡ってはいませんので、姿は見ていませんね」


 とりあえず、ジザ=ルウへの説明は後回しにさせていただくことにした。俺としても、できれば余人の目がないところで事情を打ち明けたかったのである。


「そうか。ダン=ルティムとガズラン=ルティムはこちらにいらして、ツヴァイ=ルティムやオウラ=ルティムはかまど仕事のさなかでしょうから、本家の方々はラー=ルティムぐらいしか手が空いていないのですね」


「うむ! まあ、分家の人間とていくらでもいるのだから、何も案ずる必要はなかろうがな!」


 焼きうどんの皿を手に、ダン=ルティムはガハハと笑い声を響かせる。

 すると、勇士の敷物に座していたラウ=レイがこちらのほうに首をねじってきた。


「おい、そちらの料理も美味そうだな。俺たちの分はまだなのか?」


「あ、ごめんね。そっちは8名分だから、ちょっと時間がかかってるのかな。でも、優先して持ってきてくれるはずだよ」


「うむ、そうか。……首をねじって語らうのは疲れるな。勇者たちと存分に語らったら、こちらの敷物に来るがいい」


 ラウ=レイがそのように言ってくれたので、まずは勇者の方々と交流を深めさせていただくことにした。

 ルド=ルウ、ダン=ルティム、ガズラン=ルティム、ギラン=リリン、ジザ=ルウと、誰もが気心の知れた相手だ。まあ、ジザ=ルウだけはいささかならず内面の読めない部分はあったが、いまさら忌避する理由はこれっぽっちも持ち合わせていなかった。


「ギラン=リリンも、おめでとうございます。シュミラル=リリンのお帰りが、ますます待ち遠しいところですね」


「うむ。しかしさすがに伴侶が子を孕んだと聞かされたなら、俺の話など霞んでしまおうな」


 笑い皺の目立つ顔で笑いながら、ギラン=リリンはそんな風に言っていた。


「婚儀をあげて数ヶ月で子を授かるとは、まったくめでたきことだ。俺もいまから、楽しみでならんよ」


「本当ですね。思い出したら、俺もまた気分が浮き立ってきてしまいました」


 すると、早々に俺たちの料理をたいらげてしまったらしいルド=ルウも、また首をのばしてきた。


「それも、シーラ=ルウと立て続けだもんなー。ヴィナ姉とダルム兄がいっぺんに親になるなんて、なんかおかしな気分だよ」


「うん。次は――あ、いや、なんでもない」


「んー? 次がなんだって? アスタやアイ=ファは俺よりふたつも年上のはずだったよなー? 人をせっつくより、まずは自分たちのことなんじゃねーの?」


「だ、だから言うのをやめたのに、わざわざほじくらないでくれよ」


 ということで、俺はかたわらのアイ=ファにそこそこの強さで足を蹴られることになってしまった。

 そこに、小さなふたつの人影がてけてけと近づいてくる。


「お待たせー! ぎばこつらーめんだよー! 足りないぶんも、すぐに持ってきてくれるからねー!」


 それは、リミ=ルウとターラの仲良しコンビであった。それぞれの盆にお茶碗サイズのミニラーメンが5人前ずつのせられている。まずは優先して勇者たちに配られて、残りの分は勇士の敷物に回された。


「……リミよ。客人たるターラに仕事を手伝わせているのか?」


 と、厳格なるジザ=ルウがそのように声をあげると、ターラがぴょこんとその前に進み出た。


「リミ=ルウと一緒にいたいから、ターラがお手伝いしたいって言ったんです! ごめーわくだったら、ごめんなさい!」


「……客人の側から申し出た話ならば、迷惑なことはない。貴女は身体が小さいので、酔った男衆などにぶつかってしまわないように気をつけるといい」


「はい! ありがとうございます!」


 ターラはにっこりと笑って、ジザ=ルウのもとにも『ギバ骨ラーメン』の木皿を置いた。

 すると、娘を追うようにしてドーラの親父さんも現れる。


「おお、ターラもこっちに来てたのか。せっかくの料理をこぼしちまわないように気をつけてな」


「うん! 父さんはひとりなの?」


「ついさっきまで、ベンやカーゴと一緒だったよ。俺はまず、ダン=ルティムたちにお祝いを言おうと思ってね」


 親睦の祝宴を開いた時分から、すっかり交流の深まった両者である。ダン=ルティムは笑いながら、果実酒の土瓶を振り上げた。


「ドーラとも、まだまったく語らえていなかったな! 力比べは楽しめただろうか?」


「うん、本当にすごかったよ。ダン=ルティムの走りっぷりも見事なもんだったねえ」


 親父さんも持参の土瓶をかざして、ダン=ルティムの勝利を祝福した。


「あらためて、狩人さんたちの物凄さを痛感させられたよ。あれぐらいの力がなくちゃ、とうていギバなんて相手取れないんだろうね」


「うむ! 猟犬のおかげで、ずいぶん危険は少なくなったがな! しかし、飢えたギバが相手では猟犬たちも力をふるうことは難しいので、俺たちもたゆまず修練を続けねばなるまい! 猟犬に頼るばかりでは、狩人の力も失われてしまうであろうしな!」


「本当に立派だねえ。足を向けて寝られないよ。……ああ、ルド=ルウにガズラン=ルティムもおめでとうさん。それに、ジザ=ルウと……」


「俺は、ギラン=リリンだ。そちらはダレイムの野菜売りであったかな?」


「ああ、そうそう。リリンの家長さんね。何度か挨拶はさせてもらってるはずだよな」


 ドーラの親父さんは、ギラン=リリンとも果実酒を酌み交わした。

 その間もさまざまな人々が勇者の壇を訪れては、祝福の言葉を述べていく。幸福で、熱気に満ちたひとときであった。

 そうしてそろそろ勇士の敷物に移動しようかなというタイミングで、白装束のボズルが現れた。


「お待たせいたしました。ようやくこちらも料理が仕上がりましたので、お届けに参りましたぞ」


「おお、城下町のギバ料理というやつか! 女衆づてに噂を聞いて、楽しみにしておったのだ!」


 ダン=ルティムを筆頭に、多くの人々が期待に瞳を輝かせることになった。もちろん、俺もそのひとりである。

 ボズルの後ろにはニコラやプラティカも控えており、それらの手によって壇の上に料理が並べられていく。ボズルたちはそれぞれが取り仕切り役を果たして、合計3種の料理を準備していた。


「シリィ=ロウの準備した焼き物料理、ロイの準備した香味仕立ての揚げ物料理、そしてわたしの準備したギバ肉の包み焼きと相成りますな」


「あー、ロイとシリィ=ロウは、この前と同じ料理なのか。でも、あれからすっげー修練を積んだって話だったよな」


 ルド=ルウの言葉に、ボズルは「はい」と笑顔で応じる。白い調理着姿だが、もちろん覆面は外しているのだ。


「師たるヴァルカスの手伝いの合間をぬって、それは熱心に取り組んでおりました。わたしはすぐさまお客に出せる完成度だと考えておりますぞ」


「そいつは楽しみだ。あの夜に食ったやつでも、十分に美味かったしなー」


 ルド=ルウは突き匙に刺したロイの揚げ物料理を、ひょいっと口の中に放り入れた。


「うわ、かれー! ……ん、でも美味いな。なあなあ、ジザ兄も食ってみろよ」


 ジザ=ルウは、『ギバ・カツ』をこよなく愛する森辺の民のひとりである。

 無言のままに揚げ物料理を食したジザ=ルウは、「ふむ……」と考え深げに眉をひそめる。


「ぎばかつにこれほどの香草を使うというのは、ずいぶん物珍しく感じられるが……しかし、アスタやレイナが新たに考案した料理だと聞かされても、まったく疑いはしなかったろうな」


「やっぱ、そうだよなー。森辺のかまど番が作ったのと同じぐらい、俺たちにも美味いと思えるよ」


「それは、何よりのお言葉ですな」と、ボズルは嬉しそうに笑った。

 その目が、ふっと俺を見下ろしてくる。


「よろしければ、アスタ殿らもどうぞ。こちらには、余分に運んでまいりましたので」


「ありがとうございます。それじゃあ、ひと切れいただきますね」


 まずは揚げ物料理からいただくと、確かに以前とは比べ物にならないほど鮮烈な味わいが口の中に広がった。

 いったいどれだけの試作を繰り返したのか。舌を殴ってくるような乱暴な味わいでありながら、しっかり調和が取れている。辛さも甘さも苦さも酸っぱさも、それぞれが激しく自己主張しながら、『ギバ・カツ』がもともと備えている味わいにがっしりと組みついているように感じられた。


 甘さと酸っぱさは、後掛けのソースからもたらされている。もともとは甘い下味を肉につけていたロイであったが、前回の勉強会からそれはすでに取りやめられていた。レモンに似たシールと夏みかんに似たワッチと――それに、リンゴに似たラマムやベリー系の果実もふんだんに使われているようであった。


 苦みは、おもにギギの葉である。油で揚げられた衣の香ばしさと相まって、他に味に負けないぐらい存在感が強い。それにどうやらフワノ粉の中に落花生に似たラマンパの実を砕いたものも加えているらしく、それがまた絶妙な食感と香ばしさを生み出していた。

 辛みはもちろん香草で、いったいどれだけの種類が使われているのだろうか。チットやクミンに似た香草をベースにしつつ、風味を高めるためにさまざまな香草が加えられているようだった。


「うむ、美味いぞ! 美味いし、これは酒がすすむな! ドーラよ、お前さんも食ってみるがいい!」


「いいのかい? ……おお、確かに辛いや。でも、普段のぎばかつとはまた別の美味さだな」


 ダン=ルティムもドーラの親父さんも、満面の笑みになっていた。

 そこでジザ=ルウが、ふっとボズルを振り返る。


「そういえば、これには森辺から分け与えたギバの脂が使われているのであろうか?」


「ええ。ジェノスの貴き方々にお許しをいただき、この日のために使わせていただきました」


 ギバの脂の流通に関しては、月の頭の会合で議題に取り上げられ、目下検討のさなかであったのだ。

 ただロイたちは、「森辺の祝宴で出す料理のために使わせていただきたい」とポルアースらに願い出て、それを了承されたとのことである。仮に定めた銅貨を支払い、ルウ家から買いつけた脂でラードを作り、それで修練に励んでいたのだという話であった。


「ギバの脂というのは、素晴らしい食材でありますな。そちらも商品として認められれば、城下町でもそれなりの量が買いつけられるようになると思いますぞ」


 ジザ=ルウは「そうか」とだけ答えていた。

 森辺においてもギバの脂は蝋燭の材料として使われていたが、町で使われている油と同じ値段にすれば、森辺の民が困ることにもならない――ロイがそのように提案したことは、もちろんレイナ=ルウを通じてジザ=ルウの耳にも入っているのだろう。そうしてもしも蝋燭で使う以上の脂が売れたならば、それは森辺にさらなる富をもたらすはずであった。


「ふむ。こちらの料理も、文句なく美味いな。アスタたちの作る料理と遜色ないように思えるぞ」


 と、シリィ=ロウの料理を口にしたギラン=リリンが、そのように言いたてた。

 確かに、こちらも美味である。焼いた肉に香草ベースのソースをかけただけの料理であるが、とても力強い味わいだ。

 それに、肉のほうにも何か工夫の気配が感じられる。カロンの乳につけるだけでなく、他の調味料でも下味がつけられているようだ。そちらは決して強い味わいではなく、むしろ香草でかすかな風味がつけられているばかりのように思えるが、それがソースの強い味わいと重なることにより、得難い奥深さが得られているように感じられた。


 それに、肉の焼き加減も絶妙である。こればかりは余人に任せられないと言い張って、シリィ=ロウは今もなお鉄板で肉を焼きあげているはずであるのだ。

 そしてロイも自ら揚げ物の作業に取り組んでいるため、自由に動けるのはボズルひとりということである。


「で、最後のこいつがあんたの料理ってわけだな」


 ルド=ルウが、木皿の料理をしげしげと眺めた。灰褐色の生地に包まれた、ボズルいわく『ギバ肉の包み焼き』である。ピンポン球を軽く押しつぶしたような、ころんとした可愛らしいサイズだ。


「確かに城下町の祝宴では、こういう料理が多いよな。この色合いは、あんまり覚えがねーけどよ」


「そちらはバナームから買いつけた、黒いフワノを使っております。森辺ではポイタンが主流であるため、あまり使われないというお話でありましたな」


「あー、そばとかで使ってるやつか。そばはたまーに食ってるけど、黒いフワノをこういう形に仕上げるのは、なんか懐かしく感じられるなー」


 ルド=ルウは何の気もなく、それを口に放り入れた。

 口を大きく動かして咀嚼していくうちに、その目が大きく開かれていく。


「あれ……すげー美味いな、これ」


「お気に召したのなら、幸いでございますな」


「いや、ほんとに美味いよ。焼きたての肉やぎばかつみたいな料理より美味く感じるとは思わなかったぜ」


 それは、なかなかの発言であった。特に森辺の民にとっては、ロイやシリィ=ロウの準備した料理のほうが口に合うように思えるのだ。

 そうして俺も大いなる期待感をもって、その料理を口にしてみると――確かに、抜群に美味しかった。


 しかもこれは、どこか覚えのある料理である。生地の中では薄く切り分けられたギバ肉が何重にも重ねられており、その間にさまざまな調味料がはさみ込まれて、噛むごとに多彩な味わいが広がっていくのだ。

 また、作り置きの常温であるのに、口内の熱で肉の旨みが花開くような――その不可思議な感覚にこそ、俺は懐かしさを覚えていた。


「そうか。以前に何かの祝宴でも、カロンの肉でこういった料理を出されていましたよね。あれは、たしか――ダレイム伯爵家の晩餐会であったでしょうか?」


「おお、懐かしいお話でありますな。さすがにその日にどのような料理を供したかは失念してしまいましたが、わたしが祝宴の厨をおあずかりした際は、おおよそこちらの料理を供しておるでしょうな」


 俺がボズルの料理を口にする機会はそれほど多くなかったので、きっと間違いはないだろう。

 すると、無言で料理を食していたガズラン=ルティムがふっと顔を上げた。


「ダレイム伯爵家の晩餐会ということは、ダルム=ルウにシーラ=ルウ、ゲオル=ザザにスフィラ=ザザ、それにダリ=サウティも参じていたはずですね。それらの方々も、そのカロンの料理というものを食していたのでしょうか?」


「えーと……はい、そのはずです。たしかそうだったよな、アイ=ファ?」


「うむ。貴族の準備した料理を忌避するべきではないという話になり、全員がいくつかの料理を口にしていた。そして、これに似た料理はお前やシーラ=ルウが強く感服し、その場の全員に食べさせていたはずだ」


 さすが、俺以上の記憶力を有するアイ=ファである。

 ボズルはどこか、くすぐったそうな顔で笑っていた。


「宴のさなかにもおほめの言葉をいただきましたが、アスタ殿らがそうまで感服してくださったというのは、光栄の至りですな。こちらはギバ肉にあわせてずいぶん味も変えておるのですが、果たしてご期待に沿えたでしょうかな?」


「はい。あのときの料理よりも、さらに美味しく感じました。ギバ肉の美味しさを完全以上に引き出しているように思えます。きっと以前の祝宴でボズルの料理を口にした方々も、同じように考えることでしょう」


「ありがとうございます。実のところ、わたしも店の仕事にかかりきりで、満足のいくギバ料理はまだこのひと品ぐらいであるのです」


 そう言って、今度は陽気な笑顔を見せるボズルである。


「ロイやシリィ=ロウのように、森辺の方々のお好みを考慮して作りあげた料理ではないのですが……それでも皆様にご満足いただけたのなら、もともとわたしと森辺の方々の好みに相通ずるものがあったということなのでしょう。それは、喜ばしい限りでありますな」


「うむ! 俺もこいつは美味いと思うぞ! もっと腹いっぱい食べたいほどだ!」


 闊達な笑い声を響かせながら、ダン=ルティムはボズルに新しい果実酒の土瓶を突きつけた。


「お前さんとは、ほとんど語らったこともなかったな! しばらく、くつろいでいくがいい!」


「あ、いや、同輩たちはまだ仕事のさなかでありますため――」


「しかしお前は、料理を運ぶしか仕事もないのであろう? 今日の用事は美味い料理を作ることと、絆を深めることであったはずだ! ならば、料理を運ぶよりも酒を酌み交わすほうが正しかろう! ……ああ、お前さんたちもだぞ、娘たちよ!」


 その場には、まだプラティカとニコラも居残っていたのだ。

 ニコラがいくぶん困惑げに身をよじっていると、プラティカがその代弁をするように発言した。


「では、シリィ=ロウたち、了承をもらってこよう、思います。少々、お待ちいただけますか?」


「そのような話は、言伝てでかまうまい! ……悪いが、そのように伝えてきてもらえるか?」


 別の料理を供していたレイの女衆がきょとんとした顔でダン=ルティムを見返してから、「はい」とうなずいた。


「城下町の方々に、こちらの3名がしばらく戻れぬと伝えればよいのですね?」


「うむ! ルティムの先代家長がやたらと強引なので、断りようもなかったのだと伝えておいてくれ!」


 そうしてダン=ルティムの取り計らいによって、ボズルたちもその場の熱気に巻き込まれることと相成った。

 だけどきっと、ダン=ルティムの主張は間違っていないのだろう。俺としては、ロイやシリィ=ロウやユン=スドラたちとも、早くこの喜びを分かち合いたいところであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 炭水化物ばっかりと思ったら理由があったのか。 しかしギバカツより口にあうとはどんな料理なんだろう?
[一言] お好み焼きと、焼きうどん。 粉もの重複?と思ったけど、 サティ・レイ=ルウが粉もの好きだったはず。 好きな物食べて、元気になってね、ってことですね。
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