ルウの血族の収穫祭④~力比べ・後半戦~
2021.3/11 更新分 1/1
最後の種目は言うまでもなく、闘技の力比べである。
これまでの種目でも大いに盛り上がっていた町からの客人たちも、いっそう期待に瞳を輝かせていた。
「闘技の力比べって、ほんとにすごいもんねー! あんたたちなんか、きっと腰を抜かしちゃうよ!」
「うるせえなあ。そいつはお前の手柄じゃねえだろ? 婚儀もあげてねえのに、もう身内づらか?」
「そ、そんな話はしてないでしょ! びくついて小便なんかもらしたら、川に突き落としてやるからね!」
ユーミやベンたちは元気にはしゃいでおり、シリィ=ロウはロイのかたわらで溜息をついている。その兄弟子の力ない横顔を見やってから、ロイはユーミに「なあ」と呼びかけた。
「悪いんだけどさ、次の勝負ではあんたがシリィ=ロウについててやってくれねえか?」
「ん? ついててやるって、どういう意味? これまでも、ずーっと一緒だったじゃん」
「いや、シリィ=ロウは荒っぽいことが苦手なもんでね。あんたに手でも握ってもらえたら、心強いと思うんだよ」
「あ、あなたはいきなり何を仰っているのですか! わたしは幼子ではないのですよ!」
「幼子だって、そうそうぶっ倒れたりしねえだろ。ここでシリィ=ロウに倒れられたら、本当に料理が間に合わなくなっちまうだろうしな」
「いいよいいよ! やっぱ城下町のお人ってのは、繊細なんだね! 手を握っとくぐらい、お安い御用さ!」
「あ、いや、ちょっと、その……」
と、賑やかにしていた客人たちも、リャダ=ルウが休憩タイムの終了を告げればとたんに静かになった。
「では、闘技の力比べを開始する。対戦の相手と順番に関しては棒引きと同様であるので、そのように取り計らってもらいたい」
こちらの勝負においても、前回の勇者に特別な措置が取られることはないのだ。
ならばいったいどのような結果になるのか、いっそう予想は難しいところであった。
まずは見習いの狩人たちが蔓草のくじを引き、熟練の狩人たちもそれに続く。
そこで早くも、歓声が巻き起こった。
なんと、ギラン=リリンとディグド=ルウが、再び初戦でぶつかることになったのだ。
「ふふん。母なる森も、俺たちの勝負を待ちきれなかったようだな」
ディグド=ルウは、傷だらけの顔で不敵に笑っていた。
ギラン=リリンは、いつも通りの穏やかな表情だ。
その他には、目立った対戦カードもないようだ。
ただし、見習い狩人の第1試合は、ディム=ルティムとシン=ルウの弟であった。
「では、勝負を開始する!」
そんな言葉とともにリャダ=ルウは引き下がり、代わりに長老のラー=ルティムが進み出る。闘技の力比べに関しては、この両名が順番に審判役を果たすとのことであった。
ディム=ルティムとシン=ルウの弟が、それぞれ頬を火照らせながら広場の中央で向かい合う。
これは、ディム=ルティムの圧勝であった。
やはり、1歳半以上の開きというのは、ずいぶんな力量差となってしまうようだ。
シン=ルウの弟はがっくりと肩を落としており、それは兄にして家長たるシン=ルウがこっそり力づけていたようだった。
その後も続々と試合は進められて、名のある狩人は順当に勝ち上がっていく。
そこで第1回戦目の注目カード、ギラン=リリン対ディグド=ルウであった。
ここまですべて1回戦目で敗退していたディグド=ルウが、ついに闘技の力比べに挑むのだ。
数年ぶりにその勇姿を見守る血族の人々は、多くが期待に瞳を輝かせているようであった。
「始め!」
審判の順番であったリャダ=ルウの号令で、両名はじりじりと距離を詰め始める。
俺の予想に反して、ディグド=ルウは猪突猛進のタイプではなかったようだ。
ただし、その大柄な肉体には炎のような気迫があふれかえっている。いつその力が解き放たれるのかと、俺も息を詰めることになった。
相手の呼吸を読むことに長けているギラン=リリンは、とにかく慎重に相手の出方をうかがっている。
ディグド=ルウは狼のように両目を燃やしながら、飛びかかるタイミングを計っているようだ。
いくぶん焦れたような歓声の中、両者は円を描くように立ち位置を変え――
俺がまばたきをした瞬間、その姿がともにかき消えた。
「あれ?」と思って視線を移動させると、少し離れた場所で両者が倒れ込んでいる。
ギラン=リリンは仰向けで、その上にのしかかっているのがディグド=ルウだ。
「ディグド=ルウの勝利である! ギラン=リリンは退くべし!」
歓声が、熱を帯びて吹き荒れる。
俺は大いに困惑しながら、アイ=ファに囁きかけることになった。
「なあ、今のはどういう状況だったんだ? 俺はまったく目で追えなかったよ」
「ディグド=ルウが身を屈めて突進し、ギラン=リリンを押し倒した。胸もとをつかむと同時に足を掛けていたので、あれはなかなかよけきれまいな」
アイ=ファはいくぶん眼光を鋭くしながら、そのように語っていた。
ディグド=ルウの手を借りて立ち上がったギラン=リリンは、穏やかな表情で相手に声をかけて、退いていく。棒引きの勇者が1回戦目で敗退するという、波乱の幕開けであった。
しかしその後は波乱もなく、1回戦目は速やかに終了する。
2回戦目では、ラウ=レイとジーダが対戦することになった。
この両名は、前回勇者の座から落ちてしまった者同士だ。ただし、実力のほどはそれ以前の力比べで示されている。そしてジーダは、ラウ=レイがかつて苦手にしていた俊敏性に秀でたタイプだ。
が、このたびはラウ=レイが勝利を収めていた。
アイ=ファのもとで修行を積んだラウ=レイは、力まかせの戦い方から脱却して、さらなる手腕を身につけたのだ。相手がジーダであったため、その強さが一段と際立って見えた。
その後は、しばらく力量差のある試合が続き――そこで、ディグド=ルウが登場した。今度の相手は、ダルム=ルウだ。
2戦続けて、前回の勇者との勝負である。否応なく、人々は期待の歓声をあげていた。
「始め!」
ラー=ルティムの号令とともに、ダルム=ルウは恐れげもなく突進する。
その突進を、ディグド=ルウは凄まじい素早さと反応速度で回避した。
そして、横合いに逃げると同時に、ダルム=ルウの左肩をつかんでいる。
ダルム=ルウは荒っぽくその腕を跳ね上げようとしたが、古傷まみれのディグド=ルウの腕はびくともしなかった。
ディグド=ルウが大きく腕を振ると、肩をつかまれたダルム=ルウは体勢を崩されてたたらを踏んでしまう。
さらに逆側に振られると、ダルム=ルウはそれに引きずられて上体を泳がせた。
片腕だけでダルム=ルウをいいように振り回すという、信じ難い腕力である。
ダルム=ルウは何とか腰を落として踏ん張ると、両手で相手の腕をつかみ取った。
そこに、ディグド=ルウの蹴りが飛ぶ。
腹の真ん中を蹴り抜かれたダルム=ルウは、相手の腕をつかんだまま身を折った。
そうしてディグド=ルウが足を払うと、なすすべもなく倒れ伏してしまう。
この間、10秒も過ぎてはいなかった。
人々は、驚きの入り混じった歓声をあげている。そしてそれ以上に、俺も驚かされていた。
「ダ、ダルム=ルウまでやられちゃったぞ。ディグド=ルウってのは、すごい実力じゃないか」
「……私も先刻、そのように言ったと思うが?」
「それはそうだけど……でも、ダルム=ルウだぞ? それがあんな、手も足も出ないだなんて……」
「腹を蹴られたことにより、ダルム=ルウは相手の腕に身を預ける格好になってしまったのであろう。それで足を払われれば、なかなか立っていられるものではない。あのディグド=ルウなる者のやり口が、きわめて理にかなっていたということだ」
そうは言っても、ディグド=ルウというのは荷運びや木登りに支障が出るぐらい足が不自由で、棒引きの勝負もあっさり負けてしまうような人物であったのだ。それが闘技でだけこれほどの力を見せるというのは、何か詐欺にでもあったような心地であった。
ともあれ、ディグド=ルウは勇者を2名下した上で、3回戦に進出である。これはもう、優勝候補の一角に成り上がったといっても過言ではないはずであった。
その後はムファの家長がミンの家長に敗れたぐらいで、波乱らしい波乱もなく終了である。
3回戦目に進んだのは、19名の狩人だ。
ディム=ルティムはここでも見習いの狩人を下し、ついに次から熟練の狩人と当たることになった。
そして、ディグド=ルウの次の対戦相手は、ジィ=マァムであった。
ジィ=マァムも、勇者に次ぐぐらいの力量だと言われている。
なおかつ、ルウの血族でも屈指の巨漢であるため、ギラン=リリンやダルム=ルウとは毛色の異なる力を持っていることだろう。それがディグド=ルウに対抗しうるものか、人々は俄然興味をつのらせているようだった。
しかし結果は、やはりディグド=ルウの圧勝である。
ジィ=マァムは慎重に間合いを取り、ここぞというタイミングでつかみかかったようだが、その腕を相手につかまれて、脇腹に膝蹴りをくらい、体勢を崩したところで足を掛けられて、地に伏すことになった。
(うん。ちょっとだけ、ディグド=ルウの戦い方がわかってきたぞ)
彼はさきほどから蹴りや膝蹴りも織り込んでいるが、試合後のダルム=ルウとジィ=マァムは痛そうな素振りも見せていない。あれもあくまで、相手のバランスを崩すための一手であるのだ。
なおかつ、ギラン=リリンを一瞬で組み伏せる俊敏性と、ダルム=ルウを片腕で振り回せるだけのパワーをあわせもっている。そして、相手によって戦法を切り替える技巧とクレバーさを有しているのだった。
(けっきょく、掛け値なしに強いって感じだな。しかもまだまだ底が見えないし……いったい誰が、ディグド=ルウを止めるんだろう)
それともまさか、このまま彼が優勝を果たしてしまうのだろうか。
なんだか俺は、むやみに胸の内部がざわざわとしてしまった。彼とてれっきとしたルウの血族であり、現時点では何も嫌う理由はないのだが――馴染みの深い人々が彼に一掃されてしまうというのは、あまり想像したくなかったのだ。
(もちろん、そんな簡単な話じゃないし、そもそも俺の思惑なんて関係ないしな。とにかく、勝負を見守ろう)
3回戦目の勝負は、粛々と進行されている。
その中で、ついに勇者同士の対戦も実現した。ルド=ルウとミダ=ルウの一戦である。
棒引きであっさり負けてしまったためか、ルド=ルウは大いに発奮している様子であった。
ライエルファム=スドラを思わせる敏捷さで、ミダ=ルウの周囲をぐるぐると回っている。ただし、それと対するミダ=ルウは、またも不動のかまえであった。
背中を取られても、そちらに向きなおろうという素振りも見せない。どっしり足を踏まえている限り、ルド=ルウに何をされても倒されないという自信があるのだろう。彼らとて、これまでに何度となく闘技の修練を行っているはずであるのだ。
するとルド=ルウはにやりと笑って、いきなりミダ=ルウから遠ざかり始めた。
戦いの場を囲んでいた人々が、びっくりまなこで道を空ける。そのスペースを走り抜けると、ミダ=ルウから10メートルばかりも遠ざかることになった。
ミダ=ルウは背中を向けているし、首の可動範囲がきわめて狭いため、後方の様子をうかがうすべもない。みんなはどうしてざわめきをあげているのだろうと、内心で首を傾げているはずであった。
10メートルばかりも距離を取ったルド=ルウは、そこから全速力でミダ=ルウのもとに突進していく。
そしてその距離が2メートルばかりにまで詰まったところで、地を蹴った。
低空飛行で宙を駆け、両腕で抱え込んだ頭でもって、ミダ=ルウの左の膝裏へと激突する。
「あわわわあ……」と不明瞭な声をあげて、ミダ=ルウが巨体を傾かせた。いかに小柄でも狩人の身体能力を持つルド=ルウが、あれだけの助走で勢いをつけながら、一点集中で膝裏に体当たりをかましたのだ。
そしてルド=ルウはそのままミダ=ルウの左足を抱え込み、「おりゃー!」と身体をのけぞらせつつ、残る右足の膝裏に蹴りを叩き込んだ。
斧で切られた大木のように、ミダ=ルウはずしんと倒れ伏す。
舞い上がる土埃の中、ルド=ルウは「へへーん」と鼻の頭を指先でこすっていた。
「そんな無防備に背中をさらしてたら、相手のやりたい放題だろ。もうちっと修練が必要だなー、ミダ=ルウ?」
「うん……やっぱりルド=ルウにはかなわないんだよ……?」
そうして倒れ伏したまま頬の肉を震わせるミダ=ルウは、心なし嬉しそうに見えなくもなかった。
そうして次の試合ではジザ=ルウがミンの家長を下して、3回戦目も終了である。
残る狩人は、10名だ。
棒引きの勝負と同様に、ここからはほとんどが実力者同士の潰し合いであった。
1試合目は、ディム=ルティム対ギラン=リリンの弟。
2試合目は、ガズラン=ルティム対ディグド=ルウ。
3試合目は、ドンダ=ルウ対ダン=ルティム。
4試合目は、シン=ルウ対ラウ=レイ。
5試合目は、ジザ=ルウ対ルド=ルウ。
見習い狩人の進出した1試合目を除けば、まったく予測不能なカードばかりであった。
1試合目はギラン=リリンの弟が横綱相撲でディム=ルティムを下し、早々にガズラン=ルティムとディグド=ルウの対戦である。
2,3年前にはガズラン=ルティムもジザ=ルウもディグド=ルウには勝てなかったという話であったが――現時点では、どうなのであろうか。俺はほとんど祈るような気持ちで、その対戦を見守ることになってしまった。
が、勝負は一瞬であった。
ディグド=ルウは再び脅威的な突進力を見せて、ガズラン=ルティムを一撃で寝転ばせてしまったのである。
「ディグド=ルウは、相変わらずですね。まったく手の内が読めません」
ガズラン=ルティムは穏やかに笑いながら、そのように語っていた。
ディグド=ルウは不敵に笑いながら、「ふふん」と鼻を鳴らす。
「勝負が長引くと、お前は厄介だからな。今の手の内が読めなかったということは、お前は自身の力量を小さく見積もりすぎということであろうよ」
歓声と拍手の中、両者は引き下がっていく。
ついにディグド=ルウは、3名もの勇者を下してしまった。
そして残り5名の勇者は、ここからようやく潰し合いとなるのだ。その初っ端が、ドンダ=ルウとダン=ルティムの頂上対決であった。
これでもう、両者のどちらかは勇士にもなれないことが確定であるのだ。
つくづく、新しいシステムの過酷さを思い知らされる一幕であった。
(よく考えたら、ドンダ=ルウはまだどの種目でも勇者や勇士になってないんだもんな。ドンダ=ルウがこのまま力比べを終えるなんて……そんなことがありえるんだろうか)
ともあれ、決戦の開始であった。
おたがいに手の内は知り尽くしている両名である。彼らはこのたびも、余計な小細工を弄しようとはせず、真正面から組み合っていた。
上背ではドンダ=ルウがややまさり、横幅ではダン=ルティムがかなりまさる。しかしほとんど同程度の巨体を持つ両者だ。
がっぷり四つで組み合った両名は、手足や肩に岩のような筋肉を盛り上がらせながら、ただひたすらに総身の力を振り絞っていた。
ダン=ルティムの禿頭に、紐のような血管が浮きあがっている。
ドンダ=ルウの青い目は、炎のような輝きを噴きあげていた。
人々は、熱狂して声援をあげている。この10年強、両名はずっとこうして血族の最強対決を見せつけてきたのだった。
ほとんど動きもないのに、まったく目を離せない緊迫の時間である。
そんな時間が1分ばかりも続き――ついに、均衡が破られた。
ダン=ルティムの圧力に押されて、ドンダ=ルウが後退を余儀なくされたのだ。
足は踏まえたままであるので、地面には電車道が築かれる。
そのままダン=ルティムが、ドンダ=ルウを押し倒すかに見えたとき――ドンダ=ルウが、いきなり身体をのけぞらした。
フロントスープレックスのような格好で、ダン=ルティムの巨体が浮き上がる。
ダン=ルティムはすぐさま相手の足に自分の足を引っかけたが、それも強引に弾き返された。
ずしんと大きな地響きをたてて、ダン=ルティムは半身の体勢で地面に叩きつけられる。
鷹のような眼光でそのさまを見届けたラー=ルティムは、厳かに声をあげた。
「ドンダ=ルウの腕が地面に触れる前に、ダン=ルティムの背中が地面についた! ドンダ=ルウの勝利である!」
その宣言を聞くためにひそめられた歓声が、あらためて爆発する。
一緒に倒れ込んだドンダ=ルウは身を起こしながら、不機嫌そうにダン=ルティムを見下ろした。
「最後は踏ん張りがなかったな。やはり右足が衰えているようだ」
「なんのなんの! お前とて、右腕よりも左腕のほうが力強く感じたぞ! おたがい、歳をくったものだな!」
ダン=ルティムはにんまりと笑いながら、身を起こした。
「ともあれ、今回はお前さんの勝ちだ! 順番から言うと、次は俺の勝ちとなるな!」
「置きやがれ。その前は、俺が連続で勝ちを収めたはずだ」
「であれば、次は俺が連続で勝ってみせよう!」
長きの時間を朋友として過ごしてきた両名は、そんな言葉をかけあいながら立ち上がり、大歓声の中、引き下がっていった。
その熱狂も冷めやらぬうちに、シン=ルウとラウ=レイが広場の中央に進み出る。
彼らもずいぶん背丈がのびたように思うが、同じペースで成長しているのか、今でも体格差に変わりはないようだ。ラウ=レイのほうが数センチだけ長身で、肉付きもわずかにまさっているように感じられる。
そんな彼らの戦いは、もともと沸き立っていた空気をさらに沸騰させることになった。
力と力のぶつかりあいであった前の試合と比して、それは素晴らしい技と技のぶつかりあいであったのだ。
もともとシン=ルウは、鋭い身のこなしを武器としている。対してラウ=レイは、そんなシン=ルウに負け続けたことによって奮起して、アイ=ファに手ほどきを願った身だ。こちらもドンダ=ルウたちと同様に、相手の手の内を知り尽くしながら、力ではなく技巧を競い合っていた。
やはり基本的にはシン=ルウから仕掛けることが多いし、ラウ=レイは力に頼ることも多い。
しかし、ラウ=レイがフェイントをかけたり軽妙なステップを見せることも少なくはなかったし、シン=ルウが強引な力技を見せることもなくはなかった。
何にせよ、ファの家で修練を積んでいたときよりも、さらに動きは鋭くなっている。
まだまだ若いラウ=レイとシン=ルウは、今でも着実に成長を続けているのだ。
ラウ=レイの足払いをすかしたシン=ルウが、相手の腹を蹴って距離を取ろうとする。
しかしラウ=レイはすぐさま追いすがり、シン=ルウの肩口に右腕をのばした。
その腕を、シン=ルウは両手でつかまえる。
シン=ルウが腰をひねり、一本背負いのような体勢を取った。無理にこらえれば腕が折れてしまいそうな、危険な投げ技だ。
しかしラウ=レイはその腕に負荷がかけられる前に、もう片方の腕でシン=ルウの腹を抱え込んだ。
前側に回した指先で帯をつかみ取り、片腕1本で逆にシン=ルウの身体を持ち上げてしまう。
その途上でシン=ルウは相手の腕を解放し、投げ技に備えようという素振りを見せた。
しかしラウ=レイは投げ技の途中でぐりんと半回転して、シン=ルウの身体を横合いに叩き落とす。
シン=ルウは、両方の手の平と左膝で着地していた。
ルール上、手の平はOKだが、膝がついたのでシン=ルウの敗北である。
新たな歓声が巻き起こり、ラウ=レイは「よーし!」と両腕を振り上げた。
「棒引きと闘技の両方で負けては、さすがに悔しさがこらえきれんからな! これで美味い酒が飲めそうだ!」
「……それよりもまず、次の勝負で勝ち抜くことを考えるべきではないだろうか?」
「んっふっふ。悔しそうだな、シン=ルウよ! 俺もさっきは同じぐらい悔しかったのだぞ!」
ラウ=レイは陽気に笑いながら、シン=ルウの腕を取って立ち上がらせた。
シン=ルウは沈着な表情を保ちつつ、どこか拗ねているような目つきでラウ=レイを見やっている。
彼らも20年後ぐらいには、ドンダ=ルウとダン=ルティムのような関係性を構築しているのであろうか。
本来であれば、それはジザ=ルウやガズラン=ルティムに重ねるべき姿であるのだが。あちらはあまりに父親たちとタイプが異なるためか、うまくイメージが重ならなかったのだった。
ともあれ、勝負はまだまだ残されている。
お次は、ジザ=ルウとルド=ルウの兄弟対決であった。
ルド=ルウは、素早い身のこなしで自分のペースに持ち込むのが信条だ。
しかしジザ=ルウはどっしりと構えて、決して相手のペースに乗ろうとはしなかった。
もとより、内面の読みにくいジザ=ルウである。そういう気質は力比べにも反映されるものなのか、ルド=ルウはずいぶんと戦いにくそうであった。
しかしまあ、そのような理屈は抜きにしても、ジザ=ルウは難敵であるのだろう。これだけ体格に恵まれているのだからパワーのほうは申し分ないし、かといって力ずくで押し通そうとはしない。無駄な動きは排してどっしりと構えつつ、時おり鋭い動きを見せるその姿は、戦うマシーンのように恐ろしげな感じがした。
そうしてかなりの時間が過ぎ去って、人々の歓声も最高潮に盛り上がってきたかと思われたとき、かたわらをすりぬけようとしたルド=ルウの襟首を、ジザ=ルウが無造作にひっつかんだ。
そのまま足を掛け、逆の腕で胸もとを押し込むようにして、地面に組み伏せる。ルド=ルウは大の字になって、「あーあ!」と悔しそうな声を張り上げた。
「またやられちまった! 今日こそ勝てると思ったんだけどなー!」
ジザ=ルウは特に言葉を返すこともなく、弟の身体を引き起こす。
これで、ベスト5が出そろった。
それをベスト4まで絞るために、5分ほどの休憩タイムが与えられた後、ディグド=ルウとギラン=リリンの弟による一戦が執り行われる。ギラン=リリンの弟は大柄でたいそう力のある狩人であるように見受けられたが、ディグド=ルウの前にあえなく散ることになった。
ということで、ベスト4はジザ=ルウとディグド=ルウ、ドンダ=ルウとラウ=レイである。
組み合わせの妙とはいえ、そこにダン=ルティムとガズラン=ルティムが含まれていないのが、やはり不思議に思えてしまう。しかしドンダ=ルウはダン=ルティムを、ディグド=ルウはガズラン=ルティムをそれぞれ倒してその場に立っているのだから、文句をつけるわけにもいかなかった。
準決勝戦の第1試合は、ドンダ=ルウとラウ=レイだ。
ラウ=レイも善戦はしていたが、やはりドンダ=ルウに勝利することは難しかった。決して真正面からぶつかることなく、シン=ルウ戦で発揮した技巧を駆使したあげく、最後には力技で押し倒されて終了である。
そして、ジザ=ルウとディグド=ルウの一戦であった。
ジザ=ルウは、ドンダ=ルウとダン=ルティムに次ぐ実力者であると称しても過言ではないだろう。3名もの勇者を下したディグド=ルウが、ついにその座まで這いあがってきたという構図であった。
「始め!」
ラー=ルティムの号令と同時に、ディグド=ルウが突進した。
が、ジザ=ルウにぶつかる寸前で足を止め、その腕をかいくぐって横合いに跳びすさる。獣のごとき身のこなしだ。
「危ない危ない。つかみかかっていたら、やられていたな。少し見ない間に、ずいぶん力をつけたものだ」
「……勝負の最中に、無駄な口を叩くものではない」
今度は、ジザ=ルウのほうからディグド=ルウにつかみかかった。
ディグド=ルウは、弾かれたような勢いでそれを回避する。走ることが苦手であっても、その瞬発力はやはり尋常でないようだった。
ジザ=ルウは、機械のような緻密さでディグド=ルウを攻めたてていった。
いっぽうディグド=ルウは、吹き荒れる炎のように大きく動いて、それを回避していく。両者の気質の違いが、そのまま戦いの場に表れているかのようだ。
ジザ=ルウの腕をすりぬけたディグド=ルウが、横合いから相手の肩をつかみ取る。
ジザ=ルウは腕を跳ね上げたが、ダルム=ルウのときと同様に、ディグド=ルウの腕はびくともしなかった。
その指先は、装束の生地に深くからみついている。まるで、狼が牙を食い込ませたかのようだ。
ジザ=ルウは大きく手をのばし、自らもディグド=ルウの胸ぐらをひっつかんだ。
おたがいに相手の装束をつかみながら、ぐるぐると立ち位置を変えていく。どこか、柔道を思わせる試合運びであった。
ディグド=ルウが腕を突っ張っているために、両者の距離は縮まらない。
そこでふいに、ディグド=ルウが足を振り上げた。真正面から膝を蹴ろうという、危険な攻撃だ。
ジザ=ルウは自らも膝を振り上げて、その蹴り足を弾き返した。
それと同時に、ディグド=ルウが腰をひねっている。肩をつかんだ右腕一本で、投げ技を繰り出そうというのだ。
どちらも片足を上げた不安定な体勢であったが、もとよりディグド=ルウは目論見通りの動作であるのだ。大きく体勢を崩されたジザ=ルウは、大急ぎで足を下ろして、その場に踏ん張ることになった。
しかしその頃には、ディグド=ルウの足も地面を踏んでいる。
そしてディグド=ルウは、また正面に向きなおって、ジザ=ルウを押し倒そうとしていた。
一本腕の投げ技すらも、フェイントであったのだ。
ジザ=ルウは背中から倒れ込み、俺はディグド=ルウの勝利を確信した。
しかしジザ=ルウは、倒れ込みながら身をよじっていた。
いつの間にか、肩にかけられたディグド=ルウの腕を両手でつかみ取っている。そうして大きく足を踏み出しながら、ジザ=ルウは一本背負いの姿勢を取った。
ディグド=ルウの大柄な身体が、虚空に舞い上がる。
しかし彼は空中で身をよじり、すでに足から着地できるように体勢を整えていた。
地面に着地したディグド=ルウが、すかさずジザ=ルウにつかみかかろうとする。
しかしジザ=ルウは、まだ相手の腕を両手で握ったままであった。
そしてジザ=ルウは再び相手に背中を向けると、今度は逆側に一本背負いを繰り出してみせた。
ディグド=ルウの身体が、再び虚空に舞い上げられる。
その途上で、何か鋭い音がした。ディグド=ルウが握りしめたジザ=ルウの装束が、大きく裂ける音色であった。
破けた装束を握りしめたまま、ディグド=ルウは背中から地面に叩きつけられる。
歓声が巻き起こり、ラー=ルティムが高々と右腕を振り上げた。
「ジザ=ルウの勝利である! ディグド=ルウは、退くべし!」
「やられたか……」と、ディグド=ルウが身を起こした。
その傷だらけの顔には、不敵な笑みがたたえられたままである。
「指先が装束にからんでしまい、身を遠ざけることもかなわなかった。もう少し早く装束が破けていれば、もっと勝負を楽しめていたのだがな」
「……俺の装束をつかんだのは貴方のほうなのだから、そのように文句を言われても返す言葉はない」
「文句などつけていない。俺が休んでいる間に、ずいぶん力をつけたようだな。以前にやりあったときとは、もはや別人だ」
そんな言葉を残して、ディグド=ルウは退いていった。
ジザ=ルウは勝って昂ることなく、歓声をあげている人々に視線を巡らせる。
「誰でもかまわぬので、俺に新しい装束を。これでは次の勝負に支障が出てしまうであろうからな」
ここではまた5分ていどの休憩時間が差し込まれたので、ジザ=ルウが着替えをするのに不自由はなかった。
そうして次に行われたのは、勇士を決める3位決定戦だ。
これは、ディグド=ルウとラウ=レイの勝負であったのだが――また一瞬で、ディグド=ルウがラウ=レイを押し倒していた。ラウ=レイは仰向けに倒れたまま、子供のように「くそー!」と手足をばたつかせた。
「いきなり組みつかれても、倒されない自信はあったのだが! お前はおそるべき怪力だな、ディグド=ルウよ!」
「力だけで、お前を倒せるものか。お前はもう少し頭を研ぎ澄ませるべきだな、レイの家長よ」
あまりに呆気ない勝負とともに、ディグド=ルウには勇士の座が与えられた。
しかし彼は、3名もの勇者を打ち倒したのだ。個人的な煩悶を抱えていた俺も、心からその勝利を祝福することができた。
そして、決勝戦――ドンダ=ルウとジザ=ルウの親子対決である。
ジザ=ルウは、ついにこの場で最強の敵たる父親に挑むことになったのだった。
ジザ=ルウはまだ、1度としてドンダ=ルウに勝てたことがないという。収穫祭だけではなく、普段の修練においても、ドンダ=ルウに土をつけられるのはダン=ルティムひとりであったというのだ。
「ただ、親父も森の主とのやりあいで深手を負って以来は、修練で闘技の力比べをすることもなくなっちまったんだよな。だからもう、収穫祭でしか挑む機会がねーんだよ」
かつてルド=ルウは、そのように語らっていたことがあった。
ドンダ=ルウは、すでに44歳であるのだ。いまだ最強の座を欲しいままにしながら、やはりすべてが若い頃のままというわけにはいかないのだろう。
いっぽうジザ=ルウは、次代の族長の座を担う身として、懸命に修練に励んでいるという。かつてガズラン=ルティムがジザ=ルウに敗北を喫したとき、それは執念の差なのではないか、と――ダン=ルティムは、そんな風に語らっていたのだった。
そんなドンダ=ルウとジザ=ルウが、勇者の座を決めるために相対している。
もちろん人々は、これまで以上の熱意でもって、その姿を見守っていた。
「始め!」
ラー=ルティムの号令とともに、両者は真正面から組み合った。
ドンダ=ルウを相手に、ジザ=ルウは小細工を弄する気持ちも皆無であるようだった。
両者の体格は、ほぼ互角である。上背も横幅も、ドンダ=ルウがわずかに上回っているぐらいであろう。ダン=ルティムよりも、いっそう差異は少ないぐらいであった。
ダン=ルティムとの試合と同様に、おたがいの力が拮抗して、膠着する。
おたがいに強敵を打ち倒してきたのだから、体力の残量にも大きな差異はないはずだ。
腕や肩には筋肉がよじれて、ふつふつと汗が浮かびあがってくる。
ドンダ=ルウは炎のような眼光で、ジザ=ルウは――やはり糸のように細い目で、内心はまったくうかがえない。
じわじわと、ドンダ=ルウのほうが押し始めた。
ダン=ルティム戦とは、逆の様相だ。ジザ=ルウの足は地面をえぐりながら、後方に押し出されていった。
だが、ジザ=ルウは深く腰を落として、相手の胴体に腕を巻いている。そのまま容易く押し倒されることはないように思えた。
「む……」と、アイ=ファが低く声をあげる。
アイ=ファが何を察したのか、俺には見当もつかなかったが――やがて両者の体勢が、虫の這うような速度で変化していった。
ジザ=ルウの腰が、いっそう深く落とされていく。
それにつれて上体の位置も下がり、ドンダ=ルウの下顎あたりに額があてがわれていた。
いまだ押し込まれているのはジザ=ルウのほうであるが、どこか様子が変わっている。
ジザ=ルウの頭で下顎を圧迫されて、ドンダ=ルウの腰がのび始めたのだ。
このような組み合いでは、重心が低いほうが有利であるに違いない。
その有利な体勢を、ジザ=ルウがわずかずつ手中にしているのである。
ドンダ=ルウとて全力であらがっているはずだが、体勢は変わらない。むしろジザ=ルウは、さらに腰を落とそうとしているようだ。
そこで――ドンダ=ルウが、大きく動いた。
獣のような咆哮とともに、ジザ=ルウの身を横合いにねじりあげたのだ。
体勢を崩されたジザ=ルウは危ういところで足を踏み出し、なんとか転倒から免れる。
するとドンダ=ルウは、逆の側へと腰をひねる。
あれだけ拮抗していた力が一瞬で崩壊し、ジザ=ルウは強風に舞う落ち葉のように揺さぶられた。
ドンダ=ルウの腰帯をつかんでいたジザ=ルウの左腕が、その暴風雨のごとき勢いに負けて、引き剥がされてしまう。
ジザ=ルウは、半身の体勢で地面に投げ飛ばされることになった。
が、なんとか左の手の平をついて、難を脱する。
そしてジザ=ルウは、すぐさま逆襲に転じた。そのまま、ドンダ=ルウの両足に組みついたのである。
ドンダ=ルウは大きく足を開いて、その組みつきに対抗した。
そして、腰の横合いに位置するジザ=ルウの後頭部に、分厚い右の手の平をぐっと押し当てる。
そこで両者の動きは、再び停止した。
ジザ=ルウは大きく身を屈めて、ドンダ=ルウの両足に組みついている。
ドンダ=ルウも腰を落とし、大きく足を開いて、ジザ=ルウの頭に右手をあてがっている。左手は、ジザ=ルウの腰帯をつかんだままだ。
なんとか相手をなぎ倒そうとするジザ=ルウと、それを押し潰そうとするドンダ=ルウの力が、不動のままに凄まじいせめぎ合いを見せていた。
歓声は、耳を聾さんばかりに響きわたっている。俺も我知らず、痛いぐらいに拳を握りしめてしまっていた。
「どっちも頑張れー! どっちも負けるなー!」
歓声の隙間から、リミ=ルウのそんな声が聞こえてきた。
両者の身体はびくびくと蠢動し、全身から滝のような汗をしたたらせている。
体勢として苦しいのは、むしろ攻めているジザ=ルウのほうであろう。
しかしそれに耐えているドンダ=ルウも、鬼のごとき形相になっていた。
怒号のような歓声の中、ただ時間だけが過ぎていく。
そして――
ドンダ=ルウの右の手の平が、ずるりとジザ=ルウの頭からすべり落ちた。
ジザ=ルウの右肩が、これまでよりも深くドンダ=ルウの腹部に押し当てられる。
その腕が、ドンダ=ルウの腰の裏でがっちりとクラッチされた。
すべての歓声を圧する勢いで、ジザ=ルウが咆哮をほとばしらせた。
それと同時に、ぐんと上体を引き上げる。
ドンダ=ルウの両足が宙に浮き、その身がほとんど後頭部から地面に叩きつけられた。
仰向けに倒れたドンダ=ルウの上に、ジザ=ルウは力なくもたれかかる。
ラー=ルティムは、厳粛なる面持ちで右腕を振り上げた。
「ジザ=ルウの勝利である! 闘技の勇者はジザ=ルウ、勇士はドンダ=ルウ、ディグド=ルウと定められた!」
死闘を終えた両名は、折り重なったまま大きく身体を波打たせていた。
そんな中、ただ1度だけ――ドンダ=ルウは、ジザ=ルウの頭をぽんと叩いたようだった。